2005年02月

NHK杯等雑記 2/28

文字通り雑記です。

NHK杯 三浦八段vs山崎六段
 三浦八段が、相横歩取り角交換型をたくさん指しているらしい。8五飛車型の将棋はむつかしいのだが、なぜか角交換型の将棋、特に飛車角総交換型って素人が見ていても面白いです。そういえば、昔「羽生の頭脳」を読んだ時も、飛車角総交換型の定跡が面白くて、結構実践で試してみたっけ。私のレベルだと、相手も自分もある程度は定跡手順をたどっても、途中からお互いアヤフヤになり、酒池肉林の饗宴に突入したものです。素人としては、もっと見てみたい戦型ではあります。それにしても「羽生の頭脳」は、定跡書嫌いのワタクシでも十巻全部読んでしまったくらい面白い本でした。もう、えらい昔のことのように感じます。当然内容はもう全て忘却のかなたです。
 3五飛が新手だそうですが、山崎六段は、まるで思いつきのようにアッサリああいう手を指しますね。福崎解説の「義経流」というのはいいネーミングです。あと、終盤での4六歩、プロにとっては当然なのだろうが、ああいう手がなかなか指せないんだよなぁ。
 三浦八段、深浦戦のときにも感じたが、盤上没我の姿勢がよく画面に映し出されていて、「第二の加藤」になることを期待してしまいます。

銀河戦 勝俣五段vs中村四段
 四間飛車党としては、また楽しみな若手が出てきました。壮絶な玉頭戦に。中村四段の4四銀、すわ鬼手かと思ったら、単に手が見えなかったとのこと。プロでもそういうことがあるんですね。勝俣五段の6四角、当然の手ではあるけれど、実戦の流れの中で指されると、すごくいい手に感じました。
 中村四段、髪型も顔も「ハッシー」に負けないスター性?があります。NHK杯とかに出たら、第二の「ハッシー」扱いされるんじゃないでしょうか。誰か、先物買いでプッシュしてあげたらどうでしょう。(くれぐれもやり過ぎないようにしてね 。笑)

銀河戦 田中魁秀九段vs北島六段
 またしても、これが相横歩取り角交換型なのです。三浦さんだけではないのでしょうか。プロの場合、同一戦型が極端に集中して指されるのは、流行ということ以外に、我こそはきわめて指しこなしたいという職人的意識の強さの現われなのでしょうか。7七桂型で、後手の田中九段が3三桂と応じたのが珍しいそうです。繰り返しになりますが、いきなり角を交換するとも同じ横歩取りでも、急に派手な将棋になるように感じてしまうのですが。
 解説の中田功六段、なぜか解説を聞いたのは初めてのような気がする。外見だけ見るとちょっと気難しい神経の細かい人のように見えるが、話すと実にいいヒトだー。仲間内で「コーヤン」と親しまれているというのがよく分かりました。「人柄派」の自分としては、またも気になる棋士がひとり。5七銀型三間飛車って、形が見るからにかっこいいから本買ってみようかな。

(銀河戦の棋譜は「囲碁将棋チャンネル」サイトで、全戦見ることが出来ます。)

棋王戦。羽生四冠誕生と谷川失冠に寄せる二句。
「羽生のみが 他よりつよく見える日よ 我泣き濡れて蟹とたわむる」
「寄せれども寄せれども 羽生玉寄らず じっと手を見る」     by石川卓朴
 羽生さんが、また七冠をとりかねない勢いなのを見ているのも楽しい一方で、リンクのファンサイトを「谷川九段」と直さないといけないのは、同年齢のワタクシとしては、結構つらいものがあります。

棋譜の著作権、引用、ブログの匿名性についての基本中の基本のメモ

1.棋譜の著作権
(基本資料) 
「もずいろ」「棋譜と著作権にまつわるメモランダム」
        「棋譜の扱いに関するトピックス」
上を読んでもらえば済むことですが、ちょっとばかり長いです。最低限のポイントだけまとめると、
「棋譜の著作権について、現行の著作権法に基づく正式な法的な判断は今のところ存在しない。あるとも、ないともいえない。」
「日本将棋連盟も、棋譜の著作権について明確な態度をまだ示していない」
 最初「棋譜の著作権があるなんていうのは、そのことで利益がある人間だけだろ、ないに決まってるわ」と思っていました。しかし、上を全て読むと、実際著作権法の条文に具体的に照らしても、「ある」と解釈するのも決して不可能ではないと感じました。勿論、「ない」と解釈するのも同じくらい、あるいはそれ以上に十分可能なのですが。とにかく現実に法的判断が下されないことには確たることは言えないわけですが、今後法的に争う事例が現れることも想定しにくい事情があります。
 将棋連盟が態度を明示していませんが、今後のネット社会のことを考えると、とにかく見解を示して欲しいところです。有料ネット中継、テレビ等との絡みもあるので「全面開放」というわけには行かないでしょうが、ある程度の時間経過を置いての自由という「常識的」な線を期待したいところです。
もっとも、囲碁のほうでは「棋譜の著作権が存在する」という見解が示されているそうでちょっと驚きます。法的根拠が不明ですし、囲碁のHPやブログを書いている人はどうしているのかと思うのですが。ちなみに、チェスでは、「棋譜の著作権」無しというのが、共通認識になっているそうです。
(以上述べたことは全て「もずいろ」で言及されていることですので、皆さんが私と同様に頑張って全て読まれてみることを希望します。)

2.引用について(将棋に限らず、一般の著作物からの。)
(資料)
著作権法第三十二条とその一般的解釈 審友会「引用と転載」のページ参照
 自分の場合、棋譜よりも著作物を引用することが多いので、個人的にはこちらのほうが重要です。上を読んでもらえば内容は明らかなので、説明は加えませんが、「引用」も全面的に自由なのではなく、様々な条件がつけられていることに留意すべきでしょう。なお、「引用」ではなくネットなど公的な場所での無断「転載」については著作権法違反になるので、注意が必要です。「リンク」についてのごく基本的な考え方も書いてあるので、参考にするとよいでしょう。(恥ずかしながら、このブログを書き始めた頃、その辺が分かっていなかったんです。)
ちなみに、審友会というちょっとジャンル違いのページを用いさせてもらったのは、簡潔にポイントがまとめられている上に「リンクフリー」と明示されているからで、気になる方は一応正式な著作権関係のページを調べてください。リンクは基本的に自由なので、どのページにもリンクしてよいのですが、相手先がリンク許可を求めている場合は、法的根拠はなくても、エチケットとしてそれに従ったほうがよいといえます。

3.ブログの匿名性について
(資料)「週刊!木村剛」「2004.05.13 モノ書きの老婆心 「匿名性」を護るために」
 最後は、最近あるサイトを経由して読んで面白いと思ったものを紹介しておきます。ブログは、誰にでも気軽に書けるのが魅力なのですが、どんなに私的なブログであっても、ネットの性質上公的な性格を帯びざるをえないわけで、そのことを常に頭の片隅に置いておく必要はあると思います。
 木村氏の主張は、その後も色々な内容にわたり、それらに対する猛烈な反論もあるようですが、それにはここでは立ち入りません。ただ、この記事で述べられていることは、ごくごく「常識的」で説得力があると、少なくとも自分は感じました。

 以上、今日はおバカな自分に対する確認事項として書いてみました。ほとんどの方にとっては意味のない記事だったかもしれません。

「最強将棋道場」


 いうまでもなく小学館から出て話題になった単発雑誌です。確か竜王戦の最中に出たのですが、いまさらながら紹介してみようかと。まぁ、出た本や雑誌をすぐ読まない変なクセがあるもんで。
 一応「小学生向け」なのですが、編集者の気合と努力とアイディアがギッシリつまっていて、本当に上出来です。大人が読んでも十分楽しめます。特に、四天王プラス渡辺のインタビューが白眉なので、それぞれについての簡単な感想を。
森内名人 
 誠実な人柄がよく出ています。特に「戦術家・作戦家」と呼ばれることについて、チェスの影響に言及しているのが興味深ところ。恐らく、ご自身でもされるので、チェスの世界における「戦術」研究の歴史的厚み、文化的深みをよく知っているのでしょう。「勝手に将棋トピックス」「ボビー・フィッシャーの足跡」で紹介されていた、カスパロフの著作のことを連想しました。
羽生三冠
 小学生だけに読ませておくにはもったいない。特に後半は実に「深い」内容になっています。簡単な言葉で述べているのですが、今年の正月の日経の小林研一郎氏との対談(「勝手に将棋トピックス」「羽生善治二冠の対談」参照)に決して負けない、本質的な将棋論になっています。羽生さんが、将棋指しであると同時に、超一流の「表現者」であるのは間違いありません。
佐藤棋聖
 一読して、やはりこの人は「緻密流」というより、「腕力派」「実践勝負派」「常識外派」なのではないかと感じます。一番「熱い」棋士だという気がします。ある意味、トップの中でも一番個性的な将棋を指す人なのかもしれません。
谷川棋王
 他の三人の谷川評が全てを物語っています。「お手本のような方」(森内)「完璧な人」(羽生)「美しい絵を作る人」(佐藤)。やはり本質的に「芸術家」であって、それがこの人の魅力でもあり、弱点でもあるのだと感じます。このインタビューを読んでいると「谷川浩司全集」を盤に並べたくなるはずです。こんなことを書いているヒマがあったら自分も・・ (笑)
渡辺竜王
 自分は竜王戦の頃から「にわか渡辺追っかけ」となって、ほとんどの記事に目を通していますが、知っているかぎりではこのインタビューがベストです。実に「らしさ」が出ています。さりげなくズケズケとすごいことを言う面が、自然に引き出されています。竜王に対してものを聞くときには、堅苦しくではなく、リラックスした感じで話させるのが一番よいのではないかと思います。漫画世代、デジタル世代なのだと、一番実感する記事でした。やはり、羽生さんとの対照的な個性の違いを感じずにはいられません。
 それと、「将棋界のトリビア」の記事も面白い。加藤先生の「うな重」については、ちょっとしたマニアなら誰でも知っているでしょう。しかし、具体的にどこの店のもので、値段がいくらかなのを、写真つきで紹介してしまっているのが、この雑誌のすごいところ。感心するとともに、思わず笑ってしまいます。
 頼まれもしないのに、こんなに宣伝してあげて、なんて自分ってイイ人なのだろうと我ながら思いますが(笑)、まぁ面白いので仕方ありません。

週刊将棋の瀬川問題記事を読んで

 具体的内容については、週刊将棋を見ていただくこととして、一般的にどういう対応がありうるかだけ、自分なりに考えてまとめてみます。
1. プロ入りを最初から拒否する
2. プロ入り(への道を含めて)を認める
フリークラスでの四段編入を認める
a 無条件に編入を認める
b編入テスト、対局を実施して、その結果で判断する
奨励会三段リーグへの編入を認める
a特例として認める
b奨励会の規定自体を見直す
 ざっと、こんな感じでしょうか。今までのことを考えると、もしかすると「1」になるのではないかと危惧していました。しかし、なんとなく、「2b」か「2a」になるのではないかと、少し楽観的に考え始めています。甘いんでしょうかね。
 それと、羽生三冠の意見が掲載されているのが注目されます。現在発売中なので、内容自体にはふれることが出来ませんが、羽生さんのような方が、そういう柔軟な考え方をしているのだと知って、ファンとしてはうれしいということだけ指摘しておきます。
 なお、週刊将棋では、一般ファンの考え方を募集して、次週でファンの視点を中心に紹介すると予告しています。「我こそは」という方は、どうぞ。
 shogi@mycom.co.jp にメール。但し、「瀬川問題」と件名に明記すること。 

 羽生さんの話と、関係するような、関係しないような話の蛇足を。先崎八段の「まわり将棋は技術だ」の中に、二人で対局を終えた後の、羽生、先崎の雑談の内容が紹介されています。以下は、その一部だけ。

「つらいよねえ」
「そうだよね・・・・。つらいけど、しかたないじゃん。」
(中略)
「なんともならないよね、いろんなヒトがいるから」
「自分の出来ることを正しいと思ってやるしかないよ」
(以下略)

引用をはしょったのは、重要なところだけ抜いたのではなく、全部抜き出すと「引用」しすぎだと思うので遠慮しただけです。全部の会話を読まないと、正しく伝わらないので、興味のある方は、必ず原文に当たられてください。決してこれだけで判断しないでください。
 さて、実を言うと、原文を全部読んでも、何のことを言っているのかは、明らかにはなりません。それもそのはず、先崎氏が敢えてそういう書き方をしているからです。カフカの小説のように、あらゆる解釈が可能であると同時に、あらゆる解釈を拒否しています。
 しつこいようですが、この部分を、例えば瀬川問題との関連で判断するようなことは絶対に避けてください。著者の先崎氏の意図に反しますので。あくまで、様々な解釈が可能な、面白い会話が読めるということを紹介しただけなのですから。
 ただ、これをもとにイロイロ読者が想像を膨らますことだけは自由です。せいぜい、皆さん原文にしっかり当たった上で、思う存分妄想してみてください。何か、変な紹介の仕方で申し訳ありませんが、なぜこういう書き方をせざるをえないのかは、分かってくださる方には分かってもらえると思いますが。

 今、「スピーチ」の「スピリチャル・ピープル」を流しながらこれを書いています。本来、ワタクシメはヒップ・ホップが(というジャンル分けで良いのかさえ知らん)分かるようなタイプじゃないんですが、なぜかこの人だけはピッタリ来るんだよなぁ。特に処女作?「スピーチ」が好きなんです。

棋士という人間についての漠然とした話


 どんな人間にも、善悪両面が存在する。完全な善人など存在しないし、本当に悪にだけ徹しきれるほど強い人間などいない。程度の差、両者の力のバランス、善悪の深さは別にして、どちらも内面に抱え込みながら、何とか生きているのが人間というものだろう。
 現代という時代では、「人間」を見る場合に、そのどちらかのみに照準を当てがちなところがある。
 一方では、人間の、悪、欠点、弱みばかりを嗅ぎつける姿勢。世間の奴らは何もわかってなくて、あの人間の本性は言われているようなモンじゃない。本性ごくごく汚いものだし、動機なんて所詮不純なものである。人間をよく知れば知るほど、そういうことが分かってくるものさと、うそぶく態度。
 一方では、そういう悪を一切無視して、人間性の建前、美しさのみを無邪気に信じる姿勢。人のことが悪く見えるのは、お前の心が汚れているからで、人間性とは本来美しいもので、人間を汚いもののように言うのは、単なる偽悪趣味に過ぎない、と。
 恐らくどちらにも道理があるのだ。現代において問題なのは、その両者が著しく乖離して、どちらかの見方にのみ偏ってしまっていることなのではないだろうか。理想を言えば、人間の心の、悪、汚さを余すところなく直視しながらも、総体としての人間性の美しさを、キレイ事でなく深いところで信じることの出来る強さである。とはいえ、言うは易しであって、それこそ実践するのは至難の業なのだが。
 何でこんなことを書いているのか、訝しがるむきもあるかもしれないが、将棋指しを語るときにも、本来、今述べたようないわば「複眼」のようなものが必要だと思うからである。
 どんな棋士であっても、あの過酷な奨励会を生き抜いてプロになっている。当然、ただのアマちゃんでは不可能だろう。自然自然に、人間が鍛えられて、どうしても人間的な「闘争本能」やそれに伴う「悪」の部分も必要になってくる。その一方で、いわゆる社会の中でもまれてスレているわけではないので、恐るべき純粋さや理想主義者的な面も残している。多かれ、少なかれどんなプロ棋士についてもいえることであって、そういうところが棋士という人間の魅力なのではないだろうか。
 現代棋界を代表する、羽生と渡辺。自分は、この二人にその典型を感じるのだ。心の中に、いわば善と悪の大きい振幅を内面に抱え込んでいながら、結果的に全体としては、総合力の高さ、大きさや魅力を感じさせる人間。
 渡辺については、本人が認めている通り「酷評家」の一面があり、辛辣なものの見方をする。また、徹底して合理的に勝ちにこだわる恐ろしいまでの勝負師でもある。その一方で、意外なほどの純粋さとか、周りを引きこむ明るさ、屈託のなさ、他人をひきつけてやまない人間的魅力にも欠けていない。
 羽生については、生来の明るさと華、スター性があるのは誰にも異論がないだろう。しかし、その一方で、恐ろしいほどに冷徹で残酷なまでの勝負師でもある。本当の激カラ流は羽生だという声があるように、将棋に対する姿勢も実にシビアである。
 この二人は、キレイ事でない人間性の幅を内面に隠し持っている点でも、やはり、現代の将棋界でも傑出しているのではないかと思う。そういう二人が、真正面から戦うところをファンは見てみたいのだよ。
 そして、その二人の戦いを、本当に理解して楽しむためには、見る側にも、人間性の深さを悪にも善にもかたよらずに見ることの出来る鑑識眼が必要なのではないかと思う。
 実は、坂口安吾が、木村vs升田の観戦記で実践していたのが、まさにそのことである。二人の戦いを、ただのキレイ事としてはなく、なおかつ、最高に楽しく描ききっている。しかも、安吾は将棋を全く知らずに、そのことを成し遂げているのだ。
 いつのことになるか分からないが、羽生と渡辺が本格的に戦うときには、将棋だけでなく、そうした二人の人間のせめぎあいを余すところなく描く観戦記が現れてくれることを願わずにはいられない。
 というわけで、タイトル宣言通りの、棋士という人間についての、ごく漠然とした話でした。いうまでもありませんが、羽生三冠、渡辺竜王について述べた部分は、あくまで自分が主観的に感じていることを述べただけであって、なんら客観的な根拠がないことを、一応断っておきます。

NHK杯等雑記


NHK杯 森内名人vs谷川棋王
 やはり、自分の性格に合わないことをやっちゃいけないということでしょう。8二銀も、3三銀も、3四歩も、谷川ファンは絶対見たくなかったはず。
 うーん、それにしても谷川さんの不調の原因ってなんなのだろう。42歳の大厄だからっていう、細木数子なみの理由しか思いつかん。
 それにしても、8二銀を谷川さんが指した時の、郷田九段のうろたえぶりったらなかった。

銀河戦 近藤五段vs宮田五段
 近藤さんみたいに将棋させたらいいなぁ、って最近よく思う。なんていうか、攻撃したり守ったりしながら、最後はうまく勝ちに持っていく独特のバランス感覚というか、キチキチ、ギスギスしないで、大きく勝負全体を見て将棋のスリルをまるで満喫しているみたいというか、うまくいえませんが、将棋が本来楽しいものだと事を改めて思い出させるようなところがある。解説の石川六段が、「近藤さんが史上最強の棋士だという説がある」といっていたのが、妙に説得力があった。

近将カップ 瀬川アマvs山田女流
 久しぶりに見たネット棋戦。山田女流の「後手無理矢理矢倉」を、瀬川アマが、序盤早々とがめることに成功して、いきなり素人目にも分かり易すぎるくらいの大差になり、そのまま押し切った。でも、自分が妙に感心したのは、将棋が駄目になってからの山田女流の開き直り方。男らしく、失礼間違えました、気合のいい早指しで、勝負手、度胸の決まった手を連発して、素人目には難しくなったように見えるところまで持ち直した。(プロの目から見れば、最後まで大差だったらしいが。)やはり女流でも、プロは鍛え方が違うんだなあと感心してしまった。この人、個人的には聞き手としての能力はナンバーワンじゃないかと思っている。まだまだ、色々なところで活用してほしい人である。

棋王戦第二局 谷川棋王vs羽生三冠
 途中からネット観戦した。羽生さんの玉頭にアヤがついた時は、まだまだなのかと思っていた。ところが、他の事をしながら時々眺めていたら、あっという間に谷川さんの飛車が押さえ込まれてしまっていた。8四歩あたりでは、素人が見ても、谷川さんがとても勝てそうにない形に。
 しかし、やはり自分程度の棋力では、全く解説無しのネット中継は、ちょっとつらいものがあると改めて感じた。たまにこうしてネット中継見ますが、結局考えるのにすぐ疲れて、わりと無駄な時間の過ごし方になってしまう。

高橋和女流の引退
 本人のことは、本人にしか分からないので、他人の、しかも素人には何も言えない。しかし、囲碁将棋ジャーナルで、島八段が「今はいいけど、二三年したらまた将棋を指したいという時期が来るのではないでしょうかねえ」と言っていたのが、自分もこのニュースを聞いてすぐ感じたことなので、思わずうなずいてしまった。ただそれだけ。

棋士のブログを読める時代


 最近は、色々な棋士の方々のブログを読めるようになって、ファンにとってはありがたい時代です。特に女流の方々が熱心なようです。例えば、石橋女流四段の「ごきげんDEブログ」は、タイトル通りに読んでいてとても楽しいものに仕上がっています。また、「ねこのおさんぽ2」の、北尾女流初段は、ブログの熟練者のようで、様々なテクニックを駆使して、見ているだけで楽しい華やかなブログを提供してくれています。
 男性棋士の方はまだ少ないようですが、例えば、大平四段の「大平の本音」は、直球勝負でストレートに心情を吐露していて、読んでいて爽快です。
 その中でも、やはり一番有名なのは渡辺竜王の「若手棋士の日記」でしょう。今回、ファンサイトの終了に伴い、「渡辺明ブログ」に移行されました。日ごろの彼の言動を聞いていると、「ファンあっての将棋界」を意識してのサービスだと思われます。
 先崎八段も、著書「まわり将棋は技術だ」のあとがきで「将棋指しが名前を売ることが一番の将棋普及なのだ」と、批判を念頭に置きながら敢えて述べられていました。
 棋士がブログを書くことも、大きな意味では立派な普及活動だと思います。これからも、ますますたくさんの棋士の方々のブログが読めるようになりますように。若手だけでなく、例えば「青野ブログ」とか「島ブログ」とかを、是非読んでみたいものです。
(今、棋王戦第二局をネット観戦しながら書いているのですが、サッパリ分かりません。)

王将戦第四局のミステリー(「島ノート」をめぐって)


王将戦の第四局は、一方的な内容に終わってしまった。しかし、その中での羽生さんの、穴熊を崩して囲いを再構築して、地下鉄飛車で攻める構想力は見事だった。羽生さんならではの、芸術的なイメージ形成力、柔軟性、無からなにものかを生み出す創造性が際立ち・・・。
 ってなことを、安易に書こうと思っていたのだが、週刊将棋を読んだら、なんてこたぁない「島ノート」にちゃんと載っている手順だそうだ。しかも、羽生さんは勿論のこと、森内さんも当然知っていたという。恐るべし「島ノート」。
 ってなことを書いて終わりにしようと思ったのだが、実は、対局直後の「せんすぶろぐ」「王将戦第4局と島ノート」「羽生三冠復帰」で、既にそのことに言及済みだった。「島ノート」との関連、なぜ5八歩がj:敗着なのかが、この筆者らしく歯に衣着せぬ筆致で的確に語られている。恐るべし「せんすぶろぐ」。
 しかし、なんと言ってもミステリーとして残るのは、森内さんが「島ノート」を知っていながら、なぜその手順に踏み込み、しかも「地下鉄飛車」を誘発する「5八歩」という悪手を放って、なすすべもなく負けてしまったのかということである。
 理由の一つ目として考えられるのは、厳密には「島ノート」と同一局面でなく、羽生さんが「工夫して」微妙に手順を変えていること。恐らく、プロにとって、そうした微細な差が致命的になるのに違いなく、森内さんも分かっていながら修正不能な手順に誘い込まれてしまったということだろうか。
 もう一つは、「5八歩」の心理的な理由。森内さんは、初日終了時点で形勢を悲観していたらしく、「5八歩」も自分で感触のよくない手なのは分かっていながら、他の手が見えない状態に陥り、それこそ、魅入られるように、魔がさしたかのように最悪の手をしてしまったのではないかということ。森内さんからすれば「他人に言われるまでもなく、自分で悪い手をしたのは一番よく分かっているよ」というところではないだろうか。(無論、心理についての素人の根拠のない推測に過ぎませんが。)
 とはいうものの、残念ながら、この程度の説明ではとても「ミステリー」が解決されたとはいえないだろう。誰か強い人、きちっと解明して見せてください。

 今日久しぶりにCDを購入しました。クラウス・テンシュテットの「ベートーヴェン交響曲全集」全五枚。たぶんマニアの間では話題になっているコレクション。\3500を千円のポイント使って\2500で。安すぎる。ご存知の方も多いだろうが、クラシックCDの世界では、極端な価格破壊が起こっていて、一流演奏家のボックスが、十何枚で\4000程度とか、とんでもない価格で続々リリースされている。一時期見境なく買い漁ったせいで、当然「積読」ならぬ「聴かないで置く」状態に陥り、しばらく購入を自粛していたのだ。
 CDだけでなく、将棋本でも価格破壊が起こらないかな。今でも適正価格だとは思うが、一冊\500程度になったら、絶対読まないと分かっていてもジャンジャン買いそうである。なんか貧乏くさい話ですみません・・。
将棋の定跡書なども、なかなか読めないもので、どんどん「積読」になっていく。実は先崎学「まわり将棋は技術だ」も、この本とあの本を読み終わったら、買ってもよいと自己基準を設定していたのだが、どうも永遠に買えない気がしてきたので、ついにギブアップして今日購入しました。楽しみ。
 ところで、ゴキゲン中飛車の近藤五段はジャズマニアだそうだが、実は自分も同様。今週の週刊将棋によるとCDを千枚所有しているそうだ。やっぱり将棋指しって凝り性なのね。自分も昔からコツコツ買い集めて、まだ近藤五段を枚数でリードしているが、抜かれるのは時間の問題でしょう。
 CDといい本といい、収集癖は現代人の悪しき習慣である。本当は、ジョン・ケージのように「家に一枚もレコードを置いていないのが自慢。」という境地に達するのが理想なのだが、なかなかそこまでは悟りきれない。
 ちなみに、これを書きながらも当然音楽をかけていて、ミッシェル・ぺトルチアーニが、DREFUSから晩年に出したソロピアノ。近藤さんは、ビル・エヴァンスがお好みというから、きっと聴いたら気に入ってくれるだろう。千枚持っているんだったら、もう聴いてるかもしれないが。

「大平の本音」

 瀬川アマのプロ入り問題、いろいろな意見があって、全部読むのがメンドイナーと思っている方、このひとつだけは読んでおいてください。絶対損しませんから。

「大平の本音」(大平武洋四段のウェブログ)の2/16「門戸開放」

 これを読んで、自分はちょっと感動してしまいました。自分も瀬川問題について一応書きはしたものの、所詮部外者の独り言で、今までの将棋界のこと考えると、多分何言っても無駄だろうなぁという虚しさが正直ありました。でも、こんな男が今の将棋界にもいるんですね。ものの言い方もケレン味がなくて実に良い。特に後半部分は、読んでいて胸のすくような思いがします。自分と似たような無力感を感じている方、是非読まれてみてください。瀬川さん以上に、大平四段のこと、応援したくなりました。

資本論を読む先崎少年


 順位戦B級一組の、先崎vs阿部戦が大変な大勝負になりました。A級最終局と同じくらい、注目されてもいいんじゃないでしょうか。

 先崎八段といえば、棋士の顔以外に「印税生活者」?としての一面も、いまや有名である。自分もエッセイの類を愛読している一人である。いかにも才気煥発の文章で、将棋に限らず、生まれついての天分、才能を感じさせる。彼の書くようなタイプの文章は、えてしてウケ狙いがかえってつまらなくなったり、イヤミになったりしがちなのだが、なんというかバランス感覚が抜群で、実にサマになっているのだ。ああいう軽めの文章をセンスよく綴るというのは、実はものすごく難しいんじゃないかなぁと思っていたのだが、御自身を「活字中毒者」と呼んでいるのを知って、なんとなくナゾが解けた気がした。
 トイレでも、電車でも、風呂でも、のべつくまなく活字を追っているそうである。先崎八段の文章は、一見軽めなのだが、そういう基礎がしっかり出来ている人が書いたものなのだ。基礎体力を十分につけた上で、敢えてハジケているのだとおもう。もし、その気になりさえすれば、いくらでも硬派な文章も書けるのだろう。我々シロウトが、下手にマネをしたら絶対ケガをするというタイプの文章だと思う。
 さて、その先崎八段、十四歳の頃、なんとマルクスを愛読していたそうである。たまたま一番多く置いてある文庫を選んだら、それがたまたま「共産党宣言」で、すっかりハマッてしまったのだという。しかも、「資本論」にまで読み進み、三巻ぐらいまで読破したというのだから恐れ入る。あの経済学的でもあり、哲学的でもある、難解な「価値形態論」を、恐らく何の予備知識もなく黙々と読んでいる先崎少年。ちょっと想像するだけで、おかしくて痛快ではないか。ところで、これを読んで、「さては先崎、隠れコミュニスト」と誤解する方がいるといけないから、念のために言っておくと、その後すぐパチスロに出会って、あっというまにマルキストから卒業したとの事。メデタシ、メデタシ。(なんのこっちゃ。)
(興味のある方は、「浮いたり沈んだり」所収の「活字中毒的生活」「『共産党宣言』、そしてパチスロ」をお読みください。)
 さてさて、そんな先崎八段の文章を読みながら感じるのだが、ああいう軽めの文章でありながら、けっして「今風」ではない。むしろ微妙に「古風」で「硬派」であって、ああいうヤンチャ坊主的なイメージとは反して、根本では、ごくごく健全な常識人だという気もする。自分のようなヨワーイアマには、先崎将棋を分析する能力も資格もマッタクないのだが、文章から推測するに、将棋のほうも自由な指し方をしているようで、本質的には正当派、常識派なのではないかと想像するのだが、どうだろう。
 作戦面では、ものすごく思い切ったことをする。確か、谷川棋王に対して大事な竜王戦の対局で、初手3六歩とやって、谷川さんをカリカリさせたこともあったっけ。でも、他のプロの先崎評を聞いていても、中終盤の指し手は、理にかなった正統派なのではないだろうか。むしろ、外見とかではフツーな佐藤康光さんとかの方が、「異常」なことを平気でやってのけたりするのでは。(勿論ほめ言葉のつもり)。羽生さんや森内さんも佐藤さんと同様のとこがある。先崎さんの健全な常識人の面が、むしろトップと戦うのに邪魔になっているのではないかしら。(全然具体的な根拠なく言っていて、ちょっとそんな気がしたという程度のことなので読み流してください。)
 先崎さんのことを「第二の芹沢」呼ばわりする声もチラホラ聞こえるが、それは全然違うと思う。A級から陥落したあとも、目立った活躍こそないものの、安定した勝率を上げているし、精神的にも充実して将棋に取り組んでおられるのではないかと思う。冒頭書いた通り、B1の最終局は本当に楽しみ。昇級に絡んでいる郷田、阿部のお二人も大好きなのだが、やはり先崎さんに頑張って欲しいと思う。
 王位戦リーグの初戦で渡辺竜王とあたるのも気になる、週刊将棋の先崎八段のコメントを読んだら、「教えをこうつもりで戦う」とか言っていたが、勿論本心は全然違うだろう。個人的には、その勝負に勝った方に、挑戦者になって欲しいと思う。

NHK杯等雑記

郷田九段vs久保NHK杯
 面白い終盤でした。自分は道場では三、四段(しかし24では・・決して言うまい)程度なのですが、ある意味プロの将棋を楽しむにはこのくらいが一番いいんじゃないかと思っております。つまり、一応何が起きているかは自力で理解できるが、例えば今日の将棋など最後までどちらが勝っているかハッキリとは分からず、思う存分ハラハラドキドキできるので。プロから見ても、この程度の弱さが一番かわいげがあるんじゃないかと。
別に負け惜しみではなく、アマチュアの場合「敢えて強くなりすぎない快楽」というのがあってもいいんじゃないかと思っています。もっとも、そうは言いつつも、最近また少し勉強して強くなりたいという気持ちが起きているんですが。なんせ、他の将棋ブログ書いている人たちは皆強くて、多分最弱の将棋ブロガーなんじゃないかっていう気がしてきたので。

銀河戦 小林健二九段vs飯島五段
 小林九段のオールドスタイルの中飛車に、飯島五段が居飛穴で対抗する形に。小林九段が形にこだわらない指し方をするが、飯島五段が守りの堅さを生かして攻めつぶしてしまった。まあ、若手対ベテランでよくありがちな将棋なのですが、コバケンさんのことは大好きなので残念。
 コバケンさんというと、どうしても竜王戦第六局の解説での早とちりのことを思い出してしまう。ああいう、オッチョコチョイなところも好きだったりするわけです。しかし、「情熱大陸」でまで「これは渡辺さんが勝つと思います。」と言い切ってしまっているのが流されていたのは、ちょっとお気の毒でした。
 自分は、もともと攻め将棋なので居飛車党だったのですが、「スーパー四間飛車」での「攻める振り飛車」を見て面白いと思って、振り飛車党に転向したクチです。まだまだ、もっと頑張っていただきたいと思います。
 沼春雄先生の解説も、誠実そのもので好感が持てました。

銀河戦 淡路九段vs瀬川アマ
 なんてったって、あの瀬川アマの登場なので見逃せません。淡路先生の力強い指し回しで、瀬川さん苦しめに見えたが、終盤はどちらが勝っているかよく分からないねじりあいになって、とても面白かった。ただ、結局最後は瀬川さんがハッキリ一手勝ちに。高段プロに対して、最後は力勝ちしたっていう感じです。またしても、いいアピールになったでしょう。

ちなみに、銀河戦の棋譜は、「囲碁将棋チャンネル」サイトの、銀河戦のページでフラッシュで見ることが出来ます。しかも、第一期のものから全て。

王将戦。やはり、羽生さんは、相手が弱っている時にかさにかかって押しつぶすのがうまい。残酷なくらいに。コワイ人です。そういうところが大好きです。

ホリエモン、将棋のことかなりよく知ってるんですね。「詰め将棋で詰んでいるのに、穴熊で囲う」というのは、うるさがたの将棋ファンからはツッコマレそうですが、十分言いたいことは分かります。超早指しの暴れまわる将棋だと勝手に予想。意外に手堅い受け将棋だったリすると笑えますが。
それを受けて、竜王が新棋戦獲得を目指して、ライブドアブログを借りようかなんて言ってるし。また、楽天さんが横槍入れて、渡辺獲得に乗り出したりして。

「一日限定牛丼復活」の日の午後三時ごろ、吉野家の前を通ったら、そんな時間帯なのに長蛇の列が出来ていました。マッタク、日本人ってヤツは・・。(←とかいいつつも、すいてたら食べてやろうと思っていたので、至極残念に思った人。)

升田幸三著「勝負 人生は日々これ戦場」


 升田幸三のエッセイの復刊。なんというか、「将棋」と「人生」の達人が、筆の赴くままに闊達に語っている本である。本来、自分は日本的な「人生の達人」の語りに対して、斜に構えてしまうほうだ。かつて吉本隆明氏が、自身の不器用な生き方に照らして、人生の「達人」というスタイルに対する疑問のようなことを書いていて、共感を覚えたことがある。しかし、升田ほどの大物になると、経験によって語る言葉の一つ一つが生きていて説得力がある。単なるかっこつけのスタイルに、とどまっていないのだ。
 人間の柄の大きさを感じる。最近では、朝比奈隆さんに通じるものがある。豪放磊落でおおらかで、深いところの「教養」というべきものがあって、中途半端なインテリなどには太刀打ちできない懐の深さがあるのだ。勿論、朝比奈と升田では「教養」の質が全くといっていいほど違うが。とにかく、昔の人の中には、確かにそういう人間の大きさを無条件に感じさせる人がいたと思う。
 升田先生の大きな人柄に、本を読みながらじかにふれることが出来て心地よい。そういう本である。今の若い人たちが読んでどう感じるかは分からないが。
 自分が本当に若い頃、升田先生の「寄せ」の本を繰り返し読んだことがある。どちらかというと、初級中級向けで、基本的なパターンの問題を数多く解いて、寄せの基本を体で覚えていくという本で、とても優れていたと思う。最近の将棋本は専門的でむつかしいとよく言われるが、特に現代のトップ棋士に、そういう基本に立ち返るような本を書いてもらいたいものである。

週刊将棋2/9号


 「渡辺将棋とは 第四回」が面白い。森内名人の証言も交えて、渡辺将棋の本質に鋭く迫っていると思う。現在の将棋ジャーナリズムには珍しく、といったら偉そうになってしまうが。
 鈴木宏彦氏の記事の、渡辺竜王に関するエピソードも興味深い。

 棋王戦第一局、6三玉を例によって「マジック」と呼んでいる。確かに、控え室にいた阿部、井上といった本当に強いプロの人たちが気づかなったし、現に谷川棋王も見落としたのだから、すごい手なのは間違いないだろう。しかし、「マジック」という表現が適切なのかどうかとなると別問題だ。王将戦第一局の、5一桂の時以上に、「マジック」という表現はそぐわないと思う。単に「詰まない寄らない一手」ということで、文字通り「種も仕掛けもない」のだから。もっとも、記事のタイトルとして便利なだけで、厳密に言葉の意味にこだわっているわけではないよ、と言われば、それまでなんですけど。
 最終盤、正確に指すと一応「谷川勝ち」ということらしいが、やはりハッキリしないらしい。感想戦の検討には時間に限りもあるし、特に週刊紙の場合締め切りの問題もあるのだろうが、対局者でなくてよいから別のプロ棋士が終盤を徹底的に検討して一応の結論を提示するというシステムを出来ないものだろうか。専門誌の自戦記などで解明されるのかもしれないが、少なくとも自分などの一般的なファンはなかなかそこまでチェックできないと思うし。

 A級順位戦、今年は最終局に完全な消化試合がひとつもない。楽しみである。去年は、NHKさんが放送してくれるかどうか心配になるくらいあまり面白くない展開だったけど。 

あんたスゲーよ、真鍋さん、とトラックバックしてみる

突然ですが、全く畑違いのマイナーな将棋ブログを書いているものです。
以下「いかにして余は眞鍋かをりブログ教徒になりしか」(by内村肝臓)を説明させていただきます。

へぇー、将棋好きの古田さんがブログ始めるのかー。冷やかしで見に行ったろ。

なんだ、この眞鍋かをりブログって。どうせグラビアアイドルの小娘がクダラネー事書いてやがるんだろ。ムカつくけど、ちょっと見てみるか。

あれっ、なんだこれ、なんかよく分からんけどオモロイナー。古田さんの言うとおりだわ。これからも読んでみよっと。

他の将棋ブログ書いてる人から「コオロギ・オブ・ジョイトイ」のこと教えてもらった。うーん、コイツ、そこいらのお笑い芸人なんかよりよっぽどユーモアのセンスあるじゃん。

毎日のぞいてしまうようになり、なかなか更新されないのを残念に思うようになる。

こんなに自由にものを書けるのって、実はものすごいことじゃねーのかなー。

昨日の(2/7)の記事の、あまりに赤裸々な告白に一種の身震いと感動を覚える。真鍋さん、あんたスゲーよ。

今日の「真鍋が眞鍋ブログを考えた」を読む。不覚にも、「根っからの個人主義」あたりのくだりに涙しそうになる。

尊敬します、眞鍋さん。

こうして、オヤジの真鍋ブログマニアが一人誕生したのであった。

以下将棋ファンへのお詫びと断り
 前回の古田さんあてのトラックバックの時は「将棋の普及」という名目がありましたが、今回は弁明の余地がありません。日本将棋ブログペンクラブ会員第2986号資格を、ここに返上させていただきます。

「冗談」なんですかー


 「勝手に将棋トピックス」の瀬川アマプロ入り問題、「意見別派閥樹形図」、皆さん、もう見られましたかー。
 えーっと、自分の書いたことはどれに当てはまるかってゆーとー、あれぇー、いくつも○がつくぞぅ。○が多くつく人は成人病に注意ってか。いや、成人病どころか、痴呆の危機が・・。
 もずのダンナ、ここはひとつ、たまにはご自分の意見をビシッと言って、みなの衆に示しをつけてくれませんかい?
(本当に、知りたいと思っております。)

 「ごきけんDEブログ」で、なんと竜王の文体をパクル試みをしていた。面白いこと考えるねー。オイラも絶対やってみたいと思うのだけど、勿論そういうわけにはいかず・・。フフ。

 今日のこの記事、予告なく削除するかもしれません。ちなみに、今自分は完全にシラフです。

NHK杯等雑記

例によって、今週一週間のプロ将棋戦テレビ観戦等のごく表面的な感想を、それぞれ簡単に。

NHK杯 羽生二冠vs佐藤棋聖
 お二人とも、本当に「柔軟」な頭をしているんですね。プロらしい将棋だけど、絶対真似できない将棋でもあって、自分などだったら、間違いなく途中で何指せばよいか分からなくなって暴発して(以下略)。3六歩の手渡しですかー。羽生さんが指すと、どうも「美しい」芸術的な手渡しに思えてしまう・・。
 青野解説、序盤の作戦も当然きっちり解説してくれるし、中終盤もちゃんと手が見えてるじゃないっすか。A級復帰とか、最,年長タイトルとか目指して欲しいです。確か、まだ挑戦自体がないのでもし何かタイトル取ったらすごい話題になるでしょう。
(2/7追記「がぶ飲みミルクコーヒー」さまからご指摘を受けたのですが、王座戦で挑戦されています。失礼しました。)

銀河戦 櫛田六段vs中座五段
 なぜか櫛田さん、坊主頭で登場。迫力満点。だからって、解説の山崎六段「町でであったら、道をよけてしまいそうですね」って・・。山崎解説、口調は柔らかでいて、そういうことを平気で言ってのける面白さだと分かってきた。
 櫛田六段の4四銀型の居飛車穴熊対策、勉強にはなりますが、やはりがっちり組ませてしまうのは自分レベルには抵抗が。それにしても、感想戦での櫛田発言聞いていると、序盤の線形の研究が深くて精通している上に、終盤もいろいろな変化をちゃんと読んでいるようです。よく分かりませんが、「玄人好み」の棋士なのではないでしょうか、決勝にも出られそうなので、トップとの対戦が楽しみ。

銀河戦 山崎六段vs室岡七段
 山崎六段、完勝。相振りを阻止する2四角以降、常にペースを握って、いいように指した感じ。山崎六段の手には、この2四角みたいに、なにか「ヤンチャ」な型にはまらない魅力がある。こういう指し方って、トップにはどのくらい通用するのでしょう。とりあえず、NHK杯にまだ残っているので注目。
 アイドル「バンカナ」と組んで解説していた勝俣五段、よく研究していて理論的で、若手ではとても優れた解説をする一人だと思う。

囲碁将棋ジャーナル 
 藤井九段による、棋王戦第一局の解説。一番の適任者による解説を、じっくり拝聴する。注目線形に結論を出そうとする二人の志の高さが現れていたようですが、結局後手がよさそうでいて、なんとなく結論は出ていないような。
 5二桂成りで、9二歩のたたきを入れると「難しくて分からない」との事。あれだけのトップが対局して、感想戦をしても分からないんですか。まあ、良くあることだけど、どこかで、ちゃんと「結論」を知ることが出来るのかしら。
 とにかく藤井解説というのは、正確で明晰でとてもよい。

速報!順位戦(囲碁将棋チャンネル)
順位戦は、有料ネット中継があるわけだが、自分としては、週一回のこの一時間番組で十分満足している。各棋戦の速報と、注目局の部分棋譜紹介、さらに、プロ解説者による注目対局の全体棋譜解説を見ることが出来る。
 木村七段が解説役で登場。「ハッシー」橋本四段の対局を紹介していた。最後、見事な詰手順があるので取り上げたとのことですが、当然橋本将棋を見たい一般ファンの希望も意識しての選択と思われる。解説の仕方も含めて、サービス精神が旺盛な人である。

 なんか、解説者のことを今日は全員ほめてしまった。原田先生を見習って「ほめ倒し」ブログ路線でも目指しますか。

(ミニ知識コーナー)
  さるさる日記の訪問者ランキングのページを見ると、「若手棋士の日記」が、今日は第十一位に入っている。昨日、御本人が日記でヒット数のことに触れていたので、ここをのぞいたら、昨日は3000ヒットを超えて十位に見事食い込んでいた。「将棋」という専門分野の日記としては快挙でしょう。去年の十一月の頃見たときは(竜王奪取前)、確か1500越え程度だったから(正確には覚えてない)、いつの間にかヒット数が倍増している。知られざる「竜王効果」のご紹介でした。

渡辺竜王関連記事、瀬川アマについて

渡辺竜王関連記事、瀬川アマについて

渡辺竜王関連記事

週刊文春 「阿川佐和子のあの人に会いたい」
 例によって、実に堂々としています。少しは緊張してくれたほうが、カワイげがあるというくらいに。王座戦の際に、羽生さんから勝ち星をあげた時の素直な喜びなど、結構私的な本音的感じの話もたくさんしていて面白いので、興味のある方はどうぞ。

将棋世界三月号
 様々な棋士が、渡辺竜王について語っています。山崎六段の渡辺人物評は、結構笑えます。青野九段がなかなか面白い分析をしているのですが、その中で、渡辺世代が通常の研究会以外に、携帯でコマメに仲間で連絡を取り合って、どんな新手が指されたか情報交換しているという話が興味深かった。

日経ビジネスアソシエ
 短いが簡潔によくまとまっていて、模範的な「渡辺紹介記事」になっています。研究法について「デジタル機器を使いこなしながらも、アナログ的感覚も大切にしている。」と記述している。研究法については、各インタビューで微妙に違っているのだが、まあこのあたりが正確なところでしょう。(別に記事ごとに矛盾しているわけでなく、聞かれ方によって答え方も違ってくるだろうし、いくら渡辺さんが正直に言うほうでも、何でもかんでもありのままに答えるわけもないし。)


瀬川アマについて
 将棋世界三月号の「盤上のトリビア」で、瀬川さんの「特例でプロになりたい」という発言が紹介されていて、また、具体的にプロ入りを働きかける行動に出るそうだ。
 ただ、例外的にというのであれば、銀河戦や対プロ対戦成績以上のものが必要といわれそうな気がする。特例ということでなく、プロ棋士になるための条件を、根本的に見直すという動きにつながらないと難しいかもしれない。
 もともと、現在の奨励会制度は、将棋指しの「超エリート性、選良性」が前提の考え方になっていると思う。あれくらい厳しい条件をクリアできるくらいでないと、プロ棋士になっても無意味だという考え方。しかし、昔と現在では状況が全く違う。色々なところで取り上げられている羽生二冠の比喩の通り、「現在は強くなるための高速道路が整備されていて、ある程度までは皆が短時間で比較的容易に目的地に達することが出来るが、出口で大渋滞が起こっている。」その後が大切だという意味なのだが、逆に言うと、三段の人間の強さは四段とそれとの違いがそれほど明確でなく、また層の厚さも並外れている。当然、瀬川さんのように、実力はあるのにプロになれない人間が出てくる。
 時代の変化、生活するための経済面などを考慮すると、そろそろ制度自体を見直してもよいのではないか。将棋界の内部の頭のよい人が考えるべきことだが、内情、現状など一切無視して、ド素人の無責任な案を書いておく。
 「プロ」の範囲を現在の四段以上でなく「初段以上」に拡大する。但し、四段になるまでは給料を出さないのは今まで通りとする。「食えないけど、アルバイトをしてでもしたいのであれば」というスタンスで。年齢制限も、現在のように極端に厳しいものではなくす。
 棋戦に、現在の予選に加えて、三段以下の参加する「予備予選」を設けて、勝ち抜いたものが予選に参加できるようにする。予選にまで進んだ段階で、対局料を出す。現在の昇段規定を残したまま、一般棋戦で目覚しい成績を残したものに、別に昇段できる規定を設ける。
 瀬川さんのように、既に退会した人間については、目覚しい実績を上げた場合、特例で「初段」以上の扱いでの参加を認める。
 まあ、乱暴そのものの、試案ともいえない代物である。ただ、とにかく、「瀬川さんのような人を、何とかしてもらいたい」というのが、ファンの素直な心情なのだ。

 棋王戦、やっぱり、谷川さんでも駄目だったかー。本当に、また七冠取ってしまうんじゃないかという勢いだ。でも、一局終わっただけだから、判断するのはまだ早い。羽生さんも、渡辺さんの登場で目が覚めてしまったのだろうか。とにかく、刺激を受けているのだけはまず間違いない。
 今日の終盤、いかにもいろいろな変化が潜んでいそうなので、解説を聞いてしっかり勉強することにしよう。

谷川浩司、河合隼雄「無為の力」


 日本を代表するユング派の臨床心理学者の河合隼雄氏との対談。ユング大好き人間の自分としては、とてもうれしい対談である。
 河合氏の対談らしく、将棋を指す上での心理的側面に踏み込んだ、含蓄に満ちていて、しかも決して難しくならない話を聞くことができる。
 谷川さんの言うところの「第一感」、論理的思考でなくイメージとして直感的に手が浮かぶ仕組みについて、河合氏らしい分析を加えている。
すなわち、将棋に限らず非凡なアイディアには「直感」が大切で、優れた直感の持ち主の場合、「頭の中に上等な網の目が出来ていて、だめな直感は通ってこられない」仕組みになっている。あるいは、仏教の華厳経や唯識の例を引いて、通常の意識レベルを変容したときに、わきあがってくる深い理解力、直感が存在する、など。
 将棋は、全く理詰めの論理思考のゲームと思われがちだが、少なくとも「人間」が指す将棋においては、最高のプロのレベルでも、そうした論理性ではない「直感」が勝負を分けているというのが興味深い。いくら読む力が優れていても、「直感」でよい手が浮かばなければ、どうしようもないのだ。谷川さんは、並みいるプロの中でも、そうした「直感の」才能が桁外れなのだろう。
 勿論、コンピュータ・ソフトがこのまま進歩し続ければ、人間の「直感」と勝負できる日もいつかは来るとは思う。そのように、コンピューターと人間が戦うのを、自分は嫌だとは感じないし、むしろ楽しみに思う。「直感」の部分だけは、コンピューターでは、どうしようもない領域なので。(チェスの、カスパロフとディープ・ブルーの対決のドキュメンタリー番組は、本当に面白かった。)
 河合さんは、一応「ユング派」ではあるが、あまり「理論」にはこだわり過ぎない実際的で有能なカウンセラーでもある。そういう、河合氏の、実際の分析の仕方についても、色々紹介されていて勉強になる。ちなみに、自分はもっぱらユングのわけの分からない部分のファンで、例えば「ヨブへの答え」など、正しいか正しくないかがどうでもよいくらい、ムチャクチャ面白い本だ。
 谷川さんも、相手が河合さんだからなのか、なかなかの博識家ぶりを披露している。将棋以外のことも、よく勉強されているようだ。この本に限らず、最近の谷川さんの著作に目を通していると、将棋以外の人間的な「総合力」を高めようと常に意識されているのが分かる。現在の若手優位の将棋界で、どうすればご自分が生き残れるのかを、しっかり考えているようだ。しかも、谷川さんの場合、現代将棋のよさは柔軟に取り入れていて、そこが谷川さんの上の世代とは違うところである。才能という点では、将棋界の誰もが認めるところなので、恐らく皆が思っているよりかなり長持ちするのではないだろうか。現在の不調も、ただの過渡期に過ぎない気がする。
 明日から棋王戦が始まる。谷川vs羽生戦について、自分は、いつもは完全中立を決め込んで、ひたすら将棋を楽しむことにしているのだが、今回は、谷川さんを応援しよう。何しろ、今の羽生さんの勢いがすごすぎるので、倒せるのは谷川さんしかいないと思うし、意地を見せて欲しいので。
 

テレビ観戦等雑記


 テレビ観戦の感想などを、それぞれ簡単に書いておきます。

NHK杯 佐藤棋聖vs田村五段
 あえて角に一歩を取らす構想といい、6九桂の受けといい、佐藤さんの形にとらわれない力強さが目立った。そもそも、「緻密流」という形容は、彼にピッタリあってるのだろうか。もっぱら外見イメージにひきずられている感じがする。むしろ「無手勝流」というと極端かもしれないが、全然違う表現を誰か考えてあげたらどうだろう。

銀河戦 北島六段vs木下六段
 木下六段、いきなり相手に馬を敢えてつくらせるという指し方をしていたので驚かされた。そういう、全く人とは違う「木下ワールド」を築き上げている棋士だそうだ。解説は山崎六段で注目したのだが、わりとフツーでした。簡単な詰みを見逃したりしていましたが、解説しながら手を読むっていうのも、経験をつまないと難しいのでしょうね。

王将戦第三局
 森内さん、やることなすこと、うまくいってないようですが、そもそも、羽生さんに勝ちだしたのは、思い切った作戦を取り、大胆な指し回しをするようになったからって言われてませんでしたっけ。第二、三局とも、その通りのことをしているのだが、勝つと「一皮向けた」といわれ。負けると「無理をしている」といわれてしまう。また、羽生さんが、そういう人の弱みに付け込むのが抜群にうまい人なんだ、これが。相手の弱みを本能的に察知する勝負師の嗅覚。
 ちなみに、「週刊将棋」での加藤先生の分析によると「森内は剛、羽生は柔」ということだそうです。その他、実際に戦っている者ならではの、加藤先生の話を読むことが出来ます。

NHK杯の棋譜流出
 やっぱり、2ちゃんねるに流出するって言うのは、大変なことなんでしょうねえ。今時珍しく(なのかなぁ)、「全く2ちゃんねるには行かない派」の、素朴な感想です。

大逆転将棋2005
このシリーズ、よく見ています。神吉さんが、企画にも深くかかわっているようで、実に緻密に計画構成しているのがよく分かり、素直に楽しんでみています。神吉さん、きってと基本的にすごく細かいことにも気がつく苦労人なのでしょう。
 文句なく一番面白いのは脳内将棋。正直に言うと、番組全体をあれだけで構成してトーナメントをして欲しいと思う。でも、それだと少しマニア向けになりすぎると思うので仕方ない。 
 佐藤さんといい、行方さんといい、いかにも頭脳をフル稼働させて酷使しているという姿、メチャクチャかっこよかった。


 もともと、せっかくたくさんプロ棋戦を見てるんだから、こういう感じで感想を日記風に簡単に書いておこうと思ってブログを始めたのを思い出した。せっかくだから、一応ネットにも乗せておこうっていうノリで。「つれづれなるままに、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかなく書きつくれば、」という感じで。別に「あやしうこそものぐるほしけれ」」とはならなくてもいいけれど。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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