2012年08月

2012王座戦第一局 渡辺王座vs羽生二冠

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棋譜

タイトル戦では去年の王座戦以来の待望の対戦。この二人は意外にすれ違っていて、特にタイトル戦では中々見られない。しかし、かつての羽生vs谷川を後を継いで、文句なしに現在のゴールデンカードと言えるだろう。
タイトル戦を迎えるに当たって、羽生の方は棋聖戦、王位戦を圧倒的な強さで防衛し、他の棋戦でも勝ちまくって好調―というよりは普段通りの状態を維持していた。
一方の渡辺は、タイトル挑戦にからむ大切な将棋を落としたり、直近ではネット中継の将棋などで負けが(渡辺にしては)こんでいる感じだった。将棋の内容も、序盤作戦に問題があったり、中終盤の急所でらしからぬミスが目だって万全の調子ではないように思えた。
ところが、そういうのを大事な将棋で完全にふっ飛ばしてしまうのが渡辺明である。今回はニコ生で午前中は二人の対局姿が延々と映し出し続けられたが、渡辺の気合十分の―ちょっとこわいくらいの―ピリピリした緊張感がカメラ越しにも十分伝わってきた。
とにかく渡辺の場合、ここ一番での集中力が凄まじい。特に羽生が相手のときは別人のようだ。そして、ここ最近の(これは志の高い本人ならこう言われても怒らないと思うのだが)
ちょっとだらしない将棋がウソの様に指し手も厳しくて正確無比だった。

将棋は後手渡辺が急戦矢倉を採用。言うまでもなく二人の伝説の竜王戦七番勝負の急所で渡辺が採用して防衛につなげた、二人の間では因縁の作戦である。
ただ、その後は先手の対策が進んだこともあり、あまり指されていない。ただ、今年の名人戦で羽生が後手で採用して(結果はうまくいかず)、渡辺もその後の他の将棋で採用していた。
ところが、その後はいきなり定跡の先例の多い形から離れる。羽生が、後手に飛車先を交換させておいて自分は交換できるのにしなかったり、渡辺も強気強気に対応する。
お互い相手の思い通りには指さない、絶対に妥協しないという姿勢が指し手からも伝わってきた。そういう厳しい指し方をしないと勝てない相手という認識もあるのかもしれないが、多分二人は棋界で気の強さでもトップクラスなのは間違いない。そういう二人だから、どの将棋でも必ず序盤から目に見えない火花がバチバチと散るのだ。
そして、羽生が▲9七角とのぞいて後手の攻めを誘ったのも大胆な指し方で、後手に△6六歩と取り込まれては一見大損のように見えるが、よく調べるとこれでも先手がむしろさせるらしい。こういう羽生独特の大局観は中々プロでも真似できないところだろう。
一方、渡辺が△9五歩と突いたのも実に強い手で、この瞬間に先手は色々厳しく攻め込む順がある。それでも、羽生の攻めを誘って受けて勝負に持ち込めると考えたのも渡辺のすごいところだ。実際には少し後手が苦しめだったようだか、決して羽生相手にも引いたり弱気になったりせずに指してくる。勿論、実力の裏づけがあってこそ出来ることだ。
とは言え、やはり基本的には羽生の攻めも厳しく渡辺はずっと守勢にまわることになった。ところが、羽生の攻めも正確だが、渡辺の受けも全く間違えない。それどころか、どちらかと言うと強気な受けの手が目立った。攻める側としても、一歩間違えるとすぐ切らされてしまいそうな迫力満点の受けである。
渡辺は細い攻めを巧みにつなぐのが得意だが、特に羽生相手には手厚くてなおかつ強気な受けの本領も発揮するように思える。
羽生も▲4五銀などで苦労してうまく攻めをつなごうとしたが、その前にと金を成って捨てておけばまた違った展開だったらしい。
羽生は△6七桂が厳しくて参ったと思ったらしい。ところが、感想戦では▲6九玉とすれば先手がむしろ有望と結論されたようである。その変化は二人とも後手良しと全く同じ順を読んでいたそうである。その読みの先に先手に手段があったとのこと。結果的に羽生が間違えた事よりは、二人の読みの深さと正確無比にちょっと震える。
以下は、羽生がハッキリ負けの順に入ってしまった。
とにかく、この二人の終盤の迫力、厳しさ、正確さはやはり他にはなかなか見られない。羽生も、基本的には正確に攻めをつないでいたが、渡辺も最善を尽くして受け続け、そして本当のギリギリの形で最後にうっちゃった感じである。終盤で羽生相手にこんな勝ち方が出来るのは、やはり渡辺しかいない。
とにかく、この二人の将棋は序盤から終盤に至るまで、ずっとピンと糸が張り詰めているようで、見ているだけでもグッタリしてしまう。本局も、いかにもこの二人らしい厳しい素晴らしい将棋だったと思う。
これはツィッターのある方のつぶやきで知ったのだが、何かのイベントで阿部光瑠四段が対局経験のある羽生と渡辺の印象を聞かれてこのように答えたそうである。
羽生さんは、オーラが凄くて勝てる気がしなかった。渡辺さんは、まるで精密機械のようで勝てるような気がしなかった。二人とも将棋の神様のようです、と。
この第一局なども、将棋の神様の対局を観ているようだ、と言ってもそんなに違和感はないのではないだろうか。
また、勝又教授がブログ記事で今年の名人戦について「3月のライオン」の名セリフを人名一部変更して引用されているが、さらに人名だけ変えると全く同じことがこの王座戦についても言えそうである。

突き抜けないブログ 名人戦第1局
思いっ切り技をかけても 怪我しない
全力で殴っても同じ位の力で殴り返して来てくれる
そりゃ渡辺も羽生にあたるのはうれしかろーよ
そしてそれは羽生にしたって同じ事
お互いにお互いが相手の事を 力いっぱいブン回しても
壊れないおもちゃだと思ってるからな

ニコ生は豊川孝弘と山口恵梨子という私には?こたえられないコンビだった。
豊川は相変わらずサービス精神満点で、ちょっとここには書きにくい爆笑ネタも織り込んで楽しませてくれた。といっても今回はタイムシフトで残っているので見ることが出来るのだが・・。
一つだけ問題がなさそうな楽しいネタを。日本連盟の棋士総会では例年新人棋士が抱負などの挨拶をすることになっている。今年の新人の一人が高見泰地四段である。新四段曰く。
「これからは、私も高みを目指して頑張ります。」
よく分からないが結構生真面目な顔をして言ったのだろうか。これには場内大ウケだったそうである。

番外編として最後に現在ツイッター上で話題沸騰?のtogetterを紹介しておこう。こんな将棋の楽しみ方もあるのだ。そして、こんな楽しいことをされてしまっては、私も真面目な顔をしてブログ記事などバカバカしくって書いていられないというものである。

第60期王座戦を将棋解析botアリンザが斬る

羽生善治王位が防衛 2012王位戦第五局

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後手の藤井が藤井システムを採用。今シリーズは、角交換型四間飛車を中心に戦ってきて、なおかつ序盤では作戦勝ちをおさめ続けてきた。ところが、カド番に追い込まれた状態でのシステム採用である。
藤井のシステムへの愛着のようなものも感じるし、また、システムを見たがっていたファンの期待にここで応えるのも何とも藤井らしいところだ。
但し、(特に後手番での)藤井システムは最近ほとんど観られなくなっていた。その辺の歴史については勝又清和「最新戦法の話」「第三講 藤井システムの話」に詳しい。
今回改めて私も再読してみたのだが、いかに実に精密で微妙な駆け引きによってシステム定跡が進化してきたのがよく分かる。
ここでは、そういう細かい話は全て省略して本当に要点だけをまとめると以下のようになる。
・振り飛車にとっては居飛車穴熊が天敵で振り飛車党は対応に苦慮していた。
・そこに藤井が居玉のまま穴熊に組む前に襲いかかって居飛車を叩き潰してしまう藤井システムをひっさげて登場。
・居飛車も無条件には穴熊に組めなくなり様々な対応を模索し始める。穴熊にすると見せかけて急戦にして後手の居玉の弱点をつくなど。
そして、その急戦の代表が本局の▲5五角急戦である。
後手が穴熊対策で△6四歩と早めに突くところに▲5五角と飛び出してその歩を狙い、後手が△6三銀等と受けたところに、角を転換するのではなく、▲3五歩と仕掛ける。その際、後手の形が乱れているのがプラスになっている。
この居飛車の作戦が大変優秀で、システム側はうまい対応が見出せずシステム自体が下火になる大きな原因にもなっていた。
実際、過去にも▲羽生vs△藤井でもこの形で戦って羽生が勝ち、藤井に「もうこの戦法は指せない」とまで言わせたことがある。
(なお、棋譜コメントで羽生がこの形で先後両方で勝っているのが紹介されているが、後手では作戦では必ずしもうまくいかず羽生の終盤力で何とかした将棋もあった。)
というわけで、この▲5五角急戦は、ちょっと大袈裟に言うと後手藤井システムの命運を握る重要型、重要定跡なのである。
藤井がこの大きな対局で採用してきたからには、当然何らかの対策、修正案、新手を準備しているものの期待された。
ところが、何と先に新手を出したのは羽生の方だった。37手目▲1六角。羽生らしいふんわりとした玄妙な角で意味や意図を簡単に説明できない種類の手だが、結局これが好手だったらしい。
感想戦で、藤井はこの手を考えてなかった(研究していなかった)ことを率直に認めている。
本来なら、藤井システムは藤井の土俵で誰よりも知り尽くしているし深く研究もしているだろう。まして、今回満を持して採用したからには、新たな研究の裏づけがあったはずだ。
ところが、その将棋でアッサリ羽生に新手で出し抜かれてしまう。これは、手の良し悪し以外の面でも藤井には精神的にこたえたのではないだろうか。
それにしても、超多忙な中で研究家の藤井相手にタイトル戦で有効な新手を提出してくる羽生には驚かされる。今回は事前に藤井システムもかなり予想されていたので、羽生も重点的に研究してあたためていたのかもしれないが。カド番でシステムをやっと採用した藤井がそれにぶち当たったのは不運だった。
今シリーズは、序盤だけだと千日手指し直しを含めて藤井の5勝0敗というくらいに藤井の序盤術、序盤感覚が冴えわたっていたが、この羽生新手によって、初めて羽生が序盤でうまくやったか少なくとも互角以上になったのだから。
とは言っても局面はまだまだ難しそうに見えた。しかし、感想戦を見ると▲5四歩が入ったあたりでは既に先手がよくなっていたそうである。
しかしながら、後手も角成から迫ってきて大変そうに見えたが、▲6八玉の早逃げ(一度目)など羽生の受けがまたしても正確にして絶妙。第三局でもそうだったが、藤井に攻めさせておいてギリギリに、しかしそれでいて余裕を持って残してしまう受けは流石である。藤井が攻め将棋ということもあるが今シリーズは羽生の受けも印象的だった。
藤井の攻めが段々細くなってきたあたりでは既に先手勝勢と言われだす。そして、△4六歩を手抜いて▲3一飛と打った辺りでは、完全に勝ちを読みきったかようにも思われた。
ところが最終盤で一波乱に起きかけた。羽生の二度目の▲6八玉の早逃げが洒落た手のようでいて危険だったらしい。羽生は指した瞬間にイヤな感じがして、藤井はもしかするとと思ったそうである。感想によると先に▲5三歩成を入れておけば何の問題もなかったとのこと。
実際△6五歩とされた場面では次の△6六歩が厳しくて先手は後手玉に詰めろをかけなければいけない。控え室が決め手をなかなか発見できない中、大内先生が▲3二龍引が詰めろあることを指摘。そして、程なく羽生もその手を指した。
後で棋譜だけ見るとこれで勝ちということになるのだろうが、生で見ている際にはドキドキした。ライブならではである。羽生も危ない橋をわたったが▲3二龍引があってホッとしたというところではないだろうか。

結果的には四勝一敗で羽生が防衛。しかし、先ほど述べたように序盤だけなら逆の結果である。
特に今回は、それほど定跡が確立していない角交換四間飛車で、研究というよりはその場で秀逸な構想を立ててくる藤井のセンスにプロアマ問わず唸らされたのである。
そして、この角交換四間飛車(とその類型の将棋)は、若手振り飛車党の間で大流行の兆しがある。やはり、藤井は作戦、戦法のパイオニアなのだ。
また、昨今は初日は定跡型を猛烈な勢いでたどるだけというケースも多かったが、今シリーズは初日からプロの構想力を緊張感を持って楽しんで観る事が出来た。
一方の羽生は、相変わらず中終盤力が鬼過ぎる。特に前局の第四局は、(実際には僅差だったらしいが)あの逆転勝ちの仕方はインパクト十分だった。
よく将棋界では「将棋というのは、最後には羽生が勝つゲームである。」という軽口が叩かれる。今回はまさしくそんな感じのシリーズだった。初日は藤井の世界、二日目は羽生の世界という分かりやすいシリーズだったのかもしれない。

今回は中継サイトでは、対局者の様子を連続静止画中継していた。終局後の様子も伝え
ていたのだが、そこには里見香奈が両対局者の様子を食い入るように見つめ、また一言たりともその言葉を聞き逃さないぞという様子で、ずっと熱心に見続ける姿が映し出されていた。
彼女が「いつの日か、わたしもこの場に」とひそかに思っていたかどうかは知る由もない。



2012王位戦第四局 羽生王位VS藤井九段

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棋譜

藤井先手で、やはり角道オープン型の四間飛車。第二局で藤井が快勝したのと同じ進行になった。羽生としては納得できないのでもう一度ということかもしれないが、先に手を変えたのは藤井。研究が深いと同時に広くて毎回形を変えてくる藤井らしいところである。
結局、後手は居飛車穴熊に組み、先手は四間から向かい飛車に振り直して棒銀の仕掛けをみせた。後手がその仕掛けを警戒して△7四歩としたところで藤井が▲6五角と筋違い角を放った。
今回の初日のツイッター解説は勝又清和で、京急将棋祭りの会場から、現場の棋士たちの声を交えて解説してくれた。以下はそのつぶやきからの抜粋である。
勝又清和>▲6五角!ですか、この場面では全く考えませんでした。さすがは将棋界の創造王ですね〜
勝又清和>これが藤井さんが指したかった手だったんですね。
勝又清和>△3三角の自陣角を打たせたのは大きなポイントで、1歩得していますし振り飛車ペースと思います。将棋を創り上げるという事においては藤井九段に勝てる棋士はいないのではないでしょうか。
というわけで、藤井らしい独創的な筋違い角の研究新手。羽生の対応が問われたが、結局△3三角と自陣角を据えて先手の動きを牽制した。しかしながら、先手に自然に▲6六銀から△7七桂と活用されて、控え室や京急組の評判は、後手がどう指していいのか分からない、振り飛車が指しやすいという評判だった。
またしても、初日では藤井の序盤術が一本とった形である。
二日目に入って、羽生も必死に動くが藤井にやはり自然に的確に対応されてしまう。66手目△4七角成とした局面では、先手が角金交換の駒得の上に、飛車で後手の桂香も拾えそう、さらに後手は持ち駒が金銀しかなく右辺に歩が打てず、先手玉に直接迫る手段が全くない。
△5一歩の底歩の居飛車穴熊が堅くて遠いのが唯一の主張点だが、感覚的にはどう考えても大差で振り飛車が指せるように思えた。
しかしながら、ここからの羽生の指しまわしが羽生たるゆえんだった。まず△8七歩と一応「羽生ゾーン」に歩を叩いてから△7九銀とソッポの僻地への銀打ち。こういうのが羽生流である。
全く先手玉にはすぐには響かない筋悪の銀打ちなのだが、馬と飛車を交換してじっと△6八銀成。
しかし、よく見ると先手も簡単に後手玉に迫る順がない。穴熊が遠い。先手としては優勢を意識しながらも、ほんの少しだけ焦りを感じさせられるところだ。
しかし、藤井も冷静に香車を拾って▲5四香から確実に金をはがしにゆく。決して方針としては間違っていないように思える。先手玉はまだまだ安泰だ。
その間、羽生は△6八成銀を、なんと先手玉に寄せてゆくのではなく6七→6六と先手のほとんど遊び駒の銀を取りにいった。これが善悪を超えた羽生流の勝負術で、あせって迫っても届かないので銀を入手しておいて自滅しないという考え方だ。なかなか実戦ではこんな指し方が出来るものではない。
さらに、その銀を△4九に打って先手にイヤミをつける。先手としては、まだ優勢だと思っているだろうが、段々気持ち悪くなってきて焦りの度合いが少しずつ増してゆくところだ。
この辺の羽生は、変な言い方をするとまだまだ生き続けられそうな先手玉に対して、遠くから死神のカウントを響かせて心理的に圧迫するような指し方である。
そして先手▲3二銀の瞬間についにラッシュをかけて、△5八金とへばりつく。今回はまだ感想コメントがないので対局者の感想が分からないが、恐らくここがポイントだった。
控え室でも室岡克彦のツイッター解説でも▲4一角と攻め合えば先手の一手勝ちではないかと言われていた。将棋を解析していたGPS将棋も、この角を打てば先手が勝勢と判断していた。
しかし、藤井の指したのは▲1八玉の早逃げ。この後の展開を見ると、少なくとも先手が簡単に勝つという展開ではなくなった。特にGPSはこの手一手で先手勝勢から後手優勢に一気に形勢判断を変えたのである。
但し、羽生も△5八金としたからには当然▲4一角に対する対策があった筈である。藤井も何かが見えたのでトッサに玉を寄ったのだろう。こればかりは対局者の感想が分かるまでは何とも言いようがないが、少なくとも本譜の展開よりは、仮に難しいとしても▲4一角の方がよかったような気もする。
とは言ってもまだまだ難しそうな終盤が続きそうだった。しかし、ここでも羽生が見事な勝負術を見せる。
以下進んで97手目▲3九香とした場面では、後手も飛車で馬をきって寄せに行く選択肢もあった。少なくとも先手に詰めろはかかってそれが続くかどうかという勝負だ。
しかし、ここで羽生は一転して△3三金と受けた。藤井としては焦るだろう。攻められても難しいのに一分将棋の状態で、急に受けられて何とか攻めを見つけないといけない。
さらに、羽生が△4二金と受けにしっかり受けて、もはや先手が寄せきるのは大変そうだ。時間があれば何か見つけられたのかもしれないが、結局藤井は普通に攻めて後手玉の寄せに手数がかかる形になり、▲4一馬を手抜かれて△2六歩が先手への詰めろでは勝負あった。
羽生は決して心理的な作戦を弄するタイプではない。最後の金打ち連続の受けにしても、攻め込むと勝ちきれないと見ての冷静な判断だったのかもしれないが、結果的には藤井にとっては心理的にも大変厳しい結果になった。
また、僻地の銀打ちから手数をかけての銀拾いにしても、そうするしかないし、自滅して負けを早めないという合理的思考にすぎなかったのかもしれないが、結果的にはそれが藤井に大変な心理的プレッシャーを与える指し方になった。
羽生おそるべし、としかいいようがない将棋であり勝ち方だった。
この両者の対戦だと、羽生が藤井相手に完全の敗勢の将棋から▲2三金とゾーンにソッポの金打ちをして大逆転勝ちしたのが伝説的である。今回は、そもそも見た目ほど差がなかったのかもしれないが基本的には同じパターンだ。負かされるほうはたまったものではない。

2012王位戦第三局 羽生王位VS藤井九段

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羽生先手で、後手藤井の角交換型四間に。少なくとも藤井後手の場合は、今回はこの形がテーマになりそうである。
第一局にも出た△2四歩と突く形から藤井が△3五歩と位を取った。毎回少しずつ形を変えるのが藤井流の趣向だ。去年のB1順位戦の▲橋本vs△藤井でも類型があり、その際は橋本がうまく勝ったがそうした経験もいきているのだろう。
羽生が強く▲3六歩から反発したが、そこで△2二飛と回っておくのが藤井流の巧みな序盤術だった。解説によると、その瞬間先手が金を動かしにくく、後手はかためやすい。羽生も他に指す手もなさそうで▲5八金としたが、予想通り後手が動いてきて、結局銀交換から先手だけ銀をつかわされて、しかもその銀が▲2八にバックを余儀なくされて部分的にはひどい形である。
形だけ見ると後手がうまくやったように見えた。しかし、どうもよく読むと難しい局面のようで、これまでのように藤井が明らかに作戦勝ちではなかったようにも思える。
後手も陣形が低くて左辺でなく右辺の3筋から攻めるしかないので結局2八の銀に働きかけるしかなく、銀が遊ぶことはない。見た目とは違って、これでも十分指せるという羽生の大局観が今回は働いた。ほぼ互角の序盤ということだったのではないだろうか。
ところで銀杏記者の棋譜コメント(27手目)によると藤井は次のように述べていたそうである。何とも奥深い藤井流の序盤感覚だ。
さて、この局面は先手がかなり手得している。以前、別棋戦の観戦記で、「していい手損としてはいけない手損がある」と藤井が話した記述を見たことがある。本局はしていい手損なのだろう。その判断基準を理解することは、藤井の将棋観を理解することそのものだろう。
二日目はわりとシンプルな捌きあいから、藤井の攻めが続くかというギリギリのスリリングな展開になった。
ただし、控え室の山崎も後手が攻めきるのは大変と見ていて実際その検討通りの順で羽生が受け続ける。対局者も当然よく読んでいて藤井は先手▲3二歩の時点で既に際どいけれども足りないと感じていたそうである。
かといって他に後手にめぼしい指し方があったようにも思えないので、厳密には元々先手が少しだけ指せる分かれだったのかもしれない。
以下△8六桂というハッとさせる手で藤井も必死に迫るが、それもやはり足りなかったようだ。当然、羽生もこれくらいの手は予想していて、時間を使ってその後の展開を確認していたのだろう。とは言っても藤井も他に有効な迫りようがないので仕方ないし、まだまだギリギリのスリリングな局面である。
例えば以下進んで△6五桂の局面では▲7四桂から▲5五馬として王手龍をかけてしまえば簡単なように見えるが、そうすると山崎指摘の順で先手玉が寄ってしまうそうである。
しかし、当然両対局者はその辺もきちんと読んでいて、羽生が間違わずにきちんと受け続けて結局は後手の攻めがきれてしまった。最後は大差になって羽生勝ち。
感想戦によると、藤井にも勝負手があったようだが、それも正確に指せば先手が残していたとのこと。
と言うことは、大変際どい面白い終盤だったが、もともと本当に僅差ながら羽生の方が指せていて、そのリードをずっと保ち続けて勝ちきったという感じだろうか。あくまでそれは対局後の感想を聞いて言えることで、観ている時は勝負の行方が分からない面白い将棋だった。そして、当然ながら両対局者共に本筋、正しい筋をきちんと読んでいて、お互いベストを尽くしていたようである。

立会いの加藤一二三は相変わらず元気一杯で大活躍の様子だった。棋譜コメントでもその様子は十分伝わってきたが、29手目コメントの中原と羽生の将棋の比較は大変興味深い。二人と実際に戦っている加藤ならではの分析で貴重である。
加藤九段は「羽生将棋は攻めをつなげていくのがうまい。多少の駒損でも攻めが続くならいいというところがある。僕もそういう将棋で2回やられたことがあるんだ。羽生さんは悪くなったときの中原さんと似ているの。攻め味を残しているんだよな」。


無料電子書籍「ものぐさ将棋観戦ブログ集成」

本ブログも始めてからいつのまにか随分経ち、また分量も大変なものになったので、無料電子書籍として一冊の本にまとめることにしました。
過去記事からテーマ別に分類して気に入った記事をセレクトしてあります。以下が目次です。
序    「戎棋夷説」亭主
目次
目次(詳細)
書きおろし
2008 年竜王戦七番勝負観戦記
羽生善治 
渡辺明
加藤一二三
棋士論 
梅田望夫
将棋界の一番長い日
書評
エッセイ
コンピューター将棋
お笑い、ネタ
囲碁
チェス
観戦記
解説   Zeirams
あとがき
全体としてはPDFで463ページの大分量になってしまったので、目次(詳細)を参考にしていただいて、気の向いたところをパラパラやっていただければ幸いです。
今回、書きおろしとして、「羽生善治小論、
加藤一二三先生のこと、2008 年竜王戦第七局第二日 渡辺と羽生の伝説の一日、Shogi 百花繚乱」の四本も追加してあるので宜しければそちらもご覧ください。
また、表紙をまるぺけ ‏@maruXさん、序を戎棋夷説さん、解説をぜいらむ@Zeiramsさんにお願いしました。それぞれ、本当に素晴らしい出来なので、是非それらをまず読んでいただきたいです。序と解説が、この本の格好のガイドにもなっています。
最後に本らしく「あとがき」も加えてみました。本の著者はこれを書くのが楽しくて仕方ないのだろうと思いました。主にゲスト参加していただいたお三方の作品について書いてあります。
私としては、普段から本ブログにおつきあいいただいている方に過去記事も観ていただければと思って、この電子書籍をつくってみました。
それと同時に、基本的には「読み物」として気軽に楽しめると(自分では)思うので、もしよろしければ一般の方にも紹介していただき、それでもし将棋に興味を持っていただけることがあれば嬉しいとも厚かましく考えております。そちらの方も出来ればよろしくお願いいたします。

さて、電子書籍は以下のリンクからPDFあるいはePubでダウンロードすることが出来ます。
PDFもページ数を入れると該当ページに飛べますが、ePubは左側にリンクのついた目次が表示されるので便利かもしれません。

ものぐさ将棋観戦ブログ集成
 
なお、ePubをどうすれば読めるかについては、電子書籍トルタルさんが詳しく説明されているので、こちらを参考にされてください。

トルタルの読み方

(トルタル | 電子書籍 | カナカナ書房 kanakanabooks.comのページ)
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