2009年06月

名人戦第七局 羽生名人vs郷田九段

名人戦棋譜速報

七局も立て続けに戦うと、純粋な将棋の技術の勝負の要素以外に、人間的な総合力の戦いの様相を呈してくる。羽生が、局後の共同記者会見で、次のように述べていた。(無料の名人戦動画で会見の様子を視聴可能。)
必要以上に慎重にならないように、ということを心がけました。
特に時間がたくさんあるので、たくさん考えてしまうとついゆっくり指したくなるというか、手堅くいきたくなるというのがあるので、踏み込むところは踏み込むということを大切にしていました。

これは、去年の森内との名人戦戦でも感じたことだが、激しいく変化があっても、ものすごく深く掘り下げた末に見送るケースが見受けられた。それを、年齢による成熟とか、そう簡単に将棋は決まらないものだという将棋観によるものとも解釈できる。しかし、そうは言っても、早い段階で全てを読みきるのは不可能なので、場合によっては、有効な手順を逃してしまう危険性も伴う。この羽生の言葉は、「踏み込むべき」という側面について強調しているが、「慎重に指す」事とのバランスを考慮した上での発言と取るべきだろう。慎重に行き過ぎてもまずいし、かといって無鉄砲に踏み込んでも危険。だが、名人戦のように、持ち時間が長い上に、とても重要な対局では、「慎重」にバランスが傾きがちなんので、「踏み込み」を意識的にしてバランスをとるということなのではないだろうか。
実際、終わりの方の二局で、羽生は言葉通りの指し方を見せた。最終局では▲4六歩の思い切った構想が見事だった。解説によると角が狭くなり、ちょっと見ると攻めが軽いので、プロ的には思いつきにくいし、実際にも指しにくい意味合いがあるらしい。他にも無難な定跡手順もあるのだが、敢えて羽生は新構想に「踏み込んだ」わけである。
一つ負ければ、名人失冠のピンチで、普通なら萎縮して手が伸びなくなるところを、羽生は意識的に「踏み込んで指す」ように心がけた。理にかなっている。但し実行するのには、強靭な精神力がいりそうだ。追い込まれた状態で、羽生は対局に臨む心理的態度でも「正しい指し手」をきちんと選んでいたようである。
一方、郷田はこの▲4六歩を全く想定しておらず、初日の段階ではっきり作戦負けを意識していたとのこと。そこまでは仕方ないにしても、その後郷田は必要以上に悲観的になっていたような気がする。
感想によると、羽生が▲3五銀と出たあたりで、もう駄目だと思っていたようである。実際、先手が良いことには間違いなさそうである。しかし、NHKの二日目の夕方のBS中継によると、実は先手が良さそうで、なかなかはっきりした具体的な順が見つかっていなかった。渡辺竜王が解説で、ゲストに先崎八段、杉本七段を呼んで、猛烈な勢いで具体的な手順を検討していたが、先手良しどころか、攻め間違うと後手が良くなる順が次々に出てきていた。勿論、対局者の読みが一番深くて正確なのだろうが、プロがよってたかって調べても簡単には分からないのだから、少なくとも簡単に諦めるような局面でなかったのではないだろうか。
具体的には、△1五角で△4七歩、△1九角成でなく△3六角成、さらに夕食後も▲3四歩に対して△3四同銀でなく、△4四銀とかわしておく手順など。解説のニュアンスでは、それでも先手が良くなるはずなのだが、決して簡単ではないということだった。
これは推測に過ぎないが、郷田は全く予期せぬ▲4六歩による作戦負けを意識し、なおかつ一方的に攻められる順になってしまったので、精神的に疲れ果てて、必要以上に形勢を悲観してしまったのではないだろうか。また、七局も同じ相手と戦い、なおかつ相手が羽生、決して疲れがないとはいえない状態で望んだ最終局だったはずなので、いきなり出鼻をくじかれて、緊張の糸が切れて精神的にポッキリ折れてしまったのではないだろうか。少なくとも、第六局で、本局以上に苦しいとされていた将棋を辛抱を重ねて白熱の終盤戦に持ち込み、後一歩まで追い詰めたのとは、まるで別人のようだった。
最後の収束部分も、驚くべき淡白さだった。例えば最後の△4三歩では、香車を打てば一応長引くのに、もう勝ち目がないので早く楽にしてくださいと首を差し出すような手である。渡辺竜王が指摘しているように、羽生はその直後の▲6一角で、初めてはっきり勝ちを意識したのだろう。実際、BSの映像では、この手の瞬間に羽生の手はかすかに震えていた。
あの最後のあたりでも、解説の渡辺は先手良しとはしながらも、まだ難しいところもあるとして、真剣に検討を続けていた。その辺の諦めない執念が、竜王戦の奇跡の防衛の源だったのかと思った。こうして今回の名人戦を見ていて、改めて羽生相手に渡辺が竜王戦でなしとげたことの凄さを再認識せずにいられなかったのである。
だから、この最終局では、郷田の将棋の技術よりも、精神的な面での崩れを感じずにはいられなかった。但し、今書いたことは、衛星放送の解説を見た印象で書いていて、もしかすると対局者本人の形勢判断が正しくて、早い段階で既に勝ち目がなかったのかもしれない。その辺は、これから出てくる記事類で正確なことが分かるだろう。
また、同じ精神面のことで言うと、やはり郷田の第六局での陽動振り飛車の採用も気になる。郷田は、たまに陽動振り飛車を指すようで、いわば裏芸である。だから、指したら完全におかしいというわけではないのだが、名人を奪取できるかという時に、自信を持って採用できる作戦かどうかと言うと、やはり疑問符がつくのではないだろうか。それだけ、郷田は後手番での作戦に苦慮していたともいえるが、羽生の立場からすると、いつも通りに堂々と矢倉を受けられた方が、むしろ嫌だったのではないかと思う。こうして、傍で言うのは簡単だが、ああいう精神的にギリギリに追い込まれたところで、普段通りに行動して力を発揮するのは、きっと大変な精神力がいることなのだろう。
そういう意味でも、最初に紹介した羽生の言葉は凄いと思う。将棋の技術だけでなく、メンタル面のコントロールでも、羽生は並外れているのだろう。オリンピックの臨時コーチに呼ばれる資格は十二分にあると思う。
将棋の内容自体では、郷田は羽生に全く引けを取っていなかった。こんなに面白くてスリリングでハラハラドキドキする終盤戦がな何局もあったシリーズは、最近なかった。羽生も、郷田をこう評している。
非常に細かいところまで考えているというか、きめ細かいところまでフォローしているなというのが指した率直な感想ですね。競った将棋はすべてギリギリの対局で、郷田さんの読みの深さを感じました。

だからこそ、今回最終的に勝敗を分けたのは、将棋の技術以外の要素だったような気がして仕方ないのだ。

今回は、最終局で普段以外の時間帯にも放送があった。夕方7時くらいのオンエアより。放送に入ったとたんに、急にバタバタと手が進んだ。聞き手は色紙に「笑顔が一番」と書いていた熊倉さん。
熊倉 はやいですね。この放送を意識している?
渡辺 いやいや、放送は意識しないです。
と渡辺が言った途端に、またしても手が進んだ。
熊倉 ほらっ。
渡辺 いや、ほらって。
こういう細かいところも楽しむのが将棋観戦の極意である。(ちがいます

名人戦第六局 羽生名人vs郷田九段

名人戦棋譜速報

後手の郷田が意表の陽動振り飛車を採用。すぐに連想するのは、二年前に森内名人に郷田が挑戦し、郷田が出だしで連勝した後に、先手で石田流を目指し、森内が相振りで対応して完勝した将棋である。せっかくの良い流れを自ら断ち切ってしまったといわれた。今回も、堂々と居飛車で受けるのかと思いきや、陽動振り飛車。
前回の反省を踏まえていないのだろうか。やはり、本当のギリギリの場面におかれると、なかなか普段通りに指すのが想像以上に難しくて、何か別のこと変わったことをしたい誘惑に駆られてしまうもののだろうか。そのような批判めいた指摘もしたくなるところである。
しかし、郷田の場合、前回の石田流もとにかく試してみたかった、指してみたかったと対局後も言って、悪びれた様子は全くなかった。郷田の耳に批判めいた意見が届いていたかどうか自体不明だが、とにかく他人にどういわれようが自分の主張、考えを自信を持って押し通すところがある。仕事柄恐らく棋士は基本的に皆頑固なはずだが、郷田は、とりわけ頑固、強情なのではないだろうか。今回の陽動振り飛車についても、とにかく事前に成算があり指してみたかったのでその思いの通りにしたということなのだろう。作戦選択自体を後悔などしないのではないだろうか。そういう剛直なところが、郷田の魅力でもある。
郷田が早めに△4五歩と突いて牽制しているにもかかわらず、羽生は堂々と▲8八玉と入場。「プロフェッショナル(羽生を取り上げたことのあるNHKの人気番組)の音楽が聞こえてきました」と言った棋士もいたそうな。kokuaの「Progress」ですね。あれ、確かに前奏部分がかっこよくってね。まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく羽生が堂々と主張を通したので、郷田の陽動振り飛車の作戦は、残念ながら成功したとはいえなさそうだ。
NHKのBS放送は、解説が佐藤康光九段、聞き手がLPSAの松尾香織女流初段。佐藤は解説でも全く手抜きなしなので、とても勉強になる。二日目の午前の放送によると、佐藤も一晩局面を考えたそうである。対局者と一緒に戦っている。さすが佐藤。ただ、41手目が▲6八角とばかり思い込んでいたので、すっかり読みが無駄になったしまったとか。
ちなみに、この形で▲6八角型だと、穴熊にしようとした瞬間に△8五桂▲8六銀に△6五歩の筋が常にあり、▲5七角だと同様に攻めてくると、▲6八銀とひいて▲8六歩で桂を取りにいき△6六歩の取り込みには▲同角で大丈夫とのこと。覚えておきたい基本手順である。
二日目の午前の△3六銀のあたりでは、形勢判断を決してなんとなくで済まさず突き詰めて判断する佐藤も含めて、先手良しで一致していた。しかし、その後郷田も辛抱して、ねちっこいねじりあいの手順に。この辺が、昔三年連続で両者が王位戦で戦った際の短手数の斬り合いの将棋とは違うところで、二人が年齢を重ねて成熟して変化してきたところなのだろう。ただ、検討によると55手目で▲5七角と自重したところでは激しく攻め込む順もあったようである。当然対局者の羽生ならば、そういう順も読んだのだろうが、先手の模様がもともと良いので無理をしなかったのだろうか。戦記の森内との名人戦でもそうだが、「見送られた幻の激しい順」の対局者の読みの深さにも凄みがあり、そういうところも専門誌では深く解説してもらいたいものである。
しかし、自重しているうちに、どうも後手も指せそうだという事になり、なおかつそこに至る過程で羽生の何がいけなかったのかがよく分からないというのだから、将棋は難しい。
終盤は、郷田の持ち合いも十分に出た迫力満点のものに。解説を見ると、本譜以外にも有力そうな指し方がいくつもあって、素人にはどれが正しいのか見当もつかない。そういう膨大な指し手の荒れ狂う海を、二人が泳げる道筋を即座に見抜いて溺れることなく軽々と泳ぎ進んでいく様子は見事としか言いようがない。要するに、この二人の終盤は抜群に面白いのである。
印象的だったのは、87手目でクソ忙しい火事の最中にじっと▲4六歩と馬筋を止め、▲5三歩とわざわざ相手に金を寄らせて堅くさせておいてから▲84角と飛び出して、その後の厳しい寄せを狙った手順である。いかにも考えにくそうな手順で羽生らしい。
87手目の郷田の感想では自然に▲2一飛成とやっていても「1手半負けだった」ということである。しかし、▲2一飛成だと馬筋も通ったままだと後手もいかにも手が広くて、何があるかよく分からない局面である。本譜の順だと、割合争点がはっきりする。この時点では、羽生がまだわずかに良いということの様なので。「良い時は局面を分かりやすくし、悪い時には局面を複雑化する」という原則から考えても、羽生の選んだ順は優れていたのではないだろうか。
最後の▲7三角以下の長手数の詰みに関してはブラヴォーの一言である。解説で、佐藤が▲9五角の筋を指摘していて、同玉ならば詰むし、そうでなくても8六の桂を抜くことが出来て分かりやすいので、てっきりそう指すものとばかり思っていたので▲7三角の瞬間は見ていてドキッとしたが、しばらくして佐藤も谷川も詰みに気付いた。勿論詰むものならば詰ましたほうがいい。終盤の入口からセンスを見せつけ、最後は鮮やかな即詰み。羽生らしい素晴らしい終盤を堪能できた。
しかし、郷田の△6九角から△8六桂も迫力十分。BSの放送では、郷田のうめくような声をマイクが拾っていたが、本当に執念を持って対局にのぞんでいる様子が伝わってきた。第四局でも、夕食休憩も盤の前で必死に読みふける姿が印象的で、その後決め手とも言える△4五桂が出ていた。
今回の名人戦前半の終盤戦も激闘続きだったが厳密には二転三転していた。本局は、お互いがベストを尽くしてミスもない終盤だったようである。最終局もこのような終盤を見ることが出来るように願わずにはいられない。

BSで大内先生が、二日目の30分の夕食休憩は不要なのではないかと言われていた。それを受けて佐藤先生。
まあ軽食の方はいいんですけれども、私も前に丸山さんと名人戦を戦ったことがあったのですけれども、二日目の夕食にステーキを食べられちゃったんですよね。(松尾 笑)そういう人もいるんで一概に勝手に休憩時間も決められないのかなという気もするのですけれども。
なるほどね。大山先生も健啖家で有名だったが、丸山先生も全然負けていない。ステーキでも足りずに夜食にカロリーメイトチョコ味というコースもあるわけだし。

「将棋マニアバージョン」梅田望夫さんの棋聖戦ウェブ観戦記感想 2

棋聖戦中継plus 梅田望夫氏、棋聖戦第1局リアルタイム観戦記
2 大局観

去年の竜王戦第一局でも、梅田は羽生と渡辺の大局観の違いについて、突っ込んだ取材と考察を行っていた。

【梅田望夫観戦記】 (12) 佐藤康光棋王、現代将棋を語る
【梅田望夫観戦記】 (13) 羽生名人、大局観の勝利

普通ならどう考えても渡辺良しと思う展開で、実は自分が戦えることを見切っていた羽生の不思議で秀逸な大局観が話題になった一局である。解説の佐藤康光が、世代による大局観、将棋観の違い、現代将棋の欠点と関連させて説明していた。
今回は、後手の羽生の急戦矢倉に対して、木村が中央に位をはり、それを銀二枚で支える伸び伸びとした陣形を敷き、一方後手の羽生はまるで渡辺のように穴熊に組み替えてひたすら玉を堅く囲って、それをいかして攻めかかろうとする態勢を築いた。
つまり、羽生が世代の違う渡辺竜の指し方を採用したようにも見えた。解説の深浦も「渡辺竜王の影が見えますね、今日の羽生さんの指し方には。」と指摘していた。
ところが、この局面の味方について対局者や検討陣の見方が大きく分かれたのである。
解説の深浦は後手持ち、藤井は先手持ちだった。
対局者の木村は、このあたりの局面では自分が指せると考えていたようである。そもそも、そういう指し方を自分で選んだのだから、それについては納得できる。一方、意外なことに羽生は自分が苦しい将棋にしたという見方をしていた。
「駒が偏り過ぎて、攻め味がなくなって、作戦負けだった。仕掛けられてダメでしょう。先手の銀二枚のおかげで動けなくなってしまった。」
羽生棋聖は、「やる手がなくなってしまって、囲いに行くのではだめですね」と、穴熊は不本意という様子だった。

つまり、玉は堅くなったものの、駒の働きのバランスを欠いているという大局観である。基本的に羽生世代の大局観というのは、このようなものだと思う。ネット中継を見ていてメールをしてきた渡辺は次のように述べている。
現局面は後手持ちです。深浦王位も言っていますが、先手の指し方はいかにも木村流で、△5三銀右急戦に対して、この局面を目指す人は少ないのでは。現局面、後手は暴れれば良いのに対して、先手は丁寧な指し口が求められます。

やはり玉を堅めているのが大きく、あとはうまく暴れられれば良いという大局観である。渡辺は現場におらず、ネット観戦しながら、ある時点だけ見て言ったサービスなので、これだけで判断してしまってはフェアではないかもしれないが、それでも基本的な大局観の違いははっきりしていると思う。
渡辺は、羽生が自分が得意にしている穴熊への組み換えを採用しながら、それでは苦しいという感想を述べたのを、かなり複雑な心境で聞いたのではないだろうか。
しかしながら、羽生は渡辺世代の大局観を無下に否定しているわけではなく、認めるべきところは認めている。梅田の今回の記事中にもこんな部分がある。
羽生さんは、新著「勝ち続ける力」(柳瀬尚紀との共著)の中で、渡辺さん以降の世代について、こんな面白いことを話している。

 『渡辺さんの世代は、その(将棋の)体系化がかなり具体的に形になった時代に育ってきた第一世代です。ですから、将棋が学術的な形で学んでいける環境の中で、成果を吸収したり分析したりして強くなってきています。(中略) 渡辺さんの世代は、一つの形を見て、将来性があるかどうか、とても鋭い判断力を持っているんですよ。(中略) あの世代は、余計な情報、今の段階では使えないような知識はいっさい持ちません。どんな歴史があったとしても、ぱっと先入観なく、分け隔てなく切り捨てることができるんです。ですから、この形はすごく未来が描けそうだとか、この形にはほとんど将来性がない、という見極めはとてもシビアで、はっきり見えています。(p213-214)』

歴史的な先入観。余計な知識にとらわれずに、合理的に形の適性を見抜く力があると言い換えてもよいのだろうか。つまり、羽生は渡辺世代の先入観のない合理的でシビアな判断能力には素直に敬意を払っているのである。しかしながら、当然世代によるものの見方の違いは当然ある。直接的には自分達が強くなる過程で学んだ将棋の影響は避けられないだろうし、間接的にはその世代の人間としてのものの考え方、感じ方の違いもやはり影響しているはずだ。
そういう世代間の大局観の違いに着目して将棋を鑑賞してみるのも面白いだろう。但し、今回の例のように世代には関わりなく個人による差が出ているので、単純に世代の問題で割り切れないいことは、言うまでもない。

3 木村八段のこと

先に述べたように、今回の梅田観戦記は、将棋の内容自体を純粋に伝えるという硬派な側面が強かった。但し、木村八段について書いている部分については、将棋ファン以外にもよく分かるように人間を描いている。木村の繊細さ、他人に対する気配りがタイトル戦では邪魔になっているのではないかということである。そういえば、木村がタイトル戦に初登場した際に戦った渡辺竜王とは対照的である。
渡辺が竜王を獲得した際に、森内と戦った時には、とても初タイトル戦とは思えない落ち着きぶりだった。それどころか。まるで対局場でも我が家のように振舞ったと、ある観戦記者が述べていたと記憶する。また、感想戦でも、森内に対して人をくったような発言をしていたし、当時見ていて、大変な若者が出現したと思ったものである。
そういう部分が木村には欠けているのだろう。でも、それはその人間の個人的な性格なのだから、変えろといっても無理だろう。木村は、A吸棋士になるほどの才能の持ち主でありながら、奨励会をなかなか抜けることが出来なかった。やはり、そこにも人間的な優しさが関係しているのかもしれない。
しかしながら、今回の梅田観戦記を読んで、改めて木村の人間性が好きにっなたというファンも多いだろう。久保棋王同様、何度もタイトル戦に出たりからんだりする力があり、やはりタイトル未経験者の中では、現在間違いなく一番タイトル獲得に近い男である。勿論、本シリーズも含めて。

4 梅田の将棋マニアと将棋啓蒙家という二つの顔

今まで述べてきたように、今回は思い入れの深い急戦矢倉だったこともあるのだろうか、梅田の観戦記は、かなり将棋の内容自体に専門的に踏み込んだ内容だった。将棋ファン向けとも言えるだろう。
将棋というのは、深く理解すればするほど、のめりこむものである。理解するにつれてどんどん専門性が高くなっていき、一般の人間には分からない仲間内の符牒をささやき出す。それが将棋の魅力ともいえる一方で、一般のファンにとっての敷居の高さにもなってきた。
梅田は著作でもウェブ観戦記でも、そういう敷居の高さを取り払い、なるべく多くの人間に将棋を楽しんでもらえるようにすることを大きな目標に掲げている。その意味では、今回の観戦記は、将棋ファンには十分満足のいくものである一方、一般ファンにとっては、やや理解がたい部分があったかもしれない。
しかし、梅田も将棋啓蒙家の役割を意識的に果たそうとしていながらも、同時に将棋の専門性にどんどんはまり込みつつある将棋マニアでもある。今回は、急戦矢倉の戦型、そして見事な解説ぶりをみせていた深浦や藤井が近くにいたこともあり、すっかり将棋マニアになりきってしまっていたのではないだろうか。それは、一将棋ファンとしては、とても嬉しいことだ。梅田さん、ようこそ将棋の底知れぬ魅惑の泥沼の世界?へといったところである。そのように徹底的に将棋マニアになりきることは、将棋を外部の世界により分かりやすく伝えるためにも絶対に役立つはずである。
梅田はよく「均衡の美」ということを言う。対局者二人が最善を尽くすと、局面は絶妙な均衡を保ち続け、それがとてつもなく美しいという意味である。梅田自身の中でも、将棋マニアと将棋啓蒙家の二つの力があり、観戦記を書きだした頃は、後者が優勢だったが、今回は、どちらかというと、前者の力が勝っていたのかもしれない。
両方の要素を求められてご本人は本当に大変だろうとは思うが、将棋マニアの力を強化することでより深く将棋を理解鑑賞しながら、それに見合った形で将棋啓蒙家としてもパワーアップして行って頂きたいものだと思う。そして、二つの力が絶妙で高度な「均衡の美」を保つのが理想形だろう。
と、傍で言うだけなら本当に簡単なんですけれどね・・。

「将棋マニアバージョン」梅田望夫さんの棋聖戦ウェブ観戦記感想 1

棋聖戦中継plus 梅田望夫氏、棋聖戦第1局リアルタイム観戦記

1 急戦矢倉をめぐって

「シリコンバレーから将棋を観る」は、羽生善治の「変わりゆく現代将棋」の話から始まる。矢倉の序盤で、従来はある程度、定跡手順を自動的になぞって指す事が多かった。それに対して、羽生は序盤の本当の入り口の段階の手順、5手目に▲7七銀とすべきか▲6六歩とすべきか、それに対して後手がどのような対策を取ることが可能なのかを、徹底的にこの連載で再検証した。いわば、自明とされる常識的な矢倉の序盤が、本当に棋理を追求したものになっているかを、一度白紙に戻して徹底的に疑い、矢倉戦法の本質を問い直そうという試みである。
そして、後手番で普通に矢倉の駒組みに追随するのでなく、先手の初手からの数手をとがめようとする指し方の一つが、本局で現れた「急戦矢倉」なのである。つまり、急戦矢倉は単なる一つの作戦というだけではなく、矢倉の思想における根本的な革命的意義も備えている。
梅田は、そのような羽生のものの考え方に刺激され深い共感を覚えて、決してアマチュアにとって易しいとはいえない「変わりゆく現代将棋」を耽読した。それは、単に将棋の戦術書を読むというのではなく、他の世界とも通底する本質的なものの考え方の指南書として向き合うという特殊な読み方だったのかもしれない。そこから、梅田は、将棋世界と別のウェブ世界などの共通性、あるいは将棋が別世界を逆に先取りしている意味を、鮮やかに描き出してみせている。
梅田はtwitterで、ひたすら将棋のことをつぶやき続けているが、昨年の竜王戦で、渡辺が羽生相手に立て続けに急戦矢倉を採用した際の過剰ともいえる反応には、一人のfollowerとして、なぜなんだろうという疑問を覚えずにはいられなかった。梅田の著作を読んで、その疑問が氷解したというわけである。
そのような経緯があっての、今回の棋聖戦第一局での、後手番での羽生の急戦矢倉採用なのだ。梅田としては、もう天にも昇らんばかりの心境だったのではないだろうか。無論、羽生は有効な作戦だから採用しただけなのかもしれないが、梅田としては羽生からの強烈なメッセージを感じずにいられなかっただろう。
羽生は時々こういう戦法選択をすることがある。立会人が振り飛車の達人の時に振り飛車を採用したり、解説に来ている棋士が得意とする作戦を選んだり。詳しい将棋ファンなら、多分誰もが知っていることだろう。余裕があるともいえるのだが、羽生には一種他力思想のようなものがある。梅田との対談でも言っていたが、将棋は自分だけで指すのでなく、相手がいるので、とにかく自分のできることはした上で相手に任せるという思想。将棋の対局だけでなく、作戦選択においても、一番勝てそうだという戦法を自分一人で勝手に仮想して選択せず、始まってしまえば自分の思うようには行かないに決まっているので、その場にいる人間が喜ぶ戦法を大胆に採用する。選ぶというより、サイコロの目をふるるような駆けの要素のある方法。出たさいの目の通りにどうぞとでも言うような。オールラウンダーの羽生だからこそ、出来ることなのだが。
とにかく、梅田にとって恐らく現在一番思い入れの強い急戦矢倉になったのだ。そうなったら、梅田の「将棋マニア」の血が沸き立たないわけがない。今回のウェブ観戦記は、かなり将棋マニア向けの専門的な内容になっているという印象を受けた。それは、今述べたような事情が関係しているのかもしれない。
梅田の著作の中で、その後手急戦矢倉の復古ののろしを上げた渡辺が、「変わりゆく現代将棋」を読んだ感想を語っている部分がある。渡辺は羽生の志の高さに反応して、やはり現代矢倉の本質を鋭く問う発言をしていて興味深い。
5手目の局面での後手の利点は(1)角が通っていること(2)金銀の位置を決めていないこと。対して先手のデメリットは(3)角をとめていること(4)▲6八銀と矢倉に決めてしまっていること。この4条件を組み合わせて、後手が対抗出来る形を見出したいと思っているのですが、具体策が分かりません(笑)。「やってみて、ダメならまた新しい手」の繰り返しになりそうだと感じています。
その手段の一つが急戦矢倉というわけである。つまり、渡辺は自明とされる後手の矢倉の駒組みに簡単に従うのではなく、本質的なところで先手の矢倉作戦をとがめる方法を探っているのだ。「将棋の神様〜0と1の世界〜」で渡辺の記事を紹介しているように、渡辺も羽生同様に将棋の神様を意識しながら将棋を指している棋士の一人といえるだろう。
ところで。その竜王戦で後手の渡辺が立て続けに急戦矢倉を採用した二局では。どちらも羽生は敗れている。特に、最終第七局は、最後までどちらに勝利の女神が微笑むか分からない将棋史に残る激闘を、結局渡辺が制した。羽生にとっては、痛すぎる敗戦である。普通に考えれば、思い出したくもないだろう。「縁起の悪い作戦」として、自分では採用しないよう封印しても、何ら不思議ではない。
その作戦を、羽生は採用した。しかも、今回の対局室で羽生はなにかうれしそうだったという。羽生は、個人的な好き嫌い、将棋の勝ち負けだけで将棋を指していないのだ。急戦矢倉という、将棋の思想の根本を考える作戦が、竜王戦に出てきたことを喜び、その意義を素直に認めて、自分でも指してみようという無私の態度。直前の王位戦リーグでは、なんと先手渡辺に対しても、羽生は急戦矢倉を採用している。渡辺も、また十分に対策を練って、逆に先手での新手を試して応じている。
将棋に特許はなく、他人の開発した作戦を誰もが自由に用いることが可能だ。有効とされる作戦は、たちまち大流行し、多くの棋士の実戦や研究を通じて、瞬く間に解明される。つまり、自分の好き嫌いでプロ棋士は作戦を選択するのではなく、有効とされる作戦に「従う」のである。渡辺が再発見した急戦矢倉を羽生が使う。渡辺もまた逆に羽生に返して答えを問うことも近い将来あるだろう。彼らは、自分の主張をエゴイスティックに貫こうとしているのでなく、将棋の神様に忠実に仕えて、将棋の真理を見出すために日々努めている神官たちなのである。
(続く)

名人戦第五局ー羽生名人vs郷田九段

郷田九段の初日の▲5五角のミル・マスカラスのフライイング・ボディアタックから▲2三歩のアントニオ猪木の延髄斬りという必殺技の連発でほぼ決まってしまった。と、言いたいのはそれだけです。
しかし、実はその▲5五角は、若手の間では研究されて結構知られている手だったらしいというから驚きだ。羽生は最強の順で対抗したわけだが、やはり▲2三歩を軽視していたのだろう。派手な▲5五角よりも、ふんわりとした感じで実はとてつもなく厳しいしという、いかにも郷田流の▲2三歩は、やはりプロでも気付きにくい一手なのだろう。羽生といえども、当然見えない手が一局を通じて少しはあるはずで、それが本局では致命傷に近くなってしまったということだろうか。
二日目の羽生の超人的な辛抱は凄かったが、さすがに金銀が左右に完全分裂、歩も低い珍形で、ひたすら龍一本で盤面全体を何とか支えるというのでは、さすがに羽生でも苦しかったのだろう。でも、それでもかなりやれそうだという局面まで持ち直した底力は半端ではない。
かなり流れがおかしくなったところで、二人ともどんどん指したようである。羽生からすると、流れが変わりつつあるところで相手に考えさる暇を与えず、どんどん追い込むという勝負術だったのかもしれない。しかし、感想戦によると△3二龍で△1四龍とする勝負手を逃してしまったとのこと。勝負術が裏目に出たともいえるが、しかし正直言って素人には△1四龍で難しいというのも、かなり理解しにくい話なのだけれども。
ここまで来ると、郷田よりも、羽生の方の調子がファンとしては心配になってくる。でも、第六局さえ勝てば、そんな流れなどすぐ消えてしまう。本当に大切な次局である。

ところで、豊川先生は、ミル・マスカラス発言以外でも、相変わらず元気一杯だった。プロレスつながりじゃないが「元気があれば何でもできるbyアントニオ猪木」なのである。
BS中継でも、王手放置してしまったのを清水さんにすかさず指摘され、会場の笑いを取る、あるいは自然に笑われていた。
あっ、ごめんなさい。二歩打ったりね、反則男って言われてるんですけれど。失礼しました、ふざけているわけじゃないんです。

本当に憎めない先生である。
ちなみに、豊川先生はダジャレがお得意だが、聞き手によって反応が違うのが面白い。

室田さん 気持ちよく笑ってあげる。多分、箸が転げてもおかしい年頃なのだろう。って、私も豊川先生に負けず劣らず古い使わない表現を用いてますな。
鈴木環那さん 笑顔を浮かべたまま華麗に完全スルー。
矢内さん 失笑気味のウフフフフ。面白がりつつつ困っているという感じですか。
行方八段 やはりギャグを流していたそうである。まあ、普通の大人の反応はそうでしょうな。
清水さん ごくごく普通に誠実に対応。

というわけで、最近解説に滅法登場する機会が増えた豊川先生に、聞き手がどう反応するのかにも、全く目が離せません。(違う。)

噂の豊川のミル・マスカラスを説明しよう

名人戦は初日から、とんでもないことになっている。郷田の驚愕の▲5五角から最早のっぴきならない局面に突入している。その際、ネット中継では副立会いの豊川七段がこんなことを言ったのが紹介されている。
豊川七段は「すごいことになっています。ミルマスカラスです。空中殺法です。」

ミル・マスカラスって一体なんだとよいう若い方も多いようだ。無理もない。しかし、実は豊川がこの表現を使ったのは初めてではない。ネット最強戦の谷川vs深浦で、最終盤に谷川が放った光速流の△1三角に対しても、このように言っているのだ。
△1三角。あ〜素敵です! △1三角はミルマスカラスみたいな手です。

説明しよう。ミル・マスカラスとは、メキシコの伝説のプロレスラーである。ルチャリブレというメキシコ特有の空中殺法を多用する華麗でトリッキーなプロレスの体現者であり、得意技は豪快なフライイング・ボディアタックである。またメキシコプロレスの代名詞である覆面を着用するレスラーで、ミル・マスカラスは千の仮面(マスク)の意味である。
日本でも古くから活躍しており、特に我々おっさんの世代にとってきは、ジャイアント馬場の全日本プロレスでの活躍が印象的である。入場テーマ曲の「スカイ・ハイ」は、聞けば誰もがわかるという名曲中の名曲で、日本では猪木ボンバイエと同格の知名度を有する。
というのを、現在40代の豊川七段は、とっさに(あるいはもともともっていたネタとして)、谷川九段の指し手を形容するのに用いたわけである。
だから、なんなんだといわれると困るが。

ちなみに、ネット最強戦では、豊川七段は他にも世代を感じさせる表現を連発していたので、ついでにそれらも紹介しておこう。
「クイズプロ棋士100人に聞きました」なら先手持ちが90人以上出そうな局面だと思います。それくらい現代将棋は玉の堅さを重要視します。

説明しよう。「クイズ100人に聞きました」とは、TBSで一世を風靡したクイズ番組である。あらかじめ観客にとったアンケートで出た答えをクイズとして素人出演者が当てるという番組である。司会は関口宏で、きっちりとして司会ぶりりではなく、セットにひじを突くリラックスポーズが定番で、よく学校でモノマネされたりしていたものである。また、観客が、答えに対して「あるある」と唱和するやらせ的なパターンも現代テレビの先駆と言えるだろう。
という古い番組を、豊川七段は使ったわけである。
だから、どうしたと言われれば謝るしかないが。

感想戦の最後で。
それでは、大和證券杯は永遠に不滅です!

説明しよう。「我が巨人軍は永久に不滅です!」は、長嶋茂雄が引退試合後のスピーチでの伝説の発言である。今の若い人達には想像できないだろうが、当時はスポーツと言えばプロ野球、巨人だった。そして、日本中の野球ファンが、この長嶋の名文句に涙したものである。徳光和夫だけではない。
それを、やはりそういう世代の豊川先生は、使ったというわけである。
だから、なんなんだよと怒られそうなので、もうお開きにする。

あっ、そうだ。深浦王位は「長崎チャンポン王位」と食べ物にされ、谷川九段に至っては「神戸牛九段」と牛にされてしまっていたことも付言しておく。
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