2007年03月

女流棋士独立問題雑感5-残留希望者多数に

 中間派の雪崩現象が起こったようで、驚くような数字が耳に入ってきました。大勢は決したという印象を持ってしまっても仕方ないでしょう。しかし、独立派がコメントを出しているように、まだあきらめるのは早い。要するに、心情的には独立派にある程度は理解のある中間派(恐らくか一番の多数派)と、どういう関係を持つかということでしょう。例えば、中間派のメンバーの中に、独立派からも信用できて、連盟とも良好な関係を保てそうな人間がいたら、自分たちは一歩引いてリーダーに押し立て、女流を大きく割ることなく、円満な形で連盟と独立交渉を続ける等。
 そういう話し合いがもしうまくいかなかった場合ですが、独立派の人たちには、あまり早まった行動はして欲しくないというのが個人的希望です。かなり追い込まれている状況なので、急進的な行動を求めるメンバーもいるかもしれません。しかし、(多分いわれなくても十分分かっているだろうが)今のような少数の独立派で具体的なビジョンなしに飛び出してもどうしようもないわけですから。
 そういう場合は、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで、長期戦に持ち込んだほうが賢明でしょう。どう考えても、(細かい問題は別にして)大義は独立派にあるのですから。(と少なくとも私は思う。)ここは、全員が大石蔵之介状態になって、静かに時を待ってみてはいかがでしょう。
 とにかく、現在独立派に名前が見えている魅力的なメンバーを、もし一時的であるにせよテレビ等でお目にかかれなくなっては、やはりファンとしては寂しいとしか言いようがありませんし。
 何か届くあての全くない手紙を書いてしまったような気分です。

「渡辺竜王vsボナンザ」戦雑感1

 今回の対局では、終盤の竜王の3九龍を、「コンピューターが人間のように見落とした」と言われています。しかしながら、勿論コンピューターに、いはゆる「見落とし」はないわけで、面白くいおうとしないで正確に表現するならば、渡辺竜王が書いているように「3九龍を軽視」ということになるのでしょう。 
 ただ、「軽視」というのが具体的にコンピューターの思考回路の中でどういう意味を持っているのかが気になるところ。
 まず、あの時点でボナンザが、どちらの勝ちだと判断していたのかが問題になります。可能性としては
A 渡辺勝ちと判断
B まだどちらが゛勝ちなのか、読みきれていない(どちらかが゛優勢だという判断はしている)
C  ボナンザ勝ちと判断
Cならば、「まだコンピューター弱し」ということでメデタシメデタシなので除外して考えます。
次にBの場合に、その中の可能性としては
3九龍が見えていない(有力選択肢に入れていない)
3九龍は見えているが、3九龍ならボナンザ優勢と判断
3九龍は見えていて、3九龍なら渡辺優勢と判断(分かっているが、それよりベターな選択肢がない)
△覆蕁△海譴發泙瀬灰鵐團紂璽拭爾呂泙声紊靴箸いΔ海箸砲覆襪、なら必ずしもそうとはいえないわけです。
最後にAの場合、ボナンザは全ての手を読みきっていて、3九龍を含めて:結局は駄目だと分かっている、という恐ろしい可能性だって一応あるわけです。
 何しろ自分は弱すぎるので、あの時点での正確な形勢判断が全く不可能なのですが、どうもあの終盤では「やや渡辺良し」ということらしい。問題は、ボナンザがどの時点でそのことを認識していたのかということ。それを是非知りたい。
 コンピューターはしらみつぶしに手を読むわけなので、手が限定される終盤では、コンピューターの処理能力を無限に高めれば、理論上は全て読みきれるはず。それが出来ないというのは、終盤といえどもまだ現在のコンピューターの処理能力を超えているということなのでしょう。とすると、現時点では、完全に勝ち負けを全て読みきるまでは、終盤においても各ソフトがどういう「形勢判断の基準」を設定しているかが問題ということになる。従って、少なくとも現時点では、ソフトによって、終盤においても個性や癖があるのかもしれません。「Xソフトは、切れ味ある終盤だが見落としもある」とか、「Yソフトは鈍くさい終盤だが、なかなか間違えにくくて粘り強い」とか。
 渡辺竜王が、「コンピューターはあらゆる手を広く考えるので絞って深く読むのが難しいのかもしれませんね。人間の経験のほうが上、ということでしょうか」「詰み以外の終盤の技術は苦手ということがわかったのは収穫でした。」と述べているのは、きわめて示唆的です。ただ、それも今述べた事情を考えると、「ボナンザについて」であって「コンピューターソフト全般について」は必ずしもそうはいえないのかもしれません。
 
「渡辺明ブログ」によると、NHKのBSで特集番組が放送予定だそうです。今書いてきたような、コンピューターの思考回路について、商売上の秘密の許すかぎりでつっ込んで描いて欲しいと思います。カスパロフとディープブルーの対決の番組は、きわめてスリリングだったので、あれに負けないものを期待してしまいます。

「自由の女神」

「自由の女神」

 ここのところ、かなり長いこと将棋サイトをほとんど見て回ってなかったので、「BIGLOBEストリーム 将棋ニュースプラス」を知ったのもつい最近のこと。でも、ありがたいことに初回の分から、まだ全て見ることが出来るので、暇を見つけては面白そうなのをチョイスして観ています。(「渡辺vsボナンザ」のハイライトも視聴可能。)
 なんといっても初期の白眉は、「ザ・加藤一二三伝説」でしょう。ご本人の「証言」を交えて数々の伝説のエピソードを紹介しています。「順位戦に、電気ストーブを持ち込んで、相手を火あぶりにした事件」について、ご本人は、「寒いのに自分だけストーブに当たっては悪いので、相手にも公平に暖かさが行くようにストーブの位置を厳密に調整した」という説明には絶句。実に公明正大な方だとしかいいようがありません。やはり先生のこと大好きです。スタッフも、ご本人に『生聖歌』を歌わせたりしてかなり悪ノリ気味。
 硬派のコンテンツでは、「将棋列伝 藤井猛解説」のシリーズで、江戸時代までさかのぼって、振り飛車党の棋譜解説を、大山、森安から、藤井、久保まで見ることができます。今回一局だけだが、やはり大山先生の将棋にはなんともいえない魅力がある。現代風の振り飛車とは一味違う、実践的で、曲線的だが決してひ弱でなくごっつい指し回し。改めて、大山将棋をシリーズで紹介してもらいたいというのが個人的希望です。
 「ズームアップ女流棋士」では、女流の素顔を見ることができます。中倉姉妹が仲良く出演。妹の宏美さんは、昔からテレビの聞き手などで「なんか面白いキャラのコだなあ」、と思っていましたが、やはり(といっては失礼か)普段もとても楽しい人のようです。NHK杯の司会では、やや「お澄ましさんモード」で、本来の良さが十分出ていないような気もするので、今年度以降に期待したいと思います。お姉さんの彰子さんも、テレビでの優等生的イメージとは違って、明るくて楽しい素顔。うーん、仲のいい美人姉妹っていいもんだなあと、おじさん丸出しの感慨にふけりながら、いつしかとても平和な気持ちになってしまうのでした。
 ところで、3/9分の中で、姉妹のお絵かき対決で「自由の女神」を描いているのですが、「絵はあまり得意ではなくて・・」とおっしゃる宏美さんの作品は必見です。ストレスで疲れている方、気持ちよく笑いたいのなら、今すぐサイトに直行を!

早すぎる・・。

 達正光六段が亡くなられたそうです。四十一歳・・・。
 「船戸陽子blog」の記事が印象的です。
 ご冥福をお祈りします。

 棋王戦、佐藤康光挑戦者が奪取。最後の一つでやっとタイトル取れました。それにしても、将棋の内容が面白すぎました。森内名人も意地になったように、面白い将棋で応戦していたのも、プロらしいプライドが感じられてよかったです。佐藤さんの「変態戦法」(っていってよいのかな?)、彼の豪腕だから通用しているのか、それとも彼のいうところの「自分では合理的に指している」という佐藤将棋理論に正当性があるのか、いったいどちらなんでしょうね。

女流棋士独立問題雑感4-女流棋士の地位と将来

ここまでつきあってくださった貴方、相当の変わり者ですねー。タルコフスキーの「ストーカー」に出てくるトンネルを見事脱出した者同様の勇者と認定します。(意味不明)さて、最終回は(さぞほっとしたでしょう?)、、そもそもの女流の地位と将来について。
 現在の女流の将棋界内における待遇を知ったのは、大庭美夏さんのホームページでの記述を数年前に読んだ時です。厚生年金には加入せず、棋士会での発言はおろか傍聴すら認められず、改善要望に対してもナシのつぶて等々・・。棋士会は奨励会を抜けた者のものだから当然だという「正論」が聞こえてきそうですが、やはり「今時女工哀史じゃあるまいしなあ」と、かなり暗然たる気持ちになったのをよく覚えています。 
 こう書くと将棋連盟は、女性差別的団体だと思えてきそうですが、独立問題に関連した「勝手に将棋トピックス」の記事で、中堅男性棋士のブログ内で、「そんなことは全然ない」とする主張やそれに肯定的なmozu氏の記述がありました。しかし、一般の大多数の男性棋士はそうだとしても、たぶん一部の棋士は・・、とやや釈然としない気持ちが残ります。
 (余談になりますが、大庭美夏さんは、相当筆まめで優秀な書き手・編集者だと思います。今回の女流独立での実に丁寧でしっかりしたHPでの記述もそうだし、女流棋士の公式HPを担当しているのですが、その中での「山田久美インタビュー」、あれはすごかった。私は、山田さんのファンなのですが、「こんなことまでしゃべっちゃっていいの」というくらい、文字通り彼女が丸裸になるような内容で、あまりにディープ過ぎて怖いくらいの出来。インタビューと筆記担当の大庭さん、すごいインタビューする人だなあと思いました。余談の余談になりますが、その山田さん、ファンサイトに自ら投稿した自筆の文章で、女流独立に関して、今後の進路について微妙なとり方の出来る書き方をしていたのが、ちょっと気がかりです。すみません、ここまで付き合ってくださった方は、ここいうマニアな話題にもついてきてくださると信じてつい書いてしまいました。)
 閑話休題、女流が、将棋界において、相当の貢献度があるにもかかわらず「正式棋士」でないために、きわめて中途半端な立場におかれているのはまぎれもない事実。そもそもの独立勧告が会長側からだったとしても、彼女たちが独立に向かう萌芽が確かに元からあったということでしょう。
 そういう現在の彼女たちの待遇について、当然改善すべきだとは思います。しかし、その一方で、女流棋士という職業については、一般のサラリーマン等とは、まったく別に考えるべきだというのが私の基本的な考え方です。(当たり前すぎるか)
 つまり、女流に限らず、男性棋士もそうですが、現在は何か確固とした職業のように思われますが、本質的には一般の組織人とは全く異なる「芸能の民」です。前にも書いたことがありますが、かつて江戸時代には、将棋棋士は、能楽師たち同様、「芸能の民」として俸禄を受けて生計を立てる存在だったそうです。つまり、「常民」ではない「遊民」だったわけです。つまり、田畑を耕して直接生産物を作るわけではないが゛、自分の芸を磨いて人々を楽しませることで、その報酬を得ていた存在ということ。現在は格段にスマートなしイメージの棋士についても、その本質は全く変わっていません。女流棋士にしても全く同じことがいえます。
 今回の独立問題に関連して言うと、一般の女性会社員がキャリアアップを目指して、独立会社を作ったりするのとは本質的に性格が違います。つまり、彼女たちは一般の生産企業とも、サービス業とすら全然違う、「自分の『芸』を含めた存在で人々を楽しませ」、そのことで報酬を得るという、手っ取り早くいうと広い意味での「芸能人」なのです。現在は、幕府ではなく、新聞というスポンサーや一般のファンが報酬を与えるように変わったわけですが、「芸を売って報酬を得る」という本質に変わりありません。
そういう立場のものが、本来安定した立場におかれえないのは、きわめて当然。それがこの職業の魅力でもあります。だから、現在不安を感じている女流棋士の皆さんは、本来自分たちがそういう存在だと開き直って欲しい。つまり、自分たちの芸が全然駄目ならどうしようもないが、もし芸が人々に受ければ無限な可能性を持つ存在として。「芸」といっても、「将棋の強さ」だけが問題じゃありません。男性棋士にしても、誰も見てないところで単に強いものを決めたところで無意味なように、「芸を魅せる」という要素が何より大切。単に強くてもクソ面白くもない男性棋士の対局よりも、実力面で劣っても、将棋に対する姿勢や魅せる要素の大きい女流の棋士を人々が好むことだって十分ありうる。それは、男女問わず「芸能の民」の宿命です。無論、基本的な「芸の研鑽」の裏づけも当然必要で、両者のバランスも大事になってくるわけですが。 
そういう新たな旅立ちを、どんな形になるにせよきることが出来る女性棋士の皆さんを、私は冗談じゃなくてうらやましいと思う。そういう「芸能」の民には、本来なろうと思ってなれるものでなく、ごく一部の「選ばれた人たち」にしかなれないのですから。その分、不安定要素も「常民」の何十倍もあるわけですが、なんてうらやましい生き方なんだろうと本当に思います。
現在女流棋士会がやろうとしていることは、男性棋界に比べて、はるかに「芸能の民」の意識が高いようにも感じられるし、「芸能の民」の正道をいっているという見方も出来ると思います。

 精一杯生きるだけ生き抜いて燃えつきちゃってください、女流棋士の皆さん。(燃えつきちゃいけないか。)

(おしまい)

女流棋士独立問題雑感3-独立派について

 前二回は、腹立ちまぎれの憂さ晴らしだったので、(あんなもの読まされる側はたまったもんじゃなないっすよね)、少し冷静に、独立派について、公平を期して(というよりは偽装して)簡単に。
 私自身は、単純明快に独立派を応援していますし、経過を見ていると、さぞかし腹の立つこと、基本的な人としての尊厳を否定されるような思いをしているであろうことは容易に想像できるところです。しかし、独立派が本質的にやるべきことはただひとつ、「なるべく良い条件で、連盟と良好な関係を保ちながら独立を果たすこと」これだけです。多分、独立派の耳には、私のような無責任な応援者の声が多数届いていて、「世論は我にあり」のような気分になっているのだと思います。勿論そうなる相当な理由は十分なのですが、そんな泡と消える一時的な人気よりも、「実」をとることが大切なはず。
 その意味では、連盟側が当初提示していた条件は(無論正式なものではなく、それがきわめて曖昧かつ猫の目のように変わるのでさぞかしイライラするであろう事は別にしても) もっと良いものだったはずです。それがこれだけ後退してしまったのは、いかに自分たちに非がなくても、やはり「結果責任」は負わなくてもいけないのではないでしょうか。連盟側の対応がどれほど大人気ない(ごめんなさい)としても、完全に敵に回してしまったのはやはりまずかったと思います。 とにかく、とにかくつまらない人気におぼれたりせず、責任者として実質的成果を挙げることだけを考えて欲しいなあと思う。
 あっ、たぶん独立派の賢明なトップは、言われなくても分かっているようなことを、今ちょっと飲んでいるために、おじさんの無意味な説教口調が出てしまった・・。
 最後に、何より話題沸騰の「ブログ問題」について。私が、こんな駄文を書きたくなった直接のキッカケも、勿論これ。もうそりゃあ、血が上ってしまって、・・以下不穏当なため略。でもね。そうはいっても、やはり、ルール違反はルール違反だと思うんですね。別に法的に違反しているということじゃないけど、やはり「人の道」に外れると思うんです。(また出た、おじさんのイラツク説教口調) 本当に弱い立場のものが、他の手段がなくて、こういう手法を用いることが有効なこともあるだろうが、今回がそういう手法が必要な「やむにやまれぬケース」とは思えないのです。 とはいってもブログを書いた人物が、さぞ苦しい思いをしているだろうと思うと、私のような無責任な野次馬の胸のほんの少しは痛む。昨日更新があったが、あれを読むとかえって痛々しく感じてしまうのは私だけでしょうか。勝手な思い過ごしだとよいのですが。
(続く)
 

女流棋士独立問題雑感2-独立派と残留派の対立

 昨日書いたことを読み直すと、あまりに表面的で格調の低いことばかり書いてしまったと猛省してしまいます。しかし、小生、今のところ「メロスは激怒した、奸佞邪智の・・」式に、単純に腹を立ててしまっているのです。なので、今日書く事も格調低いこと間違い無しなので、怒りを共有してくれる奇特な方のみ、お付き合いくださいませ。
 女流が、分裂の危機状態であることについて。なんといっても、一部女流棋士が、早々に連盟に残留届けを提出してしまったことに、本当にガックリしてしまいます。別に、反対意見を持つことはまったく問題じゃないし、部分的に伝わってくる「進め方に疑問がある」とか「独立自体が駄目というのではない」といった主張自体は、むしろ穏当なものです。しかし、なぜ、独立推進派と徹底的に話し合う作業をしないのか。反対なら反対でも残留派の指導的立場の人たちはメンバーに働きかけて、連盟に対しては「独立派を説得しますから」といって残留届けを提出するのを保留して、粘り強く話し合いを続けるくらいのことは最低限でもして欲しかった。この時点で残留届けを提出するというのは、独立派に死刑宣告するようなものです。共に活動してきた女流全体が危機の真っ只中にあるときに、何でそんな冷酷なことが出来るものなのかと思います。これは、もう理屈ではなくて「ムナクソ」の問題です。
 とはいえ、残留派の女流たちも、基本的には弱い立場であって、連盟の「踏み絵」の被害者と言えなくもないので、あまり厳しく叱責する気にならないのも事実です。届けの重さはどうしようもないが、まだ分裂したわけではないし、女流の棋士総会も今後あるようなので、ぜひ双方冷静に話し合って欲しいものだと感じます。
 今回、また提出のフォローがあったようですが、未提出者は正当な理由をつけて、ギリギリまで、態度を保留できないものかと思います。無論、部外者が口出しするようなことじゃないのですが。それと担当理事が「独立派にも対局権利は認められることになるだろう」と発言しているようですが、これは、連盟が女流棋戦を行うことを前提にしていて、どこに棋戦を行わせるかは、最終的にはスポンサーが決めることなので、「独立派は当然のこととして、残留者にも対局権利は与えられる」という言い方も可能なわけで、あまり意味のある発言とは思えません。
 昨日書いた、連盟と独立派の対立同様、独立派と残留派の対立についても、具体的な論点の違いがあるというより、進め方についての双方の感情的なもつれや不信感が゛大きいようにも感じます。理性的な話し合いの余地は十分あるのではないでしょうか・・。
  (続く)

女流棋士独立問題雑感1-連盟と独立派の対立

 このブログも、随分長らくほっぽらかしにしてしまいました。最近「勝手に将棋トピックス」で、女流独立問題の記事を読み続けています。それで、また何か書きたくなってしまいました。(普通誰でも、何か言いたくなるよね。)しかし、あそこに経過から分析からすべて書かれてしまっているので(誰でもそう思うよね)、思いついたことだけ書き散らしておきます。
 現在連盟と独立派の対立が深刻になってしまっているわけですが、見ていて困るのは対立する具体的なきちんとした理由が見当たらないということです。もし、何らか財政的なり何なり、対立もやむをえないという事情があればまだしも、ほとんど感情的なもつれだけで、これだけ深刻な状態に陥ってしまっているのではないでしょうか。それも、両者が互いに対立するというより、連盟側が勝手に機嫌を損ねているという印象です。
 連盟側が「弁護士を間に立てて対抗的だ」などというのは、勿論理由になりやしません。こういう場合、直接当事者同志がやりあうより、弁護士を間に立てて冷静に対応するというのがごくごく普通のことのはずです。それとも、たとえば中井さんが、会長や理事のところにやってきて、ニコニコしながら、「ひどいじゃないですかー、新聞社はそんなこといってないです。訂正してくださいよー、フフフ」とか言ったほうが、カドが立たないとでも言うのでしょうか。弁護士に「どなられた」というけれど、「近い関係にある弟子のような中井」とか「親心」とか本当に思うのなら、怒ったりせず、「この弁護士はこういう態度をとってているが、中井は決してこういう態度ではないはずだ」と思ってやれるくらいの信頼はあってもいいはずですし。とにかく、公の立場にいる人間が「弁護士を間に立てたからけしからん」などというのは、到底通用する話じゃないと思うんですけど。
 寄付の問題にしても、認めた認めないの問題はさておいて、なぜ寄付を嫌がるのかの理由が分かりません。「同じパイの取り合いになる」というのも、mozu氏が皮肉交じりに「一万円寄付したからといって、将棋世界の購入を控えるというわけじゃなし」、といっているように具体的な根拠に乏しい話です。なぜ反対なのかをきちんと説明しないと、連盟のお金についての考え方について邪推が生じかねないと思うのですが。
 女流棋士全員に、文書を送りつけて踏み絵をふましたのも、これまた、連盟全体にとって女流分裂が「百害あって一利なし」なのに、これもまた具体的なきちんとした理由が見当たらないといわざるをえません。「反対派が増えてきたので」というけれど、その実文書では、「残れば対局権利は保証する」とか言って、明らかに引き止めているのですから、子供の言い訳にしか聞こえません。連盟が女流の将来についてどういう全体像を描いているのかを提示して欲しいと思います。それをしないと、まるで分裂を望んでいるかのような邪推が生じる恐れがあると思うので。
 なんだか、書いていてどんどん気分が悪くなってきたので、もうやめて、気が向いたらまた続きを書くことにします。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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