2007年05月

「日本女子プロ将棋協会」独立に寄せて

さっきまで結構しつこい雷でした。まだ名人戦のBS中継夕方分を見てないのですが、ちゃんと録れているのかすこし不安です。

「読売新聞」 「女流棋士17人が独立、新法人は「日本女子プロ将棋協会」」
「フレッシュ アイニュース」 「日本女子プロ将棋協会」クリップ

読売の記事にあるとおり、総会に西村専務理事も出席しており、とりあえずきちんと両団体が友好関係を継続するようです。「有限責任中間法人」で、法改正後は「新公益法人法施行後(平成20年)は一般社団法人とみなされる。」ことになる模様です。「フレッシュ アイニュース」は。以前から女流問題にとても熱心で、マスコミ関係の記事などが一覧でき、更新もまめなので便利です。

「日本女子プロ将棋協会」公式ホームページ

恐らく相当忙しい中、頑張って準備したようで、しっかりファンに広報しようという姿勢が明確です。

「設立総会写真レポート」、一期生の方々の表情が本当に印象深いです。こういう方々が頑張って参加されていることの意味は極めて重いように感じられます。

「ロゴマーク」「三つの「わ」」、女性らしいセンスがなんとなく感じられます。こういう女性らしい感覚を是非十二分に活用していただきたいものです。

「<お祝いメッセージ>樋口久子LPGA会長」
団体名のLPSAは、ここの影響が大きいのでしょう。樋口会長のメッセージがなかなか泣かせます。一部引用します。

「当初は試合数も少なく、「女子プロトーナメントのスポンサーになってください。」と、会員自ら全国各地でお声を掛けさせて頂きました。おかげさまで今では賞金ランキング対象トーナメント36試合はじめ数多くの試合が開催されるようになりました。全国のファンの皆様やスポンサー様はじめ様々な関係者のおかげと感謝しております。」

LPGAでも当初はこんな感じだったそうです。LPSAのメンバーも、これから頑張ろうという気になるだろうし、このメッセージは相当心強いしうれしいものだったと思われます。

「所属女流棋士一覧」
マッタク、花を持たせて写すというステキなアイディアを誰が思いついてしまったのでしょう(笑)。蛸島先生まで・・。やはり我々の世代にとっては、女流といえば、蛸島、林・・以下略。「泣く子も黙る蛸島」、とか言ったら怒られそうですねえ。まあ、こういう女流界のドン、というのもやはり怒られそうだね、が参加しているわけだから、この団体も大丈夫でしょう。さっき述べた一期生などベテラン組とあわせて、若手や後進のために道を開いたり準備するために尽力しているという印象を強く受けます。

「定款」
基本的には、日本将棋連盟のやり方を踏襲するようです。但し、経営に関しては、外部の力をどう取り入れて、女流自身の運営に取り入れるからついては、さらに検討の余地があるような気もします。後で、別のブログの紹介をする際にもう一度ふれます。
6/8追記 定款をロクに読まずにこの記事を書いたのですが、ちゃんと外部の力を導入できるものに最初からなっていました。改めて記事を書いておきました。


女流棋士、関係者ブログ

「ごきげんDEブログ」「日本女子プロ将棋協会設立」
「あっこ&ひろみオフィシャルブログ」「設立しました!」
「ひえぶろ2号店」「新団体設立」
「松本博文ブログ」「Wedenesday Mornig、3AM」

「エミュー」って・・(笑)。松本ブログを読むと、あまり無理しないでくださいと言いたくはなるってものです。対局との両立が当面は大変そうですが、頑張っていただきたいものです。

一般ブログより

「WEB2.0(っていうんですか?)ITベンチャーの社長のブログ」「明日(もう今日)、
将棋の女流棋士新法人の設立総会」


さっき言った外部による経営の問題について、ここに書かれています。実際に経営に当たっている人物の意見なので、それ以外にも色々具体的に言われていて、とても勉強になります。

大変そうだなあという気持ちと、是非頑張って欲しいという気持ちが入り混じっていますが、とてもすがすがしいし気持ちいい。なかなか、今の世の中、こういう気分にさせてくれる出来事は、そうあるもんじゃありませんよ。独立おめでとうございます。

「日本女子プロ将棋協会」独立おめでとう!

今日はとにかく、おめでとうございますということで。西村専務理事も総会に同席されたとのことで結構なことです。とりあえず、関連記事がまとまってのっているサイトへのリンクだけはっておきます。

「フレッシュ アイ ニュース」 「日本女子プロ将棋協会」クリップ

盤上の海、詩の宇宙

この羽生善治と吉増剛造の対談はテレビを熱狂しながら観た。特に狂気の話の部分。正直二人の思考の流れを完全には把握し切れなかったのだが、文章でゆっくりたどってなんとなくは分かった。将棋指しも詩人も、突き詰めると恐ろしい仕事である。もっとも、二人の話に即すると、そもそも人間というのが恐ろしい生き物なのだ。羽生善治のこの対話能力はいったいなんなのだろう。どっちが詩人なのだか分からない。この対談を読んでいると、コンピューターは、羽生善治に永遠に勝てないのではないかという気さえした。対談自体が、トッププロの美しい対局であり、長編の詩でもある。ありきたりな感想を書くのは、最初の数ページで完全にあきらめたのだが、ひょっとした思いつきで、気になったフレーズを書き出しながら読んでみた。それを並べて、二人の対談への貧しいオマージュとする。この、コピーとサンプルの氾濫する世界で細々とマイナーブログを書いているものらしく。一応、二人のいわれるところの「反復」、そのままではないずらしながらの反復、フーガのつもりで。二人の言葉がどちらのものか、恐らく判別不能だろう。そういう対談だったのだから。意図としては、二人の言葉をひくというのではなく、私なりの新しい詩を書いたというつもりではある。あくまで意図に過ぎないが・・。

将棋のコスモロジー、ボルヘス幻獣辞典、インドの牛の角、先祖は種子島に多い姓、白い時間と灰色がかった時間、神をみたセナ、詩譜、微細な速度、言葉を背中に背負っておなかにも背負っている、不思議な妖精、前方霊にも後方霊にもどっちにもくっついて、何の色もついていない何にも関係ない時間、棋譜の鮮度、トーン、盛り上がって積みあがっていくような世界、自分のほうから放出する感じ、過激な黙読、深入りしたら帰って来れない、指すと打つ、日本語というのは天才、海の深みの中にはいっていく、シーンと本当に物音ひとつしない、別の光が見えてくる、二重三重の層のような構造、盤の外へ落ちこぼれた歩、ふくらはぎを緑色に染めて、歩っていう駒は皮膚、頭のその夢の痕跡を覚えている、ぼうっとしている、粘土、シジィフォスの神話、大海原のそこの中の不思議な大宇宙、うんうん、将棋の駒を裏返すとひらがな、フィンガンズ・ウェイク、すいません、何か遠いものに向かってささやかな運動、ご本尊の前にろうそく、姿なき仏陀、どあほ、能登半島、消えたことによって浮かび上がる、芥川の自殺、索漠たるあてのない不安、世界感覚の非常に巨大な加速器増殖器、内的な速度が極限まで速くなった、駒が笑う、すこし風邪を引いた桂馬、パンドラの箱、ちっちゃなミジンコ、凧の白さがのこっている、反復、バッハのフーガ、ベートーヴェンはどもっている、螺旋状に考える、段違いに積み重ねていく、セザンヌ、コオロギの音、

歩もひとり?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「瀬川昌司はなぜプロ棋士になれたのか」(古田靖著)を読んで、それとは直接関係ない雑感

まあ、素直に「なぜプロになれたのか」ということで読み始めたわけです。しかし、そのことより将棋界の具体的内情や「空気」があまりに生々しく伝わってくることのほうに興味がもっぱら向かうといった本でした。この問題に興味がある人以外にも、将棋会の内幕を知りたい人は、とりあえず一読しておいたほうがいいでしょう。
将棋界と一口に言っても、本当に様々な立場、思惑、感じ方の人間がゴタマゼに交じりあって成立しているようです。なかなかムツカシイ世界のようで、これじゃどの問題についても、まとまった形ですっきり解決に、というわけには行かない理由がよく分かった気がしました。
引退(に近い形の)年配層の棋士が、現役の若手と感覚が違うというのは最初から予想できたことでした。しかし、若手の間でも立場は様々で、かなり「内部の論理」にしがみついている若手も多いようなのには驚きました。
結局、どのような年代、実力の棋士にも、平等な一票が与えられ、将棋会内部の人間、しかも引退した人間を中心に運営が行われているという、将棋界の構造的本質問題に行きつくのでしょう。このことついては「社長さん」(だから、このキャバレーの呼び込みみたいな呼び方やめろっ!)が、例によってとてもスマートな形でまとめています。

「WEB2.0(っていうんですか?)ITベンチャーの社長のブログ」 「将棋会の今後 その8日本将棋連盟理事会の構造的特質」

もし、外部の経営コンサルタントが、将棋界に呼ばれて、この点について完全に自由に改革してよいと言われたらどうするでしょう。
経営は、外部の専門家に一任すべし
「経営部門」と「棋士部門」は明快に分けて、経営に棋士がいちいち投票で口出しすることがないようにする
無論、ある程度棋士側の意見を反映させるのは当然だが、その場合の発言権(投票権)の付与については、棋士全員ではなく、将棋指しとしての実績、普及への貢献、その他形のある貢献があると認められる者に限る。
いうまでもなく、もし「すき放題することが許されたら」という話に過ぎません。私だって、こんな案が本当に実行されたらイヤです。については、その線引きが難しいし、やはり弱者切捨ての匂いがするのであまり「是非しろ」という気にはなりません。ただ、△砲弔い討蓮△△訥度検討すべきなのではないでしょうか。今のように、どの問題でも棋士会での「平等投票」が必要なスタイルだと、棋士にとっても、スポンサーにとっても、ファンにとっても、あまり幸せな結果になるとは思えないので。,砲弔い討枠妙です。本来外部に思い切って任すべきなのでしょうが、現在の将棋界の体質には重大な弊害もある一方で、一般社会にでは失われた良風のようなものがある気もするので。内部の人間が運営しているからそれが保てていて、完全に外部に任せると、合理的であっても、かなり殺伐とした世界になるかもしれないとも危惧したりします。こんな保守的なことを言うようでは、ヤッパリ自分は「オールドファン」なのでしょうね。それと少なくとも、今の世代までやらせたのですから、谷川世代、羽生世代、渡辺世代にもやらせてあげたいじゃないですか、っていうのも随分安っぽい人情論ですね、きっと。
こうした経営、運営の問題は別にして、本来将棋指しというのは、将棋を指す人です。(同語反復)。正直言って、ファンは棋士にバランスある常識人を求めているわけではありません。どんなに人間的に変わり者であっても、将棋が面白かったり、キャラクターに魅力があったら、ファンは無条件に支持するでしょう。(今、ある棋士の名前が口から出かかったのですが、この文脈ではあまりに失礼なのでやめときます。)勿論、バランスの取れた常識人でも構わないわけですが、そういう人間ばかりではやはりつまらないのです。基本的には、将棋指しには将棋指しであって欲しいというのがファンの本音です。
などと書いていると、やはりそういう「将棋指し」が幸せに将棋を指していられるためにも、「経営」の棋士からの分離独立を本気で考えるべきなのかもしれないとも思ってしまいます。すみません、全く矛盾する論理混交の分章になってしまいました。思いつきで書き散らしたのですが、やはり到底私などの手に余る問題のようです、というのが安易なオチ。

たまには将棋ブログ以外からもトラバ・リンクされることがあって

まあ、こうしてせまーい将棋世界内でブログ書いているわけだが、たまにまったく別のジャンルの人からトラバされたり、リンクされることがあって面白い。
まず最初はこちら。

「ニュースレビュープログ」「ブロガーに対する実名登録義務付け計画、撤回へ」

最初、なぜトラバされたのかさえ理解できなかった。しかし「実名ブログの向き不向き」というのを発見してやっと理解。要するに、私がBANKANAちゃんをネタに、匿名、実名のつまらないジョークを書いたのにひっかかってくれたらしい。将棋に興味がおありではなさそうなので、多分検索でここにたまたまぶつかったのではないかしら。こういうブログ間の異種部門交流って面白い。ちょっとした、「世界ブロガー市民」気分を味わえたので感謝。

次はこちら。

「Lazy Suits」 「tumblrの著作権」

こちらは、以前レコードジャケットの著作権についてメモ書きしたのにひっかかってくれたらしい。気になったのでアクセス解析の検索ワードを見たら、ここ一ヶ月で結構「ジャケット 著作権」で来ている人がいてビックリ。まあ、こんなところにたどり着いたのは本当にお気の毒だが、一応弁護士サイトにリンクはってあるので許してもらおう。世の中には、結構真面目な人が多いのね。
さて、この方はジャケットの著作権について、私が勝手に解釈していたのを支持してくれている。
要は、「転載」は不可だが「引用」はOKなので、ジャケットを載せても、それについてのコメント、感想、解説などをつければ、大丈夫なのではないかという考え方。
しかし、結論として弁護士がNG出しているのを見て、勝手に「写真と文章の主従関係を決められないな」と、自己納得して撤回したわけ。そこをツッコマレてしまった。確かに弁護士先生は「主従関係」という論理ではない形でNGを出している。だけど、やはりジャケットというのは、それだけで完結した作品だと思う。特に自分が使いたいJAZZにはクウォリティが高いのが多いし。だから、やはりいくら文章を付加しても、それとジャケットに主従関係を持たせて、引用と言い張るのは無理じゃないかというのが私見だ。もっともこの人も「法律の専門家じゃない」とちゃんと断っていて、自分も同様なので結局は専門家に聞いてみないと分からないのだけれどもね。

それよりも、すごく気になったのは、この人の記事のテーマ、「tumblrの著作権について」だ。記事から「転載」じゃなくて「引用」(笑)させてもらうね。

「ということで、このままやめてはもったいないので、tumblrの、現在よく使われるという機能を試してみました。要は、ネットサーフィンして気に入ったり気になったところのメモとして手軽に利用することです。」
こっちの方が問題じゃない?他人が書いた文章だって立派な著作物。
訴えられるかどうかってことでレコード会社ほど怖くないってこと?
書いた人の権利を侵害する行為だと思うけどな。
tumblrって引用じゃないから。ただのコピーだから。
一行でも自分の意見が入ってれば、主従関係に解釈の余地があるけど
ただコピーして貼付けて公開してたら、引用という解釈は不可能。
言いたかったのは、それだけ。

最初、何言ってるのかさえ理解できなかった。っていうのは、tumblr使っていながら、自分は原始的なリンクはりしかしていないので。多分、この人はオイラのtumblr見てない(笑)。もし見たら、多分噴き出されるので見て欲しくない(笑)。リンクはりについては説明不要だろうが、超初心者講座を臨時開催すると以下の通りだからね。

「マルティメディアと著作権」

無論、この人が問題にしているのは単純なリンクではない。たぶん、tumblrのReblog機能だ。

「caramel*vanilla」「Tumblrにまつわるエトセトラ」

はや、tumblr暦、数ヶ月。恥ずかしながら、さっき始めてこの機能を知りました(笑)。要するに、他人の投稿をそのまま自分の記事として、手軽にpostできる機能だ。「著作権侵害」で「転載」というのは、おっしゃるとおりだ。もし勝手にやって、相手から訴えられたらどうしようもない。
でもtumblr開発者のために勝手に弁明してあげると、登録しあったfriend同士なら、転載もお互いに許可して、情報共有空間を手軽に作り出して、楽しんでもらえたらということなのだと思う。そういうコンセプトとしては、なかなか時代の先端を行く魅力的な考え方だ。但し、そのためにはReblogしあうためのルール作りが必要だろう。調べてないけど、friend登録するに当たって、そもそもReblogを認めるのを前提条件にするとか。
もし赤の他人同士がこれやったら、法律違反なだけでなくトラブルの元だ。要するにtumblrという、一種の共同体に参加する基本ルールとしてのReblogをどう浸透させるかという問題なのだと思う。もっとも、現状ではそういうことを考えずに、著作権侵害を平気にやっている人間のほうが多いのだろうけど。それはそれで、現在のネット社会らしいとも言えるのだが、ヤッパリ御指摘の通り「法律違反」だからねえ。ある程度は自覚はしなくちゃね。

というわけで、我が唯一のtumblr friendの、きよきよ氏の記事をReblogしてみた。きよきよさん、もし私を著作権法違反で訴えるおつもりなら、早急にご連絡ください(笑)。

「MONOGUSA collection」

将棋連盟の理事選の結果を受けて

「日本将棋連盟が米長会長を再選」スポーツ報知

別にどの記事でも良かったのですが、「総会で女流棋士の独立問題などを報告」と、入れてあるのが気に入ったので。今時誰も使わない表現を用いると「想定内」ということでしょう。
棋士のブログでも、総会の様子について部分的に伝えてくれています。

「渡辺明ブログ」 「棋士総会」

無論竜王は、その場の雰囲気を客観的に伝えてくれているだけなのですが、「名人戦問題があった昨年はピリピリした雰囲気でしたが、今年はそんなことはなく淡々と進みました。」というのを読むと、「女流独立問題は?」と思わず素朴に問いたくなってしまいます。やはり、「ソト」と「ウチ」では相当温度差があるのかもしれません。他にも書いてくれている記事があります。

「遠山雄亮のファニースペース」 「総会、その後」

なるほど、「選挙だけではなく様々な議題が話し合われました。」とあるので、竜王ブログと読み合わせると、冷静に女流の問題も含めて話し合われたということなのでしょう。
ところで「週刊ヨネナガ」の「将棋の話」の「理事選」を読むと、「名人戦と女流問題は、既に決着したものとして前に進もうという人が5名。そのふたつこそが問題という人が3人です。」とあります。当然「3人」が誰なのかと、その選挙結果が気になります。こういう場合、今までなら鼻くそでもほじって酒でもかっくらいながら「勝手に将棋トピックス」の更新、まだかよ、・・(まあ、自分みたいな人間ばかりなので休止にもなるわけです)ということになるわけですが、これからはそういうわけにもいきません。ということで、何年ぶりかに意を決して2ちゃんに行ってきましたよ。やっぱり相変わらずだなあ。まあ、必要な情報だけはすぐ見つかったので、そそくさと帰ってきました。やはり、もう行くまいと思いました。
さて、情報ソースがそういうことなので、一応実名は書きませんが、一名のみが三人の中から当選ということのようです。棋力でも今なお若手を脅かし、人間的にも魅力があり、理論的な教養人で、場合によっては「ケンカ」も出来る根性のありそうな方です、などというと、「実名さらしているのと同じだろ」というツッコミが聞こえてきそうですが。孤軍奮闘で大変でしょうが、頑張っていただきたいものだと思います。
ところで同じ「将棋の話」の「新体制」に「女流棋士の問題は本来女流同士の話です。6月上旬には一応の結着がつく筈です。」という記述があります。「本来女流同士の話」とか「一応」というやわらかめの表現になっていることに注目してしまいます。これだけでは判断できませんが、仮に女流同士の話し合いを尊重するということならば、歓迎したいと思います。勝手読みに過ぎないのかもしれませんが。また、たとえ一名とはいえ女流問題に異論のあるという理事が当選したのですから、無論理事会全体もそれを無視できないはず、とやはりこれも希望的観測で言っておきましょう。
これから二年間、これまで以上の難問が待ち受けているのかもしれませんが、会長以下理事の皆様方の大局的見地から見たご健闘をお祈りします。

「勝手に将棋トピックス」更新休止関連記事リンク集も更新しておきました。

「MONOGUSA collection」も、よろしかったらご覧・・いや「見やがれ、見ないと承知しネエゾ、コノヤロー、ダンカン」(ビートたけしの口調で)、えっとすみません、キレてしまったのは、あまりに見ていただけてないようだからです。こちらに、理事選についての余計な話も書いておきました。

「勝手に将棋トピックス」更新休止関連記事リンク集

やはり、この件については反響が大きいようで、次々と記事が書かれています。昨日私はやや感傷的になって、自分のくだらない思い出話ばかり書いてしまったことを反省しているのですが、これらの記事を読むと、いかに、もずさんが様々な将棋ブログを励ましたり支えていたのかが今更ながらよく分かります。
その中で目を引いた記事がありました。この点については敢えてふれずにおこうと思っていたのですが、恐らく多くの人間が釈然としない気持ちを持っているであろう問題について、「三軒茶屋別館」さんが、冷静にきちんと書かれているので引用させていただきます。もずさんがコメント欄について書かれていることと考え合わすと、やはり更新休止とは全く無関係とはいえないのではないかという気がしてしまいます。

「ただ、情報の収集と補正、衡平感の確保のために開放されていたコメント欄の一部の人間による私物化はとても困った問題でして、勝手に将棋トピックスさんが休止を決断されるに至った遠因にはなってるんじゃないかと思います。」

さてと、気を取り直してリンク集、いってみましょう。といってもYahoo、goo、Googleのブログ検索にかけてみただけで、もずさんみたいに徹底的に調べる気がない(笑)、っていうか他に方法が分からないので、抜けているものもあるかもしれません。ご存知の方がいられたら、教えて下さると助かります。一応時系列に並べてあって、今後も随時追加していく予定です。

「kiyokiyo”00”」 「勝手に将棋トピックスー4周年を迎えて」
「即席の足跡《CURIO DAYS》」 「勝手に将棋トピックスが・・・」
「三軒茶屋別館」「ニュースサイトって大変ですよね」
「Takodori's Self-brainstorming How to Promote Shogi Globally」 「4周年を迎えて」(勝手に将棋トピックス)を読んで」
「ごきげんDEブログ」「いよいよ大詰め」 
「戎棋夷説」 5/25
「のべのげPart3」「勝手に将棋トピックス定期更新終了」
「せんすぶろぐ」「勝手に将棋トピックス休止について思うこと」
「40代病人夫婦日記@大田区西馬込(旧・腰痛日記@川崎追分町)」「ショック 「勝手に将棋トピックス」が更新中止」
「MA vie quotidienne」「残念なニュース」
「即席の即席《CURIO DAYS》」 「勝手に将棋トピックスの価値」(愚記事についても取り上げていただいています。ありがとうございます。)
「うぐいす」「理事選の結果が発表されました」
「Cablog Annex」「勝手に将棋トピのはてブ」
「クワバラの重い月」「ブログ休止」
「将棋ファンが読む、将棋以外の本」「勝手に将棋トピックスが停止」
「Cablog Annex」「なんかブログって一昨年くらいに「終わった」はずなのだが、今一度コメント欄について」
「五月兎の赤目雑記」「「勝手に将棋トピックス」に何か賞でもあげたい」
「戎棋夷説」 5/30(たった一行の記述なのですが、とても気持ちがよく分かるもので 笑)
遠山雄亮のファニースペース  時期外れ感もありますが
「遠山雄亮のファニースペース」「勝手に将棋トピックスについて」

「勝手に将棋トピックス」が休止・・・。

「勝手に将棋トピックス」 「4周年を迎えて」

まだ、全然気持ちの整理とか出来ないで書き始めています。
最初このブログを書き始めて、闇の中を歩む感じでいたときに、最初に紹介していただいたのもこちら様でした。「と金通信局」のようなレベルの高いところと一緒に紹介していただいて、とても励みになったものです。ブログ書いている人なら分かるでしょうが、取り上げてもらったり、少しでもほめられるとすごくうれしくなるものなので。瀬川問題の時も、リンク集の中の片隅にいつも加えていただきました。あの時はファンの一体感のようなものがあって、その元締めが、もずさんでした。また、こういう甘えた性格なので、記事で、もずさんを「お笑い」挑発するようなことを書いたりもしたのですが、嫌な顔ひとつせずにコメントをつけてくださったりもしました。
再開後も、カウンタだけは動いていたのですが、実際読まれている手応えがなくて、またしても甘えて、もずさんを「お笑い」挑発(オレ、最低だよ)してしまったら、やはりコメントをつけてくださいました。今思えば、相当お忙しいところにとんでもないことをしたと、穴があったら入りたい気分です。
女流問題について、これだけ好きなことを書き散らすことが出来たのも、何を書こうとも、もずさんがちゃんとした情報収集や分析をして、皆それを見るだろうから大丈夫という気持ちが相当強かったのです。正直、もずさんのいないところでこの問題を書き続けるのは相当つらいです。
あの圧倒的な情報収集力。読む側なんて勝手なもので、当たり前のように読んでしまうわけですが、もうすこしご苦労とか考えるべきでした。遅すぎるけど。現実問題、もずさんがいなくなると、女流問題などについて、正確な情報源が今以上になくなるので、本当に困ります。「詰将棋メモ」さんが、コンピューター将棋関係でやられているような事(やはり、もずさんも相当高く評価されていたようですね)を、女流問題のような将棋界の話題でも、誰かやってくれないものでしょうか。
その収集した情報に対する「分析」は、もう誰にも真似の出来ない、もずさんだけの世界でした。この種の問題については、冷静に分析するのは至難の業なのですが、感情的にもならず、かといって遠慮などしないで言うべきことをきちんと言う姿勢。この種の問題を自分でも書いてみて、本当によく分かるのですが、いかに難しいことなのか。無論自分などと比較したら失礼もいいところですが。その苦労など微塵も感じさせずに読ませてしまうのが、もずさんの腕前でした。書いている内容自体については快く思わない立場の人間でも、気持ち的には決して不愉快にはならなかったのではないかと思います。
無論、ページの内容や質の高さもそうなのですが、やはり、あの誰にも嫌われずに慕われる性格が大きかったのだと思います。結局は、あの人柄ですよね。
でも、考えてみれば、あれだけのことを書けて、ああいう人柄の方が、ご本業のほうでお忙しくならないわけがありません。これだけの長期間、将棋ブログに関わっていただいたことに感謝すべきで、後はご本業でのお忙しさをお祝いして、快く送り出すべきなのでしょう。本当にありがとうございました。

と書いて終わりにしようと思ったのですが、やはり相当に諦めの悪い性格なので(笑)、やはり最後はおねだりを。さっき、この記事のコメント欄を見たら、やはり皆さん、たまにでもいいから更新していただきたいということのようです。まったく同感です(笑)。
もずさんのようなパーフェクショニストの方には、たぶんこだわりがおありで、中途半端な形で続けるくらいなら、やめたほうがいいということなのでしょう。しかし、今回のように「月刊」、本当に月一回でもよいから、情報収集のほうは放棄されてでもよいので、何か好きなことだけでも書いていただけたら、どれだけファンとしてはうれしいことでしょう。無理なお願いかも知れませんが、やはり言わずにはいられませんでした。
それと、きよきよさんが「kiyokiyo”00”」で書かれていたように、私どものtumblr仲間に入られるのはいかがでしょうか、って、あのねえ、きよきよさん、いくら冗談でも、それだけは絶対に無理ですって、ホントに・・(笑)。

週刊将棋5/23日号を読んで

第十七回コンピューター選手権について、伊藤毅志氏が書かれている。やはり今回注目だったのは、棚瀬将棋が従来の東大将棋を放棄して、一からプログラムを組みなおして参加したことだろう。評価関数に自動学習を使っているらしい。唯一敗れたYSS戦も詰みを逃すプログラムの不都合だったことを考慮すると、実質全勝優勝だったわけで、やはりまだ「自動学習」のインパクトや猛威は続いていることなのかもしれない。ボナンザショックいまだといったところか。自動学習のことを考えると、今後も後発ソフトに突然すごいのが出る可能性だって十分なのだ。従来のソフト作成の経験的蓄積が無効化されかねないわけで、YSSなどからすると「絶対負けられない」のだろう。無意味な仮定だが、もし私が新たに将棋ソフトを作成するとしたら、次のようなことを考えるだろう。
”床全愎瑤砲蓮基本的には自動学習を用いる。但し、人間が設定する基本部分については、「絶対間違いのない範囲」で、なるべく可能なだけカバーする範囲を広げる。保木氏は、将棋はシロウトで、それだけにシンプルな方針しか示していないのが効を奏したのかもしれないが、やはりなるべく基本方針の情報が多いほうが、評価関数の精度は上がると思うので。そんな単純な話じゃないのかな?
基本的には全幅探索を用いる。但し、選択探索との併用で、その手法については激指の実現確率探索のような「狭く深く読む」方式を使う。両者に置く比重を、序盤、中盤、終盤で変えてみる。
終盤については、評価関数だと、どうしても致命的な見落としが出る可能性がある。だから、終盤についてだけは、なるべく人間の手を入れた方法を採用する。詰み、必死以外にも、詰めろ逃れの詰めろ、何手すき、詰めろの連続、千日手に持ち込む手法、など覚えさせられるかぎりのテクニックは全て教え込む。その上で、選択探索を狭く深く活用させて、詰みに至る前のなるべく長い手数まで読むことが出来るようにする。
といっても、こういう事は、分かっていても実行するのがきっと大変なことなのだろうけれどね。私自身は学生の時、文系でも必須でやらされた、アルゴリズム作成で・・以下略。本当にそのテのことはダメだ。数学はそんなに苦手じゃなかったので、やはりプログラミングには独特のセンスが必要なのだろう。

名人戦の記事。北浜氏が指摘しているが、実はあの終盤結構難しかったらしい。森内名人だけがそれを把握していたらしい。どうみても、簡単に攻め切れそうに見えたのだが。やはり、プロの将棋は奥深い。
それと投了図以下の手順。「せんすぶろぐ」の当該記事コメント欄を見ると。▲5ニ金としばるのが簡明で先手勝ちらしい。確かにそうだ。でも、BSで佐藤二冠が指摘していた勝ち手順も気になる。記事に書いてあって、「△7九銀▲同金△3八飛▲7八歩△5九飛成▲2一角成△4ニ玉▲5四歩△3二歩▲1一馬で、攻めがつながる」、か。って、まだオイラにはその後どうなるのかが分からねーだ。困った、これを考えるとまた「夜も眠れそうにない」(最近お気に入りのギャグ)。

やはりネットでブログをしてくれている棋士には親近感がわく。片上五段もその一人で、特に私はもう頭が上がらない。当然連載の「片上大輔五段の対局ウォッチ」も熟読玩味だ。「プロの芸」を我々に伝達させるという意図をブログ記事でも書かれていた。今回は歩の手筋。
阿久津五段の手筋がかっこいい。パズル的な妙味で、「なるほどーー。」(中倉彰子女流の口調で)となる。今のコンピューターは、こういう手筋もしっかり読むのだろうか。
片上五段は、竜王戦4組で優勝された。本戦での御活躍も、陰ながら精一杯応援しよう。


中倉姉妹が、インターネットラジオデビューするとのこと。NHKの司会では、さすがにお二人ともソツなくこなしている。しかし、「将棋プラス」の女流の素顔2/16から3/16などを見ると、相当「面白姉妹」なのだ。これもかなり期待できそうだ。今日12時ごろにアップされるそうだが、そのころは私は酔いがまわって、おネムが入っているだろうから、明日ゆっくり見ることにしよう。特に、独立新法人応援派は、一度といわず何度でもアクセスすべし。姉妹のブログ記事で紹介されている。

「あっこ&ひろみのオフィシャルブログ」 「radio boxx」


将棋tumblrのMONOGUSA collectionも、よろしかったらご覧ください。

「コンピューター将棋の進歩1から5」(松原仁編著)を文字通り斜め読みして

最近はコンピューター将棋のことを考えると「夜も眠れない」、・・というギャグのオリジナルを今の若い人は知っているのだろうか。といいつつ、私自身その漫才師の名前をド忘れしている。既に老化が始まっているのだろうか。「地下鉄の車両をどうやって地下に持っていくのかを考えると、夜も眠れません」で一世風靡したのだが・・。
「コンピューター将棋の進歩1から5」(松原仁編著)を読んでみた、というのは全く事実に反する。私にとって、アルゴリズムはギリシャ語と同義だ。まともに読むのは苦行そのものである。しかし、人間には「読み飛ばす」という素晴らしい能力がある。五冊の本を数時間で読破してしまった。松原先生には心からお詫びする。
5までには、まだボナンザは登場しない。「アマトップクラスに迫る」というレベルまでの話である。
人間が将棋を指す場合は適当に読んでいればいいだけで、「将棋の根本的特性」のことなどは一秒も考える必要はない。しかし、コンピューターに「教える」には、根本の将棋の特質を考える必要がある。柿木氏が「将棋の場合、盤面が広い上に、動きの小さい駒(古駒).が多いので、駒の価値が位置によって大きく変化する」と指摘している。確かに言われてみればその通りだ。そういう意味で、ソフトの開発は、「人間が無意識に将棋を指している」のに対して「考えていることを明確に言語化して理論的に示す」という効能もあるのではないかと感じた。
今回優勝したYSSの山下氏も、ご自身のアルゴリズムを解説している。具体的にどの場合には何手先まで読む、具体的にどういう局面にはどういう対応をする、ということを本当に事細かに決めているプログラムである。この苦労を知れば、YSSを応援する気にもなるのだが、「人間的な苦労は省いて開発した」のに「棋風はきわめて人間的」なボナンザの肩を持ちたくなるのが、どうにも困ったものである。
他にも種々のプログラムの開発者が、自身のアルゴリズムについて解説している。しかし、基本的には「選択探索」を有効に用いるために、いかに省力化し、正確にするのかを研究するということが基本線で進んできたということらしい。やはりボナンザは突然変異体である。「評価関数」については、多少の違いはあっても、特に大きく異なるものはないようだ。もっとも、それはボナンザについてもいえることで、人間の設定する「評価関数」基準が極端にシンプルだけだが。
第五巻の、「付録 名人を目指すコンピューター将棋の課題」だけはしっかり読んだ。飯田プロが、第14回コンピューター選手権の棋譜を分析していて、とても参考になる。いくつか列挙してまとめてみる。
/祐屬蕕靴「手をわたす」のが苦手である
△い錣罎「振り飛車らしいさばき」が苦手である
6霪世任呂覆ご霆爐之狙判断すべきときに出来ない
し狙不利の時に人間のように「勝負手」をはなてない
(この出版時点では)簡単な詰めろ逃れの詰めろを読むことが出来ない
どれもすぐ納得できることである。但し、分かっていてもそれをどうプログラムに反映させるかが相当難しそうなのだが。
それと「渡辺竜王vsボナンザ」の終盤のナゾについて、飯田プロはこの時点で既にはっきり把握できているように感じた。さすがだ。具体的には
‘辰坊蠏О呂い両豺隋▲灰鵐團紂璽拭爾牢峭腓い魴彁擦垢襪里苦手だ。飯田氏は具体的な説明は省いているが、あの穴熊特有の駒を何度も埋め込んで粘る守り方がある以上、読む必要のある手数が伸びやすいはず。全幅探索でも選択探索でも、先読みできる手数には制限があるので、コンピューターが正確な結論を出すのがむつかしいのだと思う。
⊇盤でも、コンピューターは最後まで読みきって指しているわけではない。その場合指し手の選択基準が、どうしても駒の損得が基本にある「評価関数」で判断せざるを得ない。したがって、「踏み込んだ切り札の手」よりも「総合的な評価は高いがヌルい手」を高く評価して選ぶ危険がある。逆に言うと、相手方のそういう手も軽視することになる。もうお分かりだと思うが、ボナンザが渡辺竜王の3九龍を軽視した根本的な理由がこれである。
最後に、飯田プロがコンピューター将棋の終盤のポイントを実に明快に述べているので、引用して終わりにする。もっとも、これだけ良く「分かっている」飯田プロでもそれをプログラムに反映させるのが難しいのが大変なところなのだろうが。
「終盤の直線的な攻め合いに入る前の、いわば曲線的な攻め合いで正確に間合いをはかって相手玉に迫るスキルを高めるのがコンピューター将棋の重要な課題といえる。」


高田渡の処女作にして最高傑作「ごあいさつ」を聴きながら。近年亡くなったのだが、晩年の志ん生ばりの仙人ぶりは最高だった。横浜ジャズプロムナードの、赤レンガ倉庫での渋谷毅とのライブを見に行ったのが懐かしい。「わたくしははコードなんか三つぐらいしか知らないもんですから、こうしてすべてわかっちゃっているジャズファンの前でやるっていうのはどうもね・・」てな調子で。それをニコリともしないできき流し、最高のピアノ伴奏をつけ続ける渋谷。やはり世の中には凄い人たちがいると思った。歌謡フォークとは一線を画する、日本のブルース、とさえも形容不能な独自のスタイル。仙人のご冥福をお祈りする。

女流棋士独立問題雑感17‐独立新法人参加オリジナルメンバー一覧

「女流棋士新法人設立準備委員会ブログ」での、各メンバーの自己紹介が一通り終わりました。とてもいいアイディアでしたね。ちょっとしたことなのですが、「ファンのほうを真正面に向いている」という態度が明快です。将棋の世界というのも、基本的には「客商売」です。その点では、他のスポーツとも芸能関係ともなんら変わりはないわけです。だから、彼女たちのしていることはいわば「当たり前」のことなのですが、これだけ新鮮に感じてしまうというのが、現在の将棋界にとっては不幸なのかもしれないとも思ったりもします。
それはともかく、自己紹介順に、一応全十七名の名前をあげておきましょう。(敬称略)

中井広恵
藤森奈津子
蛸島彰子
多田佳子
北尾まどか
島井咲緒里
藤田麻衣子
中倉彰子
中倉宏美
石橋幸緒
神田真由美
大庭美樹
大庭美夏
松尾香織
山下カズ子
寺下紀子
鹿野圭生

自己紹介には、それぞれの個性が良く出ています。ベテランと若手が一体になって楽しくやっているという雰囲気も良く伝わってきます。
最後にコメントを出した鹿野さんは、時々テレビの聞き手などで見かけますが、「キップのいい姐さん」といった風情のある人です。その彼女の自己紹介がなかなかふるっています。新法人に参加するのを「清水の舞台から飛び降りる気持ち」ですって(笑)。この場合絶対使ってはいけない表現だとは思うのですが、こういう関西ノリもなかなか楽しい。正直すぎます。でも関西からの参加はただ一名だそうなので、これくらいの肝っ玉がないとダメなのでしょう。大変でしょうが、本当に頑張っていただきたいものです。彼女の「伝説の発言」を、あとでみんなで大笑いできるようになるといいですね。
中井さんが公式コメントで言われていた通り、「他の女流が安心して参加できる環境を整える」という感じでやっていただきたいと思います。あとは、心ある女流や、心ある男性棋士や、心ある将棋関係者が何とかしてくれるでしょう。随分無責任な言い方ですが、そう信じなきゃやってられないのでね。「超楽観的」形勢判断で見守りつつ、とにかく応援のみは続けようなどと思っているところです。
あっ、そうだ。参加メンバーは、最初に書いた通りに、あくまで「オリジナル」に過ぎないということで・・・。

名人戦第四局、佐藤将棋について

名人戦第四局、森内名人が攻めつぶしましたが、郷田さんも少なくとも堂々とした受け方をするという自分のスタイルは貫いたようです。やっぱり、第三局が・・。
初日のBS放送で、第一局の「せんす事件」の映像の一部が流されていました。本当に森内名人、鼻血を出したのですね、片方の鼻にティッシュをつめていました・・。驚きました。立会人たちの話し合いが終わって、一件落着したときの映像だったようですが、険悪というより、お二人とも気まずい、恥ずかしいという雰囲気のようにも見えました。やはり不仲な二人ということでは全然ないようです。ああいうのを流すのも基本的にはいいことなんじゃないかと思います。
当たり前のように攻めきっていましたが、▲4三歩とか参考になりますよね。もっとも解説の屋敷さんも、当たり前のように事前に指摘していましたが。さすがです。一方聞き手のBankanaちゃんは、やっぱりカワイ・・(ハイ、おなじみのオヤジ感想。こういう書き方は、やはり匿名ブログの特権で、さすがに実名では恥ずかしくて書けないだろう。実名ブログだったら「坂東香菜子女流二級の清楚な聞き手ぶりに好感がもて」とかやるのかね。どっちかって言うと、こちらのほうが恥ずかしいような気もしないでもないが・・。)
閑話休題、投了図後の△7九銀以下の手順、囲碁将棋ジャーナルで、佐藤二冠が解説していました。△7九銀、▲同金、△3八飛、▲7八歩、△5九飛成、▲2一角成、△4二玉、▲5四歩、までは教えてくれたのだが、その後略されてしまった。
「大逆転将棋」だったら、少なくとも私は絶対勝ちきれません、って威張るなよ。週刊将棋を待つとします。
やはり、森内名人の強さが際立ちました。やはり第三局の▲7五歩で流れが変わったのか・・。日本シリーズとかでも、必ず後づけ的に「あのプレーが」とか言われるのですが、そういうのは結果論じゃないかと思います。これで、三番勝負になったのですから、そう思って楽しみます。森内さんは完全に本来の実力発揮だし、郷田さんも少なくとも普段通りの指し方には戻したのだし。

おととい、佐藤将棋について、あんなことを書いてしまったら、佐藤ファンの方からコメントをいただいて、冷や汗をたっぷりかいてしまった。コメント内容は、佐藤将棋の「合理性」とは、「少しでも得になる可能性を追求する」「多少リスクがあっても、得が見込めるのなら思い込んで踏み込んで指してみる。」ということだそうです。すごく説得力がありますよね。
おととい書き忘れましたが、端歩つき越し角交換型振り飛車についても、様々な具体的な工夫が凝らされていて、例えば先手番では、端歩を受けられた場合は矢倉にすることも想定しているとのこと。さすがに良く考えています、ってトッププロに私みたいのが言うことじゃないよね。とにかく、間違いなく言えるのは「力戦型に持ち込んで腕力で勝負」という意図ではなく(結果的にはそうなるかもしれないけれど)、「形にこだわらずに得を追求するという意味での合理性」というスタンスのようです。これもコメントの方の指摘ですが、「佐藤将棋は研究(コピー)将棋を否定しているわけではないし、「個性的」に指そうとしているのでなく、様々な可能性を深く考えるのが好きなだけ」という事だそうです。なるほど。
ということで、佐藤ファンの皆様、カンベンしていただけないでしょうか・・(笑)。

週刊将棋 佐藤将棋のこわれ方全二回雑感

将棋ファンなら、「佐藤将棋ってどうなってるの?」と思っているわけだから、タイムリーな記事です。こういう特集があると、喜んで週刊将棋を買ってしまいます。
ネットの影響で「速報性」という点では、締め切りの問題もあって週将は大変なのでしょうが、特集とか企画に活路を見出すべきなのかもしれません。あと、「ネット」では取り上げなかった将棋を重点的に詳しく取り上げるとか、解説に向いた人間、大物では先崎氏とか、若手では勝又氏とか(きっと他にも向いた人間がいるのでしょうが)を、準レギュラー化して注目局を解説させるとか、将棋時事討論会を毎回させるとか、まあ最近は毎週買ってるということで勝手な注文出してみました。
「将棋プラス」で、羽生三冠が「全く考えていることが違うのに、最後は必ずといっていいほどいい勝負になるのが不思議なんです」と例の笑顔で言われてましたが、すぐ「佐藤さんのことじゃないのだろうか」と思ってしまったのは私だけなのでしょうか。
記事では、基本的に時系列で佐藤将棋の「こわれていく様」(すごい表現だけど)を追っていくというスタイルです。平成17年王位戦第二局の「ニート飛車」!、これ、すごすぎるね。この場面だけ見ると完全にマンガです。
後、これは良く覚えているのですが、対ゴキゲンで6六歩とついて、一歩損を序盤開始早々甘受する指し方。「誰も真似しない」とご本人は嘆いておられたようですが、「誰か真似するとでも思っていたのですか」と、ツッコミたくなるよね。
最近では、やはり対ゴキゲンの9六歩が有名ですよね。そういえば、NHKの渡辺竜王の講座でも9六歩の解説を聞いたばかりです。佐藤流の9六歩にしても、遠山流の7二金にしても、結構プロ的な戦術かもしれないのに、私のように相当弱いアマでも当たり前に知っているのだから、良く考えてみれば相当すごい情報化将棋社会といえるのかもしれません。昔では考えられなかったでしょうね。
全体に、具体的な「こわれ方」(何回言ってもいい響きだ)の歴史的経過はよく分かりました。ただ、基本的に佐藤さんがどういう「理論」的根拠で指しているかというところまでは、今回は無理だったようです。松原教授が言われていた「コーチング」、その本人なりの、将棋の指し方考え方理論についてまで、つっ込んだ記事を期待します。たぶん「羽生コーチング理論」と「佐藤コーチング理論」では全然違うのでしょうから。
もっとも、記事を読んでいると、あまりご本人は、体系だてた理論で考えているというより、研究をして具体的場面について考えていると、自然と人とは違っている、というような印象を受けます。なんていうか「天然」のこわれ方(佐藤ファンには、こんな言い方したら怒られそうだねえ)と感じました。また、そういう「無理してるのでなく」、自然と人と違うというのが、やはり佐藤さんの強みなのではないでしょうか。
これから、名人戦の初日録画を見ます。

「ブロッサム・ディアリー」を聴きながら。もともと実力のあるジャズ・ヴォーカルなのですが、やはりコケティッシュな小悪魔ぶり、たまりません。オヤジ殺しです。特に最後の「ブロッサム・ブルース」というシャレで歌っているナンバーにはまいってしまう。必要以上に「ブリッ子」して歌ってます。どういう歌詞かというと、次のような感じで始まって・・。

My name is Blossom I was raised in a lion’s den
My nightly occupation is stealing other women’s men
I’m an evil evil woman but I wan-na do a man some good・・

あたしの名前はブロッサム ライオンの檻で育ったの
夜のおシゴトは他のオンナのオトコをぬすむこと
とってもとってもワルいコなの でもオトコの人にいいコトしてあげたいだけなの・・

(対訳 不肖ワタクシ)

リンクの大掃除

ほぼ二年ぶりにしました。
疲れはてました。
心が折れそうになりました。
あまりに疲れたので無関係なサイトを最後に追加しました。
すごいタイトルだけど別にアダルトとかじゃなく(笑)、
元女子プロレスラーの楽しいブログです。
連盟の下ですが他に場所がないのですいません。

さあ、飲むゾー。

昨日のボナンザ雑感補遺

昨日のボナンザ記事、結構自信満々でネットにのせてしまったが、後から自分の書いたことがアナだらけなことにどんどん気づきつつある。コンピューター将棋ビギナーだから、内容があの程度なのは仕方ないとして、やはりよく分からないことが多すぎる。そもそもこの種の問題については、もっと良く調べて書かないとだめなのだ。やっと、その当たり前の事実に気づいた。遅すぎる。次に書くときはそうする。もっとも、「ものぐさ」だから未来永劫出来ないかもしれない。
それと、あたかも自分の意見のように書いてしまったが、実は他人の受け売りそのままに近い部分も結構ある。「詰将棋メモ」「最強のフリーソフト、ボナンザ」に全部リンクされているのだが、一応その中から参考にした記事を紹介しておく。

「じょいじょいのひとりよがり」「コンピューター将棋の今」
「見えない道場本舗」「よく分からなくても楽しめる「人間vsコンピューター」将棋対決の感想戦」
「FPGAで将棋プログラムを作ってみる゛フログ」「渡辺竜王―Bonanza線を見て。必死検索は難しいのか?」
「IHARA note」「専門外の人から見るBonnanza」

それと、自分が例のBS特番を見て書いた感想、見ただけで書いているので基本的に「分かってない」部分が多いのだが、昨日書いたことの補足になる部分があるので図々しくあげておく。「NHK BS11「運命の一手 渡辺竜王VS人工知能・ボナンザ」を見て」

さてと、それでは昨日書いたことに対する多少の「自己ツッコミ」を。
終盤の「何手すき」と「詰めろの連続」について。昨日、コンピューターは苦手そうだと書いたが、もしソフト作成者がしっかり理解さえしていれば、直線的な形地の「何手すき」「詰めろの連続」ぐらいは、いくらなんでもコンピューターに理解させられそうな気がする。
問題があるとしたら、そういう「直線的」な設定では実戦的にはほとんど役に立たないことだ。つまり、そういう直線的な「何手すき」の勝負にならないようにするのが将棋の技術なのだから。むしろ「直線的」な理解は有害なことが多いだろう。だから、全ての曲線的な可能性を含めて「何手すき」を読まさなければいけないのだが、無論現在のレベルでは恐らく不可能なのだと思う。そんなことをするヒマがあったら、「選択探索」を有効活用するために「評価関数」の精度をあげたほうがてっとりばやいのだという気がする。
それと「終盤」について。コンピューターが弱いようなことを書いたが、勿論基本的には「メチャクチャ強い」はずだ。なぜなら、読む手の絶対数だけだったら、コンピューターは、トッププロをはるかに凌駕、っていうか相手にもならないレベルで読んでいるはずだから。さすがに「詰み」という終着点が近いところでは、「読みの絶対数」がものをいうはずである。昨日言ったことは「ものすごく高いレベル」での話である。もっとも、現在のトッププロは、そのレベルの終盤をしているのだと、将棋ファンとしては信じたいところなのだが。
それと昨日はふれなかったが、「時間」の問題。終盤のソフトの失速について、時間切迫の恐れで読みを早めに打ち切る傾向があることについては、BS関連の記事で書いた。本質的に、「コンピューター=時間をかければかける程良い手をさせる存在」「人間=いくら時間をかけたからといっても最善の手を指せるとは限らない存在」である。この全く質を異にする存在が、普通に対局しているということは忘れてならないだろう。つまり「制限時間設定」が、両者の対局においては文字通り死命線を握るのである。先ほどの「何手すき」の問題にしても、もし時間が無制限ならば、コンピューターにやらせる価値がある。現実問題としては、そんなことをしている「ヒマ」がないだけだ。遠い(あるいは近い)両者の力が拮抗した将来においては、「時間制」別ごとによった人間とコンピューターの対局が行われるのかもしれない。ある時間では人間が強いが、ある時間ではコンピューターのほうが追い越した、とか。
もっとも本当に時間が「無制限」なら、「将棋の神様が二人で対局したらどういう結果になるのか」という、面白くも味気ない永遠の課題に行き着くだけのことなのだが・・。

「MONOGUSA collection」のオフザケ更新も続行中です。っていうか、右の欄にやっとリンクはりました。

「一応色々調べてみて」のボナンザ雑感

ボナンザ、コンピューター将棋については、今まで何度か書いてきたが、本当に「ものぐさ」なために、全く調べずに「推理ゲーム」だけしていた。当然事実の誤認も、推理ミスもたくさんある。今回すこしだけ調べてみたので、なるべく「推理ゲーム」でない形で書いてみる。

「第十七回コンピューター選手権」はYSSが優勝、Bonanzaは四位だった。このページで、決勝などの全ての棋譜を見ることが出来るので、上位四位までのソフトの対局を適当にチョイスして鑑賞してみた。その結果痛感するのが、いかにボナンザが「異質」なのかということだ。有名な無理攻めなど、とても指し手が人間的である。優勝したYSSは、逆にいかにも「コンピューターらしい」。両者が対局した棋譜に、その特徴がよく出ているので興味のある方は見られるとよいと思う。正直言ってボナンザを応援したくなってしまう。
この両者は、ソフト開発の手法も対極らしい。ボナンザが「評価関数」(形勢判断基準のこと)を、基本的な設定だけをして、あとはコンピューターに六万局以上の棋譜を与えて「自動学習」させているのに対し、YSSは、「評価関数」について、ソフト作成者自身が「ヒューリスティクス」(絶対ではないが、ある程度正解に近い解を得る方法)を研究して進化させてきたらしい。普通に考えれば、棋風が逆になってもおかしくないのに、ボナンザのほうが「人間的」というのが不思議である。
恐らく、ボナンザの「評価関数」が、とても素直でシンプルな方針しか示していない分、「不自然」な考え方をしないためなのかもしれない。つまり、俗論では「人間的」と「合理的」は対立概念だが、きちんとした「合理性」を徹底して追及すると、意外に「人間」に近づいてくるのかもしれない。まあ、ここら辺は相変わらず「推理ゲーム」だが。

ボナンザの基本特性を復習しておく。「評価関数」を、六万局以上の棋譜で自動学習している。▲船Д垢「全幅探索」を導入している。但しこれについては、今回のバージョンアップで「選択探索」も併用するようになったらしい。具体的には、浅い手数については「全幅探索」で全て読み、複数の手の候補については、「選択」して深く読むという併用型らしい。(確かなことはいえない。)5佑潺廛蹈哀薀爐鯏觝椶靴討い覆ぁJ殘攣瓩砲茲襪函◆屮船Д垢任呂修Δ靴討覆ぁ廖△らだそうである。

すこしボナンザの「評価関数」について考えてみる。
「自動学習」といっても、完全にコンピューターが全て考えているわけではない。基本的な「評価関数」の基準だけは保木氏が設定し、それを具体的にどう局面に適用するかを「学習」させているそうである。もし、今後ソフトに革命的なブレークスルーが起こるとしたら、基本的な「評価関数」をコンピューターが自分で見つけることだろう。但しさすがに現在の「人工知能」でも、そういう「理解認識」の根本を自分でやるのは一番苦手らしい。もし、それが出来たら、恐らく棋力が飛躍的に伸びるような気もする。人間にとっては、プライドを傷つけられかねない恐ろしい事態ではあるが。
具体的に判断基準として、保木氏自身が述べているのは「将棋タウン」の「形勢判断の仕方」の「終盤に入ってさえも駒割りの判断基準は生きている。」を信用しているとのこと。つまり、根本には「駒得、駒損」のシンプルな判断基準が生かされているということである。
無論それだけではない。ゞ陲梁仔性囲いの堅さ7舛里茲(機能的な駒の配置になっているか)ざ陲瞭き(駒が捌けているか、睨みをきかせているか)などであるらしい。これらを見ると、これ以上は考えられないというくらい、とても「自然」な考え方である。だから、序中盤についても、コンピューターらしい「偏った」手でなく、バランスの取れた「人間らしい」手が指せるのかもしれない。
ただ、本質的には「評価関数」というのは、数値化した「参考意見」に過ぎない。人間のように、全体を理解認識した感覚、思考が出来ているわけではない。したがって、一手ごとに形勢判断が大きく揺れたりすることになる。連続した感覚で考えることが、一番コンピューターには苦手なのだろう。但し、それだけに人間のように「流れ」で考えないから、その局面だけ独立させた妙手を先入観なしに発見できる可能性がある。一番いい例は、渡辺竜王戦での6四歩だろう。

渡辺竜王戦で話題になった「意外な終盤のもろさ」について。
これも「評価関数」が大きく関係してくる。序中盤においては「間違った手」をさしても、即負けになるわけではない。しかし、将棋というゲームにおいては、「一手の誤り」が終盤では致命的である。即「負け」になる危険がある。ところが、「評価関数」というのは、数値化した意見なのではっきり「負け」になっても、単にマイナス値が大きくなるだけである。それが「評価関数」を使うコンピューターの、終盤の弱点になるわけだ。ボナンザだけでなく、市販の「激指」や「東大将棋」なども、「3九龍」の場面で、負けをきちんと認識できていなかったらしい。
これは既に一度書いたが、羽生三冠が松原教授との対談で、「将棋はゴルフでいうグリーンまわりがものすごく難しいという印象がある」と述べていた。今言った、終盤の「一手バッタリ」を念頭に入れた発言だろう。そして、これは単に感覚的に意見なのでなく、実際に手の「確率」ということでも、終盤の入り口あたりで多数の手の中から唯一の正解を選ぶのが至難なのではないかと思う。特に将棋の場合「持ち駒制」なので、選択可能手の絶対数は、全然減らないどころか増えるかもしれないので。つまり、コンピューターも、その点では人間と同条件だということだ。いくら「全幅探索」を使っても、現在のレベルでは数手先までが限界なのだから、「唯一の正解手」をコンピューターが見落とすのは、むしろ必然なのかもしれない。
コンピューターは、「詰み」については当然全知全能である。保木氏によれば「必死」の概念も理解しているとのこと。ただ「何手すき」とか「詰めろの連続」については、理解できているという意見とそうでないというものが分かれているようだ。コンピューターが「連続の流れ」を認識しづらい以上、やはり「詰み」と「必死」以外については、苦手なのではないかという気がするのだが。ただ、これについては、そうした「何手すき」のような概念を正確にコンピューターが実行できるように改善可能な気もする。但し、現在以上に「読む手の絶対数」が飛躍的に伸びないと無理だとも思うが。
また、どの時点で「終盤の感覚」を導入するかを理解させるのが難しいだろう。人間なら、どんなに弱くても「さあ終盤だ」と分かるが、その簡単なことをコンピューターに理解させるのが、実は至難の業なのだから。
どちらにしろ「終盤」は今後ソフトの重要課題になっていくのだろう。

「詰将棋メモ」が、コンピューター将棋関係では、ダントツで充実している。まさにリンクの鬼で、私は今回そのボナンザ関係を読んでこれを書いた。

「詰将棋メモ」 「最強のフリーソフト、ボナンザ」

保木氏は、いまだにボナンザをフリーで提供し続けている。いくらでも「商売」になるはずなのに、相当自分なりのしっかりとした考え方、価値観、世界観がある人なのだと推測する。そういう人間がつくったソフトだから、ああいう「人間らしい」素晴らしいソフトになったのだといったらオカルトになってしまうが。
私自身、つい最近フリーソフトをダウンロードして「ボナンザ体験」をしてみた。「人間らしい」攻めでボロボロにされて負かされたのだが、とても心地よかった。もしまだだという方がいられたら、下記からどうぞ。

Bonanza‐ The Computer Shogi Program

プロ棋士も是非このスタイルでの自戦記を

例によって、「大和証券杯ネット将棋・最強戦」(長いが楽しませてもらっているので、スポンサー名をちゃんと書きました)を待ちながら、これを書いています。今、6:37なのですが、なんと対局室には既に森内名人の名前が・・。慎重派過ぎるぜ、さすが名人。

最近は、方々のプロ棋士のブログで自戦解説を読めてうれしいかぎりです。一方、さっき「kiyokiyo”00”」をされている、将棋tumblr仲間?(勝手に言ってるだけ)のkiyokiyoさんの最新の自戦記を読みました。

「きよきよのしょうぎばん」 ■[自戦記][矢倉]三手角戦法

このような棋譜再生方式のほうが、絶対いいですよね。幾つかの譜面を並べる方式と比べると、二次元から三次元へ移行するくらい全然違うので。それに、そもそも棋譜全体を把握できるし。
やっぱり、24の三段は強いっす・・。しかも、楽しくてためになる解説付きで。私はアマの方の自戦記は全然読まないのですが、今はもうこの方式が主流なんですかね。
余談になりますが、たまにフラッと24に行って、高段者の将棋を観戦します。(最近は全然自分では指してない。)お目当ての、たとえば「HAHAHAHAHA」さん(面白い将棋を指されますよね)とかが来てない時は、テキトーに二三段の将棋を観戦したりします。自分よりすこし強いくらいの(いやっ、今さりげなくサバ読んでしまった、本当はかなり強いといわなければいけない)人の将棋を見ると、ある程度分かるし楽しいしためになるので。
えっと、これからが一番いいたかったことなのですが、プロ棋士の方々も、せっかくネットで書くのなら、是非この方式を採用していただけないものでしょうか。もしかすると、棋譜の著作権の問題が絡むのかもしれませんが、連盟と主催紙との間で、基本的なルールさえ決めてもらえれば、可能なのではないかと思うのですが。本当に読んだインパクトが強かったもので、こんなことを言わせてもらいました。
これも余談ですが、棋譜の著作権については、現在その位置づけがあいまいなままで、そもそも著作権が成立するのかという議論もあるようです。ご存知の方も多いと思いますが、最後にこの問題についての決定版を紹介しておきます。相当読み応えあります。(笑)

「もずいろ」 「棋譜と著作権にまつわるMEMORANDUM」
「もずいろ」 「棋譜の扱いに関するトピックス」

羽生善治「決断力」

連休中にコートダジュールで優雅にこの本を読みました、・・ってこの法螺ネタ使うのはもう二回目だ、もうしませんから。
アイディアの玉手箱のような本で、読む人によってそれぞれ引っかかる違う場所があるのだろう。とにかく彼は柔軟な頭の持ち主で、外部から入ってくる様々な情報を綿が水を吸収するように、なんでも将棋に生かしてしまう達人なのだと思う。
いくつか、自分が「引っかかったところ」を紹介しておこう。

「手を渡す」「やわらかい手」
指し手が見えないときや、直線的にいっては駄目な時に用いる手段。いうまでもなく、羽生将棋がもっとも得意とする手である。自分の力では及ばない「他力」に任せることを逆手に取るという発想。羽生氏が、それが一番得意だったのが大山先生だったと述べているのが興味深い。
「直感、大局観で指す」
直感の指し手は70%正しいそうだ。確か谷川先生も似たようなことを述べられていた。こういう話を聞くと、やはり「才能」がものをいう世界なのだろうと思う。どんなに一生懸命読んでも、「直感」だけはなかなか鍛えようがない分野なので。ここでも大山先生がその達人だったと指摘しているのが興味深い。「ハッキリいって、大山先生は盤面を見ていない。読んでいないのだ。」その代わりに相手の考えや心理を読む達人だったそうである。大山将棋は、やはり古くて新しい。
「集中するこわさ」「狂気の世界」
本当に集中したり、完全に将棋の世界に入り込んでしまうときのコワさについて語っている。「ココロがついていかなくて、いわゆる狂気の世界に近づいてしまう。」「入り口はあるけど出口はないのだ。」こういうものすごい世界で対局しているのだと知ると感動してしまう。将棋は基本的には単なるゲームである。しかし、それを突き詰めていくととんでもない世界への入り口が顔をのぞかせ、その深淵に転落したら二度と這い上がってくることが出来ない。将棋指しも、やはり本物の芸術家なのだと思う。一流の芸術家が創作過程で味わう、ほとんど狂気じみた世界となんら変わりはないのだろう。そういう羽生氏だからこそ、詩人の吉増氏とあれだけ話がはずんだのだと思う。
「パソコンを過信しない」
パソコンを検索手段として使用しても、興味のある局面は必ず実際に将棋盤に並べるそうである。「デジタル派」の印象の強い渡辺竜王が、実は盤に並べてしっかり考える「アナログ派」だったという、読売新聞の記事のことを思い出した。超一流の二人が、揃って似たようなことをいっているのは興味深い。パソコンは単なる情報源、その先の部分で超一流か、そうでないかの差が出るのだと思う。

全体を読んでいて感じるが、本当に「明るくて素直な人」である。将棋の強さに人柄など関係はないよという意見もあるだろうが、羽生氏の本を読んでいると、やはり最後は「人間力」の勝負なのではないか、そのようなことを感じた。

「社長」の大論文を読んで

読まれた方も多いと思うが、今日はこれについて書いてみます。

「WEB2.0(っていうんですか?)ITベンチャーの社長のブログ」
「将棋界の今後 その1から9」「プロ棋士に返信」

何しろこの社長さん(キャバレーの呼び込みみたいな呼び方ですみません)の書いていることといったら、内容が多岐に渡る上に本質的な問題がてんこ盛りである。前々から、何かきちんとした感想を書きたいと思っていたのだが、いつまでたっても出来そうにない。もう正攻法はあきらめて、細部を抽出して増殖させるという方法での雑感をとりあえず書いておく。

コンピューターが人間より強くなった「その後の世界」での将棋の生きのびる道について。
現在では、トップ男性棋士の棋譜が最高、最強だという前提で、一般の将棋ファンは楽しんでいる。最高のものだと思うからこそ興味を持てるわけだ。たとえ自分よりはるかに強い女流やアマ強豪の棋譜も、そういう理由であまり見向きもされない。コンピューターが最強になった場合は、その構造が根本から崩れ去るわけである。
しかし、現在だって本当は「最強」ということをきちんと一般ファンが具体的に「理解している」というわけではない。つまり、意地悪な例を出すと、プロ棋士が大盤解説会を開いて、例えば小学生名人戦の棋譜を「過去のタイトル戦の名局」として、先崎さんあたりが巧みな表現を駆使して解説したら、その場にいるほとんどの一般ファンは、「やっぱりトッププロの将棋はすごい、最高だ」とコロっと騙されてしまうだろう。
つまり、現在においても、「本当に強さを理解する」のではなく「強さという幻想」を楽しんでいるわけである。しかし、それは本来仕方のないことだ。なぜなら、プロトップの将棋を本当に理解しているのは、数名の本人たちのみなのであって、厳密に言えば一般ファンも、アマトップも、さらには普通のプロも「本当には」理解していないわけだから。
そもそも、人間は対象を「ありのままの本質」ではなく、「その現象」や「そこから派生するイメージ」しか見ることが出来ない生き物なのである。だから、それは別に問題でもなんでもなく、そういう楽しみ方をするしかなく、またすることしか出来ないのだと開き直ることも可能だ。
このことは「その後の世界」においては、逆説的に人間のプロ棋士にとってはプラスに働くはずである。つまり「プロ棋士最強」の幻想は崩壊しても、「イメージとしての楽しみ」さえ提供することが出来れば、一般の人間の興味を引き続けることが可能なのだから。
現在だって、一般のファンは棋譜の内容だけを抽象的に楽しんでいるわけではない。「羽生マジック」とか「佐藤のとんでもない戦法」とか「森内の鉄板流」とかいった、きわめて人間的なイメージを楽しんでいることが多いはずだ。いまだに加藤一二三先生が根強い人気を保っているのだって、別に氏の「棒銀戦法」を愛しているわけではなく、様々なエピソードを量産してくれるエンターテイナーぶりや、あのなんともいえない人柄を愛しているのである。一時期「ハッシー」が話題騒然になったのも同じ理由である。将棋の実力さえ伴っていれば、ああいう人気も彼のスタイルも決して「邪道」ではないのである。
したがって「その後の世界」においても、プロ棋士が意識的に「魅力的なイメージ」を発信する努力さえ怠らなければ、そんなに悲観的になる必要はないのではないかと思う。
無論、ただ「イメージ」だけでは、それこそ「プロレスも将棋も区別のない世界」になってしまう。だから、棋譜の内容の高さを今後も保つ努力や、それを一般ファンに理解させる方式をさらに研究しながら、「イメージの発信」も同時に行うべきなのである。両者のバランスさえ崩れなければ、決して邪道ではないし、それどころか、今後将棋が生き残るための唯一の手段とさえいえよう。たとえば、「プロ棋士に返信」であげている、エンターテイメントの案。あれも、決して邪道ではなく、プロ棋士は本当に真剣にそうしたことを検討すべきなのだと思う。
そして、今言ったことは実は「その後の世界」についてのみ当てはまるのではなく、現在から既に実行可能だし、またすべきことだともいえる。-
女流棋士については、むしろ「その後の世界」においてこそ、チャンスが広がるとさえいえる。つまり、現在は「男性棋士最強の幻想」が成立しているために、女流の棋譜は軽く見られているが、「その後の世界」においては、完全に「男女平等」になるのだから。プロレスの例で言うと、(なんとなく、プロレスと将棋というのは、実はものすごく共通性があるのだという気がする。)強いだけなら男子プロレスを見ればよいのだが、むしろ「女」を前面に出した女子プロレスのほうが、はるかに見ていて面白かったりする。無論将棋の場合「女を前面に出せ」などといったら、本人たちに大顰蹙を買うこと必至だけれども、とにかく「女性にしか出来ないイメージの発信」は可能なはずだ。今のところ、世の将棋ファンは男性が大半なのだから、やりようによっては「その後の世界」においては、興行的には女流棋士のみで採算が成り立ち、男性棋士は棋譜の質の高さを提供する代わりに養ってもらうということになることだって、遠い将来にはありえないことではないのだ。
すこし意地悪なこともいっておく。実はそういう「魅力的なイメージ」は人間だけの特権ではない。今後例えば、コンピューターソフトが人間より強くなったとしよう。例えば「ボナンザ」とか「YSS」とか「激指」に、本当に一流の天才的なプロデューサーをつけてみる。そして、まるでソフトが実際に生き物のようなイメージを広く世間に流布させる。その場合、例えば「ポケモン」のように、子供たちがものすごい勢いで食いつく可能性があるのだ。人間のプロ棋士などそっちのけで、「ボナンザ」や「激指」を夢中になって応援することだってありうる。さらに、生身の人間の場合、あまり無理なイメージの付加は不可能だし、本人だっていやだろうが、「ソフト」については、どのようなイメージもつけ放題なのである。あまりに意地悪なことを書きすぎた。人間の棋士に、その辺は頑張ってもらうしかない。
このブログを再開する前に、加藤一二三先生が囲碁将棋ジャーナルに出演した際の記事を書いた。その中から、加藤語録を紹介して今回は終わりにする。

羽生vs谷川王位戦第四局  あっ、画面には対局場で、盤の位置を丹念に確認する、いつもの加藤先生のお姿が・・。
加藤「(当日の対局姿を立会人として見て)羽生さんは終日、扇子をパタパタあおぎですね、体を左右前後に動かしましてですね、まぁわが同志、ワタクシのパフォーマンスの二倍三倍の大きな動きでして。(矢内、ハハハ・・)やっぱり、将棋というのは、気持ちを込めて、精魂込めて戦うのが将棋であって、まぁ、はっきり言って将棋の対局姿って静か過ぎるじゃありませんか。羽生さんの対局見ていると、これぞ、本物だって思ってるんです、常々。」

どうです、加藤先生くらい「その後の世界」についてよく理解している棋士はいないのだ。

名人戦第三局

いやー、今日は暑かったすねーー。当然、今ビールをガンガンやっていて、結構キケンな状態です。誰かに、お酒を飲んでブログを書いたりネットにのせたりしてはいけないという法案を国会に提出してもらいたいくらいだよ。

名人戦、これで面白くなりました。BS解説の先崎氏が何度も力説していた通り、森内名人の7三金、あれが全てなのでしょう。「これぞ森内って言う感じの手」とか表現していました。やはり名解説です。聞き手の藤田さんもなかなか雰囲気のある女性で・・(ハイ、オヤジ感想)。あの一手で、ピタリと攻めを受け止めて、それが89筋をがら空きにする形の悪い手で、やっぱりプロってすごいと思います。森内さんの強烈な個性がやっと出てよかった。
もっとも自分レベルだと、8四飛とぶったぎって、7四歩とたたいて、自陣の美濃は鉄壁・・、というのも相当魅力的なのですけどね。まあ、自分の場合、ボナンザも真っ青?の攻め将棋だからなあ。まあ、別にプロでなくてもある程度のアマなら、一目無理スジなのでしょうが。
それと、終盤で出た、郷田さんの3六歩、苦し紛れなんだろうけど、ああいう手を思いつくこと自体、やっぱりプロなんだなあと妙に感心してしまいました。森内名人の2三飛といい、妙に印象に残る手の多い将棋だったと思います。
さて、ここで突然「なぜ7五歩なのか?」を勝手に推測タイーーム。といっても、大した答えがあるわけじゃありません。普通に、名人位が見えてきたための「心の揺れ」ということではないかと。
羽生さんが「決断力」の冒頭で興味深いエピソードを書いています。連勝して名人位に大手をかけた後、当時の米長名人がわざと連敗して心理的プレッシャーを欠けたのではないかと、疑心暗鬼に陥ったそうです。
あの理知的で冷静そうな羽生さんでもそうなのだから、意外に人間的らしい郷田さんもそうなのではないかと。それだけ、棋士にとって名人位というのは大変なことなのでしょう。
テレビでは、お父さんが好きだった升田さんの影響というロマンティックなことも言われてました。普通ならそんなことは考えられませんが、人間は極限状況では、どんなことを考えるか分からない生き物だから、意外にその説があたっていることだってないわけでもないのかもしれません。

連休中に、それなりにリフレッシュも出来て落ち着きました。いい忘れてました。まず、酔っ払ってイジッてそのまま忘れていた、しょーもないブログサブタイトルを削除し、・・本当に我ながら困ったもんだよ。さらに、女流問題について、当初かなりカッカして書いていたものについて、今見てあまりに見苦しい部分は、加筆訂正したり、部分的に削除しておきました。本当は、ザックリ削除したい記事も多数あるのですが、今はいたるところで「削除」ばやりで、基本的には簡単に削除すべきではないなどと思うので、恥をしのんでそのまま残して晒してあります。

さて、私はこの後は、IWハーバーに切り替えてまだまだ飲みます・・って、このヨッパライが。

女流棋士独立問題雑感16−森下理事の証言について

将棋世界六月号に、「森下理事が見た女流独立問題」という記事が掲載されました。現在発売中なので、あまり細かく内容にふれるのはマナー違反だという気がするので、あえてなるべく実際に記事を読まないと分からないような書き方をしておきます。記事を読んだ方でないと多分イライラするだけだと思うので、将棋世界を是非購入しましょう!と、連盟に全面協力しておいてから、インネンをつける卑怯な戦術で・・。

とにかく、どんなことがあろうとも絶対にウソだけはいいそうにない人物(まあ、あくまでイメージですが)の証言なので貴重です。実際ここに書かれているのは、彼が知りうるかぎりのありのままの真実なのだと信じます。また、謙虚に御自分が残留派の主張ばかり聞いていたと反省されています。私などは,逆に独立派の主張のみに耳を傾けて・・、と反省しなければいけないのかもしれません。そう言われるだけに、かなり一部残留派の主張内容が明らかになっている内容です。少なくともこれを読むと一部残留派が何を不満に思っていたのかを「知る」事は出来ます。
具体的な一部残留派の主張内容については記事をお読みいただくとして、それについての感想を。まず、昨年12月1日の臨時女流総会での決議の解釈については、一応一部残留派の主張の通りだと思います。しかしながら、実際に準備委員会を設置して、そこからなんら独立を目指そうとしない委員会など果たしてありえるのでしょうか。またたとえ、法的にそういうことだとしても、それは結果としてそうであるということであって、そのことで独立派が「最初から知っていて意図的に騙した」というのは、単なる推測、憶測にしか過ぎません。すこし強い言い方をすれば「勝手に騙されたと思っている」とはいえないでしょうか。
次に、2月21日の棋士会についての記述について。まず、この記事を読むかぎり、独立派の証人は呼ばれてないようです。棋士会という一応公式の場で、片方の主張のみ聞くというのは、相当一面的だと思うのですが。さらに森下理事のその場での発言についてですが、あの言い方だと「騙そうとした」ということを前提事実として認めることになってしまい、そもそも独立派にそういう意図があったかは分からないわけなので少し気になってしまいました。
(5/9追記 コメントをいただいて気づいたのですが、「棋士総会」と「棋士会」を間違えていたので修正しておきました。また、これもご指摘を受けたのですが、記事をよく読みなおすと、棋士会側が呼んだのではなく、女流棋士の側から話をするために棋士会を訪れたと読むのが自然かもしれません。)
さらに、3月5日に女流棋士に対する説明会を開催した際のエピソードについて。あの文脈でのあの記述の仕方は、まるで独立派が「騙したことを認めて、反対者を相手にしない」とも取れるような記述です。しかし、公式の会議にあたって、そういう野次に対して取り合わなかっただけかもしれないし、これだけで本当は何も具体的には結論できないはずです。ややイメージ的に誤解を招きかねない記述なのではないかと感じました。
私は、一部の残留派に関しても女流に対してあまり批判的なことを言いたくないと思っています。しかし、女流棋士総会で、あまり独立に乗り気でないが採択を認めて、独立派が独立への動きを進めると反発し、棋士会で「騙された」と言い、自ら連盟への残留を希望し、早々に残留届けを出して独立派の退路を断つ、というのは、少なくとも個人的には好感を持つことが出来ないのです。無論、部外者には分からない様々な事情があるのでしょうが、少なくとも文句や主張があるのなら、独立派と徹底的に話し合うべきで、その訴えが連盟や男性棋士の方に向かうというのは、どんなものなのでしょうか。
一方、独立派に細かいところで全く問題がないとは言えないかもしれません。しかし、恐らくそのことを十分承知した上で、あえて独立組への参加を決めた女流には、好感を持たずにはいられません。まあ、主観的な感想を言っているだけにすぎませんが。
募金活動についての男性棋士の意見、雰囲気についての記述があります。あれについては、フーンそういうものなんだ、としか言いようがありません。森下氏のアドバイス通りに、独立派はさっさと独立して自分の道を行くべきで、もうあまり男性棋士には過大な期待をしないほうがよいのかもしれません。
さらに、一部報道されている「残留工作」について、森下氏は完全に否定されています。最初に書いたとおり、皮肉でもなんでもなく、森下氏は絶対ウソをいうような人物ではないと考えているので、この点についての彼の知りうることについては真実を述べているのだと思います。また、最近女流自身が、自らの進路についてブログ記事を書いています。

ひえぶろ2号店 やっと決まりました
和的日常 女流問題について
BANKANA! ご心配おかけしました

これらを読むと、進路の違いこそあれ、彼女たちがしっかり「自分の意思で」決断したのだと分かります。また、彼女たちが、「険悪な形での分裂ではない。」「分裂は女流にとって不幸なことだ。」ときちんと述べているのを読むと、すこしホッとします。客観的に見て、少なくとも「全て」の女流棋士に対して、何らかの圧力がかかったということではなさそうです。
但し、週刊新潮の記事(勝手に将棋トピックス参照)や、あまり週刊誌は信用できないという向きには、「松本博文ブログ」「April Come She Will」があります。何度も紹介して申し訳ありませんが、この記事は私の中で決定的な意味を持っているので。いくら独立派関係者だからといって、実名で書いているブログで、根も葉もないことを言いふらすというようなことが考えられるでしょうか。彼自身が「将来見聞きしたことをまとめた形に残したい。」といわれているので、それを気長に待つことにします。いうまでもなく、この問題については、今のところ部外者は推測でしか判断できないことなので。
森下理事が本当に素晴らしいと思うのは、途中からではなく、最初から「独立派の対局権利を認める方針」だったということです。記事の中に登場する島理事についても言えることですが、少なくともこの方々が理事ならば、いわゆる「メチャクチャ」を独立派に対してすることはないだろうという安心感や信頼感があります。また、この今回の記事のおかげで、あまりに一方的に独立派を応援する私の「眼鏡のレンズの歪み」が矯正されて、すこし冷静に考えることが出来るようになり感謝しています。とはいえ、独立派を完全に支持するという立場には、全く揺らぎはないのですが。
この記事を読むと、森下さんは、本当に人の話を良く聞く、それもすこし素直すぎるくらいに良く聞く人物だと感じます。私は、(というか全ての将棋ファンがそうでしょうが)森下さんの人柄を心から敬愛しており、それはこの記事を読んでもいささかも変わらず、むしろその思いは強くなったくらいです。それだけにご本人もいわれるとおり「独立組」とも一度虚心坦懐にたっぷり話し合っていただきたいものだと思います。団体は別になるとはいえ、今後も友好関係を維持するわけで、個人的には是非そのキーマンになっていただきたい人物だと思うので。
などと書いていたら、今期で森下先生も、島先生も理事を退任されるそうです。まだ現役バリバリなので、残念だけれども仕方ありません。羽生世代の存在や渡辺世代の台頭で、お二人とも厳しい立場におかれているわけですが、是非またタイトル戦に出ていただきたいと思います。ご本人たちには不本意かもしれませんが、もはやお二人とも我々オジンファンがまだまだ頑張っているところを見せて欲しいと希望を託すような年代になったのかもしれませんね(笑)。

ブログのコメント欄について

久しぶりに更新します。おととい、無事コートダジュールから帰国しまして、というのはマッカなウソで・・。


「ごきげんDEブログ」のコメント欄について、「さわやか日記」で問題とする記述があり、それを受けて問題コメントの削除等が行われました。

「ごきげんDEブログ」「本ブログのコメントについて」
 
いうまでもなく、匿名をいいことにコメント欄で好き勝手を書くことは決して許されません。それはともかく、この問題の具体的経過についてはもう何も言う気がしないので、個人的な感想だけ言うと「彼女の心中を察するに余りある」としか言いようがありません。もっとも、多分今は彼女の周りにも弁護士がいて、相談した上できちんと対応しているのでしょうから、その点については全然心配していません。

少し一般的な観点から、この問題について考えて見ます。
まず、「掲示板の管理者が書き込み放置で書類送検された」件がどういうものか興味があったので調べたのですが、多分これだと思います。

「学校裏サイト」初の立件 ネット掲示板で女子中学生実名中傷 放置の管理人

この管理人の場合、削除要請があったのを断り、さらに自分の身元に何重もの偽装工作をしていて(あえなく解析されましたが)きわめて悪質です。「確信犯」といってもよく、書類送検されてもやむをえないかもしれません。いうまでもなく「ごきげんDEブログ」とは、質が違います。まったくといっていいほど違います。当たり前ですが、いちおう確認で・・。
一方,書き込みの内容もこれは「悪質なイジメ」で決して許されないものです。但し、学校側からの厳重注意、あるいは停学処分といったペナルティでなく、「児童相談所へ通告」というところが、すこし引っかかりますが、・・。
こういう悪質なケースについては、法律的な処分もやむをえないでしょう。

但し、一般のブログにおいて「どの程度のコメントまでなら許されるのか」という問題はあります。
例えばAという芸能人の応援ブログのコメント欄に、「私はAと仲が悪いBが嫌いなので、彼女のキャラクターグッズを買うのは、お金をドブに捨てるようなものなので、真っ平ごめんだ」と書いた場合。
まず、コレが「常識的」に考えて、失礼で「よろしくない」のは議論の余地がありません。ブログの管理者の権限で削除されるかもしれません。
それとは別に、「法律的」に、この程度のコメントは問題になるのか。
例えば「名誉毀損」という観点から考えて、刑法にこういう規定があります。

第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
(全てに名誉毀損が適用されるわけでなく、条件を示している判例があります。)
1刑231/刑230/民709/民710に触れる行為(=誹謗中傷)があった
2(1)を受けた原告(=この場合は被害者と同義とする)が社会的信用を失い損害を受けた
3(1)と原告の被害・損害の間に関連性が証明された
4(1)を受けた際に、原告は反論できない環境にあった

このコメントについて、1は当てはまるでしょう。しかし、2がこの程度のコメントで成立するかは疑問の余地があり、3については「実際にグッズの売り上げが落ちる」という関連が証明されることはまずありえません。つまり、この程度のコメントで名誉毀損を成立させるのは多分無理なのでしょう。但し、法律の素人が勝手にそう判断しただけなので、決して信用しないでくださいね。さらに、名誉毀損以外に「侮辱罪」や民法上の規定などもあって、正直シロウトには調べれば調べる程よく分かりません。本当に確かなことを知りたいのなら「法律の専門家にきちんと聞く」のが基本でしょう。
ただ、この場合注意すべきなのは、「名誉の毀損」ということだけについてなら、本当に些細なことでも成立する可能性があるということです。有名な紀藤弁護士が指摘していますが、例えば「「最近の小泉首相は人相が悪くなった。疲れているのでは? 」と書くだけでも、名誉毀損になる可能性はないとはいえないのです。つまり、何か表現するという行為自体が、他人を批判、批評する行為にならざるを得ないからです。無論現実には罪は成立しませんが、たとえ個人のブログであってもものを書く人間は頭の片隅に入れておかなければいけないことでしょう。
その一方で、「表現の自由」の観点から、名誉毀損が適用されないことを示す条文も存在します。

(公共の利害に同する場合の特例)
第二百三十条の二 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
つまり”集修気譴浸実が、公共の利害に関する事実にあたり(「公共性」の要件と言われる)、¬榲が専ら公益目的であり(「公益目的」の要件と言われる)、真実の証明があれば(「真実性」の要件と言われる)、「罰しない」とされる。また名誉毀損は故意犯だから、判例上「事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実だと誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときは、故意がなく、名誉毀損罪には該当しない」とされている(最高裁昭和44年6月25日判決)。

要するに、公共性、公益性のある話題については真実(だという根拠がある)の場合には「名誉毀損」のような内容でも許されるということです。将棋の場合で言うと、連盟や公の立場の人物について、真実(だという根拠がある)ならば許されるということ。この条文がないと、新聞や雑誌は商売にならないわけです。雑誌等が訴えられる場合も、どんなひどいことを書いていようとも、もっぱら「真実性」を議論することだけで罪が成立するかを争うわけです。もっとも、それは組織の新聞や雑誌だから可能なのであって、無力な個人がブログのコメント欄で好き勝手を書いても大丈夫というわけではないので念のため。

参考にしたリンクをはっておきます。
ネット上の名誉毀損に関する判例と解釈
ネット上の表現における名誉毀損の必然性
名誉毀損の法理

長々と退屈で初歩的な法律問題を書いてしまいました。要するに、法律的には、あらゆることが名誉毀損になる可能性がある一方で、実際に適用されるのには様々な条件があり、なおかつ「表現の自由」の観点から、ある程度は自由な記述が認められているということです。

それでは、やっと個人の一般的なブログのコメント欄について。要するに、よっぽど悪質な事実や実名の指摘がないかぎり、少なくとも「法律的」には過度に神経質になってコメントを監視、削除する必要はないといえるでしょう。但しあくまでそれは「法律的」にであって、あとはどの程度の「責任レベル」を管理者が設定するかという判断によるしかありません。各人の「良識」の判断基準でやるしかなく、それは当然個人の感覚によって差がでるところでしょう。

さらに、「匿名ブログ」と、棋士のような「実名ブログ」では事情が異なります。現在問題になっている棋士のブログについては、ブログ管理者が実名の人間である以上は、コメントに求めるレベルも高くせざるを得ないのではないかと思います。もしその棋士が「表現の自由」を重んじる立場で、なるべくコメントを削除したくないと考えても、それはやむをえないことかもしれません。もしコメント管理に苦労しているのならば、良くある「選択コメント反映」、即時に全てをのせるのでなく、自分が認めたものだけのせる、という方法をとるか、余裕のある別の管理者にコメント管理を任せるという方法もあるかもしれません。また、本当にメジャーな人間の場合、コメント管理が無理なのでトラバのみ受け入れるというところもあります。

但し、それはあくまでその個人の自由意志によってのみ行うべきで、他の人間がそれについて指図したり干渉したりするのが望ましくないのはいうまでもありません。棋士の皆さんは、その点で苦労が多いかと思いますが、無理な形でコメント欄にこだわらず、自分の対処可能な方法をとっていただければと思います。棋士のブログを読めることは、ファンにとっては大変楽しみなことなので、こんな問題でブログをするのをためらったり、やめたりする人が現れては、あまりに悲しすぎるので・・。


余計なことですが、「勝手に将棋トピックス」のコメント欄が掲示板化していますね。批判じみたことをいうつもりはありませんが、あれだと一般の人間がコメントする余地、というかこの場合文字通り「スペース」が全くないです。まあ、もずさんがどう思われているのか分からないし、判断されることなので、他人がとやかく言うことではないのですが。それに私は言いたいことはこのブログで全部吐き出してしまっていて、人様のところにコメントをつける余力は残っていなくて、別に実害とかはないわけなので・・。

Tumblrの「MONOGUSA collection」も更新中です。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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