2012年02月07日

2012 棋王戦第一局 久保棋王vs郷田九段

棋王戦中継サイト
第一局棋譜

郷田先手で後手久保のゴキゲン中飛車に。郷田の超速▲3七銀に対して久保は△4四銀の対抗形に。
現在将棋世界誌に連載中の「最強久保振り飛車 さばきのエッセンス」で先月からこの△4四銀型を解説している。タイトル戦の最中にその命運を握るような大切な形の講座をしているのもすごいことだ。これがプラスになるのかマイナスになるのかは分からない。手の内を明かすマイナスと相手に対する牽制になるプラスと。
今月号によると、従来△4四銀型は堅実だが捌きにくいと久保も思っていたが、最新研究によるとその後相穴熊になった場合にゴキゲン側が可能性や希望を感じているそうである。
現在のゴキゲンの最新状況を簡単にまとめるとこうなる。
1、居飛車側の対策は「超速」が大流行で決定版になりかけていた。
2、ゴキゲン側はやや対応に苦慮していて△4四歩の菅井新手などの工夫があるが必ずしもうまくいっていない。
3、従来△4四銀型は堅実な代わりにすぐにゴキゲンから動けないので居飛車は穴熊に組めて相穴熊になれば居飛車も十分戦えるという認識だった。
4、現在その△4四銀が見直されてきている。それは相穴熊でもゴキゲン側が戦えるのではないかと考えられているからである。
つまり、本局はゴキゲンの最前線の注目型で王将戦にも影響を及ぼす大切な形である。
郷田は相穴熊ではなく左美濃から銀冠にした。それが、久保の研究の指摘の通りに相穴熊だとゴキゲンも指せるとみたのか、人真似を嫌う郷田の個性なのかはよく分からない。
居飛車も穴熊ではないので、押さえ込んだり分かれでも少しよくしたいところである。しかし、本局の場合は郷田からうまい仕掛けがなかったようで、結局穴熊に組み替えて金をひきつける辛抱の手順を余儀なくされた。
その間に久保は飛車で歩をきって二歩を手にする。久保の作戦勝ちである。もし、居飛車の銀冠の作戦もうまくいかないのなら△4四銀型は有効ということになる。
それにしても、先手は歩がないのが本当につらかった。動こうにも動けずに▲9六銀から8筋で歩交換しようとしたが、久保が△7三桂と穴熊のパンツを脱いでまでして防いだのが好手だったようである。結局その桂馬を攻めにまで使ってしまった。
結果的には久保の快勝だったが、途中のそうしたやりとりは見応えがあった。郷田も自滅せずに辛抱強く指して▲9六桂から相手玉の嫌味をついて怪しくなったようにも見えたが久保が冷静にかわしたようである。当たり前だけれども久保だからこんなに簡単に勝てるように見えるだけなのだろう。
久保は順位戦に続いて勝ち。ようやく調子をあげてきたのだろうか。そもそも調子が悪かったのではなくも居飛車のゴキゲン対策に苦慮していただけなのかもしれない。この△4四銀型が久保にとってタイトル防衛の生命線になるのだろうか。
郷田は別に明確な悪手があったわけではなく、そもそも将棋のつくりに問題があったようである。その意味ではショックは大きくないかもしれないが、分かれがうまくいかないと久保相手だとやはり厳しいようにも思える。
本局を見ても、二人とも中盤から終盤にかけてよい将棋を勝ちにつなげる技術が高いので、序盤の研究がことの他重要になるのかもしれない。

ニコニコ生放送の解説は豊川孝弘。花粉症で鼻をズルズル言わせていたが朝から元気一杯だった。こんな調子で最後までもつのかと思って、昼にのぞいたら全くテンションが落ちていない。さらに夕方見ると相変わらず元気溌剌オロナミンCだった。別にダジャレがうつったわけではない。
味よしみちお、間にあわじひとしげ、あおの取るいち、はたけやま成るゆきといった棋士名ダジャレなど、技のデパートならぬダジャレのデパートあり、将棋界の面白エピソードトークあり、「ニコ様」と呼んでのニコ生運営者いじりあり、と長時間の放送でもとにかく飽きさせなかった。貴重な人材である。彼が聞き手役でトップ棋士をゲストに呼んで話をひきだすというのも見たいような気がした。「ニコ様」の役割を豊川さんがやって。
とにかくマンモス楽しい放送であった。ちなみに「マンモス」のオリジナルが酒井法子であることなど今の若い人ははたして知っているのだろうか?


2012年01月29日

2012王将戦第二局 久保王将vs佐藤九段

王将戦中継サイト
第二局棋譜

後手の佐藤康光の作戦が注目されたが、なんと相三間飛車の相振り。
久保利明の石田流に対して、佐藤は△8五歩まで突きこす正面突破型の対策で応じることも多かったが、久保が▲7五飛などの奔放な指し回しで久保ワールドにひきずりこんでいた。佐藤も一歩も譲らずに対抗していたが、久保の土俵で戦っているという印象は否めなかった。
従って、今回は最近よく指されている▲7六歩△8四歩の出だしから先手中飛車を誘導するのではないかと予想していた。しかし、人真似が嫌いな佐藤なので、今回は相振りにチャレンジしたということなのだろうか。
とはいえ、久保は相振りも経験豊富である。相振りでも石田流の形から飛車を浮いて軽やかに組んで、佐藤に△8二銀や△7二歩といった辛抱をさせることに成功する。
先手は気分がいいが、佐藤も形にとらわれないで指すし独特の大局観の持ち主なので具体的にはこれでも指せるという目算があったのかもしれない。
二日目は傍目にはすごく分かりにくい将棋になる。左辺で桂馬取りになっている状態で▲3九金と△1九馬の交換をしたのは、まるで禅問答のようだった。二人とも手が難しい局面だったようだが、この二人は猛烈な突っ張りあいになるかと思うと、このような不思議な手の渡しあいにもなる。ある意味波長が合うのだろうか。
正月の特番で加藤一二三と米長邦雄の戦いを、羽生善治は「このお二人の将棋は意地の張り合いのようなところがあります。」と評していた。両巨匠の指し手に人間味が滲み出る名局を堪能したわけだが、久保と佐藤の将棋も「あまりに人間的な」ところがあるような気がする。
それにしても久保の飛車(龍)はよく動いた。2八→7八→7六→7五→7六→1六→1三→1五→1一→8一→8二→9一→9三→6三。文字通り縦横無尽の大活躍である。久保将棋らしさがよく出ていた。
終盤は久保が優勢で何度も決めるチャンスがあったようである。しかし、佐藤も攻めたり受けたり相手のプレッシャーになる指し方をしていた。中断玉で粘りに入ったかと思うとも開き直って攻めイヤミをついて先手を楽にさせず、かと思うと一転して受けに回り・・、という感じの繰り返しであらゆる手段を尽くしていた。
結局、久保がいくつか決め損なっているうちに佐藤玉が寄らなくなって先手玉を討ち取って逆転勝ち。
後で冷静に見ると、久保が優勢を勝ちきれずにミスを重ねただけに見えるかもしれないが、特に終盤を生で見ていると攻勢守勢が激しく入れ替わり刻々と情勢が変化する生きた将棋の迫力に圧倒された。それは、生で見ていた方なら納得してくださるだろう。
二人の人間が必死の思いで勝利をつかもうとしてもがきあえぐ執念が指し手にはっきりと伝わって表現されていたからである。だから、例えばソフトが棋譜の部分部分のキズを指摘できたとしても、棋譜全体の流れから受ける圧倒的な感銘には何ら変わりがない。
将棋ファンなら誰でもこういう将棋の感動を知っている。お互いに山ほど悪手を指していても、そういう将棋は間違いなく名局なのである。
そして、久保と佐藤の組み合わせはそういう種類の感動を呼び起こしやすいような気がする。

これで、佐藤が連続してスポニチさんの名物「勝者罰ゲーム」を受ける光栄に浴した。記念のためにリンクを貼っておこう。

第一局 
スポニチ 王将戦から一夜、先勝の佐藤九段「いいスタート切れた」
王将戦中継ブログ 掛川城平定

第二局
スポニチ 佐藤九段 久保王将に連勝も「苦しかった」
王将戦中継ブログマエストロ登場

いや、今回はクラシックファンの佐藤には罰ゲームとはいえないかもしれない。熱心なクラシックファンなら、一度は自室で「エア指揮者」をやってしまった恥ずかしい経験があるはずだ。
佐藤の指揮ぶりはどうかって?すごく上品で格調の高い「緻密流」の音がちゃんと聞こえてきましたよ(褒め殺し。


2012年01月15日

将棋ソフトのボンクラーズが米長永世棋聖を破る(第1回将棋電王戦)

マスコミ報道等はこちらにリンクがまとめられています

詰将棋メモ 第1回将棋電王戦、ボンクラーズが米長永世棋聖に勝利

詰将棋メモ 米長永世棋聖、将棋ソフトと対戦(こちらで棋譜を再生できます。)

ニコニコニュース 米長永世棋聖「築いた万里の長城、穴が開いた」 電王戦敗北後の会見 全文

さて、対決の意味等についてはこんな告知PVがあった。

ニコニコ動画 【米長邦雄永世棋聖 vs ボンクラーズ】プロ棋士 対 コンピュータ 将棋電王戦 告知PV

ホルスト
「惑星」の「火星、戦争をもたらす者 」の勇壮で劇的な音楽に乗って、ものすごくかっこいいのかそうじゃないのか、真面目なのかふざけているのかよく分からない素晴らしい出来になっている。今回はニコニコ動画が中継などで盛り上げたわけだけれども、このPV一つ見ただけでも純粋将棋ファン以外の層にも訴えかけることに成功していたと思う。

将棋は先手ボンクラーズの▲7六歩に対して後手の米長邦雄永世棋聖の△6二玉。昨年末に行われたプレマッチでも米長はこの手を指して惨敗したが再度採用した。
米長は対局後の会見で(上リンク記事参考)、この手を将棋ソフトボナンザ開発者(保木さん)に教わったと明かした。ボンクラーズはボナンザを元に成り立っているソフトで、評価関数(将棋の局面を判断する基準とその思考結果を数値化して優劣の判断をする関数)はボナンザとあまり変わらない。従って、ボナンザ開発者の意見は具体的根拠のある重要なものである。ツイッターで教えてもらったが具体的に△6二玉(周辺)の位置が評価関数の穴なのかもしれないということだそうである。
それと、二手目△6二玉は将棋の定跡にはない手なので、ソフトはいきなり3手目から自力で考えなければならず事前に入力してある定跡手順を利用できない。
また、局面自体が漠然とした明確な目標を設定しにくいものになるので、ソフトが考えるのに苦労する可能性がある。
そうした狙いである。実際、米長は左辺から金銀を盛り上がって制圧することに成功する。ボンクラーズは飛車で歩交換をして上下左右に移動するだけを余儀なくされた。普通の将棋ならば後手の作戦勝ちと言えるだろう。
つまり、米長の△6二玉は成功した。あくまでボンクラーズというソフト専門の戦術である。自力で判断できる人間相手には通用しない。
米長に普通の矢倉等で対抗することを期待したファンも多かったはずだが、事前に米長は数多くボンクラーズと戦って、特に短い持ち時間ではかなり苦戦したようである。つまり、ソフトのレベルがが普通に戦うとかなり厳しい強さに既に達しており、このような工夫をこらさざるをえなかったのである。
チェスの世界では既にコンピューターが人間を超えてしまっているが、人間がチェスと戦う際にもやはりこのような戦術を用いるのが普通だったそうである。

戎棋夷説 12/01/15

従って、米長の△6二玉は、人間がコンピューターと戦う上での戦術的工夫であって別に奇策ではないということである。そして、このように一応ソフトの序盤の欠点をつくことには成功した。だから、今後プロ棋士がソフトと戦う上で重要な先例にもなるし具体的成果も残した事を素直に評価するべきだと思う。勿論、人間がごく普通に戦ってソフトに勝てるならばそれにこしたことはないのだが、現在はソフトのレベルが高くなりすぎているのだ。

しかし、局面は後手が左辺で押さえ込みに成功したとはいっても、玉は不安定な形で後手が自分から攻め込んで勝つというわけにいかない。
後手の人間が先手のソフトに期待するのは、先手が苦し紛れに無理攻めしてくれることであり、それに乗じて攻めをきらして入玉してしまうことである。実際、少し前までのソフト(特に攻めるのが大好きなボナンザ系のソフト)は、無理攻めして自爆してくれることも多くて、それが人間の狙い目だった。
ところが、今回のボンクラーズは実に辛抱強かった。暴発せずに歩交換を繰り返して飛車の左右上下運動を繰り返して我慢した。勿論、コンピューターなので我慢しているわけではないのだが、今回は米長の押さえ込みが完璧だったので動こうにもさすがに動きようがなかったのかもしれないが。
逆に辛抱をきらしてしまったのは人間の方だった。△8三玉から金を4二から5三に盛り上がった。駒を集めてきてさらに盛り上がって自然なようにも見えるが後手陣には隙が出来ていた。
▲6六歩から角を5七に転換させる。後手の△7五に狙いをつけたのだが金が5三にあがってしまったために△3一角の受けの応援がきかない。また玉が8三にあがっているために8筋の飛車先が通っていない。
仕方なく△3四歩とするよりないが、再度▲6六歩から角交換を迫る。しかし、後手が角を交換してしまうと▲7二歩が厳しい。△同飛には▲6一角、玉か銀で取ると飛車の横ぎきが消えて▲2二角と打たれてしまう。
やむなく角交換を拒否したが、今度は7筋に狙いをつけられて以下手早く攻め倒されてしまった。もともと玉形が不安定なので手がついたら、もうひとたまりもない。
以上、ニコ生での渡辺明竜王の解説の要約なのだが、なんとコンピューターは相手の形の隙に敏感に的確な反応しているのだろう。
まるで練達のベテラン棋士のようである。動けなくなったら「仕方ないよ」とばかりに気のない様子で飛車を動かし続けていて、後手が油断して隙を見せたら急に座り直して正座になって熱心に読み出して見事にとがめてくる。コンピューターなのでそういうこととは全く異なる思考回路で動いているわけだが、結果的には人間のように思えるくらいにレベルがあがっているのだ。
米長はそんなコンピューターの辛抱を「大山のようだ」と表現していた。しかし、実際は大山以上に辛抱がきくし、それを別に我慢してやっているわけでもない。さらに、先手番だから千日手を打開しないとという思想自体がないし、打開しないとみっともないという人間のプライドとも無縁なのでたちが悪い。
コンピューターは純粋に読む能力だけでも既に脅威だか、さらに今回の展開で人間的な心の揺れが皆無なのも強力な武器なのだと感じずにはいられなかった。

それと、コンピューター側で言うと、今回ボンクラーズは手の内をほとんど明かして戦っていた。24で昼夜問わず戦い続けていたのもそうだし、開発者の伊藤さんは米長宅に行って練習用のボンクラーズを設置したそうである。恐らく対局条件等も、ほとんど連盟主導で決められたのだろう。それでいて、この結果である。例えば、ソフト側があらゆる情報を隠して人間に事前研究させないようにしたらどうなるのか、そんなことも考えてしまった。

ニコ生で解説していた渡辺は、現在のコンピューターの実力を率直に評価している感じだった。大変客観的で冷静な見方をする渡辺が言うと、とても説得力がある。以下はその発言の内容のまとめ。
ボンクラーズは24で3300点を出している時点で30秒将棋では既に全然人間がかなわないのは分かっている。持ち時間3時間でもこれだけ指せる。但し3時間ならやりようはあるとは思う。今日の米長先生の序盤のように。
引退されているとはいえ米長先生に勝ったらその事実は重い。(矢内 もうプロに近いレベルですか)、いや、「プロに近いレベル」という言い方はもう当てはまらないという気がします。
ソフトがもうこれ以上強くなることはあるんですかね?」(矢内 次に竜王がソフトと戦ったら勝つ自信はありますか?)楽観はできないですね。普段の大きな対局と同じ気持ちで戦うという感じですね。
かなり危機感をもっていることは間違いなさそうだ。但し、少し前の朝日のインタビュー
では、まだ人間の方が強いと思うし、将来的にもひとどく負かされることはないと思うと発言していた。だから、本当にどう思っているかは渡辺に実際に聞いてみないとハッキリとは分からないのだが。

ここまで来ると、コンピューター将棋が人間の将棋を超えるXデイももう夢物語ではない。
そうなった時の人間側の反応は様々なのだろうが、私の場合は単純明快である。
将棋の世界は無限に近いといっても有限で究極的には計算可能で解がある。だから、そういう世界で計算速度が人間より迅速な機械が勝っても別に驚くことではない。そのことで、直感で正しい手をつむぎだすプロの人間棋士の素晴らしさにはなんら変わりがない。チェスの世界だって、とっくに機械が人間を超えたが、それで人間のチェスが廃れたなどという話は聞かない。将棋だって同じことだ。最初はショックかもしれないが、すぐ慣れるだろう、と。
とは言っても、実は今はこれを言うべきではないかもしれない。折角、人間が強いのかコンピューターが強いのか、ハラハラドキドキできる時期なのだから、必死に人間を応援して楽しんだ方がいいのかもしれない。
それに、こんな悟ったようなことを言っていても、例えば羽生善治とか渡辺明という固有名詞が、もしコンピューターに負けたら、やはりかなりショックだろうし。このお二人には是非とも我々の楽しみを少しでも長く伸ばしていただきたいものである。

それに、どんなにコンピューターが強くなったとしても、こんな素晴らしいジョークを思いつくことが出来るのは、やはり人間だけなのだ。

虚構新聞 米長、敗退…最強将棋ソフト「ボンクラーズ」に迫る


2012年01月10日

2012王将戦第一局 久保王将vs佐藤九段

王将戦中継サイト
第一局棋譜

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

さて、王将戦開幕。久保利明二冠が、佐藤康光、郷田真隆と純正羽生世代の連続挑戦を受けることになった。それぞれ、豊島、広瀬という若手代表格を負かしての挑戦。一時期は世代交代の流れが加速されるかとも思ったが、羽生世代の地力、底力には驚くばかりである。
二人とも逃げなくて独自の工夫のある居飛車党である。従って、久保振り飛車との真っ向からのぶつかりあいが予想される。
久保は先手石田流、後手ゴキゲン中飛車の黄金コンビで二冠を獲得したといっても過言ではないが、最近不調を囁かれている。その原因は、本人の調子以外に、特にゴキゲン中飛車に対する居飛車側の研究が徹底的に進んで以前のようにゴキゲンで自由奔放に指せなくなっているが大きいような気がする。
現在のゴキゲンを見ていると、かつての藤井システム同様に研究され尽くした爛熟期(人によっては末期と捉えるかもしれない)のようにも思える。但し藤井システムについては、それを支えるのが藤井一人で藤井大将が倒れればシステムも崩れるという状況だったが、ゴキゲンに関しては久保の専売特許ではなくてスペシャリストが何人もいる。だから、居飛車グループとゴキゲングループの共同研究の争いなのだが、やはり数的にも上位棋士の顔ぶれでも居飛車党が圧倒的に優勢で、一時期は居飛車党でもゴキゲンを採用していたが現在は本当のスペシャリストしか採用しない感じである。それも、藤井システムが辿った歴史と似ている。
久保もこうした現状を踏まえて、2月号の将棋世界でこのように述べている。
ゴキゲン中飛車に対する居飛車の作戦はいろいろあるが、最近は超速と居飛車穴熊の2つに絞られてきた印象だ。それだけこれらの戦法が有力と見られているわけだし、振り飛車側も対応が迫られているのである。
従って、佐藤の対策よりも久保がそうした居飛車研究にどう対抗して新機軸を打ち出すかが注目される。
本局で佐藤が採用したのは超速。それに対する久保の対策は菅井新手の△4四歩。将棋世界の久保講座「さばきのエッセンス」でも前述した言葉に続いてその「振り飛車側の対応」として紹介されていた。王将戦に久保がぶつけてきた最新対策である。
本譜のように激しいことになる形なのだが、佐藤がグィっと▲5七玉とあがったのが、そういう激しい流れを玉自ら出陣して受け止めて先手の歩得を主張しようという形にとらわれない力強い一手。
さすが、独創的な佐藤将棋、といいたくなるところだけれども渡辺明ブログによると、この手まで(酒の席ではあるが)研究されていたそうである。(但し△3二銀型)。本当に現代の研究はおそろしい。

渡辺明ブログ 王将戦とか。

但し、「誰かが「さすがに▲57玉はないよね」→酔っ払いの一同、笑う」ということだったようで、研究はしても実際にこれを堂々としかもタイトル戦で指せるのはやはり佐藤だけなのかもしれない。
控え室には宮崎アニメの熱烈なファンで「天空の城ラピュタ」を何度も繰り返し見ているという神谷広志がいた。以下棋譜コメントより。
記者「神谷先生は大変ラピュタが好きだとうかがっていますが」
神谷七段「ええ(笑)」
記者「▲5七玉は天空の城という感じがしますか?」
神谷七段「ラピュタねえ(笑)。最後は崩れるんですけどね(笑)」
神谷の軽口ではないけれども、さすがに先手がまとめるのは難しいというのが普通の感覚なのだろうが進行を見ると先手も指せるし、少なくともハッキリ悪くなるということではなかったようである。
その後も久保が銀得を果たすが、佐藤はその代償に2三にと金をつくって後手は歩切れという主張である。いかにも人間的な大局観だと思うのだが、ソフトのGPSや(私個人所有の)激指は▲5七玉の局面でも銀損したあたりでも互角か少し先手が指しやすいと捉えていた。
▲5七玉についてはソフトは「こわさ」を知らないので分かる気もするが、銀損の場面でも先手よしと判断できるのは、もはやソフトが駒の損得だけでは局面を把握していない証拠と言えるだろう。
とは言っても、まだまだ形勢は難しいように見えたのだけれども、局面が進むにつれてどんどん佐藤がよくなっていき最後は大差になってしまった。
佐藤の指し手を振り返ると、あくまで▲2三のと金をいかして▲2二歩から駒損を回復して相手をあせらせつつ、久保の動きに自然に対応しているだけである。ということは、やはり▲5七玉の構想が素晴らしかったのだろうか。
感想戦では、後手は封じ手のあたりまで遡って工夫するべきだったということである。つまり、その後別に後手に大きい悪手があったわけではなくて、▲5七玉の将棋のつくりがよかったかもしれないということだから驚きである。佐藤流の大局観が正しかったのだろうか。
久保も戦力を中央に集めて必死に迫り、我々のようなアマチュアなら慌ててしまいそうなところだが、あっさり▲7七玉とかわすのが冷静で勉強になるし参考にしたいところだった。最後も▲7四桂以下かっこよく決めて結果的には佐藤の快勝。
局後の感想で、佐藤は▲5七玉について「これしかないと思いました。」と言いきったそうである。佐藤の新手は有力でも誰も真似する人がいなくて本人も嘆くのだが、この天空の城流を真似する棋士は果たして誰か現れるのだろうか?

佐藤はおやつに好物のキウイのジュースを連投していた。どうしても竜王戦の丸山のパパイア、マンゴーを連想してしまう。もし、この二人がタイトル戦を戦う事になったら、思い切り二人に食べてもらうために南国の地で対局したらどうだろう。現地で果物を調達すれば経費節減にもなるし(なりません。

さて、王将戦名物のスポニチさんの勝者罰ゲーム、今年は前日から入念に準備されていたようである。

スポニチ 3連覇狙う久保王将 佐藤九段は「自分らしい将棋を」
王将戦中継ブログ 見参! 掛川城!

というわけで、私も恒例の?「写真でボケよう」を一応やっておこう。

新作映画「7人のオタク戦国武将」主演男優

明日の朝には勝者罰ゲームも公開されるはずなので、こちらも見逃せない?



2011年12月24日

ものがたり「天空の城ファンタ」

(あらすじ)
将棋の世界は絶滅の危機に瀕していた。
カーナが所持する秘密の四間石のため政府機関に囚われの身となり秘密警察のラゴン大佐の厳しい尋問を受けていた。
カーナはラゴン大佐から、彼女がヤスハル王家の末裔であることを告げられる。
彼女の正式名称は「カーナ・イズモ・イナズマ・デ・ヤスハル」。
かつてヤスハル王家は強力な振り飛車により将棋の世界を完全に支配下においていた。そしてその秘密の鍵が伝説の天空の城ファンタに隠されている。四間石にカーナだけが知る秘密の呪文を唱えると天空の城の所在地が分かるのだ。
カーナはラゴン大佐の元からなんとか逃げ出して出会った少年タケシーの助けを借りて逃避行を続ける。
さて、話を大幅にはしょるとラゴン大佐の猛烈な追跡とカーナとタケシーの逃亡劇の末、カーナは追い詰められて秘密の呪文を唱えてしまう。
「システム・デ・イギョク・ウナギ・デ・ファンタ」
すると不思議なことに四間石が光を放ちだして天空の城ファンタの所在地を指し示すのであった。
で、なんだかんだあって、カーナとタケシー、ラゴン大佐も天空の城ファンタに辿りついたのであった。
ラゴン大佐はカーナを捕らえて、ついに秘密の巨大な四間石を発見する。

ラゴン大佐 おおおお。見たまえ。この巨大な飛行石を。これこそ、ファンタの力の根源なのだ。すばらしい。700年もの間、王の帰りを待っていたのだ!
カーナ 700年?
ラゴン大佐 君の一族は、そんなことも忘れてしまったのかね?黒い石だぁ。伝承の通りだ。はっ、はぁっ、はぁへ!読める、読めるぞぉ!100手先まで読めるぞぉ。
カーナ あなたは一体だれ?
ラゴン大佐 わたしも、古い秘密の名前を持ってるんだよ。
わたしの名は、ドラゴン・ナナレンパ・コクヒョウ・デ・ヤスハル
カーナ ええっ!道理であなたは私の先祖の肖像画とよく似ていると思ったわ!
ラゴン大佐 うるさい。わたしはちょっとそれを気にしているのだ。
まぁよい。君の一族と私の一族は、もともと一つの、王家だったのだ。地上に降りたとき、二つに分かれたがね。

そうなのだ。ラゴン大佐もヤスハル王家の末裔であり将棋の世界を支配する力を手に入れてしまったのだ。
しかし、カーナはラゴン大佐に果敢に将棋でチャレンジする。カーナは自分の勝ちを犠牲にしてでも、なんとか持将棋に持ち込んでラゴン大佐を道ずれに命を落とす覚悟である。勿論、カーナの作戦は得意の四間飛車、ラゴン大佐は秘密の知識により獲得したばかりの最強、最凶の居飛車穴熊である。

カーナ これがあなたの王座ですって?ここはお墓よ。あなたとあたしの。あなたは私に王手もかけられず持将棋になって私と死ぬの。いまは、居飛車穴熊がなぜ滅びたのかあたしよく分かる。歌にあるもの『盤面のバランスをとって美しく、相手の力をつかって投げよう。時には受け潰し時にはガジガジ攻めて芸術的に勝とう。』どんなに恐ろしい居飛車穴熊でも、どんなに穴熊の暴力をつかっても、ただ玉をかためるだけじゃ生きられないのよ!
ラゴン大佐 居飛車穴熊は滅びぬ。何度でも金銀を埋め立てて甦るさ!居飛車穴熊の力こそ、人類の夢だからだ!

そこへ、タケシーが現れる。
タケシー 何をしているんだ、カーナ。キミじゃ無理だ、ボクが代わって戦う!
カーナ 何を言っているの、タケシー。あなた、将棋なんて出来るの?
タケシー カーナ、今までキミには言わなかったが、実はボクのじいちゃんは伝説の将棋指しなんだ!
カーナ はっ!それではあなたのおじいさんは、あの伝説の・・。
タケシー ふっ。ボクの名前に聞き覚えはなかったかい?さあ代わるよ。

というわけでタケシーが颯爽とカーナと交代する。
ところがだ、タケシーはとんでもないヘボだった・・・。
あっという間に形勢を大きく損ねてしまう。

ラゴン大佐 すばらしい!最高の将棋だと思わんかね。ふっはっは、見ろ!美濃囲いがゴミのようだ!!っはっはっはっはっはっはっは・・・
タケシー あれっ、おかしーなー。
カーナ (キレて)あんた、何やっているのよ!さっさと代わりなさいっ。
ラゴン大佐 3分間待ってやる。いや、そんなに何度も勝手に代わられたらたまらん。カーナ、きみは一手30秒で指したまえ。
カーナ ひどいわ。
タケシー なんてことをするんだ。誰のせいだ。
カーナ バカっ、あんたのせいよ。
ラゴン大佐 はっはっはっはっ。坊主、おまえは秒読みでもしたまえ。
タケシー 10秒・・。20秒・・。5、6、7、8・・・。
カーナ ええぃ。もっと優しくよみなさいよっ。
タケシー ごめん・・。
ラゴン大佐 はっはっはっはっ。

カーナも必死に受け続けるが、何しろタケシーのファンタぶり(あっ、城の名前とは偶然の一致だ)がひどすぎたんで、ラゴン大佐得意の自玉が堅いまま細い攻めを的確につなぐ技術の前でカーナ玉は風前の灯火である。

タケシー カーナ。落ち着いてよく聞くんだ。あの言葉を。ぼくも一緒に言う。
カーナ えっ。
タケシー ぼくの左手に、手を乗せて。
カーナ はっ。
ラゴン大佐 何をごちゃごちゃやっている。
カーナ・タケシー  カズキ!

二人が秘密の呪文をとなえると、どうだ、驚いたことにカーナの風前の灯火だった玉が突然生命力を帯びて受かってしまったではないか。なんという驚くべき受け師!

ラゴン大佐 うっ、それは、それはもしやヤスハル王家の伝説の・・。
カーナ そうよ。これが秘儀「受からないと思っていても受かっている」よっ。
ラゴン大佐 あぁぁぁぁ。竜王がー。竜王がー。

こうしてラゴン大佐は敗れ去り、カーナとタケシーの手により将棋の世界は滅亡の危機から救われたのだった。めでたしめでたし。
ラゴン大佐が去り、二人が残る。

タケシー ねぇ、カーナ、ボクと将棋指さない?
カーナ えっ、あなたの腕前はさっきよく分かったし・・。
タケシー まぁ、そう言わずにさ。ボクにはとっておきの秘策があるのさ。
カーナ 仕方ないわねぇ。

二人は将棋を指し出す。

カーナ 何よ、そのヘンテコな矢倉。
タケシー いや、これは、じいちゃんから教わった・・。

(おしまい)



・本小説は完全なフィクションであり、実在する人物等とは一切関係ありません。






2011年12月13日

加藤桃子が女流王座を獲得

将棋・初代女流王座に16歳「棋士」めざす奨励会1級(朝日新聞)
将棋:奨励会員が女流王座 16歳・加藤1級、初タイトル(毎日新聞)
将棋・女流王座、加藤桃子が初獲得…奨励会員初(読売新聞)
奨励会の加藤1級が初代女流王座 将棋リコー杯 16歳(日本経済新聞)
末恐ろし天才少女!JK初代女流王座/将棋 (1/2ページ)(サンケイスポーツ)
末恐ろし天才少女!JK初代女流王座/将棋 (2/2ページ)(サンケイスポーツ)

若干16歳の加藤桃子が、将棋リコー杯女流王座戦で清水市代女流六段を五番勝負の末、3対2で破ってタイトルを獲得した。
将棋リコー杯女流王座戦は今年度から始まった女性参加の大型棋戦で、加藤はいきなり女流将棋界のトップの地位を占めることになった。(もう一つマイナビ女子オープンという同格の棋戦もあり現在女王位を保持しているのは上田初美。)
現在、将棋界は羽生善治などの男性棋戦と清水などの属する女流将棋界に分かれている。部分的に交流はあるものの、基本的には羽生などが正式の「棋士」であって、女流棋士は地位的実力的にはその棋士の世界に対して従属的な立場と位置づけられてきていた。
但し、正式の「棋士」になる資格は男性に限定されず、女性も可能なのだが今まで実際になった人間はいない。
棋士になるためには、その養成機関の奨励会に所属して、級位段位を徐々に上げて厳しい競争を勝ち抜いて四段まであがると、はじめて正式に棋士の地位を獲得する。加藤もその奨励会に所属して修行中の身であり、現在奨励会一級である。他にも里見香奈など数名が所属しているが、男性と比べると圧倒的に小数派なのが現状である。
そして、今まで奨励会に所属する女性は「女流棋戦」に参加することが許されていなかったが、最近制度変更があって、女性の奨励会員が女流棋戦に参加することが可能になった。逆に女流棋士が奨励会に参加することも許された。きっかけは若手女流棋士の代表的存在である里見香奈三冠(女流名人女流王将倉敷藤花)が奨励会で修行する決意を固めたことだった。里見も現在、奨励会では加藤と同じ一級である。
さらに、リコー杯女流王座戦の主催者が、全ての女性に開かれた棋戦というコンセプトを打ち出し、女流棋士、奨励会員、アマチュアが全て参加可能になっていた。
トーナメントを勝ちあがったのが加藤と清水である。清水は長年女流将棋界のトップとして君臨し続けてきた代表選手である。従って、奨励会員で年齢も若い加藤との対決はきわめて象徴的な意味合いを有するものにならざるをえなかったのである。

リコー杯女流王座戦中継サイト

まず、作戦面で加藤は清水が得意とする先手の相掛かりを受けるなど真っ向勝負していた。それには、やはり奨励会での研究の裏打ちの自信もあるのだろう。また、普段は指さないらしいゴキゲンを用いるなど、やはり精神的に少し余裕があるのかというところも感じさせた。
一方、清水も得意の相掛りや右玉で対抗したが、女流タイトル戦でよく用いる右四間は封じていた。右四間も強力だが、攻めが単調で男性プロでは中川など少数しか指す棋士がいない。もしかすると清水は奨励会の研究を警戒したり、加藤相手だと受け止められると思ったのかもしれない。作戦面でも加藤の方が伸び伸びとやっているという印象があった。
将棋の内容としては清水が経験をいかして序盤で優位に立つことも多かったが、中終盤の力で加藤が勝負に持ち込んで抜け出して勝つという印象だった。将棋は序盤でよくなっても、そこから勝ちきるのが大変で終盤でひとつでも間違えるとすぐ逆転するゲームである。
清水も終盤の大変強い棋士でそのために長年女流のトップであり続けたところもあるのだが、奨励会で男性に混じってもまれている加藤が、さらにそれを上回っていた。
中終盤の手の見え方には、加藤の個人的な才能も感じるし、またプロ棋士の卵たちと将棋を日常的に指しているゆえのセンス―それは男女差など関係ない種類のもの―を感じることも多かった。
但し、第四局では完全に勝ちになったところからウッカリで大逆転を喫したし、最終局も▲6四銀から強引に攻め込んで力でねじ伏せたけれども、例えば相手がプロ棋士なら的確にとがめられてしまいそうな危うさも感じさせる指し方だった。要するに、まだ若くて勢いもあるが荒削りなところもあるようだ。それは16歳という年齢を考慮すれば、むしろ当然だろう。
しかし、そうしたところも加藤の魅力になっていた。私のような素人にも明らかに才能があるのが感じられたし、彼女の真の目標である奨励会抜けに希望も抱かせる内容だった。但し、奨励会は本当に厳しくて加藤のような才能がゴロゴロしている鬼の世界である。本当にこれからが勝負なのだろう。

今回は奨励会一級という将棋界での実力の位置づけが明確な加藤が登場することで、従来やや曖昧だった女流棋士の実力が図られる結果になってしまった。そういう意味でも清水にもプレッシャーが大きかっただろう。
しかし、その問題については、従来の制度構造を考える必用がある。そもそも、奨励会というのが、例えば囲碁と比べて「プロ」になるのが限りなく狭き門の世界である。従って、特に昔に絶対数でプロ将棋を目指す女性が少なかった状況では、女性が男子プロを目指すこと自体大変困難だった。昔も奨励会にチャレンジする女性はいたが、今とは比較にならないくらい男性社会度がひどくて女性は身の置き場もない雰囲気だったらしい。
従って、女性がプロを目指すならば実質女流棋士になるしかなく、結果的に男性プロの世界と離れた世界で将棋を指さざるをえず、情報の共有化もままならず、それが女流の進歩を遅らせてきた側面もあるだろう。
清水の名誉のために言えば、例えば清水が現在の加藤と同じ年齢で奨励会で修行していれば今よりはるかに強かったはずである。そういう素材なのである。
だから、遅まきながら奨励会と女流の両立が認められたのは大変結構なことである。特に若い女性は、まず奨励会で修行しながら女流で指すというのが当たり前になるとよいと思う。そうなれば、女流の実力の進歩は現在よりさらに加速されるはずである。
今回の加藤の戴冠は女流の世界にとっては厳しい面もあったが、そのように建設的に考えてみたらどうだろうか。

清水については、ツイッターでZeirams氏が、最終局の日の朝と終局後につぶやいていた言葉を紹介しておこう。
清水さんは「背負う人」。あからの前に、奨励会員の前に。女流棋士の歴史と体面を一手に引き受けるかの如く、凛として戦いの場に赴く。戦国時代の姫もかくやと思わせるような凄絶さすら感じる。そんな清水さんが今日、初代女流王座を懸けた最後の戦いに挑む。
里見、桃子、といったあたりに何度となく「斬られ役」になってしまう清水さんだけど、何度斬られててもしゃんとしている。勝者の価値を高めるのは、美しい敗者の有り様なのだと思った。捲土重来を期待します。
何も付け加えることはない。

加藤について。将棋も勿論だが、その人間も魅力的である。素直な明るさと伸びやかさと、勝負師の卵らしい垣間見せる強気と、少女らしいお茶目の混在。何もかも自然でフツーなのだけれども、それが得がたいキャラクターの非凡になって眩い光を放っている。ある方はツイッターでこのように表現されていた。
ももこちゃんって、小学校を休んだ日の夕方、宿題のプリントとか給食のパンとかを届けにきてくれる同じ町内の同級生っぽい。なんかなつかしい感じがする。
加藤については、将棋世界などで最近とりあげられているのだが、彼女も―谷川や羽生同様―素晴らしい家族の支えがあったようである。最後にそれらを幾つか紹介しておこう。マスコミが食いついて彼女の邪魔にならないか心配だが、将棋連盟は彼女が本当にプロ棋士になるまではそれらの攻勢から彼女を守る姿勢で奨励会に専念できるように配慮していただきたいものである。
(おばあちゃんとは)よくケンカするんです(笑)。お互いにガンコで気が強くて、すぐカッとなります。ケンカはするんですが、いつも私のことを応援してくれていて、家事全般も祖母がやってくれています。
(お父さんとは)親子でペアマッチに出場したのがよい思い出です。不安だった私の手をずっと握ってくれていました。小学校5、6年生くらいの時です。
私がガンコで戦法のことでちょっと言い合いになったときには、あんまり言うことを聞かないもので、素直になれって、生涯ただ一度のビンタをされた思い出があります。(以上将棋世界12月号より)
(奨励会入りはお母さんの意見も大きかった。)私はまだ小学生だった桃子の人生を女流棋士として決めてしまうのは早いと思った。主人がそうだったように、奨励会なら、いずれ将棋をやめるという選択肢だってある。その方が道が広いと思ったのです。(将棋世界1月号より)
毎朝、父の遺影に手を合わせて家を出る。前は「がんばります。力を貸して」と呼びかけたのが「勝ってきます」に変わってきた。(朝日新聞12/13より)
(あくまでもプロ棋士が第一目標ですか?)はい。父との約束ですし当然です。(将棋世界12月号より)

局後の記者会見で、彼女は「趣味は将棋なので……。ええと、好きなことは、食べること歌うこと寝ることです。」と言っていた。
加藤桃子16歳。


2011年12月03日

渡辺竜王八連覇 2011竜王戦第五局 渡辺竜王vs丸山九段

竜王戦中継サイト

後手丸山の作戦は今回の竜王戦の命運をかけた飛車先不突き一手損角換わり。第三局の進行を辿って丸山忠久が先に変化した。さらに8筋の突き捨てから△7五銀と動いてきたところに渡辺明が打った▲4六角が好手だったようで、丸山は△7三角と手放して受けざるをえなかった。
渡辺は▲4六角にも、さほど時間を使ってないが本局に限らず(相対的には)定跡が整備されてない飛車先不突き一手損の形で、その場にうまく適合する指し手を決断よく導き出して毎回初日からペースを握った。
丸山が戦前予想された横歩取りを捨てて竜王戦で採用した秘策ともいえる飛車先不突き一手損だったが、渡辺の対応力の前に全く効果を発揮することが出来なかった。定跡が隅々まで整備されている横歩と比べると、この飛車先不突き一手損は採用者も多くはなく(あくまで相対的には)未開分野で力勝負になりやすいが、むしろ渡辺の局面把握能力の明るさを引き出してしまって逆効果だった。やはり横歩の定跡の穴とか裏をつく作戦の方が良かったのかもしれない。というのは結果論だが。
後手三局でいずれも初日から先手優勢(気味)になったのでは、現在の渡辺の充実ぶりを考えると、あまりにも苦しかった。戦術的には、これが今回の竜王戦の一番のポイントだったと思う。
また、激しく行く▲5五角と穏健な▲3五角の二種類あるところで、腰をおとして考えて封じ手にしたのも、渡辺らしい「封じ手巧者」ぶりだった。
両方あるので丸山は両者の対策を考えなければいけないし、渡辺は▲5五角と決めておいて本譜のように激しく一気に決めに行くか▲2五桂とするかなど一晩熟慮出来る。
二日目は、いつ将棋が終るかという雰囲気だったが、丸山も意地と底力を見せて△5一金など独特な粘り方をみせてかなり追い上げた。△8三飛のところで△8六歩としておけば難しかったそうである。但し、難しいにしても今回の渡辺の終盤の切れ味を考えると、やはり竜王に分があったような気もするが。
結果的には渡辺のいいところばかりが目立った磐石の防衛劇になった。丸山は、先手の角換わりのスペシャリストとして序盤の駆け引きでは渡辺を少し上回ったようにも思えるが、それが直接勝ちに結びつく形ではなかったのが惜しかった。△6五歩型は、ベストの形で仕掛ける、あるいは仕掛けさせない為のせめぎあいだけれども、例えば相腰掛銀先後同型のような勝敗に直結するところまでの一直線の定跡ではない。渡辺の角換わり後手で
の△6五歩型も、やはり手強いという印象が残った。

これで渡辺は八連覇。これからさらに脂が乗り切ってくる年代で、どこまで連覇が続くか分からないような竜王戦での強さである。
しかし、渡辺も最初からこんなに強かったわけではなく、森内から竜王を奪取した際には、まだ当時では実力的には少し森内が上かというところを△8五飛戦法を駆使して、また若さに似合わぬ度胸の据わり方と勝負強さでワンチャンスを見事にものにした感じだった。
同じく将来を嘱望されていて既に実力もトップクラスと思われる豊島将之が昨日の王将戦プレーオフでチャンスをものに出来なかったのと対照的である。やはり将棋の実力以外にメンタルなどを含めた総合的な人間力が大切なのかもしれない。もっとも、豊島はその実力の高さは誰もが認めるところなので、単に出世のスピードが遅れただけに過ぎず、必ず頭角を現してくるはずである。
さて、渡辺はその後も羽生世代の挑戦を次々に受けてきたが、特に初期は毎年挑戦者有利の前評判だった。今の渡辺では考えられないことかもしれないが。それを毎回実際には、深い研究や封じ手、持ち時間の使い方などを含めた細かい意識的な戦略や、持ち前の勝負度胸を用いて、その力を余すことなく発揮することで毎回下馬評を覆してきた。それを積み重ねるうちに、いつの間にか現在の誰もが認める力を蓄えてきたのだ。
だから、渡辺は天才型というよりは、むしろ努力型なのかもしれない。なぜ竜王戦だけで勝てるのかと久しく言われ続けて来たが、それは単純に言うと実力がそれくらいだったのだが、毎年他棋戦の結果にめげずに精進を続けているうちに本当に竜王にふさわしい実力を涵養してきたのだと思う。具体的には、羽生世代よりも一時期本当に苦手にしていて全く勝てなかった久保や深浦を最近は内容的にも圧倒しているのがその証拠と言えそうである。
逆に言うと、竜王戦の初期の厳しい状況を毎年乗り切ってきたのも渡辺らしい。二日制なので、封じ手、時間の使い方、思考のペース配分、食事やおやつのとり方に至るまできめ細かく意識的に戦略をたててそれを実行してきた。本来持つ実力以外に補うことが出来る部分を全て出し切っているような気がする。先ほどの話の総合的な人間力が渡辺の場合は高くて、世代交代といわれつつも今でも本当に羽生世代を倒しているのが彼一人というのもその辺と関係しているのだろう。実力だけなら彼とほぼ遜色ない若手もいるが、彼らとは人間的な線の太さに差を感じてしまうのである。
そういう、もともと人間的な力では申し分ない渡辺が、ついに将棋自体の実力も上り詰めて来た。本当にこれからが恐ろしいような気がする。

さて、一方の丸山挑戦者。
渡辺とは全く別種の人間的総合力で我々を魅了し続けてくれた。竜王戦と言えば渡辺の庭である。対局上我が家のようにリラックスして振る舞い、時には率直過ぎる物言いで対局相手を苦笑させ(特に初期)、傍若無人ともいうべき大胆な振る舞い、肉料理をがっつり食しおやつにはケーキをしっかり平らげる食欲等々で、盤外ではすっかり竜王ペースになるのが通例であった。
しかし、今回の挑戦者には全く渡辺の流儀が通用しなかった。渡辺のはるか空の上を行く食欲で度肝を抜き、対局態度もマイペースそのもの。と言うか食べ物の話ばかりで恐縮だが、丸山にとって深刻な苦しい場面でもカツサンドや南国の果物で栄養補給することに余念がないのだった。
例えば、第四局の夕方のNHKBS放送で、島朗と山崎バニラさんが解説している間に、丸山が夕食代わりのレーズンパンをモグモグする姿が映し出された。カメラが大盤に戻って島の解説が続いて無事終了。
さて、カメラが対局上に戻ると、丸山はまだ食べ続けていて新しいレーズンパンに手を出しているではないか。島が急遽、丸山の食事の解説も始める。
「これが結構終盤の急所の一打になるんですよぉ。これがですねぇ、渡辺さんが結構苦手としている丸山さんの旺盛な食欲なんですよ。食べっぷりもいいですねぇ。この時間帯は棋士の食欲が一番落ちる時間ですねぇ。終盤で。ここでものを食べるなんて考えられない人が多いと思いますよ。丸山さんの強みですよねぇ。しかも、楽しそうにおいしそうに食べていますからね。渡辺さんの視野の先に丸山さんの食欲が入っているでしょうから。丸山さんは意図していないんで盤外戦術ではないです。でも気にはなると思います。竜王がかつてなかった相手であることは間違いないですね。しかし、すごいもんですねぇ。この一番大変な局面でこれだけ食に集中できる精神力はすごいですよねぇ。」
島朗、渾身の名解説である。将棋の解説よりはるかに冴えていたと言ったら怒られるだろうか。しかも、そんな島の名解説をあざ笑うように丸山は延々とモグモグし続けたのであった。記録の門倉啓太がチラチラと丸山を見やり、丸山が食べ続ける前で渡辺が前傾姿勢で必死に読むシュールな絵であった。
第四局では朝にふぐちりを食して驚かせた丸山だが、本局でも昼食に蟹の丸揚げを含む中華フルコースを注文した。後手の丸山が相当苦しいとされていて、しかも負ければ竜王戦が終る局面である。さすがに、私もあまり食べられないしおいしくはなっかただろうと思ったのだけれども、島解説を敷衍すると、実はおいしく悠々と平らげたのかもしれない。
しかし、丸山は夕食になると豪華な食事にもあまり手をつけずに飲み物をとるくらいだったそうである。つまり丸山は単なる食いしん坊の大食漢ではなく、あくまで将棋の思考の為の栄養補給であって、食べようと思わなければ食べないでもいられる鉄の意志の持ち主なのだ。そして、周囲の目など一切気にせずに対局の為ならどんな手段も講ずる。冷えピタだって頭に三枚貼るのだ。本人にとっては、ベストを尽くして対局に専念するための真剣そのものの行為である。ただ、それが見ている周りの人間たちにとっては、たまらなくおかしいだけである。上質なコメディの条件である。そして、観る者は思い切り笑いながら、そのコメディを演じている人間の真剣な極上の芸にひそかに敬意を抱くのだ。決して馬鹿にした笑いではない、健全で根源的な笑いである。
丸山自身は常に真剣である。だから、笑いを呼ぶこともあれば、感動を呼ぶこともある。例えば、伝説の村山聖との深夜にまで及んだ順位戦の激闘。村山の体調は最悪だったが、丸山は厳しい指し手を延々と続けた。見守っていた村山の弟弟子の増田裕司には丸山が鬼に見えたそうである。しかし、結果的にあの対局は伝説として語り継がれている。
丸山にとっては、夕食代わりにカツサンドをモグモグやるのも、村山と死闘を繰り広げるのも、全く同一次元の真剣そのもの営為なのである。
今回もまた丸山が真のプロフェッショナルであることを改めて確認したシリーズであった。勝負には負けたが、多分或る意味では渡辺が初めて完敗した挑戦者だったといえるだろう。