2004年12月

若手棋士の日記「竜王戦総括について」

 とにかく渡辺竜王は筆マメなので、感想が追いつきません(笑)。
 二日制対策について書いていますが、棋士の立場と、見るファンの立場を同時に論じているので、二つを分けて考えてみる。
 まず、棋士としての立場について。今回の勝因の一つが、初日の時間の使い方にあったのは確か。特に最初の頃、森内さんは、少しカリカリしていたフシもあったし。
 そういう心理面だけでなく、将棋の合理性の追求という面でも理にかなっていると思う。今までのように、日記に書かれている通り「二日目の夕方、夕休以降に、少ない持ち時間で一気に進む」というのは、どう考えてもおかしい。「トップは、終盤でも、短時間で間違いなく指せる」というのも、明らかに詭弁である。難しい中終盤に時間があったほうが良いにきまっている。
 こう書いてしまうと、当たり前すぎるくらい当たり前なのだが、今までの将棋界の暗黙の了解を破るのは、かなり勇気がいることだ。革命者というのは、されてみれば当然なのだが、なかなか他人ができないことをやってのける勇気があるものだ。今回も、連盟の幹部から、封じ手時間変更の検討の声がかかるなど、色々外野から言われた。(読売が、毅然として従来どおりを貫いたのは良かった。西條記者、普段は態度がデカイけど(失礼)、ああいう時は、圧力に屈せずにスジを通してくれそうで、頼りになりそうなところがある。)結局、渡辺竜王は、最初から最後まで自分のスタイルを貫き通して、やはり意志の強さがあるように感じた。
 また、あらゆる意味で「速度アップ」をするというのが、全体的な現代的な将棋の趨勢なのだと思う。時間の使い方にしても、研究範囲の拡大にしても、終盤の寄せ方にしても、余計な「美学」などにとらわれず、無駄な部分をできるだけそぎとっていく合理的な姿勢。当然、無駄なところを省くから、「速度」はどんどん早まっていくことになる。それを渡辺竜王は貫いている。これは、何も将棋の世界だけにはとどまらないことだ。やはり、当たり前のことに過ぎないのだが、それを淡々と実践できるというのが、実はとても非凡なことなのである。勿論、渡辺竜王に、森内さんと戦える将棋の実力の高さがあってこそのことなのだが。
 王将戦で、羽生二冠が、初日どういう指し方、時間配分をするのかに、自分はすごく注目している。
 さて、見るファンの立場について。これも、日記に書かれているように「今まで、初日は見る必要もなかった」というのが、実に正論過ぎる正論である。渡辺竜王の主張には、コロンブスの卵的な説得力があると感じた。実際、自分も、今までは、初日は録画しておいて、翌日にでもゆっくり見ればよいというパターンが多かったが、今回は、初日どうなっているか気になって仕方なく、できうる限りすぐ見ていた。ファンにとっても、「二日制」の意味があるのだ。初日はじっくり駒組みをしてという美学は、昔の武士の互いに名乗りをあげるところから始まる一騎打ち、初日からいきなり戦い始めるのは、現代的な戦争という言い方ができるかもしれない。かつてが良かったという懐古の声を別にすれば、時代の趨勢であろう。今後、ますます一日目の重要性が高まっていくのではないかと思う。
 テレビの放送前に終局したのも、竜王本人も率直に認めている通り「はっきりミスをして」将棋が一方的になったりしたからで、双方が普通に指せば、むしろ放送時間内に終局が収まる可能性が高まると思う。名人戦など、大事な終盤が、今までほとんど見られなかったのだから、速度アップは、ファンにとっては大歓迎すべきといえるだろう。

 日記の後半では、渡辺竜王の、自分の実力をシビアに客観視する能力が、目についた。自分に対する、深い信頼と自信がある一方で、過信にならず、的確に自己を見つめることも出来るようだ。今だから正直に言うが、自分も、現時点では(あくまで、現時点でですが)やはり、森内さんの地力と総合力が、ほんの少しだけ上なのではないかと、素人ながら思っていた。だから、第五局が終わった時点でも、多分第六局では決まらず、勝つとしたら、最終局で、しかもギリギリの形でしかないのではないかと思っていた。結果的には、スッキリした勝ち方でしたが。まあ、こういうことは、後になって言っても無意味なんですけどね。

年末の恒例の格闘技番組を、横目で眺めながら書きました。曙のあっけない敗戦を見届けて・・。

時代が動いた日(渡辺新竜王誕生!)

 はじめて「渡辺明」の名を目にしたのは、河口俊彦氏の著書の中でだった。当時、渡辺少年は、低年齢にもかかわらず奨励会をものすごい勢いで勝ち進んでいた。風貌も大山を髣髴とさせる。当時は、羽生が栄華の絶頂にあった。渡辺少年の事を聞いた中原先生が、目を輝かせて「羽生さんは、この子に負かされるんだね。」といったという話、生々しくて忘れようにも忘れられません。
 それ以来「渡辺明」の名がすごく気になるようになり、週刊将棋の奨励会の勝敗表を、欠かさず見るようになった。しかし、実は順調に昇級していったわけではない。二級になってから、なかなか勝てずに、かなり長く停滞していたのを知っている。「この調子じゃ、中学生棋士は、チョット無理かなあ」と思ったのをよく覚えている。
 つまり、渡辺明は、実は早めに、小さい挫折経験をしているのだ。回りの期待が大きいだけに、少年なりにアセリもあっただろう。同時期、やはり低年齢で活躍していた、橋本現四段の方が、勢いがあるくらいだった。
 しかし、脱出してからは、順調にまた階段をのぼり始めて、ギリギリで「中学生棋士」に滑りこんだ。その辺、追い込まれた時の勝負強さを、当時から見てとることができる。つまり、「挫折を経験するが、決して折れることなく巻き返し、最後は勝負強く目的を達成する」という、渡辺パターンが、既に当時から確立されていたのだ。 
 四段になってからも、順風満帆だったわけではない。勝率もたいしたことはなかった。C2順位戦では、さすがに昇級には絡んだが、最後の大事なところで、昇級争いのライバルに敗れて、目標もかなわず。その対戦相手が、すごく威勢のよくて言いたいことを言う棋士で、週刊将棋か何かで「渡辺将棋は、たいしたことはないと思っていました。」と言い放っていた。
 将棋界は、ああいう狭い世界なので、勝ち負け同様、仲間の「信頼度」がきわめて重要なファクターになる。その意味で、かなり渡辺にはつらかったはずだ。また、将来の有望格としては、同門の松尾五段のほうが、はるかに注目されていた。普通の神経の持ち主なら、精神的に参ってしまうところだ。しかし、ここでも「渡辺パターン」が繰り返される。翌年度からは、勝率が極めて高くなり、仲間内の「信頼」も少しずつ、取り返していく。その辺、渡辺が、どのような考え方をし、どのように挫折を乗り越えていったのかが、すごく知りたいところである。
 最後の「渡辺パターン」は、言うまでもなく、王座戦での挑戦と惜敗、そして今回の竜王戦での、ギリギリの奪取なのは、もう言うまでもないだろう。
 かつて坂口安吾が、若き日の大山を「切っても、血が出ない男」と評した。つまり、逆境とか、挫折体験に対して、類まれなタフさを持っており、平然として努力を続けて巻き返す精神的強さがあるということだ。やはり、その意味では渡辺明は、「大山二世」なのである。現代の将棋界はきわめてシビアで、精神的な面だけで勝てるほど甘くはない。しかし、この竜王戦を通じて見てきて、渡辺明に、勝負師としての類まれな資質があることは、明らか過ぎるくらい明らかである。少なくとも、大棋士になる「必要条件」だけは、間違いなく備えている。
 大山は、ああ見えて、実はサービス精神も旺盛だったそうだ。坂口安吾と、テレビで生の対談をした際、準備不足で今ひとつ盛り上がらなかった。大山は、放送終了後「もっと、何を言うかよく相談すればよかったですねえ。」と盛んに言ったそうである。その意味では、やはり渡辺明は「大山二世」である。(笑)例の日記の公開にしても、将棋マスコミに対する、やや挑発的とも言える発言にしても、いかにファンにアピールしてサービスするかを、考えているのだと思う。
 ただ、大山とは違って、いかにもアッケラカンとして明るく、屈託がないのが渡辺の良いところである。とてもみずみずしかった竜王位奪取の瞬間が象徴するように、勝負師としての老成ぶりやフテブテしさとは相反する、普通の二十歳の若者らしいキャラクターとの共存が、彼の大きい魅力になっている。
 将棋の内容について、自分はコメントする力がないのだが、あらゆる点で合理性を追求する現代的な将棋であることは、誰にも異論がないだろう。かつて、羽生世代の出現によって、将棋の価値観が根本から覆されたが、さらに渡辺明は、それをラジカルに推し進めている。徹底した研究、時間の使い方、パソコンの利用法、言葉が矛盾するのだが「合理的な感覚的判断能力」などなど。 
 森内は、ある意味羽生世代の中でも、一番の「合理主義者」なので、今回の対決は「合理主義者対決」でもあったのだが、その程度で渡辺が、わずかに上回ったのともいえる。羽生が、王座戦を振り返って「自分の将棋も、もしかすると、意識しないうちに、古くなっているのかもしれない」と述懐していたのも、忘れがたいし、羽生ならではの鋭敏な渡辺将棋への把握能力が現れていたと思う。
 最終局が、研究戦型の「8五飛車」だったのも、象徴的である。しかも、8五飛車がもはや全盛でなく、先手の勝率が高くなっている時期に、何とか勝ち取ったのは、渡辺の底力、潜在能力の高さを証明していると思う。あのシビアな、丸山が、8五飛車を放棄したのだから、今、この戦形で後手でトップレベルで勝ちきるのは、相当な難作業だったはずだ。自分など、もしかして、最終局後手番の場合、別の戦形を選択する可能性があるのではないかと思っていたが、奇をてらわず、最後まで正攻法でいったのも、精神的なタフネスの証明である。
 渡辺は、日記を書いているように「情報公開」に積極的な棋士である。合理性ということでは、ちょっと微妙なところがある。最近、丸山について書いたとおり、むしろ、自分のことは何も他人に知らせず、判断材料を与えないのが「合理的」だともいえる。しかし、渡辺は、あえて、情報公開の道を選んでいる。それは、先ほど述べた、彼の「サービス精神」、いくら将棋が強くてもファンがいないと仕方ないという自覚の故でもあるかもしれない。
 同時に、情報を公開して、他人に色々思われても、全く平気という精神的タフネスがありそうだ。競争相手が、公開された情報を元に仮に対策を考えても、それを逆手にとってはね返すくらいの芸当をする力がありそうである。 
 来年も、日記を続けていくと本人が宣言しているので、ファンにとってはありがたい。但し、さすがに何時までも続けることは不可能だと思うので、今のうちにしっかりチェックしておこう。まさしく「ファン必読」である。
 今後、「羽生世代」と「渡辺世代の」全面抗争が始まるといわれるが、自分はそうは思わない。あくまで、羽生世代は特別なのであって、どの世界でも、才能ある人間が集中して現れる時期があるものだ。そして、そんなにしょっちゅう起こることではないと思う。「渡辺世代」の、皆が上の世代をどんどん倒すようになるとは、到底思えないのだ。渡辺を含めて、二三人だけが、トップとして生き残るのが、せいぜいよいところなのではないだろうか。  
 その意味で、渡辺は、今後も、ほとんど一人で羽生世代と戦い続けていくことになるのではないかと思っている。

 今日は、外はドカ雪です。おかげで、午前中、ゆっくり文章を書くことができました。もし、この長い文章を、最後まで付き合って読んでくださった方がいたら、本当に感謝します。(笑)

渡辺竜王誕生!(竜王戦第七局二日目)

 今日こそ、色々書くべきなのでしょうが、こちらも感動してしまっていて、何を書いていいか分かりません(笑)。
 あのふてぶてしい渡辺さん(ごめんなさい)が、終局の瞬間に、完全に二十歳の若者に戻ってしまったのが、なんとも新鮮でした。つい、もらい泣きしそうになってしまった自分が滑稽です。(本人は、実際には泣いてはいないか。でも、仲間に冷やかされそうだね。)板倉アナの、実況も、実に的確でよかった。
 DVD録画に失敗してしまったが、古いビデオデッキに念のため録画しておいて本当に良かった。生では見られなかったわけですが、終局ごろの映像は、「将棋は終わっている」としても、心理的なサスペンスは十分で、ドキドキしました。
 森内さんが、席をはずしたのだが、渡辺さん「5四歩」を指すのに、森内さんが戻ってから指すべきか。うずうずして指したい「決め手」をすぐ着手してしまうか、結構心理的に動揺したのでは。(笑)(もっともそんな余裕はさすがにないか。)
 タイミング悪く、渡辺新竜王が指したとたんに、森内さんが戻ってきました。あれでは、森内さんも投げにくいよね。(笑)あと、三十秒渡辺さんが、指すのを待っていれば、指し手総数が二手縮まっていたかもしれません。次の、「4九と」では、ちゃんと戻ってくるのを待ったようですね。
 勿論、このように面白がって書くのが、悪趣味なのは分かっています。森内さんにしてみれば、手を読むのではなく、自分を納得させる本当につらい時間だったわけだから。テレビのアップというのは、怖いものです。表情が変わらないという森内さんも、やはりつらすぎる表情をしていました。それは、渡辺さんも変わらない。「情熱大陸」の第六局の投了場面の、アップの表情では、彼としては信じられないくらい、つらそうな表情が生々しく映し出されていました。
 残酷なようだが、本当に、自分の全てを賭けて戦うから、ファンにとっては面白いし、心を揺すぶられるのだ。少し時間が経った感想戦の映像で、二人が元の表情に戻っていたので、少し救われた気がしました。
 今日は、こんなところで。近々、「渡辺竜王誕生記念記事」(笑)を書くつもりです。

(追記)右のリンクの欄、すかさず全て
「渡辺六段」から「渡辺竜王」に変更しておきました(笑)

竜王戦第七局初日


 まず、きのうの「情熱大陸」について。
 三十分なので、将棋ファンにとっては、物足りないし、見足りないのは、まあ仕方ない。ただ、本来一般向けの番組なので、渡辺明の「飾らない、自然な人柄」がある程度伝わっていたので良かったのではないだろうか。むしろ、その意味では、竜王戦の場面をもっと大胆にカットして、日常の素顔にスポットを当てたほうが良かったのではないかとも思った。
 彼の人柄を知るには、テレビ以上に、「若手棋士の日記」を読むのが、一番だと思う。普段の彼は、単なる好人物というのでなく、かなり辛辣なキツイ印象も与えるかもしれない。しかし、あの日記を読むと、根がすごく素直で、人柄がよいのがとてもよく分かるのだ。人によっては、実際に接する以上に、その人の文章の方に、本質的な性格がハッキリ現れることがあるものだ。
 また、パソコンで、棋譜を猛烈なスピードでチェックしている姿が印象的だった。全対局の棋譜を見ていることより、それをどのような方法でやっているかが問題である。古い考え方だと「ただ漠然と棋譜を並べるだけではイカン。一手一手じっくり考えながら、深く検討しないと意味がない。」ということになるだろう。しかし、渡辺スタイルは、おそらくそういう重厚長大な態度とは無縁で、軽やかに棋譜と戯れるといったやり方のようだ。とにかく、棋譜をチェックして、気になる手を確認し、どんどん情報を整理していく。その際、ポイントだけを的確に、猛速度で把握していく能力にいかにも非凡なところがありそうだ。解説した時などに感じる、彼の将棋指しとして以前の人間的な「聡明さ」が、とても役に立ちそうである。
 羽生世代が「パソコン世代」のハシリといわれるが、本当の意味で、パソコンを、自分の身体のように自由に操る能力があるのは、恐らく渡辺世代なのではないかと思う。例えば、佐藤棋聖などは、パソコンの画面を見ながら、一手一手盤面に並べていくという原始的な方法をとっていたそうだ。それは極端な例にしても、羽生世代と渡辺世代でパソコンに対する感覚は、かなり異なるはずだ。

 さて、竜王戦初日について。
 対局開始シーンでは、渡辺挑戦者が、珍しく緊張気味のように見えた。逆に森内竜王のほうが、何時になく攻撃的な感じで、自信満々に見えた。ちょっと、自分の予想とは違って、意外だった。
 午後の放送は、公式戦では前例のない「8八歩」を、挑戦者が放った場面から。映し出されたのは、森内竜王が、頭を抱えて必死に読んでいる姿。
そこに、挑戦者が、なんか荒々しい感じで部屋に戻ってきて、ふすまをバタンと閉めていた。対局開始時とは、全然印象が違う。(単に、そういうタイミングが映っただけなのかもしれないが。)西條記者が、「部屋に入るたびに、挑戦者に(無意識に)睨まれます。」と言っていたが、渡辺挑戦者、すっかりいい意味で開き直ってケンカ腰で指している感じがする。
 優劣については、自分の力では全く分からないし、頼りの森下、中村解説を聞いても、今ひとつピント来ない。ただ、「8八歩」が、なんとなくいい手なのではないかという気がしてきた。
 森内竜王の大長考は、素直に取ると、やはり「8八歩」は、予定外だったか、あまり深くは検討してなかったということだ。もっとも、現在渡辺応援中の自分には、そう思えるだけなのかもしれないが。明日、どういうことになるのか楽しみだとしかいえない。

 ところで、NHKの板倉アナ、「情熱大陸」の話なんかしちゃって大丈夫だったのでしょうか。人ごとながら、心配です(笑)。

NHK杯 森内竜王名人vs鈴木八段


 明日から竜王戦第七局だが、渡辺挑戦者は「見ないほうが良い」という将棋でした。移動中だから、実際見ることはできないんですけどね。
 とにかく強い。島八段が「森内さんは、盤の底まで読むからなぁ」と言ったというとおりの将棋である。感想戦でも、さりげなく黙って駒を動かしていたが、明らかに「全ての変化を読みきって」いた。
 それなのに、全然傲慢なところがなく、謙虚そのもの。対局姿にも、修羅場をくぐってきた者だけに感じられる、静謐さ、重厚さがあり、とても絵になる。現在、個人的には、渡辺挑戦者に、夢中であり、応援もしているのだが、やはり、本当に素晴らしい竜王である。
 森下解説は、常に楽しい。今年、上大岡の将棋祭りに、島八段と先崎八段がコンビででた時に聞いた話。順位戦の先崎vs森下戦の感想戦で、森下八段は「イヤー、その手以外のすべての手は読んでいたんですけどねー。」とさかんに悔しがったそうです。先崎八段は、必死に笑いをこらえるのに苦労した由。

 全く関係ないんですけど、今日のM−1の「アンタッチャブル」、ムチャクチャ面白かったナー。

 さあ、明日からはいよいよ竜王戦最終局です。

NHK杯 三浦八段vs深浦八段、「もず」さんの「勝手に将棋トピックス」について

 やっと、先週のNHK杯を見ました。解説の丸山九段について。
 謎が、多いといわれる丸山九段だが、本当に勝負に徹しているプロフェッショナルだと思う。指し口が、劇カラといわれるのも、プライバシーを他人に見せないのも、そういう姿勢と関係があるはずだ。
 勿論、性格的なものもあるのだろうが、余計なことを言って、自分の将棋について対戦相手に情報を与えたくないという考えもあるのではないだろうか。(深読みなのかもしれませんが。)
 駒音を立てないことについても、「将棋丸ごと90分」では、「深い意味はない」と言っていました。あれについても諸説あって、「余計なエネルギーを消費しないようにしている」という、冗談みたいな説も聞いたことがある。恐らく、指し手に感情を表現したりせずに、相手に余計な判断材料を与えないようにしているというのがごくフツーな解釈だと思うのだが、どうだろう。
 とにかく、厳しい棋界を生き抜くために、どうすれば勝てるかを、盤上以外の細かいところまで徹底して考え、実践しているのではないかと思う。それが、秘密主義だとか言われるのだろうが、徹底したプロフェッショナルな姿勢は、やはりすごいと思う。そういう鬼のように勝負に徹する姿勢が、かつての村山聖八段との伝説的な順位戦のような名勝負を生むのだ。余計な「人間的魅力」などではなく、純粋に、残した棋譜だけで勝負する潔さがあるとも言える。ストイックな求道者といった趣があるのだ。
 ただ、今回の解説では、千葉女流の、容赦のないツッコミのせいか、まるで、島八段のような明快な解説をしていたので、驚きました。やろうと思えば、できるのだよ、丸山先生は。三浦八段は「当たるとダウンさせるような強烈なパンチ力がある。小技というより、大技タイプ。」深浦八段は「難しい局面でも、楽にこなすことのできる対応力の高いプロ的な将棋」「ナルホド、ナルホド」(千葉女流の口調で。)
 ただ、自分の事を意識的に隠しているのかはちょっと断言できないところがある。羽生二冠が、かつて丸山九段の書いた本を評して「次の一手で、答えを見て解説を読んでもよく分からない。」と言っていたのを覚えている。羽生さんが分からなきゃ、誰も分るハズもなく、あれは本に対する強烈な「逆宣伝」になっていました。つまり、自分の考えをうまく外面に表現するのが下手なのに過ぎないとも解釈できる。しかし、今回の解説を見るかぎり、とても、そうとは思えないのですけどね。
 とにかく、筋肉をつけるのにも、ストイックで一途な姿勢があることだけは確かであります。

 少し前に、「もず」さんの」「勝手に将棋トピックスで、このブログの紹介をしていただきました。自分は不勉強で、初めてサイトの存在を知ったのですが、「上には上がいるものだ」と唖然としてしまいました。自分も、結構熱心な将棋マニアのつもりだったのですが、あらゆる点で比較にすらなりません。
ここにたどり着くような方々は、皆さん先刻ご承知でしょう。(知らなかったのは、多分俺だけか?)万が一知らない人がいたら、右のリンクから今すぐGO!
 こういうブログを書いていると少し気になる、棋譜の著作権の問題も、徹底的に論じられていて勉強になります。もっとも、このブログの場合、ほとんど棋譜にはふれないので、まず問題ありません。(笑)また、将棋の問題とは直接関係ない、「リンク」の基本的な考え方も、確認できて助かりました。
 最近の記事では、羽生さんのチェスのフィッシャー氏がらみのものが興味深かったです。羽生さんの、チェスの方面での上達振りも超人的なのは有名な話。チェスに本格的に転向して、世界でどれだけできるのかを見てみたい気さへします。現実的には勿論不可能ですが。「天才羽生なら、もしかして」、と思わせるものがあるのも確かです。

竜王戦第六局

 しばらく更新しませんでしたが、別に、渡辺ファンで第六局負けたのがショックだったからではありません。(笑)
結果だけはすぐチェックしましたが、忙しくて、BS等はかなり後になってから、まとめてみました。しかし、コバケンさんも罪作りだね。(笑)あれを生で見ていた渡辺ファンはたまらなかったでしょう。(笑)以下、いくつか感想を。

 森内竜王の、序盤の工夫がものを言ったようです。「将棋丸ごと90分」で、ゲストの丸山九段が、渡辺挑戦者の9四歩の大長考について、「あそこが勝負どころなので」、と指摘していました。どちらの端歩をつくのかがそんなに重要なんて、もう、アマには完全に想像を絶する世界です。ただ、9四と1四の違いを聞かれて、丸山九段は、「ちょっと説明できない」といっていました。簡単にはいえないだろうし、企業秘密なのだろうが、そりゃないぜ、丸山先生。プロの将棋が奥深いということだけは、なんとなく分かる気がしますが。
 ちなみに、丸山九段は、終盤の局面では、一目森内竜王が残せる感じがするともいっていました。さすがトップはすごいものです。

 BSで、渡辺挑戦者が、前夜祭で、NHKのアナたちにまで、ビールをついでまわった話が出ていました。勝負師にも、二通りあって、対局以外のことはすべて忘れて集中したいタイプと、それ以外の様々なことも普通にこなしながらペースを作るタイプと、二通りあると思います。
渡辺挑戦者は、典型的な後者なのでしょう。しかも、そういう雑事みたいなことで、気が散ったり、心理的に負担になったりすることなく、対局にも集中できるようです。心が、外の出来事によって、全然揺れないタイプというか。当然、勝負師としては、そういう性格が有利でしょう。何があっても平気だし、盤外戦でも、動揺したりしないから。
その辺のところは、羽生二冠と通ずるものを感じます。森内竜王や谷川棋王などは、その辺、かなりデリケートなタイプだという気がします。

 中井女流が、BSに出ていましたが、いつにも増して明るかったですねー。忘年会の余韻をそのまま残して、放送に登場してしまった感じがして、面白かった。ああいうなんともいえない人柄がたまらず、応援したくなってしまいます。植山さんとのオシドリ夫婦ぶりには、まったく参ってしまいます。

 局後の、渡辺挑戦者は、とても明るくて、森内竜王よりも饒舌だったくらいだそうです。そういう姿勢も、多分、無理にとか虚勢ではなく、かなり自然にできる心の強さのようなものがあるような気がします。
正直言って、この竜王戦をウォッチングしていて、渡辺挑戦者の、勝負師としての資質については、自分などはほとんど「信仰」の域に近いくらい、絶大な信頼を寄せるようになってしまった。彼の勝負師魂には、かなりマイッています。

 第七局、本当にどちらが勝つか分かりません。「流れ」とかでは、全然読むことができません。本当に楽しみです。

銀河戦 神吉六段vs上野四段(12/11土 初回放送)


神吉三間飛車、上野居飛車穴熊の対抗型に。紆余曲折あった末、神吉六段が良くなったのだが、攻め方を誤り、最後は上野四段が、神吉玉を詰ませば勝ちという局面に。豊富な持ち駒があって、いかにも詰みそう。しかし、結局捕まえきれずに、神吉勝ちに。
 感想戦では、最後の局面で詰むや詰まざるやかが、もっぱら検討の対象に。神吉六段が、「さあ、詰めてみて」とおどけて言えば、上野四段も、「えー、大道詰将棋ですかー」と、負かされたのに明るく返すとは、また人の良い。解説の大野六段も交えて、ああだこうだと駒を動かしたが、結局詰みそうでいて、誰も詰み筋を発見できなかった。「えー、これが詰まないんですかー」と、悔しがる事しきりの上野クンでありました。なかなか、かわいらしい性格をしている。(念のためソフトで調べてみましたが、やはり詰まないようです。)
 聞くところによると、神吉六段の六枚落ちは絶品らしい。腕自慢のアマ有段者が、はじめはどう考えても勝てると、気楽に指していると、神吉玉が、広々としてなかなか捕まらず、最後は顔色を変えて必死になるが、結局負かされてしまうらしい。お得意の、口の攻撃もかけるのかな?アマチュア時代が長かったので、アマの心理が手にとるようによく分かるとの事。
 これで、三連勝。決勝トーナメント進出も夢ではない、と思ったら、同ブロックの上には、山崎とか松尾とかいう、脂っこい名前が・・。あと二つ勝って、山崎クンを自力で引きずり落とすしかないか。ピンクのスーツでビシッと「正装」して、是非決勝にも出てもらいたいものです。

NHK杯 丸山九段vs山六段

 渡辺六段のライバルと目される、山崎六段登場。阿部七段の、明快きわまりない解説のように、独創的な人真似でない将棋を指そうとする強い意志の力が、はっきり一手一手に表現されていた。
 眼光の鋭さや強さが普通じゃない。物腰はソフトだが、生来のヤンチャな性格を、隠し通すことができない。感想戦でも、口調は柔らかでも、言っていることは、実に自己主張が明確である。「事前に研究して、玉のコビン突いたりしないですよね。」「一手差にする自信はありますね。」聞いていて、ハッとするような事を、さりげなく言ってのける。
 最近の週刊将棋のインタビューにも登場していたが、かなり思い切ったことを、そこでも言っていた。手の動くままに指していた時期がある、パソコンは壊れたままで、棋譜を並べることもない、研究会をするのは、何もしないと遊んでしまうから、等々。
 どこまで、真に受けていいのかは分からないが、強烈な反逆精神のようなものがあるのは確かである。現代的な棋士の象徴といわれる渡辺六段とは、対照的な存在だ。将棋界も、全くキャラクターの違う次代のスター候補、ライバルを既に確保できた感じである。きわめて乱暴な比較をしてしまうと、渡辺=大山、山崎=升田とも言える。そういう存在に二人が成長するように希望もこめて。
 しかし、阿部七段も、渡辺、山崎の両若手を絶賛して、だいぶ丸くなった感じですね。もっとも、負けたときの感想戦では、今までと、あまり変わりないのかな。「こっちが、何百回も勝ってましたわ」と言ったという話、痛快である。そういう阿部七段が好きだったりする。個人的には、あまり早く丸くなったりしては欲しくはない。
 最後に、千葉女流について、思い出したエピソードをひとつ。名人戦フェスティバルで、羽生さんとコンビを組んで解説した時のこと。どの駒が好きかという話になり、羽生二冠は「えー、まあ、僕は飛車が、やっぱり好きですかねー」といい、「ちなみに、碓井さんは?」、とふられた時のお答え。「そーですねー。私は、その時に必要な駒が好きですかねー。」これには会場も爆笑。本人はフツーに答えているだけなのだろうが。とぼけた返答。あるいは、天下の羽生が、かわいらしく「飛車が好き」と言っているのに、駆け出しの女流が、大山クラスの大物のみに許されそうな堂々たる発言をかましてしまったとも、解釈できる。おかしくて仕方なかった。
 dangerousでextremeな「最終兵器ryoko」も、だいぶ司会にも慣れてきて、今は昔ほどのことはない。しかし、今でも、十分、楽しませてもらっています。

静かな日

今夜は24で、久しぶりに、たくさん将棋を指しました。
最近は、竜王戦に夢中で、観戦したり、それについて文章を書いたりばかりしていました。そのせいで、自分まで強くなった錯覚に陥ってていましたが、強烈に現実に連れ戻されてしまった。(笑) フツーに、三手詰めも見逃したし。
 まあ、このブログは、将棋について書いても、具体的将棋内容には、ほとんど触れないという、特殊な性格だから別にいいんですけど。
 そんなに強くなりたいとは思わないけど、内容に納得のいく、いい将棋を指したいとは思う。あんまり、雑な将棋ばかり指してると、勝っても負けても疲れるので。
 なんか、今日は静かな夜中です。

銀河戦 櫛田六段vs大平四段

 木曜放送の銀河戦、櫛田六段の居飛穴対策、参考になりました。自分は、振り飛車党なんで。ビックリしましたが、今期の櫛田六段、すごい勝率ですね。この調子なら、フリークラス脱出も夢ではないんじゃないでしょうか。若手じゃない、ああいう人が巻き返すのは、なんかうれしい。
 その反面、若手も、そう簡単には勝たせてもらえない時代になったようです。対局でも、感想戦でも、櫛田六段が押し気味でした。(どーでもいい事ですが、櫛田六段って、先崎八段を一回り大きくした感じで、少し似ていませんか?)
 自分は、居飛穴には、「にせ藤井システム」で、超急戦で、とにかく攻めてしまうことにしています。しかし、我々のレベルでも、居飛車側の対策が浸透しつつあり、そう簡単には攻めきれないことが多い。(単に、自分がが弱いのは度外視)冷静に対処されると、どうしても無理気味になってしまいがち。そういえば、プロでも、いきなり襲いかかる旧式藤井システムなんて、ほとんど見かけなくなりました。今は誰でもプロの将棋見ているからなあ。こんな、下々にまで情報化社会の弊害(身勝手な主張)が及びつつあるのです。
真面目に、居飛穴対策、考えなおさないと。

 王将戦リーグ、羽生さんが挑戦決定。しかし、勝負強いというか、悪運が強いというか(失礼)、やっぱり特別な星の下に生まれている人のようです。こういう、苦しんでのギリギリの挑戦決定の時には、本番の七番勝負では、なんかすごく強そうな羽生二冠ではある。竜王戦の結果も、すごく影響しそうです。

竜王戦第五局の「若手棋士の日記」


 前日の余韻を楽しみながら、「若手棋士の日記」で、竜王戦についての記事を読む。
 日記でも、BSでも言っていましたが、後手が普通に7二金と受けると難しかったようです。いまさらながら、プロの将棋は怖いね。われわれの将棋とは、えらい違いです。(我々の場合、いったい何回勝ったり、負けたりしてるんだろう。)本当に、ギリギリのバランスの均衡の上で、綱渡りしながら指しているのでしょう。竜王も、前局、バッサリ斬られたのが、潜在意識に傷となって諦めたのか。やっぱり、勝ち方っていうのも大切です。 
 次局についてのコメントでも、全然浮ついたところがない。「若いのに、しっかりしておられる」という、オヤジの常套句が、どうしても口をついて出てきてしまいます。 

竜王戦第五局二日目

 挑戦者、快勝。今頃、将棋界は、スワ新竜王誕生かと騒ぎになっていることだろう。天邪鬼な自分は、現竜王のことなど書いてみようかと思う。
 現竜王については、三冠を獲得したのよりも、羽生さんにひどい目にあわせられた名人戦が、すごく印象に残っている。特に第四局の最終盤で、テレビに映し出された、森内さんの、本当に苦しげな表情、忘れられません。「こんな顔、テレビに映されちゃいけないよ。」と思った。結局、なにも指さないまま夕休に入り、再開後も一手も指さずに投了。現竜王にとって、あれ以上つらい時間はなかっただろう。
 当然、もう森内はおしまいだと散々言われたようだ。戦前は、いい勝負か、二日制では、むしろ森内有利とか言われていたのに、世間の目なんて結果次第でコロコロ変わるものだ。ボロクソに酷評された。
 そんな風潮に、自分などは反感を持ったので、巻き返して、三冠までとったときは、デカシタとも、大したものだとも思った。(まあ、羽生さんのことも、かなり好きなんで、「そこまでやらなくてもいいじゃない」とも思いましたけど。)
とにかく、人が良くてデリケートで、勝負師に不向きなところもある現竜王だが、世間の評価など気にせず、巻き返した芯の強さがあるのは確か。将棋の、剛直さとか、容易に崩れない重みと、普段の、人の良い性格の共存が、現竜王の魅力である。勝負師なのだから当然なのだが、同世代の他の棋士と比較しても、根っこには、ものすごい頑固さとか強情さがあるような気がする。
 現在は、かなり挑戦者に押され気味だが、少なくとも、今日の投了場面の映像を見ているかぎり、多少元気はなくとも、名人戦のときのような弱みを表面には出していない。大きい挫折経験があるから、世間が見るほどは動揺してはいないんじゃないかと思う。
 だから、もし、簡単に新竜王が誕生しそうだと思う人がいたら、それはとんでもない大間違い。第六局以降こそが、本当に大変な大勝負になるのだと、渡辺ファンは(自分もその一人だが)覚悟しておいたほうがよいと思う。
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竜王戦第五局初日

 なんと言っても、今日の白眉は対局開始シーン。すごい緊迫感でした。さすがの挑戦者にも緊張感が見て取れたし、竜王からも、張りつめたものと内に秘めた闘志がひしひしと感じられた。ピリピリした、異様に長く感じられる二分の後、挑戦者が、「ピシッ」と駒音高く着手して、一気に緊張感を解き放った。
 ちょっとした映画の一シーンのようで、決まってましたねー。阿部七段も指摘していましたが、ああいう場面で堂々と着手できる、クソ度胸はやっぱり只者じゃない。
 しかし、ビックリするくらい、阿部七段は、挑戦者のことほめていました。棋界一の正直者?の彼が言うんだから信用してもいいのでしょう。 騒いでいるのは、我々アマチュアだけでなく、プロも認め始めているのだろう。まして、いかにも、同業者への評価がからそうな阿部七段が言うのだから。
いきなりセンスが問われる序盤になったが、挑戦者は、判断と決断が早いですね。一方、ああいうむつかしい局面を、すぐにきちんと解説していた阿部七段も、やっぱり、大したものなんじゃないでしょうか。阿部七段は、本筋を指す、大局観に優れた棋士だと聞くので、似たことが言われる挑戦者と、感覚が合うのかもしれません。
(ただ、陽動振り飛車は意外だというけど、棋王戦の決勝で、竜王は、後手番で羽生二冠相手に快勝しているのだから、少しは挑戦者も予想したり、準備ていたのではないかしら。)
 それにしても、福崎八段の、とぼけたオヤジぶり(失礼)はサイコーです。関西の棋士は、皆話術にたけているけれど、個人的には、彼の人を喰ったようなユーモアのセンスが一番好きです。とにかく、関西人のお笑い風土、恐るべし。ただ、明日の緊迫した場面でも、あんな調子で解説してしまいそうで、ちょっと心配です。(笑)。

弦巻カメラマンの一枚

 最近、有名な「ひげのカメラマン」氏の手による「弦巻勝写真劇場」というサイトを発見して、よく遊びにいっています。そこで、とてもよい写真を見つけたのだ。
(右のリンク集の中にあります。)
 トップから、「過去の日記」H16.12.04で、写真と弦巻カメラマンの名文をご覧あれ。

 いかがでしたか。
 特に「キャバクラのウンヌン」には、腹を抱えます。弦巻カメラマンの、イタズラ心溢れる一枚ですね。
 私は、これを見て、とても幸せな気分になりました。
 それでは、おやすみなさい。明日からは、竜王戦です。

「雲のような男」

 録画しておいた銀河戦やNHK杯など、まとめてみる。
 木曜放送の銀河戦は、中村vs橋本戦。若手らしい華々しい手の応酬で、とても面白い将棋でした。現在の若手は、研究の将棋ばかりといわれるけれど、必ずしもそうではないという例。
 特に、橋本クンは、派手なのは外見(ってゆーか、ヘアスタイル)だけでなく、指し手も実に思い切りが良い。また、面白い若手が一人出てきた。感想戦でも、自分の意見を、ガンガン言うわ、言うわ。西の阿部、東の橋本か、って感じで。でも、多分、基本的にすごく「よい人」なんだろうなっていう気がして、全然不愉快ではありません。
 NHK杯では、次に羽生さんとあたるのだが、洗練された羽生さんとでは水と油。いろんな意味で注目度の高い一戦で、見逃せませんよ。これは。

 NHK杯は、郷田vs北浜。外見はおっとりしているのに、指してはきついという共通点のある二人。後手番一手損角換わり戦法は、自分のような弱いアマチュアにはすごく分かりにくい戦型です。まして、本局のように、先手が普通に仕掛けて、そのまま良くなって押し切ってしまうのでは、全くワケがわからない。
 かなり良くなった局面で、郷田九段の映像が抜かれた際に、すかさず、千葉女流が「満足そうな、お顔をしていますね。」といったのには、思わず吹き出してしまった。勝負中の棋士が、本当に満足などしてる余裕などはあるはずないのだが、郷田九段の場合、実際そのように見えてしまう、どこかホンワリしたところがあるのだ。
 タイトルの「雲のような男」は、先崎学八段による郷田九段の表現。エッセイ集、「浮いたり沈んだり」で、かなり率直に、郷田九段への心情、友情を隠さない文章を書いていたのが、とても印象的だった。(「雲のような男」と「郷田将棋のおおらかさ」)
 先崎八段によると、郷田九段は、現在の棋士には、とても珍しいタイプだそうだ。パソコンどころか、携帯も、ファックスも大嫌い。「研究将棋」も好まず、自分のスタイルを信じて貫き通すという。
 現在の、シビアきわまりない将棋界では、彼のようなタイプが、やや苦戦気味だというのは、なんとなく分かる気がする。しかし、プロ棋士の間では、素質とか、筋のよさとか、中終盤の切れ味では、トップ棋士にも一目置かれているらしい。なんとなく、気になる存在である。現在、王将戦で、挑戦の目があるので、楽しみである。
 そして、郷田九段への真情あふれる先崎八段の文章は、恐らく、彼との共通性を感じている自分自身にも、同時に向けられた言葉でもあるはずだ。

盤外の渡辺明


 週刊将棋で竜王戦第四局の詳報を読む。あまり、そのまま書くと記事の権利の侵害になりそうなので、ここでは遠慮するが、挑戦者の、食事の注文と感想戦でのエピソードには、大笑いしてしまった。なんとも痛快な挑戦者である。
 本局に関しては、挑戦者が、盤上だけでなく、盤外でも場を支配していたようだ。特に、感想戦でのエピソードでは、人の良い竜王が苦笑している姿が、目に浮かぶようである。
 前にも少し書いたが、若き日の大山康晴は、あの坂口安吾が感心してしまうくらい、勝負師としてのフテブテしさ、線の太さを感じさせたそうだ。外見が少し似ていることから(まあ本人はかなり不満かもしれないけどね)、比較される事も多いのだろうが、ややオールドファンの自分としては、どうしても、すぐ大山を連想してしまう。とにかく、今回の結果のいかんにかかわらず、挑戦者が、勝負師としての資質を存分に世にアピールしているのは確かである。
 (安吾は、将棋観戦の名文を多く残しているが、若き日の大山については、ちくま文庫版坂口安吾全集7所収の「勝負師」「九段」などがある。)
 完全に互角とはいえ、新竜王誕生の流れも少し見えてきた。とはいえ、竜王も、次局では、当然必勝の気構えで臨んでくるはず。一局一局ごとに勝った方に流れが変わるスリリングなシリーズで、将棋ファンであるならば、決して目を離すことができない。

実は今年大厄の歳の谷川浩司について

 将棋の日の、谷川vs森内戦。谷川さんが、ファンサイトで、自戦解説していると、教えてもらいました。実は、森内玉に即詰みがあったとの事。テレビで、少し佐藤棋聖がふれていた順である。詳しくは、ファンサイトの「光よりも速く」の光速ノートで、自筆原稿を読むことができます。
 執筆日時を見ると、オンエア前にちゃんと準備されていたようである。自分のようなアマチュアファンたちが、放送を見て疑問に思うのを見越していて、ちゃんと対応してくれていたようだ。さすが、将棋指し。次の手を、しっかり読めている。
 ちなみに、谷川ノート久しぶりに読みましたが、実に丁寧で、几帳面で、神経の行き届いた文章書きますね。文は人なりというが、性格がよく出ている。最近のノートを、まとめて読みましたが、なんというか、読んでいる側の心もシャンとするような、格調の高い文章である。
 その中で、最近の羽生さんについてふれていて、「誰でも一人の相手にだけ勝てない時期があるものだ」と、書いていました。いうまでもなく、谷川さんが「一人だけ勝てなかった」のが、羽生さん。その谷川さんが、最近森内さんに勝てない羽生さんに、そんなことを言うとは、因果は巡るというか、時代の移り変わりを感じずにはいられません。
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