2012年10月

2012 竜王戦第一局 渡辺竜王vs丸山九段

竜王戦中継サイト
棋譜
ニコニコ将棋公式生放送

振り駒で丸山が先手に。角換わりで丸山は先手のスペシャリスト、渡辺は後手のスペシャリストである。両者とも棋界の最高峰といってもよい。
去年の竜王戦では、勝負では渡辺が圧倒したが、角換りでは丸山もいかにも渋いプロらしい手順の工夫を見せて、それがそのまま定跡にもなった。
今年も当然序盤では大いに期待がもたれたのだが・・。
微妙な手順の駆け引きはあったが、結局現在角換わりで最もよく指されている形に。渡辺は得意の△6五歩型にも出来る展開だったので、こちらの方により自信があるのかもしれない。
以下、タイトル戦でも最近よく出てくる定跡に。先手は▲2五桂から▲2八角と打ち後手は飛車をきってくる。当然二人とも最も深く研究している形のはずだ。
丸山が最近の王将リーグの▲豊島vs△渡辺の前例から離れる75手目▲7五同銀。ところが、これがほとんど敗着に近い手になってしまった。
後手が△2三金とした瞬間は、先手から3一に
角が打てるので相当こわいし、実際本譜のように角交換して入手できる。実は私はこの辺では先手もまずまずではないかと思っていたのだが、全然そうではなかった。でも、アマチュアが感覚的に間違えるのとトッププロでは全然違うので丸山の真意が不可解である。
具体的には、83手目で▲4四角と打つ予定だったそうだが、以下感想コメントによると△3三角▲5三角成△6五桂▲5四馬△6七歩成▲3二馬△同玉▲7二竜△4二角打。
手順は長いけれどもほぼ必然手順・・、とまで言わないにしても後手にそれほど驚くような手はない。渡辺も控えめな表現ながら「後手が少し厚そう」と自信を示している。
ここでも何が丸山の誤算だったのかがよく分からないのだ。しかも、この辺りはまだ初日の午後である。
少なくとも新手を出すまでとばすのは分からないでもない。しかし、その後も確信をもてないままどんどん手を進めて結果的には封じ手時点ではプロ的には「将棋が終っている」状態になってしまったようである。
つまり、丸山は新手が悪手だった上に、時間がまだたっぷりあるのにそのままズルズル手を進めて状況をさらに悪化させてしまう。竜王戦への期待が高いだけに、この辺りは大変残念だった。
84手目の△7七歩成に対しても▲同玉が勝負手で、先手が入玉が可能だったかもしれないそうである。丸山は全く考えてなく、入玉しても駒を取られすぎるし突然粘りに行くようなのでという意味の感想を述べている。しかし、本譜の全く見所のない展開のことを考えれば、何らかの形で勝負手を考えなければいけなかった。ここも時間が切迫しているのではなく、まだ初日の午後である。
ニコ生解説の加藤一二三もその直後の△3三角を打たれては先手が負けだと述べていた。多分プロの感覚なら既に大差なのだろう。GPS将棋も初日からとんでもない大差で後手勝勢の数字を示していた。
角換わりという研究将棋の悪いところが残念ながらはっきり出てしまった将棋である。丸山はもしかすると、渡辺に去年見せつけられた圧倒的な終盤力を警戒して時間を残したかったのかもしれない。しかし、結果的には時間がいくらあっても無駄な展開になってしまった。
一方の渡辺は全くすきがない。相手の新手に対しても△2三金から△3二金と落ち着いて的確な対応をみせた。さっきもちょっと書いたように△2三金の瞬間は気持悪いが、しっかり読みを入れて大丈夫だと見きっている感じだ。
渡辺がどの辺りまで研究していたかは不明だが、今の渡辺だと別に研究していなくてもその場できちんと正解を見つけだしそうな信用感がある。
そして、渡辺が本当にはっきり良しと自分で認めたのは94手目の△5七金のところ。慎重である。多分、そのかなり前から良さそうなのは感じつつも、きちんと様々な変化を警戒しつつ全く油断せずに読んで指している感じだ。まるで羽生善治ではないか。
これは去年の竜王戦から感じていた事だが、この二人の戦いを見ていると(大変不適切な比喩ながら)、大変強くて正確無比なコンピューターと我々のような弱いアマチュアが戦っている感じがしてしまう。
つまり、我々もそれなりに序盤は研究していて最初はそこそこ指せるのだけれども、戦いが始まると全て相手に見通されていて、しかも急に潰されると言うよりは、何かこちらがミスをすると実に敏感に的確に反応されてきちんと咎められ、それが重なって気がつけば大差。
無論、丸山も実はとんでもなく強いわけだが、その丸山相手に格の違いを感じさせる渡辺が強すぎるのだ。
渡辺はこの前の王座戦が実に人生初の失冠だったわけだが、少し自分が実力で優位に立つ相手の戦いぶりの安定感は羽生よりも勝っているかもしれない。
子供の頃、渡辺は大山康晴と外見がちょと似ているなどと言われたが、今や将棋自体は大山とはむしろ対極的である。しかし、王者として防衛を続ける凄みで言うと、ちょっと大山に似ているようなところも感じるのだ。
とはいえ、丸山も本当に超一流の棋士である。私などはそれこそ赤子の手をひねるように軽くやられてしまうのであって、本当は私などがとやかく言ってはいけない名棋士である。
実際、JT杯では渡辺相手に先手角換わりで大変な名局で勝っている。当然ながらそれだけの力はある。但し、その時もやはり序盤で少し優位を築く事が出来ていた。
渡辺相手だとどうしても序盤で模様をよくしないと苦しい感じだが、しかし逆に言えば皆が思っているほど渡辺にとって簡単な相手ではない。第二局の後手番での丸山の渾身の序盤作戦に期待しよう。
ちなみに、読売の事前特集記事によると、丸山は今回は小食宣言をしていたそうである。今回は、確かに小食・・、と言うよりは人並みか少し多めだった。しかし、こういう結果。さらなる作戦変更の余地がありそうだ。去年以上に食べてしまうか、あるいはいっそ絶食か・・。
渡辺にほとんど死角はないが、敢えて言うなら世論の雰囲気が、既に渡辺防衛で決まり、しかも今年はストレートもあるかも、という感じに既になっていることくらいだろうか。戦っている当人としてはやりにくいことだろう。しかし、そういうことで油断するような甘い人間ではないのだ。

ニコ生二日目には加藤一二三が再度登場した。残念ながら、加藤がそれまでの指し手を渾身丁寧に時間をかけて熱血解説している間に丸山が投了してしまったが・・。
しかし、対局がはやく終ったので、加藤一二三の過去の名手についてたっぷり聞くことが出来た。まるでお年寄りのお話を親身になって心から楽しそうに聞いてあげるかのような安食総子の聞き手ぶりも素晴らしかった。
第七期十段戦第四局の大山先生相手で、初日から翌日まで計7時間考えた名手▲6二歩についてである。各所で加藤は書いたり話したりしているが、盤面にきちんと局面を並べて詳しく解説したのは初めてみたかもしれない。確かに素晴らしい手だ。
そして、その手について自画自賛で嬉しそうに語り尽くす加藤一二三はいつも通りの加藤一二三であった。
渡辺のことも結構語っていた。タイトル戦の天童対局の際に渡辺と長く語り合う機会があったのだという。渡辺は人間的に安定している、ものの考え方が着実、地に足がついた生き方を若いながら既にしている、話が面白いが単なる面白さではなく深みがある、大変聡明だ、等々絶賛していた。
いや、本当にその通り。特に「聡明で安定している」というのは、私も初期の頃の渡辺明に対してずっと感じ続けていることなのである。

羽生善治が王座を奪還その3 2012王座戦第四局 渡辺vs羽生

王座戦中継サイト
棋譜(千日手局)
棋譜(指し直し局)

古い映画だけれども「ハスラー」というのがある。ポール・ニューマン扮する若きハスラー・エディ・フェルソンが、ジャッキー・グリーソン扮するベテランハスラー・ミネソタ・ファッツと戦うシーンがとても良かった。
腕前だけで言うとエディの方が既に上で、最初の方は連戦連勝し続ける。慢心したエディは酒を飲みだしてしまう。
しかし、戦いは長期戦に及んでいつしかミネソタ・ファッツが巻き返し、一昼夜を超える死闘の末にファッツが最後は完勝する。
その際、戦いが夜戦に及んでゲームの休憩時間に、エディは疲れが出てきてぐったりしているのに対して、ミネソタ・ファッツは悠々と落ち着いて歯を磨き、顔を洗い、服を調え、髪をきちんととかして次のゲームに備える。そのシーンのミネソタ・ファッツが本当にかっこよくて忘れがたい。
いや、渡辺ファンは誤解しないで欲しい。決して、エディが渡辺でファッツが羽生だなどと私は言いたいのではない。
だいたい渡辺は決して慢心なんかしていないし今でもストイックに謙虚に精進を続けているし、逆に羽生ファンの立場から言えば既に渡辺の方が腕前が上だなどどといったら、本ブログのコメント欄は抗議でたちまち炎上してしまうだろう。
そうではないのだ。二人と置き換えることなど不可能だ。敢えて言うなら、羽生と渡辺の場合は、二人とも同時にファッツ的な人間的な強靭さも持ち、エディ的な才気、才能も兼ね備えている。
大変に内容が濃密な激闘の末に夜中に千日手になり、その30分後に指し直しになった。こうなってくると、将棋の技量の勝負であると同時に、体力・精神力の勝負にもなってくる。
つまり、ファッツのように疲れきっていても身だしなみを整えて戦いに挑むことの出来る心のありようも大切になってくるような気がする。
私はニコ生中継で、深夜の対局が始まった際の羽生と渡辺の対局姿を目を皿のようにして凝視していた。将棋よりも二人の様子が知りたくて。
しかし、少なくとも私の目には二人とも、全く疲労の様子はみえず、シャキンとして戦っているように見えた。
ただ、近くで見ていた行方は「渡辺さんが疲れている感じですね。背中が丸まっています」と述べていた(21手目棋譜コメント)
一方、羽生の方には本当に全く疲れの色が見えなかった。羽生の方が渡辺よりも一回り年上なのである。羽生は最近42歳の誕生日を迎えたところだ。対局の前にはチェスの対局イベントまでこなしていた。
本当に信じられないような体力の持ち主なのである。いや、将棋の場合は普通の「体力」とはちょっと違う。盤の前に長時間座り続けて動かず、頭だけをフル稼働させ続ける。肉体と精神の両方が恐らく猛烈に疲弊するはずだ。
だから、体の基本的強さが必要であるにしても、やはり精神、心の強さが一番重要な気がする。将棋の技量だけでなく、そういう面でも羽生は並外れているのではないだろうか。

将棋は先後入れ替えて、先手の羽生が矢倉を選択。今回の王座戦では先手で全て角換わりではなく矢倉だった。先手の矢倉に自信があるのか、角換わりの後手に有効な対策があると考えているのか、多分両方のような気がする。
一方、渡辺は後手矢倉では△9五歩型を採用する事が多い。特にこの二人の戦いだと、NHK杯や竜王戦で何度も同じ形を指定局面のように戦った事がある。
ところが、モニターを見ていると渡辺が珍しくどうするか迷っているように見えた。分岐点の△8五歩のところである。気合よくとばす渡辺にしては(重要な分岐点であるにしても)やや多めに時間を使っていた。
もしかすると、渡辺は現時点では△9五歩型に今ひとつ自信をもてないのかもしれない。そういえば、今回の王座戦では後手では急戦矢倉を連採していたのも、それと関係があるのかもしれない。
この二人の戦いは迫力満点の終盤が何より魅力だが、二人とも終盤力が図抜けているだけに、序盤の作戦のもつ意味も大きい。今回は、渡辺がこの指し直し局でも急戦矢倉でも、後手矢倉で本当に自信をもって指せる作戦がなかったのかもしれない。
逆に、2008年の竜王戦では後手の急戦矢倉があの時点ではとっておきの作戦だったし、二年後の竜王戦では後手での△6五歩型の角換わりに絶妙な工夫があった。
つまり、この二人の戦いは大変高レベルなので、その時点で後手で有効な作戦を見つけられるが大変重要なポイントになっていると思う。
そして、今回の後手の羽生は王位戦でその優秀性に苦しめられた藤井流の角交換四間、さらに二手目△3二飛があった。
終盤力がほぼ互角なだけに、冷静に考えるこの二人の場合は後手番の作戦次第でタイトル戦全体の結果が決まるといっても過言ではないのかもしれない。
将棋は先手が先に銀を損するがそれを代償に攻める「先手銀損定跡」になった。行方が経験も豊富なそうで、この形のポイントを分かりやすく解説していた。
「この将棋は、後手の苦労が多い将棋なんです。つらい時間が長いので、持ち時間の長い対局では指しにくいと思っています」(行方八段)(53手目棋譜コメント)
後手は駒得しても延々と受け続けなければならず、攻め味もないので苦労の多い将棋ということのようである。
ちなみにどうでもいいことだが、行方は夜戦になってからは実にいきいきしていて解説も冴え渡っていた。さすが夜型?である。行方も永瀬を見習って千日手王をめざせばいいのではないだろうか。千日手になるくらいの時間に元気になってくるのだから。
この将棋も後手が銀を投入してがっちり受けたようにも見えたが、羽生もさすがに細そうな攻めをうまくつないで、端にと金をつくったあたりでは先手成功である。しかも、先手玉が金が二枚並ぶなかなか詰めろがかからない(矢倉ではよく出る)形になっているのが心強い。
以下、羽生がなんとなく珍しく寄せをぐずったようにも見えたし、渡辺もうまく粘ったが、▲6六桂なども落ち着いていて、どこまで行っても結局後手が苦労し続けれないといけない将棋だったのかもしれない。
羽生もその後は落ち着き払って▲3二の金で3三と3四の銀を次々に取った。どうもこの辺り以降は決して焦らずに勝ちに行く方針に決めたようだ。
渡辺の△8三馬もいかにも意表をつく手で、指された瞬間はまた終盤で何か出したのかと思った。しかし、これは普通に金を打って受けたのでは勝ち目がないと見た一種の勝負手だったのだろう。
堂々と(冷静に)▲5三飛成と銀を取られて、このあたりでハッキリしたようだ。羽生はこの辺り次々に三枚の銀を取っている。
ちなみに、この△8三馬を即座に大悪手と断じていた大内はさすがだ。誰もが渡辺の終盤力をつい信用してしまうが、自力で疑って正しい事をきちんと指摘していた。ベテランらしかった。
以下羽生は徹底的に受けに回って不敗の態勢を築き上げる。結局3二にいた金が→3三→3四→4三→5三→6三と相手の駒を取りながら着実に一歩一歩後手玉に近づいて寄せに役立った。最後はいかにも羽生らしい「決してあせらない」終盤の仕上げである。
終盤最後の方で手が進まない間に、ニコ生では、浦野が再び「ジャパネット」ぶりを発揮して自著の宣伝に余念がなかった。そして、コメントによって本人にも「ジャパネット」のあだ名がついたのが伝わったのである。さらに、Amazonで浦野本が一位を含めた上位を占めてバカ売れしていることが、ニコ生コメントを通じて伝えられた。
ニコ生視聴者数は、なんと何十万単位で今回は視聴者数の新記録を達成したそうである。浦野はその分かりやすくて独特のユーモアのセンスのある解説で、将棋普及に貢献した。本が売れたのはそのご褒美である。
但し、「ジャパネット」浦野のあだ名だけはご本人もちょっと不本意かもしれない。浦野はご本人もしているツイッターでは一部で、「アイドル」とか「マッチ」とか呼ばれていることを、大きなお世話ながら付言しておこう。
そんなこんなでの?、羽生の王座奪還である。その最後の方の様子については、一昨日の記事の冒頭で記した通りだ。

これで羽生は一年だけ足踏みしたが、王座通算20期獲得である。大山康晴の同一タイトル獲得記録である王将20期と並んだ。
そして、羽生が渡辺にタイトル戦で勝ったのは、2003年の王座戦以来。最終局で羽生の手が震えた事で有名なシリーズだ。
その後は、初代永世竜王、永世七冠をかけた伝説の2008年の竜王戦、その二年後の竜王戦、二十連覇をかけた去年の王座戦と、ことごとく渡辺がものにしてきた。
羽生にとっては常に節目の記録の際に、渡辺が立ちはだかってきたわけである。記録よりも世代が下の渡辺に敗れるのは、羽生にとっては今まで長年守ってきた第一人者の地位が脅かされるということだ。かつて、一時森内にも追いつめられた事があったが、持つ意味の重みが違う。
とはいっても、羽生ももう齢四十を超えている。下の世代のトップに世代交代していくのが自然な流れだろう。
ところが、羽生は今回その流れを自力で完全に食い止めて見せた。それも、この第四局で見せたようにあらゆる意味で若々しくてタフな将棋で。
最近の羽生の将棋を見ていると、衰えるどころか逆に若い頃にはなかった凄みさえ感じさせる。それは銀河戦の決勝でも島朗が解説で力説していた。
羽生は、今まで当初は苦手にする棋士がいても、その相手との対戦を重ねて慣れて何かを一度つかんでしまうと、その倍返し―どころ何十倍返しで完膚なきまでにやり返してきた。ここではその具体的な棋士名をあげることはやめておこう。渡辺戦についても、最近徐々に羽生が巻き返してきている。
それでは、渡辺はそういった棋士の列に名前を連ねてしまうのだろうか?
私にはそうは思えない。今回は内容的にも羽生が完全に押していた。それは渡辺自身もブログで認めている。
ただ、今回でも第一局では渡辺しか出来ないようなやり方で羽生を負かしていた。本当にこの二人の将棋は、張り詰めた緊張感がすごい。そして勝敗についても、その時々によってどちらに傾くか分からないスリルがある。
だから、多分今後も当分は互いに勝ったり負けたりを繰り返してゆくのではないだろうか。
ただ、その際に今後大変なのは、むしろ渡辺の方だろう。何しろ年は自分の方が若いのに、年上の羽生が衰えるどころか新境地を開拓してますます油断ならぬ大変な相手になっているので。

でも、結局この二人については第一局でも紹介した3月のライオンの中の名セリフを再掲するしかなさそうだ。
思いっ切り技をかけても 怪我しない
全力で殴っても同じ位の力で殴り返して来てくれる
そりゃ渡辺も羽生にあたるのはうれしかろーよ
そしてそれは羽生にしたって同じ事
お互いにお互いが相手の事を 力いっぱいブン回しても
壊れないおもちゃだと思ってるからな
ちなみに、原作では「羽生」にあたる「宗谷名人」は、いかにも羽生のイメージがある。一方、「渡辺」にあたる「隈倉九段」は、大変大柄で逞しい体格で足のサイズも30センチの巨漢である。実際の渡辺とは全然違う。
しかし、その厳しくて迫力満点な将棋は、まさしく渡辺のイメージなのである。
「隈倉九段」は「宗谷名人」に名人戦で負けて、旅館の壁を蹴破る。勿論、渡辺はそんなことはしない。(多分そんな力もない。)
しかし、渡辺のことだから、心の中では旅館の壁を蹴破るくらいのことはしているに違いなく(余計な説明かもしれないが、それくらいの悔しさを抱いてと闘志を燃やしているだろうという意味だ)、羽生ファンとしては次の渡辺とのタイトル戦が楽しみであると共に、ちょっとこわいのである。
ただし、我々ファンと違って羽生は恐らく何も恐れたりしない。
そういう二人の対決だから面白い。

(完)

羽生善治が王座を奪還その2 2012王座戦第四局 渡辺vs羽生

王座戦中継サイト
棋譜(千日手局)
棋譜(指し直し局)

さて、紆余曲折あって結局は居飛車左美濃vsノーマル三間飛車に。現在ではほとんど見かけない形になった。
そもそも、現在では左美濃に対しては藤井流の攻略システムが決定版になっている。藤井システムというと居飛車穴熊対策が有名だが、その前に左美濃撃破の完全なシステムも藤井は構築していてそれは現在でも有効である。「藤井システム」という題名の左美濃攻略だけに絞った本もある。
その場合は四間飛車で玉を△7一まで囲って左美濃の最大の弱点の玉頭を狙って藤井らしく振り飛車側から動いてどんどん攻めるのだ。
というわけで、1、現在は角道を止める振り飛車が激減、2、左美濃に対する振り飛車の対策が完成されているといった何重の理由によってほとんど見られない。
それが、前回述べたような序盤の経緯によって、歴史が何十年前の形に突然遡ったわけである。当時は、この振り飛車の△6五歩と位をとる形が一番有効とされていた。(藤井システムでもこの△6五歩は同様に大切なポイントだが。)
そして、経験値や実戦をリアルタイムで見た多さでは羽生が圧倒的に有利になった。しかし、渡辺の序盤センスも経験不足など全然感じさせないものだった。
角を4六から3七に転換して相手玉を角筋で睨み、振り飛車が位を取ってきた6五歩を逆に狙って逆襲する。ごくごく自然な指し方だけれども、まだまだ互角のようにも見えた。
しかし、羽生が力技で局面の流れを変えに出る。50手目の△4四銀がそうである。これは大胆不敵な手だ。
この瞬間に先手は▲6四歩から▲7五歩と猛攻する事が可能だ。特に▲6四歩△6二金とへこまされる形は普通ならば耐えがたい。一方的に攻めまくられる危険がある。
本局の羽生は、こういう「やってこい」という挑発的な手が多かった。そもそも、△3二飛△4二銀が居飛車の態度次第では大乱戦になるし、その後ももう一度飛車先を受けずに挑発して、さらにこれである。
渡辺は、どちらかと言うとこういうのを真っ向から咎めに行きたいタイプだと思うのだが、今回はどれも自重した。実際は▲6四歩を入れずに単に▲7五歩。
今回は対局が深夜にまで及んだので、感想戦は簡単に済まされた様で、対局者の考えが全く分からない。だから、この手についても推測するしかないが、とにかく渡辺は▲6四歩まで入れるのはやりすぎだと考えたのだろう。
つまり、今回はずっとある程度は羽生の側の主張が通っていた。勿論、全て具体的な読みに裏付けられた話だが、シリーズ全体を通じて、羽生の側に今までの渡辺戦ではなかった余裕のようなものも感じた。
以下、渡辺が一歩的に攻める展開にはならず、羽生も金を6四に打ちすえて6筋と7筋の位を逆に奪還し返すことに成功した。要するに△4四銀の強手が通ったようにも見える。
さらに、△7二飛と回って総攻撃を見せて力をためた手が理屈ぬきに感触の良さそうな手。こういうのは弱い素人にも感覚的に良さが理解できる。段々後手のペースになってきたように思えた。
さらに、先手が▲6八歩と辛抱しておさめたところに△3三桂。ここにきて遊び駒の活用である。よく言われるように振り飛車は左桂がうまく活用できればよくなる。その基本に忠実な手でもある。
こんなところでじっと手を渡すのがいかにも羽生流。いつもの羽生らしさなのだが、これまでの渡辺戦で羽生はあまりに気合が入りすぎて無理に攻めようとして失敗する事もなぜか多かった。やっと羽生も渡辺相手に平常心で普通に指せる様になってきたということか。逆に言うと、羽生にそういう焦りを生じさせるくらい渡辺が強くて厳しい将棋を指すという事である。
行方をはじめとして控え室は後手が良さそううという判断だった。森内だけは先手を持ちたいと言っていて行方が素直に動揺していたが、多分プロの素直な感覚だと後手がいいと感じるのではないだろうか。
特に振り飛車党ならば、左辺の厚みが大きい上に、飛車も攻撃に控えていて、さらに左桂まで捌けているのだから、基本的に何も文句のない局面なのではないかと思う。
しかし、このまま簡単に終らないのが羽生vs渡辺である。渡辺も決断よく飛車角を渡して後手玉をとにかく薄くしておく。必然の手順で仕方ないところもあったのかもしれないが、実戦的な指し方である。
そして、後手が一度108手目で△2九飛成と一度ゆるめたところでは、既に何となくはっきりしない局面だ。後手の次の△7六桂が厳しいが手番は先手。▲6一銀といやらしくひっかけて△7六桂に▲9七玉と逃げたところでは先手も結構抵抗力がある。この後の後手の△9三玉もそうだが、この形は手が稼げるのだ。
逆に後手玉に先に詰めろがかかった。もはや勝敗不明で、逆に先手勝ちの変化も出てきた。121手目で▲8八金とした場面は、後手玉が詰めろ。先手玉は詰まない。超難解ながらも、もしかするとついに先手が勝ちになったのではないか(後手は△7一金と犠打して千日手を目指すしかないか)と言われだした瞬間・・。
羽生の△6六銀。
歩の頭に捨て駒の銀。これが後手玉に対する▲6六桂の詰み筋を消していると同時に、先手玉への詰めろになっている。芸術的な詰めろ逃れの詰めろ。
誰も考えてなかった。理屈ぬきに「羽生マジック」である。とにかく、こんな手が浮かぶ事自体が素晴らしい。控え室のプロたちもネットで観戦していた我々も唖然呆然。現地で大盤解説していた森内も、こんな手を見れたのが嬉しくて仕方ない様子だったそうである。
しかし、それは観戦者だけではなかった。渡辺明も実に正直者の彼らしく、この手にビックリしている。局後の感想でも「△6六銀がすごい手で」と述べているし、自身のブログでも「千日手局、最後は勝ちになったのかと思っていましたが△66銀とはすごい手があるものです。」と悪びれずに書いている。
普通なら、こんな絶妙手を指されたら悔しくて口にするのもいやなのではないだろうか。ところが、渡辺はそれを素直に認めて感心して、さらにこんな手を見られたのを喜んでいる節すらある。
渡辺はなんという男だろう。いや、彼に限らず本物のプロ棋士はこういうすごい手を少年のように喜んでしまうところがあるのではないだろうか。
加藤一二三も自著の中でこのように述べている。(過去の私の記事でも紹介した事がある。)
「私の角が二枚並び、大山棋聖の飛が二枚並んだ形は心を打たれるもので、まず二度と出ないと思う。私は対局中この形に進行したときに、大きな喜びを覚えていた」
羽生もそうだ。先日流れた七冠当時のインタビューで、将棋は苦しいが、その中で何か正しい指し手を発見出来た喜びはなにものにも変えがたいという意味のことを述べていた。
我々ファンはどうしても勝敗だけで見てしまうが、当事者の彼らはたとえ相手の指した手であってもそりが素晴らしい手であるならば純粋に喜んでしまうのではないだろうか。我々人間には分からない神々の人間の理解を超越した快楽があるのではないだろうか・・。
さて、現実の世界に戻ろう。実際にはこの△6六銀には▲7八銀上という対応もあったようだ。棋譜コメントでは伊藤四段が指摘していたし、GPSも読んでいた。コンピューター将棋の終盤力の高さの証明である。
単に先手玉の詰めろを消しているだけでなく本譜であらわれた△8九金以下の千日手の順も防いでいる。後手としては攻め方が難しい。普通の攻め方では詰めろが続かない。
しかし、ツイッターで強い方に教えていただいた順をここでは紹介しておこう。
▲7八銀上以下△8九金▲同銀△7七銀不成▲6三飛。
金を捨てて△7七銀不成が再びこれが詰めろ逃れの詰めろ。しかし、▲6三飛が先手玉への△8五桂打以下の詰めろを消している。(△7三桂が8五に跳べない。)
▲6三飛自体は後手玉への詰めろではなく、後手から先手への詰めろは何通りかかかるが、その攻防の組み合わせが超難解ということだそうである。少なくとも本当に強い人でも簡単に勝ち負けを読みきれないようである。
これについては将棋世界や新聞観戦記を待つしかないだろう。
本譜は△6六銀に▲同歩としたために千日手コースに突入した。
夜十時を過ぎて、この激闘の末に千日手。もう、いいじゃない、勝負なんかつけなくてもといいたくなる。しかし、将棋の場合はこんな時でも指し直さなければならせない。
立会人の大内が対局室に入ってきて、二人に何かを告げている。30分の休憩とはいえない休憩をはさんで指し直し。
当然テレビならば長いCMが入るだろう。私もこの続きは明日にさせていただこう。
ちなみにニコ生解説の浦野真彦は、前日深夜まで順位戦を戦っての解説でここでの千日手。本当に大変だ。アマチュアに分かりやすい解説をしつつ、自著の詰将棋本などの宣伝もまるで「ジャパネットたかた」よろしく巧みに行っていた。
しかし、浦野もこの時点ではネットで「ジャパネット」のあだ名がつけられて、なおかつamazonで浦野本がバカ売れしているの事をこの時点では知る由もなかった・・。

(続く?)

羽生善治が王座を奪還その1 2012王座戦第四局 渡辺vs羽生

王座戦中継サイト
棋譜(千日手局)
棋譜(指し直し局)

日が替わって午前一時過ぎになって、やっと勝負の趨勢が見えてきた。先手の羽生玉は金銀を次々に打ち据えてガチガチに再構築され全く寄らなくなり、後手の渡辺玉は粘っても結局は寄ってしまうのが時間の問題である。
しかし、渡辺は気合を込めた手つきで指し続ける。角をきらずに何度も逃げる鬼の辛抱をして決して自爆だけはしない。全く先に光明が見えない絶望的な状況で、渡辺は決して折れずに本当に最後の最後まで指し続けた。
午前九時に始まった対局が大激戦の末に午後十時過ぎに突然千日手になり、30分の休憩をはさんで指し直し。お互い持ち時間がほぼ一時間の状態で指し直し始めて、終局は午前二時を過ぎていた。計17時間の激闘。
最後は(当然なことながら)羽生が堅実に受けて、渡辺にとっては投げるタイミングを失する展開になってしまったこともある。
しかし、この二人の勝負では2008年の竜王戦第四局のことがある。羽生の勝利が目前だったように見えたところから、羽生がコップの水を飲んでいる間に、渡辺がフト自玉が打ち歩詰めで逃れる順を発見する。ほとんど投了も考えていた渡辺がそこから息を吹き返して勝利。さらに、三連敗後の四連勝。
本局の最後まで諦めない渡辺を見ていて、その時の姿がオーバーラップした。この執念と精神力が渡辺の強さである。今回はあの時と違って渡辺が逆転する可能性はほぼ0%に近かったが、それだけに指し続ける渡辺に凄みがあった。
と同時に、私は羽生ファンなのでタイトル獲得の瞬間を切望しながらも、こういう絶望的な状況で黙々と指し続ける渡辺の姿に、ちょっと何とも言えない気持になった。今回に限らず、将棋の大きな勝負では最後の瞬間に勝者よりも敗者が強烈な印象を残す事がよくある。今回もそうだった。
渡辺はタイトルを失冠するのは、なんと今回が初めてである。あの羽生でも、渡辺からタイトルをもぎとる為には、激戦の千日手を経て17時間もかかったのである。

午前9時に先手渡辺の▲7六歩で長い一日が始まった。いきなり後手の羽生が二手目△3二飛。後手で藤井流の角交換はある程度予想されていたが、これはさらなる変化球である。
「私の座る位置からは指し手が見えなかったんですが、後手番で駒がカチャッと重なる手はほとんどないので、これは何か起こったなと思いました」(行方八段)―二手目棋譜コメントより
行方はあまり朝が得意ではないと言われる。前日の晩も恐らくおいしくお酒をいただいたことだろう。そんな行方の目を覚ます「カチャッ」。「泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず」・・ではなく、「行方の眠りを覚ます△3二飛 カチャッの音で二日酔い飛ぶ」である。
とはいえ、この二手目△3二飛は、かなり有効な作戦で、特に本譜でも出た四手目△4二銀の佐藤康光新手は大変な高勝率を誇っている。但し、初手に▲2六歩とされるとこの作戦は採用できないので、後手が振り飛車党の際には先手の居飛車党は▲2六歩で作戦を封じる事が出来る。
問題は、後手が羽生のようなオールラウンダーの場合だ。初手▲2六歩だと△8四歩以下相掛かりもあるので矢倉などを指向するなら▲7六歩だが、それだとこの△3二飛がある。
現に去年の順位戦A級でも渡辺相手に後手の谷川がこの△3二飛を採用して勝っている。名人挑戦争いに大きな影響を及ぼす将棋だった。
また、将棋世界誌の「イメージと読みの将棋観」でも、この形が取り上げられた事があり、渡辺はなかなかここまで研究が及ばない、振り飛車党相手なら▲2六歩で防げるなどと言っていたと記憶する。
というわけで、この△3二飛は実は後手の作戦としては意外に最初から可能性があったのかもしれない。
特に、最近は藤井流の角交換振り飛車が大流行しており、羽生もよく採用しているので角交換系の振り飛車をするのなら、こちらも選択肢としては考えられた。
但し、この△3二飛△4二銀は先手がどんどん飛車先を突いて交換すると序盤から大乱戦になる可能性がある。後手はそれを覚悟する必要があるが、過去の実戦例を見ても後手も十分戦えるし羽生も自信があったということなのだろう。
最近羽生はチェスをよく指している。この前の日曜日も、女子欧州王者のアルミラさん(大変魅力的な人だった)と時間切れ二番勝負を戦い二局とも引き分けていた。他にもたくさんチェスを指している。
その時も羽生は相手の得意を外す作戦を採用していた。将棋の場合は、最近は何でもありで合理的になったけれども、まだ少しだけ「堂々と相居飛車で」という感覚もわずかながら残っているような気がする。だから、羽生が今回△3二飛を採用したのも意外とされた。しかし、純粋な戦術面から考察すると今まで述べてきたたようにこの△3二飛も十分考えられた。
日本的でないチェスはより合理的というイメージがあるので、羽生が今回△3二飛を採用したのは、最近羽生がチェスを多く指している事と関係がないのではないかと私は感じた。
但し、私はチェスの事情を全く知らない。チェスに詳しい方によると、チェスでは△3二飛のようなマイナーな戦術を採用しては勝てないということだそうである。将棋の△3二飛がどの程度「マイナー」といえるのかによるのかもしれないが。
さらに、▲2五歩に対しても羽生は飛車先を受けなかった。ここでも当然▲2四歩以下の激しい変化が考えられたが、渡辺は自重。しかも決断は比較的早かった。
研究していたのか、持久戦でいくと決めていたのかは分からない。まずじっくり玉をかためてというのも渡辺流の個性だが、同時に咎められるならば厳しく咎めるというのも渡辺らしさなので、真意は渡辺に聞いてみないと分からない。
そして、渡辺はじっくり駒組みを進めつつ左美濃(天守閣美濃)を採用。渡辺としては珍しい。持久戦なら渡辺は居飛車穴熊がトレードマークなので。
しかし、この場合は振り飛車側の角筋が開いたままなので、下手に穴熊にすると普通の三間飛車よりも角筋をいかした猛攻を受ける可能性がある。藤井システムの要領で。
従って渡辺は高美濃にしたと推測されるが、それを見届けてから羽生は△4四歩と角道を止める。
ちょっと損なようだが、さらに進むと左美濃対三間飛車の懐かしい形になった。▲中原vs△大山などで多く指された形である。
つまり、羽生は角道を止めても、羽生が若い時によく見たり自分でも指した形で十分勝負できると考えたのだろう。「羽生の頭脳」でもこの形がとりあげられているそうである。
但し、この形は▲谷川vs△羽生の竜王戦の有名な将棋でもあるという。だから、渡辺は実戦経験はなくても、この形はある程度知っていたはずだ。特に渡辺は修行時代に谷川の将棋を実際に盤に並べて深く考えたというから。
とはいえ、実戦経験があるのと本の知識だけでは、やはり大きな違いがある。△3二飛の採用といい、この形に誘導したことといい、羽生の戦略家ぶりが今回は目立った。
渡辺vs羽生では、どちらかというと渡辺のほうが用意周到な戦略家ぶりを遺憾なく発揮して、それに羽生が受身になることが多かった。そういう意味でも本局は珍しかった。羽生もついに渡辺に少し慣れてきたのだろうか。
これを天上で見ていた大山康晴が、「この後は自分に三間飛車を持って指させてくれ」と懇願したかどうかは知る由もない。

序盤の話だけで、すっかり長くなった。しかも今回は二局もある。一回ここできって明日以降続きを書かせていただくことにする。
いや、こうして話がなかなか進まないのは私の責任ではない。最近は、様々な面白いブログが出来ていて、それらで一回完結しないのが流行っている?
私は以下に紹介するブログの真似をしたまでのことだ。抗議はこれらのブログ作者たちにお願いしたい。
私のブログを読まれる方なら既にご存知かもしれないが、もしまだという方はいらっしゃったら是非。私の記事などより両方ともよっぽど面白いので。

気が散る前に
(元島研メンバーによるイベントについてのレポ・・というよりは創作?)
ものぐさ記念対局自戦記:第1回
ものぐさ記念対局自戦記:第2回
(両方チェスの自戦記なのですが何も分からない将棋ファンの私が読んでも面白いです。)

(続く・・・?)

コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
Recent Comments
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ