2011年12月

ものがたり「天空の城ファンタ」

(あらすじ)
将棋の世界は絶滅の危機に瀕していた。
カーナが所持する秘密の四間石のため政府機関に囚われの身となり秘密警察のラゴン大佐の厳しい尋問を受けていた。
カーナはラゴン大佐から、彼女がヤスハル王家の末裔であることを告げられる。
彼女の正式名称は「カーナ・イズモ・イナズマ・デ・ヤスハル」。
かつてヤスハル王家は強力な振り飛車により将棋の世界を完全に支配下においていた。そしてその秘密の鍵が伝説の天空の城ファンタに隠されている。四間石にカーナだけが知る秘密の呪文を唱えると天空の城の所在地が分かるのだ。
カーナはラゴン大佐の元からなんとか逃げ出して出会った少年タケシーの助けを借りて逃避行を続ける。
さて、話を大幅にはしょるとラゴン大佐の猛烈な追跡とカーナとタケシーの逃亡劇の末、カーナは追い詰められて秘密の呪文を唱えてしまう。
「システム・デ・イギョク・ウナギ・デ・ファンタ」
すると不思議なことに四間石が光を放ちだして天空の城ファンタの所在地を指し示すのであった。
で、なんだかんだあって、カーナとタケシー、ラゴン大佐も天空の城ファンタに辿りついたのであった。
ラゴン大佐はカーナを捕らえて、ついに秘密の巨大な四間石を発見する。

ラゴン大佐 おおおお。見たまえ。この巨大な四間石を。これこそ、ファンタの力の根源なのだ。すばらしい。700年もの間、王の帰りを待っていたのだ!
カーナ 700年?
ラゴン大佐 君の一族は、そんなことも忘れてしまったのかね?黒い石だぁ。伝承の通りだ。はっ、はぁっ、はぁへ!読める、読めるぞぉ!100手先まで読めるぞぉ。
カーナ あなたは一体だれ?
ラゴン大佐 わたしも、古い秘密の名前を持ってるんだよ。
わたしの名は、ドラゴン・ナナレンパ・コクヒョウ・デ・ヤスハル
カーナ ええっ!道理であなたは私の先祖の肖像画とよく似ていると思ったわ!
ラゴン大佐 うるさい。わたしはちょっとそれを気にしているのだ。
まぁよい。君の一族と私の一族は、もともと一つの、王家だったのだ。地上に降りたとき、二つに分かれたがね。

そうなのだ。ラゴン大佐もヤスハル王家の末裔であり将棋の世界を支配する力を手に入れてしまったのだ。
しかし、カーナはラゴン大佐に果敢に将棋でチャレンジする。カーナは自分の勝ちを犠牲にしてでも、なんとか持将棋に持ち込んでラゴン大佐を道ずれに命を落とす覚悟である。勿論、カーナの作戦は得意の四間飛車、ラゴン大佐は秘密の知識により獲得したばかりの最強、最凶の居飛車穴熊である。

カーナ これがあなたの王座ですって?ここはお墓よ。あなたとあたしの。あなたは私に王手もかけられず持将棋になって私と死ぬの。いまは、居飛車穴熊がなぜ滅びたのかあたしよく分かる。歌にあるもの『盤面のバランスをとって美しく、相手の力をつかって投げよう。時には受け潰し時にはガジガジ攻めて芸術的に勝とう。』どんなに恐ろしい居飛車穴熊でも、どんなに穴熊の暴力をつかっても、ただ玉をかためるだけじゃ生きられないのよ!
ラゴン大佐 居飛車穴熊は滅びぬ。何度でも金銀を埋め立てて甦るさ!居飛車穴熊の力こそ、人類の夢だからだ!

そこへ、タケシーが現れる。
タケシー 何をしているんだ、カーナ。キミじゃ無理だ、ボクが代わって戦う!
カーナ 何を言っているの、タケシー。あなた、将棋なんて出来るの?
タケシー カーナ、今までキミには言わなかったが、実はボクのじいちゃんは伝説の将棋指しなんだ!
カーナ はっ!それではあなたのおじいさんは、あの伝説の・・。
タケシー ふっ。ボクの名前に聞き覚えはなかったかい?さあ代わるよ。

というわけでタケシーが颯爽とカーナと交代する。
ところがだ、タケシーはとんでもないヘボだった・・・。
あっという間に形勢を大きく損ねてしまう。

ラゴン大佐 すばらしい!最高の将棋だと思わんかね。ふっはっは、見ろ!美濃囲いがゴミのようだ!!っはっはっはっはっはっはっは・・・
タケシー あれっ、おかしーなー。
カーナ (キレて)あんた、何やっているのよ!さっさと代わりなさいっ。
ラゴン大佐 3分間待ってやる。いや、そんなに何度も勝手に代わられたらたまらん。カーナ、きみは一手30秒で指したまえ。
カーナ ひどいわ。
タケシー なんてことをするんだ。誰のせいだ。
カーナ バカっ、あんたのせいよ。
ラゴン大佐 はっはっはっはっ。坊主、おまえは秒読みでもしたまえ。
タケシー 10秒・・。20秒・・。5、6、7、8・・・。
カーナ ええぃ。もっと優しくよみなさいよっ。
タケシー ごめん・・。
ラゴン大佐 はっはっはっはっ。

カーナも必死に受け続けるが、何しろタケシーのファンタぶり(あっ、城の名前とは偶然の一致だ)がひどすぎたんで、ラゴン大佐得意の自玉が堅いまま細い攻めを的確につなぐ技術の前でカーナ玉は風前の灯火である。

タケシー カーナ。落ち着いてよく聞くんだ。あの言葉を。ぼくも一緒に言う。
カーナ えっ。
タケシー ぼくの左手に、手を乗せて。
カーナ はっ。
ラゴン大佐 何をごちゃごちゃやっている。
カーナ・タケシー  カズキ!

二人が秘密の呪文をとなえると、どうだ、驚いたことにカーナの風前の灯火だった玉が突然生命力を帯びて受かってしまったではないか。なんという驚くべき受け師!

ラゴン大佐 うっ、それは、それはもしやヤスハル王家の伝説の・・。
カーナ そうよ。これが秘儀「受からないと思っていても受かっている」よっ。
ラゴン大佐 あぁぁぁぁ。竜王がー。竜王がー。

こうしてラゴン大佐は敗れ去り、カーナとタケシーの手により将棋の世界は滅亡の危機から救われたのだった。めでたしめでたし。
ラゴン大佐が去り、二人が残る。

タケシー ねぇ、カーナ、ボクと将棋指さない?
カーナ えっ、あなたの腕前はさっきよく分かったし・・。
タケシー まぁ、そう言わずにさ。ボクにはとっておきの秘策があるのさ。
カーナ 仕方ないわねぇ。

二人は将棋を指し出す。

カーナ 何よ、そのヘンテコな矢倉。
タケシー いや、これは、じいちゃんから教わった・・。

(おしまい)



・本小説は完全なフィクションであり、実在する人物等とは一切関係ありません。




加藤桃子が女流王座を獲得

将棋・初代女流王座に16歳「棋士」めざす奨励会1級(朝日新聞)
将棋:奨励会員が女流王座 16歳・加藤1級、初タイトル(毎日新聞)
将棋・女流王座、加藤桃子が初獲得…奨励会員初(読売新聞)
奨励会の加藤1級が初代女流王座 将棋リコー杯 16歳(日本経済新聞)
末恐ろし天才少女!JK初代女流王座/将棋 (1/2ページ)(サンケイスポーツ)
末恐ろし天才少女!JK初代女流王座/将棋 (2/2ページ)(サンケイスポーツ)

若干16歳の加藤桃子が、将棋リコー杯女流王座戦で清水市代女流六段を五番勝負の末、3対2で破ってタイトルを獲得した。
将棋リコー杯女流王座戦は今年度から始まった女性参加の大型棋戦で、加藤はいきなり女流将棋界のトップの地位を占めることになった。(もう一つマイナビ女子オープンという同格の棋戦もあり現在女王位を保持しているのは上田初美。)
現在、将棋界は羽生善治などの男性棋戦と清水などの属する女流将棋界に分かれている。部分的に交流はあるものの、基本的には羽生などが正式の「棋士」であって、女流棋士は地位的実力的にはその棋士の世界に対して従属的な立場と位置づけられてきていた。
但し、正式の「棋士」になる資格は男性に限定されず、女性も可能なのだが今まで実際になった人間はいない。
棋士になるためには、その養成機関の奨励会に所属して、級位段位を徐々に上げて厳しい競争を勝ち抜いて四段まであがると、はじめて正式に棋士の地位を獲得する。加藤もその奨励会に所属して修行中の身であり、現在奨励会一級である。他にも里見香奈など数名が所属しているが、男性と比べると圧倒的に小数派なのが現状である。
そして、今まで奨励会に所属する女性は「女流棋戦」に参加することが許されていなかったが、最近制度変更があって、女性の奨励会員が女流棋戦に参加することが可能になった。逆に女流棋士が奨励会に参加することも許された。きっかけは若手女流棋士の代表的存在である里見香奈三冠(女流名人女流王将倉敷藤花)が奨励会で修行する決意を固めたことだった。里見も現在、奨励会では加藤と同じ一級である。
さらに、リコー杯女流王座戦の主催者が、全ての女性に開かれた棋戦というコンセプトを打ち出し、女流棋士、奨励会員、アマチュアが全て参加可能になっていた。
トーナメントを勝ちあがったのが加藤と清水である。清水は長年女流将棋界のトップとして君臨し続けてきた代表選手である。従って、奨励会員で年齢も若い加藤との対決はきわめて象徴的な意味合いを有するものにならざるをえなかったのである。

リコー杯女流王座戦中継サイト

まず、作戦面で加藤は清水が得意とする先手の相掛かりを受けるなど真っ向勝負していた。それには、やはり奨励会での研究の裏打ちの自信もあるのだろう。また、普段は指さないらしいゴキゲンを用いるなど、やはり精神的に少し余裕があるのかというところも感じさせた。
一方、清水も得意の相掛りや右玉で対抗したが、女流タイトル戦でよく用いる右四間は封じていた。右四間も強力だが、攻めが単調で男性プロでは中川など少数しか指す棋士がいない。もしかすると清水は奨励会の研究を警戒したり、加藤相手だと受け止められると思ったのかもしれない。作戦面でも加藤の方が伸び伸びとやっているという印象があった。
将棋の内容としては清水が経験をいかして序盤で優位に立つことも多かったが、中終盤の力で加藤が勝負に持ち込んで抜け出して勝つという印象だった。将棋は序盤でよくなっても、そこから勝ちきるのが大変で終盤でひとつでも間違えるとすぐ逆転するゲームである。
清水も終盤の大変強い棋士でそのために長年女流のトップであり続けたところもあるのだが、奨励会で男性に混じってもまれている加藤が、さらにそれを上回っていた。
中終盤の手の見え方には、加藤の個人的な才能も感じるし、またプロ棋士の卵たちと将棋を日常的に指しているゆえのセンス―それは男女差など関係ない種類のもの―を感じることも多かった。
但し、第四局では完全に勝ちになったところからウッカリで大逆転を喫したし、最終局も▲6四銀から強引に攻め込んで力でねじ伏せたけれども、例えば相手がプロ棋士なら的確にとがめられてしまいそうな危うさも感じさせる指し方だった。要するに、まだ若くて勢いもあるが荒削りなところもあるようだ。それは16歳という年齢を考慮すれば、むしろ当然だろう。
しかし、そうしたところも加藤の魅力になっていた。私のような素人にも明らかに才能があるのが感じられたし、彼女の真の目標である奨励会抜けに希望も抱かせる内容だった。但し、奨励会は本当に厳しくて加藤のような才能がゴロゴロしている鬼の世界である。本当にこれからが勝負なのだろう。

今回は奨励会一級という将棋界での実力の位置づけが明確な加藤が登場することで、従来やや曖昧だった女流棋士の実力が図られる結果になってしまった。そういう意味でも清水にもプレッシャーが大きかっただろう。
しかし、その問題については、従来の制度構造を考える必用がある。そもそも、奨励会というのが、例えば囲碁と比べて「プロ」になるのが限りなく狭き門の世界である。従って、特に昔に絶対数でプロ将棋を目指す女性が少なかった状況では、女性が男子プロを目指すこと自体大変困難だった。昔も奨励会にチャレンジする女性はいたが、今とは比較にならないくらい男性社会度がひどくて女性は身の置き場もない雰囲気だったらしい。
従って、女性がプロを目指すならば実質女流棋士になるしかなく、結果的に男性プロの世界と離れた世界で将棋を指さざるをえず、情報の共有化もままならず、それが女流の進歩を遅らせてきた側面もあるだろう。
清水の名誉のために言えば、例えば清水が現在の加藤と同じ年齢で奨励会で修行していれば今よりはるかに強かったはずである。そういう素材なのである。
だから、遅まきながら奨励会と女流の両立が認められたのは大変結構なことである。特に若い女性は、まず奨励会で修行しながら女流で指すというのが当たり前になるとよいと思う。そうなれば、女流の実力の進歩は現在よりさらに加速されるはずである。
今回の加藤の戴冠は女流の世界にとっては厳しい面もあったが、そのように建設的に考えてみたらどうだろうか。

清水については、ツイッターでZeirams氏が、最終局の日の朝と終局後につぶやいていた言葉を紹介しておこう。
清水さんは「背負う人」。あからの前に、奨励会員の前に。女流棋士の歴史と体面を一手に引き受けるかの如く、凛として戦いの場に赴く。戦国時代の姫もかくやと思わせるような凄絶さすら感じる。そんな清水さんが今日、初代女流王座を懸けた最後の戦いに挑む。
里見、桃子、といったあたりに何度となく「斬られ役」になってしまう清水さんだけど、何度斬られててもしゃんとしている。勝者の価値を高めるのは、美しい敗者の有り様なのだと思った。捲土重来を期待します。
何も付け加えることはない。

加藤について。将棋も勿論だが、その人間も魅力的である。素直な明るさと伸びやかさと、勝負師の卵らしい垣間見せる強気と、少女らしいお茶目の混在。何もかも自然でフツーなのだけれども、それが得がたいキャラクターの非凡になって眩い光を放っている。ある方はツイッターでこのように表現されていた。
ももこちゃんって、小学校を休んだ日の夕方、宿題のプリントとか給食のパンとかを届けにきてくれる同じ町内の同級生っぽい。なんかなつかしい感じがする。
加藤については、将棋世界などで最近とりあげられているのだが、彼女も―谷川や羽生同様―素晴らしい家族の支えがあったようである。最後にそれらを幾つか紹介しておこう。マスコミが食いついて彼女の邪魔にならないか心配だが、将棋連盟は彼女が本当にプロ棋士になるまではそれらの攻勢から彼女を守る姿勢で奨励会に専念できるように配慮していただきたいものである。
(おばあちゃんとは)よくケンカするんです(笑)。お互いにガンコで気が強くて、すぐカッとなります。ケンカはするんですが、いつも私のことを応援してくれていて、家事全般も祖母がやってくれています。
(お父さんとは)親子でペアマッチに出場したのがよい思い出です。不安だった私の手をずっと握ってくれていました。小学校5、6年生くらいの時です。
私がガンコで戦法のことでちょっと言い合いになったときには、あんまり言うことを聞かないもので、素直になれって、生涯ただ一度のビンタをされた思い出があります。(以上将棋世界12月号より)
(奨励会入りはお母さんの意見も大きかった。)私はまだ小学生だった桃子の人生を女流棋士として決めてしまうのは早いと思った。主人がそうだったように、奨励会なら、いずれ将棋をやめるという選択肢だってある。その方が道が広いと思ったのです。(将棋世界1月号より)
毎朝、父の遺影に手を合わせて家を出る。前は「がんばります。力を貸して」と呼びかけたのが「勝ってきます」に変わってきた。(朝日新聞12/13より)
(あくまでもプロ棋士が第一目標ですか?)はい。父との約束ですし当然です。(将棋世界12月号より)

局後の記者会見で、彼女は「趣味は将棋なので……。ええと、好きなことは、食べること歌うこと寝ることです。」と言っていた。
加藤桃子16歳。

渡辺竜王八連覇 2011竜王戦第五局 渡辺竜王vs丸山九段

竜王戦中継サイト

後手丸山の作戦は今回の竜王戦の命運をかけた飛車先不突き一手損角換わり。第三局の進行を辿って丸山忠久が先に変化した。さらに8筋の突き捨てから△7五銀と動いてきたところに渡辺明が打った▲4六角が好手だったようで、丸山は△7三角と手放して受けざるをえなかった。
渡辺は▲4六角にも、さほど時間を使ってないが本局に限らず(相対的には)定跡が整備されてない飛車先不突き一手損の形で、その場にうまく適合する指し手を決断よく導き出して毎回初日からペースを握った。
丸山が戦前予想された横歩取りを捨てて竜王戦で採用した秘策ともいえる飛車先不突き一手損だったが、渡辺の対応力の前に全く効果を発揮することが出来なかった。定跡が隅々まで整備されている横歩と比べると、この飛車先不突き一手損は採用者も多くはなく(あくまで相対的には)未開分野で力勝負になりやすいが、むしろ渡辺の局面把握能力の明るさを引き出してしまって逆効果だった。やはり横歩の定跡の穴とか裏をつく作戦の方が良かったのかもしれない。というのは結果論だが。
後手三局でいずれも初日から先手優勢(気味)になったのでは、現在の渡辺の充実ぶりを考えると、あまりにも苦しかった。戦術的には、これが今回の竜王戦の一番のポイントだったと思う。
また、激しく行く▲5五角と穏健な▲3五角の二種類あるところで、腰をおとして考えて封じ手にしたのも、渡辺らしい「封じ手巧者」ぶりだった。
両方あるので丸山は両者の対策を考えなければいけないし、渡辺は▲5五角と決めておいて本譜のように激しく一気に決めに行くか▲2五桂とするかなど一晩熟慮出来る。
二日目は、いつ将棋が終るかという雰囲気だったが、丸山も意地と底力を見せて△5一金など独特な粘り方をみせてかなり追い上げた。△8三飛のところで△8六歩としておけば難しかったそうである。但し、難しいにしても今回の渡辺の終盤の切れ味を考えると、やはり竜王に分があったような気もするが。
結果的には渡辺のいいところばかりが目立った磐石の防衛劇になった。丸山は、先手の角換わりのスペシャリストとして序盤の駆け引きでは渡辺を少し上回ったようにも思えるが、それが直接勝ちに結びつく形ではなかったのが惜しかった。△6五歩型は、ベストの形で仕掛ける、あるいは仕掛けさせない為のせめぎあいだけれども、例えば相腰掛銀先後同型のような勝敗に直結するところまでの一直線の定跡ではない。渡辺の角換わり後手で
の△6五歩型も、やはり手強いという印象が残った。

これで渡辺は八連覇。これからさらに脂が乗り切ってくる年代で、どこまで連覇が続くか分からないような竜王戦での強さである。
しかし、渡辺も最初からこんなに強かったわけではなく、森内から竜王を奪取した際には、まだ当時では実力的には少し森内が上かというところを△8五飛戦法を駆使して、また若さに似合わぬ度胸の据わり方と勝負強さでワンチャンスを見事にものにした感じだった。
同じく将来を嘱望されていて既に実力もトップクラスと思われる豊島将之が昨日の王将戦プレーオフでチャンスをものに出来なかったのと対照的である。やはり将棋の実力以外にメンタルなどを含めた総合的な人間力が大切なのかもしれない。もっとも、豊島はその実力の高さは誰もが認めるところなので、単に出世のスピードが遅れただけに過ぎず、必ず頭角を現してくるはずである。
さて、渡辺はその後も羽生世代の挑戦を次々に受けてきたが、特に初期は毎年挑戦者有利の前評判だった。今の渡辺では考えられないことかもしれないが。それを毎回実際には、深い研究や封じ手、持ち時間の使い方などを含めた細かい意識的な戦略や、持ち前の勝負度胸を用いて、その力を余すことなく発揮することで毎回下馬評を覆してきた。それを積み重ねるうちに、いつの間にか現在の誰もが認める力を蓄えてきたのだ。
だから、渡辺は天才型というよりは、むしろ努力型なのかもしれない。なぜ竜王戦だけで勝てるのかと久しく言われ続けて来たが、それは単純に言うと実力がそれくらいだったのだが、毎年他棋戦の結果にめげずに精進を続けているうちに本当に竜王にふさわしい実力を涵養してきたのだと思う。具体的には、羽生世代よりも一時期本当に苦手にしていて全く勝てなかった久保や深浦を最近は内容的にも圧倒しているのがその証拠と言えそうである。
逆に言うと、竜王戦の初期の厳しい状況を毎年乗り切ってきたのも渡辺らしい。二日制なので、封じ手、時間の使い方、思考のペース配分、食事やおやつのとり方に至るまできめ細かく意識的に戦略をたててそれを実行してきた。本来持つ実力以外に補うことが出来る部分を全て出し切っているような気がする。先ほどの話の総合的な人間力が渡辺の場合は高くて、世代交代といわれつつも今でも本当に羽生世代を倒しているのが彼一人というのもその辺と関係しているのだろう。実力だけなら彼とほぼ遜色ない若手もいるが、彼らとは人間的な線の太さに差を感じてしまうのである。
そういう、もともと人間的な力では申し分ない渡辺が、ついに将棋自体の実力も上り詰めて来た。本当にこれからが恐ろしいような気がする。

さて、一方の丸山挑戦者。
渡辺とは全く別種の人間的総合力で我々を魅了し続けてくれた。竜王戦と言えば渡辺の庭である。対局上我が家のようにリラックスして振る舞い、時には率直過ぎる物言いで対局相手を苦笑させ(特に初期)、傍若無人ともいうべき大胆な振る舞い、肉料理をがっつり食しおやつにはケーキをしっかり平らげる食欲等々で、盤外ではすっかり竜王ペースになるのが通例であった。
しかし、今回の挑戦者には全く渡辺の流儀が通用しなかった。渡辺のはるか空の上を行く食欲で度肝を抜き、対局態度もマイペースそのもの。と言うか食べ物の話ばかりで恐縮だが、丸山にとって深刻な苦しい場面でもカツサンドや南国の果物で栄養補給することに余念がないのだった。
例えば、第四局の夕方のNHKBS放送で、島朗と山崎バニラさんが解説している間に、丸山が夕食代わりのレーズンパンをモグモグする姿が映し出された。カメラが大盤に戻って島の解説が続いて無事終了。
さて、カメラが対局上に戻ると、丸山はまだ食べ続けていて新しいレーズンパンに手を出しているではないか。島が急遽、丸山の食事の解説も始める。
「これが結構終盤の急所の一打になるんですよぉ。これがですねぇ、渡辺さんが結構苦手としている丸山さんの旺盛な食欲なんですよ。食べっぷりもいいですねぇ。この時間帯は棋士の食欲が一番落ちる時間ですねぇ。終盤で。ここでものを食べるなんて考えられない人が多いと思いますよ。丸山さんの強みですよねぇ。しかも、楽しそうにおいしそうに食べていますからね。渡辺さんの視野の先に丸山さんの食欲が入っているでしょうから。丸山さんは意図していないんで盤外戦術ではないです。でも気にはなると思います。竜王がかつてなかった相手であることは間違いないですね。しかし、すごいもんですねぇ。この一番大変な局面でこれだけ食に集中できる精神力はすごいですよねぇ。」
島朗、渾身の名解説である。将棋の解説よりはるかに冴えていたと言ったら怒られるだろうか。しかも、そんな島の名解説をあざ笑うように丸山は延々とモグモグし続けたのであった。記録の門倉啓太がチラチラと丸山を見やり、丸山が食べ続ける前で渡辺が前傾姿勢で必死に読むシュールな絵であった。
第四局では朝にふぐちりを食して驚かせた丸山だが、本局でも昼食に蟹の丸揚げを含む中華フルコースを注文した。後手の丸山が相当苦しいとされていて、しかも負ければ竜王戦が終る局面である。さすがに、私もあまり食べられないしおいしくはなっかただろうと思ったのだけれども、島解説を敷衍すると、実はおいしく悠々と平らげたのかもしれない。
しかし、丸山は夕食になると豪華な食事にもあまり手をつけずに飲み物をとるくらいだったそうである。つまり丸山は単なる食いしん坊の大食漢ではなく、あくまで将棋の思考の為の栄養補給であって、食べようと思わなければ食べないでもいられる鉄の意志の持ち主なのだ。そして、周囲の目など一切気にせずに対局の為ならどんな手段も講ずる。冷えピタだって頭に三枚貼るのだ。本人にとっては、ベストを尽くして対局に専念するための真剣そのものの行為である。ただ、それが見ている周りの人間たちにとっては、たまらなくおかしいだけである。上質なコメディの条件である。そして、観る者は思い切り笑いながら、そのコメディを演じている人間の真剣な極上の芸にひそかに敬意を抱くのだ。決して馬鹿にした笑いではない、健全で根源的な笑いである。
丸山自身は常に真剣である。だから、笑いを呼ぶこともあれば、感動を呼ぶこともある。例えば、伝説の村山聖との深夜にまで及んだ順位戦の激闘。村山の体調は最悪だったが、丸山は厳しい指し手を延々と続けた。見守っていた村山の弟弟子の増田裕司には丸山が鬼に見えたそうである。しかし、結果的にあの対局は伝説として語り継がれている。
丸山にとっては、夕食代わりにカツサンドをモグモグやるのも、村山と死闘を繰り広げるのも、全く同一次元の真剣そのもの営為なのである。
今回もまた丸山が真のプロフェッショナルであることを改めて確認したシリーズであった。勝負には負けたが、多分或る意味では渡辺が初めて完敗した挑戦者だったといえるだろう。



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