2007年06月

祝 森内第18世永世名人誕生!

本題にはいる前に、私が棋聖戦第三局について書いたこと「渡辺明ブログ」「棋聖戦五番勝負第3局。」を見たうえで「振り返ります。」
「△3二飛で分かりやすいゼット」
飛車を渡すと詰むそうです。
「後手の一手勝ちに」
▲6九金と受けられると難しかったそうです。トッププロより早く一手勝ちを「読みきってしまった」私。
(結論)プロの将棋について安易なことを言ってはいけません。

さてと、気を取り直して森内永世名人の話題に。

森内、「鋼鉄流」貫き十八世名人に 
名人戦 激闘から一夜明け…森内名人「やっと楽に」

第六局が夢に出てきたというのが生々しいです。
いきなりオカルトめいたことを言うと、永世名人というのは将棋の神様が決めることだと思っています。羽生さんより早く森内さんがなったのは、「認められた」ということではないでしょうか。今回も色々ありましたが、やはり最後の五局では森内名人が完全に場を支配していたわけだし、長時間の名人戦でのとてつもない強さは、やはり誰もが認めるところでしょう。
永世名人になったからには、個人的には羽生さんの永世名人に対する高い壁となって立ちはだかってもらいたいと思います。名人戦では、やはり特に序中盤では、羽生さんも相当手を焼いていたという印象があります。羽生さんも、ベストの状態の森内さんを倒したうえで、もしなるのならばなってほしいと思います。そうでないと永世名人の価値がないというくらい名人戦の森内さんには凄みがあるので。難攻不落の森内18世名人であって欲しい、多分第六局でイジワルした将棋の神様の指令もそういうことではないでしょうか。
将棋の神様については、きよきよさんもこのようなことを書かれています。

最初に羽生名人に挑戦して敗れ去った時のことも良く覚えています。あの頃でも、既に内容では押している部分もありました。でも、封じ手を時間直前にしたり、終盤でのミスなど、なんとなくひ弱さとか軽さのようなものをシロウトながら感じたりもしていました。今では別人のようです。闘志を前面に押し出すというのではないけれど、なにかにじっと耐え抜いているような対局姿は一幅の絵で重厚そのものです。修羅場を何度もくぐり抜けてきた者のみがもつ強靭さ、懐の深さのようなものを感じます。本当に経験は人を育てるのだなあと思います。昔とのイメージの違いを考えるにつけ、自然に出来上がってきたというより、鍛錬を重ねることで血と汗でつくり上げてきた個性なのだろうとも感じます。

名人戦最終局がらみのブログ記事が既に百ほど書かれています!が、結構郷田さんを応援していた人間も多かったようです。現代の棋士とは一味違う彼の個性に惹かれたのでしょう。名人戦を通じて感じたのは、やはり先崎さんの名評「雲のような男」ということでした。新たなファンも獲得できたのだから、またこれからでしょう。

森信雄先生は、当初からこの名人戦は二人とも応援したいといわれていました。最終局についても印象的な総括をされています。

「森信雄の日々あれこれ日記」「名人戦最終局」より
「やはり将棋は、盤上で戦う盛り上がりがいちばんいいなあと思う。9時間でも持ち時間が足りないような、白熱の戦いだった。終わったのがもったいないような、そんな名残惜しい名人戦だった。」

今日の囲碁将棋ジャーナル、加藤一二三先生と森内名人のダブル解説が見られて幸せでした。
えっと、まず加藤先生について書くことをお許しください。書かずにはいられません。
「ゆくゆくは、いはゆる普通のプロを目指す(女流の)人がいてもいいと思うのですが。でも、今の若い人たちについてはまったく知りません。」
マッタク、すごくいいことを言われるかと思えば、ちゃんとオチもつけたりして・・。
中国に加藤先生が行かれた際に結構知られていたという話を聞いて「伝説が海外までも届いているのですね」(福井アナ)
「伝説」って、そういう表現使うかよ。なかなかよいです、福井アナ。
森内名人との解説。いつも感心するのは、加藤先生の場合、ちゃんとご自分で棋譜を並べて調べた上で意見を言われることです。▲8三角とか▲6六桂とかちゃんと的を射ているし。情報化社会なので、色々それを仕入れた上での解説が大半なので、むしろ新鮮です。また、時間おしで終盤を並べる加藤先生のあの手さばき、スピード。全然頭の回転も肉体も衰えていませんね。
「(名人を獲得したのは)昭和57年の42歳のときの7月31日の夜の9時1分です。」
何分まで正確に言われるところが「ザ・加藤一二三」です。いやはや。

さてと、森内名人に話を戻しましょう。羽生さんよりも早い永世名人獲得について聞かれていました。

「名人戦に関しては、羽生さんも私も四期ということで同じだったのですが、ただ他の棋戦の実績については、比べるとすごい差がありましたので、あまり競うという感じも持っていなくて、今でも自分でなってしまっても良かったのかな、というのが、そういうところがちょっとは残っているのですが。」
「今までの永世名人の方々のような絶対的な力はありませんので、大きな数字は残せないかもしれませんが、将棋の内容ですとか他の面で頑張って、自分の存在感を示せるようにやっていきたいと思います。」

これ聞いて涙が出そうになったのは、私だけでしょうか(笑)。本当に素直に正直に言われている感じがして、全然イヤミじゃないところが人徳だと感じました。

永世名人獲得、おめでとうございます。

名人戦第七局、棋聖戦第三局

最近は、このブログも結構いろいろな方にご覧になっていただいているようですが、あらためて言っておきますとウチは基本的に「ネタブログ」なのでご了承ください。他に本格的な将棋ブログがたくさんあって、その脇で異色的な感じでゴチャゴチャとウチのようなのもやっているというのが理想的な形です。もし、ウチみたいな将棋ブログばかりになってしまったら、誰よりも私がイヤです。
また、実はこのブログ、一人で書いているのではなくて、藤子不二雄A、Bみたいに二人いるんです。両者の間では、血中のアルコール濃度が若干異なるようです。おとといは、Bの方、しかも相当「濃度」が高いのが書いていたみたいです。Aは、あまり一昨日のことを良く覚えていないようで、今日見てあきれ返っているのですが、まあ実害のあることは言ってないのでよしとしましょう。それに、そもそもAもBも、そんなに変わりゃしないし、厳密に言うと今もすでにAではなくBになりかかっているし。ココのところ暑いので、しばらくBが書き続けることになりそうです。

棋聖戦第三局、渡辺勝利。六時ごろからネットでライブを見ていました。棋譜だけ見続けるというのは、私レベルには楽しくもつらい作業です。私的には、▲3三歩を手抜いて△7六銀が「おおーーっ」という手で、確かに△3二飛が分かりやすいゼットなので、はっきり後手の一手勝ちになったと思いました。と思ったら、▲6七角に一瞬ドキッとして、まあ弱いと存分に楽しめすぎて困ってしまいます。やはり冷静に考えると、竜王がわかりやすい勝ち筋を見つけたようです(でいいんでしょうね)。この二人、とにかくもつれるのでこの後も楽しみです。

さてと、なんと言っても名人戦の最終局です。
郷田さん、角換わりを選択しましたねえ。公式戦でも、先手ではほとんど指してないそうです。それをここで持ってくる度胸はいったいなんなのでしょう。推測ですが、同形の▲4五歩の仕掛けの形に、かなり自信のある研究があって、どうしても指したかったということなのではないでしょうか。
今思うと、第三局の▲7五歩も、お父さんウンヌンでなく、石田流で研究してどうしても指したい手があっただけなのではないでしょうか。大切な第三局でああいうことをしたのは、相当不評で批判されたようですが、なんとなくそういうことを周りを全く気にせずにしてしまうのが「郷田」なのではないかという気がしてきました。もっとも、名人が相振りにしたので完全に空振りに終わったわけで、本当はそこまで考えないといけないのでしょうが。
本局も、名人が▲4二飛の変化をしたので、恐らく研究ははずされたのではないでしょうか。気になるのは、名人が最初から▲4二飛をやりたかったのか、それともそういう郷田側の研究のことを考えて、その場で変化したのかということです。根拠は全くないのですが、私は後者なのではないかという気がするのですが。
封じ手でも、郷田さん、周りにワンサカ人が待っているのに、六時近くまで考えていました。やはり、ああいうところも「郷田流」で将棋のことを考えると、完全に没我になって、周りのことが全くといっていいほど気にならなくなる人なのでしょう。棋風といい、現代的な棋士たちとは一味違うところに魅力を感じてしまいます。
また、細かい話なのですが、封じ手の意思表示をしたあと、画面を見ているとすぐに封じ手を書かずに、(多分)トイレかどっかにいったん行ったように見えました。森内名人が、一瞬苦笑していました。厳密に言うと、考慮時間のことなど考えると、トイレを済まして帰ってきてから、封じ手の意思表示をすべきなのかもしれませんが、やはりそういったところも「郷田流」でおおらかです。(今書いたことは、多分に推測が入っているので、事実ではないかもしれません。)
二日目のBSビデオを見終えてこれを書いています。「相入玉」とか「持将棋」とか言う物騒な言葉が、放映中に何度も出てきたのですが、深浦解説を信じると、どうも斬りあいになるようです。確かに解説にあったように、先手玉も頭部に弱点があるようですが、なんとなく先手も色々攻めがありそうなので、「郷田勝ち」と全く無根拠に予想しておきましょう。数時間後には分かってしまう情けない予言ですが。
とか書いていたら、「名人戦は、決着がまだついておりません」、とか十二時のBSでナマで言われたりして・・・。

LPSA@社団戦、中倉姉妹のラジオ2

ほぼ日刊イトイ新聞(N響アワー池辺晋一郎風ダジャレ)のLPSAのHPを、皆さん同様チェックしているわけですが、職団戦に行った記事がのっていました。

LPSA 
社団戦写真レポート ひとこと日記#23 ひとこと日記#24
将棋の輪 社団戦に行ってきました。
あっこ&ひろみのオフィシャルブログ 最近の出来事(日記風)

ふぅーー。まあ、これだけの出来事でも記事の多いこと。広報活動完璧すぎ。
さてと、今日本当に紹介したいのは、LPSA側でなく一般側のレポートです。

福耳きたろうの近時片片 社会人リーグ一日目

「当日の会場には、このたび立ち上がった日本女子プロ将棋協会(LPSA)の面々が挨拶にやって来ていました。開会式にて社会人リーグを主催している東京アマチュア将棋連盟会長の今西さんから「東将連としては、日本女子プロ将棋協会を全面的に応援して行きたい」という発言があったとき、会場に拍手が巻き起こったのを、嬉しくまた心強く感じたことと思います。」

その場の光景が彷彿とするじゃないですか。会長の力強い発言といい、その場のリアクションといい。多分一般ファンは、こういう雰囲気なのですよねえ。
ネットで書いていても、多くの人間がLPSAを応援しているのは分かるのですが、こういう実際に人間が集まった場での出来事を知ると、とても力強いです。こっちは、ただでさえ加齢のせいで涙腺がゆるみがちな上、東京はクソ暑くてビールガンガンやりながらこれ書いているっていうのに、アブナイじゃねえか。


中倉姉妹のラジオ、二回目がアップされました。八月以降、月二回のレギュラーが決定したそうです。
「ワアーーーパチパチパチ」(中倉姉妹のラジオ自体の真似です)
こういうことはあまり書くべきではないのかもしれませんが、中倉姉妹のお母様が先日亡くなられたそうです。(「さわやか日記」で知りました。)
さすがに仕事は控えめにするのかと思いましたが、どうも他のメンバー同様精力的に仕事をこなしているようです。気丈に健気に。
とにかく、祝レギュラー決定ということで聞いてあげましょう。聴取者メールのコーナーで不思議な盛り上がり方をしています。一応ツッコミも入れさせていただきます。
「ライオンって、どういう比喩だよ!」

radio boxx



さてと、最後に一度はしなければなるまいと思っていた自己ツッコミ行かせていただきます。

「オレはLPSAの外部広報係かよ!!!」
(さまーず三村の表情と口調で。)

渡辺明ブログ、gooオフィシャルブログに

「渡辺明ブログ」「変わりました」

いやー、めでたいです。私は、ブログを始められたころから一応見ていたのですが、当初はアクセス数は確か1000IP前後だった記憶があります。それが今は、つい先日見たとき8000IPくらいで、順位も総合三位でした。gooさん、オフィシャルブログにするの、遅すぎですよ、と言いたくなってしまいます。
アクセスランキングのページを見ると「ごきげんDEブログ」も「daichanの小部屋」も1000IP超えしています。IPとあるので、多分のべ訪問者数でなく実訪問者数なわけで、ウチのような弱小サイトからすると、やはり考えられない数字ではあります。将棋ファンは「マニア」が多いので(人のことは言えませんが)、やはりネットに対する適性が高いのではないかと思います。

「gooブログ」「アクセスランキング」

但し、今見ると「渡辺明ブログ」がこのページにも、「オフィシャルブログ」のページにも入っていないんですけど、gooさん、よろしくお願いしますよ。

オフィシャルブログになったのを機に、コメント欄についても再考されるかもしれないそうです。竜王のことだから、きちんと御自分で判断されて正しい結論を出すのでしょうが、個人的な考え方を一応書いておきます。
現在「渡辺明ブログ」と「ごきげんDEブログ」が特にそうなのですが、コメント欄は「理想的」な状態とはとてもいえません。基本的に、よほど問題がないかぎり黙認ということになっているためです。
何度か書きましたが、棋士のブログは「実名ブログ」、コメント者は「匿名」です。だから、本来コメントする側はその点を考慮して、実名で書いてもおかしくないぐらいの気持ちで書くべきでしょう。もっとも、いくらそんなことを言っても、不心得者はいくらでも出てくるのでどうしようもないわけです。
かく言う私も、再開前に、棋士の応援掲示板に、しょっちゅう投稿していました。(今は棋士ブログへのコメントはよほどのことがない限りやめました。)
その際、今思うと、投稿を重ねるにしたがって、馴れ馴れしい感じになったり「匿名的」な失礼系コメントを結構つけていたと思います。やはり、匿名でものを書くと気が大きくなって、どうしても余計なことを書きがちになるものです。現在のコメント欄についても、本当に悪意があるのはごく一部で、多分そういうケースが大多数なのだとは思います。
しかし、実名でブログを書いている棋士の側からすれば、恐らくたまったものじゃないでしょう。悪意のあるコメント以外にも、不愉快なコメントを性懲りもなく繰り返す一部の特定ハンドルなど、棋士の方々は良く我慢しているものだと思います。その種のものは、内容的に問題がなくても削除して構わないと思うのですが。
だから、個人的には、もう無理をせずに、コメントも選択反映にしていただいてもよいのではないかと思います。その場合、ご自分でやられては、かえって手間が増すかもしれないので、別に「コメント管理者」をおいて、そのことをはっきり公言して、すべて一任するというのがベストではないかと思います。そうすれば「選択した」恨みも直接は買いませんし。もっとも「管理者」の方は大変なのですが。
そうすれば、ファンは勿論、棋士ご本人も気分良く毎日コメント欄を見ることが出来るはずです。棋士がブログを書いているのは、あくまで「ファンサービス」だし、しかも実名でやっているのだから、それ位のわがままは十分許されるのではないかと思います。また、私だけでなく、ほとんどのファンも、その方が楽しくコメント欄を見られるのではないでしょうか。
とりあえず、その必要がどうしてもありそうなのは「渡辺明ブログ」と「ごきげんDEブログ」だけだとは思うのですが・・・。

将棋における男女の性差補論

一昨日、この問題について例によってほとんど考えずに書き散らした。問題が問題なので、アレでよかったのか、書いた本人としては、どうしても気になってしまって「夜も眠れない」。
えっと、このギャグの漫才師の名前、どうしても思い出せなかったので、ついにグーグル検索かけた。

春日三球・照代Wikipedia

さてと、まず一昨日書いたことを、もう少し丁寧に説明し直しておく。
将棋のプロ棋士というのは、天才中の天才であって、一般人とは全くレベルの違う能力、別種の才能の持ち主である。だから、彼らと一般の人間の差の大きさと比べれば、男性プロ棋士と女性プロ棋士の差のほうがはるかに小さい。男女ともにプロの将棋指しは、「別世界」の人たちなのだ。従って、男女差を一般的に調べてもあまり意味はなく、「個体差」をひとつひとつ具体的に調べないと意味がない、といったところである。
一方で、男と女では脳差があることが科学的に証明されていることも指摘した。したがって、プロの女性がプロ棋士になれていないのは、女の脳の構造が限界を決めているという「仮説」も一応立てることも可能だ。しかし、これについてはかの茂木健一郎氏が明快に否定してくれていた。

「NIKKEINET 将棋王国」「男と女の脳には差があるか?――脳科学者茂木健一郎さん」

「男と女の脳には差があるのか? 脳の話をすると、しばしばこの質問が出る。そんな時、私は、「差はないと思って生きていても、何の不都合もありません」と答えることにしている。左右の大脳皮質をつなぐ脳梁(のうりょう)の太さなど、男女の脳には確かに差はある。しかし、だからと言って、能力や適性に差があると断言できるほど脳は単純ではない。そう簡単に性差など判らないのである。」

超一流の脳科学者がこういっているのだ。プロ棋士になりたいと思っている少女の皆さんおよびその親の皆さん、この言葉を是非忘れないで。
それに、将棋の場合、本当にプロになろうと思ったら、かなり年齢の低い時点で始めなければならない。逆に言うと脳がまだ固まっていないだろう。脳というのは固定的なものでなく、使い方によっては可動的なものだ、(ですよね)。だから、早いうちに修業を始めれば、女子も「将棋脳」を形作っていくのは十分可能だと思う。
やはり、プロ棋士を目指す女性の絶対数の絶望的な少なさが、現在の問題の本質なのだと思う。あなたのまわりにも、「羽生を負かす潜在能力のある少女」がいるかもしれない。そういう少女が、なんとか将棋と出会うように。また、本来「羽生を負かせた」はずなのに、今頃お茶の間でテレビを見たりしている主婦があなたの隣に座っているかもしれない、ってまあベタな。


あと、脳差の問題中心ではないのだが、リンクをもうひとつ。

「極東ブログ」「男の子はなぜ女の子より劣るのかってそりゃ」

「そりゃ女の子が男の子より優れているからだよ。私なんか幼稚園から大学……そして社会に出てからも痛感していることだ。こんなことに疑問をもつやつがいることが不思議……とまでは言い過ぎかもしれないが、知能という点では総じて女のほうが男より頭がいいとしていいのではないか。少なくとも私なんかそういう前提で生きている。」

念のため言っておくと、「極東ブログ」を書いているのは、一級の知性人、インテクチュアルである。たぶん男性(今気づいたけど、別に女性でもおかしくない。)
私もまったく実感としてその通りだと思う。知能でも「大人」かどうかでも何もかも。
LPSAひとつを見たってそうじゃない、ってハイ、これが言いたかった。

将棋における男女の性差についてのテキトーこの上ない考察

おとといの記事で、女性の棋士が生まれない理由は、主に外部的要因によるものだと書いた。基本的にはそう思うのだが、将棋における男女の性差について考えてみる。この問題については、完全に将棋界外部の方が、とても優れた記事を書かれている。

macska dot org 「日本将棋連盟から女流棋士会が独立」報道を巡って

様々な観点から、女流独立問題について論じている。その中で、男女の性差による将棋能力の差について、合理的なきちんとした根拠を求めるという姿勢で一貫して述べている。現実に、将棋もチェスも、男子が女子より強いという事実があっても、そもそも母数の絶対数に差があるので、単純に比較は出来ないということ。また、科学的に男女の脳に差異が認められるとしても、それだけで将棋の強さに単純に結びつけられないということ。もっともである。
だから、それ以上安易なことをいうべきではない、でオワリにすべきなのだが、むしろ面白いのは、将棋を良く知っている棋士やファンが多数コメントをつけていることだ。それらをネタに「ちゃんとした根拠」はなしに、多少の推理ゲームをしてみる。

まず、私のブログにもたまにコメントをつけてくださるBeaverさんのお名前がここにも(笑)。一部引用させていただく。

「将棋の強さの男女差の大部分は競技人口の差から来ていると思いますが、生物的性差の影響も多少あるように思います。数多くの子供に将棋を教えている知人は、男女差を感じると言っています。具体的には駒の”動き”に対する感覚が全くの初心者であっても男の子の方が鋭いと感じるそうです。このあたり、空間認識能力の男女差や例えば、男の子の方が乗り物など動きのあるものを好むことと関係があるかもしれず、面白い仮説だと思っています。」

この「空間認識能力」について、男女に脳に差があるのは科学的には常識である。リンクをいくつかはっておく。

脳の男女差、心の男女差ってどんなもの?
「右脳系」「左脳系」で違う男と女の価値観
やっぱり違う 男と女の脳

男の脳は「右脳型」で「空間認識能力」に優れ、女の脳は「左脳型」で、「言語感情能力」に優れる。勿論、一般的にその傾向があるという程度の話だが。また、女の脳は男のよりも左右両半球の連絡が良く(脳梁が太い)、全体を使って効率よく働く。男のほうは、一部の脳だけ働かすことが得意だ。
将棋の場合、やはり「空間認識能力」は、とても重要な役割を示す。無論、macska氏の指摘の通り、それだけで将棋能力の差を説明するのは無謀なのだが。
大雑把な一般論で言うと、やはりこの男女の脳の性差というのは、少なくとも「見逃せない」ひとつの要因だとはいえる。

(6/25追記)脳差はあっても、必ずしも能力差に結びつけることは出来ないようです。改めて記事を書きました。

次に、これまたネット上ではおなじみの遠山雄亮氏のコメントより一部引用

「性差の問題について。私はただの将棋指しであるので、詳しいところは分かりません。ただ一棋士として、将棋の棋風が、男性は「我慢強く」女性は「血気盛ん」であると感じます。この事が実力的な部分で差になっているかと個人的には思います。将棋は「我慢強さ」が大切ですから。つまり脳の差ではなく性格の差によるところが大きいかと。」

この説明、よくプロの将棋を男女とも見ている人間なら、「ああ、そうそう」とうなづいてしまうのは間違いない。特に「血気盛ん」という部分(笑)。
しかし、これについては、遠山氏もご自分で述べられている通り、脳の差の問題ではない。それを「性格」という面から説明されているわけだが、実感としてそういう棋風があるのは間違いないが、男女の「性格」が本質的にそういうものだと断言してしまったらフェミニストでなくても怒るだろう。
例えば、中井さんの将棋などは、よく言われるように、一番男子の将棋と性格が近い。いうまでもなく、氏は奨励会でもまれた人間である。また、矢内、千葉といったあたりの将棋も、決して「血気盛ん」とはいえないだろう。つまり、強い集団(別に男子でなくてもいいわけだが)でもまれれば、「辛抱」しないと将棋は勝てないことを身をもって学ばされるわけで、女性の性格に本来関係しているのではないと思う。たまたま「血気盛ん」なのは、女子プロ同士で戦っている中で、そういう棋風が常識的なように今まで定着していただけなのではないだろうか。また、従来やはり、女子のレベルは男性と比べると下だったので、そういう将棋でもある程度通用していたが、今後は恐らくそういう「血気盛ん」なところはレベルアップに伴って消えていくのではないかと思う。
それに、そもそも遠山氏は、男女の「性格」について、そういう考え方を持っているわけじゃないよね。もしそうだとしたらエライコッチャ、・・すいません、冗談でもちょっと調子に乗りすぎました。

さて、次に取り上げるコメントが、私は一番重要だと思う。Josefさんのコメントから一部引用。

「将棋における脳の男女差ですが、たぶんあるのでしょう(今のプロの男女差ほどではないにしても)。が、それを統計的に調べるのは難しい。というのも問題となっているのは「プロ」つまり子供の頃から「天才」と呼ばれたような特殊能力を持つ人たちだから、一般人を対象に調査してもあんまり意味がない。将棋に向く特殊能力を潜在的に持つ割合に男女差があるかどうか。私はあると思いますが、調べようがありませんね。」

そう、本質的に将棋のプロというのは、天才中の天才なのである。だから、男女の差を調べても、あまり意味のない世界なのだ。
つまり、男性プロ>>>>>>>>>>>>>>>一般の将棋ファン
    女性のトッププロ>>>>>>>>>>>>>>>>>一般の将棋ファンなのに対し、
男性プロ>女性のトッププロ なのだ。あくまで、相対評価なので念のため。
つまり、男女ともに、相当脳の構造が人とは違う人たちでなければ到底プロになどなれるわけがないので、男女差を比較してもあまり意味がないだろうというのが、私の結論である。
女性のプロがまだいないのは、男女の性差が原因でなく、絶対人口や環境の問題なのだと思う。その問題については、ここをご覧になられるような方なら、説明しなくてもイヤというほどお分かりだろうから省略する。何か、すごくあじもそっけもない結論で恐縮だが、まあ女性プロが生まれてもなんら不思議ではないという明るい結論なのだから許してね。


女流ファン倶楽部MINERVAについてに、女流棋士会側からの正式発表のリンク、およびそれについての私の簡単なコメントを追加しておきました。

朝日新聞の東公平さんの観戦記(6/22)に、とってもいいことが書かれていました。最後に一部引用させていただきます。

「唯一、不幸に終わった女流独立問題も、いずれ賢明な上位棋士たちが見事に解決すると信じている。」

本当にそうだよ!
なんていいことを言われるのだろう。
なぜ、オレは長々女流の事書いていて、こういうことをズバリといえないのだろう(笑)。
マッタク。
やはり短文に凝縮した意味を込める訓練をされてきた方のいわれることは違います。

AERA 6/25日号、週刊将棋、朝日新聞名人戦観戦記、一枚の写真

AERA最新号に、中井さんのインタビューがフル1ページで掲載されています。やはり雑誌の性質上、男性社会における「女性」の地位という面からの一連の独立問題のまとめになっています。
その中で「女子は、ある程度の年齢までは男子と伍してやっても、それ以降伸び悩む。」といわれていました。ご本人が、小学生時代には現在トップの男性棋士たちと互角に渡り合っていた経験、実感が込められた発言だなあ、と感じました。伸び悩む理由として「男子と違って、将棋だけに集中できない」ことをあげられています。
能力だけなら、女子が一人もプロ棋士になれないというのは、やはりありえないことだと思います。囲碁でも、名前は失念しましたが、中国でトップと伍してやっている方いられますよね。チェスにも、有名なスタープレイヤーがいるようだし。将棋だけダメというのはありえないでしょう。
やはり、,修發修眈棋指しを目指す女子の絶対数の少なさ異常に女子が目立つなかでの競争を強いられること奨励会というプロへの無限になりにくさい笋呂蟯靄榲には男性優位社会であること、といった外部要因のためだと思われます。
そういう意味でも、LPSAが女性が女流棋士に憧れたり、気安く将棋を始めるキッカケをつくってくれたらと思います。

週刊将棋、棋聖戦の記事にあの手に汗にぎる終盤の内容が詳しく紹介されていました。すごい読みが表面下に隠れているものです。なぜ、この二人の終盤はあんなに面白くなるのでしょね。超一流同士がやっても、つまらなくなるのはザラなのに。「渡辺明ブログ」によると、「将棋世界」8月号に、両者のダブル解説がのるそうです。面白そう。
それにしても、今週のバトルロイヤル風間さんの漫画・・・。あんな恐ろしいネタを考えて、なおかつ書けてしまうのは、やはり氏以外にはありえないでしょう(笑)。


朝日新聞に、名人戦の観戦記が掲載され始めました。B1の渡辺vs高橋戦。担当は大御所、東公平氏。「本格居飛車正統派」の文章です。やはり年季が入っていて読ませます。私が「観戦記について」に書いたウワッツラなことが恥ずかしくなる。特に、今日(6/?21)に書かれている「昔の回想」に共感してしまう私は、やはりオジンファンです。こういう本格的なのもあり、面白いのもあり、と色々なのに今後も期待するとしましょう。

一枚の写真

森信雄の写真あれこれ 村山聖 19歳

妙な連想ですが、坂口安吾の有名な写真が頭に浮かびました。ゴミが一面にちらばる中で、シャツ一枚か何かで原稿を執筆する安吾。その目の普通じゃなさ。森先生の言われるとおり、部屋は意外にきれいです。しかし、靴下にやはり目がいくし、全く飾り立てたりしない「精神の営為」といった言葉がなぜか頭の中に浮かぶ、そういう写真です。
安吾の写真の連想も多分そういうことなのでしょう。

女流棋士ファン倶楽部 MINERVAについて

日本女子プロ将棋協会(LPSA)が、ファン倶楽部MINERVAについて広報文書を出しました。

MINERVA会員の皆様へお詫びとお願い

「これまで私ども17名は「所属は変わっても同じ女流棋士であることに違いないのですから、ファンクラブ事業は応援してくださる皆様のためにも今後も一緒に行っていきましょう」という呼びかけを、女流棋士個人のつながりや団体としての申し入れ、双方の弁護士による協議など様々な方法で再三にわたり行って参りましたが、残念ながら否決されてしまいました。ファンクラブには、ファンの皆様から大きなご期待をいただきながら、その責任を果たせなかったことは本当に心苦しく思っております。」
読んでいて、痛々しささえ感じてしまいます。なぜ、貴方たちが謝らないといけないの、と言いたくなります。LPSA側は、当初よりファン倶楽部等については、合同でやりたいという意向を示していました。

スポーツ報知「中井広恵女流6段に聞く…新団体「3つの“わ”」で基盤作り」

「所属は別でも女流同士、進むべき方向は同じ。私個人としてはイベントも共同でやるのが、良いのではないかと思います」
あの成功したイベントさえ、独り占めにしようとはしていないそうです。

一方、女流棋士会側からは、まだこの点についての正式発表はありません。それを一応待ちたいとは思います。

(6/23追記)
女流棋士会側からも正式の広報記事が出ました

女流棋士ファンクラブ MINERVA」会員の皆様へ

両団体とも、広報する姿勢があるのは歓迎すべきで、今後も続けていただきたいと思います。ただ、この問題についての本質は、やはり「ファンの立場」だと考えます。ファンとしては、恐らく両団体に好きな女流棋士がいて、一つのファン倶楽部で見たいというのが本音でしょう。だから、二つの団体に分かれていても、一応は「友好団体」のはずなのですから、当然この際は協力して事に当たるべきだと思うのですが。女流棋士会側には、完全にLPSAに門をシャットアウトすることなく、場合によっては一致協力、場合によっては建設的な競合というスタンスをとっていただきたいものだと思います。現在のようなかたくなな態度をとり続けていると、良心的なファンはどんどん女流棋士会を離れていってしまうのではないかと危惧します。
(追記終わり)


ただ、先ほどのLPSA側の文書中に、次のようなくだりがあります。

「 去る6月7日に行われました「社団法人日本将棋連盟女流棋士会平成18年度定例総会」で、将棋連盟所属の女流棋士39名により「今後『MINERVA』の運営は日本女子プロ将棋協会(LPSA)が行う。日本将棋連盟女流棋士会としてはファンクラブ事業に協力および共同参加はしない」との決議がされたと報告を受けました。」
驚くのは、「決議」とある以上、一部の人間の独断ではなく、女流棋士会が、(恐らく)多数の意思によってこのような決定を下したということです。当初より残留を主張していた人間たちが、独立組と考えに違いがあることにはいまさら驚きません。しかし、一般の女流が、こういう決議を是認したことに、すこしショックを受けてしまいます。

また、正式分裂直後の報道に次のようなものがありました。

スポーツ報知「女流棋士会、正式に分裂…新会長に谷川女流4段」

「ファンに対するイベントや普及活動について、谷川新会長は「こちら側のスタンスとして、混乱が予想されるので、当面は新法人とは別々にやっていきたい」と話した。」
「混乱」とありますが、あくまでそれは女流同士の話なはずです。完全にファンに対する視線が欠落していると感じるのですが・・・。

私以外に、一般の人間がどう感じているかの記事も紹介しておきます。

「ニュースなブログ」「女流棋士への応援は、これからは一歩引きたい」

この方の言われている「女流棋士」というのは、残留した人間に限定されています。

日本将棋連盟は、お世辞にもファンの声に良く耳を傾ける団体とはいえません。その庇護下にある現在の女流棋士会も、やはり似た体質なのだという印象を持たざるを得ません。
また、「日本将棋連盟」「女流棋士独立問題について」の中に、次のようなくだりがあります。

「連盟所属の意思表示をしておきながら、自らが連盟内に居る間に女流仲間の移籍勧誘等をする行為は信義にもとるのみか混乱をもたらす行為であり、このような行動は取るべきではないということが平成19年4月20日、残留を決めた女流棋士の会合で確認されました。」

この不自然な拘束がなんなのかということはおくとしても、ファン倶楽部の問題とあわせて、女流棋士会側がLPSA側にどういう態度をとっているのかが、あまりにも明らかです。
連盟とLPSAは一応建前上は友好関係のはずです。しかし、これらを読むと、女流棋士会にとってLPSAというのは「敵対団体」なのか、ということさえ言いたくなってしまいます。
一応最後に言っておくと、残留した女流が全てこういう考え方なのだとは思っていません。それも、正直すこし疑わしくなりつつあるのですが・・。



本当のところを言うと、こんな話を私はもう書きたくないのです。最後には明るい話題を、ってテレビのニュースみたいですが。もっとも、散々悲惨なニュースを聞かされた後で、「犬が猫を育てています」とかいわれても、ちっとも明るい気分にはなれないのですが。まあ、いいや。

「きよきよのしょうぎばんβ」 「和田柔大―森内戦」

(6/21追記) この記事は一年ほど前のものを、新サイトをはじめるに当たって再掲載されたものだそうです。

さんまのからくりTVの例の将棋少年が、森内名人と席上対局したそうです。きよきよさんも言われてますが、▲2四桂で勝ちスジすらあったそうです。あのパーフェクショニストの名人のことですから、もしも偶然に偶然が重なって最後まで行ったらどうしようと、多少は心配になられたのではないでしょうか(笑)。

パールカップ、週刊文春、佐藤二冠N響アワー出演等、ウダウダと

おとといの記事、読み返してみて、森内ファンからすれば、もう少し敗者の気持ちを考えて書きなさいよと言われそうだと思いました。しかし、こういう場合は、妙に気遣いなどせずに大騒ぎしてしまうのが、ファン道の仁義だという勝手な論理の持ち主なのです。言うまでもなく、最終局、両者に頑張っていただきたいと思っています。なんか、言い訳がましくなってしまいました。

日本女子プロ将棋協会(LPSA)のパールカップ、決勝はほとんどライブで見ることができました。駒組み終了時点では、相当島井さん、いけそうだったんですけどね。ちょっと、中終盤は残念な感じでした。当然、中井、石橋両氏だけに頼っていてはダメなわけで、島井さんが、それを脅かすべき一番手なのだから、次は「宣言」通り、是非優勝して欲しいものです。
島井さん、囲碁将棋ジャーナルの聞き手にもすこし前に出て、「誕生日だったそうですね」と聞かれて「まあ、もうそんなよろこぶような歳じゃないんですけどね」とか言っていました。些細なことですが、こういうことサラッというあたり、やっぱり新法人に参加する人だなあ、ってはっきり言って何でもかんでも無理やりにLPSA参加者をほめたいわけですが(笑)。まあ、そんなことをちょっと感じたという程度のことです。
対局中の写真がアップされていました。普段はおっとりした感じの島井さんも、すごく厳しい、いい表情をしていたし、蛸島さんの対局姿も、やっぱり素晴らしかった。蛸島さんも、山下さんも(特に途中まで、中井さんを苦しめたのはさすがです)、対局内容にはご不満かもしれませんが、これをキッカケにまたやる気を出してくださるといいですね。
プロ野球選手でもそうですが、やはり仕事をしている姿が一番かっこいい。野球の工藤とか桑田とか、普段のファッションとかは無限にクエッションマークなわけですが、今なおマウンドで投げる姿は、最高に凛々しいです。女流棋士の皆さんは、普段も悪いことは勿論ないのですが(笑)、やはり対局姿が最高にいいと思いました。もっと、そういう写真を多用してもよいかもしれません。
とにかく、一日でトーナメントして、全部ネット中継するという企画意図、相変わらず意欲的です。改善点も加えつつ、是非続けていただきたいと思います。

週刊文春の記事、読みました。無論、好意的とはいえないのですが、そんなに目くじらを立てるほどのことはないと感じました。まあ「人を見た目のイメージで判断してはいけません」という、「正論」では反論できるのですが、一般の人間が見た感じをありのままに述べただけなわけだから、台風娘さんご本人のように笑って受け流すのが正解なのでしょう。
それに、そもそも「教育テレビ」というのが、誰がやっても変な感じになる独特の枠組みなのですよ。すごく、ぎこちない感じになって、この二人の講座外にも「ネタ」になりそうなのは、いくらでもあると思いますし。それに、この二人、もっとフランクに自由にしゃべらせたら、断然いい味出ると思います。ありえない話ですが「HEYHEYHEY」で、ダウンタウンとからませても、そこそこイケるんじゃないかと思いますよ。
それと「安らか」という表現。アレを「あははははは」といって笑い飛ばせる資格があるのはN代表くらいなもので、ファンとしては「けっ、けしからん」といって激怒しなければいけないのでしょうが、立ち読みしながら思わず私も噴き出しそうになってしまったのは、ココだけの秘密です。
青木さん、結構若手棋士のことにも詳しくて、気持ち悪がりながらも将棋に興味を持っているようなので、また取り上げてくれるといいですね。

N響アワーに、佐藤二冠登場!加藤一二三先生以来?ですよね。まあ、あの手の番組にでても、全く違和感のないこと。もっと話を聞きたかったところです。多分、相当お詳しいのだと思うので。
N響アワー、壇ふみさんが司会していた頃は、結構見てました。本当に歳をとらない不思議な人です。久しぶりに見たのですが、池辺晋一郎の駄洒落オヤジぶりは相変わらず健在でした。

「5番勝負ですか。将棋なのに、ごばん(碁盤)なのですね、アハハ。」

あんまりくだらなすぎて、笑っちまったじゃねーか。

名人戦第六局、「おどろきました」(森下卓先生の口調で。)

各地で騒然としております(笑)。
まっ、いきなり水さしておくと、私が指しているのなら、「世紀の大逆転」でもなんでもなくて、日常茶飯事なんだけどねーー。いやっ、そうでもないか。先手玉、相当寄らないから、レベルが低くても高くても、逆転はマジありえないかもしれない。

将棋の神様が「永世名人あいならん」といって、強引に力技で介入した感じでしょうか。

とにかく、各地の騒然振りをハイライトでお伝えしましょうか。
「それでは、今日のホームラン、いや、大逆転、いってみましょう!!」by佐々木信也(ふるっ)
チャララ、ラッララーーー

BS中継より
島八段(やっぱり名解説です。)
「△1九龍は驚愕の一手、形作りですね。」
「▲5五角で、百回中、百回投了ですね。」
「△2五歩は、郷田さんも無意識のうちに手が出た感じなのでしょうね」
「勝利が落ちてましたね。実力を超えた何かがありました。」
「△2七歩は郷田さんへの贈り物ですね」
「つくったようなことになっていました。」
「本当に一同ビックリ」
「かかっていたものがとてつもない大勝負だからこそ起こった大逆転ですね」
「郷田さんがよく心が折れなかったですね。」
「ドラマでした。」
上田女流初段
「このモニターは、ウソをついているんじゃないかと。」

「本当にビックリしました。18世名人が懸かっていた一局という状況を加味すると「世紀の大逆転」でも言葉は足りない程です。僕も動揺していて、うまいことが書けません。」
「渡辺明ブログ」「名人戦は最終局に」

「何ともいいようがない・・ 。森内名人の心境いかばかりかである。最終局はどちらが勝っても劇的な感じがする展開となったようだ。勝負の悲哀と美酒は紙一重なのだろう。」
「森信雄の日々あれこれ日記」「劇的な結末」

「考えられないような大逆転で驚きました。これが名人位の重みというものなんでしょうか。久々に将棋の怖さを見た思いで、」
「daichanの小部屋」「リフレッシュ」

 「将棋の恐ろしさを知ると共に、永世名人へのプレッシャーにも思いが及びます。」
「遠山雄亮のファニースペース」「名人戦は最終局へ」

「鳥肌たったし、泣きそうになった。あの場にいて、良かったと思います。多くの人とドラマを共有できて、とてもうれしかった。多少なりとも将棋を知っててよかったと思った。やめちゃわなくて、よかった。うまく書けないや。」
「船戸陽子blog」「6/15」

「なんか間違えるように誘導する力が無理やり働いたような印象で、逆転するところはライブでみることができたんですが、感動とか興奮というよりはむしろ超常現象を見てしまったような思いです。」
「せんずふろぐ」「あの名人にして」

「騒然とする会場。千葉「このタタキがありましたか」、船戸「森内さんが頭たたいているわけですね?」(会場大ウケ/現地検討陣の森内が失着に気づいて後頭部を叩いているというコメントに絡めたギャグ)。」
「Cablog」「大逆転でフルセットに ―名人戦第6局 」

「野球で言うと5点差でランナーなし。ピッチャーは全盛時の大魔神佐々木。満塁ホームラン打っても届かない。それを逆ってしまった。」
「メシを食ってふと思った」「感動、感動、感動……   ありえないことが起こる」

Yahooのブログ検索「名人戦」でかけたのですが、既に70近い記事が書かれていて、そのインパクトの大きさがうかがい知れます。っていうか、こんなに将棋のこと書いてるブログあるのか、まだ勉強不足だ。

最終局、再び島八段の名言に登場していただきましょう。
「技術を超えた人間力の、人間の強さの勝負を見たいですね。歴史に残る一番になると思います。」

森内防衛の場合、将棋の神様が「イジワルして悪かったけれど、苦労した方が喜びが大きいだろう、おめでとう」ということに。
郷田奪取の場合、全く現代風でないスタイルの名人誕生の快挙、苦労が多かった棋士へのご褒美、お父様のこともあったし・・、ということに。
どちらが勝っても素直に祝福できそうではある。
絶対見逃せませんね、とか言いつつ平気で録画ミスしかねない私・・・。


LPSAイベント関連の記事「将棋の輪」「カフェで将棋を楽しもう!」を、勝手に将棋トピックス休止関連記事リンク集「遠山雄亮のファニースペース」「勝手に将棋トピックスについて」を追加しました。

今週の感想

茂木健一郎さんの本を読んでいて、こちらは更新しませんでした。
さすがに、将棋に関してはすこしネタ切れ気味なので、こちらは不規則更新になるかもしれません。
また、今週は、ひいきにしている棋士が敗れるのが続いてしまいました。順位戦の片上五段、挑戦者決定戦の渡辺竜王、すこし前の話になりますが竜王戦での遠山四段・・・。
まあ、基本的には普段勝っている人たちばかりなのですが、ヒトツでも大事なところで負けると、やっぱりね。見てる側でもそうなのだから、やはりやってる側としては、タイヘンな世界なのだろうといわざるをえません。
ある方に今の私の気持ちを代弁してもらいます。

「ぐあああ@@@@!!!
がああああああああ!!!
くっそーーーーー!!!
なんでだあああああああああー!
超むかつくー!」
眞鍋かをりのココだけの話から引用してみました。

また、こんな感じではどうでしょう。

「雨の日には
雨の中を
風の日には
風の中を
みつを」
相田みつをさんなのですが、果たしてこの場合正しい使い方といえるかどうかはかなり疑問の余地ありです。

そんな時でも、この方は、私の心を和ませてくれました。

妻の小言  つくし文具店

相変わらず、ネタのふり方といい、落とし方といい完璧、絶品です。お笑いIQ、かなり高いと思います。笑わせていただいた御礼に、前々からやってみたかったのですが、右のリンク集の夫婦の順番を入れ替えてみました。

そういえば、片上ブログによると、「嫁」の方が、ブログを新装開店されたそうです。個人的な話で恐縮ですが、再開前、私が棋士のブログについて記事を書いて、この方の旧ブログにもトラバしたら(昔はそんなこともやってたんです)、とても気さくにコメントをつけてくださってうれしい思いをしたものです。全く面識とかもないわけですが、ご夫婦ともども、ブログ上ではお世話になって、何か不思議な感じがします。

それにしても、将棋の神様も気をもたしますねえ。羽生vs渡辺、いつになったらもう一度観られるのでしょうか。

さてと、のんびり名人戦のビデオでも見ることにします。

NHK渡辺竜王講座、中倉姉妹のラジオ

昨日の夜、録画しといた分をまとめてみていました。渡辺オタク+ごきげんファンとしては、当然DVD-Rにおとして永久保存です。
なかなか欲張った講座で、企画の意図をさすがに良く考えている感じがします。
居飛車、振り飛車対抗形をテーマにして、振り飛車党が多いアマ全員が関心を持てるようにする
基本定跡から、最新形、実戦譜を広く解説して、あらゆるレベルの人間のニーズに対応する
あらゆる振り飛車を網羅して体系的な講座にする
いってみれば「羽生の頭脳」の、渡辺版序説テレビ編というところでしょう。私みたいに、定跡をいくら勉強しても、サルのようにすぐ忘れる人間には必見です。しかし、24三段強豪のきよきよさんにも役にたっているようで、色んなレベルの人間に対応することに成功しているようです。
ポイントをそつなくこなす渡辺解説と(やっぱり「頭のよさ、あかるさ」のようなものを感じる)、石橋さんの明るくておおらかな聞き手ぶりで楽しませてくれます。
それと、冒頭のミニトーク。教育番組なので、かなり押さえ気味なのでしょうが、とにかくサービス精神を発揮してくれています。多分、普段は壮絶なツッコミ合戦が繰り広げられているのでしょう。


LPSAのホームページにリンクされていたので、中倉姉妹のラジオ、聞いてみました。別に女流オタとかじゃ全然ないのですが。私、これでもお笑いにはかなりうるさいつもりなのですが、聞いていて思わず噴き出してしまいます。二人とも、NHKでのそつない仕事ぶりと違って、なかなかの「面白姉妹」なのです。ちょっと、さわりを紹介してみましょうか。

彰子「姉の、中倉彰子と、申します。」
宏美「アッ、ちょっと、お姉さんぶって、そこは。」
彰子「将棋の女流棋士という仕事をしています。まあ、スポンサーから賞金をもらったり」
宏美「アッ、そんな、いきなりお金のことですか」

彰子「(NHKの番組では)なんかすごく真面目バージョンだよね。」
宏美「そうですね。そこは教育番組なんで、でもこの番組はバラエティ番組なんで」
彰子「アッ、バラエティ番組なんだ、この番組」
宏美「前に前に出て行きたいと思います。」

なんていうのかなあ、「いとしこいし」調の、しゃべくり、くすぐり漫才というか。とにかく、未聴の方は、是非一度。

「radio boxx」いきなり表示されないので、左の検索で「中倉」入れると出てきます。

女流棋士会 正式分裂へ

昨日の棋聖戦、夕方からちょっとだけ見ました。私が見はじめた時点では、既に竜王が相当追い上げていて、どちらが勝つのか全然分かりませんでした。どうも、このお二人は終盤で妙な波長の合い方をするようで、差がついていても必ずもつれて面白くなるようです。私の棋力では、棋譜だけ見て記事を書くのはしんどすぎるので、週刊将棋、囲碁将棋ジャーナル、「渡辺明ブログ」等を、全てカンニングした上で書く予定です。それに、このお二人の場合、感想戦でも、どちらも「言う」タイプなので、その点にも興味津々です。

女流棋士会の分裂について、簡単にまとめておきます。
まず、マスコミ各社の記事については、こちらで一覧を見ることができます。

「フレッシュ アイ ニュース」 「日本女子プロ将棋協会」クリップ

日本女子プロ将棋協会側のコメント

「日本女子プロ将棋協会」「お知らせ(2007/6/7女流棋士総会))

「ファンクラブや親睦会」について、この表現を見るとLPSA側としては共同でやってもいいという意向があるのかもしれません。

女流棋士会側のコメント

「日本将棋連盟」「女流棋士会新理事のお知らせ」

新会長の谷川治恵氏は、当初より残留を主張していた中心人物の一人です。また、同じく当初より独自の残留論を表明していた古河彩子氏も、理事に選出されています。
スポーツ報知「女流棋士会、正式に分裂…新会長に谷川女流4段」によると、「混乱」を避けるために、イベントや普及活動は別々に行う意向とのことです。

「さわやか日記」 6/8
「将棋の話」「まじめな私」 6/9更新分
「将棋の話」で、具体的な女流会長、理事の選出方法を知ることができます。特に、会長選出の推薦方式は面白いですね。学生時代の学級委員の選出のことを思い出してしまいました。二人辞退してしまったとのことですが、誰なのか、なぜ戦ってみなかったのかなど、やはり気になってしまうところです。
「まじめな私」に次のような記述があります。

「最も大切なことは地道な普及活動です。パフォーマンスやイベントではない。教える側が目立つのではなく、教わる側が光輝くような普及をする。」

普及については、その通りなのでしょうが、二つ目の文については・・。「イベント」については、一昨日も書いたように、一般のファンの関心を引くためにとても有効な手段だと思います。地道な普及の一方で、出来れば連盟側にも柔軟に取り入れて欲しいものだと思います。そもそも「パフォーマンス」能力については、氏が最も得意とされる分野ではないでしょうか。決して悪いことだとは思わないので、男女問わず、どんどんパフォーマンスして、ファンを獲得してもらいたいものです。

ある将棋ブログを読んで知ったのですが、囲碁将棋ジャーナルで女流棋士総会の模様が放映されたようです。私は二週連続して痛恨の録画ミスをしたので、見ていません。BSの将棋番組については、「せんす」事件についての当初の気の使い方とか、女流独立問題を全く報道しないことで、その「事なかれ主義」にすこし苛立ちを感じていました。しかし、「せんす事件」も映像を一部放映し、女流問題も報道したようです。但し、今回は連盟側も関係していることなので、LPSA側単独の報道も、今後望みたいところです。
また、ジャーナルの聞き手についても「将棋連盟の所属でなければいけない」などという規則は全くありません。LPSA側のファンも多いのですから、起用を考慮検討していただきたいと思います。とにかく、天下の大NHKとして、独立不羈の精神で番組制作されることを望みます。

以下は、完全に私的な感想ですのでご了承ください。
正直言って、一般の女流棋士が何を考えているのか、すこし分からなくなりつつあります。もしかすると、男性棋士の世界同様、女流も「むつかしい」世界なのかもしれません。
LPSA側には、とにかく気のあわない人間がいないだろうし、少人数集団なので、好きなように自由にやっていただきたいと思います。しばらくは、とにかく「自立」主義で行って、あまりあせらずに将来的に統一を果たして欲しいというのが、ファンの率直な希望です。無論、それを助けてくれる女流や男性棋士がいて、時期を早めてくれれば、それに越したことはありませんが・・。
なんだか、我ながら暗い調子で書いてしまいました。

女流棋士会分裂、ザンネン!byギター侍(ふるっ)


LPSAイベント関係の記事に、戎棋夷説 07/06/09を追加しておきました。

MOA4cafe de SHOGI イベント(日本女子プロ将棋協会 LPSA)について

まあ、このイベントについては、最初だし盛り上がるといいなー、程度の関心しかありませんでした。しかし、その反響をネット上で追ってみると、どうもそれ以上の意味があったような気がしてきました。

まずは、当事者たちの高揚感あふれるレポートのリンク集。

日本女子プロ将棋協会  MOA4cafe de SHOGI 写真レポート1
MOA4cafe de SHOGI 写真レポート2
ひとこと日記#7
ひとこと日記#8
ごきげんDEブログ 初イベント成功!
あっこ&ひろみオフィシャルブログ MOA4cafe de SHOGI!!
将棋の輪 カフェで将棋を楽しもう!
松本博文ブログ MOA4cafe de SHOGI

当事者ではないのですが、「私的関係者」の方の記事もついでに。私はこの春先からここを欠かさず読むようになったのですが、初めて「嫁」の方についての記述を見ることができました。(笑)

daichanの小部屋 戦型分析

とにかく大成功だったようです。何よりファンだけでなく、本人たちも目いっぱい楽しんだ様子が分かります。
将棋ファンでは、やはりこの方がとてもよいレポートを書かれています。

WEB2.0(っていうんですか?)ITベンチャーの社長のブログ 日本女子プロ将棋協会のイベント

「手づくり感、イベントをつくる側が自然に楽しんでいる表情」というのは、当事者たちのレポートを見てもよく分かります。密室型の将棋ファン限定でなく、こういうオープンな形でやったのが何よりよかったと思います。
とにかく従来の将棋ファンだけに頼っていると、将棋界の将来については悲観的な見方をせざるをえないので、一般の人間を巻き込んで興味を持たせる、という意味でこのイベントの価値は大きいのではないかと感じました。企画の勝利ですね。
この団体については、単にうまくいって欲しいというだけではなく、従来の将棋界の外部に対する向き方に対して、新たな風穴を開けるということを期待しだしています。すこしほめすぎかもしれませんが。この団体だけでなく、将棋連盟や残留組の女流にも波及して欲しいと素直に思います。
将棋連盟も、一種の「テストケース」として、温かく見守ったり、場合によっては支援していただきたいものだと思います。連盟にとっても、長期的にはプラスになることも多いのではないでしょうか。
さて、ここからは、本当に「一般」の人間がどう見たのかについてのリンクです。今日の記事では、この部分が一番大切なところです。有名無名、将棋ファン否、サバイブファン、男女老若、行けた人行けなかった人、入り混じっているのですが、これだけ見ても「イベント」の価値が分かります。っていうか、生粋の将棋ファンの記事が少なすぎるような気が。逆に言うと、一般の活動的で明るい人たちも、この種のイベントでひきつけることが出来るのだと思います。
将棋はファンの獲得がむつかしいわけですが、特に女流の場合は、やりようによっては間口を広げることも可能なのではないかと感じます。何度か書いていますが、将棋指しというのも、広い意味では、芸能の民、芸能人です。リンク記事でもサバイブファンが目立つのですが(リンクは一部略)、同じ「芸能の民」の力を借りるというのは有効な手段だと感じました。将棋の研鑽さえ怠らなければ、もっと外向きのことも思い切ってやってもいいのではないでしょうか。「将棋」が今後生き残るためにも。

新宿経済新聞 モア4ストリートで女流棋士10人がファン交流イベント(中倉姉妹が「女流棋士の名物姉妹」なのだとは、知らなかった 笑)
手紙〜八王子からあなたへ〜 自由への航海(こういうファンは大切にすべきでしょう。)
P(erfume系C(hupperの日記 2007/6/3
P(erfume系C(hupperの日記 新宿の中心で
日記 一目ぼれ
夢追人のぎゃんぶるは気楽に♪ モア4カフェ
迷い猫の裏路地幻想譚 新宿で将棋
将棋あれこれ 中継に慣れると
(-θμθ-)ノ×−Survivёr日記  0603新宿将棋イベ
SENTIMENTAL HEART女流棋士イベント!
じぇっとんち♪ 6/3 Survivё ライブ 新宿モア4番街

戎棋夷説 07/06/09
即席の足跡《CURIO DAYS》 のどかです2
★さやかの梔子(KUCHINASHI)ブログ★ ぐったりさん
WineRedの美味しいブログ MOA 4 Café
まぉちぃコト河西舞桜日記(・ω<*)ノ「LPSA 」  舞桜日記♪(やっぱり最後はサバイブご本人で。これでファンになったと言いたいが、オッサンとしてはさすがにチョット苦しいっす。)

日本女子プロ将棋協会の組織など、週刊将棋を読んで

名人戦、名人の寄せ、変な感じだなあと思って見ていたのですが、あれが確実だったとのことです。例によって勝又六段が明晰な解説を書かれているのですが、ああいう中段玉になったり、打ち歩詰めがらみになるような形とは関係なく、寄せ手順を具体的に読みきっていたようです。やはりトッププロの芸ということなのでしょうが、普通に見える△8ニ歩が紛らわしくて△3三角が良いなんていうのは、私などは説明してもらってやっと分かるのですが、どの程度の棋力の人なら自力で指せるのでしょうか。

日本女子プロプロ将棋協会設立の記事も、ある程度詳しく具体的な内容です。注目すべきは、理事会の構成が女流棋士三名、外部の人間三名、監事も外部の人間だということです。
以前記事を書いたときに、あまり日本女子プロ将棋協会の「定款」をよく読まなかったのですが、別に女流棋士だけしか理事になれないなどと、最初から書いてありませんでした。やっぱり、こんな時は「勝手に将棋トピックス」さんがいてくれたら・・。
第19条の、総会の議決方法が「社員」の過半数というのを読んで、連盟と同じやり方と思ってしまったたのですが、似ているのはそれだけで、あとは全然違います。
第9条を見ると、まず「棋士」ではなく「社員」という表現になっています。つまり正式な「社員」であけば議決権を持っているということです。女流棋士以外の「社員」がどれだけいるのかは不明ですが、少なくとも「女流棋士」とはなっていません。
また、代表理事の選出が理事の互選によるというのは、将棋連盟と同じですが、理事選出の方法も、特には明記されていません。今回どういう形で決まったのか分かりませんが、外部の人間が半数入っていることもあるし、立候補による多数を得た者の選出という形ではないのかもしれません。勿論、そうなのかもしれません。これ以外に内規のようなものがあるのでしょうか。
また、理事会の決定について、将棋連盟のように、いちいち総会での承認を得る方法なのかも、はっきりは書いてありません。第19条があるので、重要な政策については、恐らく議決をとるのでしょうが。
とにかく、ある程度外部の人間を借りた運営にはなるようです。中井さんが代表理事なので、最終決定についてだけは、女流棋士が責任を持って判断する、あるいは出来るようにするというのかもしれません。理事会での議決が、第29条にあるように過半数により、同数の場合議長(代表理事)が決めるということだそうです。女流が理事に半数入っているので、実質的には女流の主導権だけは確保しているようです。もっとも、代表理事についても、「女流棋士」とは明示されていないので、今後外部の人間が代表理事になる含みもあるのかもしれません。
以上のように、定款だけ読んでも推測だらけになってしまうのですが、とにかく「外部の力を借りる」形になることだけは間違いありません。考えてみれば、このやりかたのほうが自然なわけで、将棋連盟も、将来的にはこの形を見習うことになるのかもしれませんね。
週刊将棋は、こと女流問題については公平な報道を続けているように感じます。この方の記事を読むと、以前米長氏が訴えられた件について、週刊将棋が一切報道しなかったことがあるそうです。この社長さん、週刊将棋に問い合わせたとのこと。すごい。
しかし、女流問題の報道を見ていると、そんなことも信じられないくらいきちんとやっているような気がします。今後、中井さんのインタビューも予定しているそうです。

中原先生、竜王戦一組で丸山さんをふっとばして本戦出場とのこと。すごいですね。


勝手に将棋トピックス更新休止関連記事リンク集に一件追加しました。

「第3の死角」「盤上の海、詩の宇宙」再論

論座六月号で、羽生善治が茂木健一郎と対談した際に発言した「第3の死角」については、既に記事を書いた。敢えてその問題には深くつっこまないでおいたし、自分の能力にあまると思ったのだが、今日、その記事に面白いコメントをいただいたので再度書く気になってしまった。良いことなのか、悪いことなのかは分からない。

「第3の死角はあるとおもいますよ。人間にもコンピューターにも読めないとこって意味でしょう。そこが見えるのが将棋の神様なんですよ(笑)posted by annogoo」

投稿名のannogooは「坂口安吾」と関係あるのだろうか(笑)?
もう一度、「第3の死角」発言の、該当部分を引用しておく。

「ただ、一口に「考える」といっても、人間の思考には必ず死角が出来ます。人間が見逃した部分をコンピューターが見つける可能性もありますが、コンピューターにも死角がある。でも、私は、そのどちらの思考プロセスも及んでいない”第3の死角”が存在すると思うんですよ。だから最後は、選択だけになるか、この”第3の死角”しか残らないような気がします。数値で計算するやり方や、感覚的な美しさから来るもの、その両者の狭間には見捨てられがちですが、絶対に掘り起こされない部分なのだと思います。」

もし味気なく考えるのならば、「第3の死角」は存在しない。なぜなら、どんなに多くても将棋の手は一応有限なので、コンピューターが無限に近い時間をかければ、しらみつぶしに読みきれるのだから。しかし、羽生善治の言っているのはそんな次元の話では「恐らく」ない。
「盤上の海、詩の宇宙」を読むと、手がかりが見つかる。羽生善治が「読んでいる間に感じる不安、狂気じみた世界」についてもらしたのをキッカケに、対談の最後までそのテーマをめぐって延々と語りつがれることになる。将棋指しも、詩人も、ギリギリの創造行為の最中にチラッとのぞき見る「別の世界」「狂気の世界」「原世界」についてだ。様々な角度から論じられているのだが、吉増剛造が引用しているノーベル賞受賞のロシア詩人の言葉が、分かりやすい(といって勿論日常的な話では断じてない)ので、引用の引用をしておく。ここでは詩人の「行為」の面から「そういう世界」について論じられている。

「詩を書いたりするのは、まず何よりも詩を書くことが意識だとか思考だとか、世界感覚の非常に巨大な加速器、増殖器、そういうふうにして言語を作っていく。それが非常にプライベートなパブリックなものにならない、本当にゴミみたいなところから、各自の非常に発達した美的な感覚を通じて世界が加速していく。巨大になっていく。それは国家や社会をもはるかに超えて、人間の存在の根幹に通じるようなある運動だ。」

そんな話をするつもりはあまりなかった吉増が、羽生に触発されて普段言わないようなことを信仰告白しているのが、たいそうスリリングである。しかし、ここでは詩の話はやめよう、読んでいる方もあきれ返って、このページを閉じてしまうだろうから。
将棋の話に関連させると、羽生は過去の蓄積の「定跡の集成」という側面から説明している。但し、ここで言われているのは現在の定跡のデータベースの集積といった話では勿論ない、(のだと思う)。例えていうと、江戸時代の家元が、命がけで作り上げてきた将棋の世界、それには宗看たちのあの奇跡的な詰将棋も含まれるだろう、将棋の世界の総体、執念やら勝負に込める気迫など、坂田三吉や、升田、大山から現在に至る、全ての形なき集合体のことである。
既に話が完全に「イッチャッテイル」ので、さらに「トリップ」してみると、羽生善治は、読みの不安にさいなまれる限界状況で、そうした「他界」を恐らく直覚的に感知してしまっているのだ。お望みなら「将棋の神様の世界」と言い変えてみてもよい。
そういう圧倒的な世界を背負って将棋を指しているのは、羽生善治に限らない。他の全てのプロもそうだし、私のような末端の弱いアマでもそれは同じことだ。
羽生は、その世界を受け入れる一方で、「その歴史を全て否定するアイディアに行く」という選択肢もあると述べている。言うまでもなく、現代では佐藤康光がその先駆者だろう。
さて、「第3の死角」の話に戻る。無情なほぼ無限の計算力すら察知できない部分があるとしたら、今述べたような世界しかないのではないか。それが私の結論だ。無論完全に間違っているだろうし、もし羽生善治がこれを読んだら、あきれ返って失笑するであろう。
しかし、annogooさんの行っていることが多分正しいのだ。「将棋の神様」しか察知できない部分であり、annogooさんは、自分の意図するよりはるかに深いことを言っているのではないかと思った。
完全な妄想狂の世界にここまで付き合ってくださった読者の方には感謝するしかない。

ついでに、6/5の朝日夕刊の「吉増剛造から茂木健一郎への手紙」について。茂木健一郎が、自著の中で小津安二郎について語っているそうだ。「ひとり息子」や「東京物語」の例をとって「規範から逸脱した生命の躍動を描いた小津の凄み」について書いているとのこと。蓮見重彦の「監督小津安二郎」を思い出す。小津映画に「登場しない階段」「食べるシーン」「不自然に複数人物の同時的な身体の運動」をめぐって、やはり「逸脱点」について鋭い指摘が投げ出されていた。そう、小津もこれ以上ない平和な日常世界を描きながら「他界」を垣間見た稀有な作家だったのだ。黒澤がどんなに劇的でも、そういう「逸脱」は一切ない。強引に言うと「第3の死角」にもつながる話なのではないかと感じてしまった。

こんなことを書いてしまった自分が気持ち悪くて仕方ない。なので、気持ち悪いついでに、「MONOGUSA joker」の方に、最低のオフザケ記事をのせておく。昨日書いたのだが、あまりにバカバカしくって削除してしまったものだ。題して 「もしも眞鍋かをりが将棋観戦記を書いたら」@ドリフターズの「もしも」シリーズより。
もし私が頭がおかしいと思われたら、羽生、吉増、茂木三氏のせいだと言い張ることにしよう。

観戦記について

昨日の「勝手に将棋トピックスの過去の女流独立問題関連記事リスト一覧」で、最初の二つの記事のリンクが落ちていたので加えておきました。昨日のうちにご覧になった方、申し訳ありませんでした。
LPSAのイベント、行けなかったのですが盛況だったようです。密室でなく、ああいうオープンな形でやったのが、なんとなくあの団体らしいのではないかと感じました。

「daichan’s opinion」が更新されて、駒落ちについて書かれているのですが、ついでに過去記事をツラツラと眺めていたら、面白いのを見つけました。観戦記について、梅田望夫さん、遠山四段、片上五段の鼎談がブログ上で行われています。

My Life Between Silicon Valley and Japan 毎日新聞夕刊「ダブルクリック」欄・第九回「将棋の魅力」
My Life Between Silicon Valley and Japan  新聞社の将棋担当者への提言: ネット上に長い観戦記を
遠山雄亮のファニースペース  梅田望夫さんのブログより

遠山雄亮のファニースペース  梅田望夫さんのブログより
daichan's opinion 観戦記について
daichan's opinion 観戦記について―引用ふたつ

梅田氏が言われているのは、新聞の観戦記が短すぎて、対局の読みの多様さ深さが大幅に抜け落ちているので、ネットを活用して補うべきだということ。遠山氏は、そういう声を将棋界内部の人間も真摯に受け止めるべきという考え。片上氏は、ネットの「即時性」に対抗する手段を、今後の観戦記は考えるべきという主張です。
私のようなオジンファンにとって、かつて新聞の観戦記は重要な情報源で、実際毎日楽しみに読んでいました。ほかに情報源がほとんどなかったこともあるのですが、あの時代の観戦記者には独特の文体のスタイルがありました。なんと言うか、講談調というか、劇画調というか、ご存知の方なら説明しなくても分かると思うのですが、読み物自体としてもなかなか楽しめるものだったのです。無論、あのスタイルを今そのままやったら、かなりアウト・オブ・デイトになるのは否めませんが、現在にも現在なりのスタイル、読んで面白い文章であって欲しいとかねてから思っていたところです。
現在の観戦記は、‖亢票圓箍鮴蘯圓瞭匹澆両匆隲盤外こぼれ話を淡々とまとめているのがほとんどだという気がします。短字数でやむをえないのかもしれませんが、もう少し思い切って「個性」を出して欲しい気がします。特に、ネットやBSや週刊将棋で、タイトル戦の棋譜や解説はほとんど分かってしまうわけですから、「読み物」としての魅力がないと多分読まれないでしょう。実際、私自身、正直に言いますが新聞の観戦記は気が向いた時以外はほとんど読んでいません。結構自分でもコアな部類のファンだと思うのですが。
以前の記事で散々ふれたのですが、坂口安吾が将棋について書いている文章が、自分の中では最高のものです。安吾は将棋は全然しないのですが、扱っている対象が、升田、木村ということもあって、面白くてたまりません。まあ、こういう一流作家の例を出すのは、反則かもしれませんが、ちょっと引用してみます。

升田八段が、ウアア、ウウ、とデッカイ声で唸って、復員姿をピョンと直立させたかと思うと、ガクンと勇ましく、かがみこんだ。口をへの字に、大目の玉で盤面をハッタと睨んで、勇気リンリン、勇気リンリン、勇気リンリンか、と唸っている。前名人は、ゆっくりと、静かに瞑想型、盤面から顔を上げ、天井を見て目をとじたり体を起こして紫煙をはいたり。・・・。
坂口安吾 「観戦記」より

まあ、対象が升田なので二重に反則なのですが、こんな調子で延々と続くのです。但し、これは長文の例なので、新聞の観戦記の参考にはならないのですが、とにかく「読み物」としての面白さが必要だと思います。将棋ファンといっても、レベルが様々で観戦記に求めるものが違うのですが、新聞の観戦記が、一応将棋ファン以外のすべての目にふれる性質上、多少レベルを下げてでも、読み物としての面白さを追求することを真剣に考えるべきだという気がします。坂口安吾の将棋関係文章を、ざっと紹介しておきます。
ちくま文庫 坂口安吾全集7 「勝負師」「九段」
ちくま文庫 坂口安吾全集17「観戦記」「将棋の鬼」「坂口流の将棋観」

もう一点、梅田氏が指摘されている、ネットの活用について。新聞の短文では物足りないので、ネットの長文で補うというのはとても魅力的なアイディアです。但し、これについては片上五段が指摘しているように、ファンによって求めるものが違う気もします。

 将棋ファンを分ける一つの要素として、「指し手の詳しい解説を望む層」と「そうでない層」というものがあると思います。他に「棋力」(高い・低い)「見るor指す」などいくつかの要素があるでしょうが、この要素は中でも最も厄介なものだと思います。

専門誌については「詳しい解説を望む」層を優先でよいのでしょうが、新聞の観戦記については違うような気もします。特に、こうして将棋ブログを書いたりする人間は、普通コアなファンばかりでしょうから、その意見ばかり聞くと間違えるような感じもしないではありません。私見を述べると、新聞の観戦記については、全く将棋が分からない人間でも、読んでなんとなく楽しくなってしまうような記事にすべきなのではないかと思います。
但し、梅田氏の意見の中で、コメント欄で述べられている次の部分については完全同意です。

umedamochio 『棋譜の周囲にオープン観戦記をどんどん許すというのが、本当はもっと大切なことなんですよね。でもそれはもっとネット戦略上級編なので(いきなりだと絶対に新聞社等に理解してもらえないから)、いずれまとめて提言を書くつもりです。』

もしこれをしたら、ネットが相当盛り上がるのは間違いありません。オープン観戦記を書くのは、プロでもアマでも構わないわけです。技術的には、私が「プロ棋士も是非このスタイルでの自戦記を」で書いた、棋譜再生プラスコメント方式を使ったら、なおさら面白いでしょう。
但し、ご指摘の通り「新聞社の理解」と、棋譜の著作権の問題があります。棋譜の著作権については、現在宙ぶらりんの曖昧な状態が続いています。法的には、あまり根拠がなさそうなのですが、「知的財産権」でカバーする考え方もあるようで、私のようなシロウトには正直判断しきれません。
ただ、チェスでは、棋譜の著作権なし、が定着して、自由に棋譜を扱えているようです。もし、「将棋の棋譜の著作権なし」をやった場合に、実害が出るのは、棋譜データを売っている「将棋年鑑」とか新聞社の有料ネット中継でしょう。どの程度の利益が上がっているのか全く不明なのですが。有料中継の方については、棋譜を見たいというより「ライブ感」が重要なのでしょうから、少なくとも対局終了までは、棋譜をさらさないというルールさえ決めておけば、それほど損害は出ないのではないでしょうか。「将棋年鑑」の方は、どうしようもありませんが、そこで失う金銭的な損害と、自由化することで期待できるネットの活性化と将棋ファンの増加によって期待できる利益とを、どう天秤にかけるかということでしょう。もっとも、ファンとしての本音を言うと、それぐらいはやってちょうだいよ、ということなのですが。
どちらにせよ、梅田氏が「まとめて提言を書くつもり」と言われているので、一般ファンとしてはそれを待ちたいと思います。


「勝手に将棋トピックス」の過去の女流独立問題関連記事一覧リスト

私みたいに偏った考えのものが、こういう公平中立で客観的な立場の方のリストを作ってもよいのかというのは、ちょっとあるのですが、とにかくどんな立場の人間でも安心して見られる共有財産、資料としてつくってみました。何より自分でこういうのが欲しかっただけなのですが、よろしかったらご利用ください。

「勝手に将棋トピックス」より女流独立問題関連記事一覧リスト

2006年11月25日 ■[将棋界] 女流棋士が日本将棋連盟から独立へ
2006年11月27日 ■[将棋界] 女流棋士が日本将棋連盟から独立へ(続)
2006年12月01日 ■[将棋界] 女流棋士が新法人設立へ 臨時総会で決議
2006年12月20日 ■[将棋界] 「女流棋士新法人設立準備委員会ブログ」開設
2007年01月06日 ■[将棋界] 女流棋士の独立への準備状況
2007年01月17日 ■[将棋界] 「女流将棋協会(仮称)基本理念(案)」発表
2007年02月04日 ■[将棋界] 女流棋士独立に関連していろいろ
2007年02月10日 ■[将棋界] 中井広恵女流六段インタビューなど
2007年02月19日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題についていろいろ
2007年02月22日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 準備委員会、連盟理事会の応酬など
2007年02月24日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 「米長邦雄の家」更新
2007年03月09日 ■[将棋界] 「女流棋士独立に日本将棋連盟理事会が『待った』」など
2007年03月12日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 2006年3月の米長邦雄永世棋聖の発言など
2007年03月13日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 2006年3月の「女流棋士会役員会便り」など
2007年03月16日 ■[将棋界] 「女流棋士 分裂の危機」など
2007年03月19日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 羽生善治三冠「分裂は良くない」など
2007年03月24日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 「独立か残留か」回答期限を延期など
2007年03月30日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 36名が残留届
2007年04月03日 ■[将棋界] 女流棋士独立派が新団体設立方針表明 など
2007年04月07日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 週刊新潮の記事 ほか
2007年04月10日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 週刊将棋上でコメント ほか
2007年04月23日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 最近の動き
2007年05月23日 ■[将棋界] 女流棋士独立問題 39名が日本将棋連盟に残留 他


こちらは、全然客観的ではない私有財産に過ぎませんが、私が女流独立問題について書いた記事を、右の欄のCategoriesの「女流独立問題関連」で、まとめて見ることが出来るようにしておきました。

羽生、吉増、茂木のトライアングル

まだ羽生vs吉増対談の余韻が頭の中を駆け巡っている。「論座」六月号の羽生vs茂木対談も読んでみた。コンピューター将棋がテーマである。なんとなく羽生さんだったらコンピューター将棋については柔軟な発想をしそうだと思っていたのだが、結構頑固な考え方のようである。コンピューターとは指したくもないし、その思考法を取り入れるつもりもないという。それは、人間とコンピューターの思考法許が根本的に違うからだそうだ。思考方法についての羽生氏ならではの的確で冷静な本質把握が根底にあるのだが、それ以外に「人間」の将棋指しとしてのブライトのようなものも強く感じる。
本当に「人間」として出来るところのギリギリのところまではやっているのだという自負のようなもの。「もし将棋の神様と指したら、せいぜい角落ちがいいところですね」と言っていたが、逆に将棋の神様相手でも角落ちといえるのは、相当自信があるのだと感じてしまった。
Vs吉増対談でも、狂気の世界を覗き込むようなところまで「読む」姿勢が何より印象的だった。つまり、詩人が言語の限界線を追求した果てに見る、非言語の得体しれない世界に、羽生氏も将棋を通じてふれているのだろう。その問題を二人が延々と語り続けたのは本当に感動的でもあり、背筋が少々寒くなった。そこまで、「人間」として将棋を突きつめている羽生氏だからこそ、コンピューターに対して、一見かたくなとも思える考え方を示すのではないかと感じた。
羽生氏が、この対談でも、結構わけの分からないことを言っている。すこし長くなるが引用する。

「ただ、一口に「考える」といっても、人間の思考には必ず死角が出来ます。人間が見逃した部分をコンピューターが見つける可能性もありますが、コンピューターにも死角がある。でも、私は、そのどちらの思考プロセスも及んでいない”第3の死角”が存在すると思うんですよ。だから最後は、選択だけになるか、この”第3の死角”しか残らないような気がします。数値で計算するやり方や、感覚的な美しさから来るもの、その両者の狭間には見捨てられがちですが、絶対に掘り起こされない部分なのだと思います。」

皆さんどう思います(笑)?“第3の死角”というのは、いったいなんなのだろう。こんなものの存在を信じている羽生氏が、一種の神秘主義者のように思えてくる。さっきの吉増氏との対談の内容がもしかすると関係しているのかもしれないが、私にはサッパリ分からない。
一方の茂木氏も、相当のものだ。私は「脳科学者」という存在に、相当抜きさしならぬ偏見があるのだが、茂木氏は全然違うようだ。かつて、養老氏に「茂木くんは精神年齢が幼い」と言われたそうだが、そりゃ言われるでしょうねという感じ。無論、私としては「精神年齢が幼い」というのは素晴らしいことだと思うのだが。あまり茂木氏のことは今まで知らなかったのだが、この対談を読んでいっぺんに好きになった。最後に茂木氏はこんなことを言っている。

「生命、意識、知性とは何か。これは人間の本丸のようなもので、特別な能力だと思ってきたけれど、「本当にそうなのか」が今まさに問われている。だから、将棋はコンピューターに負けないで欲しいんですよ。」

こんなことを、サラリと言ってのける脳科学者、やっぱりタダモノじゃない(笑)。
茂木氏に興味を持ったので、「クオリア日記」を読んでみたのだが、突然吉増氏の名前が出てきたのでビックリ。単なる偶然に過ぎないのだが、こういう場合、私は偶然ではないと考えることにしている。考えるだけなら、まあ自由だからねえ。芥川龍之介の「歯車」(でしたっけ)の世界。あるいは、スティングが「ロクサーヌ」を作曲中に、そのメロディが窓の外から口笛で聞こえてきた体験。そんなことがあったからなのか、ポリス時代の最後に「シンクロにシティ」というアルバムをつくることになる。
話が脱線した。茂木氏は、吉増氏と朝日新聞夕刊で往復書簡を交わすらしい。初回は5/29で、早速読んでみた。その中で詩人のメタファー(隠喩)の問題が出てくる。羽生氏は、実はメタファーの名人なのだ!そうした能力が、羽生氏の「特別さ」となんらかの関係があるのではないかと前々から思っていたのである。またしても「歯車」の世界だ(笑)。私の頭の中では、しばらくこの三者のトライアングルでかき乱されそうだ。

名人戦第五局、青野九段の女流独立についての発言、週刊将棋

第五局、昨日の雷の影響で、夕方のBS録画がやはり途切れ途切れになっていました。森内名人の快勝のようです。どうも、今回の名人戦は終盤の息を呑むしのぎあいという展開にはならないのがすこし残念です。両者にいえることかもしれませんが、特に名人はよくなると、途轍もなくしっかりしているみたいだからねえ。
ただ、終盤で▲6七銀とはじいたところなんか、後手相当寄せそこなった感があるのですが。あれでも事件発生にならなかったのは、やはり大差だったのでしょう。森内流の△3三金から△4四金と盛り上がったのだけはいかにも「らしかった」。郷田さんは、プロなら一目らしい▲4四歩を逃すあたり、やはり歯車が狂っているようで、結局あの第三局の▲7五歩がと、このままでは言われてしまいそうです。
郷田九段は、事前インタビューで、「自分らしい将棋が指せそうですか?」と聞かれて、「自分らしく指したいというより、一生懸命指してその結果自分らしくなればいい」と答えていました。ちょっとした応答なのですが、なんとなく自分なりの確固とした考え方が出来ている人なのではないかと感じました。もっとも、それだけでは悲しい。次こそは、名勝負を見せて欲しいものです。名人は「永世名人」がかかるのだから、相当プレッシャーがかかるはずですが、どういう感じで対局にのぞむのかも注目です。
矢内さん、とにもかくにも元気そうで良かった。

近代将棋7月号の「実戦青野塾」の冒頭で、少し女流独立問題にふれられています。詳しい内容については、氏の卓抜な比喩による文章を読んでいただくとして、大雑把に紹介しておくと、今回の女流独立問題は残念だった、独立組は連盟からの独立にばかり気を取られて女流仲間への視線が不十分だった、独立実行をもうしばらくの期間辛抱して欲しかった、しかしとにかく頑張って欲しい、というようなことです。ものすごく良識的で公平な見方です。週刊将棋によると、青野氏は最高得票で理事当選したとのこと。理事としての活躍に期待してしまいます。
週刊将棋の記事で、初めて当選者の得票数を知りました。落選者の票数は省いていますが。この程度のことなら淡々と連盟自身やマスコミ各社がすぐに公表してもいいのではないかと思うのですが。会長互選の具体的内容についても、やはり週刊将棋で始めて分かりました。「情報公開」というありきたりな常套語をつい使いたくなってしまいます。
同じ記事中で、総会での議題「女流問題」について、事実関係の報告があった上で、「理事会からの意見表明はなし」とあります。新理事会になって、どうなるのでしょうか。
連盟から理事の担当部門などの発表がありました。
「日本将棋連盟」「新理事担当部署のお知らせ」

週刊将棋、勝又氏を「スーパーアドバイザー」に迎えて、8五飛戦法復活について特集しているのが面白かった。郷田九段が最初に指したという△2三歩、すごく地味な手です。これで戦法自体が見直されるというのだから、現在のプロの戦術研究は本当に細かいところまで研究しつくされているのだなあと、今更ながら実感します。

「今週の!」(片上大輔五段の対局ウォッチ)、地味な記事なのですがとても面白いです。プロの実戦で現れた手筋を見ると、「ほほー」(加藤一二三先生の口調で)と感心してしまいます。氏の言われるところの「プロの芸」です。特に二つ目の例の、受けが効かないところを、まったく別なところをいじって攻めることでしっかり受けてしまう手筋、盤面全体を使うというのはこういうことなのかと、素直に感服。

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