2009年08月

将棋メモ 8/29(土)

順位戦B級1組。注目の深浦vs久保は、後手久保がノーマル三間飛車。ただ、居飛車穴熊を警戒して△7二銀も省いて6,7筋の歩を突いて桂を跳ねる意欲的な指し方。深浦も穴熊に囲うのでなく薄い桂頭を直接とがめに行き、猛烈な攻めあいに。藤井システムのノーガードの殴り合いに近い感じ。結局、久保が攻め勝った。久保は、石田流の▲七五飛で升田幸三賞をとったものの、あの形はその後見かけないが、他にも先手藤井システム、本局など、様々な振り飛車の形で次々に大胆な指し方をしている。藤井亡き後(笑)、振り飛車党を牽引する存在といえよう。これで、四強のうち深浦山崎を破り、前A級の鈴木も破っていて星勘定では有利にたった。但し、久保の場合「強気をくじき弱きを助く」ところがあるので、どれだけ取りこぼさないかも課題なのかもしれない。
鈴木vs堀口。堀口が3手目▲6八玉のゴキゲン封じ。いかにも順位戦という感じである。でも、そのおかげで穴熊に堂々と組ませる四間飛車鈴木システムが見られた。△3一龍と、落ち着いて先手の竜を消すなど、盤面全体、全ての駒の働きに目配りして、穴熊に対抗する技術はさすがである。現在二敗でつけていて順位も良い。
渡辺vs畠山鎮は、後手の渡辺が急戦矢倉から、一歩を手持ちにした有利な条件の右四間飛車で、一気に攻めつぶして粉砕してしまった。渡辺以下の世代は良くなると、指し手が早くなるといわれるが、本局でも迷いなく攻めて決着をつけていた。急戦矢倉は、やはりまだまだ作戦として有効なようである。
山崎も勝って一敗を守り、やはり昇級はタイトルホルダープラス山崎中心になりそうだが、全勝は既に久保一人になっており、先が長いので二敗者にも、まだまだチャンスがありそうである。
ちなみに、将棋自体の内容では、屋敷vs松尾の相掛かりが一番面白かった。お互い終盤で、プロらしい気がつきにくい妙手がでていた。やはり、プロでも一直線の攻め合いは面白い。

女流王将戦。矢内vs里見。先手里見の中飛車から、いきなり▲9六角と打って8五の歩をとる筋が出た。本局でうまく行ったのかはよく分からないが、注目される指し方だ。里見がうまく食いついたに見えたが、矢内がうまくかわして受けて勝ち。里見もタイトル獲得後、なかなか一気には開花できずに苦労している感じである。
一回戦で、飯島流引き角を採用した笠井に作戦負け気味な将棋ながら勝った岩根が、矢内と対戦。矢内が得意の端玉を採用したが、岩根がと金を確実に使って寄せきった。こうしてみると、端玉は居飛車穴熊と違って急襲は受けにくい代わりに、そんなにかたいという感じはしない。後手の美濃や銀冠の方がむしろかたく感じるくらいである。岩根は、終盤きっちり勝ちきり、良い将棋を勝ちきれなかったマイナビのプチリベンジを果たした。それにしても、矢内は、まるで木村一基のように最後まで諦めずに指しますね。

将棋メモ 8/27(木)

銀河クラブで遠山四段と内田記者による、小倉vs阿部と丸山vs山崎の解説を観る。特に丸山vs山崎は難しい将棋で放映を見ていてもよく分からないところがあったが、最後踏み込んでいってからの丸山の攻めがやはり鋭かったということだそうである。山崎は△3五金で△4四歩とこわいけれど(確かにこわすぎる)開き直って勝負にでるしかなかったとのことだった。
A級順位戦、木村vs藤井。先手藤井で相矢倉。実は最近先手藤井システムが再び有効とされているようだが、藤井は研究中の矢倉を採用した。相変わらず早囲い含みから、片上六段言うところの「「脇システム」に片矢倉をミックスさせた「新・藤井システム」」。相変わらず独創的である。将棋は、木村流の受けが存分にでた「らしい」将棋に。棋譜解説や感想を読んでいると色々難しいところがあったようだが、最後はきっちり木村が受けきってしまった。木村は別に不調とかいうことではないのだろう。王位戦第5局は、特に棋譜解説が全くなかったので、終盤は一方的に攻められて負けて冴えなかったように見えてしまったが、囲碁将棋チャンネルの先崎解説や週刊将棋によると実は色々難しい変化が潜んでいた。順位戦も王位戦も、実は両方ともギリギリの勝負で、やはり将棋の場合は、いかにプロによる解説が大切なのかが分かる。
ということで、王位戦は結果だけみると木村連敗だが、決して木村の状態は悪くないと見た。しかし、深浦も決して崩れないタイプなので、次局もギリギリの将棋になるのではないだろうか。

将棋メモ 8/26(水)

王位戦第5局。週刊将棋ステーションで先崎八段の解説を聞く。何も解説がなくて結果だけ観ると、木村が△5八角成とじっとしておいたのが甘くて、深浦に一気に寄せられてしまったように見えた。しかし、あれは次に△8七歩が詰めろになっていて、なおかつ木村玉がなんとかしのげそうな形で、木村はそれで勝ちだと思ってしまったのだろうということである。深浦の攻めが鋭かったこともあるが、王手を続けて合駒請求をして△8七歩が詰めろにならないように出来たり、応じ方によっては詰む順が生じたり、本譜のように攻めながら自玉の詰めろを解消することができたり、全て深浦にうまくいく形になっていたのが不運でもあった。いくらプロでも、△5八角成の時点では最後まで読みきるのは無理だろうから、木村の判断があの時点で今回は間違ってしまったということなのだろう。もし、勝っていたら△5八角成が木村らしい落ち着いた受けを見きった好手ということになっていたかもしれないのだ。本当に紙一重である。他にもっと厳しく攻め立てる手も当然見えたのだろうが、じっと手を渡して勝とうとするのが木村の棋風ともいえ、それが本局の場合裏目に出たということなのだろうか。
一方、深浦は最近こういう鋭い一気の攻めが目立つ。以前は粘り強い受けの棋風と言われていたこともあるが、最近はすきあらば襲いかかる将棋という印象もある。それと、やはり追い詰められても全く普段通りに指すメンタルの強さも感じる。
最後、ほとんど深浦勝勢になったたように思えたところでも、木村が△7八歩から△2五角打ちとすれば、むしろ有望だったらしい。検討してみると実はそういう手があったというケースが実に多い。

A級順位戦、郷田vs谷川。後手の郷田が2手目△3二金。ちっょと郷田のイメージに合わないが、以前にも指した経験があるそうで、名人戦の陽動振り飛車のこともあり、意外に後手番では形にこだわらないのかもしれない。後手番の作戦に苦労していることもあるのだろう。将棋は際どい終盤になって、谷川が何とか勝ち。しかし、ここでも最終盤に郷田にこうしておけば勝ちというの手があったということである。将棋の終盤は難しい。
順位戦C級2組。豊島が相変わらず強い勝ちっぷり。有吉先生が稲葉を超手数の将棋でねじ伏せて元気なところを見せていた。稲葉は、なぜかベテランによく負けているという印象がある。若手のレベルが上がっていると言われるが、C2の将棋を観ていると、本当にそうなのかと思うこともある。将棋の展開によって、えらく強く感じたりひどく弱く感じたり。ある棋士が「現在の新人のレベルは落ちている」と言ったそうだが、実際のところそうなのではないかと思ってしまうこともある。

将棋メモ 8/24(月)

(放映済のNHK杯、銀河戦の結果をネタバレで書いています。)

銀河戦、阿部vs小倉。後手小倉の得意の三間飛車に対して阿部は急戦を採用。2筋の攻めに対して振り飛車の受けがきかず、どうするのかと思ったら、小倉が9筋から2枚の角を絡めて攻めたのが猛烈に厳しく、はっきり小倉優勢に。振り飛車党にとっては
、大変勉強になる攻め筋だった。しかし、さすがに阿部も崩れずに粘っているうちに、逆転模様のところまでこぎつけたが、王手飛車の筋をウッカリする痛恨のミスでジ・エンド。解説の加藤一二三先生によると、「小倉さんは大変手厚い棋風で私も何度か対戦しているが困っている」そうである。本局に関しては、良くなってから慎重になりすぎて棋風が裏目に出たところもあったが、やはり独特の世界をもつ貴重な三間飛車党である。局後インタビューでも、次局も三間飛車宣言がでていた。
銀河戦、丸山vs山崎。後手山崎の一手損角換わりに対して丸山は早繰り銀。山崎に△3六歩という、らしい大胆で強気な感じの手がでて、局面に波紋を呼んだが、お互いうまくバランスを取り合って崩れない。一手損の将棋は分かりにくいが、このクラスの二人が指すと、綱渡りのバランスを絶妙に取る能力の高さを感じさせる。途中、千日手模様になったが、丸山が打開。その後も難しい局面が続いたと思うのだが、最後は丸山が鋭い寄せを決めて勝ち。感想戦がなかったが、いかにも終盤は山崎にもチャンスがあったように思える。遠山先生も担当している銀河クラブ(水曜午後5:30から6:00ほか)の解説を待とう。
ちなみに、加藤一二三先生ご自身の言葉によると、千日手を多分一番多く指しているとのこと。千日手に対して肯定的な御意見のようで、「千日手は将棋の奥深さをあらわしている」、とのことである。
NHK杯、三浦vs田村。後手の田村が二手目△3二金の挑発。解説の羽生によると、田村はこれをよくやっているらしい。ということは、三浦のことだから当然事前に想定研究しているはずなので、石田流穴熊は、きっと予定の行動なのだろう。それに対して田村が端を強襲したのがはまって田村優勢に。優勢どころか、三浦玉はすぐにでも寄ってももおかしくない状態に陥ったが、そこからの三浦の粘り強さと読みの正確さががすごかった。意表の香車打ち桂馬打ちで急場をしのぎ、飛車も見捨ててと金攻めに活路を見出す。こういう悪くなった時の指し方は、我々アマチュアにはなかなか真似できないところで、将棋というのはひねり出そうと思えば本当に手があるものだと思った。しかし、田村も再び強襲をかけて、再び三浦玉が大ピンチに。しかし、それもまた凌ぎきって、最後ははっきり勝ちに持ちこんだ。三浦の終盤力を久々に見た気がする。A級でも一時好成績をあげて、去年後半は冴えなかったが、この終盤力があれば、やはり挑戦にからむ一人なのではないだろうか。
一方、豪腕田村らしく一気に決めに行ったのが裏目に出たか。しかし、それも彼の将棋の個性と魅力なので仕方ない。終盤、ずっと田村の表情をカメラが追っていたが、失敗してはっきり落胆する様子が分かりやすく人間化らしくて面白かった。また、攻め損ねた後の、自分に腹を立てたような手つきでの完全ノータイムの玉捌きもおかしかった。やはり、現代的なスマートなタイプではない数少ない無頼派風の個性的な棋士である。
解説の羽生も見事だった。twitterでtutiowlさんが、このようにつぶやいている。
NHK杯戦の録画視聴中.羽生先生は解説も絶品なので困る.特に,先の展開を言う言わないの匙加減が絶妙.
本当にその通り。単に思いついたことを言うのでなく、なにを言うべきか言わないでおくべきか、どうすれば視聴者が興味を持って見続けることが出来るかまで完全に「読みきって」いる。

「勝負師 命がけの一手 〜升田幸三・大山康晴〜」を見て

NHKのBSで放映された番組を見た。升田がタバコを吸いながら、あの独特な風貌で盤の前で読みふける姿、大山が晩年ガンと戦いながら、本当に痛む部分を手でおさえて対局している姿など、素晴らしかった。昔の時代に大道詰将棋師が街角で盤を広げる姿もチラッと映ったが、いかにもカタギのものではないという雰囲気がでていた。将棋指しのイメージも現代では随分変わったが、本来あのような姿であって欲しいと思ってしまう。
升田と大山は兄弟弟子だったが、その頃の話が興味深かった。ある時、升田が床屋に行くと、大山が「升田相手でも、一枚(大駒一枚落ち)なら軽い。」と言っていたと聞いて、升田はカッとなって戻り、大山を、飛車落ち、飛車香落ち、飛車角落ちで、たて続きに負かす。そして「オマエ、もう田舎に帰れ」というと、大山は泣いたそうだ。升田は笑いながら、あれが勉強になったのだろうろうなと言う。さらに、少し真面目になって。
プロは、どこまで行っても天狗になるのが一番いけないんですね。それが一番毒なんだ。
大山も、このように言う。
(升田が)もしいなかったら、慢心していたでしょうね。

この話を聞いて坂口安吾が大山の若き日について語っていたのを思い出した。
大山は若年にして老成。礼儀正しく、対局態度は静かで、一言にして重厚というたいそうな人物評価を得ていた。観戦者が筆をそろえて、彼の重厚な人柄を賞賛していたものだ。
ところが、この名人挑戦対局(註 塚田名人に大山が25歳で挑戦した)に至っていちじるしい変化が起こった。彼の重厚な人柄が一変していたのである。倉島竹二郎君の語るところによれば、ただ、呆れるばかりであったというが、不遜ともなんとも言いようがなく、すでに自分が名人に決まったの如く塚田をなめてかかり、それが言行の端々に露骨に現れ、正視しがたい生意気、無礼な態度であったということである。塚田がよく奮起してこの思いあがった小僧をひねりつぶしたのは大手柄であった。(坂口安吾 「九段」より)
あの大山にして、そんな時代もあったのだ。しかし、あれだけの偉大な勝負師だったのだから、外には出さなくても、内心の自負や強烈な自己主張は当然物凄いものがあったはずである。やはり若いために、それが表に出てしまったということである。安吾によると、大山はその生意気な態度で、ファンやマスコミからも、ひどく叩かれだが、大山はそれにもめげずに、すぐ立ち直ったと言う。安吾は大山のそうした精神力の強さもほめている。
大山の慢心を押さえつけ鍛えて、あの冷静沈着を育てたのが升田というわけである。
大山にはハッタリめいたものがないのである。非常に平静で、それを若年からの修練で身につけたミガキがかかっている。兄弟子に升田のようなガラッ八がいて、頭ごなしにどやされ続けて育ったのだから、平静な心を習得するのも自然で、温室育ちという生易しいものがないのである。勝負師の逞しさ、粘り強さは、升田の比ではないが、大山がここまで育った功の一半は升田という柄の悪い兄弟子が存在したタマモノであったのかもしれない。(坂口安吾「勝負師」より)

羽生善治の毎日新聞夕刊「想創」コラム

羽生が毎日新聞の夕刊「想創」に三回にわたってコラムを書いていた。

8/4(火) 「確率」について。

(要約)将棋の振り駒も本当に公平かと、ある時期から将棋連盟が記録を取り出したら、やはりほぼ50%ずつになった。イアン・エアーズの「その数学が戦略を決める」では「絶対計算」という概念によって、例えばブドウが収穫された時点でその年のワインがおいしてかどうかという普通予測が難しい問題に対して、数学的にアプローチして解決しようとする。母数が大きくなるほど確率計算の誤差が少なくなる。確率計算がマクロの行動予想やマーケティングでも今後ますます有効になるだろう。
一方、「砂山の崩れ」という考え方もある。砂を一粒一粒取り除いていくと、決して毎回同じパターンにはならない。常に偶然的なものも介在している。
偶然や意外性はどんな世界にも必要不可欠である。人は確率に惹かれるとともに、確率を超えるものを探すのが「想像力」や「創造力」である。

羽生は忙しい中、色々勉強する時間をどうやって見つけているのだろうか。羽生的態度の典型的パターンがここでも現れていて、まず合理的な確率計算をきちんと学び理解した上で、その確率計算からはみ出る部分も見つけ出そうとしている。合理的な棋理の理解を徹底的に追及しながら、そこからふっと逃れ出る何かを常に追い求める姿勢。羽生は、現代には珍しいバランス型調和型の天才ーちょっとだけダ・ヴィンチのようなルネッサンス型天才を思わせる(ほめすぎか)ーなのである。

8/11(火) スピード・失敗から学ぶこと

(要約)現代社会では様々なもののスピードが上がっていて、将棋の世界も例外ではない。そのために、きちんと検証したり確認する時間が少なくなってしまった。
将棋を指していて「人は同じようなミスを繰り返す」という事を学んだ。分かっていても、同じ過ちをつい繰り返してしまう。ミスを繰り返す原因は、一つ目は動揺して冷静を失うこと、二つ目はミスの後にはより状況が複雑で混沌として選択難度が上がること。「歴史は繰り返す」というが、自分はマーク・トウェインの「歴史は繰り返さない、ただ韻をふむのみ」という言葉が好きである。失敗しても、そこからわずかでも学んで、次の機会に「韻を踏む」ことが出来ればと思う。

ミスを繰り返す理由について、例によって冷静に客観的に分析している。羽生のようなトッププロだけの話ではない。我々のようなヘボ将棋でも、一つミスをしてしまうだけで、将棋はわけの分からないカオスの局面になってしまう。不思議に。自分もミスを繰り返すが、相手もつられてミスを重ねて、とんでもない情けない棋譜が出来上がるという仕組みである。将棋というのは、お互い正しく指していると美しい形式が出来上がるが、一旦踏み外すと荒野に迷い込むとあてどもなく道なく彷徨う羽目になる。プロでもアマでもそれは変わりなく、将棋というゲームの本質なのかもしれない。
それにしても、トウェインの喩えは羽生流だ。全く同じミスを繰り返すのではなく、それを韻を踏んで意識しながら、新して美しくて正しい詩句を生み出すということなのだろうか。羽生の思考には、合理的でありながら、どことなく直感的把握能力がある。それを人はよくわからないとか言うこともあるわけだが、多分羽生本人にしてみれはごくごく自然で普通な思考方法ということなのではないだろうか。

8/18(火) 自然から学ぶ

(要約)ヨット冒険家の白石康次氏は「自分の調子が良いと思った時は、船室の外に出て、風や波を感じながら次に進むべき方向を決める。調子が悪いと思ったら、中に入ってラップトップを見ながらデータで判断する」そうである。自然の中で暮らすのは過酷な反面、野生の勘が磨かれ自然と調和することが可能なのではないかと思う。現代社会が抱える問題は多くが解決困難だが、そのヒントは自然と分離していない人々の生活の知恵に隠されているのではないか。自分もそう考えて最近調べている。

現代将棋では、「今まで見たことも無いような局面」「けものみち」に入り込むことがままある。それには単なる定跡システムの知識では対応不能で、自分の直感に頼って局面を把握する能力が必要である。このことは、羽生が最近の対談やインタビューで盛んに語っている。そのヒントとして、自然と向き合って暮らす人々の知恵を探ろうとしているのだろう。
最近の羽生は、将棋の徹底的な合理的追求の段階をひとまず終えて、それだけではどうではならないものにどのように対応するかを常に考えているように思える。大山のほとんど読んでないにもかかわらず急所に手が向かう「大局観」を高く評価するのも同じ文脈だろう。それは、決して年をとって達人を気取っているわけでなく、合理的に追求しても分からないものにどう対応するかを必死に真剣に追い求めているように見える。
私が羽生を面白いと思うのは、結局そのことに尽きる。極めて現代的に合理的に知識でカバーできる部分で出来る努力を決して惜しまない一方、そういうことを極限までやっててもどうしても分からない部分についての、きわめて明瞭で開かれた捉われの無い感性がある。羽生の哲学的な言辞は決してハッタリとか気取りではなく、将棋をいかに深く正しく理解するかというごくごく実際的な要請によるものである。徹底的に合理的でありながら、ある時は非合理であることを全く恐れていない。中途半端な努力しかしていない人間に限って、一見合理的な薄っぺらな考えを振り回して、自分の理解できない事柄を馬鹿にしがちなものだ。本来、羽生のような世界や対象に対する態度は、人間のごく当たり前のあるべき姿なのである。現代においては、ほとんどの人間が、そういうことを忘れ果てているだけに過ぎない。
羽生は教養的将棋指しとかいう存在なのでもない。徹底的に職人的な将棋指しである。羽生が、将棋以外の色々なことに興味を示して止まないのは、彼が本物の将棋職人であるために、将棋の真理を知るために他の事を考えずにはいられないからだ。将棋に限らず本当に何かの道を追求している一流の人物には必ず起こることである。彼が色々なことに興味を示すのは趣味や余技などではなく、将棋を本当に知るための必要に迫られてのことだ。羽生には一生純粋な将棋職人であり続けてもらいたい。彼にとっては、将棋を指す以外のことはどうでもいいことだ。将棋を指すことで他の全ての世界のことに通じるレベルの職人だから。間違っても、連盟会長のような、くだらない仕事など一生して欲しくない。彼の性格からして、きっとやるのだろうけれども・・。
いやはや、ちょっと調子が出すぎた。こんなことを書いていても、羽生には迷惑なだけだし、仮に読んだら苦笑されてしまうだろう。もうやめよう。読者諸賢もつきあわさせられてさぞ迷惑だっただろうが、すぐにでも忘れていただきたい。
さて、この回のコラムでは、「ハゲタカ」というテレビドラマにもふれている。柴田恭平演じるエリートサラリーマンが、自分の関与する粉飾決算に嫌気がさして、上司の飯島(中尾彬)に辞表を提出する。中尾は「オマエはかっこいい。だからダメなんだ」と答える。羽生は中尾の演じる飯島の人間的魅力を(羽生らしく公平に)認めたうえで、こんなことを言っている。
しかし、組織における不祥事や問題が後を絶たないのは、飯島のように清濁あわせのむことができて一人前、という風土があればこそではないでしょうか。

将棋メモ 8/19(水)

竜王戦挑戦者決定戦第一局。後手深浦の一手損角換わりに、先手森内は早繰り銀。羽生との対局で見せた、一直線棒銀一手損角換わり全否定作戦(勝手に命名)は採用しなかった。後手深浦の研究を警戒したのかは分からないが、いかにも慎重な森内らしいような気もする。
将棋は、盤外の評判は難しいながらも先手持ちという雰囲気だったので、攻め合いにもいけるところを森内が攻めを引っ張り込む順を選んだので、これき鉄板流の受けが出るのか、森内ペースなのかと思っていたら、両対局者は別に先手持ちとは思っていなかったようである。しかし、難しいにしても森内らしからぬ受け損じで決まってしまった。感想戦コメントには出てなかったが、▲5七角で普通に▲3八角と受けたらどうなっていたのだろうか。

王座戦予選。石橋女流が塚田相手に、後手△3三角戦法から飛車を振っての△2五桂ポン。プロで相変わらず、この素朴きわまりない作戦が用い続けられているのが面白い。なんでもありの現代将棋の象徴か。しかし、今回は塚田がうまく押さえ込んで、結果的には快勝。飛車を8筋に転換されて、弱い玉頭を狙われたのが痛そうだった。△2五桂ポンも、やはりタイミングを見計らうのが難しいのだろう。

順位戦A級 丸山vs三浦。後手丸山がゴキゲン風の出だしを見せると、三浦が▲6八玉と居飛車党の丸山と分かっていながらの不思議な挑発?をすると、丸山も居飛車に方針変更、三浦が手損で角交換して後手が5筋の歩を突いているのをとがめようとする将棋になった。なんて、駆け引きのかたまりのような序盤なんだ(笑)。二人とも徹底した研究家なので、こういう奇妙なことが起きるのだろう。
将棋は、二転三転する熱局だった。お互い後悔する手も多かったのかもしれないが、それでもA級のなかなか崩れない底力を感じさせた。三浦が終盤で見せた、▲3二歩とか▲2八歩とか、執念でひねりだしたような執念に、丸山が最後間違えてしまった感じだろうか。コンピューターとは違う人間的な将棋の醍醐味を感じさせる名局だった。

将棋メモ 8/16(日)

LPSA1dayトーナメント”シュヴァリエカップ”で 渡部愛ツアー女子プロが中井さんを破って優勝。中井さんの模様がよさそうにも見えた将棋だったが、渡部さんも勝負勝負と迫って、とても実戦的な将棋という印象である。最後は、渡部玉が詰むや詰まざるやという状態になったが、中井さんが難しい長手数の順を逃して詰まし損ねてしまった。とはいえ、中井さん相手にそういう将棋にもっていったことを褒めるべきだろう。中井さんも珍しく一気に一手決めにいって着地に失敗したが、相手の若さの勢いについつられたのだろうか(笑)。女流棋界でも若手が台頭し、女子アマにも有望な若い人が多く、現在の将棋界で一番レベルアップが著しいのは女性の若い層なのかもしれない。
ちなみに、その渡部さんと石橋さんが現在ブログ上で対局をしている最中である。

ごきげん・DE・ブログ
mana-blog

(以下、放映済のNHK杯や銀河戦の結果を書いています。お盆休みで録画して未見の方はご注意ください。 笑)

銀河戦、佐藤vs野月。横歩取りの将棋になったが、後手が8筋の交換をしてきた瞬間に、佐藤は横歩を取るのではなく▲5八玉。佐藤新手かと思いきや、前例があり、佐藤ばかりが指して誰も真似をしないという佐藤流の指し方だった。将棋は気持ちよく攻めて快勝。放映翌日の順位戦でも佐藤はこの形を採用して井上に苦杯を喫したわけだが、こういう放映のタイミングというのは微妙な感じだ。
解説は三浦八段。「初見で一番いい手を指せるという手と頃では、佐藤さんはすごいのかもしれませんね。」。実際に指してみての感想とのこと。
佐藤銀河も最近お子様が誕生されたので、まぁ勿論性格は穏やかな方なのですけれども、将棋も少し穏やかになってくれないかと思うのですが、いゃあ、相変わらず将棋は妥協しないですね。まぁ、当たり前ですけどね。ちょっとお子様の顔を見て気がゆるんでくれないかと思うのですが。

受け狙いという感じではなくて三浦のいつも口調で言われると妙におかしい。
最後は分かりやすい必死がかかる形になったのだが、視聴者に考えさせるために敢えて言わずに「はい、次の手は(なんでしょう)」とご満悦だった。三浦のような根が真面目なタイプが言うとなんだか無性におかしいのである。
私は将棋のことを書いていても全くといって自信がないわけだが、誰が実は面白いかを見抜くことについてはちょっと自信がある。三浦さんはもともと個性的だけれども、こういう解説でもキャラクターを自由に発揮させると相当面白いタイプだと思う。
森内vs小林裕。後手森内の一手損角換わりに。小林が飛車を見捨てて攻め込んだのだが、それがとても厳しく森内大ピンチに。小林は攻めさせると本当に強い。しかし、森内も綱渡りのような受け(△4三銀なんてよく秒読みで思いつくものだ)から、端攻めを間に合わせて逆転してしまった。久々に森内の受けの強さと並外れた終盤力を目の当たりにしたような気がする。小林も相当手の見えるタイプなのだが、森内はそれをさらに上回っていた。いまの若手が強いと言っても純粋羽生世代の壁はとてつもなく厚い。そんなことを感じさせる将棋だった。 森内は、最近目立った活躍がなかったが、また最近充実が著しいようである。
深浦vs西尾。後手深浦の一手損角換わり。双方研究で猛烈な勢いで進み、先手西尾が先に馬を作って多くの歩得を果たして先手良さそうに見えたが、その後の展開を見ると実は後手が十分させていたという将棋。解説の藤井が深浦の大局観のよさをほめていたが、やはり懐が深い。若手の猛烈な研究を、トップの経験と将棋の深さが阻んだような感じだった。
行方vs阿久津。先手阿久津で相掛かり。解説の藤井は矢倉も指すが、さすがに相掛かりの詳しいところまでは把握できていないらしい。狙いが分かりにくい将棋で強いアマでもやは指す人が少ないということである。将棋は藤井の解説も「二転三転」する難しい将棋から阿久津が抜け出して勝ち。藤井解説は率直で正直で面白い。

NHk杯 渡辺vs小林裕。先手小林で相矢倉に。後手の渡辺が気持ちよく攻めて、小林裕は猛烈な攻め将棋で受けの棋風ではないのでアッサリ終わるのかと思いきや、最後小林が猛烈に追い込み後手玉を必至に追い込み、広くて入玉模様の先手玉が詰むかどうかという局面に。パニックになってもおかしくなさそうな場面だが、渡辺は落ち着きはらって詰ました。解説の佐藤でも「そんなに簡単ではない」という順だったが30秒将棋できっちりしとめていた。プロだなあ。

将棋メモ 8/15(土)

一週間分まとめて・・。

竜王戦決勝トーナメントは森内が羽生を破って挑戦者決定戦へ進出した。後手羽生の一手損角換わりに対し、先手の森内が採用したのが棒銀から一直線に端を仕掛ける順。後手の手の遅れを一番分かりやすく原理的にとがめようとする順で理にかなっているとも言える。少なくとも本局では先手の攻めが成功した。まだ研究課題なのだろうが、一手損の世界において重要な意味を持つ作戦であることは間違いなく、今後注目が集まるのかもしれない。一応前例はあるそうだが、森内はこの大きな一番で思い切った作戦をぶつけてきた。もともと森内は深い研究に裏づけされた戦略家として定評のあるところだが、大きな一番でうまくはまった感じである。先日の銀河戦でも、先手藤井システムという、最近実は有力視されているとはいえ意外な作戦を用いていた。いろいろなアイディアを思い切って試そうとしているのだろうか。
見ている感じでは、ずっと羽生が苦しそうな将棋に思えたのだが、感想戦コメントを見ると、実は難しくなる変化が結構あったらしい。羽生がそれらを珍しくことごとく逃してしまっていた。やはり、作戦で押されたのが心理的に響いたのだろうか。
誰もが見たかった渡辺vs羽生の再戦はおあずけ。しかし、若き渡辺に竜王を奪い取られた森内が時を経てリベンジに挑戦という図式も面白いだろう。
もう一つの山は深浦vs久保。後手久保のゴキゲンに対して深浦は5筋の位を取らせて▲3七銀とする作戦。少し形は違うが、銀河戦でも指しており、二人のテーマ図なのだろう。今月の将棋世界でこの形について三浦八段が講座を書いている。久保が△3二銀とした形に対して、三浦はうまく攻められずに(多分久保に)敗れ、「居飛車側もまた新たな研究が必要」と書いている。それを深浦が早速実行して見せたというわけで、日進月歩の研究合戦の一端を見るような気がした。
将棋は、久保が王手飛車を含みに飛車を成るトリッキーな動きでベースを握ったかに見えたが、終盤は深浦が鮮やかに決めた。凄い切れ味だった。控え室はあまり読みきれてなかったようだが、深浦も久保も、かなり早い時点で先手勝ちを見切っていたようである。対局者の読みがもともと正確なのをおくとしても、やはりプロの間でも読みの精度には当然差があるのだろうか。今更ながら、この二人ともだてにタイトルを取ったわけではないのだ。

順位戦A級佐藤vs井上。横歩取りの将棋から、先手の佐藤が早めに▲5八玉とあがる工夫をみせた。たまたま前日放映の銀河戦でも野月相手に採用して快勝している。佐藤が一人で多く指している佐藤ワールドの一つだそうだが、井上がうまく対応して優勢にたってそのまま勝ちきった。佐藤は新参の高橋、井上連敗。この二人のベテランは、やはり作戦の立て方や序中盤戦い方が上手で、それでA級に上がってきたともいえるだろう。特に事前準備もしやすくて長時間序盤から構想を考えることが可能な順位戦向きなのかもしれない。他のA級棋士たちも油断ならないと考えているのではないだろうか。
順位戦B級2組3回戦。3連勝は、早くも阿久津、中村、桐山の3人に。阿久津は、先手石田流の出だしに、いきなり△1四歩と突く阿久津流。銀河戦で、同じ作戦で久保にひどい目にあっていたが、めげずに採用。「阿久津流」と呼ばれる独自の作戦を多く持っている棋士で、現在流行する前にも盛んに急戦矢倉を指していた。今年は実力評価の通りに上がれるのだろうか。ベテラン桐山は、後手で角換わり四間飛車から向かい飛車に振りなおして△2五桂ポンという、ほとんど新鋭棋士のような若々しい指し回しで勝っていた。森下は、金と角交換の駒損ながら、歩を自分だけ山のように持って、相手は歩切れ。攻めを完全に押さえ込んでしまう森下将棋の真髄のような指し方で勝っていた。ああいう負かされ方をすると、相手も指していてつらくなりそうだと思う。ちなみに、先崎も横歩取りで佐藤流の▲5八玉を採用していた。まさか、前日テレビを見てやってみようと思うことなんてないのだろうが。
同じくA級森内vs高橋。後手高橋の△8五飛から、お互い渋い手が出るこの戦形らしくないともいえる展開になったが、中盤では高橋良しになったらしい。高橋の△8五飛おそるべしである。しかし、そこからの森内の指し方が辛抱強いというか力強というか、気がつにくい端攻めから最後は大差をつけて力でねじ伏せて勝った。森内は一時期羽生を一冠まで追い詰めた張本人だが、ちょっとあの頃のような強さが甦りつつある感じだろうか。気が早すぎるが、来年の名人挑戦の最有力候補だと思う。

朝日杯で矢内も一勝をあげた。終盤力のあるところを見せた一局。今回の朝日杯では、若手の女流トップがフリークラス棋士に対して勝つケースが目だった。
今日の千葉vs清水上アマは、清水上さんがまたしても勝って三回戦進出。ネットでの将棋を見ているかぎり、ほとんど若手プロと遜色なく、第二の瀬川になれないものだろうか。
将棋は後手清水上のゴキゲンから△2五桂ポン。本当にあの単純な作戦はいまだに有効だ。とはいっても千葉良しの分れだったようだが、清水上さんがど迫力の終盤で、最後は一気に抜き去った。千葉の▲8六香が敗着で、他の手なら難しかったらしいが、GPSのtwitterを観ると、それをちゃんと理解している。いやはや、コンピューターの終盤力は、本当にしっかりしている。

渡辺明「永世竜王への軌跡」(日本将棋連盟)


自戦記編はとうに読み終えたのだが、棋譜解説編がいつまでたっても読み終わらない。なかなか進まない理由があって、一局の棋譜に対して図面5つだと私の脆弱きわまりない脳内棋譜再生能力だと。ちと苦しい。きちんと理解しようと思ったら実際に盤に並べないと無理だ。本当は一局につき図面10個は欲しいのだが(我儘だなあ)、それは本の構成上無理だろう。とにかく、いつまでたっても書評が書けそうにないので、第一部自戦記編を読んだ感想をメモしておこう。
本書は第一部自戦記編で10局詳しく解説し、第二部棋譜解説編で31局の棋譜とポイントの指し手の簡潔な解説するという構成である。第一部があくまで本書の中心部分である。そして、取りあげている計41局は、竜王を獲得する17期の竜王戦の予選一回戦からの渡辺が指した竜王戦での全ての棋譜が網羅されている。他にも、羽生との王座戦など大切な将棋は多いわけだが、それらは取り上げておらず、本のタイトル通りに、渡辺の永世竜王への戦いの全ての記録である。
自戦記では、去年のあの羽生との壮絶な戦いから、第1,4,7局が取り上げられている。他には、谷川との決勝トーナメントでの1局、森内相手から1局、木村相手から2局、佐藤相手から、一年目2局、二年目1局の計10局である。
本書の特徴は、梅田望夫さんが書評で書かれているように、渡辺が戦っている上での気持ちをかなり正直に生々しく語っていることである。それは、竜王戦のネット中継や専門誌の観戦記でも決して読めない貴重な部分である。ここまで、自分の心のうちを率直に書いた例は、多分今までにはないだろう。従って、将棋マニアだけでなく、「指さない将棋ファン」でも楽しめる内容になっていると思う。特に、竜王戦の間のエピソードを記した部分については、将棋を知らない人でも読んで完全に理解できる。(当たり前だけど。)
梅田さんは、渡辺の「戦略性」について指摘している。いかに封じ手を自分に有利になるように利用できるかを徹底して考えるなど、緻密に計算して戦っているということである。普通、そういう事は黙っていたほうが有利なはずなのだが、渡辺の場合は全て自分の手の内のカードを明かしてしまう。それが渡辺流の面白いところで、昨年の竜王戦を取材した「情熱大陸」でも、渡辺の正直者ぶりが本当に印象的だった。(その番組のまとめ記事を書いたことがあるので、興味のある方はどうぞ。)
対局中の心理と実際の指し手の読みの関連を、きわめて具体的に語っている例が、佐藤との第20期竜王戦第6局の終盤での決め手となった▲9八飛の場面。他の飛車の逃げ方では全部ダメな場面で、渡辺は残り時間を全て使いきって正解の好手を指した。読んでいる内容を、まるで自分の心中を小説に書くようにリアルに再現していて面白い。そして、残り2,3分になったところで、やっと正解にたどり着いたそうである。
羽生との竜王戦第4局の終盤でも、自玉が打ち歩詰めで逃れていることを、羽生がコップに水を注いで飲んでいる間に発見したという有名になった話とともに、いかに本当のギリギリのところで戦っているかがわかる。ちなみに、その第4局についても、対局後の渡辺自身の発言についても、本書には新たな記述があって興味深い。
とにかく、こうして竜王戦での渡辺の戦いの歴史を振り返ると、ギリギリのところで恐ろしく勝負強いと感じずにはいられない。佐藤相手の△7九角にしても。その理由としては、希代の戦略家であること、徹底的に現代的な合理主義的将棋観といったものが考えられるのかもしれないが、根底においてはやはり精神面の強さ、図太さがあるように感じる。私がこのブログをはじめたのが、丁度渡辺が竜王を獲得した頃なのだが、その頃から渡辺の将棋自体は大きく変化し続けている一方、渡辺の人間に対する基本的な印象は全く変わらない。その頃の記事でも引用したことがあるのだが、坂口安吾の「勝負師」からの一節。
「勝負師という点では、大山はちょッと頭抜けているようだ」
「大山にはハッタリめいたものがないのである。非常に平静で、それを若年からの修練で身につけたミガキがかかっている。(中略) 温室育ちという生易しいものがないのである。勝負師の逞しさ、粘り強さは、升田の比ではない(以下略)。」
「この図太さは、棋士多しといえども、大山をもって随一とする。頭抜けたアクターであり、その底にひそむ勝負師の根性ははかり知れないものがあるようである。」
安吾は、若き日の大山を見てこのように評しているのだが、渡辺にもそういう勝負師的な資質があるように感じる、と当時も私は書いていたし今もそう思う。。羽生は羽生で、また別の種類の強烈な無意識派の勝負師だと思うのだが、やはり意識的に勝負に取り組んで勝つためのあらゆる努力を惜しまないという点では、大山に近いのは渡辺の方だと思う。もっとも、渡辺の場合は、大山のように露骨な盤外戦術を使うわけではないし、先述したようにきわめて「正直者」の一種爽やかな勝負師なのだけれども。
本書全体を通じて、渡辺は明らかに将棋マニア以外でも楽しんで読めることを意識して書いているのだと思う。それは「頭脳勝負」以来、広い層に将棋を楽しんでもらいたいと、渡辺が終始一貫考えているためなのだろう。そういうところまで、渡辺は「戦略家」なのである。勿論、それは将棋を多くの人間に楽しんでもらえるようにするために、素晴らしい事である。
ただ、唯一私がちょっと残念に感じた点。羽生との竜王戦の第4局と第7局の終盤というのは、とてつもなく難解で終わってからもむなかな結論がでない将棋だった。その変化手順について、本書は徹底的に詳しく解説はしていない。恐らく、そのようなことを詳しく書きすぎても多くの読者は理解できないし興味もないだろうし、この本はそういうことを書く場所ではないという渡辺流のバランス感覚なのかもしれない。ただ、やはりあの伝説の終盤の最終結論を知りたかった。ファンとは我儘なものなのである(笑)。
竜王戦のエピソードの部分については、ブログに近い渡辺流の軽やかなタッチで書いている。私としては自戦記の本文も完全にプログ調で書いて欲しかったくらいなのだが、それはいくらなんでも「指しすぎ」か(笑)。
最後に、私が思わず吹いてしまった部分を一つだけ紹介して終わりにしよう。
嬉野温泉は「日本三大美肌の湯」。対局場「和多屋別荘」の温泉施設は素晴らしく、3泊で5回は入っただろうか。勿論、美肌にはなっていない。

将棋メモ 8/5(水)

王位戦は深浦完勝。追い込まれても、全く弱気にならずに踏み込んでいく鉄の心はさすがとしかいいようがない。木村も完敗なので、切り替えはしやすいだろう。敢えて言うなら、封じ手の▲4五桂があまりに強気すぎたのか。今回はあまりにもやりすぎだったのかもしれないが、だからと言ってタイトルに王手をかけたからといって慎重を期しすぎないで、いままで通り第三局までのように「好きなように指す」将棋を貫いて欲しい。正直言って、個人的には今回は木村を応援している。なんとかタイトルを獲らせてあげたいなあと素直に思わせるあのキャラクターは得難い。深浦のように佐世保の熱烈サポーターはいないかもしれないが、全国津々浦々に木村サポーターが点在していると思われるので(笑)、それを心の支えにしてあともう一頑張りしていただきたいものである。
ところで、twitterでこのようにつぶやいていた人がいた。うまいことを言う。(個人的な呟きだと思うので、リンクははらないでおく。)
深浦先生も佐世保の皆さんもホッとしたことでしょう. ここで容赦なく四連勝する木村先生も見たかったけど,まだ甘いままでいて欲しかったりもする.


順位戦C−1四回戦。今回は、一方的だったり優勢な方が順当に勝ちきる将棋が多かったような気がする。全勝は、広瀬、宮田敦、戸辺、それと関西の小林裕。広瀬は、入玉されるかという際どい将棋で、ご本人のブログによると正しく受けられるときれていたようだが、広瀬らしいど派手な攻めの手が飛び出して勝ち。宮田は、延々と一分将棋で、それほど簡単ではない将棋を悠々と勝ちきったという印象で相変わらず早指しでも全く間違えない終盤力を見せつけた。戸辺は、他のC−2からの昇級者が苦戦する中、前期に続いて好調を維持。手厚い棋風が順位戦に向いているのだろうか。戸辺は、ご自身のブログで、図面付で詳細な自戦記を常に書いており、ファンとしてはとてもありがたいことである。小林も関西でただ一人全勝。相変わらず力強い。
他にも、地力と安定感では定評がある飯島や竜王戦での活躍が記憶に新しい片上なども一敗で続いている。
来月から、将棋世界での連載再開が決まっている勝又も、何度も玉を動かして待機する辛抱強い指し回しから最後は一気に攻めを炸裂させて勝ち。現代将棋やコンピューター将棋の解説でファンはお世話になっているが、それだからこそ本業の将棋を指す方でも是非活躍していただきたいものである。

ところで、王位戦の解説で豊川先生は相変わらずサービス精神全開だった様です。形勢を聞かれて「難解ホークス」。だから先生、少々たとえが古いです。鶴岡一人親分とか野村克也のプレーイングマネージャー時代とか水島新司の「あぶさん」初期とか、多分今の若い人には分からないじゃないですか。あぁぁぁ、懐かしすぎる・・・。
ところで、豊川先生からカップのプレゼントがあるそうです。ご本人は。「絵柄で誤解しないでね(笑)」とおっしゃっているそうですが、一部のある種の方々から熱烈な支持を集めてしまわないか、とても心配です。
カップ写真

将棋メモ 8/4(火) (追記アリ)

王位戦、これからですが、深浦王位が追い込まれていても強気な感じで指していますね。

将棋世界9月号を一気読み。
名人戦第七局を羽生が自戦解説して語っているのを小暮記者がまとめている。あの将棋は、郷田が形勢を早い段階であまりに悲観してしまつたのではないかと言われていた。しかし、この詳細な解説を読むと、郷田が仮にこう指していたらどうなっていたかという幾つかの手について明快な解答が記されていて、やはりどれでも羽生良しだったらしい。羽生だけでなく、恐らく郷田も具体的に悪い順が全て読めていたのかもしれない。本譜の意外な順は、悪いなりに何か間違いが起こる可能性が少しでも起こりうる順を苦心して選んだということのようだ。検討陣が寄ってたかって調べてもすぐには分からなかった羽生が良くなる手順をことごとく明示しているのに感心した。やはり対局者の読みは、(特に羽生と郷田なので)恐ろしく深い。となると、郷田が形勢を必要以上に悲観していたのでなく、実際にはっきり悪いことをきちんと読めていただけということなのかもしれない。
それにしても、いつもながら小暮記者の記事は、変化手順が膨大で読んでいてめまいがする(笑)。私レベルにはついていくのが大変だが、いかにも将棋世界を読んでいるのだなあという実感を味わうことが出来る(笑)。専門誌らしくて、とても良いと思う。
他にも、将棋世界のシリーズともなっている、浅川浩氏による羽生ロングインタビューもある。。
今月から始まった東西フレッシュ対抗戦。初戦は村山vs豊島。先手の豊島が意表の藤井システムを採用。先週の銀河戦でも、森内が先手で採用していた、▲4七銀型に対して、後手が2筋の歩を受けて交換させる間に穴熊を完成させる形だ。これは、従来居飛車良しとされていたが、銀河戦の久保vs渡辺で久保がうまく指して勝って以来見直されて、振り飛車がかなり勝っているとのこと。本家藤井が本局を解説していて、「先手藤井システムは立派に生き残っている」そうである。っていうか、久保vs渡辺は私も見たはずなのだけれど、そんな大事な将棋の藤井システムにおける意味が全然把握できてないということ。まぁ、ながらでぼぅっと見ていることが多いからなあ(笑)。
三浦八段が、対ゴキゲン▲4七銀▲3七銀の講座を読みきりで書いている。三浦らしい誠実で生真面目な講座である。そういえば、この形も銀河戦の深浦vs久保で見たばかりだ。当然ながら、プロが指している将棋には膨大な最新研究の裏づけがある。そういうのを、アマチュアに体系化して教えてくれる人が是非ともいて欲しい。
ということで、将棋世界さんには、なぜか終わってしまった勝又教授の連載を早く再開していただけないものかと思う。特に我々のような「プロ将棋観戦派」、最近の言葉で言えば、「指さない将棋ファン、観る将棋ファン」にとっては、バイブル的存在なので、切に希望します。



(追記)などと書いたら、今月の将棋世界最終ページの次号予告に、来月から勝又講座再開のお知らせが・・。嬉しいです。twitterで三軒茶屋別館のアイヨシさんに教えていただきました。ありがとうございます。

将棋メモ 8/3(月)

今日行われた朝日杯は、長岡アマが飯塚六段の玉を最後即詰みに討ち取って勝ち。攻めあいに行って、と金を作らせてしまったが、それで自玉が詰めろになってしまっていたらしい。短時間の将棋はこわい。

ネット最強戦は、山崎優勝。後手の山崎が、端歩突き越し一手損角換わりダイレクト向い飛車、▲6五角打たせても全然OK戦法(ふぅー)を採用。こういう戦法も、最早当たり前になってしまった。
大盤解説の渡辺竜王が、山崎将棋の特徴を分かりやすく布教?していたが、本当に形にとらわれない意外な指し手が次々に飛び出して面白い将棋である。先手木村が指せそうに見えたが、感想戦でよく調べるとそんなに簡単ではないという不思議な将棋だったようである。王座戦を前に良いアピールになっただろう。
ただ、囲碁将棋ジャーナルで羽生vs山崎の対戦成績が流れたが、羽生が8−2と大きく勝ち越していて、山崎はたった二勝。ということは、NHK杯で優勝した時と、今年のネット最強戦だけで、早指しでしか勝っていないということになる。羽生おそるべしである。でも、山崎の場合、調子に乗ると(と言う言い方は適切ではないかもしれませんね 笑)、過去の対戦成績など一切関係なくなるタイプのような気もするので、楽しみだし、何か期待感を持たせてくれる棋士である。
それにしても、大盤解説の渡辺竜王は、相変わらずサービス精神旺盛で絶好調。我々将棋ファンは、彼のキャラクターをよく理解しているから、喋っている姿が目に浮かぶようで面白いけれど、何も知らない人が文字だけ読んだら「なんて人だろう」と思われないかと、ちょっと心配になりました(笑)。

銀河戦、森内vs野月。先手森内が意表の藤井システムを採用。▲4七銀と上がる藤井システムの定型に対して、後手が2筋を受けて先手に歩交換させている間に穴熊を完成させるというこれまたよくある定跡形に。穴熊に一応組めるので、居飛車も不満がなさそうだが、森内は、それでも振り飛車が指せると見たらしい。そして、実際にうまく攻めをつないで快勝。藤井システムは下火だけれども、こうして実際に指すと十分難しい将棋になるし、まだまだ有力のようだ。森内の意外なところをつく研究が実った将棋で、この後すぐある羽生との竜王戦決勝トーナメントでも、森内の作戦が注目される。

銀河戦決勝トーナメント、羽生vs北島。後手の北島が、最近多用しているというゴキゲンの出だしから、向かい飛車からの△2五桂ポン作戦へ。これまた素人っぽいこと限りない作戦だが、出てから大分立つのにまだまだ有力のようである。しかしながら、羽生がうまくとがめて良くなったような見えたが、北島の端からの反撃が巧みで、先手玉の金銀がはがされて後手のと金が残る展開に。素人レベルの振り飛車党なら、自玉は手付かずで、薄い居飛車の玉にくいついている形は、十分にペースと考えるのではないだろうか。ただ、解説の畠山鎮七段によると、際どい難しい将棋との事。実際、羽生の終盤力はやはりすごくて、秘術を尽くして相手玉を攻めながら自玉を緩和して、難解な局面が長いこと続いたが、最後は北島がうまく寄せを見つけて勝ち。羽生は早くも敗退。北島は、終盤のギリギリの競り合いを勝ちきって力のあるところを見せた。感想戦がなかったのでよく分からなかったが、ずっと羽生がちょっと苦しくていつまでたっても届かない報われない終盤のようにも見えた。が、チャンスが一瞬あったのではないかという解説にも頷けた。要するに、よく分かりません(笑)。

週刊将棋ステーションは羽生名人がゲスト。本当に他人がイヤな気分になるようなことを一切言わず、実に気持ちよい。余計な事を言わないように計算しているというのでなく、本当に個人的な感情の好き嫌いではなく、人も将棋も客観的に捉えている為に、冷静なものの見方が出来ているというような感じがした。人生の色々な事に、個人的な好き嫌いの感情でぶつかっていると疲れるだけなので。羽生のような、平静な客観的な明るいものの見方を見習いたい。相変わらず書いていることが「羽生信者」で申し訳ありません(笑)。

NHK杯は、矢内女王が登場。ほとんどの視聴者は矢内応援に回っていたのかもしれないが、私は違う。なんせ、クッシーこと櫛田が相手だからである。銀河戦での活躍で私はすっかり彼のファンになっているのだ、けれん味のない筋の良い本格正統派の四間飛車、居飛車穴熊にも囲わせても十分戦えるという職人気質、将棋に対する真摯な姿勢、現代将棋風ではない潔い終盤、そして感想戦でにじみ出るなんともいえない人柄。
解説の先崎八段も言っていたが櫛田の四間飛車に作戦勝ちするのは、どんなプロでも容易ではないのだが、矢内流の端玉(私ははるか前に早咲アマが指しているのをはじめて見てビックリした)が有効で、作戦勝ち気味に。しかし、その後の櫛田がうまかった。
解説の先崎は、プロ的な感覚とをアマチュアにも分かりやすい形に言語化する能力にかけては、やはり秀でている。今更ながら、とても分かりやすくて面白い解説である。特に櫛田が、△4七歩と垂らした振り飛車特有の感覚、さらにその後プロなら△4八歩成と成り捨ててから、△5六歩と伸ばすのがいかにも筋によいように見えて、△6五歩と重く打ってしまい、角をどかしてと金を作るのが「気がつきにくい」と言っていたのが、なんだかプロらしい解説だった。弱いアマチュアなら、本譜の手順のほうが分かりやすいわけだが、ちょっと筋が悪そうなのでプロにはかえって気がつきにくいというわけである。その後も、櫛田の駒が全て理想的な形で捌けて、こういう振り飛車が指せればなあと溜め息の出るような展開になった。
最後、大差になってから、現代将棋風に辛く受けて決めるのでなく、斬りあいであっさり決めに出たのも櫛田流。最後、矢内の強靭な抵抗にあって、櫛田が必死な感じになって少し慌てていたのもかわいらしかった。(失礼だよ。)結局は逃げきり。クッシーには、もっともっと勝ちあがって欲しいものである。
先崎が櫛田について、ひょこっと言っていたこの言葉には、ちょっと笑ってしまうとともに頷かずにはいられなかった。
「櫛田さんは、人がいいんですよね。棋士には珍しく。」

将棋メモ8/1(土)

王位戦第三局は木村勝ちで三連勝。囲碁将棋ジャーナルで、塚田九段の解説を聞いたが、二日目の激しい展開で、木村が実に巧妙に攻防のめりはりをつけて、うまく勝ちきったようである。「千駄ヶ谷の受け師」と言っても、一方的に受けてきらすのでなく、強気に攻めるところは堂々と手抜きして攻め。むしろ、自玉を手抜くのがこわいところでも恐れずに受けを見切ってしまうという「受け師」ぶりなのかもしれない。塚田九段は「木村ワールドで、こういう攻め方と受け方は普通の人には真似出来ない」と感心していた。
木村流の独特のねじりあいの感覚に、深浦がすっかり翻弄されて力負けしているという印象である。言うまでもなく、深浦は羽生との「ねじりあい」で、もの凄い力を発揮していて実力は折り紙つきである。何か「ねじりあいの」の相性があるのかと思ってしまった。木村の、ちょっと普通の棋士とはちょっと違う質の感覚に、深浦がうまく対応できていないとでも言うか。
第四局は、深浦の地元、佐世保。深浦にとっては、心強いとともいえるし、逆にプレッシャーがかかるともいえる状況での対局にもなった。とにかく、深浦としては地元で一勝して全ての厭な流れを変えたいだろうし、木村も初タイトルのチャンスで余計なことを考え始める前に、当然一気に決めてしまいたいところだろう。

順位戦B級1組四回戦。
注目の久保vs山崎は、久保がうまく優勢に立ち山崎は終盤の力を発揮できないまま終わった。銀河戦の郷田戦でもそうだったが、やはりトップクラスの巧みな序中盤で力を出せないまま終わることがある。終盤の才気溢れる指し手は衆目の認めるところなので、羽生相手の王座戦でも、そこら片が課題になってくるのだろう。
渡辺竜王も連勝ストップ。なかなか若手が勢いよく駆け上がるという構図には、なかなかいかない現在の将棋界である。などと言うのは気が早くて、山崎、渡辺とも好スタートをきったというべきなのかみしれない。
鈴木は、ご自身の本でも書かれているゴキゲンの対▲5八金右の超急戦狙いに対する端歩突きこしを採用していた。本ではうまくいくはずなのだが(笑)、やはり実戦は厳しく?阿部がその端歩を逆用する巧みな構想を見せてプロ的には阿部「勝勢」になったそうだが、鈴木が逆転勝ち。棋譜を素人が見ると、わかり易すぎる疑問手とかポカというわけでなく、どうも一つの疑問手で流れがすっかり変わってしまったらしい。将棋はこわい。
豊川は初勝利。最後はかっこいい決め手が出ていた。おじさんファンとしては勿論応援している。きつい相手ばかりだけれど。ここから巻き返してもらいたいところ。
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