2012年02月

中原誠編 山田道美将棋著作集第八巻 随筆 評論 詰将棋

最近亡くなった北杜夫のどくとるマンボウシリーズに「どくとるマンボウ青春記」というのがあってとても好きだった。
旧制高校時代の北自身を含む真剣そのものだがそれがそのまま滑稽であるような青春時代を描いている。彼らは難解な哲学や高遠な文学に真剣に取り組み、それに嘘はないのだが、北杜夫の作家の目がそれを客観視して茶化す。但し深い愛情をもって。そういう現代とは全く異なる青春を送る学生がいた時代が存在した。
北杜夫は1927年生まれ、山田道美は1933年生まれである。6歳差。この山田が遺した随筆を読んでいて、ちょっと「青春期」を思い出してしまったのである。
山田は当時のプロ棋士らしくなく、ドイツ文学を愛し(ドイツ語の原書も読みこなしたらしい)、クラシック音楽を好み、将棋という職業の意味を愚直なまでに真剣に考えていた。その、真摯すぎる思考の記録が随筆等の文章に残されている。
例えば、山田は単なる将棋指しでいることに疑問を持って、生きることの真の意味を考えて、シュバイツァーを見習って医師としてアフリカに渡って他人に尽くして生きようと決意したりもする。真夏の炎天下を歩いたりもした。実際には断念することになるが本気だった。
師匠の金子金五郎は当時の将棋の名解説者として現在でも知られている。同時に引退後には出家して仏の道を歩んだ変わり種である。この師匠にしてこの弟子ありなのだが、二人が将棋という職業の意味について語り合う。
人を負かすことで成立する棋士という存在にたいする疑問。人によっては青臭いと笑うかもしれないがこの師弟は真剣である。そして、それが大層好ましい。
 私は、また聞いた。
「今、ボクは将棋を指すことがそれほど楽しくない。苦行であることすらあります。しかし、一体将棋は苦しむに値するものですか。もし、将棋が何らかの意味をもち、苦しみに値するものでしたら、名人、八段にならなくても、ボクは努力をする勇気が湧くのですが・・・・・。」
 老僧は、ちょっと困惑した表情をみせたあと、静かに言った。
「どんなことでも、苦しみに値するだろうね。」
 この答えはずっしりとした重みがあった。禅問答なら、明かに私の負けである。
このような調子で理想主義的な求道者としての情熱や絶望が、率直過ぎるくらいに語り続けられるのである。
その考え方は、いはゆる「大人」は冷笑的にバカにしてしまうかもしれないが、私にはそれがすごまく新鮮に感じられた。こういう真っ直ぐな性質のまま、大人になっても生き続けられている山田のことが、ちょっと羨ましくなるのである。
当時の棋士の世界を私はよくは知らないが、本などで読むとある意味純粋ではあっても、「あまりに人間的な」世界だったようである。当然、山田のような人間は浮きまくっていたことだろう。
しかし、山田にも気の置けない棋士仲間はいた。加藤一二三である。彼とは、ある時は将棋を真剣に語り、ある時はバッハの「ロ短調ミサ」のレコードを貸しあい、まるで文学の白樺派のような交友を繰り広げているようである。
基本的には大変真面目な文章だが、時にはその加藤一二三の結婚をめぐる微笑ましいエピソードも軽妙な筆致で語られている。
また、大山将棋を分析している文章も興味深い。ここでは、一部分だけ引用しておく。最近羽生善治がよく言う「大山先生は手を読んでいなかった。大局観だけで指していた。」という話を、もう少し具体的に補う証言とも言える。
要するに広く、浅くという形で思考線が非常に短いのが特徴である。長考しても一つの筋だけを深く読むのでなく、短い思考形式で広く読んでいる。

さて、最初に述べた北杜夫の場合は、自分の青春の真剣さを突き放して冷徹に見つめて笑い飛ばす作家の目が常にあった。しかし、山田の場合は大人になっても青春時代の延長で、真剣そのもののまま突っ走っている。
普通に考えると、北の方が大人だし成熟していると言えるだろう。
しかしながら、私にはそういう山田の愚直すぎるくらい愚直で真剣な姿が好ましくて仕方なかった。そんな生き方を現代でしても笑われるだけだろう。だが、そういう真面目な本質的な問いをする姿勢こそが、現在の日本の「現実主義」で何も変わらずにズルズル全てが流れていく状況に必用なのではないだろうか。
もうやめよう。山田の真剣さが私にまでうつって柄にもないことを言わせているようなので。
山田道美は「血小板減少性紫斑病」という珍しい病気で36歳の若さで亡くなった。この文章を読んでいると体だけではなく精神までも激しく燃え尽きて去ったようにも思えてしまう。

2012 棋王戦第二局 久保棋王vs郷田九段

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第二局棋譜

久保利明の初手▲7六歩に対して郷田真隆は△3四歩で、久保得意の石田流を受けてたった。二手目△8四歩だと先手中飛車になってそれも久保の得意形だが、最近はそれに対する居飛車の研究が進んで、なかなか久保も石田流を指させてもらえない印象があった。
勿論、どちらも大変有力な戦法だが、やはり久保のきわめて個性的でユニークな石田流のイメージが強烈である。
それに対して郷田も王将戦で挑戦中の佐藤康光も、相手の最強作戦を受けてたって撃破したがるところがある。二人とも猛威をふるっている丸山忠久の先手角換わりを一時期堂々と受け続けていた。
しかも、王将戦第四局の佐藤も本局の郷田も早々に△8五歩と突きこす形。これは久保得意の空中戦、乱戦になりやすくて、最近は飛車先を突くのを保留して先に玉を囲うケースも多い。二人とも挑戦者が正面突破型なので面白い将棋を観ることが出来ている。
王将戦第四局と同様に進んだが、先に手を変えたのは久保だった。いきなり▲7四歩と突っかけて▲5五角。こんな単純な攻めでいいのだろうかという思い切った仕掛けである。しかし、こういう一見素人っぽい攻めが出現するのが現代将棋だし、軽いフットワークで動く久保将棋の特徴でもある。
久保も当然十分研究した上での採用なのだろうが、郷田がそれに対して出した答えが見事だった。
△6四銀に▲8四飛とはまた過激だが、ツイッターで教えていただいたところによると「久保の石田流」にもほとんど同じ形でこの変化が書かれていて、以下△同飛▲2二角成△4四角▲同角成△同歩と本譜と同様に進んで以下▲9五角△8二飛打▲2二銀で、先手が少しいいという久保の判断だそうである。
実は控え室の山崎隆之もこの順を指摘していたが、ニコ生解説の森下卓は「山崎流の▲2二銀もなんか切ないですね。さすがに後手がイケてると思うのですが。私は後手持ちです。」と評していて面白い。
これはどちらが正しいかということではなく大局観の問題である。むしろ「普通の」感覚、特にある程度の年代以上の居飛車党なら森下の意見に組するのではないだろうか。しかし、久保はこういうあまり筋がよろしくない変化もきちんと踏み込んで考えて指せると考えられるのが強みなのではないだろう。どちらが勝つかは、久保vs森下で実際に戦ってみていただくよりない。
久保が▲9五角としなかったのは、少し後の感想コメントで△9四飛とされて飛車を取りきれないとあるので、それを嫌って▲2二角と変化したのかもしれない。
▲2二角に対して森下解説では、まず△3三角▲同角成の後同じように王手飛車をかけて取ったあとに▲2一飛とすれば先手もまずまず、従って▲2二角には△4二金とするという解説だったようだ。以下、▲1一角成に△3三桂としておいて、先手は銀香と角の二枚換えだが後手も馬を閉じ込めてどうかというところだろうか。それでも、普通の感覚だと後手をもって十分指せそうな気もする。
しかし、郷田の思い描いた構想は全く異なっていた。
まず、△8六歩を入れておいてから、がっちり△1二飛と自陣飛車で受けて馬を追い払う。こうすれば先手は当然桂馬も香車も拾うことが出来ず駒損確定である。
しかし、それだけでなく郷田は十字飛車の筋を活用して飛車を盤面一杯に転換して△4二に据えて久保玉の玉頭を直撃する形をつくりあげた。
単に自陣飛車を打って受けるだけでなく、盤面全体に目配りして支配する形に仕立てあげたセンスはちょっとしたアートである。いかにも本格居飛車正統派の郷田らしい美しい対応だった。
久保も、時としてこういう思い切ったことをするのが長所だが、こんなに見事な答を出されては脱帽するしかないだろう。
残る課題は、△1二の飛車をどう働かすだけだが、それも郷田は3筋をのばして二枚の飛車を綺麗に活用して、あとは郷田が久保玉を粉砕するのを見守るだけになってしまった。
郷田の会心譜である。
二人とも全く逃げないタイプなので次局以降も潔い将棋が観られそうである。

ニコ生解説の質問コーナーで、森下が丸山忠久の健啖ぶりについて話していた。竜王戦での旺盛な食欲も記憶に新しいところである。
森下が直接聞いてみると、丸山はあれはストレスのせいだと答えたそうである。確かに丸山は、対局後はドリンクを口にするくらいであまり食べなかったと聞いた。
つまり、人間には二通りあって、ストレスがかかると一切ものが喉を通らなくなるタイプと、逆に過食してしまうタイプがいる。実際に絶食症と過食症という対極の症状が存在するのだ。
だから、竜王戦で朝ふぐちりを食したのも昼食で中華フルコース蟹の丸揚げ付きを注文したのも、猛烈にパパイアマンゴを平らげたのも、ヒレカツサンドを既に夕方からモグモグゃっていたのも、全て対局の過酷なストレスゆえだったのかもしれない。すっかり面白がっていた私はちょっとばかり反省させられたのである。
しかしながらだ、待てよ。本当にストレスと言うなら、並の人間なら将棋で負けてしまったら、その後ヤケ酒ヤケ食いに走るのがむしろ普通ではないか。丸山は負けても恐らく顔に微笑を浮かべて静かに飲み物のみとっていたのだろう。豪華な食事類とアルコールの強烈な誘惑に囲まれながら。
丸山のストレスによる過食というのは決してウソではないだろう。しかし、恐らくそれは自分でコントロール不能なものではないのだろう。対局時のみは仕方ないからどれだけ食べてもいい、しかしそれ以外ではきちんと節制するという鉄の意志が一貫して働いている。
その辺が我々凡人と丸山のような一流棋士たちを分かつ点なのに違いない。

2012 王将戦第四局 久保王将vs佐藤九段

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第四局棋譜

まずは、前局の「勝者罰ゲーム」を紹介しておこう。毎回力作揃いだが、今回もなかなかの出来であった。

スポニチ将棋 王手かけた佐藤九段 アウェー次局も「マイペースで」
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さて、第四局。先手が久保利明で、後手の佐藤康光は石田流を受けてたった。
第二局では佐藤は相振りにしていたし、最近は二手目△8四歩として先手中飛車を誘導するケースも多い。
しかし、佐藤は最近の順位戦で先手久保の石田流に敗れていることもあり、三連勝していて少し余裕があることもあり、久保の石田流撃破を目指したのかもしれない。
久保の時間差の▲7六飛から▲4六角と先に角を手放して久保らしく積極的に動いていった。しかし、そのまま攻め続けるのではなく▲5六歩などじっと待っておく曲線的な指し回し。すぐに攻めがなかったからかもしれないが、このように辛抱もできるのが久保振り飛車の奥深さなのかもしれない。
佐藤も「やってこい」と言われて待つタイプではないので、△5七歩や△8七歩と歩を投資して角を打って馬を作ったが、久保にじっくり辛抱されてみると意外に手がなくそれほど成果があげられなかった。
局面が進むと、歩を投資したために、持ち歩が一歩で受けにくく、佐藤が苦しそうな局面に。
今度は久保が▲8三歩と垂らして攻めに行ったが、佐藤はじっと▲2六歩とされていると苦しいと感じていたそうである。確かに、それまでの進行を考えるとそれが首尾一貫していたのかもしれない。例えば、大山康晴ならそういう指し方をするのかもしれないが、久保も基本的には手がある時には動く棋風である。
しかし、佐藤も桂馬を△6五桂と跳ねるとなかなの迫力で、再び分からない感じに。▲7二とをきかせて△5一銀とさせたのが、後に▲6六桂が跳ねた後に銀あたりにならなくて良くなかったなど難しすぎる。
他にも色々選択肢があったようだが、佐藤は既に時間が切迫しており、思い切って大捌きに出た。佐藤も捌けるが、久保の方も思う存分捌けて、▲3三角成ときって後手玉を弱体化させた辺りでは、先手が勝ちそうにも思えた。
しかし、佐藤も△6九馬から△5九飛打ちと迫力満点に勝負に出たが、△3一金打と受けに回ってしてたために、久保に飛車と馬を次々に金で取られてしまって勝負あった。
以下、101手目の感想戦棋譜コメント
※「当然金打つしかなかったですね」(佐藤)。佐藤は△4八金に(A)▲5九金△3九角▲1八玉△3八金で勝ちだと思っていた。だから飛車を打って踏み込んだ。以下▲2一飛打△1三玉▲1一飛成△1二銀合でどうか。そう進めば確かに後手が勝ちそうだ。
検討の結果、△4八金に▲5九金ではなく(B)▲1三銀△同玉▲1四歩△2四玉▲1五金△3五玉▲5九金(▲4五飛以下の詰めろ)で先手が勝ちと結論づけられた。
久保は残り15分で対応できたかどうか。ともかくも、実戦的には△4八金が優ったか。
△4八金が予定だったが、佐藤も秒読みに追われながら、先手の▲1三銀の筋が見えてしまい、慌てて仕方なく読みをあまり入れずに△3一金打として分かりやすくなってしまったということだろうか。やはり時間切迫が響いた。ついでに言うと、久保レベルならばその局面になればきちんと勝ち筋を見つけたような気もする。
とはいえ、結果的には実現しなかったが、佐藤流の勝負手は大変迫力があった。大逆転した第二局といい、佐藤の終盤の状態は決して悪くないように思える。
久保の方も、中盤で辛抱して難解なねじりあいに持ち込んだのが結果的には勝因になった。二人とも大変腕力が強いせいか、派手な展開になることもあるが、お互いに力を消しあって大変複雑で難解なプロらしい将棋になることも多いと思う。
次局は久保の後手。久保ゴキゲンに対して、佐藤流の「天空の城▲5七玉」や「天空の銀トライアングル」が出て佐藤がペースを握っているが、もし久保が踏ん張って一番入れると、その次は久保先手で分からなくなる。3-1のスコアでも、それほど佐藤にも余裕はないのだろう。従って次の第五局も大変大切である。

佐藤は今回、トマトジュースを食事やおやつに連投し続けた。二日目の食事の写真を見ると、トマトジュースにトマトスープ、さらによく見るとサラダにもトマトつきでトリプル・トマトの念の入れようである。
これは鰻などを連投する加藤一二三へのリスペクトの現われだとか、いややはり同世代の丸山忠久のパパイア、マンゴに対する並々ならぬ対抗意識に違いないとか、いやトマトのリコピンが風邪予防にいいと聞いたのだとか、いや奥さんがトマト美容法に凝っていて今でも今でも佐藤家はアツアツなので奥様と同じことをしたくなったのだとか、いや佐藤の先祖がトマト農家に何か悪さをしてそのタタリだとか、様々な憶測を呼んだのだった?
これを見た、カゴメやデルモンテが佐藤をトマトジュースのCMに起用してくれないだろうか?いやいや、ただ待っていてはいけない。連盟はこの中継ブログの写真の数々を資料として添付して売り込みに行くべきだ。その際、参考資料として冒頭のウナギ写真も佐藤のサービス精神とプロ根性の証拠として提出することを決して忘れてはならない。



2012 王将戦第三局 久保王将vs佐藤九段

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第三局棋譜

後手の久保利明のゴキゲン中飛車に対して、先手の佐藤康光は超速▲3七銀。久保は棋王戦でも採用したばかりの△4四銀対抗型。
佐藤の対策は穴熊ではなく、左銀も中央に繰り出す二枚銀だった。
羽生善治が、昨年の王位戦第三局で広瀬章人相手に採用しているし、NHK杯でも連採している。その他にも前例が多いそうである。
久保は将棋世界の連載で、この△4四銀型は先手に穴熊を許すが相穴熊でゴキゲン側も指せるのではないかという見解を述べている。△4四銀型は着実だがすぐに捌きづらいので先手に穴熊にする権利があるわけでゴキゲンはさの対策が当然必要だが、それに目途がついたら今度は二枚銀。様々な対策が居飛車側にあるのでゴキゲン側も対策を練るのが大変そうである。
もともと△4四銀で中央に備えているので二枚銀を繰り出してもいきなり△5五歩を取れるわけではないが、後手も捌きづらいのでじっくり押さえこんでしまおうという発想なのだろうか。
しかしながら、前例は多くてもその後の佐藤の展開は彼だけの佐藤ワールド全開だった。
まず▲9六歩では▲1六歩も多く、羽生もそうしていた。本譜の順で△1五角と飛び出すのをあらかじめ防ぐためである。
押さえこむという発想だとそれが普通だが佐藤は敢えて後手の捌きを挑発してそれで指せるという研究だったようだ。強気な佐藤流である。
久保も決してひかないタイプなので戸辺新手の△5六歩から気合よく動いて△1五角と出た局面は普通に考えるとゴキゲンにも不満がなさそうにも見える。
ところが、佐藤は馬をつくられても5筋をおさえこめば十分指せると考えていたようである。そしてその大局観が正しかった。考慮時間から見て▲5三歩あたりまでは想定範囲だったようである。
後の「天空のトライアングル」も目立ったが、▲1六歩の挑発から、やはり強気に▲4五桂と跳ねて力でおさえこんでしまう発想がいかにも佐藤流だった。しかし、▲6八金右と寄っておいて▲5八飛をつくっておくところなどは緻密流でもある。
以下、馬をつくられて攻められても、▲5三歩▲5八飛▲5四銀ととにかく5筋を死守する方針は首尾一貫していて合理的とも言える。
いかにも佐藤流の力強い指し回しだった。しかし、天空の城▲5七玉は真似しづらいかもしれないが、この佐藤流の対策は他の棋士も採用しやすい説得力があるようにも感じた。
久保の封じ手の△5六桂も結局取られてしまったので何か誤算があったのかもしれないが、佐藤は「天空のトライアングル」と中継で評されていた銀三枚の中央のスクラムで完全に後手をおさえこんでしまった。第一局の▲5七玉の「天空の城」に続いての珍形である。たまたま、控え室には両局とも「天空の城ラピュタ」マニアの神谷広志がいた。
以下、久保も必死にくいついたが簡単に攻めをきらされてしまう。プロ的には大差を通り越して将棋が既に終ってしまっていたようである。
これで久保は星的にも苦しくなったが、それ以上に佐藤の独自のゴキゲン対策に序盤で苦慮しているのが痛い。希望の星の△4四銀対抗型でも、この二枚銀への対策が至急必要になった。同時進行の棋王戦への影響も大きい。
という大変な状況だが、久保のスポニチ勝者罰ゲームも一度はみたいところである。
なお、本局の佐藤の勝者罰ゲームは明朝のスポニチ紙などで見られるはずである。

2012朝日杯 羽生善治二冠が優勝

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決勝棋譜

最近はニコニコ動画さんが、さかんに将棋中継をしてくれていて、昨日の朝日杯の準決勝と決勝も、木村一基と本田小百合による大盤解説を完全中継していた。お二人による絶妙な掛け合い漫才?を楽しみながら、羽生さんたちの将棋も満喫できる。いい時代になったものだ。

準決勝の羽生善治vs菅井竜也は、後手の菅井のゴキゲン中飛車に対して、羽生の超速▲3七銀。菅井新手の△4四歩に、羽生新手の▲7八銀という展開。
菅井新手は久保利明も連採したが、佐藤康光の「天空の城」▲5七玉の剛直な対策と、羽生の▲7八玉の自然流の柔軟な対策に連敗して往復ビンタをくらってしまった。しかし、菅井は今のところ負けてないし、朝日杯の行方尚史戦でも勝ったばかりである。
本家による菅井新手に対する羽生の対策が注目されたわけだが、この▲7八銀は関東の一部で研究されていたそうである。関西の菅井は全然知らなかったらしい。最近は、関西の研究が関東を上回っているとも言われるが、関東が意地をこみせたか。しかも、それを採用したのが、もはやベテランの域に入った羽生だった。
その7八の銀を繰り出して右銀と協力して天王山をおさえこむことに成功した。もともと、ゴキゲンに対してある二枚銀作戦の応用で、別の△3二金型でも同じように二枚の銀が協力して▲5五を制圧する形が出てくる。
結局菅井が△5二歩と屈服した形はいかにもつらそうで、居飛車の大作戦勝ちである。菅井新手に対する決定版にもなりそうな見事な羽生の序盤戦術だった。関西の若手の代表的研究家相手に、こうして40を超えても研究負けしない羽生には本当に驚かされる。
その後、菅井がうまく勝負に持ち込んで、感想戦ではむしろ菅井よしの変化まで指摘されていた。しかし、勝負手を逃したために、最後は羽生が落ち着きを取り戻して最後は冷静に勝ち。激辛とも思える厳しい勝ち方だが、最後本当に勝つまで決して気を緩めない羽生流の仕上げである。
もう一局の郷田真隆vs広瀬章人は、先手広瀬の四間穴熊に郷田も穴熊で対抗。やはり、広瀬が相穴熊のスペシャリストぶりを遺憾なく発揮してペースをつかんだが、終盤もつれて郷田にも勝ち筋があった。しかし、それを逃して広瀬が辛勝。

決勝は、広瀬の先手でやはり四間穴熊。後手の羽生も相穴熊を堂々と受けてたった。
広瀬が4筋の歩をきる形に。解説の木村が、先手は4筋の歩がきれているので、将来4筋に歩を打ってと金つくりが見込めることを指摘していた。
確かに相穴熊で広瀬がと金攻めだけで勝つのを何度も目撃している。形勢はまだ互角でも、普通の分れだと先手に分がありそうで、羽生もどうするか難しそうに見えるところに△6七銀!
狙いは7六の歩を取る一点だけ。着実だが、先手も穴熊が完成しており、ソッポを攻めるので、普通に考えるとあまり筋がよくない。
実際、恒例の準決勝敗退罰ゲームで大盤解説に加わっていた郷田も、「これは筋が悪いんですけれどね。」と率直に指摘していた。それに対して、木村がすかさず「羽生さんの指し手を筋が悪いというのですか」と突っ込んでいたことは言うまでもない。
しかし、こういう一見筋悪の手を指せるのが羽生の強さである。プロなら普通に筋のいい手を誰でも指せるが、敢えてそうではない手を見つけ出すのが一流棋士で、特に羽生はそういう嗅覚に優れている。有名な「羽生ゾーン」(2七や8三)の金打ちや銀打ちもその代表例である。
羽生は、大盤解説会での感想戦で、先手が4筋の歩をきっているので、普通にやるのでなく後手として何か主張があるように指さなければいけないと考えていたと述べていた。そのために、敢えて力づくとも思える△6七銀を選択したわけだ。一見、異筋に見える手にもきちんとした合理的根拠があるのだ。
結果的には、4筋をきって相穴熊のペースをつかみかけていた広瀬の流れを変える盤上この一手だった。
ただ、羽生も感想で述べていたが、何か振り飛車にうまい対応があるとこの△6七銀は緩手になってしまう。広瀬は▲5二銀としたが、羽生に強気に△4二金と対応されて、結局打った銀が遊んでしまった。但し、他にどういう対応があったのかは分からない。
その後は、木村と郷田がかなり早い段階で解説した順をずっと辿るだけれになってしまった。
羽生の△6六角が厳しすぎた。一度▲5二成銀として△同金なら龍で5筋を守れるが当然△3三金とかわされる。仕方なく5筋に手を戻すが、飛車打ちに底歩を打っても△5七歩からのと金攻めが受からない。やはり相穴熊ではと金をつくった方が勝つというのが鉄則である。木村が明快に解説していた通りの攻め筋になったが、分かっていても受からない。相穴熊ではこのように一度差がつくと挽回不能に陥ってしまうのだ。
去年の王位戦の相穴熊で、実は広瀬が羽生がこの逆のような形でひどい目にあわせたことがあったが、羽生が完璧な形にリベンジに成功して優勝。
それにしても、最近の羽生の順位戦や早指しの将棋での勝ちっぷりは尋常ではない。また一つ新たに何かをつかんだような気がする。普通の棋士には見えていない何かを独特の大局観で敏感にら感じ取って、気がつけば大差という将棋が多いような気がする。「ニュー羽生」の形が見えてきた、と述べたら言い過ぎだろうか。

2012 棋王戦第一局 久保棋王vs郷田九段

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第一局棋譜

郷田先手で後手久保のゴキゲン中飛車に。郷田の超速▲3七銀に対して久保は△4四銀の対抗形に。
現在将棋世界誌に連載中の「最強久保振り飛車 さばきのエッセンス」で先月からこの△4四銀型を解説している。タイトル戦の最中にその命運を握るような大切な形の講座をしているのもすごいことだ。これがプラスになるのかマイナスになるのかは分からない。手の内を明かすマイナスと相手に対する牽制になるプラスと。
今月号によると、従来△4四銀型は堅実だが捌きにくいと久保も思っていたが、最新研究によるとその後相穴熊になった場合にゴキゲン側が可能性や希望を感じているそうである。
現在のゴキゲンの最新状況を簡単にまとめるとこうなる。
1、居飛車側の対策は「超速」が大流行で決定版になりかけていた。
2、ゴキゲン側はやや対応に苦慮していて△4四歩の菅井新手などの工夫があるが必ずしもうまくいっていない。
3、従来△4四銀型は堅実な代わりにすぐにゴキゲンから動けないので居飛車は穴熊に組めて相穴熊になれば居飛車も十分戦えるという認識だった。
4、現在その△4四銀が見直されてきている。それは相穴熊でもゴキゲン側が戦えるのではないかと考えられているからである。
つまり、本局はゴキゲンの最前線の注目型で王将戦にも影響を及ぼす大切な形である。
郷田は相穴熊ではなく左美濃から銀冠にした。それが、久保の研究の指摘の通りに相穴熊だとゴキゲンも指せるとみたのか、人真似を嫌う郷田の個性なのかはよく分からない。
居飛車も穴熊ではないので、押さえ込んだり分かれでも少しよくしたいところである。しかし、本局の場合は郷田からうまい仕掛けがなかったようで、結局穴熊に組み替えて金をひきつける辛抱の手順を余儀なくされた。
その間に久保は飛車で歩をきって二歩を手にする。久保の作戦勝ちである。もし、居飛車の銀冠の作戦もうまくいかないのなら△4四銀型は有効ということになる。
それにしても、先手は歩がないのが本当につらかった。動こうにも動けずに▲9六銀から8筋で歩交換しようとしたが、久保が△7三桂と穴熊のパンツを脱いでまでして防いだのが好手だったようである。結局その桂馬を攻めにまで使ってしまった。
結果的には久保の快勝だったが、途中のそうしたやりとりは見応えがあった。郷田も自滅せずに辛抱強く指して▲9六桂から相手玉の嫌味をついて怪しくなったようにも見えたが久保が冷静にかわしたようである。当たり前だけれども久保だからこんなに簡単に勝てるように見えるだけなのだろう。
久保は順位戦に続いて勝ち。ようやく調子をあげてきたのだろうか。そもそも調子が悪かったのではなくも居飛車のゴキゲン対策に苦慮していただけなのかもしれない。この△4四銀型が久保にとってタイトル防衛の生命線になるのだろうか。
郷田は別に明確な悪手があったわけではなく、そもそも将棋のつくりに問題があったようである。その意味ではショックは大きくないかもしれないが、分かれがうまくいかないと久保相手だとやはり厳しいようにも思える。
本局を見ても、二人とも中盤から終盤にかけてよい将棋を勝ちにつなげる技術が高いので、序盤の研究がことの他重要になるのかもしれない。

ニコニコ生放送の解説は豊川孝弘。花粉症で鼻をズルズル言わせていたが朝から元気一杯だった。こんな調子で最後までもつのかと思って、昼にのぞいたら全くテンションが落ちていない。さらに夕方見ると相変わらず元気溌剌オロナミンCだった。別にダジャレがうつったわけではない。
味よしみちお、間にあわじひとしげ、あおの取るいち、はたけやま成るゆきといった棋士名ダジャレなど、技のデパートならぬダジャレのデパートあり、将棋界の面白エピソードトークあり、「ニコ様」と呼んでのニコ生運営者いじりあり、と長時間の放送でもとにかく飽きさせなかった。貴重な人材である。彼が聞き手役でトップ棋士をゲストに呼んで話をひきだすというのも見たいような気がした。「ニコ様」の役割を豊川さんがやって。
とにかくマンモス楽しい放送であった。ちなみに「マンモス」のオリジナルが酒井法子であることなど今の若い人ははたして知っているのだろうか?
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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