2019年09月08日

第7回近現代史研究会=豊下楢彦『安保条約の成立』

以下は、2019年9月5日に実施した第7回近現代史研究会、豊下楢彦『安保条約の成立』のレポートです。

■マッカーサー
〜甦講和論(1947.3)=米軍の撤退、日本の安全は国連管理下におく
→1948年の米大統領選出馬のため
第4回天皇・マッカーサー会談(1947.5)
・天皇=日本の安全は国連に頼れないと、米軍による日本の安全保障要求
・マッカーサー=9条による安全保障主張 
※共産主義の脅威を前に日本の安全保障をどうするか根本的見解の相違
B10回天皇・マッカーサー会談(1950.4)=講和後の米軍駐留ですれ違い。
1950.5「日本は極東のスイスたれ」と日本の非武装中立論
=9条は最も気高い道徳的理想に基づく条項
げ縄に米軍基地をおけば、本土に米軍駐留する必要はない
→のちに日本本土基地化容認に方針転換

■昭和天皇 ・第1の危機=天皇制廃止と戦犯訴追(1945〜1947) 
・第2の危機=共産主義の脅威(1947〜1951)
‥傾弔梁2の危機=共産主義の脅威
⇒共産党の天皇制打倒、占領軍が引きあげるとソ連が侵略と危惧
天皇の沖縄メッセージ(1947.9)
=日本に主権残し米国に沖縄の長期占領(25年ないし50年、それ以上)希望
米軍の沖縄占領で、ソ連による直接・関節の侵略を防げる〈沖縄メッセージは沖縄を捨て石にする戦略〉
E傾張瓮奪察璽検瓮瀬譽垢悄峺頭メッセージ」(50.6)と「「文書メッセージ」(50.8)
マッカーサーをパスして米国
・講和問題に介入し、日米の新たなチャンネルの設置を提案
・吉田首相には講和条約をまかせられないとの立場を鮮明にする
→国会・内閣無視の2重外交・秘密外交

■吉田首相
々餡馘弁(1950.7)で、米軍に基地は提供しない。→米政府にショック
外国軍隊の駐留には反対→朝鮮戦争での国連軍方式で、日本の安全保障確保できる
5氾勅鸛蠅離瀬屮襦Ε轡哀淵襤裕氾弔魯瀬屮襦Ε轡哀淵襪粘霖魯ード使う意図
・池田蔵相を米国派遣(1950.4)→講和条約後に米軍駐留を日本から要望する
=池田ミッションは天皇メッセージ
・白洲次郎を米国に派遣→米軍基地に対し否定的見解伝える。

■日米外交交渉の外務省案〈A・B・C・D案〉
。塑邏函畊駭△砲茲詁本の安全保障確保。国連決議に基づき米軍が日本防衛。
・駐留の期間・地点・経費・特権等、合理的かつ明確に規定。
期間=短い期間で更新、地点=中心部から遠くに、経費
=原則米側負担、特権=国際法の範囲、沖縄返還要求
・再軍備の否定⇒米国の全土基地化・基地自由使用への「アンチ・テーゼ」
・客観情勢が日本有利、米国不利
=国内の反米運動、朝鮮戦争で日本の戦略的地位向上、冷戦で日本を西側陣営
■炭邏函疊麌霑中立案「北太平洋6か国条約案」
・日・韓・中・米・英・ソを締約国とし、日本と韓国を非武装化
・南北は台湾・フィリピン境界の北緯20度から北極まで、
東西は海南島の東経110度からベーリング海峡まで、
「軍備制限地帯」とし、陸海軍の現状維持と、「一切の爆撃機を常駐させない」
・憲法9条により非武装地帯を日本の隣国に拡大し、
その周辺に軍備制限地帯を設置する構想で論理的有効
C作業を交渉のカードとして提案予定
=日本の「中立主義」のカードとして重大な政治的意味もつ
な涜Δ箸慮鮠陳樵阿烹炭邏畔棄
→交渉前に「米軍の駐留を希望する」と基地提供のカードを放棄

■日米交渉に向けてのダレスと米側
‘本に望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を獲得
=全土基地化と基地自由使用
提案を受け入れさせるのは困難=占領継続であり植民地化。日本の主権侵害
D鮮戦争で米側は日本側に代価を払い譲歩を余儀なくさせられる弱い立場と認識
→日本側もその点を認識

■天皇外交と吉田外交
ゝ氾弔錬炭邏箸離ードや、基地提供のカードなど、交渉のカードに使おうとした
天皇は吉田に、交渉で基地カードを使用しないこと、
日本側から基地を希望することを命令したのではないか
E傾弔砲箸辰洞産主義から天皇制を守るためには、米軍駐留が絶対条件。
づ傾帖Ε瀬譽慌饕(1951.2)
・ダレスの米軍駐留は日本が再軍備果たすまで、日本の要請に応えて米軍が施す恩恵と説明
・天皇は「全面的な同意」を表明→国会・内閣でも議論されず、国民はその存在さえ知らないのに天皇同意
ヅ傾帖⊂鯡鹹完後、安保条約の成立を絶賛。安保条約は天皇の圧力とダレスにより締結された
ε傾弔砲箸辰董天皇制を防衛する安保こそが戦後の新たな「国体」=「安保国体の成立」

■昭和天皇の戦後責任=戦後日本をダメにした極悪人
_縄の問題
天皇制守るために「安保国体」を死守
戦後の一貫した〔対米従属=属国〕路線をしく
し法破壊=象徴天皇を逸脱した天皇外交・密室政治展開
ヌ祇嫻す餡函疇本の「象徴」

‐赦妥傾弔旅堝宛桐
・「伊勢と熱田の神器は自分の身近に移して守り…万一の場合運命を共にする外ない」
(1945.7.31木戸幸一に)
・「三種の神器」=皇統を守ることが最大の使命。戦後は米軍によって天皇制を防衛する「安保国体」に邁進
共産主義への怯え
・1945年8月8日のソ連対日参戦で「終戦」を決意
・朝鮮戦争でアメリカが負ければ、天皇以下側近は首切りにあうとおびえていた
・1952年リッジウェイとの対話で、朝鮮半島で米軍は原爆を使用する考えはあるかと質問
・昭和天皇は死を覚悟するほど「第3次世界大戦の可能性」に恐怖していた
・明仁皇太子、友人からアフガニスタンでン革命が起き王様が処刑されたときき怯えた
・1971年革新知事が誕生すると(東京・大阪・横浜)、「政変はあるのか」と卜部侍従にきく
F米安保死守
・1953年朝鮮戦争休戦を前に=日本から米軍撤退の声が高まるだろうが、
日本の安全に米軍駐留は絶対必要
・1955年重光外相が安保改定で訪米前に米軍撤退案を内奏すると「米軍撤退はまかりならん」と叱責
・1973年増原防衛庁長官に、自衛隊はそんな大きいとは思えない。なぜ国会で問題になっているのか
 



Posted by sho923utg at 03:46│Comments(0)