電王戦について語りたい事は山ほどある。同時に、書きにくいことも同じくらい多い。そして既に多くのことが語られすぎている。
第五局を受けて、NHKの昼間の情報番組「情報まるごと」で三浦弘行のインタビューがあり、大変興味深かった。
既報の通り第五局はGPSの圧勝だった。あの将棋は、三浦がGPSの攻めを引っ張り込みに行き、攻めがつながる受けきるかという勝負になった。だから投了図が一方的だとしても、結果としては「仕方ない」という言い方も出来る。しかし、あのGPSの指し方には「たまたま攻めがつながってしまった」では決して済まされない凄みがあった。
三浦の具体的な発言をきいてみよう。
「序盤で有利な態勢を築いておいて、中終盤でコンピューターの計算能力が及ばない、もう追いつかない、そういった局面にしてしまうという、それが狙いだったのですけれども。」
第四局までを見ても、いまだにコンピューターソフトの序盤には基本的な欠陥が残っている。端歩を簡単に突きこさせる、飛車先の歩交換を安易に許す、角金交換をしてしまいがち、無理攻めをしてしまう、等等。率直に言ってソフトでなく人間が同じ序盤をしたら、「まずは初段を目指しましょう」と言われかねない粗さがあるのだ。
そして、そのコンピューターの序盤の欠陥を端的につこうとしたのが去年の米長邦雄の△6二玉だった。賛否両論だったが、あれは明確な「アンチコンピューター戦略」であって、その意義はむしろ今年の結果を受けてようやく評価されるはずである。米長は大変頭のよい人だった。
三浦が選んだのは矢倉の「脇システム」。矢倉の定跡の中でも一直線の変化になりやすい。深いところまで研究可能だ。そして三浦は「脇システム」において棋界でも有数のスペシャリストなのである。
だから、GPSが多少定跡をプログラムで入れてあっても、必ず序盤でよく出来るという三浦の計算があったはずだ。
但し、「脇システム」は普通の人間の矢倉の定跡であって、ソフトの序盤の隙を突く「アンチコンピューター戦略」ではない。それが結果的にはGPSに利した。
三浦のちょっとした工夫は▲6八角。前例としてはマイナーだが三浦自身にも二局経験がある。以下△7五歩▲同歩△同角が前例。三浦もそれを想定していた。
三浦「ここで△8四銀と。今私が歩得をしていますが、その歩を取り返さずに、取り返せるところですが、△8四銀と攻めに転じる手が、なかなか人間には想像できないあまり考えない指し方だなぁと思います。」
現に三浦は意表をつかれてここで長考している。但し、この△8四銀がよい手だと思ったのではなく、ここで攻めてきてくれるのならば「指せる」と三浦は考えたそうである。それは控室等の検討でも同意見だった。人間の「感覚」だと、ここで歩を取り返さずに攻めて来るのは、やや指しすぎ・無理だという感覚なのである。勿論、ハッキリそれで先手がいいということではないにしても、普通のプロ将棋だとこういう「感覚」にない手を指すと人間のプロ将棋同士の将棋では負けてしまう可能性が高い。
三浦「若干ありがたいと思いました。局面をうまくリードできるのではないかと思いました。」
ところが、ここからGPSが細いきれそうな攻めをつなぐ技術が絶品だった。こういう細い攻めをつなげる事にかけては渡辺明が人間では抜群の名手なのだが、その渡辺すらブログでGPSの攻めに素直に感心している。

渡辺明ブログ 電王戦終わる。

三浦も率直にこう言う。
「思った以上に私の方が指せているというわけではなかったと気づきまして。局面が進むにつれて、こちらとしてはリードをしなければいけないという思いがあったので、ただなかなかリードを奪えないことに苦しんでいた時間が長かった。それはやっぱり焦りにはつながっていたと思います。」
GPSが冴えまくっていた一方で、プロ棋士仲間の評価としては、三浦の調子がいまひとつだったとも言われた。その辺りはこの心理的な焦燥が原因だったのかもしれない。
「80手目ですかね、もうGPSは間違えないだろうと、その時にこの将棋は勝てないだろうと覚悟を決めましたね。」
結果として、GPSの圧勝。またしても三浦の正直な言葉が続く。
「一言でいえば怪物だったなぁと思います。対局していて分かったのですけれども、まだGPSの強さを完全に自分では引き出せたとは思っていないんですよね。まだGPSには余裕というか隠された強さがあるというのが、対局してみてよく分かったので。」
単に展開で偶然三浦が負けたということでは多分ないのだ。細い攻めをつなげる用意周到な抜群に深い読み。さらに人間の感覚では否定される△8四銀を指せる先入観のなさ。人間はまだ「大局観」ではコンピューターを凌駕しているといいたいのだが、むしろコンピューターの「大局観」が既に人間を脅かしているのではないかとまで言いたくなる強さだった。
勿論、コンピューターは手を純粋に読んで数値化して評価しているだけなので、本当の意味では人間のような「大局観」はない。しかし、そういう計算だけで既に人間の研ぎ澄まされた感覚を超えることもあるのが恐ろしいところである。
第四局までは、ソフトの強さとともに必ずその弱点や脆さも感じさせた。しかし、この第五局のGPSについては佐藤紳哉を習って言うならば「序盤、中盤、終盤と隙がないよね」だったのである。それが第四局までとは本質的に異なる第五局の衝撃だった。
但し、先述したように序盤の展開でコンピューターの力が発揮しやすかった事は考慮すべきかもしれない。
NHKのアナウンサーが多少残酷だがよい質問をする。
「三浦八段すら敗れてしまう現状ではコンピューターにもはや人は勝てないのではないでしょうか?」
三浦「まぁ、かなり厳しい質問なんですけれど.....」
(しばし間があって)「まぁ、なんとか弱点を見つけなければいけないとは思っていますけれどもね。」
これはこのように解釈してしまう事が可能だ。「普通に戦うと、ちょっと厳しいので序盤で変わった工夫、アンチコンピューター戦略をしないともはや厳しいのかもしれない。」
これを述べているのは、その辺のアマチュアではない。A級が長く、羽生の七冠の一角を崩し、今期も最後まで羽生と名人挑戦を争った超一流のプロの発言なのである。
三浦の実直な人柄がますます好きになりつつも、古くからの将棋ファンとしてはショックを受けずにはいられないというものである。