プロ棋士のアルファ碁の序盤についての評価

プロ棋士のアルファ碁評価について興味深い記事が二つあった。

日経ビジネス AIの「人間超え」、その時トップ囲碁棋士は

朝日デジタル 常識はAIに覆された アルファ碁、世界最強棋士破る
(こちらは全文読むには無料会員登録必要)

日経の方は、高尾紳路九段による総括記事である。
第二局で話題になったアルファ碁の 序盤の37手目に5線に打った「カタツキ」について。
人間のプロではありえない手で、高尾は当初疑問手だと思ったし韓国プロも同様に評価していた。
ところがその後アルファ碁が快勝する。
 終局後、何度も棋譜を並べ直して考え、そして見えてきた結論がある。この手はアルファ碁(黒)による「勝ちました」、すなわちここで試合は事実上終了という宣言だったのだ。
 囲碁においては、終局までに200手を超えることが普通だ。序盤の37手で勝敗が事実上決まるなど、あるレベル以上の人間同士ではとても考えられないことだ。仮に微妙な差がついていたとしても、19✕19の碁盤はあまりにも広く、わずかなミスで簡単に優劣がひっくり返る。
第三局についても、中国の柯潔(かけつ)九段はこの碁を見て、「15手目が敗着」と述べたそうである。
囲碁の事がよく分からなくて残念だが、この序盤の構想段階でアルファ碁が勝ち、あるいは優勢を意識していたとしたら本当に驚きである。
将棋とは比較しにくいけれども、駒組が組みあがった時点で、「お前はもう負けている」と言われるようなものだろうか。将棋だとよく分かるが、人間が完全にノーミスでそのあと落とし穴だらけの終盤まで乗り切るのは不可能である。それがアルファ碁には出来るのだろうか。

朝日の記事でも様々な棋士がアルファ碁の序盤、布石について感想を述べている。
井山名人「(二局目のカタツキについて)ぱっと、目の行く場所ではない。浮かんでも廃案にしそう。では悪い手かというとそうでもない」。
「こう打てばいいんだよ、と教えてくれているような感じでした。空間や中央の感覚が人間と違う。懐が深い」
高尾紳路九段「人間は、従来、打たれてきた形の固定観念に縛られているのかもしれない」
王銘琬九段「勉強になりました。右辺を広げる手の中には、いままでの感覚とはかけ離れたものがあった。弟子が打ったら、しかり飛ばすような」
いずれにも共通するのは、アルファ碁の「感覚」に対して違和感を抱きながらも、その新しい発想に感心している点である。
これは、アルファ碁がディープラーニングによって直感や感覚で手を選択している事を考えると納得できる。
しかも、本当に布石や序盤の初期段階での話なので、まさしく感覚が大切な世界である。また、囲碁の盤面は広くて着手の自由度が高いので、そんなところからコンピューターが人間が感心するような感覚の手を具体的に提示できているのは、本当にすごい事だと言わざるをえないだろう。
一方で第四局では、アルファ碁は中央の複雑で入り組んだ石の読みに弱点がある事が判明した。
つまり、アルファ碁は序盤の感覚に明るくて大変独創的だけれども、中盤の具体的な読みに弱いという事になる。普通考えられるコンピューターの特徴とはまるで逆である。人間のお株をうばってしまっている。
序盤の感覚に弱くて中終盤の読みには滅法強い将棋のソフトとも逆だ。
こうしたプロ棋士たちの具体的な証言を聞いていると、アルファ碁は単に強いだけでなく、人間の特権をも揺るがしかねない事件だったのだと実感せずにはいられない。

村山慈明NHK杯

棋王戦と重なって順序が逆になったが、NHK杯について。
今期は羽生渡辺などタイトルホルダーや上位者が次々と敗れて、決勝はちょっと意外な新鮮な組み合わせになった。
将棋は村山慈明先手、千田翔太後手で角換わりに。千田が金を6二にするちょっとした趣向を示したが、それでも全然指し手が止まらずに進んでゆく。もうさすがにここまでは研究していないんじゃないかというところまで。
二人とも研究十分な若手だけれども、ここまで来ると現代将棋の究極の研究勝負を通り越して気合勝負のようにも感じてしまった。基本的に二人共かなり勝気で向こうっ気が強いタイプだと思う。
村山が攻め、千田が受ける展開になったが、千田の受け方がしぶとくてなかなか決まらない。佐藤康光の解説を聞いていても、局面をきちんと把握するのが難しい将棋になった。
村山らしいと思ったのは、千田が△6六角と打つたのに対してガッチリ▲7七銀と受けたところ。康光先生はできれば節約して▲7七桂として攻めたいと「らしい」解説をしていたが、村山は勝ちをあせらない態度に出た。こういうところに棋風がよく出るのだろう。
そして、その後もとても難しそうな局面が続いたが、終わってみれば先手玉の堅さがいきて村山がうまく勝ちきった。
村山は順位戦では悔しい思いをしたが、嬉しい優勝である。やはり順位戦では憂き目にあった郷田も王将戦は防衛したし、本当にトップ棋士はギリギリのところで、ちょっとしたことが天国と地獄を分けるところで戦っているのだと感じる。
特に最近は羽生渡辺森内らというビッグネームでないと優勝できない状況が続いていたので嬉しいだろう。
決勝以外では、広瀬戦の後手をもっての角換わりの将棋が印象的だった。角換わりらしいジリジリした手の渡しあいから、突如村山が飛車切りから角を打ち込んだ攻めがわかり易いながらも効果的でアマチュアにもこの攻め筋は大変参考になった。
もともと序盤巧者だけれども、ここという場面での決断がよくて、また決勝のようにあせらず勝ちにいく指し方が早指しに向いているのかもしれない。朝日杯でも準決勝まで進んでいたし。
村山は順位戦のC2では結構苦労した。第66期順位戦でもいきなり初戦で負けたが、その後九連勝してC2を抜ける事に成功した。
その二戦目の相手が強敵の高崎一生だったのだが、午前二時を過ぎる死闘の末に村山が制して昇級につなげたのをフト思い出した。
あの頃から粘り強い将棋だったが、その苦労がやっと報われた感じである。同世代で仲が良い渡辺と佐藤天彦の棋王戦にも刺激を受けているだろう。
(名人戦棋譜速報に加入されている方で興味のある方は棋譜をご覧ください。)

この二人は、人間的にもなかなか個性的である。
千田は「ソフトに将棋を学ぶ」旨を明言している棋士である。現在のソフトはとても強くて活用している棋士も多いが、ここまでハッキリ言っているのは千田くらいで面白い。
また、かなり向こうっ気も強くて、対局前に後手が決まると、「村山さんの攻めを悠々とかわしたいです。」と村山の面前で述べていた。
勝負を前に、場合によっては挑発的ともとらるこうした発言をするのは損なのだが、意識してやっているのかそういう性格なのかは分からないが今時の棋士には珍しくてよかった。昔でも米長邦雄クラスでなければ、なかなかこんな事は言えないのである。
もっとも、向こうっ気の強さでは村山も負けていない。本当に若い頃には、渡辺明、戸辺誠とともに「酷評三羽烏」として恐れられて?いた。
渡辺もいかにも辛辣な将棋評価をしそうだけれども、実は村山が一番キツイ事を言っていたような気もする。
村山はニコニコなどに出演しても、茶目っ気があると同時に正直に口をすべらせてしまうところがあって愛すべきキャラクターである。
有名な話では叡王戦予選で自ら負かした飯島七段に「叡王戦どうされましたか?」と発言しまったことがある。
村山本人の弁によると、それ以来飯島は研究会で目つき、顔つき、手つきが今までと違うような感じになって村山は全く勝てなくなってしまったそうである。
いや、多分飯島は研究会だけでは満足していないだろう。村山の優勝に刺激を受けて、「村山さん、NHK杯どうされましたか?」と言う機会を虎視眈々と狙っているに違いない。
村山先生、どうぞご用心のほどを。

と思ったのだが、飯島先生は残念ながら来季NHK杯は予選で敗退してしまっていた。
村山先生、間違っても「飯島さん、NHK杯予選どうされましたか?」とか口をすべらせないように。

渡辺明と佐藤天彦の棋王戦

最終局について、渡辺明がブログで次のように書いていた。
あれだけやって歩1枚の差なので、自分の全公式戦の中でも3本の指に入る将棋だったと思います。お互いに大きなミスもなかったですし。
渡辺が具体的にどの将棋を指しているのかは分からないが、本局以外ではすぐに思いつくのは渡辺の△7九角が出た佐藤康光との竜王戦第三局、そして羽生善治との竜王戦第七局である。どちらも伝説的な将棋だけれども、本局もそれと同レベルであると。わりと自分の将棋に対する評価がシビアな感じのする渡辺にも納得のいく将棋だったのだろう。
例の▲7七桂については、結果的には△8五金なら負けだったので、極端に合理的な渡辺だと、「負けだったんだから別に名手とかじゃないですよ、ハハハ」とか言いかねないと心配していたけれども、(いや、あの手について具体的に聞かれたらそう言う可能性もいまだにないとは言えないけれど)、少なくとも将棋全体としては本人も満足できる将棋だったという事である。そもそも、負けだとしても▲7七桂以上の勝負手はなかったわけだし。
昨日も書いたが、▲7七桂は詰めろを消しつつ相手玉が6五にくるのを防いでいるが、その後の進行を見ても実によく守りにきいていたし、また後手の△2七馬のききを▲3四飛▲4五玉とすることで遮断して先手玉が詰みにくくするという読みも複合していて、やはり複雑な組み合わせをよく読んでできている美しい手だったと思う。
しかも、佐藤天彦がツイッターで述べていたように、仮に△8五金としても、後手が指しにくい△4六同玉としないと勝てない難しい局面が続いていたはずで、名局だった事は間違いない。
そもそも、そういう結果的な分析よりも、将棋は生き物なので、生で観戦していた際のあの▲7七桂の驚きや感動はなにものにも代え難いし、個人的には渡辺の△7九角以来の手だと感じた次第である。
そう言えば、ニコ生で解説をしていた深浦康市が、羽生相手の王位戦第七局で指した伝説的な手も同じ▲7七桂だった。ちょっと因縁を感じてしまう。また、あの▲7七桂に対しても実はよく調べると羽生に正しい対応があった事がその後分かった。その点でも似ているが、だからといって▲7七桂の価値が減じることはない。それはその将棋も本局も同じで、将棋全体がそれがなくとも名局なのに、その末にこういうドラマティックな手がでたので感動するわけだ。

今回、正直に言うと事前に私は佐藤天彦がもつれた末に奪取するのではないかと予想していた。佐藤の充実ぶりと、直近の渡辺天彦の内容結果を考えると明らかに流れは佐藤の方にあったと思う。
その流れをいきなり完全に断ち切ったのが第一局である。新手の△73角で完全に流れをつかんで、以下ゆるむところなく完璧にかちきった。
渡辺の勝負強さの秘密は、こういう絶妙な新手を本当に大切な対局に準備して指せることである。羽生相手の急戦矢倉での二つの新手の事を、(ファンとしては苦々しく)すぐ思い出してしまう。単に勝っただけでなく、佐藤の自信をくじいてそれまでの悪い流れを完全に絶ってしまった。
第三局で、一時飛車損になったが、二枚のと金が大きくて指せるという大局観も見事だった。渡辺が勝ちはしたが、佐藤天彦の、もうダメだという局面を何度も何度もしのいでいく驚異の粘り腰も印象的だった。
そして、最終局は文句なしの名局である。恐らく年間最優秀対局の有力候補になるだろう。
ここしばらくのタイトル戦では、羽生世代同士あるいは羽生世代vs渡辺または若手の名局はたくさんあったが、若い世代同士でこれだけ濃密でレベルが高くてファンをうならせる将棋を見せてくれたのは初めてだろう。
そういう意味でも、価値ある画期的なシリーズだったと思う。

二人は仲が良いけれども、盤外でもなかなか楽しいやりとりがあった。
まず戦前には渡辺がブログでこのような印象的な事を述べていた。
・初場所の琴奨菊優勝に豊ノ島が言った「優勝してくれて一番うれしい人。優勝されて一番悔しい人。」この二人は小学生時代からのライバルだから、そこまでではないけども今度の棋王戦も同じような戦いです。
前夜祭でもあった。
両対局者にインタビュー
前夜祭(5)
二人は性格も棋風も対照的である。
鋭い攻めが持ち味の渡辺明に対して、粘り強い強靭な受けが特徴の佐藤天彦。盤外のやりとりでも、そのままの棋風だった。
このように性格が対照的だからこそ、仲もよいのだろう。とても良い「ライバル」である。

渡辺明の▲7七桂

▲3三角成とらしく鋭くきりこんだ辺りでは渡辺明がよさそうなのではないかと言われていた。
しかし、渡辺が普通に▲4五桂とするのにやや成算がもてなくて▲3四桂と工夫したのに対して、佐藤天彦が△2五桂と応じたのが見事で局面が混沌としてくる。(渡辺は渡辺らしくこの△2五桂が見えていなかったと局後に率直に認めていた。)
もう、わけがわからない終盤である。しかし、佐藤天彦が△2七角成としたところでは、その馬が大きくて後手玉は詰まない、そして銀を取ったのが先手玉への詰めろになっている。
ようやくハッキリしたか。解説の深浦康市もそのように述べていたし、観ていた全てのものがそう思ったに違いない。久々にすごい名局を見た、という感慨にふけっていたら…
渡辺が▲7七桂をピシリと指す。
まだ終わっていなかった。先手玉の詰めろを受けているだけでなく、後手玉が中段を逃げてきた際に6五も封鎖しているではないか。
佐藤天彦はもう一分将棋である。
ギリギリまで考えて△8五桂。
深浦も渡辺の▲7七桂に驚嘆しつつも、しかし後手玉への詰めろにはなっていないし、2七馬がきいてその後先手玉を詰ますことができそうと、必死に解説する。
聞き手の中村桃子が、でも▲3四飛と打って△4五玉とすれば馬筋が止まりますよね、と指摘する。
深浦が、いいところに気づきましたねと笑いながら言うが、笑い事ではない。そうなってしまうと、もはや渡辺の勝ち筋である。
本譜もそのように進んだ。何という渡辺の渾身の勝負手だろう。こんな名手は滅多にない。
渡辺が佐藤康光との竜王戦の終盤で放った△7九角以来の名手中の名手である。
佐藤天彦が秒を読まれる中、体をガックリと崩して頭を抱えてしまう。何と残酷で美しい姿だろう。
秒読みは無情に続いている。それでも、佐藤天彦はきちんと座り直して居ずまいを正してから、きちんと投了の意思を告げた。
▲7七桂は本当にすごい手だったけれども、△8五金としていれば後手勝ちだった。その点について、佐藤天彦が局後にツイッターでこのように説明している。
今日は棋王戦第4局対渡辺棋王戦。本当にいろいろありましたが、僕にとってのチャンスは111手目▲77桂の局面でした。ここは△85金と打ち、以下▲34飛△45玉▲46歩に△同玉と取れば勝ちだったようです。▲46歩には△56玉としてしまいそう(△46同玉は▲64角成が痛そうに見える)
ですが、それは負け。この二つのハードルをクリアすれば勝ちだったようです。ただ、実戦では▲77桂の局面で考えたのは△85桂、△84桂、△68飛成。▲34飛△45玉に▲46歩も見えておらず、正確に指せていたかどうか。どちらも一分将棋の中では今の自分にとって難しい選択だった気もします。
この悔しい敗戦を、実に冷静に客観的に振りかえってみせてくれていたのだった。
局後に、大盤解説場に肩を並べて歩いて向かう後ろ姿の二人が変化を話し合っている写真が中継ブログにアップされていた。
あの激闘の直後なのに、元の仲のいい二人に戻っているようにも見えた。

郷田王将防衛

今回の郷田真隆は全般的に決断がはやくて、しかも冴えた手を指す事が多かった。やはり本格派の格調高い将棋で美しく正々堂々と戦って防衛した感じである。
郷田流の長考もたまにはあったけれども、本当にポイントになる大事な局面が多くて、以前のような「なんでここでそんなに考えるの?」というのはあまりなかったように思う。
当然若い頃とは郷田も随分違ってきていて、わりきるところはわりきって指していて、勝手に考えすぎで時間が切迫してしまって自分で自分を追い込んでしまう事がなかったと思う。
封じ手も結果的には全部羽生がしたが、郷田が難しい局面でも決断よく、しかもよく検討するととても優れた手を指していた。ニュー郷田スタイルをちょっと感じた。
最終局の封じ手の一手前の△6一飛も、一見ボンヤリしているようでいて素晴らしい手だったそうである。
羽生は藤井と王座戦でこの形を後手で指していて、▲6四馬以下の順を試してみたかったようだが、この△6一飛で既に苦しかったようだ。角と銀を使って桂得したものの、飛車ににらまれていて角銀が身動きできない悪形になってしまっている。こういうセンスのよい手をさほど考えずに指せるのが郷田の才能なのだろう。
それと、今回の郷田はよくなってからの勝ち方が切れ味抜群だった。妥協のない組立で羽生に全く抵抗する余地を与えなかった。将棋ウォーズなら、「さすがの腕前じゃのう」というところである。あれっ、腕前じゃなくて切れ味だったっけ。忘れてしまった。
羽生の方は今回は作戦がうまくいかない事が多すぎた。
最終局もそうだし、第四局の角換わりでとてもシンプルな仕掛けを試したが郷田に的確に対応されてしまった。羽生は複雑な曲線的な指し方が得意なので、本来ああいう仕掛けはしないけれども、研究で敢えてそれでもいけると考えて決行したのだろう。だが、当初想定した進行に誤算があったようである。
恐らくプロレベルだと攻めがちょっと単調で細いという感じの攻めで、羽生らしくなかった。
大事なところで意表の四間飛車穴熊を採用したのは、それはいつもの羽生のペース、スタイルだから別に問題ない。しかし、ここでも銀冠穴熊で対抗した郷田の構想が優れていて、以下難しい変化はあったようだけれども、やはり後手が大変な将棋でお世辞にも作戦がうまくいったとは言えないだろう。
全般に序盤の作戦が羽生にしては珍しく低調だったが、大事な名人戦にむけて悪い膿を全部出してしまったのだとファンは考えたいところである。
中終盤については、羽生は絶好調とはいえないにしても普通だったと思うが、郷田の方はとても状態が良くて冴えていた。
となるとこういう結果もやむをえないだろう。
この二人に期待する終盤のギリギリのせめぎあいが結局一局もなかったのが少し残念である。どちらかが抜け出して、最後は一方的になる将棋ばかりだった。二人の良くしてからきちんと勝ちきる技術の高さゆえだろうが。

今回は有料中継で、初日は解説がなくて終日対局室を映し続けていた。それもかなり新鮮だった。二人の表情やしぐさを、まるで対局室にいる観戦記者のように観察できた。しかも、こちらは対局室にはいないので緊張せずに、対局者といっしょにくつろいでおやつを飲み食いしながらなので申し訳なくもあり天国でもある。
坂口安吾が将棋の観戦記を書いているが、安吾は囲碁はかなり打てるが将棋は指せなかった。今でいうと「観る将」である。
そして、木村と塚田の観戦記などでは、ずっと対局室にはりついて二人を観察して、その様子を書いていた。今はしようと思えば安吾と同じことを我々もできてしまうというわけだ。
 塚田五四銀、五六銀、とノータイム。ちよッと考へて四四歩。
 木村十一分考へて、極めて慎重な手つきで、五八金、パチリとやる。合計木村六十三分。
 三一王、七九王。
 塚田は自分の手番になつて考へるとき、落ちつきがない。盤上へ落ちたタバコの灰を中指でチョッと払つたり、フッと口で吹いたりする。イライラと、神経質である。二年前の名人戦で見た時は、むしろダラシがないほど無神経に見えた。午前中ごろは木村は観戦の人と喋つたり、立上つて所用に行つたり、何かと鷹揚らしい身動きが多かつたのに、塚田は袴の中へ両手を突つこんで上体を直立させたまま、盤上を見つめて、我関せず、俗事が念頭をはなれてゐた。今と同じやうにウウと咳ばらひをしたり、ショボ/\とタバコをとりだして火をつける様子は同じであるが、それが無神経、超俗といふ風に見えた。今日は我々にビリビリひゞくほど神経質に見えて、彼は始めからアガッてゐるとしか思はれない。木村が次第に平静をとりもどしたにひきかへて、塚田の神経はとがる一方に見えた。
 塚田八分考へて、七三桂。消費時間、合計三十一分。
 木村、十六分考へて、八八王。
 茶菓がでる。木村すぐ菓子を食ひ終つて、お茶をガブガブとのみほしてしまふ。
(坂口安吾 勝負師 青空文庫より)

私も第一局ではもの珍しくてちょっとメモをとったりしていた。一部公開してみよう。
対局場はすごく鳥の鳴き声がうるさい。
太宰の「駆け込み訴え」みたいに。
虫がいたみたいで、郷田さんがよけた。渡辺さんだったら大変。
郷田さんが68玉というチャレンジをしてきたので、羽生さんが初日の午前中からすごい表情をしているのを観て、こちらが震えた。
羽生さんって、やっぱり普通じゃないよ。郷田さんはまだ余裕がありそうだが、羽生さんはもう「入っている」表情を既に時々見せる。
羽生は眼鏡を外した際に、時々人をあやめてしまいかねないような、すごい目をする事がある。
柳瀬さんが観戦記で対局室に入っていて、理由もないのに羽生さんに睨みつけられて驚いたという話を思い出した。
郷田がさかんにため息をもらす。対局室には子供の声が聞こえてきて、記録の門倉さんが声の方をみやる。二人は我関せず。
羽生、ゆっくりと味わうようにお茶を飲み、郷田、何やら自分を納得させるように頷く。
室外は風が強いようで、木々が揺れている。
羽生、郷田の長考中に、記録係の門倉に棋譜をもとめる。
自分が考えている際の「はいった」ようすではなく、後輩の門倉に対して「すみません」と丁寧な普通の口調で。
郷田、ポットからお茶を注いで飲む。長考中の一休み。
羽生、ちょっとすごい表情になったかと思えば、扇子に口を当ててあくび。
おやつが届く
羽生、無造作に紅茶か何かを放り込み、ショートケーキを食べだす。ごくごくフツーである。
郷田も目薬をさして鼻をかみ、眼鏡をふく。
羽生、大クシャミ。
郷田、一瞬ビクッとする。
郷田、背中を孫の手でゴシゴシやる。
羽生、うつむい顔にてをやって熟慮。
枝雀のいう、「緊張と緩和」である。
本当に鳥がギャーギャー鳴いていてうるさい。あれで集中できるのだろうかというくらい。
羽生、門倉に時間をどれくらい使ったかを尋ねて、頭をかかえる。悩んでいる様子。
羽生が席をはずすと、郷田それを待っていたかのように、
「そっかぁー。そっかぁー。」
今度はヘリコプターの音。地獄の黙示録のように。
意外に対局室には色々な音が聞こえてくる。
きりがないのでもうやめるがこの二人の密室のドラマは見ていて飽きないのである。

スポニチさんの勝者罰ゲーム写真は相変わらず健在だった。昨日の深浦康市と内田記者の解説を聞いていたら、罰ゲーム経験のある深浦によると、あの罰ゲーム写真、何とプレートかパネルにして対局者に手渡すそうである。
羽生の安木節も果たして渡されたのかが、とても気になってしまったのである。

もしも大山康晴とアルファ碁が戦ったら

昨日の記事にコメントをいただいた。(ツイッターでも銀杏記者が少し前に似たようなことを呟いておられた。)
羽生善治が、晩年の大山康晴先生と対局していて、「大山先生は全然読んでいない、盤面をながめているだけなのだが、それでいて急所に的確に手がくる」と感じたそうである。
結構有名な話なのだけれども、ちょっとオリジナル発言がどこか忘れてしまったが、柳瀬先生との対談だったかしら。それ以外にも何度か羽生さんはこの事を書いたり発言していると思う。
つまり、大山は「直感」だけで指していたが、それまでの経験の豊富さがあり、将棋の本質を「直感」的に見抜く能力がずば抜けていたので、「読み」の部分ではそれまでの将棋界の棋士と比べると圧倒的に優っていたかもしれない若き日の羽生とも互角にわたりあえていたのである。
どこかで最近聞いた話ではないか。そう、アルファ碁も基本的には「直感」の碁である。そして、イ・セドルを負かすほどに強くなってしまった。
大山が直感だけで指して強かったというのは決して伝説ではないのかもしれない。将棋の神様と言われてあの羽生が今でも畏敬している大山クラスまで「直感」を高めることができれば、それだけでも相当な高みにまでのぼる事ができる可能性があるのだと思う。
勿論、大山も急所では読んでいただろうし、人間はそれを読みで補完できる。その際に精度の高い直感で正確な候補手をいくつかまず絞り込めれば、それを補完する読みも有効に使えるようになるはずだ。
昨日紹介したように、アルファ碁は頭脳の視角皮質で起きる計算を真似た「直感」を再現する事に成功しているそうである。コンピューターの場合は人間と違って全て記憶していられるので、その「直感」を働かすにあたって膨大なパターンを利用できるから有利である。だから、アルファ碁の「直感」がすごいといっても、そういう量の優位の面があるのも否定はできないだろう。
しかし、人間の脳は大変複雑で精緻にできている。視角皮質はそのごくごく一部で、他にも現代科学でも解明しきれないような働きが存在する。人間の「直感」は、仕組みとしては多分アルファ碁とは比較にならないくらい複雑なプロセスを経て成立しているのだろう。
そして、人間は脳の潜在能力をごく一部しか発揮していないというのだから、まだまだ「直感」能力を囲碁や将棋で人間が高めるのは可能なのではないだろうか。
人間がコンピューターと戦う際に、読む量では絶対に勝てない。それはもうどうしようもない事実だ。将棋ソフト関連でも書いたことがあるが、人間が対抗するには「直感」をさらに磨くしかないような気がする。
そして、将棋や囲碁で強くなるために一番有効な方法は自分より少し強い相手と戦う事である。将棋でもそうだけれども、アルファ碁の場合は人間の「直感」に近い判断をしているわけだから、学ぶ点は多いような気がする。
アルファ碁の「直感」が、それより複雑な人間の「直感」を触発して、人間の眠っている能力を揺り起こしてくれる事を期待してしまうのである。

ところで、タイトルの大山康晴とアルファ碁が戦ったらどうなるか?
それは将棋と囲碁なんで無理です。
(こんなオチで本当にごめんなさい。どうか見捨てないで…..

世紀の対決終わる

最終局はアルファ碁が勝って四勝一敗でシリーズを終えた。
第四局でセドルがひとつ返して、なおかつアルファ碁の弱点を浮き彫りにしたので、最終局も大変注目された。もし、また勝つかあるいはソフトの欠点を見つければ随分印象が変わるので。
しかし、結果的にはアルファ碁の快勝。やはり良くなってからの安定性は他の三局同様だった。
将棋でもそうだけれども、やはりコンピューターの場合は、劣勢になると弱い。人間なら劣勢になっても逆転するために辛抱して差を広げないようにしたり有効な勝負手を放ったりすることができる。しかし、コンピューターの場合は、自分が悪くなると辛抱せずに自暴自棄になったり無意味な手を恥ずかしげもなく続けたりする。「水平線効果」と呼ばれるものである。
だから、人間は一度かなり形勢を良くすればその後はコンピューターが自滅してくれるので、勝つのは容易だ。問題なのは、アルファ碁のような強い相手になかなかそのようにハッキリよくするのが至難なわざだという事である。
最終局に勝ったことで、アルファ碁が人間トップを超えてしまったことは素直に認めざるをえないだろう。
但し、囲碁の場合は、コンピューター特有の弱点をつく「アンチコンピューター戦略」はまだ全然行われていない。将棋ではそれもかなり進んでいるのだが。
例えば、第四局で出た中央のゴチャゴチャした複雑な石の配置を読みきれない弱みはモンテカルロがそもそも具体的に読めないがゆえの必然的な弱点だろう。但し、それを具体的にどうつくのかは難しそうなのだけれども。
また、アルファ碁の「コウ」への対応もよく分からないままに終わった。
今後もし人間との対局が継続的に行われるのならば、その辺も明らかになってくるはずだ。
それと、解説の王銘琬によると、当初はセドルが良さそうだったが、その後慎重にかたく打ちすぎて逆転されたという見方を示していた。セドルは普段なら良くなってももっと大胆に攻撃的に打つそうである。やはり、それはアルファ碁の強さを警戒しすぎてしまったのかもしれない。第四局も勝ちはしたが、ヨセを見ていた高尾紳路が「こんなにかたく打つセドルさんは見たことがありません」と述べていた。心理的にセドルも普段通りには打てなかったのも大きかったのかもしれない。

シリーズを通じてセドルの振る舞いはエレガントで大人だった。かわいらしいお嬢さんも登場したりして、セドルの人柄にすっかり惹かれてしまった。
しかし、実はセドルも若い頃はかなりとんがっていたらしい。

人間対AI:感情ない人工知能から謙虚さを学んだ「反逆児」李九段

まるで今の柯潔のよう?だったらしい。
しかし、年齢的な成熟もあるのだろうが、敗者の姿としてとても美しかったと思う。カスパロフがディープブルーに負けた際の、両腕を広げて悔しげに盤面から立ち去る姿が忘れられないが、あれとは対照的だった。もっとも、カスパロフのような素直な反応もあれはあれでたいそう魅力的なのだけれども。

韓国碁院、アルファ碁に「名誉プロ九段証」

このニュースについて、王銘琬は「読めない九段だよねぇ」と述べていた。そう、アルファ碁は原理上きちんと読めないので、それで九段に認定されてしまったのは本当に驚くべきことである。

アルファ碁の技術面ではこの記事が詳しくてよくまとまっている。ど素人の私が手探りで書いてきたことが、それほど間違いではなさそうなのでちょっとホッとしている。

【時論】「アルファ碁の衝撃」から何を学ぶべきか=韓国

アルファ碁の「直感」について具体的な方法も説明している。
アルファ碁で使われたニューラルネットワークは、高等動物の頭脳の視角皮質で起きる計算をまねてイメージ内のオブジェクト認識に活用するコンボリューショナルニューラルネットワークという技術だ。すなわち、碁盤を黒色と白色のピクセルで成り立つイメージとして扱って人間がイメージを見て直観的にオブジェクトを認識するのを碁盤でほとんどそのまま適用したのだ。
アルファ碁の人工知能としての限界についてもこう述べている。
今回の対局の結果が「人工知能の完成」を見せるということも絶対にない。アルファ碁に搭載された技術は真の意味の汎用人工知能だとは呼びがたい。
とはいえ、とにかく囲碁という分野ではあっても、人間特有の高度な能力である「直感」のようなものを具体的に再現できたのが何より画期的な事だったと思う。

カスパロフがツイッターで、この対決についての記事を公式RTしていた。
カスパロフはもはや完全に政治家なのでそのような事ばかり呟いている。その中にポツリとこのRTが混じって現れていた。特に自身のコメントはないのだが、それがかえってカスパロフの気持ちを伝えているように感じた。
この地球上でセドルの気持ちが恐らく一番よく分かるであろうカスパロフが何を思い何を感じたのか、とても気になったのである。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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