2011年09月

渡辺が王座を奪取 2011王座戦第三局 羽生vs渡辺

王座戦中継サイト

少し前に朝日新聞の「be」(9/10)に掲載された渡辺明特集記事。そのインタビューより。
(対局のない日の過ごし方)息子が小学校に行ったあと、朝8時くらいから夕方5時くらいまで将棋の勉強をしています。夜にも3時間くらい、棋譜を並べたり、詰め将棋を解いたり。あとは「最新型」の研究です。対局が近ければその準備も必要。なんだかんだとやることは多いですね。
研究なしでも将棋は指せますが、それじゃあ楽な仕事ということになる。日々の研究くらい、会社勤めの方々と同じくらい家でやらないと申し訳ないです。
(東日本大震災について)あのときは将棋の研究をしていてどういう意味があるのかといろいろ考えました。結局、自分にできることはそれぐらいしかないと、10万円×対局数を寄付することにしました。
三浦弘行の勉強量の多さはつとに有名である。一日10時間と聞くと誰もが驚く。しかし、渡辺の場合、仮に昼食休憩1時間としても、計11時間である。対局と仕事のない日は多分毎日そうしているのだろう。
三浦の勉強量が有名になったのは、多分彼が正直者でウソがつけないからだろう。恐らく言わずにもっと勉強している棋士は結構いそうだ。そして渡辺がこうしてアッサリ公開したわけである。三浦とは別の種類の正直者である渡辺らしい。
また、その理由が「一般社会人に申し訳ないから」というのも渡辺らしい発想である。棋士によっては自由業であることを満喫して自由気儘に過ごそうと思うだろうし、それは別段責められるべきこととも思えない。しかし、渡辺は「棋士」という一つの職業者としては社会人と同じくらいやるべきだと考えるのである。大変「社会性」を意識している。
但し、私も一番忙しい時には一日12時間くらい毎日会社勤めしていたこともあるが、実は12時間本当に働きづめということではなく無駄な時間もかなり多い。そうでなければとてももたない。しかし、渡辺の場合、本当に集中力と根気のいる将棋の勉強を長時間行っているようである。これはプロ棋士でも誰もが出来ることではないだろう。やはりイチロー同様、渡辺も努力することが出来る天才なのだ。
寄付についても渡辺の「社会性」がよくあらわれていることは言うまでもないだろう。しかも、勝利対局ではなく対局数にしているところに自分に厳しい渡辺らしさが出ていると思う。
こう書くと、ものすごく隙のない真面目な人物のように思えるかもしれないが、「妻の小言」に見られるように実はものすごく隙があったりするのが面白いところである。
そんな渡辺が羽生からストレートで王座を奪った。一応は、将棋界における覇者の交代(につながるかその始まり)と言えるかもしれない。
かつて、木村義雄は大山康晴に名人を奪われた後の会見で「良き後継者を得た」と言い残して将棋界から身をひいた。勿論、羽生の場合はまだまだ巻き返しも図るし戦い続けるだろうから、そんなことを言うはずもない。また、言ってもらっては困る。
また、渡辺も竜王連覇と羽生に対する強さ以外では、まだ「渡辺時代」といえるような実績は残していない。それは渡辺自身も十分承知だろう。
しかしながら、最初の記事を読んでいただいた方なら、渡辺が少なくとも「覇者」としての資格が十分ある人間であることは認めてくださるだろう。
だから、ここでは私がオマエ一体何様だといわれれるそうなのをかえりみずに羽生ファン代表としてこう言ってしまおう。
「良き後継者を得た。但し、まだまだ戦わせ続けてもらうからね。」

第三局は大変な死闘になった。この二人の場合、時々こういうことになる。初対戦の竜王戦の第四局、第七局、去年の竜王戦の第五局。そして結果的には全部渡辺が勝った。
この渡辺の羽生に対する勝負強さは一体何なのだろう。ちょっとした隙を見逃さない強靭な粘り、抜群な手の見え方、どんなに将棋が長引いてカオス状態になっても崩れない鉄の心。羽生ファンとしては、なんで羽生相手だとこんなに強いのか、まるで前世で何か深い因縁でもあったのだろうかと泣き言を並べたくなる。
しかし、それらの名局を比べても、やはり少しずつ内容に変化が出てきて、特に今回の王座戦では全般的に渡辺が押していたと思う。もともと手が見えるタイプだけれども、ますます精度が上がって、相手が少しでも隙をみせると的確にそれをつく迫力があった。要するに着実に強くなっているのである。
一方、羽生も相変わらず人並み外れた終盤力であっても、細かいところでミスしたり集中力がきれる瞬間があったようにも思える。盤の前で長時間座って集中して考え続けるというのは、多分素人には想像もできないような過酷な作業のはずである。羽生の年齢を度外視して考えることは出来ないような気もする。
やはり今回は、若い方の充実ぶりと勢いが上回っていたという印象をぬぐうことはできない。羽生は一度時間をおいて体勢を整えなおして、再び渡辺と対峙することになるのだと思う。

さて、今後の羽生、羽生のついては第二局の記事で既に十分述べてしまった。とにかく今まではずっと「第一人者」の重みを肩に背負い続けてきた。しかし、今回渡辺という存在がさらにクローズアップされたのは、時期的にもむしろ羽生には喜ぶべき出来事ではないだろうか。
もう少し肩の力をぬいて、むしろ渡辺をはじめとする若手たちとの戦いを実験的にいい意味で遊戯のように大胆に行うことが出来るようになるのではないだろうか。
羽生がこれから武器にするのは経験による「大局観」、独特の局面に対する嗅覚だろう。だから、今までのように相手と正面から渡り合ってガップリ四つで消耗戦を行うのではなく、軽やかに盤上を戯れ、モハメド・アリのように「蝶のように舞い蜂のように刺す」戦い方。実力十分の若手がいつの間にか体勢を損ねて、しかも理由が分からずに「なんでだろう」と首をかしげるような将棋。私は、そんな羽生善治を見てみたいのだ。
具体的には、先日のA級順位戦の渡辺戦のようなイメージ。渡辺が「仕方ない、仕方ないとゃっているうちに非勢に陥った」と述べていたのが実に印象的だった。まさにあの将棋は羽生の「大局観」の勝利だった。第二局の時にも述べたが、中原誠というベテランになってからの変身の格好の見本もいる。羽生は羽生善治にしかさせない将棋の方向性を目指して若手と対抗しつづけけてくれるものだと私は信じている。
羽生はプロとして将棋を指し続ける行為をよくマラソンに喩えている。常に先頭を走り続けるのは不可能でも、トップから一時的に遅れたり追いついたりしながらも、とにかくトップ集団につけ続けることが大切だと。だから、仮にこれから渡辺がトップを走り続けるのならば、彼をペースメーカにしてその背後にピタリとつけて走り続ければいいだけのことだ。そして、先頭のプレシャーがなければ、より大胆で実験的な走りを試すことだって可能だろう。だから、渡辺明のような存在が出てきた事は、決してランナー羽生にとって悪いことではないはずだ。
そもそも、ランナー羽生は既に偉大な業績を残している。多分、数字だけだと羽生を超えるランナーが出現する事は、まずあるまい。時代が違うので数字が異なるが、大山と羽生がやはり最も偉大な二人のランナーである。
だから、我々ファンはもうこれからは羽生には好きなように走らせてあげたらいいのだ。羽生がどんな新たな魅力的な走り方を発明するのかを思う存分楽しんでしまおうではないか。

昨晩、私はなかなか寝付くことが出来ず、寝てからも次々に夢をみた。その中に羽生善治も登場した。なにか広々とした草原のようなところで、羽生が仰向けになって実に気持ち良さそうにスヤスヤ寝ている。それを私は遠くから見守っていた。
激闘が終わってゆっくり休んでいるのだろうか、あるいはしばらくゆっくり休んで英気を養っているということだろうか。
しかし、私はこういうことなのではないだろうかと思った。昨日の将棋は実に羽生にとっては過酷なものだった。羽生の表面上の自我は、当然それを苦しいと思っている。だが、羽生の深いところの自我―真我−は、そういう苦しい行為を実は心から楽しんでいるのではないだろうか。これからも恐らく続くであろう羽生の困難な闘いを、深いところの羽生は心の底から楽しみにしているのではないだろうか。そのあらゆる苦しみを含めて。
そして、それは渡辺などの他の棋士にとっても同じことのはずである。いや、この地球上で生きている人間ならば、それがどんな幸福な境遇を享受していようと、逆にどんな苦しみに堪えて生きていようと、本質的には完全に平等にいえることであるはずだ。




2011王座戦第二局 羽生王座vs渡辺竜王

王座戦中継サイト

順位戦A級とあわせて、第二局第三局と短い間隔で二人の勝負が続く。
羽生の作戦選択は、順位戦の後手でゴキゲン中飛車、本局の先手で相掛かりで▲2六飛の浮き飛車と、どちらも意表をつくものだった。
一時期、羽生は後手だと判を押したように横歩取りだった。もともと多彩な戦形を指しこなすオールラウンダーだったが、最近の若手の定跡研究の深化と自分の年齢を考えて、スペシャリストに少し方向性を変えようとしているのかとも思ったのだが、最近また意欲的に様々な作戦を採用しだした。後手でも二手目△8四歩を、この王座戦より前に銀河戦でも糸谷相手にも指していたようである。
但し、単に定跡をなぞるのでなく、自分なりにこれはイケルと思う形に着目して独自の工夫で試すというやり方をしているように思える。
ゴキゲンも先手の超速▲3七銀に対して、△3二銀型からの新工夫。しかも、△2五角という打ちにくそうな曲線的な角を放ち(中継記者は大山が山田道美に対して放った△2五角になぞらえていた)、しかもその角が先手の桂馬と交換になって大きく駒損するという順を選んだ。
ところが、その後に先手の銀を取って二枚替えの駒得になり、すっかり先手の駒を押さえこんでと金を二枚つくって快勝。先に駒損しても駒の働きがよければよいという久保流のゴキゲンとも少しだけ似ていると言えなくもない(但し軽い捌きではなく押さえこみだったけれど)。
独特の嗅覚で「使える」形に着目した上で、それを普通によくするというよりは、羽生にしかない大局観で意表をつく独創的な指しまわしで勝負するという感じである。もともと羽生は独特な大局観があって、そのこと自体には基本的には変わりはないが、さらにこれから優秀な若手と戦っていく上で、「大局観」を尖鋭化して武器にしているようにも思える。
そういえば、中原誠も、若い頃は「自然流」と呼ばれていたが、ベテランになってからは、大変個性的な感覚でやはり中原にしかない「大局観」で引退する直前まで羽生などの若い後輩を負かし続けていた。羽生も、もしかすると中原のように将棋を大きく変化させていく過程にあるのかもしれない。若手と本格的に対峙して長く戦い続けるために。

さて、先走りしすぎて、今日私が一番言いたかったことを既に書いてしまった。今書いたことは、本局についもいえる。羽生が採用したのは、中原流相掛かり(ここでも偶然中原だ)という古い形である。実は今期の銀河戦の決勝トーナメントの▲阿部健治郎vs△羽生で、阿部も相掛かりの浮き飛車を採用している。(形は本局とは全然違う。)羽生もこの戦いで何かインスピレーションを得たのかもしれない。そういえば阿部も、徹底的に最新型を研究し尽くした上で、それは使わずに他の人が指さない型を採用する個性的な若手で、現在の羽生にとっても参考になるところがあるのかもしれない。
渡辺も、この形は予測していなかっただろうが、さすがに対応が巧みだった。△5四の銀を△4三にひきつけて自玉のまわりに金銀四枚を連結させた上で、△5四に角を据えて先手の桂頭を狙いにつけた。自玉を安泰にした上で動く巧みな序盤感覚。いかにも現代風な感覚で、あの辺りでは少し渡辺ペースだったのではないだろうか。
しかし、羽生の対応が驚愕してしまう独創的なものだった。桂馬をアッサリ取らせて、相手の取った角をいじめにいきながら、自分の駒の働きをよくする順を選んだ。必ずしも喜んで選んだ順ではなく、苦心の順なのかもしれないが、しばらく進むと後手は桂得だけれども、先手の駒も存分に働いていて十分戦えそうになった。渡辺も△6一歩と受けたあたりでは苦しめと感じていたそうである。順位戦同様、「羽生の大局観」が存分に発揮された。
しかし、逆に最終盤は渡辺のしぶとさ、抜け目なさ、勝負強さが発揮されることになる。羽生が▲5四飛ときって決めに行ったあたりでは、本譜の桂を5三に二度打てる順が見えていて、私程度の素人ならなんとか寄せきれそうだと思ってしまう。だが、素人の私でなくても、ニコニコ生放送をしていた森内も、彼らしく一つ一つの変化を丁寧に調べてあくまで慎重に判断しながらも、ギリギリながら先手が勝ちきれるのではないかという判断をしていた。要するにプロが見ても誰が見ても、なんとなく寄せきれそうと思ってしまう局面ではないだうか。
そして、93手目▲1二龍に対して△9四角でどうかと言われていた瞬間に指された△6三歩。指されてみると、これでキッチリ後手が残している。控室が読んでいたのはさすがだが、こういうのを指摘するのは山崎あたりではないだろうか。
従って、羽生の感想にあるように▲5四飛でなく急がない寄せを目指すべきだったのだろうが、森内も控室も先手が勝ちそうと判断していたわけで、あそこで急がずに攻めるべきだったというのは結果論に思える。むしろ、ベストを尽くして受け続けて△6三歩につなげた渡辺の強靭な終盤力を褒めるべきだろう。
というわけで、渡辺の現代的な序盤感覚、羽生の独特な大局観、渡辺の充実した正確な読みという両者の長所が出た将棋だった。羽生が負けたのでファンとしては残念だが、冷静に振り返ると、やはりとても緊張感のある好局だったと思う。

これで渡辺連勝。現在の渡辺の充実ぶりを考えると、羽生の20連覇はピンチである。しかし、今まで書いてきたように羽生の作戦選択や大局観は本当に素晴らしいし、恐らく羽生は現在ニュー羽生への進化の過程にあるような気もする。羽生が現在の圧倒的な力に加えて新たなスタイルを獲得してそれを完成すば、渡辺をはじめとする強力な若手たち相手にまだまだ十分戦い続けることが出来ると私は考えている。
そして、それが今回の王座戦での、この後の羽生三連勝という形で早速現れても少しも不思議ではないとも思う。


羽生が王位奪還 2011王位戦第七局 広瀬vs羽生

王位戦中継サイト

まずは、広瀬さんのことから。私を含めて終局後に羽生ファンの喜びが爆発したようだが、要するにそれはそれだけ広瀬に苦しめられて大変厳しいシリーズだったからである。
第一第二局で見せた終盤の正確な読み、切れ味。今まで羽生を負かしたり苦しめたりした棋士はたくさんいるけれども、少なくとも終盤では羽生がやはり一番(少なくとも相手と互角以上)ということには揺るぎがなかった。しかし、広瀬に関して言うと、場合によっては純粋な終盤力でも羽生より首の皮一枚上回るのではないかと思わせるところすらあった。
そして言うまでもなくノーマル四間飛車穴熊という特殊な武器、技能。第五局では完膚なきまでに羽生を叩きのめした。という表現は適切ではないかもしれない。全く相手の力が出せない状態に追い込んで自分だけスイスイ指して勝ったという感じである。
かと思うと第四局のように前例をたどってあっさり負けたり、第三局も似た感じで「なんとかなる」と思っていたらどうにもならずにズルズル負けたりする。もともと振り飛車党というのも関係しているのかもしれないが、わりと大らかに大局観で局面を把握して指して、うまくいかない時は完敗というケースも多いように感じる。
要するに、強い時もあれば弱い時もあり、強みもあれば弱点もあって、まだ棋士として完成されていないということである。逆に言うと、そういう状態でこれだけ羽生と戦ったポテンシャルの高さを感じずにはいられない。まだまだ伸びしろがありそうな未完の大器なのである。
その点、若くして完成していて隙のない渡辺と比べても、末恐ろしい存在である。多分、現在と比べてどんどん精度をあげつつも、やはりある程度は波のあるタイプであり続け、その変わりに調子のいいときは誰も手がつけられないというタイプになっていくのではないだろうか。

さて、最終局は第五局の裏返しのような一方的な将棋になってしまった。相穴熊はえてして一方的になりがちなのだが、それにしても極端な将棋が二局出てしまった。
広瀬が▲4五歩と仕掛けたタイミングが恐らくポイントで敢えて金を4九の位置のまま仕掛けたのには形に通暁する広瀬の深謀遠慮があったはずである。
それに対して、普通は△8六歩を入れて飛車が走れるようにしておきたいところを、アッサリ△4五同歩と取って角を打ったのが羽生の工夫で、それが少し広瀬の意表をついたのかもしれない。
結局、羽生の飛車は9二に逃げこんだので、△8六歩は不要になったが、羽生は長考を重ねてかなり先のところまでの図式を思い描いていたのだろう。
最近の二日制での羽生は、どうも序盤から中盤にかけてあまり良く出来ずに、少し苦しめの終盤を持ち前の力でなんとかするという展開が多かったような気がする。
その点、今回はその後の△4一香もいかにも感触の良さそうな一着で、その後の△4二飛の転換とあわせて実に中盤をうまく組み立てることに成功した。立会いの森先生もこの手を指摘していて、指された時には「ほらほらほらほら〜」とわが意を得たと喜ばれたそうである。他にも「あやややや」という不思議な擬音を発しておられたそうである。まさしく加藤一二三先生と並び称されるべき存在である(意味不明。
広瀬も馬をひきつけたり▲3七銀と埋めて穴熊の再構築をはかった。後手が先手以上に鉄壁なので、羽生がいいにしても、アマチュアならどうこの穴熊を攻略するのか途方にくれてしまいそうなところだが、4八の地点を清算して△4七歩と叩くのがいかにも急所の攻めで、と金が出来てはさすがに勝負あった。ちなみにGPSはこの攻めをしっかり指摘していた。この程度はプロならすぐ見える筋かもしれないが、しっかりしたものである。
広瀬もさすがに相穴熊テクニックを発揮する余地は全くなかった。一回悪くすると挽回がきわめて困難という相穴熊の特徴に、スペシャリスト広瀬自身が泣くという皮肉な結末になった。一方、羽生は相穴熊を避けずに挑んでいったのが好結果をもたらすことになった。

これで、羽生は大山康晴十五世名人の持つ通算タイトル獲得80期(歴代1位)に並んだそうである。中継ブログに羽生のインタビュ−が掲載されているのだが、これが大変素晴らしい。

王位戦中継ブログ 記者会見

最近、羽生は書籍も多数出しているし、インタビューも多い。それだけに、さすがの羽生も同じ内容を繰り返すことが少し多くなってきたのだけれども、今回のインタビューで若手棋士、現代の将棋について述べている部分が大変新鮮で興味深かった。
「この王位戦もそうですし、王座戦もそうなのですが、若い20代の人たちが台頭していて、一局勝つというのが最近は大変だなとしみじみと実感することが多いです。もちろん記録が懸かっているというのはあるのですが、それ以上に私自身も新たにいろいろと研究・勉強しながらいまの将棋を理解して、それにプラスして自分の個性を出せたらいいなと思っています」
「戦術的なところで昔の将棋と今の将棋は変わってしまっているので、その辺のところを意識的にマスターしていくというか、知っていくということをしないと置いていかれてしまうという感覚があります。たとえば今期の王位戦では、広瀬さんの振り飛車穴熊という非常に強力な作戦がありました。棋譜を見ても分からないところがあるので、実際に真剣勝負で対局していく中でしっかりと感覚というか戦術を自分なりにマスターしていくことになると思います」
この若手や現代将棋に対する、謙虚とも言え、柔軟とも言え、貪欲ともいえる姿勢はどうだろう。
今回の広瀬や渡辺、あるいは関西の豊島や糸谷や菅井など、現在は若手が猛烈な勢いで実力をつけ存在感を増してきている。基本的に世代交代の真っ最中という見方も可能だろう。
その中で羽生は、彼等と戦うと同時に自身の年齢とも戦わなければならない。当然厳しい状況である。
しかしながら、こうした羽生の発言を聞いていると、そうした状況をむしろ楽しみながら自分が進化するきっかけにしようとしているようにも思える。
今回の王位戦でも、広瀬穴熊の威力や、強烈な終盤力を体感しながら、いつの間にか広瀬(若手)将棋のよさを戦いながら吸収して、自分の栄養にしてしまった感すらある。しかも結果まで残してしまった。
普通なら、年配者は若い者によって乗り超えられてゆく宿命にあるのだが、羽生の場合は逆に若い人間の強さや勢いをすべて吸い込んで、さらに強大になっていくような柔軟さがある。若い人間が強くなればなるほど、それに逆らわずに便乗して強くなっていくしたたかさとでもいうべきか。
年を取ると、普通は自分の価値観に固執して自己が硬化していきがちなものだが、羽生の発言を聞いていると、年を取ってますます好奇心旺盛で柔軟で形をかえていきそうである。羽生は実際には40代なのだが、全く「ベテラン」という雰囲気ではないのも、その辺が関係しているのだろう。
恐らく、今後の羽生のさらなる進化のキッカケとなり力を与え、結果的に最も助けることになるのは渡辺や広瀬といった若手棋士たちなのだ。


2011王座戦第一局 羽生王座vs渡辺竜王

王座戦中継サイト

注目の王座戦が開幕。振り駒で渡辺先手となり、後手の羽生の二手目は△8四歩。棋聖戦の深浦戦でもÅ級順位戦の丸山戦でも、羽生は後手で角換わりを指しているが、その際はどちらも初手▲2六歩からの出だしだった。△8四歩は先手に角換わりだけでなく矢倉もどうぞという手だから意味合いが大分違う。
最近の将棋界では二手目に△8四歩と突く棋士が激減していて、その一番大きな理由が先手の角換わりに対する対策が難しいからだったのだが、羽生が指したことでそろそろその傾向に変化が現れるのだろうか。そして言うまでもなく、頑固一徹に△8四歩を貫いていた棋士の一人が渡辺である。
そういえば、昨日銀河戦のビデオを見ていたら、後手で三浦まで角換わりのかなり斬新な仕掛けを披露していた。最近、プロの間で角換わりの後手が見直し始められているのかもしれない。
とは言っても、角換わりの主流の相腰掛銀先後同型では、いまだに先手の富岡流という優秀な対策が猛威を振るい続けていて後手の有効な対策が発見されていない。先日も先手の渡辺相手のに後手の郷田が同型に飛び込んでいったが研究通りの手順を辿って敗れ去るという珍事があった。
というわけで、羽生が近頃採用しているのは、三局とも同型を避ける形である。本局は棋聖戦第三局と同一手順を辿って、午前中から猛烈なスピードで進んだ。
この二人の戦いになると、まるで意地の張り合いのように手が進むことが多い。竜王戦でも第一日からのっぴきならない局面に突入することがよくあった。この二人の場合、何かが火花を散らして激しくぶつかり合うのだ。だから面白い。
後手のこの指し方に対して、先手も色々な対策があるようだが、少なくとも後手の横歩取りで先手の膨大な作戦全てに対応しなければいけないと比べれば、かなり絞って考えることができそうだ。もし、ある程度指せるのであれば後手として採用したくなるのも分かる気がする。
但し、羽生が飛車をきったあたりの局面はプロによっても評価が異なったようである。青野先生は、「私は後手でこの局面にできるなら、全ての後手番をこれにしたいです(笑)」とおっしゃっていたようだが、それは極端にしても後手番でこんな感じなのならば、まぁまぁなのかと思っていた。
そして、羽生のほうが先例から手を変えたのだが、その後の渡辺の▲2四歩には驚いた。△7六桂と銀をポロリと取られながら王手されてしまうのだから、相当豪胆な手である。この▲2四歩は先手の攻め筋の急所で、控室の検討でも別の展開で何度も指摘されてはいたが、このタイミングで決行するのは、ちょっと盲点になるのではないだろうか。実際、それ以降の進行をみると難しいながらも先手のペースになったような気がする。現在の渡辺の充実ぶりを感じさせる一着だった。
次に地味ながら光ったのが▲9二龍。といっても自分で理解したのではなく、感想コメントで羽生がこれで苦しくなったと認め、青野先生もいい手だったと褒めていてそうなのかと思っただけなのだが。
普通に桂を拾う▲9三龍だと△3七金とされるが、敢えて桂馬を取らずにじっと▲9二龍だと△3七金には▲4四香が厳しくなるという意味だろうか。ということで、羽生も△3七金でなく、いかにもボンヤリした△9五歩にしたが、羽生の局後の感想コメントから察するに、これは苦しくて仕方なく指した手ということなのだろう。
▲2四歩にしても▲9二龍にしても、ちょっと意表をつく手を的確なタイミングで繰り出す渡辺が冴えていた。
その後羽生も粘って決め手を与えずに、控室が先手勝勢とか終局近しというたびに、いやそんなことはないまだ簡単ではないと意見を変える状態が続いた。しかし、冷静に振り返るとも、結局どこまで行っても渡辺勝ちという終盤戦だったような気もする。とはいえ、特に王座戦ではこういう展開で羽生が逆転する光景を何度も目撃しただけに、やはりしっかり勝ちきった渡辺の終盤力は確かということなのだろう。

これで羽生の王座戦での連勝が19で止まり、20連勝はならず。ある熱烈な渡辺ファンに言わすと、渡辺のヒールっぽいところがたまらないそうである。
羽生の20連覇、20連勝がかかっている節目に登場してそれを阻止せんとする巡り合わせに不思議となる。羽生の永世竜王、永世七冠の夢も(一度は)阻止した。そして、あのふてぶてしい容貌、物腰。さらに、柔軟な指しまわしをみせる羽生の将棋を、本局のように厳しく粉砕するかのような指し方、ということだそうである。
なるほど、そういうファンもいるのかと、ちょっと笑ってしまった。私は羽生ファンなので、どうしてもヤキモキするが、プロレスのようにベビーフェイスとヒールを見守るつもりで楽しめばいいのかしらとも思った。むしろプロレスでは、ヒールの方が魅力的だったりおいしかったりするのだ。
と、ここで一応大急ぎで書き加えておくが、渡辺ファンは皆そういうヒールという見方をしているのではなく、普通に渡辺明が大好きだというファンを私はたくさん知っている。勿論、そういうファンの方が大部分だろう。特にネットでは渡辺の人気はかなり高いのだ。
ちなみに、将棋界で最大の「ヒール」(あくまでカッコつきのだけれども)といえば全盛期の大山康晴だろう。今でこそ神様扱いだけれども、全盛時にはあまりにも強すぎてそれが憎たらしくて、ファンは大山が勝っても無反応、たまに負けるとニュースになって騒がれるという感じだったそうである。それを考えると、七冠にまでなって勝ちまくった羽生が、むしろファン皆に祝福される雰囲気だったのを考えると、つくづく羽生は得なキャラクターの持ち主だと思う。
さて、羽生が王座戦20連覇を達成するのだろうか。あるいは、渡辺がそのヒールぶりを遺憾なく発揮して20連覇を阻止する・・・、いや失礼間違いました、渡辺がその実力を遺憾なく発揮して渡辺時代への布石を打つことになるのだろうか。
本局一つを見ても分かるように、とにかく他にはない張りつめた緊迫感のある二人の素晴らしい戦いを堪能することにしよう。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
Recent Comments
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ