2012年04月

2012 名人戦第二局 森内名人vs羽生二冠

名人戦棋譜速報
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先手羽生で▲7六歩に△8四歩。この二人で先後とも矢倉か角換わりになるシリーズは本当に久しぶりである。この二人の対戦は初期の頃は(今とは大分違う)矢倉が多くて、その後様々な戦法の盛衰を反映した戦形を経てまた原点回帰した感じだ。タイトル戦といえば将棋の純文学、矢倉という世代にとってはたまらないものがあるだろう。
今回、先手の羽生は角換わりを選択。後手の森内は、羽生が角換わりの後手でよく用いている形を選択した。去年の棋聖戦や王座戦でも出ている。
角換わりは、現在相腰掛銀先後同型では後手に明確な有効策が発見されていない。角換わりの幹とも言うべき形で後手が問題なのが、後手が二手目△8四歩を指せない大きな原因にまでなっていた。
しかし、先後同型ではない渡辺明流の△6五歩型や、本局の形での後手の工夫で角換わり後手でもやれそうということになり、結果的に二手目△8四歩が復権しつつある。
第一局でも森内は矢倉の先手で羽生が得意にする形を選択していた。今回も羽生流を採用。これは、別に羽生の真似をしているわけではなく、どちらも重要な課題局面なので、名人戦の大舞台で先後に関係なく答をだそうという真理追究の側面があるのかもしれない。
羽生は、そういう点で非常に融通無碍で同じ形の先手と後手を両方良くもって来た。森内は、どちらかというと几帳面で先手か後手かどちらかよいかをきっちり見極めてシビアに選択するイメージが強い。
ただ、前局の矢倉も研究の後にまだその後力勝負という局面だったし、今回の新手△2七金も、あれで即優劣がつくというのではなく、その後打った金が働くかどうかを二人の力で競うといった感じの局面である。
だから、森内も研究一発で決めようというよりは、そういう互角の局面に持ち込んでそこから力の勝負を挑もうとしているのかもしれない。あるいは、単にそんなに研究ですぐよくなる形が簡単には見つからないだけかもしれないが。
結論を言うと、今回の新手△2七金は不発だった。結果的にあまりうまく打った金が働いたとはいいがたい。但し、羽生のどこが良くて森内のどこが悪かったかと問われると、素人の私は答に窮してしまう。羽生の指し手に特に変わったところはなくごくごく自然に対応し続け、森内の方は△4一の底歩を打ったのがどうかとされていたようだが、だからと言ってそれが致命的な悪手という感じでもないしその代替案も難しそうである。
羽生が△2七金という手の感覚的な重さを、その後の手順全体でとがめたという感じである。特に順位戦の羽生もこういう将棋が多くて、特に変わったことをしているわけではないのに気がつけば羽生勝ちの局面になっていたことが多かった。本来、本譜の手順から羽生の奥義を引き出して述べたいところだが、もしそれが出来るくらいなら私は名人戦で戦っている。という冗談は別にしても、そういう分かりにくい部分での羽生の手順の巧みさをプロの観戦記者の方々には解明していただきたいものである。
一つだけ気がついたことを指摘しておくと、▲6六飛成としたところでは当然桂を拾う▲8一飛成も自然だったが、あせらず歩を払って飛車を成りかえる順を羽生は選んだ。手の優劣自体は難しいかもしれないが、最近の羽生は決してあせらずに息長く指すケースも多いように感じられる。勿論、一気に決められる場合は当然踏み込むのだが、慌てず騒がず着々とポイントをあげてゆく手法も以前にも増して成熟して冴えているように思える。
終盤は後手玉も入玉含みで先手もイヤなところがあったようだが、▲2七歩の決め手があって先手がギリギリの攻めをつないだ。感想コメントを見るとより簡明な決め方もあったようだが、本譜でよいのなら特に問題はないだろう。
最後は、かなりハッキリしていつ後手が投了してもおかしくないという雰囲気になった。連盟の解説会では、島朗が早々と先手勝ちを宣言していたようである。島なら、後手を持っていて投了したい誘惑と戦うのが大変な局面だったのかもしれない。実際、島の判断は的確だったようだが、森内は指し続けた。
最後の方は、ニコ生が対局者二人の様子を映し続けていたのだが、なかなか興味深かった。羽生が明確な決め手の▲5二角を打つのにも、かなり時間をかけて慎重に読みをいれる。指してから羽生が足を崩して胡坐になる。森内は本当に投了してもおかしくない局面だ。森内が居住まいを正して正座になる。羽生もそれを見て羽生も正座になる。投了か?しかし、森内は指し続ける。ちょとした心理ドラマを見ているようだった。
結局、森内は最後まで指して、羽生の▲4七銀という綺麗な最後の決め手を見て投了した。森内が指し続けたのには様々な理由が複合してのことだろう。やはり名人戦で最後まで諦めたくない、ダメと分かっていてもどこかで何かが起きるのを期待する深層心理も少しは働いていたのかもしれない。しかし、森内レベルなら羽生が絶対間違えようのない局面であることは百も承知のはずである。だから、うまくいかなかった本局を振り返りながら、最後の投了図を美しく収めることも考えていたのかもしれない。最後の綺麗な投了図は、この二人の関係ならではで、勝とうとする両者の激しい意志と共に棋譜を二人で共同して芸術として仕上げようという意図が絶妙のバランスで表現されてたような気もする。
激しい戦いには違いないが、やはり羽生vs渡辺とはかなり趣を異にする。森内は羽生が参加したチェスイベントに当日姿を現したそうである。

今回もニコ生が完全中継していた。本当に棋士は喋りも達者である。山口恵梨子が二日を通じて聞き手をつとめ、攻めの棋風で佐藤康光と鈴木大介に鋭く切りこみ、二人の楽しい話をひきだすことに成功していた。彼女は将棋の方も相当の攻めの棋風だそうで、ある時には「まるで(日本近隣の某国のミサイル名)のようだね。」と言われたそうである。
鈴木は元々流暢な喋りである。森内と野球をした話をしていた。鈴木がピッチャーで森内はサード。二死満塁でピンチ。鈴木がなんとかサードゴロに打ち取って、やれやれと思ったら、森内が見事にトンネル。森内がマウンドに来て「あっ、だいちゃん、ごめんごめん」と謝り、鈴木も「えぇ、いやいや」と一応答えた。しかし、その後鈴木は大崩れしてしまい大炎上したそうである。
佐藤はそんなにオシャベリというイメージはないが、独特のとぼけた話のスタイルが絶妙であった。
ある時、免許取りたてで運転したくて仕方なかったので、森内を強引に誘って羽生のタイトル戦に出かけた。対局が早く終わり、羽生、森内を乗せて佐藤の運転で帰ってきた。
佐藤は高速にのるのが初めてだった。しかも、あの道が狭くて車がビュンビュンとばしている首都高である。左右にフラフラウロウロする佐藤車を横目に、あらゆる車が左右からドンドン抜き去ってゆく。佐藤は運転に必死だ。しかし可哀想なのは羽生と森内である。顔面蒼白になった。
佐藤曰く。
「その後、二人は二度と私の車に乗らなくなりました。」
(あの低音の真面目な口調で決してふざけずにポツリと言う様子を想像していただきたい。)
ある時、オーストラリアの海に海水着をつけて出かけたが、生憎眼鏡をとるのをスッカリ忘れていた。
佐藤曰く。
「波が来まして、気がついたら眼鏡がなくなっていました。」
「同行の方々は『大丈夫ですか』と口々に言うのですが、明らかに皆さん笑いをこらえるのに必死でした。」
「波は来るものなんですね。」
海では確実に波は来ますから、佐藤先生。
佐藤の愛妻家ぶりと娘さんへの溺愛ぶりといったら・・。もう私にはここに書くことなど到底不可能だ。

第三局の初日の解説者は加藤一二三である。

チェスで羽生善治がナイジェル・ショートと引分け

日本を代表するチェスプレイヤーで全日本チャンピオンの小島慎也さんが主催したイベントCheck Mate Loungeで、羽生が世界的チェスプレイヤーのナイジェル・ショート氏と二面指しながら引き分ける快挙を成し遂げた。

NHKニュース 羽生2冠 チェス名人と引き分け

対局はショートと羽生・小島が二面指しで戦う二面指しで行われ、手番は羽生、小島ともに後手の黒番。(囲碁と違って白が先手で黒が後手。)
英国人のナイジェル・ショートは世界のトッププレイヤーで、チェスの世界ランキングでは51位。一方、羽生さんは日本では1位だが世界的では2828位と大差。
チェスでは将棋と比べると、はるかに引分けが多いがこのランキング差を考えると、やはり大変なことである。
この対局の模様はニコニコ生放送でも伝えられ。当日私も見ていた。私はチェスが全く分からないのだが、当日は初心者向けに分かりやすく解説されており、その私なりの要約は以下のような感じ。
ショートは普通使われない定跡を用いて何をしてくるか分からないが、羽生相手にはわりとオーソドックスな作戦を採用してきた。
左辺で激しい駒の取り合いになり駒数が減ってお互い駒数が8個ずつになった。将棋で考えると大変な少なさで引分けになりやすい展開になったとも言える。
但し、羽生が感想戦で述べたいたが、チェスの経験値がいきる展開にしてしまったようである。またショートの左下のポーンだけが残り、チェスではポーンが敵陣に到達すると将棋以上に強力な成駒になるので、それが課題として残り、ショートの方には勝ちの可能性があり羽生は引分けがベストという展開になったと解説者の方はいわれていた。
その後、問題のポーンをわりとアッサリとショートが取られる展開になり、さらにお互いの駒数が減り、ほぼ引分けが確定。羽生が一度、引分けを提案したがショートは最後まで指すことを選んで結局引き分けた。
最後、ショートが手を差し出すと羽生が会心の(いつもの)笑顔で応えて終局した。
以上は、将棋ファンが将棋ファンのために解説した当日のニコ生の要約に過ぎない。
残念ながら、小島さんは敗れてしまったが、当然ながら二面指しのプレッシャーを小島さんがショートにかけて引分けに貢献したことも忘れては成らないだろう。また、将棋ファンとしては、こういう素晴らしいイベントを見る機会を与えてくれた小島さんに感謝したいところである。
ありがたいことに、小島さんがブログで二局とも解説されているので、チェスに詳しい方はこちらを参照されたい。

Shinya Kojima BLOG

CHECK Mate Lounge Game Review Vol.1
(小島vsショートの解説)

記事より。
私もd4 が落ちた際はまずいと思いましたが、本当にそうなのか、簡単に結論を出さずに疑ってかかるべきではないのか、という思考は、実は羽生さんとのこれまでの対局や、対話の中で学んできたことです。

Check Mate Lounge Game Review Vol.2
(羽生vsショートの解説)

記事より。
羽生さんも彼らしい独創的な手で応戦します。一手渡して白の出方を伺う、といったところでしょうか。

チェスでも羽生得意の手待ちを使っているらしいのが興味深かった。

また、羽生と小島がチェスについて語ったラジオがYoutubeにあがっていて大変面白い。将棋では考えられないくらい楽しそうな羽生の肉声が聞けるので、是非お聞きください。

Youtube Check Mate Lounge Radio#1

以下、簡単に内容のさわりをご紹介。

羽生はチェスをやっていて、チェスの場合、将棋と違って相手の王様(キング)を詰まそうという考えがないことを知って驚いたそうである。チェスを始めてかなり年数が経ってから、やっとそれに気づいた。

羽生と小島が初めてチェスを指したのは、小島の所属する慶応大学でだったが、チェスの部室がなく、学食の片隅で指していた。中には羽生に気づいて、「ちょっと、あの人羽生さんじゃない?」と思った学生もいるかもしれない。
さらに、食堂のおばちゃんがやってきて、「もう時間だから。もう食堂を閉めるから、片付けてくれる?」と言われてしまったそうである。
チェスで、羽生vs小島と言えば、将棋ではの名人戦の森内vs羽生のようものである。それが、学食の片隅で遂行され、しかも食堂のおばちゃんには勝てなかったというお話。

今日は、チェスについて書いてから名人戦第二局も書くつもりだったのですが、長くなったのでもまた明日改めてにさせていただきます。

駒.zone vol.4に参加しました

清水らくはさん編集の将棋文芸同人誌、駒.zone vol.4が昨日公開されました。実は今回は、私も小説を寄稿して参加させていただいています。
駒.zone vol.4 
こちらのページからPDFかePubでダウンロード出来ます。
目次
将棋短歌    半島・題詠
七割未満(四) 清水らくは
指定局面    しゅう
駒とおむすびとペンギン  半島
Love and hate (inspired by Osamu Dazai's " Kakekomi uttstae ")  shogitygoo
対コンピュータ二手目6二玉戦法  ikkn
ふれあう将棋  ふりごま
駒箱の鍵    清水らくは
神様とミルフィーユ  清水らくは
一般棋士2.0   清水らくは
将棋−短歌 往復書簡  半島・跳馬
お城はあきた  清水らくは
月子のチェス日記「チェ的」  金本月子
エクストリーム・詰将棋   跳馬・清水らくは
短歌将棋   にゃんこむすめ・皆川許心
あとがき
作者紹介
以上のように大変バラエティに富んだ内容になっています。私もまだ全部は読んでないので読むのが楽しみです。

私は小説「のようなもの」を書いています。純粋な創作能力がないので、二次創作的なssのようなものになっています。
太宰治の「駈込み訴え」が昔から好きで、これを元に将棋小説をでっちあげてみました。よろしければお読みください。
さらにもし興味があれば、というか私の小説を読むよりも、「駈込み訴え」を現在はネットの青空文庫で読めますので是非どうぞ。二次創作なので本来、これを知らないと私の「小説」も意味不明なのです。

青空文庫 太宰治「駈込み訴え」

私が寄稿したいと思ったキッカケは駒.zone vol.3を読んで大変面白くて自分でも書きたいと思ったことです。ブログで「天空の城ラピュタ」を基にした二次創作を書いたりしました。
駒.zoneさんは、現在も原稿を募集されているようなので、興味のある方はこちらからどうぞ。

駒.zonecom

また、過去の駒.zoneもこちらからダウンロード可能です。

清水らくはさんの公開中の本

2012名人戦第一局 森内名人vs羽生二冠

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振り駒で先手森内俊之に。後手の羽生善治は最近また二手目に△8四歩と指すようになっている。森内は角換わりでなく矢倉を選択。後手が羽生での矢倉は平成22年の日本シリーズで後手羽生が急戦矢倉、その前は平成17年の名人戦第七局まで遡る。この二人で羽生が後手で普通の矢倉を指すのはそれ以来である。
但し、羽生先手森内後手では去年の名人戦第四局と第六局でも同じ後手△8五歩型を指している。先後を指す人間だけ入れ替えた形で延々と第四局の前例を辿った。
羽生が後手でこの形を採用したわけだが、最近は61手目の▲3五銀では▲1五香とする前例が続いていたそうである。去年の日本シリーズ決勝の▲渡辺明vs△羽生もそうだった。羽生が終盤で劇的な逆転勝ちをおさめたが、渡辺の仕掛けがうまくいって大優勢になった将棋である。従って、羽生はこの形が念頭にあって何か改善策を準備していたのかもしれない。
しかし、森内は名人戦の前例を選んだ。さらに、80手目の△5三銀では△1四香とするのも去年の名人戦でも検討されその後実戦例も現われたのだが、やはり羽生も前例を踏襲。
ということで、ついに81手目の▲2七桂まで同一手順になった。大変珍しいことである。82手目の△4六銀で前例と分かれたが、これも去年の感想戦で検討されていた。その時先手の羽生は「攻めがうすい感じがする。」とし、後手の森内は「この方が(実際の△2六銀より)よかった」という感想を残している。
後手の羽生としては「先手の攻めがうすい」と感じていたのだからこう指すのはある意味当然である。一方、森内はこの形を敢えて選んできたのだから、その後研究精査して先手でもやれると判断したのだろう。
さらに、本局後の感想戦では△2六銀と前例通りにして後手が入玉を目指すのも有力ではないかという感想があったのも、なんとなく皮肉である。それは実戦がそれだけ生きもので感想戦だけでは十分に研究尽くすことができないということだう。
従って、ここまで前例を辿ったのも、恐らく先手の森内もはっきりよくなるというよりは、これで先手も指せるという程度の感触だったのではないだろうか。後手の羽生も同じようにまずまず指せると考えていたような気がする。
その局面は先手が攻めてはいるが、後手も右辺が厚くて先手が少しでも間違えると後手に入玉されてしまいそうである。また、後手も自分から勝ちに行くのは難しい形である。ということで、どちらが勝つのか分からない力勝負の局面ということなのだろう。
前例をたどった研究勝負のようでいて、たどりついた局面からまた本格的に勝負が始まるという特異なケースである。矢倉だからこうなるのであって、通常角換わりや横歩取りのように研究で勝負が決まるというのとは全く違っていたのだと思う。
感想戦によると、その後の95手目に▲1六歩に対して後手が入玉を目指す有望な変化があったそうである。手順だけ記すと
△7五歩▲6六飛△6五歩▲同飛△5六歩▲4六角△同成桂▲6一飛成△3三玉▲2一銀△5五銀上
これで後手玉に寄る形が見当たらないそうである。羽生は最後の△5五銀上が見えておらず、感想戦で森内が指摘したそうである。
但し、実戦でこういう入玉を目指す手というのは最初から候補として掘り下げにくいところもあるのかもしれない。羽生が本譜で選んだ順もうまく駒が捌けて良さげに見える。実際後手が盛り返したのではないかという評判だった。
ところが、夕休前に森内がじっと▲8三飛成としたのが好感触で、どうして後手がよくなる変化がみつからない。羽生も手が止まり長考したが、結局△8八歩以下普通に攻めたが、森内の▲7三竜が桂馬を入手しながら攻防の要所に据えて絶品チーズバーガー(藤井猛)すぎる。
羽生もシンプルに迫って、さぁ決めてみろと開き直った形が意外に先手も簡単ではなく羽生らしい終盤術ではあった。しかし森内も冷静で、羽生が仕掛けるワナをことごとく冷静にかわして勝ちきった。見ていると簡単そうだが、森内の終盤力があってこそだろう。最後も▲7一竜と入って▲1一竜で王手して相手に金の合い駒を余儀なくさせて自玉の詰めろを消してから▲2一竜で後手を受けなしにするという何とも冷静な収束だった。うまくいえないがなんとも森内らしい勝ち方で印象的だった。
全体的には研究手順が続いても、その後が大変という矢倉らしい力のこもった攻防だった。本譜の途中の捌き方は羽生らしい大局観が出ていたと思うが、残念ながら先手が勝ちの終盤コースに入ってしまった。なかなかそこまでは読みきれないところだと思うので仕方ない。むしろチャンスがあったのが一直線に入玉を目指すコースだったというのだから将棋は難しい。羽生には運もなかった。しかし別に何か致命的な悪手を指したという将棋ではない。
一方の森内は中終盤で本来の重厚な力を発揮した。最近の戦績から羽生の圧勝を予想する向きもあったようだが、それはトーシロである。森内の長時間での強さ、それと羽生を相手にした際の何も余計なことを考えずに実力を発揮してくるところを考えると、事前から容易ならぬ激戦が展開されるのは分かっていた。
そして現在の森内の状態はよさそうだ。一方の羽生も近年のタイトル戦の出だしでたまに見受けられた力みすぎの勇み足もなく状態は悪くなさそうである。全勝した順位戦同様に丁寧に丹念に指し続けていた。
第七局を予言するのは早すぎるだろうか?

本年度はニコニコ生放送が名人戦を完全中継してくれる。ファンとしては大変ありがたいことだ。但しタイムシフトが使えないので生で見るしかない。平日昼間なので見られる人間も時間も限定されるのが本当にもったいない。当然主催者などに対する配慮もあるのだろうが、こうした素晴らしい放送が多くの人間の目にふれれば間違いなく将棋ファンの拡大が望めると思う。なんとか、来年らでもいいからもっと融通のきく形でみられるように改善していただきたいものである。

今回の解説者は初日が木村一基、二日目は三浦弘行と実力と人気を兼ね備える二人を起用していた。
特に二日目の三浦は大変面白くネット上でも大変な評判になったようである。従来はひたすら将棋の勉強に明け暮れる将棋学徒というイメージだったが、それが一気に崩壊する―いや間違えました、楽しい人間であると新たな好イメージが加わる奮戦ぶりだった。
ある時、三浦が丸山忠久と一緒にいるところに、大塚製薬の方がきて、丸山に対していつもカロリーメイトを食べてくれることに感謝した上で、丸山にカロリーメイトをまとめて送ることを約束したそうである。それを見ていた三浦が、私もカロリーメイトが好きですというと、後日、大塚製薬さんから三浦にも大量にカロリーメイトが届いた。こうなったら、来年の一番長い日に丸山は登場しないのだから、三浦は夜食に左斜め上45度をみつめながらカロリーメイトを食べなければいけないだろう。
また、丸山の冷えピタについて、三浦と屋敷伸之が研究会をした際に、本当に冷えピタがきくのかお互いに貼って試したそうである。その研究の結果、頭頂部に貼ってもきかないがおでこに貼ると実際よく冷えることが判明した。実に普通な発見である。今回のニコ生を見た人なら、それを言い出したのが(多分)三浦だと聞いても驚かないだろう。そして屋敷がニコニコしながら冷えピタを貼って、「ああそうですね」と人のいい笑顔で相槌を打っているところまで目に浮かぶようではないか。屋敷宅に突然ライオン株式会社から大量の冷えピタが送付されてきても屋敷夫人が驚かないように屋敷は説明しておかねばなるまい。
人は今回、三浦の真面目な研究家のイメージが壊れたというが私はそうは思わない。今回の三浦のサービスぶりは、恐らく入念な準備研究の上に成り立っているはずである。
今までの豊川や木村や深浦の解説振りをタイムシフトで何度も見直した上で、自分が何を言うかも周到に先の先まで研究して準備し、リハーサルしている三浦の姿が目に浮かぶようではないか。(すみません、私の妄想です。)
このような研究熱心続けている以上、三浦がタイトル戦の桧舞台に再登場する日も決して遠くはないだろうと私は確信した次第である。
ちなみに、三浦は聞き手の安食総子を愛称の「あじあじ」で呼び続けていたが、それに対してすかさずネットで反応があり、三浦に「みうみう」という愛称がついた。そして、なんと三浦はニコ生で「みうみう」を公認してくれたのである。
目に浮かぶではないか。三浦が電車に乗っていると、将棋ファンの女子高生たちに取り囲まれて「みうみう」と呼ばれている姿が。(もういいですね。すみません・・。)

第70期名人戦開幕前夜

Number801 4/19はメジャーに挑む日本人プレイヤー特集である。ダルビッシュをはじめとして、それぞれのプレイヤーのこだわりや個性が伝わってきて面白い。特に川崎宗則のエピソードが面白かった。イチロー愛ばかりが伝えられるが、本人自体がとてつもなく個性的である。気持ちいいくらいのポジティブシンキングとひたむきな向上心。川崎が予想に反して厳しくてレベルの高いメジャーに適応しつつある秘密の一端が分かったような気がした。イチローに対する憧れもその一つの表現にすぎないのかなと思った。
そうした野球記事に埋め尽くされている中に、「羽生善治 42歳 闘う理由」。高川武将による記事である。
羽生が麻雀の桜井章一との講演会を行った際、本来は対談形式なのに羽生は桜井に勝負哲学、人生哲学について質問し続けた。桜井が苦笑して言う。「先生はズルいよ。わかった上で聞いている。こいつどう答えるんだろうって。素人将棋みたいに。」
すると、羽生はポツリとこう答えたそうである。「大変申しわけないんですけれど、こういうことに答えてくれる人があまりいないんですよ。」
桜井は麻雀の世界では大変有名で、雀鬼と呼ばれ、高レートの賭け麻雀の世界で生き抜き、自分では20年間無敗と称している。
私も学生時代に麻雀に凝ったことがあるので、桜井のことはわりと知っている。漫画の片山まさゆきや西原理恵子なども通じて。そして、桜井が書いた麻雀や人生論的な本も書店で手にしてみた。しかし、そこに書かれているのはきわめて主観的、あるいはもっときつくいうとオカルト的な主張の数々だった。率直に言って私には到底ついてゆくことが出来なかった。
でもそれは仕方のないところもある。麻雀は実力だけでは勝てず、運という魔物も相手にしないといけない。そしてそれを言語化しようとするとどうしても非合理的にならざるをえない。桜井はプロとして無敗を自称するなどしているけれど、実際に麻雀の腕前は凄いらしい。だから、運に対する対処法に独自の工夫と何か奥義のようなものをつかんでいるのだろう。ただ、それを客観的に言語化するのは恐らく大変難しいはずた。
むしろ、羽生が、そういう桜井に深い関心を抱いたことの方が興味深い。将棋は麻雀と比べると運の占める割合は低い。実力がものを言う世界だ。しかし、逆に言うと将棋を合理的に究めればきわめるほど、それだけではどうにもならない運に近い部分も明確に見えてくるのではないだろうか。そして、そうした部分への対処法、コントロール法が知りたくなるのではないだろうか。
将棋の合理的な追求の部分については棋士仲間でいくらでも出来る。でも、それからこぼれ落ちる部分を会得したり語れる人間はほとんどいないだろう。だから先の羽生の言葉のように、そういうことを語る人がいないということになるのだろう。そして、羽生はそういう何かを求めて桜井から何かを学ぼうと必死に質問し続けるのだ。恐らく。
我々のような凡人には桜井のような超主観的な言説は理解不能である。それが凡庸だが常識的なものの見方である。しかし、羽生はそうした一見理解不能な言語の底にある何か―それは同じ勝負の世界で戦い続けてきた人間だけに言葉ではなく理屈ぬきで直感的に体得できるもの―が見えているのかもしれない。しかし、それはたとえ羽生といえども客観的に言語化するのは相当難しい世界のはずでもある。そして恐らくどちらかというと黙っていた方が無難という種類の話だろう。


羽生のことばかり書いてしまった。明日から名人戦開幕である。相手は森内俊之。恐ろしいことに、この二人だけでこの10年間名人位を占有し続けている。
最近「羽生VS森内百番指し」を並べてみた。羽生がタイトルでは大きく先行して、二人の初の名人戦対決がなんと16局目である。森内はなかなか羽生と戦うことも出来なかった。しかし、その後は名人戦を中心に番勝負での対決が続いて局数が急増していく。
基本的な図式としては、やはり羽生の方に派手な手が多い。序盤での羽生流の手渡しを本当に若い頃からやっていたことにも驚かされる。また終盤でハッとさせる手の多さはは若い頃から最近に至るまで変わらない。
一方の森内は地味だがなんと重厚な将棋だろうか。特に竜王、王将、名人と次々と羽生からタイトルを奪っていた頃の森内は自信に満ち溢れている。序盤の深い研究でリードを奪ってペースを握り終盤でも大胆で思い切った指し方が目立つ。明らかに森内の中で何かが変わってふっきれた。さすがの羽生もこの時期の森内のことは完全に持て余している。分厚くて頑丈な壁のようだ。ご本人は気に入ってないようだが「鉄板流」というのは森内将棋に対する最大の賛辞にちゃんとなっている思う。
特に初期の頃に千日手が目立つ。平成4年の王将リーグでは二回千日手の激闘もしている。100局中千日手局が7回。特に羽生が先手で5局もしている。永瀬の千日手が話題になっているが、ここでもまだ羽生には及ばないか。但し、近年は千日手がなくなっている。
ニコニコ生放送が名人戦のPV動画を作成して二人の戦いを色々喩えているが、この百局集を並べていると、どうしても羽生牛若丸vs森内弁慶を連想せずにはいられなかった。但し、羽生は対戦相手によって人格を様々に変えると思う。
羽生の強さは今更いうまでもないが、森内は羽生相手だと余計なことを何も考えずに自身の力を全て発揮できている。ここ一年では二人の対局結果が大差だが、羽生相手だと森内は全然違うと思う。まして、森内得意の二日制の長時間将棋である。森内が連続して勝った竜王、王将、名人も考えてみれば全て二日制なのだ。今年も激しい戦いになるだろう。
なお、今回はニコニコ生放送が全ての対局を完全生放送するそうである。(但しタイムシフト予約して後で見ることは出来ない。)


Numberで羽生は将棋を指す意味を問われて、突き詰めてはいけない。突き詰めると全て意味がない。後で振り返ると意味があるかもしれない、でも結局意味などないかもしれない、と答えている。
羽生らしい達観である。確かに将棋にも、いや人生にも本当は意味などないのかもしれない。しかし恐らく心底無意味だと悟ることが出来て、全てのものに対するこだわりを捨てることが出来たら、逆に全てのものが意味を持ち出して輝くのかもしれない。完全に無心の状態になって、将棋を指したり生きることが出来れば。
Numberの川崎の言葉がもしかするとこの問題に対する答えになるかもしれない。川崎はプロ一年目で、プロのあまりのレベルの高さに驚いて絶望する。
しかし自分の技術の下手さを自覚した瞬間に、自分が今何をやりたいかと問いかけたら、とにかく練習をしたいし、するしかないとふっきれて小さな光が見えたそうである。一切迷いがなくなって練習に没頭して自分を取り戻した。
今メジャーで新たな挑戦をしていても、それは全く変わらないと言う。
あの、ちっちゃい光が見えたときと同じ。考えはもう、ずーっとあの時から変わっていないんです。あのとき、目標なんてなかった。成功も失敗もなかった。安定なんか、してたはずがない。今もあのときのまんまです。常に不安定だから、自分がこうしたいと思ったことをする。後悔することもあるし、切り替えだって簡単にできません。でも、それは失敗じゃない。いいプレーも悪いプレーも10分で忘れます(笑)。少しの達成感と、少しの敗北感はあっても、いつも今が一番、調子がいい。明日の朝、もう一回、聞いてもらえますか。明日は「今日の方が調子がいい」って答えますから(笑)。よく調子はどうって聞かれますけど、僕に調子はない。調子は"いい"しかないんです。調子はいいけど打てない。調子はいいのに、ミスをする。光の方向が見えていますから、今もその方向に向かって走ってるだけなんです。
不安定なまま、そのまま今を生ききる。こういう状態でいられるならば、将棋や野球や人生に意味などなくても別に構わないのではないだろうか。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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