以下、加藤一二三先生語録です。

加藤先生が小学校四年の時に新聞の観戦記を読んでいたら「A八段が一手指したら相手が受ける手がなくなった。」と書いてあった。それに加藤少年はハッとして将棋はよい手を指せば相手が受けられなくなる事があるのだなと開眼したそうである。
羽生や谷川は子供に対して「まず将棋を勝つ楽しみをを覚えなさい」と言うそうだが、加藤先生はそうではなく将棋の面白さは「一手一手の必然性」と言う事にしているそうである。そして自らの将棋でもそれを重視されているとの事。
「これだっ、将棋はこんなに深いものかと思ったのが四年生、かなり冴えていますよね。」(ひふみんスマイル)。
加藤少年、当時アマチュア10級程度。冗談でなく少年でこういう捉え方を出来るのは「天才」だと思う。子供の頃から直観と閃きの人なのである。

大山先生について。大山と加藤の貴重なツーショット写真が何枚も紹介されたが、当然ながら加藤先生が若い。そして意外に二人とも笑顔の写真ばかりである。
加藤先生が大山先生に初めて名人挑戦して大山が防衛した際に、大山はこう言ったそうである。
「加藤さんにはいずれ負ける日が来ると思います。」
これは加藤先生によると、大山が気を遣って言ったなどということではないとのこと。大山と言えば苛烈な盤外戦術というイメージもあるが、少なくとも加藤に対しては「大変陽性で、意外に駆け引きをしなくて、話し好きだった。」そうである。確かに写真の二人の表情がそれを裏付けている。年齢も離れているし、大山先生も加藤のあの人柄に対してトゲトゲしくなりようがなかったのかもしれない。
大山升田の名人戦直後にタクシーの中で。「加藤さんね、今度の名人戦は升田さんは何かアレだよね、手ごたえがなかったですよね。」
これには加藤もまさか「そうですよね。」とも言うわけにもいかずに困ったとの事。普段の大山先生のこうした姿にも大変興味がわいた。

今回は実際に盤の前に座って解説されたのだが、いつも(以上)の自画自賛型解説だった。
解説でも何度もズボンたくしあげ。「これ調子がいいですよ、香車がいきてきましたよぉー」
そして、高い駒音とすごい手つきも再現。(盤に駒をねじこむように指しながら)「これはこの時こんな感じで指しましたっ。」
相手の後ろ側にまわって盤を見る姿も実演。そして真剣に顔をして番を見つめるとパチンと手をたたいて「よしっ分かった。」のポーズ。憎めない人である。

有名な第七期十段戦第四局の6二歩について。加藤先生が渡辺竜王と韓国の対局で立会いをした際に▲4四銀と言ったら「先生、それ▲4四銀△同金▲6二歩でしょう」と言われた。「えっ、渡辺さんそれ知っているの?」「そんなの、みんな知っていますよ。」
加藤先生は感激されたそうですが、あれだけことあるごとに▲6二歩の話をされていれば大抵知っていると思います、先生。
内田記者によると、竜王は最近加藤先生が一分将棋の神様と呼ばれていたわけが分かってきたそうである。それは早指しというよりはタイトル戦で終盤に一分将棋で延々と指しているのを見ての感想らしい。大山先生相手のタイトル戦では、大山残り三時間、加藤残り一分で戦う事もよくあったとのこと。しかし、加藤先生によると「そういう将棋はたいていわたくしが勝ちました。」(ひふみんスマイル)
またある時、渡辺竜王は加藤先生に対して「加藤先生、中原先生との王将戦で中原先生が6五歩と指したのに対して先生は4五歩と指されましたよね。あれはなかなか指せないです。あれはどうして指されたんですか?」と聞いてきたそうである。加藤先生曰く「渡辺さんはわたくしの将棋をよく並べて研究しているようなので、これからますます強くなると思います。」(ひふみんスマイル)
冗談抜きで渡辺は加藤などの昔の将棋も並べることがあるようだ。基本的に将棋の技術は現在格段に進歩している。そして渡辺は将棋世界の「イメージと読みの大局観」などでは、昔の将棋の指し手に対して渡辺らしく率直で少し辛辣なコメントをする事も多いのだ。それでも、昔の将棋を調べるらしい渡辺の心境、考え方が興味深いと思った。

うな重について。「普段はそんなに食べないんですっ。」そりゃそうでしょう。
加藤先生御用達のふじもとにも取材していたが、
ふじもとの店員さんによると、加藤先生は必ず新しいピン札で支払いをするので「あぁ加藤先生が注文されたんだな。」と分かると。加藤先生、意外にといったら失礼だが細かいところまで心配りをするのだ。

ストーブ事件。冬の対局で寒いので自分だけでなく対局相手にもストーブを当てたら三人のトップ棋士に「やめてくださいと言われました。」「でもわたくしが思うに、断った時はいいですけれど、その後にみなさん寒かったんじゃないかと思いますが。だから、今からでもいいからあてて欲しいと思ったんじゃないかしら。」全然反省されてないようです。
「ところが、三人に言われた時はわたくし全敗ですっ。」(なぜかキッパリと。)

達人戦で森内名人相手に二手指しの反則をした。その際に森内がモスグリーンのスーツを着用していて、加藤先生はその姿を見ていると「何やら現実感がなくなってきまして若干闘志がなえてきまして。」
その直後のタイトル戦でも羽生三冠がモスグリーンの和服を着ていて驚ろかれたとのこと。
ところがである。この番組では加藤先生、モスグリーンのシャツを着用されている。全視聴者が突っ込みたかった事を山田久美さんが聞いてくれた。さすがである。しかし加藤先生は全くめげません。

これはですね、これは濃い目のグリーンなんですよ。そして若干柄が入っていますからね。森内名人は無地でした。」(ひふみんスマイル)

中原先生について。ある時中原先生タイトル戦で勝った時に「加藤さんって固太りですね。」と感に堪えたように言われたそうである。他の場所で加藤先生が言っていたが、太っているけれども固太りだせからスタミナがあるという意味だったのではないかということらしい。それにしても、中原も中原、加藤も加藤である。
さらに加藤が十局の死闘の末に名人位を獲得した際に、中原先生が「段々長引いて夏が近づくと、加藤さんは体力的に大変で自分が優位にたつと思った。」と書いていた。これも加藤が太っている事を意識しての発言だろう。
ところが、「これがその時は冷夏だったんですっ。」(ひふみんスマイル)。天気も味方しての加藤念願の名人戴冠だったのである。

加藤先生が歴代第二位の勝ち星をあげた藤森四段戦も自戦解説。その将棋は加藤先手の矢倉だったのだが、実は昔米長vs加藤で、米長先手加藤後手で経験があり米長先生がうまく指して快勝したそうである。
米長先生が亡くなられた後だったので、加藤先生もその形が出た事で対局中にも深い感慨を覚えた。そして、実際に途中まで米長が指した通りにしたそうである。
加藤の記録達成は大変な難産で14連敗していた。それが米長流で勝つことができたわけである。色々二人の間にはあったわけだが、米長が「加藤さん、なかなか勝てないからちょっと助けてやるか」とでも考えたのだろうか。

最後に内田記者が紹介していたエピソードを。羽生三冠の対局を加藤先生が立会いした時の話。例によって加藤先生は早くから盤の位置や光の具合を念入りにチェックしている。羽生も来て後ろからずっとその姿を見ている。
加藤先生がようやく満足し、羽生に気づいて「羽生さん、これでよろしいでしょうか?」と聞いたら、羽生が「えぇ、加藤先生さえよろしければ。」
これには加藤先生も大ウケでした。