2010年03月

ドキュメント 将棋界の一番長い日(追記あり)

NHKの「将棋界の一番長い日」ドキュメンタリー番組なのだが、以下の再放送予定がある。

番組タイトル:ドキュメント 将棋界の一番長い日
放送日: 2010年4月4日(日) 放送時間:午後4:00〜午後5:00(60分)

(追記)再放送予定が変更になりました。
4月5日(月) BS2午前3:30〜4:29

http://cgi2.nhk.or.jp/goshogi/special/index.cgi

というわけで、未見で視聴可能な方は本記事を読まれないように。長い日のBS放送のダイジェスト版程度かと思っていたら、さにあらず、取材を事前にも事後にも十分に行った力作である。NHKさんになりかわると「将棋ファン必見」と言っても構わないと思う。できれば、NHK総合などでも放映していただきたいものである。
と必要な断りを済ました上ではじめます。もっとも、私がこれから書くことは、いつも通り「見りゃ、分かるじゃん」という内容に終始するであろう。あそこよかったね、そうそう、と番組を見た仮想のプログ読者とともに井戸端会議するといった程度の趣旨なのでご了承いただきたい。


取材シーンは三浦弘行の自宅取材から始まる。三浦といえば、最近は共同研究が主流な中、群馬の自宅で黙々と独自研究を行っていることで有名である。しかも、毎日十時間以上、将棋の勉強をしているとする通説がある。ということで、将棋ファンにとっては、秘密基地潜入のようなドキドキ感である(大袈裟だ)。
三浦が愛犬を連れて散歩をしている。毎日二時間の散歩を欠かさないとのこと。愛犬君がカメラをジロリと睨んで「なんだ、こいつら」と迷惑そうである。
スタッフ 散歩の時も将棋のことって、考えられます?
ナイス質問である。三浦も、鋭いところを突かれたという様子で、戸惑い笑いを浮かべながら、
うーむ、まぁ、実は詰将棋のこととか考えたりすることもありますね。
「こともある」というのは、必ずそうしているということではないだろうか。森下卓が証言していたが、三浦は米長研究会の草むしりの際に、右手に鎌、左手に詰将棋の本というスタイルだったそうである。伝説は本当だった(だから大袈裟だって)。
三浦が自宅で盤に駒を並べるシーンも映った。眼光鋭くかっこいい。野球選手がユニフォームを着ているときが一番かっこいいように、プロ将棋棋士も駒を持っているときが一番良い。最終局では△5五歩が、三浦流研究の一手だったということである。
棋士の皆に認められるような方でないと、なかなか名人にもなれないのかと思うんですよね。本当に尊敬してやまない方ばかりなので、そういう方に一歩でも近づきたいと、私自身も常日頃思っていることではあるので。
三浦の名人に対する思いである。三浦にとって、あるいは全ての棋士にとってなのだろうが、名人が単なる将棋が強い人以上のものであることが良く分かる。

他に谷川浩司vs高橋道雄、木村一基vs井上慶太の二局についても、具体的な内容を取り上げていた。対局者たちから事後のインタビューも十分に取っている。谷川と井上の兄弟弟子にとっては酷なことになったが、二人ともきちんと答えられていた。
特に、谷川については、▲2四角が痛恨の一手だったわけだが、谷川自身がその手を解説していた。「気持ちの整理がついていないで指した」のだが、その原因として早い段階で形勢を悪くして悲観していたことを自ら挙げていた。それはネット中継でも確かふれられていたところである。当たり前のように観ているが、現在のネット将棋中継のレベルはかなり高いと思う。
さらに、その後に投了前に、谷川がコップの水を二敗飲んでいるシーンをカメラが捉えていた。気持ちを整理していることまで、谷川自身が解説させられていた。谷川なので誠実に対応していたが、さすがにその辺は酷過ぎるので、誰か別のプロの解説者にコメントさせた方がいいのかもしれない。勿論、本人が話してくれれば一番良いわけだが。
ところが、それだけではない。対局直後に谷川は対局室の廊下で立ったままインタビューに応じている。
そうですね、いや、難しい将棋だったんですけれども、なんか一手バッタリをしてしまって、そうですね。こんなに早く終わってはいけなかったんですよね。えぇ。日付が変わる前に負けてはいけなかったんかですけれども。ハイ。
絞りだすように、ちょっと自嘲笑いを浮かべながら。断らずにインタビューに答えていたのが谷川らしい。
事後インタビューで、ちょっとだけ救われた感じだったのは
ーー奥様は何か言われたりするのでしょうか
谷川 ええーっ、まぁ、妻は、そうですね、勝った時も負けた時もお疲れ様・・ですね、えぇ。


その他にも、井上の子供教室、高橋の自宅、渡辺竜王、夕食出前、ネット中継などの控え室、大盤解説会など、将棋ファンにはこたえられない内容であった。

最後に流れていたのがNorah Jonesの名作Come away with meよりThe long day is over。

Feeling tired
By the fire
The long day is over

The wind is gone
Asleep at dawn
The embers burn on

With no reprise
The sun will rise
The long day is over


(オマケ)注意力テスト。twitterである方に教わったのだが、チラリと一瞬だけ映った、高橋先生が自宅で原稿用紙に執筆する際に下じきに使っていた雑誌は、さてなんでしょう?

答えはこちら

大内延介「将棋の来た道」



大内九段の引退記事を書いた際にも紹介したが、実は未読だったので読んでみた。
日本の「将棋」のルーツを探る本である。しかし、難しい学術書のような書き方はされていない。将棋のルーツを探って、タイ、中国、韓国、インド・スリランカを巡ってゆく旅行記でもある。大内は、軽いフットワークで、現地の人々の懐に飛び込み、歴史物を調べたり、各地固有の「将棋」を現地の名手たちと実際に指している。気取らない楽しく読み物で、ある種、北杜夫の懐かしいドクトルマンボウ・シリーズのような楽しさのある旅ものでもある。
同時に、世界の将棋の歴史の基本的な構図も自然に頭に入ってくる。大内は、日本の将棋とタイ将棋「マーク・ルック」の類似性に着目し、また日本将棋と中国将棋・韓国将棋との異質性を考慮して、インド→インドシナ半島→中国江南の港町→日本というルートを仮説として立てている。
各国の将棋を分析するのは、同時に各国の文化的特性を考えることでもあり、とても知的な興味をそそるテーマだ。例えば、日本将棋は桝目に駒を置くのに対して、中国・朝鮮将棋は、桝目の交点に駒を置く。前者は安定的、後者は不安定というところから、定住民族と遊牧民族的な特性をあらわしているという説もあるそうだ。無論、そのように単純化できない面はあるのだろうが、本気で取り組めば各国の将棋を徹底的に分析すれことが、即各国の深い文化的特性の考察になるかもしれない魅力的な研究課題だろう。
日本将棋だけの最大の特徴、取った駒を持ち駒として再利用できることについて、大内は南北朝から戦国時代に生き残るために仕える対象を簡単に変えて、武将も自分の勢力維持のために敵の勢力を自分の側に受け入れようとしたことと関連させて考えている。これも、勿論日本の戦国時代だけの現象ではないから、なぜ日本にだけに持ち駒再利用か生まれたかの本質的理由にはならないのかもしれないが、一つの有力な説明にはなっているだろう。この、持ち駒再利用という世界でも類のないルールの誕生を含めた、日本国内での将棋の歴史だけでも、大変興味深いテーマである。
楽しく旅行記を読みながら、そういう歴史的な話の基本を知ることが出来る本である。
Amazonのページをみると、現在中古品を入手可能なようだ。

NHK杯決勝 羽生vs糸谷、大和証券ネット女流最強戦 中井vs矢内

NHK杯決勝は先手糸谷で、後手羽生の作戦は一手損角換わり。糸谷は角換わり系の将棋が特に得意で、後手でも多用するし先手でも受けて指す。準決勝でも後手を持って渡辺竜王を粉砕していた。関西精鋭若手たちの共同研究も脅威だろうが、敢えて羽生が踏み込んだのは横綱相撲で、どんな研究の指し方をしてくるかお手並み拝見、またそれに興味もあるといったところか。
準決勝ほどではないにしても、相変わらず糸谷の指し手は早い。▲3三銀の一見俗な攻めから飛車を成りこみ△3二銀成とズンズン攻め込んだあたり、見ていて羽生ファンとしてハラハラドキドキだった。単純な攻めだけに、盲点になって、受けも難しいのではないか。これって。もししかすると準決勝の二の舞なのではないかと。
しかし、羽生が一発△4九角と打っただけで、局面の様相が一変した。・・というように手が見えてなかった弱い素人には感じられただけで解説の谷川九段によれば当然の狙い筋ということである。金が逃げても△6七歩成からの攻めが厳しすぎる。かといって受けもききそうに無い。羽生玉は、詰めろをかけられても一回△5二金打としっかり受けることができる。感想戦の検討でも色々やっていたが、難しい順はあるにしても後手羽生があの時点では指せそうだ。驚いた。・・これも弱い素人は、だが。とは言っても一手違いで、糸谷も必死に迫る。しかし、羽生の仕上げが憎いほどに見事だった。
後手も桂を渡すとあぶないので攻め方が難しい、どうするのかと言う局面で△8五歩。
糸谷羽生a(新規棋譜)0手


こんな忙しい局面で、何を悠々とといった第一印象なのだが、これが詰めろになっている。△7八と▲同玉△6九馬▲8八玉△8七馬▲同玉の時に△8六歩ととりこめるという仕組みである。あとは追っていけば詰み。解説のさすがの谷川九段も指された瞬間に感心していた。
さらに、進んでどうやら後手が勝ちになったようだという場面で△8五飛。
糸谷羽生b(新規棋譜)0手


これもかっこよく決めようとしたのかと思ったら、普通に△6七成桂だと、▲5二銀成△同金▲5一馬△同玉▲4一龍△6二玉▲6一金△6三玉▲5二龍△6四玉であぶないという解説だった。しかし△6八馬が4六にきいていて詰まないので一応大丈夫なのではないだろうか。とにかく本譜の場合だと△8五飛がないと上述変化手順以降▲7五銀以下詰むので、詰めろ逃れの詰めろにはなっていたということである。同じく△6七成桂でも詰めろ逃れの逃れで後手勝ちのような気がするが、ちょっと私の棋力だと自信ない。少なくとも、ちょっと油断するとすぐ逆転する局面だったし、将棋の終盤が恐ろしいことだけは確かだ。

対局前に糸谷五段のトークもきけた。いかにも頭の回転が早そうで、あんな調子で彼が興味があるという難解をもって知られるハイデッガー哲学について猛烈な勢いでまくしたてられたら一般人には理解できないこと請け合いである。谷川九段によると、なれないトークのせいか、盛んにため息をついていたそうである。
対局開始の際には、ご丁寧にも「よろしくお願いいたします」といっていた。「お願いします。」でなく「お願いいたします」の律儀さにはちょっと笑ってしまった。さらに表彰式でも、羽生が表彰されるところで、気を遣ってなのか巨体を思いのほか素早くササッと動かしてカメラの外に去っていったのも妙におかしかった。失礼な言い方になってしまうが、絶対に「いいヤツ」なんだと思う。

大和証券杯では中井さんが見事連覇。普通早指しだと若手が有利なはずなのに、中井さんが手厚い指し回しで作戦勝ちしてそのまま確実に押切って圧倒する将棋がめだった。里見戦といい、この決勝といい。秒読みの将棋でも全くあわてずに確実に寄せていく技術、鍛えの入った筋のよさを感じた。さすがである。
解説では羽生名人が登場。羽生名人の解説は実に明晰で勉強になる。聞いているだけで、香車一本くらい強くなったような錯覚に陥るくらいだ。
しかし、言っていることは実はすごく基本に忠実だ。「相手がかためているところに攻めていってはいけない。」とか「中段玉は寄せにくいので、あせらず遠巻きに働きかけるのがいい。」とか、言っていることは当たり前なのだが、それを実際の局面にうまくあてはめていくセンスが抜群なのである。「手があたらない」と言って嘆いていたが、羽生に手を指摘される対局者の方が大変である。こういう解説を聞いていても、いかに羽生が漠然とではなく、明確な意図をもって指しているのかの一端が理解できる。それはたとえプロであっても、実際にはすごく難しいことなのではないだろうか。
棋譜コメントより
本田小百合 > まずは本日NHK杯優勝されたそうでおめでとうございます
羽生善治 > さきほど、渋谷から駆けつけました。ははは、まあそんなことはないんですけど(笑)
こういうノリツッコミのようなことをほするイメージはあんまりないので、一番の意表の一手であった。

久保利明が「トリプル・ルッツ」で王将位奪取ー2010王将戦

今、棋王戦の第四局で久保棋王が勝利して最終局に勝負の行方がもつれこんだところである。よかった、「二日天下」で終わらなかったので、王将奪取記念記事が書きやすくなった。
さて、第六局は、最後のところで羽生さんが詰むと思ったのが詰まないという結末だった。しかし、よく話を聞くと、あの不詰みはほとんど芸術的な順だったらしい。棋譜解説より。
※「3連続限定合駒(△7三銀合、△5三銀合、△8五角合)が実戦で実現するとは奇跡的。トリプルルッツです」(行方八段)
(王将戦中継サイト 棋譜コメントより)
これを、かなり前から読んでいた久保が今回は凄かった。勿論羽生にすれば不本意だろうが、少なくとも分かりやすい錯覚、ポカということでは決してないようである。
控え室もGPSも、ほとんど先手勝勢を疑わずにいたところ、△5九金から△6九金の詰めろで迫る順を狙っていた久保が冴えていた。もし、逆に羽生がこの順を指していたら間違いなく「マジック」と呼ばれていただろう。
ゴキゲン中飛車の▲5八金右急戦は、最近振り飛車が良いのではないかといわれていた。順位戦の谷川vs藤井で後手の藤井が快勝して、なおさらその流れは強まっていたように思えた。それを、羽生が敢えて採用。しかも、少し前に羽生の久保の二人で意地のように戦って羽生が全て勝っていた因縁の形。しかもカド番で。いかにも羽生らしかった。しかも、また本譜は、少なくとも先手が良いか互角に戦えそうな分れだった。
それを、久保が終盤に絶妙の指し方で逆転。第五局で羽生がしたことを久保がやり返したわけで、タイトル獲得にふさわしい名局だったといえるだろう。
この二人は明らかに将棋がかみ合う。どの将棋も実に面白い終盤になった。高い実力同士でも、うまくかみ合わないで一方的になるケースもままあるのだ。全体を通じて文句なく名シリーズだったと思う。

―――本シリーズを通して、先手では石田流、後手ではゴキゲン中飛車というスタンスでした。
久保「日程的に結構ハードだったので、自分の相棒に頼ってしまったということもあった。いろんな将棋も指せればいいなと思っていたが、最後は頼ってしまった部分もある。違う将棋もこれから指したいと思っている」
(王将戦中継ブログ 共同インタビュー より)

「相棒」という言い方に、石田流やゴキゲンに対する愛着を感じる。現地に行かれていた勝又六段のtwitterによると、こんな発言も飛び出したようである。
「ゴキゲン中飛車はですね。プロ野球で言えばダルビッシュです。ようやく出てきたエースピッチャーですね。」BY 新王将。
かっこいいですね。

さて「相棒」と言えぱ(なんてベタな展開)、このお方も久保ファンだそうである。

久保新王将誕生に水谷豊も「おめでとう」(スポニチ)

他にもスポニチは精力的に興味深い記事を提供してくれている。
局面を見た瞬間にセンサーが作動する、感覚だと、理屈ではないことだけは、はっきりしている。まさにアーティストだ。
久保新王将 さばけるか否か“センサーで感知”(スポニチ)
かっこよすぎるが、実際に久保流の捌きは他のプロは真似できていないので、単なる読みではない一種の嗅覚的直感が働いているのは間違いないだろう。人間の指す将棋の面白さである。

王将戦スポニチ写真は最後まで独特だった。

「これは皆からのプレゼントの駒だ。向こうでは趣味の将棋もホドホドにね。」「ハイ」(本社栄転営業課長 34歳)

「けっ、ああは言ったけど将棋をやめる気なんて全くないぜ。東京に行ったら将棋を指しまくらせて、神様お願い。」(無頼派営業課長 34歳)

最後にtwitter将棋クラスタで話題になっている久保さんの似顔絵イラストと久保テーマソング?を紹介しておこう。おじさんは知らなかったが宇多田ヒカルの「ぼくはくま」が元歌だそうである。

ぼ く は く ぼ

大内延介九段引退

有吉道夫九段とともに、大内延介九段の引退も決まっている。今期のC級2組順位戦の成績でフリークラス転出となり、年齢の関係で自動的に引退が決まった。近年でも若手有望格の佐藤天彦を長手数の将棋でねじ伏せるなど、まだまだ「怒涛流」の力強さが健在なところを見せていたので残念である。
改めて言うまでもなく、有吉先生同様、時代を代表する名棋士の一人だった。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 大内延介

将棋では、当時は王道ではないとして批判されることもあった穴熊を積極的に採用し、豪快な振り飛車穴熊で中原誠に名人戦で挑戦して、後一歩まで追い詰めたのは有名である。「穴熊党総裁」とも呼ばれ、ある意味では現代的な振り飛車の先駆者でもあった。
鈴木大介、田村康介などの、優秀な弟子を数多く輩出している。子の二人とも、現代的な研究将棋というよりも、力で勝負するタイプの将棋で、豪快な将棋を指す師匠の影響もきっとあるのだろう。
将棋のルーツについての研究家で、「将棋の来た道」という著書もある。私自身、大内先生が将棋のルーツを探って旅ををするドキュメンタリー番組を観たことがあるが、明るく気さくな人柄をいかして、現地の人たちと交流しながら将棋の歴史を探る、とても楽しい番組に仕上がっていた。
田丸昇先生が週刊将棋の連載で書かれていたが、若き日には将棋ファンの吉永小百合とも親交があったそうである。スキーなどスポーツ万能で、若いときには大変もてたようだ。中平邦彦氏の「棋士・その世界」にも、こんなエピソードが載っている。
大内。美人の夫人。新婚ホヤホヤ。銀座のすし屋で飲んだとき、結婚式の写真を大切に持っていて、みせてくれた。すごい美人。大内の目ジリがさがって、こっちの反応を見ている。「きれいだ」とぃったら、ニッコリした。あとハシゴ。バーの前の屋台で焼きイモを買う。奥さんのみやげだ。

しかし、何と言っても大内といえば、当時の中原誠名人との第34期名人戦七番勝負第七局のエピソードが有名だろう。
初日に、既に形勢が大きく傾いて、既に大内勝勢になっていた。
勝った!ついにオレは名人位をこの手にした!”
この夜の興奮は大内を眠らせなかった。寝るのをあきらめた大内が、窓の外を見る。中庭を挟んだ向かい側の部屋で、ただ一つ明かりの消えていない部屋があった。そう、その部屋が中原の部屋であった。そこにはあまりの形勢の不利に苦悩する中原の姿があった。”明日は3年間君臨した名人位を明け渡さねばならぬのか・・・” 中原もまた、眠れぬ夜を過ごしていた・・・
(「将棋の館−盤上のドラマ−」「これが名人位の重さか!大内、痛恨の一手」より)

なんとも人間的な光景である。
ところが、翌日に大内に致命的な手順前後が出て、中原が持将棋にもちこみ、次局は中原が勝って薄氷の防衛を果たす事になる。
中原が席を立ったあと、大内は立会いの塚田九段(故人)にむかって、”しまった、先に▲45歩と突くんだった。それで決まっていたでしょう?”と問いかけたとか。 まさか立会人が対局中に”はい、そうですね。”と言えるはずもないが・・・
持将棋を提案する中原に、大内は”もう少しやらせてくれ”と言ったとか。この言葉に大内の無念の想いが、にじみ出ているようだ。
(引用 同上より)

これもまた、なんとも人間的である。将棋の内容についてもこのサイトで詳細に説明されているので、興味のある方は参照されたい。
この時に記録係をつとめていた田丸昇八段もブログで次のように証言されている。
大内は中盤で早くも優勢となりますが、名人位のプレッシャーによって形勢は次第にもつれ、終盤で勝ち筋を逃すと「あっ、しまった!」と口走りました。私はその光景を今でも鮮明に覚えています。
(「将棋棋士・田丸昇のと金横歩き」「最後の「引退対局」が注目される有吉道夫九段と大内延介九段」より)

さらに、これには後日談があり、大内九段がNHK・BS中継に立会人で出演した際に、当時のことを次のように振り返っていた。
後に大内自身が、「対局室の近くにビアガーデンがあり、そこから聞こえる酔った人の話し声と将棋の読みとの‘葛藤’があり、後で指すべき手を先に指してしまった」と語っている
(上記 大内延介 ウィキペディア より)

私もたまたまその放送は見ていたのだが、大内先生は、とてもよい笑顔で「一生、これは言わないでおこうと思ったんだけどね。」と爽やかにおっしゃっていた。
将棋の性質は時代とともに変遷進化していくが、その根底にある人間的なドラマの面白さは、昔も今も全く変わることがないのである。

王将戦スポニチ写真でボケよう!第五局編

もう開き直って記事タイトルにしてしまいました。

社内無礼講新年会で悪酔いした後輩女性社員に酒を勧められパンダもかぶらせそうになり困惑する有能先輩社員

そんな会社や激務に嫌気がさして突如蒸発し普段読まないスポーツ紙を手に取り足湯につかって自由を満喫する有能銀行社員

(おまけ)私をパンダ様とお呼びっ!

最後のは我ながら本当にひどいです。申し訳ありません。
念のため言っておきますが、このシリーズ、自分で面白いと思ってやっているわけではありません。読んだ方が呆れはてて、つい苦笑という線を狙っております。
そもそも、こんなことをはじめたのは、松本人志の「ひとりごっつ」や木村祐一の「写術」で、写真でボケるという企画があって面白いなと思って見ていたからです。でも自分で実際にやってみると本当に難しい。プロ芸人の方たちのセンスは本当にすごいなと改めて実感した次第であります。
それでは。

王将戦2010第五局の最終盤でGPSが指摘していた簡明な勝ち方

第五局は名局になった。久保が▲6五銀という意表の手で見事に捌けば、羽生が飛車取りを放置しての△7八馬というそのまま次の一手問題になりそうなマジックで返すという、両者の持ち味が存分に出る展開になった。
ところが、局後に最後のところで久保が▲3五桂としておけば、難解だった事が判明。一応よく調べると羽生勝ちという事の様ではあるが、十分に検討した結果分かる難しい変化で、実戦の時間のない中で、もし指されていればどうなっていたかは分からない。
しかし、私がここて紹介したいのは、その少し前のところでGPSが指摘していた読みである。(私自身が気付いたのでなく青葉記者のtwitterのつぶやきでこれを指摘している人がいたことを知った。)
GPSのtwitterより。
gpsshogi [(102) △3六桂] -3029 ▲1八玉△7九飛▲4三飛成△1三玉

2010王将5局a100310103手

本譜は▲1八玉に対して羽生は△2八金と清算する順を選んだ。ごくごく自然である。しかし、GPSは-3029の評価値で分かる通り、△7九飛と打っていれば、ほとんど終了級でしたよと主張しているのだ。
△7九飛は次に△3九飛成が詰めろなので、先手は詰めろで迫らなければいけない。▲4三飛成は▲3二竜以下の簡単な詰めろだが、なんとここで△1三玉の絶妙の早逃げ!
2010王将5局b100310106手


つまり、▲3二竜とすると、竜の横ききがなくなるので、後手が△2五桂と跳べるので先手玉が詰んでしまう。また、▲3二角成が後手玉への詰めろになっていないのだ!(一応ソフトにかけて確認した.)かといって先手に持ち駒がないので適当な受けもない。ということで、簡明に後手勝ちというのがGPSの主張である。これは、ある意味▲3五桂の変化よりもショッキングなのではないだろうか。GPSおそるべし。



怪物糸谷、渡辺竜王をふっとばす

まぁ、スポーツ紙なら、こんな感じの見出しなんでしょう。
関西には「いらち」という言葉がある。笑福亭鶴瓶が師匠の松鶴のことを、よくそう表現していた。「せっかち」「気が短い」「イライラしやすい人」といった意味である。普段の糸谷五段がどうなのかは知らないが、将棋を指している時はまさしくそんな感じだ。
NHK杯の場合は読み上げが入るのだが、もうそれを聞いているのももどかしいといわんばかりにパチリ。しかも、駒を豪快に叩きつける。
記録係が糸谷五○回目の考慮時間に入りました。」と言っても、そんなことはお構いなしにすぐ指す。普通は一分間遣って慎重に検討するところだが、「もう、考えなくても、指し手はこれに決まっているでしょ」といわんばかりに。竜王が相手でも関係なし。
そして、上目遣いにチラチラ竜王の方を見やる。「羽生ニラミ」ならぬ「糸谷ニラミ」けである。羽生ニラミがほとんど無意識な集中力の発露だとしたら、糸谷の場合は、本当にストレートな闘志の現れ。相手を威嚇するというよりも、自分の指し手に絶対的な自信を持っていて、「どうだ」と相手の反応をみる。闘争的なのだけれども、真っ直ぐで混じりけのない心の在り様の表現だとすぐ分かるので、イヤミには感じない。
早指しの棋士の場合、相手に早指しで飛ばされると意外に調子が狂うということも聞く。渡辺竜王も、もともと序盤は早いタイプだけれども、糸谷に負けずと飛ばしていた。竜王は、指し手以外の部分も意識的に考えるタイプなので、そういったことも考えていたのか、あるいは単に気合負けしないようにつられただけなのかは分からないが。もっとも、竜王がどんなに早指しで飛ばしても、糸谷はそれを上回る早さで返していて、結局は竜王が早指し負けせざるをえなかった。
今月の将棋世界の東西対抗戦にも糸谷は登場している。ここではもっと強烈な「糸谷ニラミ」の写真を披露している。まだ、NHKではテレビなので、あれでも随分遠慮しているのではないだろうか。
NHKでは、猛烈に勢いで一気に渡辺玉を寄せきる展開になったが、その渡辺が糸谷将棋を将棋世界でこう評している。
糸谷君の本質は受けだ。
久保棋王もこういう。
ああ見えて糸谷君は粘りの将棋。
NHKの森内戦も、銀河戦の佐藤天彦戦でも、超手数をいとわずに、負けない将棋を指していた。今回は、そんな粘りを出す必要もなく竜王を撃破してしまったわけである。竜王に誤算があったとはいえ、間違えれば一気に持っていく力もある。
糸谷五段の場合、勝ちになってからも、ほとんど考えずに指す。「勝ちになったら慎重に腰を落とす」というセオリーも通用しない。相手にしてみれば、ほとんど考えずに負かされるのだから、同じ負けるにしてもこれはこたえるだろう。渡辺竜王も、最後の方は、心なしか頬が高潮しているようにも見えた。今までは、常に年上に挑む立場だったが、これからは糸谷や豊島といった、渡辺以上に現実主義でシビアな将棋を指す若手を相手にしなければいけないのである。
決勝の相手が羽生名人になるか丸山九段になるかは分からないが、どちらにしても楽しみである。決勝だからといって、一切指し方を変えてほしくないものだ。
最後に渡辺竜王の糸谷評をもう一つ紹介しておこう。この二人の対戦は、来月の将棋世界でも見ることが出来るのだ。
糸谷将棋は関西のというより、全棋士の中でもかなりの異能派。プロから見てもあの早見えはすごい。

将棋界の一番長い日 2010

NHKのBSは、対局者が将棋会館に入ってくるところから撮影することになっている。今回は丸山忠久と一緒にエレベーターに乗り込んで撮影してしまう念の入れようだった。井上慶太が既に下座に着座しているところに木村一基が入ってくる。井上に律儀に挨拶すると、手を上座に差し出して「どうぞ、どうぞ」と譲る。井上も笑って「いや、どうぞ」と譲り返す。木村も「いやいや」と譲らない。順位戦では、順位上位者が上座に着くことになっているが、木村が先輩の井上に敬意を表したわけである。二人とも、盤の前に座れば鬼だが、普段はとても優しい。厳しい勝負の直前に、ほんの一瞬だけ和んだ。結局、木村に押切られたのか、井上が上座についていた。

三浦弘行と郷田真隆の戦いは、三浦が勝てば即名人挑戦の決まる大一番である。定刻になると記録係が郷田先手を告げ、両者が黙礼して対局が始まる。緊張感がみなぎる、とてもよい瞬間だ。郷田はお茶を口に含み精神を集中させようとする様子ですぐには指さない。と、突然三浦が相手が指さないのに、グラスを手にして対局室から出て行ってしまう。取り残された郷田は、三浦が戻ってくるのを待たずに、初手▲2六歩を指す。といった具合に大一番は始まった。

佐藤康光は、既に降級が決まってしまっている。信じられないことだ。相手は、まだプレーオフの目もある丸山忠久である。先手の佐藤は角交換の振り飛車。後手でこのような指し方をすることは良くあるが、先手では珍しい。丸山としてはやりにくいだろう。実は、昨年の最終局で、丸山が降級のかかった深浦康市相手に、丸山としては実に珍しい後手ゴキゲン中飛車を採用して深浦に引導を渡したことがある。因果応報。

NHKのBSの各棋士のプロフィールでは血液型が紹介されていた。O型が、谷川、郷田、佐藤、森内、藤井、井上。A型が、丸山、三浦、高橋。AB型が木村。B型はいない。いかにもそうだという人もいれば意外だという人もいる。ただ、何となくO型かA型のどちらかなのではないかという人が多い。O型的な自己主張の強さや唯我独尊性とA型の几帳面な真面目さ、繊細さを兼ね備えた人間が多いことに気付く。多分、血液型とは関係ないところで棋士に求められる二面的な性質なのだろう。ちなみに羽生善治はAB型である。

谷川浩司と高橋道雄の将棋は、後手の高橋の十八番の△八五飛戦法に。高橋のスペシャリストとしての能力が遺憾なく発揮されて後手ペースになったかに思われたが、谷川も粘り強く受けて、控え室はしっかり受けて指せば谷川が有望ではないかとの評価。谷川も大事なところで十分時間を使って考えている。ファンも読みきりの光速の寄せを期待する。そして、谷川がいかにも「勝ちました」と主張しているようにも見える手を指す。ところが、それが明らかな疑問手。高橋にあっという間にくいつかれて寄せきられてしまった。谷川と羽生の名人戦再来を切望するファンにとっては悪夢のような展開。谷川は形勢を悲観してしまっていたらしいが、それにしてもあっけない折れ方だった。谷川に限らず、羽生世代の最近の終盤では、若い頃には信じられないようなミスが見受けられることが多い。そんな気がするだけなのだろうか。どちらにせよ、彼らにとって、対戦相手という敵以外に年齢という敵も相手にしなければならなくなっているのは確かだろう。しかし、ワグナーのの「神々のたそがれ」を演じるのにはまだ早すぎる。

佐藤と丸山の将棋は、佐藤の会心譜になった。先崎学と阿久津主税が、全対局終了後の深夜に後半を並べて解説していた。先崎が、飛車を見切ったり、▲3六歩といく構想を褒めていた。降級が早々に決まる人間の指す将棋にはとても見えないと。同時に、えてして気が楽になると指し手が伸びてこういうことになるのだとも。

藤井猛が角交換振り飛車から積極的に動いたが、振り飛車の銀が完全に遊んでしまった。しかし、天王山に馬をしっかりひきつけて崩れず、森内らしく力強いが力強過ぎたと控え室に評されてしまった疑問手もあり、振り飛車ペースに。藤井がガジガシ流らしく一気に食いついたところでは振り飛車勝勢との評判だった。ところが、森内が攻め込むとどうも局面が容易ではない。深夜のBS開始時にも、先崎が藤井勝ちを明言していたのだが、渡辺明が登場する頃には逆に森内勝勢に。
カメラが藤井の横顔を映し出す。右手を顔に当て呆然とした様子。「なんでこんなことになってしまったんだろう」と顔に書いてある。苦しげな様子で「いやぁ」とつぶやく。悪趣味とお叱りを受けるかもしれないが、こういうときの棋士の表情というのは確かに「美しい」。結局、藤井勝勢に思えたが、よく検討してみると、もともと難しかったようである。

井上がうまく指して作戦勝ちになったのだが、「千駄ヶ谷の受け師」が本領を発揮して、結局すっかり木村の将棋になってしまった。誰かが「木村さんに受けられるとおかしくなる」といっていた。朝、井上に上座を譲っていた好漢ぶりがウソのような、執念の塊のような将棋が魅力的である。最後は、井上が相入玉しても明らかに点数が足りない中、負けたら即陥落ということもあって必死に指し継いだが、ついに力尽きた。
カメラは絶妙のタイミングで他力残留を決めた藤井の顔をアップで映し出す。藤井はなにやら苦笑いを浮かべている。それが、自分の指し手に対する自嘲なのか、誰かにこっそり残留を教えられての照れ笑いだったのかはよく分からなかったが。

三浦と郷田の将棋は、いわゆる「善悪を超えた」、熱局、名局になった。
映像では、三浦がこれ以上は前傾になれないだろうという前傾姿勢で、眼光鋭く盤面をにらみつけている。三浦の対局姿は、いかにも盤上没我で魅力的だ。
最後は、郷田が相駒すれば詰まないのに、敢えてあぶない受け方をして、しかも正確に受ければ詰まずに勝ちだったのに、詰み手順に飛び込んだが、三浦も(郷田も)詰みに気付かず、気付いていた控え室が絶叫し、さらに三浦が開き直って詰めろをかけたら、詰みそうな三浦玉がどうしても詰まなかったという(あー、説明するのに疲れた)、とんでもない結末だった。将棋の終盤というのは、時としてこういうわけの分からないことになる。控え室のプロ棋士も、我々ファンもそのドラマに熱狂し堪能した。
先崎と阿久津が最後に通して並べて解説していた。三浦の△3三桂に二人とも驚いていた。あの辺りは実戦ならではの苦心してひねり出した手順である。中盤以降お互いの意地と意地がぶつかりあう、相手の言い分を一切聞こうとしないような将棋になったようである。先崎は、お互い▲5六桂と△5四桂と強気に打ち合ったのを「歴史に残る応酬」と評していた。二人が真正面からぶつかり合った壮絶な将棋だった。
こうして、三浦は挑戦者になるにふさわしい将棋を制したわけである。
三浦は、前期ギリギリで残留しての挑戦。こういうケースは、森安秀光以来、26年ぶりの記録だそうである。
BS中継で話題になっていたが、三浦はかつての求道者的な姿から多少変わって、近頃は人間的な余裕も出てきたそうである。何でも、今回の最終局を迎えるにあたって、「今回のオリンピックのような舞台だと思って、研究もして対局に臨みたい」と語ったそうだ。今までの三浦は、そういう発言をするようなタイプではなかったということである。
羽生善治の七冠の一角を崩してから、もう久しい。あの頃、三浦は「武蔵」と呼ばれた。ただし「たけぞう」と読まれていた。
今回は人間的にも成熟し、しかも相変わらず芸道を純粋にきわめる姿勢では一切変わりのない「むさし」が名人戦の桧舞台登場してくれるはずである。
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