2010年02月

藤沢モト「勝負師の妻ーー囲碁棋士・藤沢秀行との五十年」



今時、無頼派なんてはやらない。周りで野次馬根性丸出しで眺めている分には楽しくても、巻き込まれた家族たちにとってはたまったもんじゃない。マルセ太郎(絶妙な猿等の物真似で有名だが、黒澤明作品のパロデ調ひとり芝居も印象的)が、無頼派なんていうものは全然かっこよくなくて、普通に家族を愛して平和に過ごすことの方がよほど大変で凄いことなのだと、かつて言っていた。その通りだろう。
しかしながらである。この藤沢秀行の妻のモトさんの本を、最初は面白半分で読み始めながら、そのあまりにも人間的なむき出しのドラマにいつのまにかすっかり引きずりこまれて、最後には秀行という台風の目の周囲にいやおうもなく巻き込まれて出来上がった人間模様に、ちょっとばかり感動してしまうのだ。本来の人間のあり方というのは、こういうものなのだと。太宰治や檀一雄の小説を読んだ後のように。たぶん錯覚なのだけろう。現実はそんなに綺麗ごとで済むものではないが、しかし本来何者にも頼れない、孤独な存在たちがギリギリの形でふれあう、どこか懐かしい根元的な人間的原風景。まぁ、大げさに言うとそういうことなのだが、とにかく読んでいて面白いことだけは確かだ。
藤沢モトさんというのも、相当な人だ。この本を読むと、藤沢秀行の妻になるべくしてなった人なのだと思わされる。
農家で育って、子供の頃から家庭の事情で家事を一身でここなしてきた苦労人である。そして、上京して、藤沢秀行に一方的にみそめられる。御本人が言うには、器量が悪いといわれ続けて育っていたのに訳が分からない、ということなのだが、モトさんの二十歳頃の写真も本に掲載されているのだが、なんと言うか、何か人を不思議にひきつける雰囲気を持った女性である。秀行にも、何か勝負師特有の勘が働いたのだろう。モトさんは、その後本気で秀行との離婚を考えて、家を出て行こうとする、そういう時に限って普段は家をほとんど空けてばかりいる秀行がいつまで経っても家に居続けて機会を失ったそうである。秀行というのは、やはり勘が抜群に鋭い人だったらしい。
本の内容は、まさしく無頼派を地で行くもので、秀行の女性問題、酒乱、アル中、家族への暴力、父と子と相克、ギャンブル狂い、莫大な借金・・、といった具合。メチャクチャである。
借金地獄の際には、こわい人たちや税務署からの取立てがあった様子も生々しく描写されている。しかし、モトさんは、実に堂々と隠し事なく対応したので、取り立ても税務署も拍子ハズレになってしまったそうである。モトさんの友達に言わせると、「秀行さんも変わっているけど、あなたはそれ以上。宇宙人はあなたのほうよ」ということになる。
モトさん以外にも何人も女性がいた。ところが、最後はモトさんと他の女性も、仲良くして秀行の世話をみるという奇妙な関係になったそうである。秀行が、モトさんにはそんなことは一度も言ったことがなかったのに、他の女性に公の場に出る際にいい着物を着せてやってくれと頼んだりしたそうである。もはや、秀行にとって、モトさんは単なる「妻」以上の相方、連れのような存在になってしまっていたのだろう。
他の女性の子供たちとも交流があった。秀行の囲碁教室に他の女性の子供が来て、モトさんも分け隔てなく接して、その子供もモトさんをなついたりしている。三番目の女性の娘の相談に乗って、その娘もモトさんを慕っているらしい。本当に不思議に人間関係である。
そういった、客観的に見れば悲惨かもしれない生活を、不思議に明るい調子で描いている。モトさんというのは、どんな生活状況であっても、それをそのまま受け入れて軽々と生きてしまう所がある。夫も夫だが、妻の方も相当非凡なのだ。秀行は「おれはお釈迦様の掌で泳がされている孫悟空のようなものだ。」と語ったそうである。
NHK「迷走〜碁打ち・藤沢秀行という生き方〜」には、モトさんも、その長男も、二番目の女性の子の藤沢一就さんも、三番目の女性の娘も登場して、それぞれ生々しい証言をしていた。あまり修羅場を見ていない方のその娘さんでも、秀行がボトルを持って頭から血を流して家に帰ってきたり、ちゃぶ台をひっくり返して(巨人の星みたいだ)、フライパンや鍋が飛びかって母親とケンカしていたのを覚えているそうである。
長男も生々しい父と子の相克を語っていた。この長男は、秀行が泥酔して警察に勾留されたのを引き取りに行って、家に連れて帰ってきて、ものすごい早業で秀行を押さえつけて暴れられないように寝かせたりしたそうである。悲惨な情景なのだけれども、なぜかおかしい。
秀行が入院して、氏の数日前に、長男を知覚に呼び寄せて「かあちゃん、すきだ」と二回言ったそうである。それを聞いたモトさんの言葉。
笑っちゃいました。息子と二人で大笑い。今頃あんなこと言ったって間に合わないよねぇ、って息子が言って。ほんとに・・。あんなこと言うとは思わなかったし。
秀行の骨を海に散骨する際には、皆仲良く?集合していた。天気も良く、なぜか皆晴れ晴れとしたよい表情だった。

そして近頃、一就氏の娘、つまり秀行の孫娘の藤沢里菜さんが、史上最年少で囲碁棋士になった。

王将戦2010第四局 羽生vs久保

羽生王将が終盤に犯したミスに対して、久保棋王が臆することなく踏み込んで鮮やかにきった将棋だった。
結果的にはあっけなかったわけだが、そのプロセスには色々と面白いところのある将棋だったともいえる。
羽生王将は、今回の事前インタビューで、積極的に行きたいと発言していたが、その通りの指し方である。意表の▲2三角から、終始常識的にはこれで成立するのかという強気な指し手を敢行し、それをよく検討してみると実は良い手だと判明する状態が続いていた。このままうまく収束できれば、羽生王将が新境地を開拓したとも言われそうな将棋だった。
最後の▲3三馬が勢い良すぎたようだが、その後の検討で▲7七銀と手を戻しておけば先手勝ちだったかもしれないとのこと。それを、両対局者ではなく、ネット観戦していた銀杏記者が指摘したらしい。まだ、よく分からないので専門誌などで正確なことが判明するのだろうが、一度▲3三馬といっておいて▲7七銀と戻す時間差的な指し方は、かなり感覚的に違和感がありそうで、もしそれを選んで勝っていたら羽生マジックといわれそうな順ではある。

驚くことに羽生王将も、もう40に近い。朝日杯で優勝した際も、若手有利といわれる時間の短い棋戦で勝てて自信になった、という意味の発言をしていて、ちょっと驚かされた。羽生さんも、そんなことを言う年齢になったのかと。当然、年齢を加えていくに伴って、若い時のように力ずくで読んで終盤を寸分の間違いもなく指すやり方が難しくなっていくというのはあるのかもしれない。賢明な羽生王将のことだから、どのように自分のスタイルを変化させていくべきかも考えているのではないだろうか。今回、着地には失敗したが、羽生王将の指し方には、自分の従来のスタイルに安住しないで変革していこうという意志のようなものを感じた。といったら、いつもの私の勝手な深読みに過ぎないのだろうか。

将棋世界の勝又六段の連載で、中原先生の相掛かり取り上げられていた。中原先生にしか出来ない、良くこれで攻めがつながるものだという、先生だけの独自の世界だったようである。3月号で、中原相掛かりについて、羽生善治や佐藤康光が興味深い感想を述べている。特に、佐藤九段は中原先生が30代で劇的に棋風や考え方を変えた理由に興味を持っていた。それについて、中原先生は、意識的に棋風を変えた、防衛戦が続くと、どうしても受身になる、それで意識的に積極的に行ったと言われている。
今回の羽生王将の指し方を見ていて、まさしく中原先生と同じような時期に差し掛かり、同じようなことを考えているのではないだろうかと感じた。現在の羽生王将の心境を、一番的確に分析できるのも中原先生なのかもしれない。


さて、自分で言うのもなんだが、こんな素晴らしい分析を書いてしまった後でイヤなのだが、恒例なので仕方なくスポニチさんの名写真の紹介もしておこう。

尚、会場の皆様にお知らせがございます。私の帰りのかばんには、しじみ以外にもまだ若干の余裕があります、林屋利平でーす。(分からない方は林家こん平師匠のウィキを参照のこと)

いやぁ、レイルウェイズの中井貴一やぽっぽやの高倉健よりかっこいいだなんて、そんなことないっすよ、もぉー、でもそうですか、ええぃもうヤケだ、出発進行!


(写真の下の方に記事へのリンクもあります。)

勝又清和「突き抜ける!現代将棋」

ファン待望の勝又清和六段(もはや「教授」という呼称が定着しているので以下そう表現させていただく、教授といえば将棋の世界では坂本龍一ではなく勝又清和、これ常識)による「将棋世界」の連載が再開されて半年が経過した。
前回の連載は名著「最新戦法の話」にまとめられている。そこではタイトル通りに、現代将棋の最新形について体系的に歴史をふまえて解説し、また現代将棋の革新的であると同時に素人には分かりにくい性質を一般将棋ファンに分かりやすく啓蒙解説していた。
今回も、やはり現代将棋を勝又流に斬りまくっているわけだが、前回とは異なる部分も現れてきている。
一番印象的なのは、前回はあくまで現代将棋の最新の歴史空間の内部での歴史を叙述していたのに対して、今回はさらに歴史を遡って、現代将棋とかつての将棋の接点も探ろうとしている点である。
初回で△3三角戦法を叙述するにあたっても、勝又教授がまず例示するのは、「升田幸三の△2五桂ポン」である。升田が現代を先駆けする指し方をしていたのを、当時の升田自身の観戦記も紹介しながら解説していて、読み物としてもとても面白い。この回に限らず、現代的な指し方の先駆けとしての升田が毎回のように紹介されていて、現代将棋を語りながら、同時に升田将棋の革新性を現代の目で再発見するという二重構造になっているのだ。
あるいは、全三回の労作となった「相掛かり編」の中心・目玉となるのが、中原永世名人へのロングインタビューである。「中原囲い」などが生まれた経緯を御本人に語らせつつ、中原将棋の誰にも真似の出来ない特異性・独創性も自然に浮かび上がるという仕組みである。
つまり、前回はあくまで現代将棋という限られた歴史性の中での話だったのが、今回はかつての将棋との接点や、あるいは現代将棋でさえ乗り超えられていない偉大な先人たちの独創性にも照準を当てており、歴史を語るそのまなざしの射程がより遠くより広くなっている。歴史物語としての、分厚さ・重層性が前回より増しているのだ。勝又教授が、歴史学者としてより本格的な講義を始めたという印象である。
今回の連載で、今までのところ個人的に一番印象的だったのは、11月号の「自陣飛車」である。特別な最新戦法の話ではないし、テーマとしては地味なのだが、勝俣教授の歴史を取り扱う包丁捌きがとりわけ鮮やかだからである。
まず、現在の将棋を題材に、自陣飛車というのが現代将棋でいきなり角などを大駒交換する将棋で、大駒の打ち込みを防ぎために重要な役割を果たすことを説くことからはじめる。
そして、次には歴史を遡って升田の自陣飛車を解説する。次には、懐かしい「塚田スペシャル」の定跡講座をしながら、その最終対抗策としての自陣飛車に言及する。さらに、今度は現代将棋に目を戻して、現代将棋の申し子、渡辺竜王の自陣飛車を例示するといった具合である。
つまり、自陣飛車というテーマをもとに、勝又教授は現代、過去、近過去、現代と、めまぐるしい歴史の旅に読者をいざなうのである。勝又教授ならではの該博な知識に基づいて、広大な将棋の歴史空間を縦横無尽に駆け巡るのだ。読者は眩暈さえ覚えながらも、勝又教授のタイムマシーンに乗車を許されて夢のような旅行を気軽に体験できるというわけである。
将棋の世界というのは、過去から現在に至るまで、膨大な叡智の豊かな倉庫である。その魅力を一般人が知るためには、どうしても優秀な「語りべ」が必要である。どのような歴史も、それをうまく語る人間がいなければ、その生き生きとした姿を我々の前に現してはくれない。我々は、勝又教授という、最強の歴史の語りべをもっていることに感謝すべきだろう。

王将戦第三局と朝日杯決勝(については書いていません

重なる時は重なるもので、羽生と久保、久保と羽生なのである。
こういう場合、囲碁将棋の世界では「いやぁ、うちのサイ(妻)とよりも、顔をつき合わせている時間が多いっすよ、いやサイと一緒にいるよりはいいですか、ハッハッハッ」とオヤジギャグをかますというしきたりに・・、特になってはいない。
両方とも面白い将棋だった、この二人の場合、ずっとどちらが良いか分からないまま白熱の終盤に突入したり、形勢が離れたと思っていても終盤に何かが起こったりして目が離せない。二局ともすっかり満足して、特に言うこともないので、せめてスポニチさんの写真だけでも紹介しておこう。

「いやだわ、若旦那ったら」(旅館の看板娘とひょうきん者の若旦那)

「いやぁ、掛川城、さいこーっす。」(城マニア 34歳)

写真にリンクをはってしまいましたが、下の方から記事へもとべますので是非ご覧ください。スポニチさんから私へ抗議がこないためにも・・。

朝日杯は木村さん解説がいつもにも増して絶口調だったようである。中継でもそれは十分伝わってきたが、現場にいてtwitterでつぶやいていた方がこんなことを伝えてくれていた。
本田「16歩というのは?」
木村「端歩を突いた手ですね」

木村さんのお笑いIQの高さが遺憾なく発揮されているといえるだろう。
もし本田さんが関西のちょっと古いタイプのお笑い芸人さんだとしたら、
「それは分かっているわ。その意味を言えっちゅーねん。いま言え、すぐ言え、こらっ」
っと激昂しながらツッコミを入れなければいけないところです。

本日は以上です。

ごめんなさい。寒いので真面目に書く気が起きませんでした・・。

里見香奈女流名人誕生

世間一般的にも、どんどん騒がれて欲しい。どんな騒がれ方だっていいじゃない。女子高生の女流名人でも何でもいいから、とにかく将棋ファンへの入り口になってくれれば。
しかし、将棋ファンにとっては、今回の里見香奈は、その将棋の内容があまりに鮮烈だつた。将棋ファンの反応をtwitterなどで見ていると、皆彼女の将棋の中身に感心しているのだ。これは凄いことだ。里見香奈についての人間的な話題よりも、将棋の質の高さでファンを魅了しているということは。
それも、とても強い人たちも十分に、そしてそれほど強くない私のような人たちもそれなりにである。(昔、樹木希林や岸本加世子がそんなCMをしていたっけ。)将棋は専門性が高いので、棋譜を本当の意味できちんと理解するのは大変だ。しかし、現在のように中継に親切な解説がついていれば、どのレベルのファンも、それぞれ自分なりに楽しむことが出来ると思う。そして、あまり棋力がない場合でも、実はある程度がどういう棋譜なのかを直感的に感じ取ることは可能なのではないだろうか。名画を本当に理解することができるのはごく一部の人間だとしても、開かれた感受性の持ち主ならば何かを確かに感じ取るのが可能なように。このテーマについては、羽生善治と梅田望夫の対談でもふれられていた。
そして、里見香奈の棋譜には、確かにそういうものがあるのではないかと思う。勿論、彼女の実力は男性プロと比べればまだまだ不十分だろう。しかし、そういう実力とは別に、見ていてプロの将棋だなあ、美しい指し方の棋譜だなあと素直に感じさせるものがあるのだ。私だけなのかと思っていたら、ネットの反応を見ていて多くの将棋ファンが似たようなことを感じているのを知って驚いたのである。
よく言われるように、男性プロと女性プロの将棋は、その実力差を度外視しても性質が異なる。それについても、多くのファン(棋力のあるなしに関わらず)何となく感じていたところである。しかし、里見の将棋は、ほとんどそういう男女差のようなものを感じさせない。序盤の作戦も、男性プロと変わらない最先端かつ自然なものだし、終盤の組み立て方も現代的でスマートである。それは、彼女がネット将棋で、相手も里見自身も全く性別を意識せずに将棋と取り組んできたことも大きく関係しているのだろう。また、彼女のとてつもなく素直な性格も寄与しているのかもしれない。
今回の女流名人戦というのは。男性で言うと、米長vs羽生の名人戦のようなものだったのではないかという気がする。単なる世代交代にはとどまらず、将棋の質自体の転換のターニング・ポイントとでもいうへきか。素人なのでうまく説明できないが、漠然とそんなことを感じている。
そして、羽生も里見も先輩に対する素直な尊敬心に欠けていないところも似ている。羽生は、名人を取った時に米長が万歳して祝ってくれたのが嬉しかったと素直に書いている。里見も、名人獲得後のブログ記事でこんなことを述べているのだ。
一日を一言で言うと、清水さんと将棋指せるのが嬉しくて楽しくて、かつ結果も出せて夢のような一日ってこのことかって思う一日でした。

キラリっ娘のそよ風日記 v(^^)vより

彼女が言うと、本当に素直にそう思っていたのだろうなと納得してしまうのである。
でも、記事のタイトル自体が絵文字って、やっぱり女子高生だよね。

有吉道夫九段引退

毎日新聞 将棋:74歳・有吉道夫九段が敗れ、引退 現役最高齢
朝日新聞 現役最年長棋士、引退へ 74歳「火の玉流」
読売新聞 「ひとつの区切り」…74歳最年長棋士 将棋人生投了
産経新聞 “火の玉流”有吉九段引退へ 74歳の現役最年長棋士
神戸新聞 現役最年長棋士、有吉九段の引退決定 宝塚在住
時事通信 最高齢棋士有吉九段が引退へ
47NEWS 将棋の有吉九段が引退へ 最年長プロ棋士

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 有吉道夫
将棋ペンクラブログ: 有吉道夫九段
将棋が好きになってから 有吉道夫九段

有吉道夫九段の引退が決まった。
中平邦彦さんの「棋士 その世界」の有吉九段をとりあげた「盤上没我」より。
日常は温厚な紳士で、にこやかにしゃべり、人当たりは柔らかい。が、ひとたび盤に向かえば、この紳士は盤上没我。闘志あふれる駒音で相手を圧倒せんとする。猛烈な攻め将棋。顔を真っ赤にしてがんばる姿は尊いものがある。
かなり昔の文章なのだが、この対局態度を最後まで貫かれた先生だった。そう、普段は温和で引きこまれるような温かい笑顔の持ち主だが、いざ対局にのぞむと、まさしく「火の玉」のように相手に襲いかかる。しかし、いかにも根が陽性なので、ギスギスした感じ、厭な様子にはならず、あくまで盤の上だけで純粋な戦いを繰り広げるという先生だった。
ある時、テレビ棋戦で、対局者有吉道夫、解説者加藤一二三というのがあった。感想戦で加藤先生が、いつもの調子で自説を堂々と滔々と主張すると、有吉先生は、とても人のよい笑顔で「そうですねぇ、なるほど」とうなずきながらも、「でも私はこうやりたかったんですよ」口ぶりは柔らかながら自分の主張を曲げない。そして、有吉説をよく検討してみると、実はとても優秀だと判明して、加藤先生も「なるほどねー」と素直に納得。有吉先生も、また素晴らしい笑顔で「そうでしょう」と言われていた。人間的には温和でも、勝負師としては頑固な有吉先生らしさがとてもよくでていた。有吉先生も加藤先生も、見ていてなごまずにはいられない先生方である。
朝のテレビ小説「ふたりっこ」にも出演して、迫力満点の対局姿を披露し、相手を厳しくにらんでから、会心の手を指したという様子でニヤリとされた姿なども、実に堂に入ったものだった。
有吉先生は、名人戦で師匠の大山先生に挑戦して、3勝2敗までいったが、その後連敗して惜しくも名人奪取はならなかった。その時の、第六局について、戯曲・脚本家の青江舜二郎さんが当時書いた長文の記事を、ネットで読むことが出来る。大山先生と有吉先生の師弟関係についてなど、とても興味深い内容である。

青江舜二郎 電子資料室  名人戦の印象(1969)

74歳にして、最後まで若手にまじって深夜にまで及ぶ長時間の順位戦を戦い続けられた。簡単に出来ることではない。スポーツ選手などは、若くして引退するが、将棋は頭脳スポーツなので、一応は高年齢でも指し続けることは可能だが、長時間対局の場合、体力勝負という側面もやはり大きく大変なことである。また、かつてのトップ棋士としてのブライドをかなぐり捨てて、自分の孫でもおかしくない年齢の若手たちと戦い続けるというのも、精神的にきついところもあったはずだ。
それでも、有吉先生をはじめとするベテラン棋士たちは、最後まで戦い続けることが多い。今回、有吉先生とともに引退が決まった大内先生もそうだし、加藤先生もいまだ対局姿に衰えるところはない。むしろ逆なくらいである。そういう姿に、ファンは尊さを感じずにはいられない。いや、ファンだけではない。羽生善治名人が、タイトルの数も少なくなった頃に、ある時ベテラン棋士たちが一心不乱に若手と対局する姿をみて、自分も見習おうと思ったというのは有名な話である。
「火の玉流」というのは、猛烈な闘争心で戦うという意味と同時に、最後に燃え尽きるまで戦い続けるという意味もあったということになるのだろう。
有吉先生が、若い頃に奨励会幹事をしていた時に、ある若い奨励会員が悪くなって安易に投了したのをみてこう言われたそうである。この言葉通りに、最後まで将棋に取り組み続けられたということなのだろう。
「敵に一矢を報うべくがんばってほしかった。昔、中国の武人が、刀折れ矢つきれば素手を持って敵と戦い、力つきて捕らわれの身になれば、眼光をもって敵を射すくめ、もし盲目にされれば、なお舌をもって敵を刺すといったとある。勝負を争ううえにおいて可能な限り力の限界をつくして闘う。この気迫は何より必要ではないかと思う。」(「棋士 その世界」「盤上没我」より)

王将戦第二局 羽生vs久保、女流名人戦第二局 清水vs里見

さて、まずスポニチの写真を紹介するという至上任務を完了させてしまおう。

この方は一体どこの南の国の王子さまなのでしょうかと。

山下真司や松岡修造の「くいしん坊!万才」ですかと。

いやはや、これだけされるがままの羽生さんにも滅多にお目にかかれるものではありません。
ついでに、過去の名写真も紹介してしまおう。

何が見つかった? 永遠が。海と溶けあう太陽が(ランボー)

わけの分からないタイトルをつけてしまったが、この写真は偶然できたのだろうが、まるでゴダール映画のワンシーンのようにアヴァンギャルドしてしまっている。
(ちなみに、この写真のことはitumonさんのtwitterで知りました。)

王将戦中継サイト

すっかり読者諸賢の読む気力を奪ってしまったような気がしないでもないが、そういうことは一切気にせずに一応王将戦のことにもふれておこう。
久保のゴキゲンに対して羽生が選択したのは注目の流行形▲3七銀急戦。勝又先生の「最新戦法の話」の中でも、羽生はたびたび重要な最新形に登場して、研究にケリをつけた上で結果も残して去っていくことが紹介されていた。こうしてタイトル戦を戦いながら、最新研究も兼ねてしまうのが羽生流なのかもしれない。
一方、久保の先手での石田流、後手でのゴキゲンは、一時の藤井システム程とはいえないにしても、猛威をふるっているわけで、現在の居飛車と振り飛車の最高峰の戦い、最先端の研究成果の発表の場に今回はなっているともいえる。特に久保は関西の精鋭の若手たちと徹底的な共同研究をしているそうで、居飛車の対策に受身で応じるというより、振り飛車側から新しい指し方をどんどん試していて面白い。(その際たるものが、升田幸三賞を受賞した石田流▲7五飛である。)
それにしても、この二人の終盤は常に壮絶である。現地中継には、屋敷さんがいたのだが、あまりに難解だったために、形勢判断が何度も変わり、最後は一観戦者のように、分からないと正直に告白したり感嘆されたりしていた。いかにも、屋敷さんらしい率直で飾り気がなくて明朗快活な様子が伝わってきて、おかしくて仕方なかった。言うまでもなく、屋敷さんの終盤力というのはプロの中でも半端じゃないし、むしろ難解な局面からすっきりとポイントを探り当てる達人だと思うのだが、あの屋敷にしてわけが分からない難解無比なすごい終盤戦だったということなのだろう。
中継で詳細に解説されていたが、△6三玉と中段に自然に逃げ出した手が敗着で、△8四歩としておけば難しかったそうである。久保も両方ともかなり読んだが読みきれずに選んだ第一感の手が裏目に出たというのだからツキがないとしか言いようがない。結果的には、指しにくい手が正解だったところに「羽生マジック」を勝手に感じてしまったりするが、無論マジックではなく、常に一番本線の本来あるべだが難解な手を積み重ねていく羽生の正確な終盤力が、まるで魔術を使っているような印象を結果としてもたらすということなのだろう。将棋の終盤は間違わずに正しく指すと、どこまで行っても難しくて「均衡の美」を保ち続けるということなのかもしれない。
最後に青葉記者の中継コメントより。
王将戦や名人戦など、多くのタイトル戦で名記録係として活躍してきた鵜木三段も、残念ながら年齢制限で奨励会退会が決まってしまった。本局が最後の記録係だという。控えめな好青年で、仕事ぶりがしっかりしているところから、関係者の間では人気があった。この先の人生に幸多かれと願うばかりだ。
銀杏記者もtwitterでこんなことをつぶやいていた。
個人的なことですが、中継を担当していてうれしいときというのは、将棋の内容が大熱戦になった、ということももちろんあるのですが、一番は棋譜用紙を見て、記録係の奨励会員が昇級しているのを知る瞬間です。文字が前よりも堂々としていたりして(笑)。悲しいときはといえば、その逆ですね…。


女流名人戦中継サイト

第一局に続いて里見さんの名棋譜が出来上がった。勿論ここ数年の女流王位戦を見ても、追い込まれてから真骨頂を発揮する清水さんのことだから、勝負はまだまだ分からない。
開始早々に清水さんが里見さんのゴキゲンをさせない工夫をしたわけだが、これについては疑問を呈するブログ記事を既にいくつか目にした。どんな作戦を採用するかは勿論各棋士の自由だし、清水さんの真意が分からないので勝手なことを言うのは慎むべきなのだろうが、私も一ファンとして感想をメモ書きしておく。
あの指し方は、A里見さんの指し慣れて得意なゴキゲンの形にさせないBそのかわり角交換して後手に△4四歩をつかせてしまうので手損して先手の権利を放棄してしまう、ということである。
Aについては、そもそも堂々と里見さんのゴキゲンを受けるべきとの考えもあるかもしれないが、相手の好きなように指させないというのは基本的にはプロの考え方してはアリなのではないかと私的には思う。
問題は、この指し方だとBのように、手損という代償を払うということだろう。現在ややっこしいのは、一手損角換わりのような手損をいとわない指し方が全盛なことだが、もっとも、それには飛車先を保留したいという一応の言い分名目がある。それと比べると、今回の指し方はこの形に持ち込む合理的根拠が見当たらないので、どうしても単に里見さんのゴキゲンを避けたという印象を持ってしまうというわけだ。もっとも、△4四歩と突かせることで、ゴキゲン特有の銀が3三から4四へ進出してくる指し方を防止したのだという見方も強引には出来るかもしれない。あまりそうは思えないが、繰り返しになるが清水さんの真意は分からないのでその辺は何ともいえない。ただ、原理原則論としては、相手の得意の作戦を防ぐのはプロとしてはおかしくないが、そのための指し方に合理的根拠のようなものがあって欲しいとは思う。今後、観戦記等で清水さんの考え方が分かるかもしれない。
結果的に、里見さんは角交換ながらも、どちらかというとクラシカルな感じの構えになったが、そのおかげで振り飛車らしい指し回しを存分に見ることが出来た。
3三の銀を組み替えて4三に持っていき、相手の動きを渋く受け止め、さらに一度上ずった金も落ちついて二手かけて好位置に戻し、相手の手に乗ってさらに銀を玉に近づけ、丁寧に受けて相手に攻めさせるだけ攻めさせておいてから、頃合いを見計らって反撃、最後は分かりやすい一手勝ちに持ちこむ、と第一局に続いて振り飛車の指し方講座のような手順になった。
里見さんの指し方を見ていて「大山」の名前が浮かんだファンも多いのではないだろうか。伊藤四段が解説チャットを担当して、精力的な書き込みをしていたが、金の立て直し方に大山先生を感じさせると指摘していた。
里見さんは現代的な振り飛車を指すけれども、もともと大山先生の振り飛車に憧れて来たそうである。そういえば、倉敷藤花を獲得した頃のご自身のブログ記事時に、大山先生の像との嬉しそうなツーショット写真があったことを思い出した。

キラリっ娘のそよ風日記 倉敷藤花

大山先生も、もしかしたら自分の後継者は男性棋士ではなく、里見さんだと考えているかもしれません。うかうかできませんぞ、男性棋士諸君。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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