今日最終局のあった女流王位戦は甲斐智美が勝って復位した。今日の将棋も大変強い内容だったし、特に第四局は文句なしに女流の名局であって、スリリングで緊張感のある終盤の激闘が延々と続いたのである。私は羽生と渡辺のこういう種類の将棋を思い出しながらネット中継に見入っていた。
里見にとっては痛い失冠だが、現在の女流のレベルアップを証明する結果と内容で、それは里見にとってもむしろ歓迎すべき事だと思う。
里見は現在奨励会に挑戦中である。「情熱大陸」でも、その様子が映し出されていた。
奨励会の当日に、部屋の隅でマスク姿の地味な服装で大人しく肩をすぼめている姿。
帰り道で対局結果を番組の取材スタッフに聞かれ、「いやっ」とだけ答えて黙って歩いてゆく後ろ姿。さすがの彼女でも取材に丁寧に答える余裕など全くない様子。
奨励会の幹事の経験のある畠山鎮が言う。
「その二つをこなすというのは、一般的には二倍のエネルギーがいると思われるかもしれませんが、そんなものじゃないすですね。八倍十倍のすごいエネルギーがいるでしょうね。体力的精神的にいままでにどの棋士もやった事のない世界です。」
その通りで里見には本当ならば奨励会一本で修行に打ち込みたいという気持ちもあるのかもしれない。
実際に里見は奨励会入りに当たっては、女流を休業してでもする覚悟だったそうである。当時、奨励会と女流の両立は禁じられていた。
但し、彼女は既に女流の顔で、連盟としても彼女を一時でも失うのは避けたいという思惑も多少はあったのか、奨励会と女流の両立を特例として行う事になった。(現在はこの里見の件をきっかけとして、女流と奨励会の両立が認められている。)
奨励会というのは本当に厳しくて過酷な世界だ。彼女に限らず、若者たちとが文字通り人生をかけて戦っている。本来それ以外にまわす時間もエネルギーもほんのちょっとでも残っていないはずだ。
だから、里見にとっての女流棋戦というのは
(里見本人がそう思うのではなく無責任な外野からすると)、本当に必要な戦いなのだろうかとも思えてしまう。
いや、思えてしまっていた。しかし、今回の甲斐の見事な戦いぶりが、里見にとって女流の戦いに意義がある事を証明してくれたと思う。里見でも本気で戦いがいのある相手のいる世界。
「情熱大陸」では斬られ役になってしまった上田初美も女流名人戦では里見をギリギリのところまで追いつめたのである。
現在の女流のレベルアップは著しく将棋の内容自体も従来に若干あった男性棋士との質の違いなど全く感じさせなくなっている。
他の女流棋士が里見に楽に全冠達成させないのは、彼女たちにとっても里見にとっても大きな目で見ればプラスになる筈である。
その意味でも今回の甲斐は立派な仕事をしたと思う。彼女自身も奨励会経験があり一級まで行った事がある。そして、今回の将棋を見れば分かるように間違いなく彼女は当時より強くなっている。(そして実は彼女は奨励会と女流の両立が禁止されて女流棋戦休業を余儀なくされた第一号でもあった。)
里見の奨励会と女流の両立は波紋を呼んだが、結果的には里見が奨励会でもまれてますます強くなり、それに対抗すべく女流のレベルもあがって、里見にとっても有意義な戦いの場となり、全てよいことづくめである。そのように全てを良い方向に向けてしまう力があるのではないかという「里見信仰」のようなものが私にはある。

この「情熱大陸」のような番組も、彼女の修行の邪魔になるのではないかと私などは勝手に杞憂してしまう。しかし、それも全く杞憂のようだ。
彼女の対応は明るく自然。全く構えたところがないし、自分に与えられた環境に素直に従っている。
屈託なくおいしくものを食べていたり、雨の中に傘もささず対局上にフラリと現れたかと思うと、方向音痴ぶりを披露したりする。
かと思うと、マイナビで慣れない和服に戸惑いつつも、萎縮せずにしっかり帯の色を主張する。
この取材も、彼女にとっては決して「邪魔」ではなくて楽しんで受けたのだろう。あくまで自然に。そのように全てをプラスに受け入れてしまうところが里見の一番よいところなのではないかと感じた。
―「里見さんの夢って何ですか?」
里見「夢ですか?夢はないです、目標なので。目標はプロ棋士になる事です。夢だとかなわない事なので、かなうようにやっぱり目標としてプロ棋士はなりたいと思います。」


今回の女流王位戦で、勿論甲斐は勝とうと思って必死に戦っただけだろう。しかし、私には今回の甲斐の戦いぶりは里見に対する最大のエールになっていたようにも思える。