2008年04月

昨日の記事のコメント欄より

戎棋夷説のmaro_chronicon さんから、昨日の記事にコメントをいただきました。対局地の大盤解説会に行かれたそうで、最終盤の様子を伝えてくださっています。コメント欄まで見てくださる方はあまり多くないのではないかと思うので、改めてこちらに再掲載させていただきます。とにかく最高に面白いものですから。

Posted by maro_chronicon
▲6八玉▲7九玉▲1八香のあたり、対局地の大盤解説では、山崎と阪口が担当していました。
ずっと、後手玉ばかり見て寄せを検討していても、王手飛車の筋があって、どうにも決め手が無い。そこに▲6八玉が指されました。
阪口「これが指せたらアマ高段者というところですかね」
ところが、△5五角が攻防の一手で、相変わらず先手の勝ちが見つからない。
で、ふと、
阪口「▲7九玉はいくらなんでもぬるいですか」
山崎「それは、、、」
阪口「ぬるすぎますかね」
山崎「、、、、うーん」
ややあきれた、「そんな手、本気で考えてんのか、おまえ」という沈黙でしたが、そこで羽生が▲7九玉と指した。
山崎「うーん、あ、良い手ですね」。場内爆笑。
それでもまだ寄らない。歩切れが痛い。
阪口「でも、こんなところに歩が、▲1八香とか」
山崎「あー、、、。盤面を広く見た、というのはわかるんですが、、、そんなことばかり考えてるんですか。だからしょっちゅう逆転負けを、、、」
と言いかけたところで▲1八香。
山崎「はい、妙手ですね」場内大爆笑でした。


何も言い足すことはありません。

ほんまに、関西人には、かないまへん、勝てまへんなあ。

何度もいいますが、関西の方を馬鹿にしているのではございません。森内と羽生の余人の伺い知れぬ対話に対するのと同様、関西人のお笑いのセンスに対して、限りない嫉妬をいだいているのでございます・・。

ちなみに、名人戦棋譜速報では、名人戦中にはミニ動画を多数無料配信しており、この山崎阪口漫才のサワリも視聴可能なようです。

名人戦第二局 二人にしか分からぬ愛の会話

第一局は、羽生の△8六飛の印象が強すぎてつい忘れがちだが、序盤戦では、相手の指し手に敏感に反応して、本当に苦労しながら互いに主導権を握ろう、少しでも自分の言い分を通そうとしていたのが、とても印象的だった。
本局でも同じことが言える。一度交換した歩を、すぐさま再度あわせていった▲3五歩は、羽生らしい柔軟性に満ちあふれていたが、それも、相手が何気なくあがった△6三銀に敏感に反応しようとしてこそ指せる手だろう。その結果、局面に不均衡要因が導入され、常に激戦になってどちらかに大きくバランスが傾いてもおかしくないところを、お互いが深く相手の意図を察知しあって、絶妙な均衡点を延々と保ち続けた。
結果的には羽生が指しやすくなったのだが、二人ともその原因がすぐにははっきり把握できないような難解な将棋だったようである。羽生自身も、検討陣の見方とは違って、局面を悲観している場合もあったそうである。それも、あまりに深く読みすぎて、安易に結論を出せなかったがゆえなのだろう。
開幕前のインタビューで、二人とも、三十代であることを意識して、円熟した深い将棋を指したいという意味のことを、まるで示し合わせたかのように口をそろえていっていた。実際、今までの二局とも、なんとも深遠で格調が高い将棋だという印象を受ける。
盤上での会話を二人でひそかに楽しんでいるかのようでもある。あたかも、円熟した思想家同士が、ある論点をめぐって、峻烈極まりない議論を交わし、お互いの論点の些細な弱点も決して見逃さずに指摘しあいながらも、単なる批判には終わらず、終わってみれば貴重な結論を共有するにいたっているというか。または、あたかも、烈しく惹かれあう恋人同士が、お互いの発するちょっとしたシグナルも見逃すことなく、一種の駆け引きを楽しみながら交わす愛の会話のようだというか、というと訳分かりませんが。
とにかく、余人のうかがい知れないところで、重苦しいくらいに深遠な会話が交わされているような印象を受ける。本当にその微妙なニュアンスを理解できるのは二人だけで、周りの者たちは、限りなく嫉妬せずにはいられないというか。
それには、二人の持つ性質、特に森内の温和な性格が関連しているのだろう。これが、羽生佐藤戦なら、まったく様相は異なってくる。恋人同士の愛の会話どころか、水球のように、水面下でお互いの体はガンガン蹴っ飛ばしあうような格闘技になることだろう。
とにかく、今回のシリーズは、とてつもなく濃い。傍目のシロウトには、二人の深い会話を理解するのは至難の業だ。正直に言うと、本局などは、私にとってはあまりに難しすぎて手に余るのだ。ぜひとも、棋士の人たちには、その一端でも我々に分かるように伝える努力をしてもらいたいものである。
本局で一番芸術的で美しかったのは、羽生の▲1八角から▲6三銀の流れなのだろう。しかし、私がそれよりも何よりも興奮したのは、あの収束である。▲5七玉と上がったあたりで、・・。
――羽生玉に寄りがなくなったので、どうやら先手が勝ちそうだなあ。でも、具体的にはどう攻めればいいんだろう。森内さんの玉も広いし、羽生さんの持ち駒だって多くはないぞ。いやはや、私じゃ、まだ全然勝ちきれそうにもないや。
と思った瞬間に出た、あの▲6八玉から▲7九玉への二連続玉引き。私の考えていたことなど言っても、しょうがないのだけれども、受けの手など一秒たりとも考えなかった。そして、ずっと当たり続けていたと金を払って歩を入手するのが厳しすぎる先手になった決め手の▲1八香。こうやって、将棋は勝つものなのか。
「からい」とか言われていたようだが、恐らくあの指し方が、一番早くて確実で分かりやすいのではないだろうか。それを、延々と戦い続けてきて、恐らく疲労困憊の状態であろうはずにもかかわらず、まるでその局面を始めて接する場面のようにまっさらな目で見て、一番スマートな結論を易々と引き出してくるセンス。
わたしはあれを見ていて、「からい」というよりは「すごい」という印象に圧倒されて興奮しまくりであった。ずっと苦労して苦労して攻めをつなぎ続けてきたのに、最後に180度転換してさっと身をかわして受けて勝つという、突然の方向転換の鮮やかさに、すっかりやられてしまったのかもしれない。
とにかく、どう考えてもこのシリーズは簡単に終わりそうにもない。見る側にも耐久力がいりそうなヘヴィーなシリーズになりそうだ。

朝日の観戦記によると、第一局で羽生の敗着になった△8六飛は、4時44分44秒に指されたそうである。「死」の△8六飛!!

名人戦第二局第一日 坂田三吉の後手一手損角換わり

羽生先手で、後手森内の後手一手損角換わりに。BSでもネット中継でも話題になっていたが、後手一手損角換わりをはじめて指したのは、実は坂田三吉だそうだ。勿論。坂田は現代将棋のように合理的根拠があって指したわけではあるまい。同じような例として、坂田の初手の端歩つきがある。これについては阪口安吾が「大阪の反逆」で論じている。当時の木村名人が、相手を堂々と受けてたつ相撲の双葉山の横綱相撲を評して、将棋では序盤で立ち遅れるとそのまま負けてしまい、立ち上がりを制するのも技術の一つであり名人の力量なのだから、どうなのかと述べたということが、紹介されている。
序盤の優位ということが分からぬ坂田八段ではなかろうけれども、第一手に端歩をついたということは、自信の現われにしても軽率であったに相違ない。私は木村名人の心構えのほうが、当然であり、近代的であり、実質的に優位に立つ思想だと思うから、坂田八段は負けるべき人であったと確信する。坂田八段の奔放な力将棋には、近代を納得させる合理性が欠けているのだ。それ故、事実において、その内容(力量)も貧困であったと私は思う。第一手に端歩をつくなどというのは馬鹿げたことなのだ。伝統の否定というものは、実際の内容の優位によって成り立つものだから、コケオドシだけでは意味をなさない。
と、手厳しい。但し、そのこととは別に、そういう大阪流の衒気は面白い。実質的内容が伴ってさえすれば、そういう衒気やサービス精神は尊ぶべき褒め称えるべきであってで、日本的な文化のように形式に堅苦しくこだわるのは実に貧しい、という感じで話は続いていくのであるが。
一方、現代将棋は「公理を疑ってみる」「後回しに出来る手は後回しにする」(勝又六段)時代にナっており、端歩を初手やきわめて早い段階でついておくのも、十分検討すべき選択手段といえるのかもしれない。その場合、当然合理的根拠があるのが、坂田の時代とは根底において異なるところである。現代の後手一手損角換わりも同様で、飛車先の歩を保留して桂を活用する余地を残すという、はっきりした合理的根拠があってのことである。
昔にも今にも通じて言えるのは、将棋においては純粋な合理性の追求が美しいということだ。仮に狭隘な美意識によって現代将棋を批判しようとするのならば、それは悪しき伝統主義に過ぎないだろう。現代将棋は、一見形が壊れて変なのだけれども、根底に合理性の追究、真理の探究がある。その結果として形が壊れつつあるというのは、将棋という狭い世界にとどまらず、他の世界にも通じる重要な何かを示唆しているような気もするのだが、どうだろうか。

さて、将棋は羽生の早繰り銀を、森内が腰掛け銀で受けるという一般的な形に。一度交換した歩を、直後にもう一度交換しに行く▲3五歩が、いかにも羽生流。羽生は、とんでもない「やわらかあたま」の持ち主なのだろう。第一局でも、価値には結びつかなかったとはいえ、△6二銀という柔軟な発想を見せてくれていた。決して、羽生の状態は悪くないのだろう。
プロ棋士ならば、「ここはこうすべき」「筋はこう」といったものを、どのレベルのプロでも共通感覚として保持しているはずだ。そういうのがないと、ブロになどなれっこない。しかし、さらにその中からプロでも抜け出るためには、そういう「プロの常識」から外れる手を指す能力も必須なのだろう。柔軟な羽生はその典型だが、それは他のトップの佐藤康光など、誰についても言えそうだ。
それにしても、今シリーズの羽生は。積極的な感じがする。羽生は、きちんと合理的な考えて将棋を指すのを基本としながら、明らかにそれ以外の要素も考えたり感じ取ったりして指している棋士である。それは、羽生のどんなインタビューを、少しでも読めばすぐ分かることだ。今回も、きっと指し方のテーマのようなものがあるはずだが、それは羽生自身にしか分かりようのないことである。
よく分からないが、何か荒々しい羽生が見られそうなシリーズになるのではないか。

NHK杯 高橋九段vs広瀬五段

まったく、相穴熊というのは別のゲームみたいだ。特に今日の将棋は、お互い金銀四枚でガチガチに固めあい、先手はさらに馬つきに。当然、使用可能な残りの駒の数が少なく、相手玉への距離感や速度の観測ゲームみたいになる。味気ないといえば味気ないし、独特の嗅覚感覚が必要で面白いともいえる。
やはり、スペシャリストの広瀬五段に一日の長があったか。△4九角とか、いかにも思いつきにくそうだし、なんと言っても、角飛車を続けざまにきって、金銀四枚馬つきの穴熊を一気にはがして受けなしに追い込んだのは、鮮やかだった。広瀬の穴熊の終盤、恐るべし。もっとも、あの攻めを未然にふさいでおけば、まだまだ難しい将棋だったとのことだが。

中倉宏美さんが高橋九段とボーリングに行ったら、人差し指の節にタコができているので聞いてみたら「これは職業病で、正座するときに踏んばるので、手を畳につくので、長年やっていると、こうなっちゃうんですよ。」ヘェー。いろいろな職業病があるものだ。

解説の鈴木八段によると、金銀八枚全部取ることを「判定(勝ち)」と呼ぶそうだ。そうなると、ほぼ負けることがないので「判定勝ちを狙う」とか使うとのこと。ヘェー、って、ウチは将棋のトリビアの泉ですか?

銀河戦短評

今日はtwitterに載せるか、このブログに載せるのかで迷ったので、両方にアップしてみよう。なので、なんというか、twitter文体です。

ネットは人を短気にする。好きな時にパソコンを開いて、次々に好きなだけページを開き、つまらなそうだったら読まず、気が向いたらサラッと読み、疲れたり飽きたらさっさと終わらす。そういうスピード感が命のネット閲覧行為に慣れてくると、唯一つのチャンネルを、気長に眺める状態に拘束されるテレビがうっとうしくまだるっこしくなってくる。
銀河戦だって、一時間半以上じっと将棋を見ていなければならないのだ。最近HDDに録画したまま、なかなか見ないという悪習がすっかりついてしまった。昨日は夜更かしして、二局まとめてみた。

青野vs片上戦。片上自身によると、「自分の棋士人生の中でもおそらく最大の大逆転勝ち」だそうな。確かに、青野にとってはたまらないであろう将棋だった。将棋は本当に勝ちきるのが難しいゲームだ。逆転が生じるために出来ているようなゲームだ。

神谷vs豊島戦。豊島は連勝を重ねて既に決勝トーナメント出場を決めている。しかし、神谷が、完全に受けきりできらせてしまい、豊島をひどい目に合わせた。最後は指し続けるのがつらそうなくらいの将棋になった。
解説のハッシーによると、神谷は若手キラーらしい。いかにも、若手相手でも、弱気になったりせず、闘志満々でぶつかっていきそうなタイプだ。ハッスルの高田総統が「たじろぐがいい、おののくがいい」といっても、絶対たじろがないタイプだ?
豊島は近い将来タイトルを取るかもしれぬくらいの大器だが、そういう若手をベテラン神谷が木っ端微塵にしたのは、やはり快哉を叫びたくなる。将棋ファンは、常に年齢が上のほうの味方だ。逆に、若い方が勝つのがあまりに普通すぎるからである。

将棋世界5月号

この時期は、名人戦、女子オープン以外にそれほど大きいことはないので、棋士だけでなくファンも結構ノンビリできる。なんと言っても、順位戦速報に入ったのが大きくて、なんだか、加入後はしょっちゅうネット中継を見ていた気がする。あれにはいるとプロ棋士と近い感覚を疑似体験できるのだ(笑)。
将棋世界5月号は、順位戦最終局の全クラス特集もあって内容が濃い。A級の最終局は、BS中継も存分にあり、その迫力を味わえたところだ。
また、B1最終局でも、陥落のかかった、中川阿部戦は、ネットでも十分迫力が伝わってきた。中川敗勢で、ほとんどいつ投了してもおかしくない将棋を、まったく諦めることなく最後まで戦い抜き、もしかすると逆転かというところまで持っていったのはすごかった。ネット中継でも、中川阿部の二人が、ものすごい勢いで駒を叩きつけあって戦っている様子が伝えられていた。勝つ以外どうしようもない中川は勿論のこと、阿部もほとんど勝ったような将棋を落とせない、なぜ投了しないんだ、同じ関西の杉本の首がかかっているなど諸要因があって、アツくなっていたのだろうか。対局の映像を見てみたかったなあ。
C1から豊川さんが上がったのもめでたい。将棋世界の記事中でも、人間的な豊川さんの姿が描かれていて面白かった。

王将戦第5局の観戦記も面白かった。あのわけの分からない終盤を、詳細に解きほぐしている。驚いたのは、久保さんが▲5三飛成としたあたりでは、実は羽生勝ちになっていたということだ。それに、長考した久保がいち早く気づき、羽生もよく読むと自分も十分戦えることを発見したということらしい。バッと見では、先手の久保勝勢なのに、実はその逆だったのが、あの最後の頓死の心理的原因につながっていたのではないかという趣旨の分析には、とても説得力を感じた。きちんと具体的に深く将棋の内容を分析しながら、それを心理面に結びつけて考えている記事である。

行方八段についての、かなり私的でディープな記事も面白かった。行方さんは実にユニークなキャラクターの持ち主で、誰しもがなんとなく気になってしまって、人をひきつけずに入られない何かを持っている。スター性は十分、来年のB1の戦いぶりに注目である。

勝又プロフェッサーの最新戦法講義は、竜王による矢倉、特に最近勝率が良くなりつつある後手矢倉についての分析、佐藤和、遠山、戸辺による力戦振り飛車討論会。
先月号で勝又さんが「現代将棋は、当たり前とされてきた公理を疑う時代だ」といっていたのにはインパクトがあった。具体的に、若手振り飛車党の意見を聞いていると、実際に戦う上では、原理面で何か革新しようと意識的に考えているというよりは、あくまで勝てる戦法を追及しようとして、結果的にそうなっているという感じを受ける。当然のことで、将棋指しはとにかく勝たないとお話にならないので、理論よりも実戦的にどれだけ有効かが最優先されるのだ。従来の振り飛車をコペルニクス的に転換するというよりは、やはり居飛車穴熊にどう対応するかとか、藤井システムとの併用で試してみるとか、実戦的な理由だし、個々人で違う。ただ戸辺さんは、最初から力戦振り飛車ばかり指していたという突然変異体らしい。それが、もともと異端の戦法だったのが、振り飛車党も居飛車党も、こぞって採用しだしたということである。
つまり、現段階では、あくまで具体的に有効な戦法として使われているという実践的側面と、「公理を疑う指し方」という理念的側面が、入り混じっている段階なのではないかという気がする。どんな革新戦法でも、もともと常にそういうものなのだろうが。とにかく、今後どう推移していくのか、将棋ファンとしては目が離せないところでる。
ところで、討論中のこの部分は面白かった。ゴキゲンの超急戦▲5八金右型についての話で。
遠山 その日は隣に加藤先生がいた。石田先生が▲5八金右とあがるのを見て、加藤先生まで「エイッ!」て感じで▲5八金右とやった。(一同爆笑)

光景が目に浮かぶようではないか。


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囲碁将棋ジャーナル

谷川先生が、名人戦第一局を解説。
初日の封じ手時刻が一時間遅くなったが、両者とも指し手が慎重で、第一局はあまり進まなかった、と。そうか、戦い寸前まで言ったので、結構進んだのだと勘違いしたが、普通のペースで進んでいると、既に戦いが始まっていて、最重要ポイントで封じ手になる可能性だってあるんだな。そういう展開になると、初日や封じ手がすごく重要になってくるのかもしれない。
森内名人が▲2七飛としたあたりは、動きがとれなくなって困っていたのでは、という感じで言われていた。何か仕掛けたいのを我慢したというより、動きたくても、まったく手出しが出来ない状態になっていたということなのだろうか。私が一昨日書いてしまったように、悠然と構えていたということではないようだ。四筋の位をしっかり取っても、そういう状態になるとは、将棋は難しいものだ。
一番気になったのは、谷川先生が羽生さんの△8六飛をどう言うかだが、時間の関係もあったのか、割とアッサリ。「驚きました」「これで指せると思ってしまったのでしょうね。」程度。△8六角ととるのは、その後馬を作っても、飛車をいじめてまた千日手模様になる可能性もあるので、「志が低いと思ったのかもしれない」とも言われていた。
谷川先生らしく、品よく人の指し手に対してどうこう言ったりはしてなかった。私は、一昨日の記事でかなり強引な解釈をしてしまったけれども、生きた実戦の中では、羽生さんらしくはないけれども、そんなにあせりまくってしまったということではないのかもしれない。

最近有能な聞き手と評判の高い鈴木環那さん。女流王将挑決の模様が流れ、鈴木さんの悔しそうな表情が映り、矢内さんがインタビューで、にこやかに「鈴木さんはまだ若いので、いくらでもチャンスがあると思うので、頑張ってください」と、ややからかい気味に言い、スタジオに戻って鈴木さんの画。明るく、
「あの笑顔が憎たらしいですねえ。」
「初めて、ここまで人を倒したいと思いました。」
これで終わりかと思ったら、番組の最後で、この後の予定をきかれて、
「わたしはこれから、先ほどの矢内さんのインタビューのストレス発散に、ジムに行って参ります。」
ナルホドね。キャラクターが分かってきました。ああいう人には、少し冷ためのことを言って突きはなしてあげると、さらに個性が生きるはずで、例えば、谷川先生が「まあ、でも当分矢内さんには勝てないでしょうね」くらいのことをもし言ったら、さらに盛り上がると思うのですが、無論紳士の谷川先生は、優しく慰めてあげていました。

名人戦第一局 森内の▲2七飛と羽生の△8六飛

私でなくても、羽生ファンならば、昨日の負け方にはショックや不安を覚えてしまうだろう。名人戦で森内に負かされるにしても、長時間の持ち時間をフルに活用して、緻密な序盤の構想力で主導権を握られ、終盤力を発揮する間もなく押し切られてしまうというパターンが多かったような気がする。しかし、本局は、後手番なのにもかかわらず、△6二銀がプロ棋士たちも唸る柔軟な構想力で、羽生のほうが指しやすい将棋にしたようなのだ。それなのに、その流れを自分で断ち切るような△8六飛といきなりきって、難解ながらもむしろ先手に勝ち筋が多い将棋に自分で持ち込んでしまっての敗退。まったく羽生らしくなかった。
それでは、なぜ羽生は△8六飛と踏み込んだのか。無論素人には技術的なことはよく分からないが、中継等のプロ棋士の証言を見ていると、この手を考えなかった棋士は必ずしも皆無ではなかったようである。もしこの順で以下勝ちになるのなら話は早い、という見方もあったようだ。つまり、羽生自身にしても、最短の順でバッサリ斬って勝とうという最強の順を選んだつもりだったのだろう。それが、何か重大な誤算があって、むしろ先手が十分戦える形になってしまった。しかし、その後の手順にしても、あくまでプロなら先手が良くなりそうと分かるという話であって、実際は難解きわまりない終盤戦である。恐らく、そういう複雑な手順順の中から、ギリギリでも自分が勝てる一本の筋を羽生は見つけたと思ったのだろう。しかし、特に▲4四歩を入れたタイミングなどは、実に森内らしい精緻な深い読みが入った手のように見える。そういうところで、羽生の一筋の勝ち筋の読みに亀裂が入ったのだとしても、なんら不思議ではない。
プロといえども、恐らく△8六飛の時点で、完全に勝ちを読みきるのは多分不可能だろう。それなのに、なぜ羽生は決断して踏み込んだのか。技術的な理由以外で、心理面ではどうだろうか。
これは、あくまで推測になってしまうが、恐らく永世名人がかかっていることを想起した方は私以外にも多いのではないだろうか。BSに先崎学が登場した際、今回の羽生には、いつもの自然体と違って、どうしても勝ちたいという雰囲気を感じると述べていた。当然だろう。まして、世評では、羽生が先になるといわれていたのに、森内に先を越され、なおかつその当人との対決なのだ。羽生が恬淡としているようでも、なにがなんでも勝ちたいと思うのが、むしろ自然な人情というものだろう。さらに、プロ棋士にとって永世名人というものの有する重みたるや、余人の想像をはるかに超えているのだろう。そのどうしても勝ちたいという気持ち、猛烈な気迫が、羽生をして、△8六飛とつんのめらせたという見方も、一応可能だろう。平常心の羽生ならば、もっとあせらずに勝ちにいく順を選んだはずなのだ。誰もが、今回の羽生の性急さに驚いたのだから。
一方森内はどうか。先手番で模様が悪くなって、普通ならあせってしまって、もがきかねないところだ。まして、森内は先手番を重要視する棋士である。何とか先手でしなければと考えそうなところだ。しかし、▲2八飛から、じっと▲2七飛と浮いた。先手側から、特に狙いのあるわけではない手である。もし後手が千日手狙い出来たら、それに追随してもやむをえないと考えているのかもしれないと、藤井猛が解説していた。まったく森内はあせらず、悠然と構えていることが出来た。動かざること山の如し、だった。
そういう心の持ち方を出来たのはなぜか。森内は既に永世名人の資格を獲得している。しかも、羽生が先になるといわれていた世評を覆し、前期の激闘の七番勝負を自力手勝ち抜いて。羽生とはまったく異なる精神状態で、シリーズに臨めているはずである。
森内の▲2七飛は、既に永世名人を獲得しているから指せた手、一方△8六飛は永世名人を取りたい気持ちが強すぎたために指させた手、と言ったら強引過ぎるのは分かっているのだが、私の言いたいことである。
森内にしても、直前の調子が良くなかったので、開幕前は不安もあっただろう。下手すると四タテを喰らう恐れだって、考えなかったわけではないだろう。だが、とにかくひとつ勝利を挙げた。これで、さらに落ち着くだろう。そういう意味でも、羽生にとっては痛いだろうと思う。出来れば、森内の調子を出させないまま、一気にいきたかっただろうから。
しかし、永世名人になるということが、そもそもそう簡単なことではないのだ。その一番いい証拠が、前期の森内なのだ。あの第六局の信じられないような大逆転負け。誰しも、内心では森内はもう駄目だろうと思ったことだろう。しかし、最終局で最高の内容の将棋を指して、まさしく自力で永世名人をもぎ取ったのは、ファン誰もがアッパレと思ったところである。
羽生とて同じことだ。この第一局の内容だって、羽生のことだから、ちゃんと問題点を外野よりも的確に迅速に把握済みのはず。次からは、いつもの羽生に戻って、最高の将棋を指してくれるに違いない。羽生ファンとしては、この第一局は、永世名人にいたるための通過儀礼だったのだとポジティブに捉えたい。また、こういうのが第一局ででてしまってよかったとも考えられる。第七局の取り返しのつかないところで、あせった手を指してしまったらたらそれこそ取り返しがつかないのだから。
羽生ファンとしては、ちょっと気が早いけれども、今回は(勝つにしても)第七局まで、たっぷり見る覚悟を決めた。森内は、次局以降も落ち着き払って羽生の前に山のように立ちはだかり続けるだろう。それを、きちんと倒して乗り越えて、堂々と永世名人になってもらいたいものである。

それにしても、藤井猛の解説は面白すぎる。「ここで本当はこうしたいのだけれども」、と言って、右手で▲3七桂を左手で▲3六歩を同時にビューーッと指していた。アナウンサーに、それやったら負けですね、と突っ込まれていたし。中村桃子嬢も笑わされっぱなしだった。藤井猛には、是非ブログをはじめてもらいたいものである。渡辺明ブログをしのぐ人気を獲得するであろうことは、まず間違いない。

名人戦開幕 第一局第一日 森内名人vs羽生二冠

いよいよ開幕。この二人の対戦では、過去二回の名人戦を見ても、先手がかなり勝ちこんでいる。従って、後手番の作戦が注目だが、羽生さんは居飛車の角交換拒否形に。棋王戦では、後手でゴキゲンをよく試していたが、結果が出なかったこともあるし、名人戦なのでじっくりいくということなのだろうか。ただ、作戦としては主導権をとるという感じではないですよね。後手だから仕方ないのだけれど、羽生さんといえども、後手番の作戦は難しいのか。藤井九段によると、このレベルの高い二人だと、先に一手指すことの意味がとてつもなく大きいのだそうな。
BS解説を聞いていると、△5一角でなく△4二角には強い手という意味合いがあるらしい。先手が▲4五歩と仕掛けてきた場合に△同歩ととり、▲同銀△4四歩▲同銀△同銀▲同角△同金▲同飛の、一直線の変化になりうる。その場合、△4二角のほうが守りにきいているということである。
その後の変化の例として解説していたのは、△3三銀▲4八飛△4三銀に、重く▲4五銀とおいておき、△5三角にさらにごっつく▲6五金とするという手順。先崎曰く「品がないけど」藤井曰く「名人戦ではやりにくそう」。そうなのだけれど、実際そうやられると、結構受けるのが大変そうに見えるんですけど。少なくとも、私が受ける側に回ったら、つぶされそうだ。歩切れは本当に受けにくいし。
ということで、△4二角は、さりげないけれど、ある意味いきなり受けの勝負手ともいえる。△5一角なら、▲4五歩には△3三銀として、位を取らせておく指し方もあるということなので。
封じ手は、▲4五歩を予想。問題はその後だが、なんとなく私は名人が、前述のあまりきれいとはいえない攻めを決行するような気がするんですけど。森内名人らしくない順だけど、予想を裏切って。
それと、今回は時間配分に変更があり、初日は6時半封じ手で1時間遅くなり、二日目の夕食休憩は30分と半分に短縮するとのことである。終局時間を早める狙いということだそうで、計一時間半早くなる計算になる。
影響としては、初日に多く進行するので、戦いが始まっている確率が高まる。本局も、従来通りだったら完全な駒組み段階で終わっていたはずで、既に影響が出ている。初日の作戦の組み立てにかかる比重が高まり、封じ手をめぐる駆け引きも相対的に重要になるだろう。なんとなくだが、この変更は、じっくり指すのを好む森内さんにとってはあまりプラスにならないような気がするのだが、どうだろう。羽生さんの場合は、プラスにもマイナスにもならずに、自然に対応するんじゃないかという気がする。
BSのインタビューもなかなか面白かった。二人とも、期せずして30代ということについてふれていた。
森内 (羽生について)目標にしていた時期もありますが、最近は、なんというか、(間をおいて言葉を選んで)自分が一番ぶつかっていける相手というか、何か問いかけをすると、かなり正確な対応をしてくるので、やりがいのある相手だと思います。若いころだと、勢いを重視することも多かったと思うのですが、少しずつ経験をつんできて、総合的な戦いになると思いますので、深い内容の将棋を指したいと思っています。
羽生 今30代なんですけれども、30代の中で、自分ができるところとか、まあ、伸ばせるところとか、この七番勝負の中で出していければいいと思っていますし、それが今回のシリーズの面白さにつながればいいと思っています。

当然ながら勝負事だし名人戦だし、何よりも勝ちたいというのが第一なのは言うまでもない。まして羽生さんは永世名人がかかっている。しかし、この二人の話しぶりを聞くと、それだけでなく、成熟した30代の棋士同士として、内容のいい将棋を指したいという気持ちも確かにあるのではないかと感じた。多分、二人とも相手が渡辺竜王だとしたら、全く違う感じになるんじゃないかと思う。
森内名人は、かつての羽生さんに何が何でも勝ちたいという気持ちからと比べて、今は最高の対話相手というか戦友というか、共同で最高の芸術作品を作り上げられることの出来る相手というような気持ちもあるのかなあと思った。何より永世名人を獲得した心の余裕があるような気もするし。
羽生さんの方は、とにかく勝たないといけないシリーズなのだけれども、それでも、30代同士の成熟した棋士として、将棋の内容を高めたいという気持ちも同時に強く持っているのだと思う。なんと言うか、徹底的に勝負にこだわっていながら、それ以外のことも同時に考えられるのが、羽生さんの特質なんじゃないだろうか。全力で勝負に心血を注ぎながら、どこかでもう一人の羽生さんが、高みから常に客観的に冷静に自分自身を見下ろしているというか。
それより何より、「伸ばせるところ」といって、まだまだ成長しようとしているのがすごいと思った。


最近は、shogitygoo/twitterの方で、将棋小ネタをよく更新しています。

マイナビ女子オープン決勝第一局矢内先勝、将棋世界5月号

マイナビ中継棋譜
マイナビ中継サイト

中継を見ると、陣屋は男性棋士、女子プロ、女流棋士が入り混じっての賑わいだったようである。結果は矢内さんが、最後少しもたついたが快勝。
矢内さんは、とにかく細かいところにこだわらない大物のようである。本局の棋譜解説でも、評判の悪い序盤作戦を、頑固に、というよりは、全く回りを気にすることなく採用し続けているのを、まるで加藤一二三のようだと表現していた。片上五段も、彼女の「鈍感力」について語っていた。さらに、将棋世界の5月号のインタビューでは、自分自身で「私って鈍感なんです」と認めている。一応、序盤での大局観の悪さについて言っているのだが、人間的にも、かなり物に動じないタイプのように思える。
ネット将棋でも、いつ投げてもおかしくないくらいの非勢の将棋を粘りぬいて逆転してしまったのも印象的だった。全く心が折れない、諦めないタイプなのだろう。また、本人も恐らく終盤力にはかなり自身があるのが、そういう指し方をする裏づけにもなっているのだろうが。
とにかく、王者になる器の大きさがあるのは間違いない。まあ、王者ではなく、マイナビさんのタイトル名の通り「女王」というべきか。
本局でも、とにかくあせったところが全くない。じっくりじっくり指す、いわば非現代的な棋風である。現代将棋では、かえって新鮮な芸風だ。ただ、女流棋界以外でも男性岸相手にも活躍してもらいたい。そのための課題も、本人は十分に承知しているようで、将棋世界でも、序盤をもっと勉強して大局観やセンスを磨きたいといっている。
一方、甲斐さんは、とにかく負けそうな将棋でも、なかなか折れなくて、こちらもしぶとい。本局でも、終盤見せた金打ちを、控え室の男性棋士もほめていたようである。しかし、今までネットで数局見たのと違って、やはり矢内さん相手となると、終盤力でなんとかするというわけにはいかない感じがした。この二人だと、終盤力が十分なので、むしろそこに至る序中盤が結構大切なポイントになってくるのではないだろうか。

将棋世界5月号を購入。まだ、ほとんど読んでない。A級最終局を含めた、全クラスの順位戦回顧。勝又教授の最新戦法講義では、竜王による矢倉後手の分析、遠山四段などによる力戦振り飛車の討論が行われている。さらに、行方八段についての、かなり濃いめの記事など。
というのを、ちゃんと読まずにパラパラやったのだが、付録の内藤先生の一手三手必死が面白い。
まあ、詰将棋よりやりにくい必死問題といっても、一手三手だよ。どんどん解いちゃおうかな。
・ ・・アレッ。アレアレ。アララ。
久しぶりに必死問題を解いたけれど、こりゃまいりますねえ。なかなか、スラスラというわけにはいかない。でも面白い。内藤先生も、難しい問題は無理せず答えを見て先に進みなさい、と優しくおっしゃってくださっているので、途中からは素直に忠告を聞いてとにかく最後までやってしまった。詰め将棋とはまた違った俳味のようなものがあって、必死問題創作というのも、また詰将棋とは別の芸術的頭脳行為だと感じた。いい付録だ。
あと、一手三手を順不同で並べてあるのが、ちょっとイジワル(笑)。詰将棋と違って、解けたかどうかがはっきり分からないので、何手かわからないというのは、結構厳しい。さらに、答えがあっていても、受けを読みぬけしているのも頻出。
アーーー、もっと勉強しないと。
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