2011年03月

羽生善治@週刊将棋ステーション 2011/3/28

羽生が週刊週刊将棋ステーションに、ほぼ一年ぶりに出演していた。色々話していたが、今までで特に残っている対局について、例の木村相手の竜王戦挑決での一手詰みをウッカリした将棋をあげていた。
五つ逃げる場所があって、他の四箇所なら全て勝ちだったところを、唯一詰む場所に逃げてしまった、動揺したという言葉では済まない感じだった、プロなら一手詰めならだいたい一秒で見えなければおかしいのだが、その時は四十秒くらい全く見えなかった、死角とか盲点とかエアポケットとかいろんな表現がありますけれど、こういうことってあるんだなと思った、やっぱり実戦はこわいのだなと痛感した、ということである。
ちなみに、相手の木村も相当動揺したようで、羽生がなんだか嬉しそうに笑いながら振り返っていた。
でも、相手の木村さんも、まさかこれで勝てるとは思わなかったみたいで、すごく慌てていましたね。感想戦もなんか言葉にならなくて、アワアワしてました。
人のいい木村らしいリアクションで、その様子が目に浮かぶようではないか。

そして、羽生が見てみたい対局を二つあげていて、「加藤九段vs里見女流三冠」と「内藤九段vs甲斐女流二冠」だそうである。特に前者は誰でもみたいだろう。何とか企画で実現できないものだろうか。

Zeirams大師とものぐさ居士の禅問答

Zeiramsさんより、朝吹+羽生対談の記事について長文コメントをいただきました。ありがとうございました。
生まれ生きて死んで、また生まれ。死と再生の輪廻の向こうの残酷で美しい真理。私は「真理の探求者」が好きです。
人間は言葉で考え、それは言葉でしか表現できません。だから真理を探る人は必死に言葉で真理を紡ごうとする。彼らの豊穣な言葉は、真理に真剣に向き合えたからこそ発せられるのでしょう。

真理の扉は、きっとこの世界のそこかしこにあって、我々のすぐ隣りにもきっとあるのです(*個人の感想です)。

かつて白隠禅師が、コオロギの声を聴いて「目の前にあるあらゆる相の中に深い真理が潜んでいる」と気づかれたという逸話が残っています。
あらゆる現象が実はそのまま真実の姿を表している。これを仏教では「諸法実相」と言いますね。

真理の扉の向こうに実は言葉はなく、故に真理は人間の言葉では表現することは出来ないと思うのです。

ものぐささん、将棋盤の中の世界が有限か無限かとか、結論は先手勝ちか後手勝ちか?といったことは、真理の前ではもしかすると全く「どうでもいい」ことなのかもしれません。

むしろ駒の配置そのもの、矢倉や美濃囲いの「美しさ」の黄金律の中に、本当の真理が潜んでいるように思えてなりません。…それはもう「将棋の真理」を遥か超えた「宇宙の真理」だったりするかもしれませんが。

羽生さんは将棋の世界に潜む真理の扉をいつか開き、やがて「語る」ことを放棄されるような気がする。真理は言葉では決して表せないと思うから。

数十年後。
弟子(とってないと思うけど)に「将棋の真理とは何でしょうか?」と尋ねられた羽生師匠が、何も言わず駒を軽くつまんでそっと微笑む。

…という情景(個人的な妄想)が頭にこびりついて離れません。

もうすぐ名人戦が開幕しますね。羽生-森内。この二人だからこそ盤上に表出しうる「真理の相」に想いを馳せながら、宿命のライバル同士の闘いを見守りたいと思います。
さっきから、ずっとどうやってお答えしようかと考えていたのですが、さすがに真面目に答えるには大きすぎる問題で自信もないので、ここは「ものぐさ居士」に変身して、ちょっとおふざけでお答えしてしまおうと思います。ちなみに調子はふざけていてZeiramsさんに対して失礼になるかもしれませんが、もしかすると実はかなりマジで語ることになるかもしれません。

海より深き智恵のZeirams大師よ。ありがたきお言葉の数々、しかと承った。
真理は言葉では表現できぬというのは、おっしゃるとおりじゃ。我々にとってそんなことは自明の理じゃ。しかし、白隠禅師が、コオロギの声に全てを感じ取ったように、ぎりぎりの言葉に対して、本来貧困な言葉以上のものを感じとることも可能なのではないかしら。コオロギの声にも言語にも差別はないのだから。
大師が、お二人の対談を既に読まれたかどうかは存じ上げぬが、この二人の対談の言葉自体が言葉の限界をするりと通り抜けて言葉ではあらわせない何かを常に指向するような、そんな言葉の数々じゃった。朝吹さんは、こんなことも言っておる。
たぶん、小説は余白を読み手に差し出すのが幸せなことで、書かれなかった言葉を受け取るのが人間の思考の面白さなのではないかと思います。
恐らく、朝吹さんは、言葉を徹底的に突きつめて言葉自体の可能性を極限まで追求しながら、最終的には言葉にはどうしてもできないものをかすかにだが確かに感じさせるようなタイプの作家なのではないかしら。だから、白隠禅師のコオロギと同じなのでは?
羽生さんは、この対談でも吉増さんとの対談でも、「言葉」に対する感受性が普通じゃない。ワシたちが、日常的に使っている貧しい言葉ではない、言葉に対する感性があると思うのじゃ。羽生さんは、多分将棋でも将棋の言語をまず真面目に徹底的に突き詰める作業を行ったうえで、将棋の言語を越えるものを発見しようとしている、あるいは感じずにはいられないような気もするのじゃ。そういう態度は、羽生さんの普通の言語に対する異常な感覚の鋭さとも関係しているのかもしれん。
将棋盤の中の世界が有限か無限かとか、結論は先手勝ちか後手勝ちか?といったことは、真理の前ではもしかすると全く「どうでもいい」ことなのかもしれません。むしろ駒の配置そのもの、矢倉や美濃囲いの「美しさ」の黄金律の中に、本当の真理が潜んでいるように思えてなりません。
これも、ワシには分かるが普通の人たちには理解できないのではないだろうか。要するに、将棋というゲームの解や勝敗など究極的にはどうでもいいことで、そこに人間が感じ取るものが大切でそれが真理だとおっしゃるのだからな。
ワシはZeirams大師ほどは悟りきれておらんので、やはり将棋というゲームの解にも興味がある。それは現在のコンピューター将棋の顕著な進歩によって人間が直面させられている問題で、実は有限だが人間にとってほとんど無限な世界に、どう人間が向き合うかという興味深い問いなのじゃから。
しかし、ワシも基本的には大師の意見に賛成じゃ。何も、将棋の詰まらない解を知らなくても、人間は将棋という現象に向き合うだけで全てを知る能力を本来は有していると信じておる。しかし、残念ながら普通の人間には、白隠禅師のコオロギは無理じゃ。
将棋の世界でも、現象で全てをいきなり悟るのではなく、地道な努力を徹底的に繰り返す作業を積重ねないと、それを越えるものは見えてこないのではなかろうか。多分、白隠禅師の時代の禅道と現代の禅道は違うのじゃよ。何の努力もせずにいきなり悟れるZeirams大師のようには、なかなかいかん。
拈華微笑の故事にちなんだ羽生さんの微笑。ワシの頭の中にはこんな光景が浮かんだ。
羽生が、初手に▲5八玉と指した。誰もその真意をつかめずに動揺して黙ったが、対戦相手の棋士だけは真意を理解してにっこりと微笑んだ。羽生は、その時点で投了して、その棋士に全てを託して、その後一切将棋を指さなくなった。
さて、その棋士は一体誰になるのじゃろう。Zeirams大師のお好きな渡辺かな。でも、渡辺なら微笑まずに合理的に「なんですか、これは」と口に出して言ってしまうのではないかしら。まだまだ渡辺も修行が足りんので、Zeirams大師の教えを請う必要がありそうじゃ。





「ドキュメント2011 将棋界の一番長い日」感想

BSで放送されたもの。見逃しかけたのだが再放送があって、なんとか観ることが出来た。今年の一番長い日については、既にやや真面目な記事は書いたので、ここでは朝吹真理子言うところの「加藤一二三が昼用の鰻重と夜用の鰻重の代金かっきりを背広の両ポケットに分けいれて対局に臨む人間的な娑婆の面白さ」の側面に絞って?メモ書きしてみよう。

将棋会館への各棋士の入場シーンかっこええなぁ。緊張感があって凛々しくて。これ、将棋女子だったら惚れてまうやろ。と思ったら、三浦弘行がギリギリで慌てて駆け込んできた。一人だけ全然かっこよくないし。武蔵みたいに遅くても悠々としていればいいのに。

あっ、この民俗音楽みたいなやつ、去年の長い日特番でも使われていた。アンゲロブロス映画のギリシャ民謡みたいなやつ。この音楽、なんていうの?知っている人がいたら教えて。

渡辺明が初めて竜王を獲得した際に、就位式でトロフィーを大きく掲げるシーン、すごく記憶に残っているけど、あれはカメラマンか誰かに大きく掲げてとリクエストされていたのですね。自分で勢いでやっていたわけではなっかたことを、七年後にして知る。

渡辺は、「竜王・名人」狙っていたんだなぁ。もしそうなったら、「完璧にその時点ではチャンピオンですからね。」と。

久保利明が森内俊之に上座を譲ろうとしたシーン。ちゃんとマイク音量をあげて聞こえるように編集されている。森内が「えっ」と大きい声で驚くののだが驚きすぎである。ホント人がいい。

羽生善治の小学生時代、やっぱり眼光が鋭くて普通じゃない。ちょっとあやうく不安定なものを感じさせるくらいに研ぎ澄まされた感じ。現在は円熟して落ち着いたけれど、多分これが羽生の本質的な姿。

森内の自宅研究シーン。駒送りのスピードが速っ。これ、森内にも事前取材したんだから、当然渡辺にもしたんだろうね。ほとんどカットになったようで惜しい。

阿久津主税は私服だと棋士に見えないね。(勿論、ほめことば

将棋会館での昼食シーンはお宝だわ。意外に狭い部屋。しかし、対局者の丸山忠久と渡辺が正面に座るって。もう食事の時くらい顔を見たくないでしょ。これは食事を置く場所のセンスが問われそう。それとも、やっぱり上座的な位置が決まっているのかな。食事の時は、棋士の地位でなく谷川浩司がやはり一番上で、上座っぽい場所に座っていたし。考え過ぎか?すごく気になる。

久保がA級から落ちた頃、「将棋を指していて楽しいことは一度もなかった」というのも、すごいなぁ。

久保のスポニチ勝者罰ゲーム舞台裏動画は、。これは本当にお宝ですね。色々カメラマンが久保に話しかけて、無理にでも笑わそうとするのですね。グラビアアイドルの撮影みたい。って、それがどういうのかもよくは知りませんが。

記録の天野貴元三段は、木村一基や三浦にも負けない存在感ですね。

あれっ、三浦先生のセーター破れてる?

木村が廊下でストレッチする後姿も、多分木村ファンにとってはかけがえのないお宝映像。後姿から人柄がなぜかよく伝わってきます。背中で演技できるタイプ?

食事の注文をとる「えのき」クン、顔を売ったね。木村が一言「そばっ」というところがなぜかセレクトされていた。久保の注文では、注文カードが全部映されていた。すごくカートの数が多い。

木村ファンの女性が、なんだかかっこいい。ツイッターにもたくさん女性の木村ファンがいるが、みなさんこんな感じなのでしょうか?

丸山が冷えピタを装着する決定的瞬間をカメラはとらえていた。笑うしかない。

「さらに渡辺の倍以上はあろうかという扇子が登場する。」私はこれをジュリアナ扇子と勝手に呼んでいる。かつて、バブル全盛のジュリアナ東京で、お立ち台の女たちが(以下略

三浦が、お得意の左45度で考慮して小さくうなずく決定的瞬間もカメラは捉えていた。勝ちを確信したのだと、ご本人が解説していた。

木村が負けて階段を降りてゆく後姿。哀愁の後姿。うぅぅ。

谷川の投了シーンもすごい。記録係りが「秒読みは何分から読みますか?」と問うたのに対して、谷川は短く「結構です。」そして、すぐに投了。間が悪かった。記録係も大変だ。

森内vs久保の再現映像で使われているのが、タルコフスキーの「惑星ソラリス」のような音楽だ。

丸山の冷えピタを斜め俯瞰で映しだす映像がすごいです。

丸山が冷えピタについて聞かれて「自分でも変かなと思ったんですけれども。」しかし、そうは思っても勝負に徹して実行したというわけである。えらい。しかし、ここまで取材されてしまうと、さすがにもうテレビでは封印かな。

控え室で検討に加わる藤井の姿。誰も話しかけない。藤井も心ここにあらずで、明らかに自分の指した将棋のことを頭の中で考えている。対局直後以上に悲しそうな顔。はっきり言っていまにも泣き出しそうである。カメラは残酷だ。

久保と矢倉の練習将棋の隣で、糸谷の私服姿が。やっぱり若者ですね。(おじさんの感想です

森内と久保のあの終盤がハイライト。当然だろう。ただ、もう少し久保の粘りのすごさを具体的に分かりやすく説明してもよかったかも。と、たまには真面目な感想を述べてみる。

森内勝ちを悟って階段を降りてゆく渡辺の寂しそうな後姿。

A級残留を知って、安堵したように階段を降りてゆく久保の後姿。

締めの音楽は、去年と同じノラ・ジョーンズの「ザ・ロング・デイ・イズ・オーバー」。歌詞については去年私が書いた記事を参照されたい。というわけで、NHKの将棋班さんはこの番組のレギュラー化を狙っている模様。と勝手に解釈しておこう。BS2がなくなるが、是非続けてもらいたい。














「新潮」対談「人間の理を越えて 朝吹真理子+羽生善治」雑感

朝吹真理子は、将棋は人間が指しているのに、人間の理を離れた将棋の無時間の世界に人間が入り込んでゆく恐ろしい出来事だと考える。将棋の盤という平面の本来時間が介在しない無時間と対局者が感じる特別だが本質的には有限な時間とそれを我々が観る日常的な現実世界の時間が交錯する、と。
朝吹は鋭い感受性でそのように将棋を捉えるが、実はほとんどの将棋ファンがそのようなことを深いところでは感じている。大の男二人が、81枡の盤の前で対峙してその人間的な能力を極限まで酷使して、狭い将棋盤の中にひそむ深い真理を求めてあがくのは、本来大変に異常な行為なのである。我々が将棋に感じる興奮は、朝吹の言うように「加藤一二三が昼用の鰻重と夜用の鰻重の代金かっきりを背広の両ポケットに分けいれて対局に臨む人間的な娑婆の面白さ」であると同時に、人間が何か人間の能力や許容量を超えるものと直面するのを目撃するスリルに他ならない。将棋を観る興奮とは確かに深いところではそういうものだろう。
しかし、味気ないことを言ってしまうと本来将棋盤の中の世界には無限に近いようで有限で本来は「解」が存在する。何も神秘はない。数学以上に本来は何も曖昧なところのない世界である。だから、現在のようにコンピューターが人間の能力に限りなく肉薄することも可能なのである。
しかし、朝吹はそういうつまらない原理とは違う何か深いものを見ているような気がする。人間にとっては無時間の盤上に、有限な時間を生きる人間がその分を突き破ろうとするかのように突入しようとする際に生起する何かしらの事件。将棋盤の世界が事実上本当は有限だとしても、人間にとってはほとんど事実上無限なものに無謀にドンキホーテのように挑みかかろうとする際に生じる何か。人間も将棋も有限だとしても、両者の絶望的なまでに大きい相対的な格差が、人間に無限の眩暈を垣間見させる瞬間。
あるいは、こうもいえるのかもしれない。盤の中の世界は無限に見えても実は有限だが、有限のように思える人間が、無限の感覚を疑似体験だとしても味わうことで、本来人間の中にひそむ無限がほんのかすかにだけれども目を覚ますのかもしれない。

羽生の将棋観。朝吹に、自身の将棋の一番完全な駒組みは対局をはじめる時の陣形で、それが波紋が崩れていくように将棋が進むという発言について問われて、このような美しい言葉をつむいでいる。
イメージとしては、第一手が指される前の最初の状態というのは非常に平面的な世界なんです。それが駒組みが進んで、囲いができて、まるで建物が建っていくように、段々と立体的になっていく。しかし、駒数が限られているし、ルールの制限もあるので、ずっと高い建物を建て続けるわけにはいかず、どこかで壊れる。そういうプロセスですね。最後は壊れるんです。
将棋とは調和から建築へ、そして破壊の死へと至るプロセスである。建築を続けてゆくのが序盤、飽和点に達して壊れ始めるのが中盤、完全に世界が破壊されてどちらかの王が死ぬのが終盤ともいえようか。考えてみると、実に美しくて残酷な物語である。棋士たちは、毎局ごとに世界の生起と滅亡を体験しなければいけない。

朝吹が数学が既に存在している真理に光を照らすのに対して将棋はどうかと問われて、羽生はむしろ感覚的におかしい奇抜な手、バカなという手から何かが始まると答える。
将棋は絶対的に存在する真理を再発見するというよりも、何かしらの事件によって動態的に発展してゆく真理がありそうでいて真理のない世界なのかもしれない。無論、これも人間の能力の問題で、究極的には真理が存在するはずだが、そのように人間が真理などないかのように振舞って発展したり楽しめるのが将棋の面白さなのかもしれない。但し、それがいつまで続くかは分からない。例えば、コンピューターが息を根を止めてしまうかもしれないので。

千日手と永遠について朝吹が語り出すが、羽生はそういう永遠を直視しすぎると絶望するので、あまり直面しないようにしていると答える。これは、羽生が吉増剛造との対談でも熱烈に語っていた狂気の問題とも関連していて、羽生としては将棋を指しながら本来人間が目にしてはいけないものを垣間見てしまう切実な恐怖体験があるために、そのようないい方になるのかもしれない。我々一般人は、プロ棋士が将棋を通じて永遠を感じ取って狂気とギリギリの世界を彷徨うことにロマンを感じてしまうが、当事者としてはそれこそ一度落ち込んだら戻って来れない世界なので、それどころではないのかもしれない。

羽生が現代将棋における自由を語っている部分。
現代将棋ではある種のセオリーとか形から逃れるのは相当難しいですね。そうではない場所こそが将棋の最先端なんですが、どっぷりセオリーや制約につかった上でないと、最先端の一番自由のある場所に居られないというところがあります。
これは、将棋の話ではなく、そのまま人間が生きることの意味を語っていないだろうか。

羽生が対局者の二人の間に起きる二人にしか分からない共鳴や阿吽の呼吸について語っている。この朝吹と羽生の対談も対局と考えると、二人の間にも明らかに強烈な共鳴が発生している。
朝吹は序盤のちょっとした手順から徹底的にその意味を解明しようとする藤井猛のような原理主義者である。その疑問をストレートに指し手で羽生にぶつける。羽生は、その斬新な指し手に素直に驚きながらも、その意図を的確に捉えて、柔軟に朝吹の指し手の可能性を存分に生かした上で、美しい対局に仕上げあげてゆく。そういう共犯関係の二人のように感じた。

二人は、ものを書くことと将棋を指すことを通じて、徹底的に作家や棋士としての自己に向き合わざるをえない。二人とも、そういう種類の作家であり棋士だ。羽生は、そういう自己認識を、徹底的につきつめて自己否定に行く直前までいって開き直ることが大切だという。ぎりぎりまで詰めた上での余白が大事だと。
これは、常にギリギリの仕事をしている二人のような人たちだけに可能な特権的な体験だろうか。我々のように怠惰に生を送っている衆生には縁のない話だろうか。
恐らくそうではない。人間が生きるということは、本来は生きることがそのまま、徹底的な自己認識を強いる厳しいが美しいものであるはずだ。我々現代人が、それを忘れ果てているだけだ。例えば、今回の地震の様な環境の激変によって、忘れていたものを思い出すことがある。今回の地震も大ピンチであると同時にチャンスにも出来るはずだ。
そして、それはこの二人のようにとにかく自分の生を生きることで、―それがたとえ彼らのような芸術的な営為ではなく地味な仕事や家事やあるいは本当に単にブラブラしているだけだったとしても―誰もが体験できるはずのことなのだ。




チェス戎棋夷説さんも、11/03/23や11/03/28などで、この対談について取り上げられています。私は氏の記事でこの対談のことを知ることが出来ました。


羽生善治三連覇で九回目の優勝 NHK杯 羽生NHK杯vs糸谷五段

NHK杯HP(棋譜閲覧可能)

二人の対局者が大層魅力的で、久々に本当に将棋だけに集中して楽しむことが出来た。ありがたいことである。

後手の糸谷の一手損角換わり。糸谷の作戦は、郷田戦でもみせた「相早繰り銀」。一手損では、先手が早繰り銀、腰掛け銀、棒銀のどれを採用しても、後手は腰掛け銀にするのが普通である。それが通常の角換わりと違うところで、一手損している上に相早繰り銀にすると、攻め合いになると後手はなお困るはずなだが、そういう常識が通用しないのが糸谷流。糸谷が、この作戦をとるのにも当然彼なりの理論的根拠があるはずだ。前回のように感想戦で講義して欲しかったが、残念ながら時間が足りなかった。
糸谷が先攻したが、羽生は局面を収めてじっくりとした展開に持ち込んだ。解説の森内が指摘していたが、激しい展開は糸谷のペースになりがちなので、そういうのも羽生は意識した指し方だったのかもしれない。糸谷も、決勝だということを別にしても、やはり若干普段の自分のペースでは指せていない感じだった。羽生は、そのように相手に応じて敏感に柔軟に対応するところでも卓越しているのだ。
とはいえ、随所に糸谷らしさは満載だった。だいたい、初手からして読み上げが終わらないうちに指しそうになって、何とか我慢していたし。考慮時間に入ったことを告げられても、お構いなしに着手。森内も「時間は減らないんで、いい終わるくらいまでは待ってもいいと思うんですけれどね。」苦笑していた。勝負所でも、お得意の完全ノータイム指しが何度も炸裂。それが糸谷ペースなのだが、羽生相手にやるのはかなり勇気がいると思うのだが、糸谷は平気である。本当に観ていて楽しい。
将棋は、羽生がうまくやったが、糸谷も懸命に粘って羽生も少々手を焼いていた感じである。森内が、自分が糸谷に中段玉にされてうまく粘られて困った事を述べていたが、羽生ファンからすると竜王戦の渡辺の中段玉のことを思い出して、ちょっといやな展開だった。糸谷の将棋の本質は「受け」といわれるが、それがよく出ていたと思う。△6二銀打とかも、多分上の世代は仕方なくても打てないと思う。やはり感覚の相違があって面白い。
しかし、最後は羽生がやっと攻めきって勝ち。▲1六歩と、じっと突いたあたりは羽生流だった。▲4二歩成の時に、はっきりとではないけれども手が震えかけていた。あの辺りでは、素人でもやっと羽生が勝ちになったと分かったところである。
感想戦でも、糸谷流。すぐに、羽生に「逆転したと思ったんですけれども。」問いかける。表現はよくないかもしれないけれど、我々アマチュアが、負けて素直に悔しがるのとあんまり変わらない。そのように正直に感情表現するところが大変好ましい。以下も、感想戦を主導して、「こうするべきだった」と熱心に喋りまくっていたが、矢内が申し訳になさそうな時間切れを告げると、羽生も森内も笑うしかなかった。

節目の第六十回目の優勝は羽生。三連覇で優勝回数も単独一位の九回。やはり羽生が将棋界の第一人者であることを、これでもかというばかりに再確認させられるような大会になった。
次に優勝して十回だと「名誉NHK杯」だそうである。重いカップをかかえながらのインタビューだったが、「カップも本当に重いですけれども、大変思い記録なので一生懸命やって目指したいと思います。」と軽いジョークを交えて抱負を述べていた。糸谷も「最後負けると準優勝でも悔しいので、次は重いカップを持てるように頑張ります。」と、カップネタをちゃんと受けた上で、素直に悔しさを表現した上で優勝を目指す宣言をしていたのが、いかにもらしかった。
来年の今頃は、何ら憂いも心配事もなく、NHK杯の決勝を楽しめるようになっていてもらいたいものである。

女流ネット最強戦決勝 中井vs里見、LPSA天河戦 石橋vs中井、順位戦 B級1組 13回戦、C級1組 10回戦

大和証券杯ネット将棋公式ホームページ

里見先手でノーマル三間飛車から石田流。最近早石田でなく、普通の三間飛車を多用して居飛車穴熊退治をしている。本格的に角道を止める振り飛車の復権を目指しているようなところもあり、昔からの振り飛車ファンとしては心強い。勿論、それだけでは厳しいだろうが、今後も作戦の選択肢として続けてもらいたいものである。
とはいえ、後手の居飛車穴熊の中井の指し方が巧みで、やはり苦しくしてしまった。ところが、持ち前の終盤力で、解説の羽生が「あやしい手だ。あやしい指し方だ」と連呼する勝負手を続けて逆転模様になったところもあった。しかし、中井も冷静さを失わずに最後はなんとか勝ちきった感じである。
これで、中井は三連覇を達成した。作戦巧者で、常に冷静に指している感じがする。本局も、一度終盤に里見に逆転されかけたら慌ててしまいそうなところを、粘り強く指して崩れなかった。もともと本格的な本筋の将棋なので早指しの将棋でも、決して筋を外さない手を積重ねることが出来るのが強さの秘訣なのだろうか。また、LPSAの独自棋戦で早指し将棋に慣れているのも大きいのかもしれない。
解説の羽生は、やっぱり将棋が好きで仕方がないという感じがよく伝わってきた。終盤の正確な読みは、当り前ながら見事である。

NTTル・パルク杯 天河戦中継サイト

「311」の前日の将棋。
石橋の先手で中飛車。相穴熊になった。序盤巧者の中井がリードを奪ったが、石橋も自陣飛車で粘り強く指して決め手を与えず逆に居飛車穴熊にくいつくことに成功。しかし、中井も崩れずに難解な終盤に突入。最後まで、見応えのあるギリギリの攻防が続いたが、中井が石橋の猛攻をあまして勝ち。
迫力満点の熱局で、LPSAの売り物の中井vs石橋の中でも素晴らしい名局だったと思うので、未見の方は是非棋譜を並べられてみるとよいと思う。
プロ棋士の解説はないが、指し将棋の実力も高い練達の銀杏記者の中継によって将棋の内容がとてもよく理解出来る。
第三局は、4/7(木)に行われる。

順位戦棋譜速報

B級1組 13回戦

「311」の対局。当日は東京の揺れも大きくて、とても気持ち悪い種類のものだった。余震も十分大きいものが何度も続いた。将棋を指すような環境ではなかったはずだ。特にプロが精神を集中して読みに没頭するためには、一番困る状態だったろう。ある棋士が「余震で妨げられるのが、こんなにつらいものだとは思わなかった」と述懐していたそうである。

注目の屋敷vs松尾は、後手松尾の△8五飛△5二玉から、松尾に誤算があり屋敷がよくなり、そのまま押し切ってA級昇級を決めた。屋敷は、若くして棋聖位も獲得して誰もがその高い実力を認め将来も嘱望されていたが、順位戦だけはなぜだかなかなかクラスをあげることが出来なかった。深浦と共に棋界の七不思議の一つ?といわれたものである。それが、もはや中堅にっなてからクラスを上げだして、有望な若手が台頭する中で、念願のA級昇級を決めた。ある意味、ストレートにあがってくるよりも価値があるし屋敷らしいとも言えるのかもしれない。佐藤康光や松尾を破って堂々の昇級である。

他には、中田宏vs山崎の飛車角が乱舞する将棋が面白かった。△8五飛で鈴木が早々に△2三歩と受けてしまう新手も振り飛車党ならではの斬新な発想だった。

C級1組 10回戦

自力の広瀬、田村が共に勝って昇級を決めた。
広瀬の昇級は当然で、実力を考えると遅かったくらいである。今期もベテラン田中魁に得意の終盤で逆にねじ伏せられるなど苦労した。昇級インタビューで、「(来期も)まだ対戦したことのないベテランの先生に教われれば。C級1組でもベテランの先生にたくさん稽古をつけていただきましたが、それが今に生きていると思います。」というのは外交辞令ではなく本音だろう。順位戦では本気のベテラン勢が有望な若手を負かすことが本当に多い。それが順位戦の魅力だ。
田村は、最終局も田村らしい踏み込みのいいケンカ殺法でかっこよく決めた。田村はデビュー当時の印象が鮮烈で、今は亡きテレビ東京の早指し戦で準優勝もしていた。とにかく早見えで腕力が滅法強くて、どんどん上にあがっていくものとばかり思っていたが、勝負に淡白なところもあって随分と下位で低迷していたが、いよいよ本領発揮である。昇級インタビューでは、「抱負ではありませんが、4月から12月までは振り飛車党の田村になることを宣言致します。」と謎の?宣言をしている。

久保二冠堅持 王将戦第六局vs豊島挑戦者 棋王戦第四局vs渡辺挑戦者

久保利明二冠にとっては、本当に大変な時期の防衛ロードになったが、見事な内容で難敵二人を退けた。現代的な将棋の風潮をまったく意に介さないかのような奔放な久保流の振り飛車が爽快だった。

王将戦中継サイト


王将戦第六局は、久保先手で石田流。豊島は、やはり本石田に組ませる作戦に出た。久保は第四局同様▲6五歩の仕掛けだが、前回は▲7八金型、今回は▲5八金型と常に微妙に形を変えてくる。何度か書いているが久保の振り飛車の研究は、同じ形を突き詰めて優勢にしようとする居飛車的な研究と違って、次から次へと指せそうな形を繰り出して、あとは力で勝負するというところがあるような気がする。きわめて現代的な振り飛車だが、伝統的な振り飛車の水脈と確実につながっているものがあるのだ。
本局では、▲9八銀の辛抱から、見事な捌きと辛抱とを組合わせた緩急自在な指しまわしで、いつの間にか振り飛車必勝の局面を築きあげてしまった。本シリーズを通じて、序盤研究では互角かあるいは豊島の方が少し深い、また終盤では豊島も久保と完全に互角に渡り合っていた。しかし、中盤のいわゆる棋士としての独創的な「大局観」が必要とされる局面で、他の棋士には決して真似することができない独特な感性を発揮して、その部分では完全にシリーズを通じて豊島を圧倒していたように思う。「捌きのアーティスト」の看板に偽りなしで、まさに久保にしか出来ない個人芸の世界で、さらに最近それが進化して達人の境地にまで至ったような充実振りだった。
豊島の局後の感想が、それを分かりやすく物語っていする。
(豊島は)「中盤のよくわからないところで差をつけられることが多かった」、と語っていた。久保王将の印象を聞かれると、「すごい強かったです」。あどけなさが残る顔で、さわやかに笑っていた。
そう、久保は「すごく強かった。」その通りである。そして、それをきちんと言える豊島にもなんとも好感が持てた。
久保の今回の震災についての言葉も素晴らしいので、ここに全文引用して記録に残しておこう。
(大震災後の対局について)「正直、ここで対局していいのかという思いもありましたけれど、対局をやると決まってからは、自分のできることをやるしかないので、粛々と対局に臨もうと思っていました」(久保王将)
「私も兵庫県出身で、阪神・淡路大震災の際には大変なことがありました。東北地方の方々には頑張っていただきたいなと思っていますし、私も何かできることがあればやりたいと思っています」(久保王将)

棋王戦中継サイト

久保もハードスケジュールで大変だったが、渡辺も東京在住で、大きな被害はなかったものの、様々な混乱や不安要素のある中、なかなか万全の調整というわけにはいかなかった筈である。勿論、本人はそれを言い訳にはしないだろうが。
後手の久保のゴキゲンに、渡辺は超速▲3七銀。快勝した超急戦を採用しなかったのは、自身の研究で何か不安があったのか、それとも具体的な問題ではなく研究だけで決まりかねない形なので、連採するのは避けたのか。
よくある飛車銀交換になる形になりそうだったが、渡辺が新研究を披露。以下、渡辺が▲5七銀の好手から快調に攻め立てたが、こういうところからの粘り方が現在の久保の一番の特徴である。王将戦でも述べたように、とにかく久保の中盤は一筋縄では行かない。
飛車交換に持ち込んだあたりでは、難しくなったそうである。しかし、渡辺も終盤戦の競り合いの強さを発揮して、妙手順ではっきり勝ちの場面にまで持ち込んだ。これも、竜王戦などで渡辺がみせつけていた強さであって、両者の持ち味が発揮された将棋になった。
ところが、最後に落とし穴。△7六玉が詰めろ逃れの詰めろで、劇的な逆転劇。無論、渡辺にすれば不本意きわまりないのだろうが、久保がなんやかやとアヤをつけて簡単には勝ちにさせなかったために生じた逆転劇とも言える。竜王戦で、羽生が渡辺を最後のところでうっちゃった将棋とも、ちょっと感じが似ていると感じた。
羽生と渡辺が現在覇権を争っているわけだが、久保も将棋の内容、強さで全然この二人にひけをとっていない。現に、「二冠」なのは羽生以外では久保だけなのだ。しかも、「振り飛車」という武器がある。そして関西。ますます、その存在感を増した二冠防衛だった。
そして、渡辺は相変らず、局後に正直だった。
(「(101手目は)ずっと▲7二龍で勝ちと思っていました。指す直前に▲6三龍もあると気付いたんですが、いろいろ考えるのはよくないと思って▲7二龍と指しました」(渡辺竜王)。逆転負けの心理を吐露。さすがのサービス精神だ)(中継ブログより)
普通なら悔しくて言えないようなことを、サラっと口にしてくれる。こういうところが渡辺の魅力である。

それにしても、今回の二つのタイトル戦での久保の将棋は本当に個性的で面白かった。魅せる将棋である。是非、プロ棋士の皆さんには深い久保将棋分析を期待したいところである。




糸谷の先手番8五飛&相掛かりミックス戦法(仮称) NHK杯 糸谷vs丸山

NHK杯HP(棋譜閲覧可能)

大分色々な将棋についてとばしてしまいましたが、追々メモ書きしていくつもりです。

昨日のNHK杯は39手という短手数で決着。おかげで、たっぷり感想戦があって、糸谷自身が「先手番△8五飛戦法」とでも呼ぶべき作戦について、くわしく「自戦解説」してくれた。こういう新しい作戦について、棋士によってはなるべく情報を隠そうとするところなのかもしれないが、糸谷の場合は聞かれなくても何でも自分でペラペラ喋ってしまう「情報公開の鬼」なのである。

糸谷発言要旨
▲2五歩とせずに、▲7八金を入れたことについて。後手の一手損角換わりを警戒。勿論、こうしても後手は一手損に出来るが、その方が先手としてはよい。
糸谷は後手の一手損角換わりのスペシャリストなので先手として対策のやりやすい形に限定するように細心の注意を払ったということである。
(横歩を取らないで▲2八飛と引く指し方について)意図としては後手番の△8五飛を先手番で同じような主張をするということ。
▲2八飛と引くところで▲2五飛や▲2六飛とするのは、後手が飛車を8二に引いた際に損になる。相掛かり模様になった際に、最近は浮き飛車よりも引き飛車がよいとされている。
糸谷が実戦で後手をもって、先手が▲7八金を保留して飛車先を交換して引き飛車にして相掛かり模様になった際に、先手に分があると感じた。それなので、先手でその形に誘導できないかと考えた。
この辺は、糸谷は何も聞かれていないのに全部正直に自分から作戦の意図を「講義」していた。もしかすると渡辺明以上に正直者なのかもしれない。
そもそも昔から▲2八飛と引く将棋は多くて、それで先手が悪くなると考えなかった。最近多い▲3四歩と横歩を取るのは、一歩得するけれども形が乱れるという考え方がある。その主張を先手番でやれば、より得なのではないかと思った。
昔は必ずしも横歩を取るとは限らず、糸谷が述べたような理由で「横歩三年の患い」と言われていたこともある。
(本譜では横歩を丸山が取ったが)そうしないで相掛かりにすると先手が有望という主張である。

こういう糸谷の考え方が、大変興味深かった。
まず、現在後手番での△8五飛がとても有力な作戦だが、それを先手番でやってしまおうという発想が革命的。糸谷の話にもあったが、先手が横歩を取ると歩得という実利があるかわりに、形が乱れて飛車を2筋の定位置に戻すのに手数がかかる。それが後手の主張になるのだが、もし先手でそれが出来れば、さらに手数を一手得できるという合理的な考え方である。
さらに、現代将棋らしく、あくまで相手の出方に応じた作戦選択を柔軟に考えている。後手が横歩をとらずに飛車を引いて相掛かりの展開になった際に、現在の相掛かりでは、飛車の位置が浮き飛車でなく引き飛車が優秀とされていることも、予め想定して指している。
つまり、後手が横歩をとっても先手でやるより条件が有利な△8五飛になるし、後手が相掛かりにしても十分先手の利をいかして指せる。単に消極的な飛車引きではなくて、緻密な設計に基づく作戦なのである。
これは、現在の相居飛車の将棋を根本から変えかねない指し方である。先手が横歩をとってくれないと、後手は△8五飛車にしたくてもできない。さらに、後手が横歩をとると、先手に通常より一手条件のいい8五飛を許してしまう。かといって、飛車を引けば相掛かりも覚悟しなければいけない。つまり、今までのように指せば、横歩取りの将棋になって後手が△8五飛戦法を選択できるという常識が覆されてしまうのだ。
さらに、この横歩を取らないで引き飛車にするというのは、勝又六段がよくいう「現代将棋において、なるべく自分では形を決めずに相手の出方をみる」というテーゼの実践でもある。自分では横歩をとらないで「形を決めず」、もし後手が横歩を取ってきたら、それを逆用して本来後手がやりたかった△8五飛を自分でやってしまうという、ある種皮肉とも言える指し方だ。そして、相手の出方に応じて、相掛かりにも対応するというわけである。

ちなみに、本局では糸谷は角交換から▲7七桂を採用した。本譜ではうまくいったが、感想戦では後手が十分に指せる変化も指摘されていた。そのせいか、(恐らくこれよりは後の)順位戦C級2組の佐藤紳戦では、先手で▲7七角とする、それこそ後手番の△8五飛のような形にして勝っている。

それにしても、あの丸山がここまで完膚なきまでにやられるのも珍しい。去年の準決勝の渡辺明戦を思い出した人も多いだろう。
対局直後も、糸谷がものすごい早口で「こうやってこうやって」と進めるのに、丸山が「えっ」とついていけないシーンもあった。
さらに、丸山が感想戦で、後手なのに先に指してしまったところに、そのショックの大きさがうかがえたのである。
糸谷、おそるべし。

王将戦第五局 久保王将vs豊島六段(追記あり)、C級2組 10回戦

王将戦第五局

王将戦中継サイト

第一日の感想はこちら

今終局した。明らかに終盤二転三転していたようである。田村断言解説がとても面白かった。但し、あの終盤の強い二人の対局者が、なぜ不可解な順を指したのか、何か深い読みがあったのだろうかとは思う。後で感想コメントが付加されたらゆっくり見よう。
一番分かりやすく疑問なのは、▲7六桂と受けたところで、田村指摘のように、なぜ△3七飛成▲7八玉△7七角成▲同桂△7六香▲9五角(詰めろ逃れの詰めろ)△7七香成▲同角△7六銀とやらなかったのかということ。ものすごく普通な攻め方である。
今、終局直後コメントが入ったが、久保は「そうやるんでしたか」と言っているそうである。ということは、何かいやな筋があったのではなくて、エアポケットになってこの筋が見えてなかったということなのだろうか。久保の超絶的な終盤力を考えると、ちょっと信じられないような気がする。
ちなみに、今日は観戦中は見るのを我慢していた(笑)GPSも、やはりこの筋で後手がいいと判断している。豊島は本当に運も味方にした感じだ。
それ以外にも、今日は随分と形勢が変化したと言われていた。▲5一飛成といったのが無理気味で久保が指しやすくなったが、▲4三桂成から竜をつくって攻めた辺りでは豊島がよくなり、攻めあぐねて逆に久保がほとんど勝ちになったが、久保が決め損ねて、最後についに豊島が逆転勝ち、という流れで解説されていた。
ただ、最後のところで最初に述べた順を逃してどうも久保が失敗したらしいのは間違いなさそうだけれども、それ以外の部分については、対局者たちはどう考えていたのだろう。
とにかく、本局は、二人とも多分後悔する部分が多い将棋だったのだろう。特に、最近の将棋では中盤から終盤にかけて冴え渡っていた久保が本当に珍しく不出来だったのかもしれない。豊島の方も、最後は定評のある終盤力できっちりり決めたが、一時期良さそうな局面でうまくリードを拡げられなかったようである。
とにかく、陣屋対局が実現したのはめでたい。次はお互いが納得できる名局を期待しよう。

(追記)感想コメントによると、最初に紹介した田村説について、両対局者は難解と考えていて「▲7七同角に△8五桂(▲9五角は△8六桂)▲5九角△7七銀▲8九玉で意外と大変か。」ということだそうである。さすがに、久保がこの筋を見えてないわけはなかったし、対局者は深く読んでいたというよくある結論である。私も、短気を起こさずに感想コメントくらい待つべきという教訓を学びました(汗)。但し、難解でも本譜よりはこの方が良さそうで、久保も手が見えすぎるゆえの悲劇か。

C級2組 10回戦

名人戦棋譜速報

▲横山(7-2)−△阿部健(7-2)
横山は勝てば昇級。先手横山の石田流の出だしに、後手の阿部は得意の△3五歩の相振り飛車。激しい攻めあいになったが、横山の端攻めが厳しく先手優勢といわれていた。しかし、横山が決め損ねたのか混戦となり、難解な終盤の大熱戦に。が、最後は阿部が穴熊の遠さをいかして勝ちきった。素晴らしい将棋だったが、横山にはいい将棋だったでは済ますことの出来ない痛すぎる敗戦だが、大変な若手実力者なのでまたすぐチャンスがあるものと思われる。

△稲葉(7-2)−▲佐藤和(6-3)
先手佐藤の仲飛車に後手稲葉の穴熊。中央から佐藤が動いたが、稲葉がうまく対応して穴熊の堅さをいかして攻め続けて快勝。横山が敗れたために昇級を決めた。稲葉は、若手らしい思い切りのいい豪快な攻め将棋。現代将棋では珍しいタイプで見ていて面白い。

▲佐藤天(9-0)−△西尾(5-4)
横歩取りで、後手の西尾が流行最先端の△8四飛プラス松尾流△5二玉。途中お互いの飛車と角が対峙し合う派手な展開になったが、佐藤が勝って全勝昇級をなしとげた。

▲糸谷(8-1)−△佐藤紳(5-4)
横歩取りの出だしから糸谷が横歩を取らずに▲2八飛と引いて、先手で横歩取りの後手のような形を指す趣向。糸谷が勝ったが、最後は御馴染みの連続ノータイム指しが炸裂したようである。

▲遠山(7-2)−△村田智(3-6)
先手遠山の中飛車に村田が右銀を繰り出しての攻め。遠山がうまく攻めをしのいで、後手玉にくいついて快勝。遠山は残念ながら頭ハネで昇級を逃したが、王位リーグ入りとあわせて実力を示した。


△菅井(7-2)−▲川上(3-6)
先手川上のゴキゲン封じに、後手の菅井は敢えて馬をつくらせる話題の?形。結局、馬が消えて相居飛車になったが、菅井快勝。居飛車でも強い。

▲西川和(6-3)−△瀬川(4-5)
西川のノーマル三間飛車に瀬川の居飛車穴熊。西川が左銀を繰り出して牽制して結局穴熊に組まれたものの、穴熊の急所の端から攻めて勝ち。こういうのを見ると別に穴熊に囲わせても十分戦えるように思える。

▲永瀬(5-4)−△村中(3-6)
永瀬の本組み石田流。守りの金をグイグイと進出させていったのが印象的だった。桂を犠牲に振り飛車が綺麗に駒を捌いて快勝。

△及川(5-4)−▲島本(2-7)
横歩取りで後手の及川が△8五飛プラス松尾流5二玉で△2三銀とする最新形。牛蒡記者の「2、3筋の金銀は相手の大駒を受け止める盾。中央の金銀は玉を守る鎧。8五の飛車は十字に斬る剣。中世の騎士を連想させる構えだ。」というコメントが面白い。

△小倉(4-5)−▲石川(3-6)
小倉得意の三間飛車に石川が金銀四枚の銀冠穴熊。飛車交換して居飛車が勝つパターンに見えたが、小倉がしぶとく受けて決め手を与えず、穴熊の金銀を一枚一枚丹念にはがす攻めが間に合って勝ち。見事に気の遠くなるような堅さの銀冠穴熊退治に成功した。

△阪口(4-5)−▲大石(3-6)
後手阪口の4手目△3三角から中飛車にする藤井流から、お互いに玉をかため合って大熱戦になって大石勝ち。大石は後半の連勝で降級点回避。中座戦の週刊将棋に掲載された順で勝った将棋が結果的にはものすごく大きな一勝になった。

△長岡(3-6)−▲室岡(1-8)
長岡が相振りの戦いを制して勝ち、自力で降級点を回避。大石といい長岡といい、この辺の若手でも降級点の危機になるのが厳しいところだ。

これで昇級は、佐藤天、糸谷に続いて稲葉が三枠目をゲット。
降級点は、岡崎、村田智、増田、淡路、上野、小林宏、島本、室岡。


結果的には関西から二人が昇級で、現在の関西の勢いを象徴する感じになった。糸谷は、稲葉の昇級をわがことのように喜んでいたらしい。とにかく、今回昇級した三人は評価の高い実力者ばかりなので、文句のないところだろう。

王将戦第五局第一日 久保王将vs豊島六段

王将戦中継サイト

後手の久保のゴキゲンに、先手の豊島は星野流超速▲3七銀。▲5八金右急戦で渡辺が▲1三竜の新手で久保に快勝したばかりだが、研究将棋なので後手に何か有効な新対策がでれば、それで終わりなので簡単に指すことは出来ないのだろう。
対して久保は美濃囲いにしてからの△3二金型。最新形でも少し前の形で、久保は美濃囲いにしない△3二銀型などを試していたが、A級順位戦でも、美濃にする直前での△3二金型だった。またこの形を追求しているのだろうが、微妙に△3二金のタイミングを変えている。どの型でも戦えると考えていて、相手に研究を絞らせない狙いがあるのかもしれない。
先手が▲7七銀と△5五の歩を狙いに行った瞬間に△5六歩と突く前例が多い形に。私が初めて見たのはNHK杯の▲丸山vs△羽生だった。その後、テレビ棋戦だけでも何度も見かけている。先手の居飛車党が研究しやすそうな形に久保が敢えて飛び込んでいった感じだろうか。
この形では銀河戦の▲糸谷vs△遠山が印象的だった。本譜の△5六飛の瞬間に▲5五歩と飛車を捕獲する前に▲2四歩を入れる。
以下▲2四歩△同歩▲3五歩△同歩▲5五歩△同飛▲同銀△同角▲2四飛△2三歩▲5四飛△1九角成▲6八銀△5五歩▲4一飛と進み、この飛車打ちが厳しくて糸谷快勝。
つまり、従来は△5五角に先手はどこかに自陣飛車を打つか本譜のように▲1八飛とするしかなかったのだが、2筋と3筋を突き捨てておくことで、飛車を走ってさらに5筋に転換して攻めに使おうという発想である。
この順は大変画期的で、もしかするとこの形の決定版なのではないかと思った。しかし、豊島は採用せず。これをタイトル戦でみたいと思っていたのでちょっと残念である。ちなみに銀河戦の感想戦では確か△5五歩で△4四香でどうかを検討していた。久保も、この形にしたからにはこの手への対策もあった筈なのでみたかった。
豊島の▲1八飛については「豊島将之の定跡研究」にも書いてある。但し、本譜の△2八銀に▲4六歩でなく▲6八銀とする変化で、それは先手自信なしとしている。そして▲1八飛打を先手の本線と書いてある。
つまり、本譜は本を書いた後に豊島が研究した最新手順である。ごく最近出た本と違う手を指すのは豊島も本意でもないのかもしれないが、それだけ現代将棋の定跡進化が速いということで、やむをえないところなのかもしれない。
この辺りまでは、特に豊島は研究範囲なのだろうが、とにかく最近の久保はこの辺りから後の中盤の独創的な指し回しが凄いので二日目の展開が楽しみである。久保流の捌きに豊島が、どう対応するのかにも注目しよう。

棋王戦第三局 久保vs渡辺、銀河戦 小林裕vs阿部健、NHK杯 羽生vs渡辺


棋王戦中継サイト


先手久保で▲7六歩に後手渡辺△8四歩。石田流を回避した。渡辺としては、第一局がああいう負け方だったので気分的にはもう一度指してリベンジしたいところだろうが、ここは冷静にということだろうか。もし佐藤康光ならば、もし負けていてもこういう場合は絶対に石田流正面撃破を狙うのだろうが。と、こういう場合にいちいち佐藤の名前を出して申し訳ないが。
それにしても、久保振り飛車は最近ますます面白くなってきた。端歩つき越し形の穴熊。突っ張った指し方である。渡辺はバランスをとってまずは銀冠。二人の態度が対照的で面白い。
さらに、久保は端からの逆襲を防ぐために、銀冠穴熊に組み替えるが、なんせ金銀二枚で心細い。
さらに、渡辺が7筋から動いてきたのに対して▲3七桂と早々に穴熊のパンツを脱ぐ。形なんかどうでもいいんですよという自由奔放な指し回しである。段々、久保振り飛車が本来力戦の「関西」の血に目覚めつつあるとでもいうか。
一方の渡辺は、しっかりした陣形から穴熊への組み換え。堂々とした王道の現代将棋である。久保と渡辺の将棋思想が正面からぶつかりあっているかのようだ。
普通に考えれば渡辺作戦勝ちなのだが、久保は▲6三銀打ちからもたれて渡辺の大駒を押さえ込みにかかる。するといつの間にか久保も指せる。あるいは良いくらいに。こういう久保マジックを何度も目撃する。盤面全体の捉え方の感覚が常人とは違うのだろう。なにか将棋を指す上での悟りを開いたような独特な指し方である。▲6三銀のもたれ打ちは、なんとその後もう一度現れる。
しかし、渡辺も強靭な受けで決め手を与えない。今日のNHK杯の羽生相手の受けもそうだったが、守勢というよりはちゃんと攻めないと許しませんよという迫力のある受けなのだ。
そして、一分将棋になった渡辺が意を決して攻めに出た5七金▲以下の同飛△6六角▲5八飛△5七歩▲6六角△5八歩成の過激というかわけのわからない順。しかし、進んでみると久保優勢になって一気に以下寄せてしまったので、渡辺に何か重大な誤算があったのだろか。感想コメントを待とう。
色々あったが、全体としては久保の自由奔放、変幻自在、異常感覚、天上天下唯我独尊とでもいうべき個性的この上ない将棋が印象に残った。久保に挑戦中の、渡辺、豊島といった本格的で真面目な居飛車党が久保台風に巻き込まれてしまって、全然自分のペースで指せていない様にも思える。
ところで、チャット解説の佐藤紳哉は、随所にらしい小ネタをちりばめながらも、将棋の手自体は真面目に熱心に解説していた。私などが、つい色々ツッコミたくなってイライラすることなども、きっと織り込み済みなのだろう。

囲碁将棋チャンネルHP(棋譜閲覧可能)

小林先手で相矢倉模様から、後手の阿部が△3二銀型の工夫。急戦をみせて先手の小林も早めに▲2六歩として飛車先不突き矢倉ではなくなる。さらに、阿部が右銀を△5三から△4四へ盛り上がると見せかけて、小林が早囲いにしたのに反応して△6四銀から攻め合いに。早囲いの玉を直撃する狙いである。定跡形ではない力戦矢倉になった。
この辺の駆け引きが大変面白かった。かつての矢倉は定跡手順を課題局面までたどってその後どうかというところがあったが、阿部は独自の工夫をして、相手の出方をみて柔軟に対応しいてるとうに思えた。「なるべく形を決めずに相手の出方に応じて自分の作戦を決める。」という現代将棋勝又テーゼの考え方の実践である。そもそも一手損の思想というのが究極の「形を決めない」思想なのだ。
阿部は研究家として知られているが、いわゆる定跡形をそのまま指すのでなくて、定跡を全て研究した上で、そこにどういうオリジナルの工夫を加えられるかという考え方で指すタイプだと思う。そこには、同門の兄弟子で研究相手でもある藤井の影響も大きいのだろう。
この矢倉でなく高美濃の形のまま攻めるのは、藤井が深浦相手に去年の王座戦挑決で快勝したのが印象的だった。一昨日のB2順位戦いでも後手が高美濃の形で攻めようとする将棋が二局あった。その形自体は昔からあるのかもしれないが、最近採用が増えているのには藤井矢倉の思想の影響が大きいのではないだろうか。
藤井は藤井システムで振り飛車の世界に根本的な革命を起こしたが、矢倉の世界でも、その本質的な思想の洗い直しを惹起させ、激しい地殻変動をひきおこしているような気がする。
というわけで、今年の升田幸三賞には「藤井矢倉」がふさわしいのではないかと個人的には考えている。
将棋自体は激しい攻め合いになり、両者とも感想戦で「自信がない」という難解な戦いになり、双方に後悔する手も出たようだが、最後は阿部が小林玉に必死をかけて勝ち。
早指しの強さに定評のある小林も破って阿部は破竹の6連勝。早くも決勝トーナメント進出を決めた。

NHK杯HP(棋譜閲覧可能)

竜王戦以来、待望の再戦。テレビの前でドキドキして見てましてた。やはり、現在ではこのカードがスペシャル中のスペシャルです。

まず、解説に郷田を持ってきたことを褒めたい。この二人の角換わりを解説するのは、郷田か丸山しかいないから。但し、渡辺2手目△8四歩でなりかけたが、羽生の選択したのは矢倉。
インタビューでは二人とも、「準決勝だから。そして相手が渡辺さんだから、羽生さんだから」と同じことを言っていた。まさしくライバルである。ちなみに、名人と竜王は同格だが、駒箱を開けていたのは羽生。渡辺が譲ったのだろうか。それとも何か細かいきまりとかあるのかな。
対局開始前に、羽生がフゥーーとため息をついて気を落ち着けている。気合十分で、そういうのが自然に出るのが羽生流。
それにしても開始からのノンストップでの進行ぶりはすごかった。いくら定跡形だとは言っても常軌を逸しているくらいに進んだ。かつて、この二人が朝日杯で戦ったときも角換わりで同じくらい猛スピードで進んだことがあって、その時私は堀口一史座と堀口一史座が戦っているようだと表現したのだけれど、今回は糸谷哲郎と糸谷哲郎が戦っているようだといっておこう。
とにかく、この二人が戦うと確実に何かが激しくぶつかりあう。ものすごい緊張感である。かつて色々なライバル関係があったが、こういうはっきりとお互いに譲らない感じはあまりなかった。谷川をはじめとして基本時に皆紳士ということもあったし、あの大山も若き日の中原にはあまり激しい闘志を燃やすという感じではなかった。となると、この二人の関係に近いのは、さらに遡って、大山vs升田とか木村vs升田ということになるのかもしれない。
勿論、羽生も渡辺も、古き時代のライバルのように表だって口でやりあったりはしないが、そのかわりに、指し方や指し手に黙って表現されるものに、私はそれと同等の激しさを感じ取ってしまうのだ。
しかもだ。なんと竜王戦第二局と全く同一手順をたどり続ける。わずか数分間で、竜王戦第一日の棋譜を並べ終えてしまった。

(参考)竜王戦中継サイトより 第二局棋譜

あの将棋は、先手羽生の▲4六銀・▲3七桂型に対して後手の渡辺は△9五歩型。先手が▲6五歩の宮田新手という定跡手順から、羽生が「コロンブスの卵」といわれた▲1五香の新手を出して、先手がよくなったが、渡辺の端歩攻めが鋭く、羽生も対応を間違え、渡辺の逆転勝ちだった。
と言われているのだが、渡辺は実は逆転勝ちではなくて、この将棋は私の方が本来よい将棋だったと主張しているわけである。羽生が新定跡を発見してよくなった、というところから全否定にかかっているのだ。もし勝てば往復ビンタである。しかも、注目の集まるNHK杯で。渡辺もこわい男である。
本譜の▲6四銀で、竜王戦では▲1三桂成だった。つまり、羽生の方から、この方がよりよいと修正してきた。
竜王戦の際も、この順は検討されていて、以下▲6四銀△同歩▲3五飛△2四銀▲1一角で先手も指せるとされていた。しかし、羽生はここでも▲1一角成ではなく、このタイミングで▲1三桂成。
当然▲1一角とするとどうなるかが気になるのだが感想戦で種あかししていた。▲1一角△3一玉▲3二飛成△同玉▲2二歩△2五成銀▲2一歩成△3三銀上に▲3七桂△3六成銀▲2五桂△同銀▲1三角成△2一玉▲3三角成△同金▲3一金。で、きわどいながらも先手の攻めがが切れていると。
羽生が手順を主導していたが、渡辺もこの順は把握していたようにも見えた。渡辺がこの形を採用したからには、当然この変化でも指せると考えていたはずだ。それを羽生が看破していて変化したわけである。渡辺の恐ろしい罠。
この辺は、二人が事前にお互いにどういう研究をしていたか真相はよく分からないが、ものすごくスリリングだった。
以下も、羽生の攻めがつながるか、あるいは切れたりぬるくなって、その瞬間に持ち駒豊富な渡辺が△8六桂などと反攻して後手勝ちになるか、最後まで緊張感のある局面が続いた。
結局、羽生が細そうな攻めを緻密に芸術的につなげて勝ち。投了図だけみると先手が一方的に攻めて終わったように見えるが、そこに至る過程に実にみごたえがある将棋だった。
郷田の言っていたように「羽生さんの名局」である。
そして、既に少しふれたが感想戦が実に濃密だった。一番のポイントは▲7一馬に一度△8三飛と逃げて▲7二馬とさせて馬の位置をずせたらどうかということだったようである。
感想戦でもギリギリの攻防が繰り広げられていた。二人とも、言葉も表情もやわらかかったが、まだ戦い続けていたようにも思えた。
渡辺としては、NHK杯ではまだ優勝がないので、羽生の三連覇の可能性を自分でとめたかったところだろう。一方の、羽生も竜王戦の結果を受けているので、ここで負けると王者交代のイメージを持たれかねないので特に負けられない戦いだったと思う。
というわけで、竜王戦の借りを羽生が少しだけ返した。しかし、竜王戦をみても今日の戦いを見ても、お互いに勝ったり負けたりのハードな戦いが当分続くような気がする。しかも、この二人の場合、大変シビアな妥協のない戦いになる。見ている側にとってもしんどいが、やはり現在一番魅力的なカードであることは間違いない。
今回の名人戦でみたかったような、やっぱり後回しになってよかったような複雑な心境である。

B級2組 10回戦、銀河戦 小林健vs宮田敦

名人戦棋譜速報

△橋本(8-1)−▲北浜(7-2)
先手の北浜の得意の相掛かりを後手の橋本が正々堂々と受けてたった。橋本が早めに垂らした△8六歩を北浜が払いにいったがうまくいかずに橋本ペースに。北浜は棋風通りに猛烈に攻め込んで勝負をかけたが攻めが細く、冷静に橋本がかわして結果的には快勝。と棋譜を並べた時点では思ったのだが、本人は「最後はよくわからなかったが残していた。運が良かった」というコメント。自力でB1昇級を決めた。

△阿久津(7-2)−▲安用寺(3-6)
先手の安用寺のノーマル三間に後手の阿久津の銀冠。角交換になり、安用寺が▲7六金と繰り出したのを見て阿久津は右辺に駒をあつめて玉側から攻めかかる。最後は遊び駒の金を馬で取ってからもう一度入る余裕もあって阿久津快勝。中川が敗れたために阿久津が昇級を決めた。

△中川(8-1)−▲畠山成(5-4)
先手畠山で横歩取りに。後手は△8四飛とひき角交換して△2五歩と打つ少し前の形に。中川らしく最新の流行形でなく自分の指したい形を選択。畠山が飛車切りから猛攻したものの中川よしといわれ、さらに畠山が逆転し返して勝ち。中川は痛恨の負けで昇級を逃した。対局を終えた阿久津が、畠山応援コメント?をしていたのが微笑ましい。気持はよく分かる。

△飯島(7-3)−▲泉(4-6)
相矢倉模様から飯島が高美濃△3三玉形のまま飛車きりの猛攻を決行して、そのまま一気に寄せきって快勝。

▲島(7-2)−△森下(1-8)
相矢倉から脇システムの激しい戦いに。後手の森下が島の攻めをきっちり余して勝ち。△3一金が森下流の受けなのか。

△戸辺(6-3)−▲桐山(3-6)
戸辺の先手中飛車。角交換から先手が▲5三のと金に負けなしのと金つくり。以下も5筋から厳しく攻め、桐山も必死に反撃するが戸辺が逃げ切って勝ち。

△野月(5-5)−▲窪田(5-5)
先手の窪田の藤井システムに、後手の野月の△5五角急戦。力のこもった攻防が続いたが、野月の攻めが厳しく、ずっとペースを握ったまま押しきった感じ。振り飛車は▲3九玉形を強いられのが痛そうで、やはり藤井システムに対してこの急戦でこられると厳しいのだろうか。

△南(5-4)−▲先崎(3-6)
後手の南が佐藤康光流にもちょっと似たオリジナルの△9五歩突き越し形の向かい飛車に先手の先崎は居飛車穴熊。南が垂らし歩でポイントを稼いだが、先崎も粘り強くさして逆転し、最後は派手な▲9三角の寄せを決めて勝ち。

▲阿部隆(4-5)−△飯塚(4-5)
後手の飯塚が通常角換わりを受けて相腰掛け銀同型に。飯島が富岡流の▲4四角成の直前に△4三銀とする渡辺新手を採用。角換わりの最重要課題の形になった。阿部が新手を出し、ちょっと見ただけではよくわからず難しそうだったが結局阿部勝ち。

△青野(4-6)−▲土佐(3-7)
相矢倉模様で、泉vs飯島と似た進行に。土佐らしく形にとらわれずに伸び伸びと指したが、玉の堅さで勝る青野がうまく攻めをつないで勝ち。

△堀口一(4-5)−▲佐藤秀(2-7)
横歩取りで、後手の堀口が△8四飛型で相中住まい。最近は△8五飛よりも△8四飛の方が多いくらいのような気がする。堀口勝ち。

▲神谷(4-5)−△田中寅(2-7)
後手の田中の無理やり矢倉。神谷が攻めをつなぎ、自玉をしのいで勝ち。▲9八玉は「早すぎて見逃してしまいそうなくらいのノータイム。」だったそうである。

昇級は橋本と阿久津。降級点は土佐、森下、田中寅、佐藤秀。土佐と佐藤秀は二度目の降級点によりC1に降級となった。
橋本と阿久津はようやくB2を抜けたという感じである。ライバルにして仲の良い二人。将棋世界誌で過激な順位戦予想をして物議をかもしたこともあった。将棋世界の来期の順位戦予想にこの二人が登場するかどうかにも注目したい(笑)。

囲碁将棋チャンネル(棋譜閲覧可能)

宮田先手に後手小林がウソ矢倉の出だしから先手が角を引いて飛車先交換して後手が△3三桂とする形。後手は4筋の位をとって銀を4四に盛り上がった。対して宮田は金を4七に持って行き桂頭をカバーして、いつ▲4五桂を決行するかに。
宮田はよりよくしようとしてためにためてから▲4五桂を決行したが、小林がうまく手をつないで攻勢に。終盤は小林が勝ちそうに見えたが、宮田が端歩つきから粘っているうちに小林が寄せきれなくなり宮田逆転勝ち。のように見えたが感想戦がなかったので正確なところはよく分からない。
宮田は終盤力だけでなんとか勝ちにしたような、「らしい」将棋だった。

勝又清和「突き抜ける!現代将棋」(将棋世界2010/11から2011/04について)

最近、村山慈明「ライバルに勝つ最新定跡」「豊島将之の定跡研究」と最新定跡書の紹介をしてきた。となるとまだ書籍化はされてないが、勝又教授の講座にもふれておかなければ片手落ちだろう。
最新の4月号は「パスは進化のエンジン」。基本時には最新形を随時取り上げてアマチュアに分かりやすく解説するという講座なのだが、時々意外なテーマを設定して、現代将棋だけでなく過去の名勝負も豊富に引用し、将棋の歴史を縦横無尽にかけぬけるスリリングな論考をしている。例えば「自陣飛車の歴史」「桂馬の歴史」については、私も記事に書いて紹介した。
今回は、パスとか手渡しという、地味だけれども、将棋において重要で、ある意味本質的な重要性を有するテクニックについて論じている。まだ発売されたばかりなので、内緒紹介を「予告編」風にやってみよう。
羽生善治と「将棋のほとんどが悪手である。指さないほうがいい手のほうが多い。」と言った。プロ将棋では、局面が煮詰まって有効な手がなく、パスや手渡しをした方がいい場合もまま生じる。そして、そういうパスが高いレベルのプロの将棋で勝敗を分けることも少なくない。但し、そういう手は我々アマチュアには分かりにくい。
しかし、ご心配なく。勝又清和教授が、その該博な将棋知識をベースに分かりやすく我々に解き明かしてくれる。まず、将棋と囲碁やチェス等との比較、あるいはコンピューター将棋の思考をもとにゲームにおける「パス」の本質的意義を説明する。
そして、竜王戦第六局で渡辺明が角換わりの後手で巧妙に用いた「パス」の手法を具体的に解説する。しかも、これを読めばあの分かりにくい将棋についても明晰に理解できるようになるだろう。
さらに、現代の将棋から「パス」が有効に機能した典型的な将棋を取り上げ、藤井や羽生の先見性や飯島の用いたパズルのような芸術的な手順をひもとき、興味がつきない。
それに留まらず、過去に遡り、大山のパスにまで言及し、しかも大山のパスと羽生のパスの性質の違いまで考察してみせる。
読み終えた読者は、いつの間にか、具体的な将棋の知識を習得しながら、自分の将棋を観る目がいつの間にか格段に深まっていることに驚くだろう。

といった感じだが、今回に限らず、単なる将棋の具体的説明にとどまらずに、そこに知的な切り口で論理的な分析を加えるので、読み物としてとても面白いのだ。それは、普通に流行形の解説を行っている時も同じである。最新定跡書は当然将棋が分からなければ理解できないが、勝又の講座は、極端な話、符号を全部読み飛ばしても、読み物として成立していると思う。だから、「観る将棋ファン」が、現代将棋の思想を理解するためには最適だと思う。勿論、基本時には具体的な将棋の棋譜を広くきちんととりあげていることは言うまでもない。
以下、最近半年の内容をメモしておく。これだけでも、この守備範囲の広さに驚く。なお、この講座とは別の2ページ見開きで毎月連載している「勝又教授の勝手に戦法ランキング」も、最新流行を押さえる上で見逃せない。

2010/11「注目の最新形をチェック」
広瀬流穴熊の特徴分析、藤井矢倉講座、石田流最前線、阿部健治郎インタビュー(藤井、三浦の二人の兄弟子の話が興味深い)
2010/12「ゴキ中対策と角換わり問題」
ゴキゲン対策最前線、角交換の簡単な歴史紹介と最新形。阿部健治郎インタビュー
2011/01「相居飛車30年戦争」
佐藤康光インタビュー、鈴木大介インタビュー、矢倉・相掛かり、一手損のレッスン。この回から「教授・生徒」の対話形式を導入。各形の現況分析だけでなく、その本質の解説・歴史講義にもなっている。特に角換わりの解説が一手損との比較も含めて勉強になる。
2011/02「一手損のパラレルワールド」
「一手損」という現代的な将棋の講義。通常角換わりとの比較による本質、具体的な戦法の変遷から他の現代将棋との関連など゛を縦横無尽に論じている勝又らしい回。「パラレルワールド」というのは、一手損の世界が0手損の世界と似ている様で全く異なる異次元世界であることを意味する卓抜な表現である。
2011/03「後手番のメリット」
3三角戦法と横歩取りの講義。特に横歩取りについては、単なる最新形紹介にとどまらず、その歴史から紐解いた上で、各形の基本コンセプトを解説しているので、分かりにくい横歩取りの将棋の思想がアマチュアにも理解できる。松尾流△5二玉の解説も分かりやすい。さらに、後手、一手損といった現代将棋のキーワードと関連させた考察も欠かさない。
2011/04「パスは進化のエンジン」
上述した通り。

この勝又講義というのは、ちょっと大袈裟に言うとフロイドやラカンの精神分析講義のようなものだと思う。当時、少人数の聴衆を相手に行われて、理解できる人間も多くはなかったが、現在ではその革命的意義が認知されている。
勿論、私も「理解している」とはいわない。あなたも講義に参加して歴史の証人になってみてはいかが?




将棋界の一番長い日2011

スーツを身にまとった男たちが次々にやってきては同じビルの建物に入ってゆく。ごく普通の出勤光景のようだが、どの男もその表情に普通とは違うある種独特な緊張感を湛えている。彼らもサラリーマンたち同様に仕事にやってきたのだが、その仕事というのが、ちよっとばかり変っている。彼らの仕事は将棋を指すことだ。仕事には違いはないのだけれども、今日は仕事を超えた仕事の日、「将棋界の一番長い日」、A級順位戦最終局の日である。祝祭的な仕事の一日、彼らの晴れ舞台なのだ。
森内俊之はいつも通り淡々と、藤井猛はオシャレなマフラー姿ででダンディーに、谷川浩司は気品に満ちて、渡部明はいつものようにリラックスした中に、やはり今日ばかりは緊張感をどこかに滲ませて対局室に入ってゆく。
久保利明が、対局室に入ってきて先に席についていた森内になにやら話しかける。森内が「えっ」と大きな声を出して驚く。久保が永世名人の森内に敬意を表して上座を譲ろうとしたのだ。森内が譲り返して結局久保が上座に。こんなごやかな一瞬の出来事を見て、誰がこの二人の深夜の激闘を想像しえただろう。
三浦弘行が、ものすごい勢いでスタスタ歩いてくる。対局室の入り口の下駄箱でも大急ぎの様子で、番組スタッフとぶつかりそうになってしまう。道ですれ違う時にねお互いに避けようとしてお互いに何度も通せんぼをして左右に体をよせあうのと同じ状態だ。
そして、そそくさと対局室に入ってゆく。残留をかけた大一番を戦う木村一基が静かに正座して待ち構えている。「待たせたな、小次郎」の三浦「武蔵」である。
こうして、2011年の将棋界の一番長い日は始まった。

森内vs久保は、後手の久保のゴキゲン中飛車に。先手の森内の対策は流行の超速▲3七銀。前局では、先手の郷田真隆の超速▲3七銀に、後手で森内がゴキゲンを採用して久保流の△3二銀型を採用したが、郷田の優れた研究対策の前になすすべもなく完敗。今回はゴキゲン家元の久保に自分が対策をきいてみようということである。
BS解説の佐藤康光が、その将棋にふれて、「森内さんは、郷田さんの対策手で序盤早々に将棋が終わってしまったといったのですが、その後13時間くらい指し続けたんですよね。」と軽口を叩く。佐藤と森内は私的にも親しい間柄である。
BSのもう一人の解説の飯島栄治が、解説手順で「こうする方法もあるんです。」と角道をあけずに角を引いて転換して活用する順を説明。いわずとしれた「飯島流引き角戦法」であり、飯島は午後の放送でも島朗相手におなじネタ?を披露して、引き角布教活動に余念がなかった。これには、佐藤も島も笑うしかなかったのである。
ちなみに、午後のBS放送では久保が夕食を注文する珍しいシーンも映し出されていた。注文カードの数がものすごく多いのに驚く。配達可能な店が結構多いようだ。

渡辺vs丸山忠久は、後手の渡辺が通常角換わりをいつものように受けて立った。丸山といえば、角換わりの先手のスペシャリスト中のスペシャリストである。丸山に後手の角換わりをもって何度も挑んだ郷田がどれだけひどい目にあわされ続けたのかは、これはもう涙なしには語れないのである。
現在、角換わりの根幹になる相腰掛け銀同型の変化に富岡流という先手のきわめて優秀な対策が存在して、それを打ちやぶる後手の明快な手順は発見されていない。従って渡辺も同型でない形に工夫をして活路を求めることが多い。昨年の羽生善治との竜王戦でもそうだったし本局もやはりそうなった。また、それに対する丸山の対策も微妙に通常と手順を変えていて、まさしく角換わりの先手最高峰の丸山と後手最高峰の渡辺の研究と経験がぶつかりあう玄妙な手順になったようである。素人にはおいそれとは口出しできないが、とにかく作戦としては丸山がうまくやったようである。

残留争いをめぐって深刻きわまりない三浦vs木村は横歩取りの将棋に。三浦が早めに△8五飛プラス松尾流△5二玉の流行の形に。解説の佐藤によると、現在の横歩取りは後手が飛車の位置を8五にするか8四にするかと、玉の位置を△5二にするか△5一にするかの合計4通りの組み合わせのどれを採用するかがポイントになっているそうである。
将棋は、三浦が端歩をついてきたのを受けたために三浦が端から攻めて角を打ちあった後に木村が▲2三歩成と成り捨ててしまのが本局全体のポイントにっなてしまったというのだから、横歩取りの将棋は恐ろしい。まだ夕食休憩前の局面である。

同じく残留を目指す藤井は高橋道雄との対局。後手の藤井の角道オープン四間飛車に。藤井の弟弟子の阿部健治郎が勝又清和のインタビューに答えて言うところによると、藤井は実はあらゆる作戦を手広く研究していて指さそうと思えばどんな戦法も指しこなせるそうである。限られた作戦しか採用しないのは、あくまで藤井特有の序盤のオリジナリティへのこだわりがあるとのこと。確かに先手の藤井矢倉も後手のオープン四間飛車も、一応他の棋士も指すが基本的には「藤井の作戦」というイメージが強い。
序盤からお互いの構想力が問われる将棋になり、千日手模様にもなったが、高橋の打開が英断で先手がペースを握る。高橋は、谷川、三浦、藤井相手に三局連続して完全に自分のペースで将棋を指して圧倒した。高橋の序盤も瞠目すべぎたろう。

谷川vs郷田。二人とも挑戦にも残留にも関係ないが、まさしく重要な「順位」戦だし、谷川の1200勝もかかっていた。先手谷川の
中飛車に。阿部が勝又のインタビューで、▲7六歩に2手目△8四歩と指すということは、矢倉や角換わりだけでなく先手中飛車も覚悟しなければならないのが課題だと指摘していた。丸山同様に角換わり先手のスペシャリストの谷川が敢えて中飛車の方を採用したのも現代将棋ならではの現象なのかもしれない。将棋は後手の角交換5筋歩交換拒否形から、谷川が早めに
▲7五銀をぶつけて後手が深浦流の△2四角を打つ類型のある最新型に。関西の菅井が銀河戦で先手で採用してうまく指して勝っていた。谷川は菅井と研究もしているらしいので、最近中飛車をたまにもい用いるのも、当然菅井や久保の影響もあるのだろう。しかし、結果的には谷川本来のものとはいいがたい将棋になってしまうのは、やはり谷川のような超一流レベルでも中飛車には独特な感覚が必要ということなのだろうか。

一番早く終わったのは。三浦vs木村。三浦の強烈な攻めが決まって、△5六桂とされてはもうどうしようもない。この手を見て席をはずしていた木村が対局室に戻ってくる。きちんと正座で座り、コップで水を飲み干して、ネクタイをきちんと締め直す。明らかに動作や表情から、気持の整理をつけてきたことが伺えて見ていて痛々しい。三浦は決して油断をみせまいとするかのように前傾姿勢で盤面に集中している。木村も▲同歩と指すしかないのだが未練を捨てきれないようになかなか指さない。あるいは、指せない。
そして意を決したように▲同歩。三浦はすぐに△同角。これが飛車金両取りである。木村はやはり諦めきれないようにじっと盤面をみつめていたが、コップの水を飲み干して、頭をさげて投了した。その瞬間に木村のA級陥落が決定してしまった。
三浦は、目薬をつけたり、お得意の左45度前方凝視のポーズが出たり、相変らず印象的な動きが多かった。

次に終わったのが、谷川vs郷田。見込みなしで投了もやむなしの局面のようだが、タイミングがやや早めで、その瞬間は映らず。1200勝はおあずけ。谷川は後半連敗でおわったが、結果以上に内容的に終盤にあっさり土俵をわる将棋が多かったのが、谷川ファンには気にかかるところだろう。

高橋vs藤井。こちらは高橋の鋭い寄せが決まって藤井は絶望的な局面に。藤井は、左手をずっとあごに当てて苦しげに考え続ける。どうしてこうなってしまったのか、どんなに後悔しても後悔しきれないような、あるいは絶望的な現局面をなんとか出来ないかをすがるような気持で探り続けているような、そもそも現局面を現実として認めたくないような、なんとも言えない表情だった。藤井も陥落。ラス前では木村も藤井も意地を見せたが、やはりそこまでの星の悪さがそのまま最後まで響いてしまった。

渡辺vs丸山。丸山が激しく攻めに出たのに対して、渡辺が飛車を出で攻め合ったのが問題だったそうで、その後の丸山の▲4三銀打ちが厳しくて難解ながら丸山勝ちの局面に。
丸山がジェルシートのようなものを頭頂にはりつけている。いきなりユダヤ教のラビが対局室に乱入したのだろうか。なんとも異様な光景だ。深夜の頭のオーバーヒートを防ぐためなのだろう。丸山も三浦に負けないくらい用意周到である。何年か前には、深夜の栄養分補給のために、カロリーメイトのチョコ味を盤の前でモグモグ食べるのがそのままテレビに流れたこともあった。そして、モグモグしている間に相手の藤井が投了という残酷図。全く周囲の目など気にしないプロフェッショナルなのである。
序盤でも遺憾なくスペシャリストぶりを発揮した上で、難しくなったものの全く間違えずに、終盤の競り合いに絶対的な強みをみせる渡辺をきっちりしのいだ。先ほどはふざけていってしまったが、冗談抜きで丸山は本当に本物のプロフェッショナルなのである。畏怖すべき存在である。
渡辺もさすがに必死の形相である。なんとか勝ち筋がないかを必死に探っている。なにしろ名人挑戦がかかっているのだ。丸山は最後の決め手の▲8三龍を指す前に、頭の上のジェルシートをとった。その手を見て渡辺が潔く「負けました」と告げて頭を下げた。渡辺は勝っても負けても堂々としている。
羽生の手が震えたら相手は負けを覚悟しなければいけないが、丸山が頭のジェルシートを取ったら相手は観念しないといけないという新伝説が誕生した瞬間である。

最後に残ったのが、森内vs久保。渡辺が負けたので、森内が勝てば名人挑戦が決まる。当然、私も寝ることが出来なくなった。
久保が従来は先手有利とされている定跡に挑戦したが、あまりうまくいかずに森内良しとされた。進行も早くて一番先に終局しそうな勢いだったが、その後もつれる。久保が不思議に粘りで局勢が接近、久保がよくなりそうな変化も幾つかでたが、最後に一局残った時点では、ようやく森内が逃げ切ったかという感じだった。
先手が▲7一角として後手は受けがなさそう。先手玉にも詰みはないと、佐藤&島が解説する。▲7八桂と打てば勝ちである。森内が「いやぁ」とかつぶやきながら、あわてて秒に読まれたような手つきで▲7八桂。
しかし島が解説していたように騙されてはいけない。森内のこういうのが出たら、羽生の手の震えや丸山のジェルシート取りのように相手は観念しなければならないのだ。噂にはよく聞いていたが、こうして深夜の現場を見れたのは初めてなのでよかったなどと安心していたら、とんでもなかった。
久保は全然諦めていなかった。△8七金以下森内の香車を抜いて自玉の受けに回る。猛烈な駒損だが、久保の穴熊も耐久力がある。森内が逆に焦らされる場面だ。佐藤も、「いやこれは簡単じゃなくて大変です」を何度も繰り返し、島も鋭い指摘をしながら久保がそれを跳ね返すような粘りをみせてそれに感心。BS放送の午前2時までにおさまるかが段々心配になってきた。
しかし、森内も最後の力を振り絞るように、なんとか逃げ切った。陥落の危険のある久保の執念が本当に凄まじい深夜の死闘だった。最後、森内が一目で自玉が詰まないと分かる局面でも、秒読みギリギリまで慎重に考えていたのが、かかっているものの重さを痛感させた。

関係者やカメラがなだれこんでいる。森内はまだ呆然としている。毎日の記者がインタビューに入り、森内が挑戦者になったことを告げる。森内の表情は変わらない。一方の久保は、恐らくまだ自分が落ちたのか助かったのか分からないままである。
インタビューが終わって、報道関係者が退席して、森内と久保で感想戦がはじまる。ずっと硬い表情のままの森内だったが、しばらくたってから、ようやくあの人懐っこい憎めない笑顔をみせたのだった。

こうして、今年の一番長い日は終わった。森内と渡辺が並んだ時点では、流れと勢いでは渡辺が優位に立ったように見えたが、
森内が苦手にしている久保を渾身の将棋でなんとか振りきり、渡辺は角換わりのスペシャリストの丸山に屈した。最近は若い世代の躍進も目覚しいが、羽生世代や羽生少し下世代が意地をみせた形になった。
勿論、羽生と渡辺の激しい激突もみたかったが、久しぶりに羽生世代同士のタイトル戦である。そして、羽生と森内は百局指して本も出版されたばかりである。円熟した二人のコクのある将棋が今から楽しみだ。
今日、私が「羽生VS森内 百番指し」を書店で衝動買いしてしまったことは言うまでもない。




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