2014年02月

森田芳光監督「の・ようなもの」の芹沢博文

昨日の記事を書いていて思い出したが、「の・ようなもの」の方には芹沢博文が出演している。もしかしたら森田監督は将棋好きだったのかと思って、「森田芳光 将棋」でググってみたが、さすがのGoogle先生でもよく分からなかった。
芹沢は主役の伊藤克信演じる若い落語家の志ん魚(しんとと)がつきあっている高校生の由美(麻生えりか)の父親役である。芹沢の女房役が加藤治子だったりする。
志ん魚と由美がデートして由美の自宅まで送る夜道で、ゴルフバッグをかついで帰宅中の父親の芹沢と出くわす。
芹沢は、「いつからつきあってるの?まずいなぁ。とにかく家にきてもらいなさい。」と志ん魚を家に誘う。芹沢の演技は大変自然で軽妙ないい味を出している。
志ん魚が落語家だと聞いて百科事典の落語のところを風呂で読んで濡らしてしまったりするコミカルな父親役で、ものすごく真面目っぽい加藤治子と対照的でおかしい。
さらに、志ん魚なんて落語家は知らないと言って、志ん魚が「二十四孝」を演るはめになる。終わって、芹沢と娘の表情が映し出されて、腕組みして気難しい顔、娘も拍手をするが気まずそう。下手くそなのだ。
芹沢が言う。「なってないねぇ。志ん朝や談志に比べると随分下手だよ。」そしてまだ若いからと言い訳をする志ん魚の歳を訊いて「その時には志ん朝とか談志はもっとうまかったよぉ。」さらに、「サラリーマンだって一年生でも十万くらい稼ぐのに、キミどうやって生活してるの?」全く娘とつきあわす気がないのである。
さすがにちょっと怒る志ん魚に向って、突然駒を配置した将棋盤を出してきて「キミねぇ、悔しかったら、この詰将棋解いてごらん。」。というオチ。
娘の由美も「お父さんの言う通りだと思う。志ん魚さん下手よ。」と悲しそうに言う。
志ん魚は終電も終わっているが帰る事にして、足立区の堀切駅から浅草までその夜から朝が明けていくまでの風景を語りながら歩く。この映画でも屈指の素晴らしい場面である。
志ん魚が気になった由美は、バイクで早朝の浅草で待ち受けていて、「へたくそ」と優しく声をかけ、志ん魚も照れたように笑うのだった。
このブログを書くために久しぶりのこのあたりの場面だけ見返してみたが本当に良い映画である。


森田芳光監督「ときめきに死す」の「谷川会長」

森田芳光監督の初期映画が好きで、デビュー作の「の・ようなもの」、出世作の「家族ゲーム」、デビュー当時の川原亜矢子が初々しい「キッチン」、それと沢田研二主演の「ときめきに死す」は、どれも清冽な感覚に満ち溢れたとても優れた映画だと思う。
沢田研二が寡黙でストイックでシャイな殺し屋の役で、その世話をする杉浦直樹も大変いい味を出していた。
沢田研二が暗殺しようとするのが、カルト宗教教祖のの「谷川会長」である。我らが谷川浩司も、今や「谷川会長」であるわけだが、実はこれは偶然ではない。
森田芳光は、元々この「谷川会長」の役を谷川浩司にやらせたかったそうである。実現はしなかったわけだが役名を「谷川会長」として残したというわけだ。結構未練があったのだろうか。
さらに、カルト宗教の幹部の役を松岡正剛に考えて実際にオファーまでしたという。
(ひとつは森田芳光がぼくを映画に引っ張り出そうとしたときで、丸山健二原作の『ときめきに死す』だった。一度、人を介して断ったところ、森田監督はわざわざそのころ住んでいた麻布の自宅まで口説きに来てくれた。「役者ではなく実在の人を使いたいんです。それで、いろいろ考えて松岡正剛さんと谷川浩司さんで映画にしたいと考えたんです」と監督は言った。谷川浩司はそのころの将棋の名人である。
 このアイディアには感心したし、森田芳光の才能にも目をみはったのだが、ぼく自身に役者になる動機が薄く、なんとなく断ってしまった。「やればよかったのに」とその後もよく言われる。映画は沢田研二が主演して、ぼくの役は日下武史になった。)
「松岡正剛千夜千冊 リア王」より
「ときめきに死す」の公開が1984年2月18日、谷川浩司が加藤一二三を破って名人になったのが1983年6月15日である。時期は微妙だが、森田は谷川がA級での若き天才谷川の活躍を何かで知ったのだう。
そして、かつての谷川の若いに関わらず静謐なたたずまいと気品、さらに世間一般の俗人とは隔絶したオーラを感じ取ったのではないだろうか。そういうイメージでカルト宗教の教祖を考えたのではないかと想像する。
但し、松岡のブログでは、森田が谷川に実際に役のオファーをしたのかは不明で、その辺が少し気になる。
もう一つ将棋関係で気になるのは、沢田研二の熱烈なファンとして有名な山田久美が果たしてこのこの映画を観たのかという事なのは言うまでもあるまい?







渡辺明のゴキゲン中飛車

少し前まで、渡辺明はゴキゲン中飛車のことを、気に入らない戦法、できれば自分の手で撲滅したい作戦(正確な表現は覚えていない)だと言っていたはずである。別に渡辺に恨みがあってこんな話を紹介しているわけではない。だから、渡辺が立て続けにゴキゲン中飛車を採用したのは本当に驚きだった。
王位リーグの佐藤康光戦、王将戦の羽生善治戦、棋王戦の三浦弘行戦と三連続の採用だから本気である。それではなぜか?
本質的な理由は恐らく(特に後手番での)作戦の幅を広げようという事ではないか。やはり、竜王位を十年ぶりに失ったのが事実として大きく、渡辺も何らかの変化の必要を感じたのだろう。
渡辺は竜王を獲得した頃は、後手では横歩取りのスペシャリストだった。しかし、その後に二手目に△8四歩と指すようになり矢倉も角換わりも受けて立つ本格居飛車正統派に変身した。その理由としても、苦労してでも作戦の幅をひろげることで自分の力を高めたいという意味の事を言っていたはずである。
だから、今回は渡辺にとっては恐らく二度目の大きな改造になるのかもしれない。具体的には居飛車の後手番はとにかく苦労が絶えないので、振り飛車も指してみようという考えだろうか。
しかし、なぜゴキゲンなのか。最初にも述べた通り、本来渡辺はゴキゲンがあまり好きではないはずだ。合理的で理路整然とした渡辺からすると、かつてはゴキゲンの悪く言うといい加減で感覚的なところが許せなかったのかもしれない。
でも、最近隆盛の角交換系の振り飛車、藤井流四間やダイレクト向かい飛車ではなくゴキゲンを選んだ。その理由もよく分からないのだが、推測すると角交換振り飛車はそもそも後手で手損するのが前提なので、その不合理性が渡辺にはゴキゲン以上に耐え難いのかもしれない。あるいは、もっと具体的な理由もあるのかもしれないが。
ゴキゲンの方は当初は変わった戦法と思われていたが、今や定跡が隅々まで体系化されて整備されている。だから、もはや普通の「戦法」の一つと言ってもよく渡辺にもそんなに抵抗感がないのかもしれない。
ゴキゲンが最近減少した理由は先手の超速▲3七銀戦法が優秀でその対応にゴキゲン側が苦慮していたためだった。佐藤も羽生もやはり超速▲3七銀だったが、渡辺はそれに対して△4四銀対抗型を採用している。この形は持久戦になり相穴熊になる事も多いが先手が少し指せると言われていたようだが、研究が進んで渡辺はこの形ならば後手でも対応できると考えているのかもしれない。渡辺は合理的なので、当然そういう具体的理由がなければ指さないはずだから。
佐藤戦と羽生戦を見ると、どちらも最初は作戦負け気味、しかし途中からかなり盛り返したりよくなったが、結局終盤は崩れた感じだった。一言でいうと、やはり振り飛車慣れしていない感じである。渡辺ほどの大天才でもやはり振り飛車は勝手が違うのだろうか。少なくとも相居飛車でのあの渡辺の油断もすきもない迫力と比べれば。でも、それはまだ指し始めたからかもしれないし、少なくともいいところなく負けたわけではなかった。
また、個人的にはやはり渡辺は、相居飛車の鋭角的な将棋が向いていて、振り飛車の場合によっては辛抱強く待ったり、時には駒の損得を度外視して捌いたりする(久保利明の様に)のは向いていないような気もするのだがどうだろうか。それとも、いつの間にか振り飛車感覚を自由に指しこなすようになって第二の大山になるのだろうか?
というのは冗談で、渡辺は本格的に振り飛車党に転向しようというのではなく、あくまでも「裏芸としてのゴキゲン」を加えて作戦に幅をもたせようとしているだけのような気がする。

棋王戦では三浦は超速▲3七銀ではなく、▲5八金右超急戦を採用してきた。三浦は渡辺の前二局を見て当然ゴキゲンをある程度予測したはず。そうなると、研究家の三浦は徹底的に事前に対策を練っただろう。そして、激しい変化で定跡研究が大切なこの超急戦を選んだ。三浦の事だから多分詰みの変化までやったのではないだろうか。
ただ、三浦の誤算は渡辺の対応だった。超急戦の最新流行は▲3三香と打つ都成流で、そのあたりの変化は三浦も徹底的に調べたはずである。
ところが、それらの変化になる前の段階で渡辺は△7二玉とした。前例は少ない。それに対して▲7五角として先手か勝っているので、三浦はその前例の変化を信じたか調べてもそれほど深くではなかった可能性が高い。
三浦は前例ではなく▲6三桂成と踏み込んで▲1八角と遠見の角を放つ新構想をみせた。これが研究だったのか、渡辺が当然▲7五角に対する準備がある事を予想してその場で考えたのかは不明である。但し、結果的にはこの三浦の構想はうまくいかなかった。
渡辺がブログで、「考えたことがない展開でしたが、」と述べているのはこの三浦の▲6三桂成以下の順のことを指していると思われる。(勿論、超急戦を想定していなかったという意味ではない。)
だから、三浦も研究していたにしても恐らくそれほど深くではない形、渡辺にとっては完全に以降は自力で指す世界になった。「研究勝負」ではなく、力の勝負、読みの勝負、「大局観」の勝負になった。
まず、先に独特な大局観を披露したのは三浦の方。▲2三歩と悠々と二枚目のと金をつくりにいった。後手玉は中央に厚い防護壁があって、普通だと到底間に合いそうにない。
さらに、後手の桂打ちに対して▲6五香。これも感覚的にはかなり普通ではない手である。香車が逃げると9九の後手の馬の筋が通って先手の1一の龍を取る事ができる。なおかつ龍を取られると先手の2一のと金が1一のソッポへ行ってしまうのだ。それでも、三浦は指せると考えたわけである。
ところが、それに対する渡辺の対応が実に秀逸だった。そのように龍をとっても十分だといわれていたところを、じっと9九の香車を拾っておいた。こうして馬筋もそのままにされると、先手は二枚目のと金をつくっても、そのと金が動くと馬で龍が取られてしまう。つまり、わざわざすぐに龍を取らなくても、この馬だけで先手の龍と二枚のと金が牽制され無効化されてしまっているのだ。
結局その後、先手は後手よりはやい攻めを見つけることが出来ず、渡辺の快勝になった。
▲6三桂成以下の「大局観」勝負で両者に主張があったものの、今回について言えば明らかに渡辺の方がまさっていた。三浦はそもそもの構想がどうだったかという将棋にさせられてしまった。
また、早めに△7二玉と変化する手を用意しておく事で、三浦の深い研究攻撃を防いだ渡辺の作戦巧者ぶりが発揮されたとも言えるだろう。
同じゴキゲンでも、渡辺はまったりとした攻防ではないこの超急戦だと持ち前の鋭さを出せるともいえるかもしれない。もっとも、三浦の方も本来こういう将棋が得意中の得意なのだから仕方ない。
感想戦は、ほとんど本譜の順を並べるだけで30分程度で終わったそうである。だから、この三浦の新手順の成否については何も分からないままである。感想戦をしながら三浦は何を思っていたのだろうか。
何とか第四局までもつれこんで、もう一度このゴキゲン超急戦の形を見てみたいような気もする。

永瀬拓矢の羽生善治観

朝日新聞の観戦記、▲羽生vs深浦(観戦記 後藤元気)の中で、永瀬六段の興味深い話が紹介されていた。

朝日デジタル 「リード広がる 第72期将棋名人戦順位戦A級8回戦 第40局第5譜」
(朝日デジタル トップページ 会員登録すれば無料でこの記事も閲覧可能。)
( 永瀬六段による羽生評は、「直線的な将棋を意識され、完璧主義だと思います。すべての面でトップの存在であり、万能であるがゆえ棋風はほとんどないのではないか」。
 そして「完璧主義だからトップに君臨できているのですが、その点が(勝負としては)狙い目だとも思っています」と加えた。曲線的と見られることが多い羽生将棋を直線的、また完璧であることが狙い目とは、面白い視点ではないだろうか。)
後藤記者指摘の通りに、羽生の将棋は曲線的だというのが一般的な見方である。それはアマチュアだけでなくプロでもそうである筈。
では、永瀬の発言をどう解釈すべきか。よく見ると「直線的な将棋」と言っているのではなく、「直線的な将棋を『意識され』」と述べている。つまり常に直線的な将棋を指すという意味ではなく、斬りあいで一直線に勝てる場合にはそういう将棋に飛び込むことを厭わないという意味ではないだろうか。
それならば理解できる。羽生は、もっと確実な勝ち方が出来るだろうと思える局面でも、全く恐れをしらぬかのように危険もある変化を平気で指す。
普段、羽生が曲線的な将棋を指すのが多いのは、なかなかプロ同士の将棋ではそうはならず押したり引いたりが必要だからなのだろう。羽生は将棋の展開によって、「直線的」と「曲線的」を使い分けていて、ただ常に最短の厳しい変化も常に「意識」はしている、と。だから、永瀬は羽生を「完璧主義者」と呼ぶのだ。
そう考えると、永瀬が「その点が(勝負としては)狙い目だ」と述べる理由も何となく分かってくる。
永瀬は棋王戦本戦で羽生に二連勝して将棋ファンを驚かせたが、その二局目は永瀬先手で矢倉の最新定跡の課題型だった。具体的には、先手が▲4六銀▲3七桂戦法で、後手は△9五歩型を選び、それに対して先手が▲2五桂と攻めていく形だ。
渡辺明が竜王戦で森内俊之相手にこの古くからある形を採用した。それまで先手が苦しいという評価に疑問を呈して、その後のプロの公式戦でも注目を集めて何局か指された。
そして、この形は矢倉でも相当に終盤の深い形まで研究が可能である。プロの将棋は公式対局以外に水面下で膨大な研究が行われていて、この▲永瀬vs△羽生戦もそういうよく研究されているであろう形になった。そして、終盤の最後のところで永瀬が羽生を破った。
つまり、永瀬は羽生が「直線的な将棋を意識して」いるために、最新流行形の定跡のギリギリの変化に決して逃げずに踏み込んでくること予測してこの形を選択したのではないかしら。
そして、「完璧主義者」の羽生を研究将棋にひきみ、羽生が中終盤で自由なイマジネーションを発揮する余地がないようにして、終盤の一瞬の隙をついて勝ったと。
以上述べたのは、勿論私の推測に過ぎない。しかし、この永瀬の羽生評を聞いて、すぐに私はこの将棋の事を考えたのである。もしそうだとしたら、何とシビアでプロフェッショナルな考え方だろう。
その永瀬羽生戦で我々ファンは「羽生さん相手に矢倉を指すなど百年はやい。」なとど好き勝手な事を言っていて羽生勝ちを全く疑わないでいたわけだが、いかにファンなどというものは、お気楽で何も分かっていないものか。
永瀬一人だけは、獲物に狙いを定めたハンターのように、プロらしい考えに徹して将棋を指していたわけだ。あっぱれである。

角を銀のように使った羽生善治

王将戦第四局では何と言っても羽生の▲7九角が印象的だった。
羽生陣は6八と5七に金がいて、角を7九に引いても二重に角道が止まっていて活用の目途が立たない。
しかし、終盤で結果的にこの7九の角は後手の攻めが詰めろになるのを防ぎ先手玉が左に逃げていく余地をつくっていた。
例えば振り飛車の金無双では2八の銀を3九にひいて左の守りを強化しつつ壁銀を解消して玉の逃げ道を確保する方法は一応ある事はある。
しかし、今回は角である。ニコ生解説の深浦康市は「羽生さんは、角をまるで銀のように使っていました。前代未聞でしょう。」と驚きを隠せなかった。
厳密には▲7九角のあたりでは羽生の方が苦しめで、羽生自身も得意の表現で「つまらない将棋にしてしまった。」と感想を述べてていたようである。しかし、その後渡辺の方にもミスが出て羽生有利に逆転し、最後は使いようのなかった7九の角が受けにおいてちゃんと働いたから将棋は皮肉というかよく分からないものだ。
結果論になってしまうが、▲7九角は苦しいながらもいい辛抱で、逆転への道を開くことになった、という感じだろうか。
スポニチの今朝の記事でもこの▲7九角を取り上げていた。

羽生3冠タイに…マジック出た!渡辺王将の猛追振り切る
(「本紙観戦記者の加藤昌彦氏は「久保利明九段との王将戦で似た手を見た」と指摘した。この日、大阪・心斎橋のスポニチプラザ大阪で大盤解説会に臨んだ、ゴキゲン中飛車の第一人者で元王将の久保は覚えていた。
 「羽生さんとのこの戦型で出た手です。見た瞬間は理解しづらかった。▲7九角は名手だと思います」)

気になったのでその将棋の棋譜を調べてみた。第59期王将戦七番勝負第2局▲羽生vs△久保である。
将棋はやはり後手久保のゴキゲンに対して先手羽生が超速▲3七銀から二枚銀。本局と同じ。そして、後手の久保がやはり7六に銀を進出させて先手玉を圧迫。羽生はやはり▲7七歩と打ってあやまり、さらに8八の角を7九に引いている。
但し、この場合の羽生陣は6九金5八金の形で角道が通っている上に後手が△5六歩と5筋から攻めてきた局面での角引きだった。だからわりと自然な手に見えた。
それを恐らく羽生自身も覚えていて本局に応用したのではないかと思う。但し、今回は二枚の金で角道が二重に止まっていたのできわめて奇異な手に感じられたというわけである。
羽生は最近経験の重要性をよく説いているが、本局の▲7九角ではそれが出たのではないだろうか。それも、同じ手でも全く違う状況で頭を柔軟に使って。
この辺りが羽生の非凡なところである。だから、羽生将棋は単に強いだけでなく、観ていて抜群に楽しいのだ。


深浦康市の語る行方尚史のちょっといい話

今日の王将戦の感想に期待して来られた方々には申し訳ない。最近当ブログは観戦記を放棄してネタブログに方向転換しつつあるのだ。
それにしても今日の将棋は不思議だった。気が向いたら何か書くかもしれないし書かないかもしれない。

ニコニコ生放送の解説は深浦康市で、例によって面白エピソードを次々に開陳してくれたが、特に行方尚史について語る時が楽しそうだった。あっ、勿論羽生善治を唯一の例外とする事は言うまでもない。
まずは、行方の若い頃の「やんちゃ」なエピソードから。
深浦は既に棋士になっていて行方が奨励会三段の頃の話。深浦は、あくまで行方ではない他の奨励会員を迎えに行くためにパチンコ屋に向った。
そこに行方がいて、深浦を見つけると空っぽになった財布を見せると「いやぁ、全部すっちゃったす。帰りの交通費もないっす。」と泣きついてきた。深浦は「しょうがねぇなぁ。」と内心思いつつも行方に千円貸した。
すると、行方はしばらくするとソワソワしだし挙動不審になり、気がつけばパチンコの換玉機にその千円をつっこんでいた。
深浦は心の中で、「こいつは絶対四段になれないだろうな。」と思ったという。

しかし、深浦だって決して鬼ではない。ちゃんと行方の「ちょっといい話」を紹介する事だって忘れやしない。
ある時、深浦や行方など棋士数名でサンフランシスコに現地の将棋普及と遊びを兼ねて出かけた。深浦が行方のトランクをふと覗いてみると、少しの衣類など最小限度の荷物に混じって四本も日本酒が入っていたそうである。
深浦は例によって、「マッタクこいつは。」と思ったそうだが、話をよく聞いてみると違った。行方は現地の日本人将棋関係者に皆さんに、おいしい日本酒を飲んでもらいたい一心でわざわざ重い酒を運んできたというではないか!
多分一升瓶を四本なのではないだろうか。深浦はなんという心遣いなのだと感心しきりだったとの事。
しかしながら、深浦は一言つけ加えるのも忘れない。というわけで、サンフランシスコで二人は行動を共にしたが、行方はジーンズの後ろのポケットにパスポートを入れたままだった。
深浦が内心、「こいつ、だいじょうぶだろうか。」と思ったのは言うまでもない。

というわけで、所々にはさまれる深浦の内心の表白が、それはそれはおかしくって仕方なかったのである。

しかしながら、行方はこんな事で話を終わりにはしてくれない。行方は今回現地で藤井猛とともに現地で立会人をつとめた。
当然のことながら、前夜祭では「羽生さんや渡辺さんはそんなに飲むわけにはいかないので」、かわりにつきあいで浴びるほど痛飲したようである。それは単に飲みたいからではなくのわりに対する行方の気配りである事は言うまでもない。あまりに気配りしすぎて、藤井が行方を「タクシーに乗せるのが大変だった」そうだが、これはいた仕方ないというものだろう。
午前中の解説会を倒れそうになりそうながらも、透徹したプロ意識だけに支えられて乗りきり、午後のニコ生放送に電話でゲスト参加してファンを喜ばせてくれた。
行方はサービス精神が豊富で、話し方が個性的で面白い。深浦が、「酔っ払って家に電話をかけてくる時と同じ感じの声の調子だった」と言っていたが、あくまでもそれは気のせいと言うものだろう。それにしても、深浦が行方の話を聞く際の様子と言ったら。楽しさと敬愛とおかしさと多少の失笑気味がいりまじった何とも言えないよい表情を深浦は見せてくれた。本当に行方の事が好きなんだろうなと思った。
さて、深浦は本人にも午前の放送でちゃんと行方のちょっといい話をしたのを伝えた。すると、行方曰く。
「あぁ、あれはそうです。現地の方々に飲んでいただきたくて持っていったんですよ。でも結局半分くらいは自分で飲んじゃったんですが。」
だってさ。
というわけで、深浦の「ちよっといい話」が台無しになったわけだが、そもそも始めから、「その話、本当にそんなにいい話か?」と思われたそこのあなた、正解です。でも、これは軍の最高機密に属する事項なので決して口外はしないように。
でも、敢えてこういう風に美談めいたものを自分で崩してしまう行方のシャイで照れ屋なところがたまらなくよいと思いませんか?皆様。




羽生結弦金メダル記念羽生善治関連つぶやき集

羽生(はにゅう)さん金メダルおめでとうございます。となると、当然?我らが羽生(はぶ)さん絡みでのネタつぶやきが出てきます。私の目にした範囲でちょっとだけ。いや、ネタでなくちゃんとしたつぶやきもまじっていますが。
と言うか最後のつぶやきだけは紹介したかったの。それだけです。
ごめんなさい、ごめんなさい。

















高橋道雄九段の順位戦翌日のブログ記事

順位戦のB級一組。例年は昇級と降級が最後の最後までもつれる大混戦になる事が多いのだが、今年度はラス前で全て決まってしまった。
昇級を決めたのが、広瀬章人と阿久津主税。残念ながら降級が決まってしまったのが、鈴木大介、そしてもう一人が高橋道雄である。
高橋が深夜までの対局翌日にブログを更新していた。投稿時刻は11:16となっているので午前中だ。

「みっち・ザ・わーるど 新時代の潮流の中で」

最初の五行にいきなり胸打たれる。もう何ともいいようがない。
プロ将棋の世界は勝ち負けがハッキリしている残酷な世界である。しかし、われわれファンはなぜか負けた側の姿にもひきつけられずにはいられない。それももしかすると残酷なのかもしれないが、人間のありのままの根源的な姿に―我々一般人にはなかなか触れえない姿に―何かを感じるのだ。それは悪趣味や安易な同情ではないのだと勝手に考えたい。
高橋のブログはいつも淡々としていて独特のとぼけたユーモアの味があって、この日の後半部でもそういう持ち味が出ている。冒頭やそういう部分全部を含めて大変魅力的な文章になっていると感じる。ご本人はそれどころではないかもしれないので、勝手な見方かもしれないが。
そして、ブログの中ではタイトルの「新時代の潮流の中で」については全くふれられていないのだが、それがまた何とも言えない。
高橋は若い頃はA級をずっとはっていたし、ベテランになってA級に再度返り咲いてからも毎年勝負強さを発揮し、また順位戦にふさわしい腰の据わった良い内容の将棋を指し続けていた。
A級はとてつもなく過酷な世界なので誰でも落ちておかしくないが、少なくともB1ではまだまだ上を目指せる存在だったはずだ。それがこの結果。鈴木についても同じことが言える。古くからのファンにとっては、この二人がB1から落ちてしまうというのはちょっと信じられない出来事なのである。
そして、対照的にA級にあがった二人は若い。阿久津は鈴木を破って決めたし、広瀬もA級でも常に上位にいた名人経験者の丸山を蹴落としての昇級。これが高橋の言う「新時代の潮流」なのである。

勝又清和が、このブログ記事についてこのような事をツイッターでつぶやいていた。
「 ‏@katsumata Feb 14
降級した翌日に・パソコンではなく・ハンコと手書きで・ていねいに図面を作り・ブログにアップする・高橋先生の・敗北から目をそらさずに・いられる強さが・ほしい…」

同業者としては我々などよりはるかに高橋の気持ちがよく分かるのだろう。

高橋のブログは、その趣味については私は全然分からないのだがその文章に味があって好きなので私はよく読ませてもらっている。
今回はこういう事態なのだが、普段の高橋らしい「いい味」を出している記事ももう一つ最後に紹介しておこう。

「みっち・ザ・わーるど 今日ってイブ?」




里見さんの最近の将棋

女流名人位戦は里見香奈さんの三連勝防衛で終わった。危なげない防衛である。奨励会では三段に昇段して精神的にも充実しており、また三段リーグ開始までは女流対局に専念できる。とてもいい状態で対局できている様子が感じられた。挑戦者の中村真梨花さんは、その将棋に対する真摯な姿勢にも実力にも定評がある。今回はタイミングが悪かった。
女流名人位戦の第三局で、里見は居飛車穴熊から金銀四枚でガチガチにかためた。かつてはあまりこういう片寄った駒組みを好むタイプではなかった気がする。さらに、良くなってからはちょっと丸山さんをも思わせる辛い指し回しで確実勝ちきった。最近、里見の将棋は明らかに内容が変わってきている。
将棋世界の最新3月号には、里見関連では、女流名人位戦第一局、女流王座戦第四局、三段昇段記事が掲載されている。その中でも最近の里見の将棋の変化についてふれられていた。
里見はもともとは「出雲のイナズマ」のニックネームの通りに切れ味鋭い終盤が持ち味の攻め将棋だった。しかし、最近は「受け」を重視するように意識的に棋風変更に取り組んできたそうである。
具体的には奨励会の香落ちの上手で、下手に猛烈に攻められて受け損なう事が多く、それで受けの重要性を痛感したらしい。その結果として、香落ちに限らずに将棋が以前と比べると受けを重視した渋くてからい棋風に変質したように感じる。
奨励会幹事の山崎隆之も三段昇段会見で指摘していたが、「女流棋戦や奨励会で勝っているときに棋風改善を断行した」のは大変な事である。ハッキリした目的意識と意志の強さを彼女は持ち合わせている。
ツイッターで教えていただいた情報によると、この棋風変更が現段階の里見奨励会三段誕生の要因と見ているプロが多数だそうである。
但し、もともと里見は大山康晴の将棋に憧れており、実は前から派手な将棋を指す一方で、時たま実に渋い大山的な昔の振り飛車風の指しまわしをみせてくれる事もあった。もともと、そういう素地はあったのかもしれない。
女流棋戦では、甲斐智美さんから二冠を、香川愛生さんにも女流王将を奪われてしまった。それは最近の女流の急激なレベルアップが一番の原因で、香川は最近の若手の急成長と勢いを象徴する存在だし、甲斐の中終盤のねじりあいで見せる驚くべき底力も素晴らしい。彼女たちは今後の里見の好敵手でありつづける事が可能な存在である。
その一方で、里見のその頃の将棋には指し手に迷いのようなものが感じられたり、将棋の出来にかなりムラがあったのも事実である。それは、やはり棋風改良のプロセスの生みの苦しみによるものでもあり、また奨励界とのかけもちで余裕がなかったせいもあるだろう。
しかし、その後の加藤桃子さんとの女流王座戦や今回の女流名人戦を通じてどんどん内容がよくなってきた。棋風改良にもある程度目途がたってきたのではないだろうか。
そのタイミングで三段リーグを迎えられるあたりに里見の勝負強さのようなものを感じる。鬼の三段リーグでは中途半端な状態で迎えたらとても通用しなっかっただろうから。
但し、三段リーグはそれだけで簡単に抜けられるような甘い場所ではない。それは本人もよく分かっていてインタビューでも述べていた。
だから、多分里見の棋風改良はこれで終了ではなく、さらなるステップが必要だし、また望めるのではないか。最近見につけた受けのしっかりした渋い将棋に、本来の天分の切れ味鋭い終盤がうまくミックスされれば鬼に金棒だろう。
そういう意味で、里見がさらにどのように変化してくれるりかが楽しみである。なおかつ、里見ならそういう難作業をやりとげてくれそうな気がする。


ひふみん、えりりんとネット将棋対局するの巻

マイナビさんが将棋囲碁のネット対局場、「将棋囲碁サロンHiBiKi」を開設したのを記念して、加藤一二三先生が山口恵梨子女流とニコ生で対局することになり、昨晩配信された。
加藤先生、いきなり「かとうですぅー」と軽妙に登場。すっかりバラエティ慣れされている。実際、「ひふみん」のバラエティでの活躍ぶりは将棋ファンの間でも周知の事らしく、イベントなどで加藤先生はよく「デラックス観ましたー」などとしょっちゅう声をかけられるとの事。
しかしながらである、加藤先生には現在若干不満に思われていることがあるのである。というのは、先日発売された「将棋世界Special.vol4「加藤一二三」 ~ようこそ! ひふみんワールドへ~ (マイナビムック) 」の事について声をかけられる事がほとんどないというのである。
実に怪しからんではないか。加藤先生がいつもながらの全力投球で取り組まれた加藤本についてファンの方がふれられないとは。そもそも、本のタイトルに「ようこそ! ひふみんワールドへ」と公式で「ひふみん」と呼ばれることを堂々と認知している棋界アイドル宣言の名著であるにも関わらずである。
実に嘆かわしいではないか。加藤先生によるとこれはもしかすると再版されないかもしれないのでファンにとっては貴重なものになるかもしれないので、ファンは一冊だけではなく二冊買って保存用とすべきである、とのことである。当然の事と言えよう。まだの方はすぐ一冊買うべきで、既に買われた方ももう一冊買い足すべきである。(もっとも私は一冊買ってしまって畏れ多すぎてもう一冊など私のようなものが買ってはいけないのでまことに残念至極であるが買わないのであるが。
いや、マジメな話、加藤先生のエピソードや将棋について、さらに秘蔵写真や加藤先生ご本人の手形ものっている楽しい本に仕上がっている。
また、加藤先生ご本人もふれられていたが、中原先生と勝又教授の対談が大変楽しい。中原先生が結構こんな事言っちゃってもいいのという加藤エピソードをたくさん話されていて、私などは「これ読んだら、加藤先生どう思われるかなぁ」なとど心配したものである。しかしながら、そんな事は小人にして器の小さすぎるわたくしの杞憂というものであった。加藤先生はサラリと「中原さんが面白い話をしています。」と。加藤先生は本当にこういうところがあって、例えば米長先生も加藤先生に対して結構好き放題を言っていたのだが、気にせず仲良くされていたようである。人間の器が大きいのだ。
さて、ムック本のリンクは以下の通りである。



(「将棋エッセイコレクション」をよろしくー。)
(あっ、しまった。サブリミナル効果広告で、フィルムに一コマだけ人間には見えないカットを挿入することで無意識に購入意欲をそそる作戦を実施したのたが、これは文章である事を忘れていた。全部、みっ見えているではないか!)


さて、そんなこんなで、本題の加藤一二三先生、こと「ひふみん」(本人公認)と、山口恵梨子女流こと「えりりん」(本人非公認?)のパソコンを使っての対局が始まった。加藤先生の生自戦解説つきである。
山口女流が選んだのはノーマル四間飛車。勿論、加藤先生がお得意の「無敵棒銀」(加藤先生最近の色紙より)が指せるようにするためである。山口女流は、単にかわいいだけでなく、若いに似合わずこういう心遣いのできる出来る素晴らしい女性なのである。これは決して私の主観的感想ではなく、番組を冷静に観た上での客観的評価である事は言うまでもない。
加藤先生の対局されながらの棒銀講義は実際勉強になった。当然ながらあらゆる変化を知悉されている。そして、加藤先生お得意の△1二香もでた。一見意味が分かりにくい手で、穴熊でもないのに居飛車が香車をあがるのだが、これは角によって直接香車を取られないための深謀遠慮の手である。
そして、局面はすすんでさすがに加藤ペースに。しかし、山口女流も勝負手を放って必死に迫るのだが、加藤先生も落ち着いて対応していた。コメントでは「加藤激辛流」と言われるほどのシビアな指しまわし。山口女流もさすがにこれにはまいって、「えーっ、ちょっとこれは困りましたー」という姿のかわいいことといったらもう...。失礼、これはあくまでも対局の様子を皆様に伝えるために私がわざと取り乱したように言っただけである。勿論の事である。
というわけで、とってもいいお爺ちゃんとかわいい孫娘のような対局はなごやかな雰囲気のもとに進み、加藤快勝で終わるかのように思えた。
ところが、最後のところで山口女流が王手をかけながら加藤先生の攻め駒の金を抜く順を放ち、結構難しくなった。加藤先生は入玉を果したが、山口玉はすぐには寄らず、加藤玉も結構迫られている。
加藤先生も、意外な展開に少しばかり焦りの色を隠せないのだった。
というところで、マイナビの方の合いの手がいきなり入る。実はこの対局ではトライルールをてきようしているのです、と。例えば後手玉が先手の59の地点に到達した時点で後手勝ちという特別ルールで「将棋ウォーズ」なども採用している。
となると、もう加藤先生の玉は59に到達する寸前である。山口女流は「えーーーっ」とかわいい悲鳴をあげ(註 これもあくまで客観的評価にすぎない。)、攻めに使っていた馬をトライ防止のためにひきあげざるをえなくなった。
勝負あり。しかし、加藤先生はトライできそうなところを、そうせずに勝つ勝ち方を選ばれていた。トライルールを説明されても、それについて何か意見を言ったりせずにさりげなく。さすがである。
というわけで大変楽しい番組だった。加藤先生は最近色紙に「無敵棒銀」と書かれる事があるそうである。最近、棒銀対策の新対策を発見して(実際それで千葉さんか誰かを負かした。)、若手の四間飛車に対して自信ありと意気軒昂である。しかし、そういいながら「無敵棒銀と言ってはいますが、実は結構そんな事はないんですが。でも、その方が面白いですからね。」という意味のことをおっしゃっていた。単に無謀な発言をしているだけでなく冷静なサービス精神も含まれている。さきほどの中原先生の話でも分かるのだが、実は加藤先生は「分かっている」のである。その事を理解している人は意外に少ないのではないだろうか。
大変面白かったので、プレミアム会員の方は是非ご覧を。タイムシフト予約しないでも見られるはずである。

「ニコニコ生放送 加藤一二三 HiBiKiに出会う」




朝日杯における羽生善治の大局観

朝日杯の当日、関東地方は朝から大雪だった。外出された方々はさぞ大変だったろうと思うが、家にこもって雪景色を楽しみながら豪華メンバーによる朝日杯の準決勝と決勝をニコ生中継で楽しめるなどこれ以上の贅沢はない。
雪景色にピッタリな森田芳光監督「キッチン」の野力奏一作曲のサウンドトラック「満月」をかけながら、雪景色をバックに「将棋エッセイコレクション」の写真を撮ってみたりして(あっ、宣伝してやがる)、私は朝からゴキゲン中飛車だったのである。単なるバカである。
雪は関東では何十年ぶりの記録的なものになり、翌日雪かきが大変な事になり、さらに本日激しい筋肉痛に苦しみながら現在このブログを書くことになろうとは愚かなその頃の私は想像だにしていなかったのだった。雪国の皆さんには本当に申し訳ない。
さて(何がさてだ)、朝日杯の準決勝は何と言っても森内vs渡辺の竜王戦対決再びが注目だった。竜王戦では森内が渡辺を圧倒したが、短い時間ではどうか?
渡辺先手で角換わりになったが、先手では珍しく穴熊に囲った。いかにも渡辺らしい発想である。そして猛攻をかける。あとは渡辺の攻めがつながるか森内が受けきるかだけである。竜王戦の時と同様に「盾と矛」の対決になった。二人とも実に棋風に忠実である。
結果は渡辺が攻めをきっちりつないで快勝。▲3八に打っておいた桂馬が実に攻めによくきいていた。やはり短い時間での渡辺の反射神経は抜群である。相手がちょっとでも隙を見せるとあっという間にもっていってしまう。竜王戦のプチリベンジも果たした。
羽生vs豊島は豊島先手で後手羽生の△5三銀右急戦矢倉(但し、この形は実際は急戦にならない事が最近は多い)。羽生が雁木に組む。プロではほとんど「消えた戦法」になりつつある雁木だがこの形に限っては有効らしい。一方、豊島は穴熊に組んだ。若い渡辺と豊島が穴にもぐったのが現代の将棋界を象徴している。
そこから羽生が△3九に角を打ってぶったぎりやや強引な攻めを見せる。あまり強くないアマチュアがしそうな攻めで、もし弱い人が指したら「筋が悪いねぇ」と言われてしまうかもしれない。まして、先手は穴熊で後手はうすい雁木である。ちょっと常識では考えられないのだが、これで指せるという発想が浮かぶのが羽生である。決勝でもみせることになる羽生の大局観だ。頭が柔らかくて常識にとらわれないのである。
とはいっても難しそうな局面が続いたのだが(むしろどちらかというと豊島持ち)、豊島が指し方に苦労している間に羽生は着々とポイントをかせいで最後は大差になってしまった。中盤のわけがわからない局面で急所を感覚的に直観する羽生の強さが出た将棋である。
圧倒的に攻めつぶした「剛」の渡辺と、いつの間にかよくなっていた「柔」の羽生、それぞれが二人らしい勝ち方で決勝に進んだ。
決勝は振り駒で渡辺先手に。私はその時点では、矢倉の▲4六銀▲3七桂戦法後手△9五歩型▲2五桂を予想した。竜王戦で渡辺が先手で再開拓した形。王将戦第一局でも渡辺先手羽生後手で指していて羽生は棋王戦で永瀬相手に後手を持って、(羽生ファンとしては信じられない事ではあるが 笑)、二つとも負けている。しかし内容は負けとはいえなくていかにも改善の余地がありそうだった。
この二人は矢倉の別の形でもまるで意地をはるかのように何度も同じ形を指している(竜王戦とNHK杯などで)。だから、今回もこれを予想かつ期待した。
と思ったら先手の渡辺の初手は▲2六歩だった。私としては「ドヒャー」である。こうなると矢倉は基本的にはなくて、相掛り、あるいは角換わりか本譜の横歩取りだから。渡辺の真意は不明だが、よく考えたら準決勝の初手も▲2六歩だった。この短い時間であの矢倉の複雑で深い読みが必要な形は回避したのか、あるいは具体的に気になる変化があったのか、単に相掛りか横歩か角換わりを指したかったのかは分からない。初手▲7六歩だったら羽生がどうしたのかもちょっと知りたいところである。
横歩取りで羽生がちょっとした工夫を見せたのだが、渡辺の対応が自然かつ的確で後手の飛車が狭くて感覚的には先手を持ってみたそうな感じになった。準決勝でもそうだったが渡辺の短い時間での対応能力は凄まじい。感覚的にも非常に卓越していて、羽生が相手でも場合によっては相手のちょっとした隙につけこんで一気に押し切ってしまうのである。生観戦しながら、私はどうもそういう展開になってしまいそうなのではないかと危惧していた。
さらに、▲6六角に対して羽生が△4一飛とひいたために、後はほとんど必然手順で先手の金銀香と後手角のいわゆる「三枚換え」になった。将棋では金銀と大駒の「二枚換え」でも金銀が圧倒的に有利とされている。まして香車も加わった「三枚換え」だ。普通に考えると既に将棋が終わっていてもおかしくない。
ところがニコ生解説の佐藤康光によるとその後△5五角と打って結構難しいとのことだった。とはいえ、私は疑心暗鬼で、さすがに先手がよいいのではないかと思っていた。
それが、その後手順が進むと本当に難しいのが私にも分かって来た。いや、それどころか後手が残している変化が多そうなのだ。驚くべきことである。
結局わりとはっきりした形で後手が残してしまった。ニコ生で二人の様子が映し出されていたが、負けがハッキリして渡辺が愕然としたように明らかにガッカリする様子が印象的だった。それはそうだろう、いくらなんでも普通なら少なくとも悪いとは考えにくい将棋がこうなってしまったのだから。
一方の羽生はもう逃さないとばかりに盤面集中。最後の方では何度も何度も確認するように読みをいれて、「勝ちを確信した際の手の震え」も観ることが出来た。
渡辺はプロ的には簡単な詰みでも最後まで指したが、これは公開対局におけるファンサービスだろう。分かりやすいように。渡辺はこんな時でもファンのことを忘れないタイプなのである。
三枚換えでも指せるという羽生の大局観がまたも出た将棋になった。羽生渡辺では竜王戦のパリ対局がそうだったし、今年度の順位戦でもあった。そして正直者の渡辺はどちらも率直に羽生の大局観を認めている。
今回渡辺がどう言うかが注目されたが、大盤解説会に二人が登場して、少しコメントしただけである。三枚換えの局面について、渡辺は「そんなに自信があったわけではない」と述べて、羽生は「さすがに悪いと思った。」そうである。具体的には、直後に▲5六銀と飛車交換を挑んだところではじっと桂馬を取っておかれたらという話だった。詳しい事は週刊将棋や将棋世界で分かるだろう。
少なくとも普通では絶対不利の「三枚換え」でも多少不利かもしれないが意外に難しい順を選んだ羽生の大局観が秀逸だった事だけは間違いない。羽生は、ほんんど本能的にあるいは経験を蓄積した知慧の力によって局面のバランスを取る事が出来る。これだけは他のどの棋士にもない能力と言えそうだ。本局でも序盤のゆるみない渡辺の指し方は素晴らしかったし、渡辺も間違いなく大天才なのだが、それでも羽生だけはどこかちょっと「違う」ような気がしてならない。

朝日杯中継サイト
▲渡辺vs△森内の棋譜
▲豊島vs△羽生の棋譜
▲渡辺vs△羽生の棋譜

ちくま文庫「将棋エッセイコレクション 」に参加させていただきました


「内容紹介
プロ棋士、作家、観戦記者からウェブ上での書き手まで――「言葉」によって、将棋をより広く、深く、鮮やかに楽しむ可能性を開くための名編を収録。(Amazon紹介文)」

将棋観戦記者、ネット中継記者としておなじみの後藤元気さんによる編集の「将棋エッセイコレクション」に私も参加させていただきました。ちくま文庫から書店、Amazon等で発売中です。
なお、ツイッターなどによるとまだ書店に本が並んでいないケースがあるそうです。編集者の方に確認したところ、書籍というのは発売日が地域書店によってばらつくもので、今回も書店に並ぶのは本日7日以降のところが多いようです。
Amazonさんでは現在普通に扱われているようです。

題名通り後藤さんが古今東西の将棋エッセイを41編集めたものです。403ページと読み応えのあるボリュームになっており、定価は945円(本体900円プラス消費税)です。
著者はプロ棋士、観戦記者、作家、プロライター、将棋関係者、アマチュアと多岐に渡っており、懐かしい名観戦記者の文章から、現在のウェブ上の文章まで大変幅広いものになっています。以下、登場順に著者を紹介します。
(プロ棋士)
 真部一男、山崎隆之、先崎学、行方尚史、内藤國雄、片上大輔、河口俊彦、桐谷広人、青野照市、鈴木輝彦、渡辺明、芹沢博文、山田道美
(観戦記者、作家、プロライター、将棋関係者)
 中平邦彦、越智信義、宮本弓彦、倉島竹二郎、福本和生、湯川博士、高橋呉郎、山口瞳、田辺忠幸、鈴木宏彦、東公平、国枝久美子、小暮克洋、梅田望夫、高木彬光、信濃桂、天狗太郎、能智映、奥山紅樹、遊駒スカ太郎、古田靖、将棋ペンクラブログ
(アマチュア)
shogitygoo、将棋観戦記 

それぞれの著者についての紹介文、さらに巻末には後藤元気さんがそれぞれの文章について短い紹介解説文を書いています。
後藤さんの編集に当たっての基本方針は、一つはまず「統一感のあるものにしたい」ということだが、それ以外に隠しテーマのようなものがあるそうです。読まれる方はそれを探られてみてはいかがでしょうか。
内容については、当然全て将棋をめぐる文章なのですが、将棋の専門的な内容というよりは、読み物として楽しめるものになっています。普通に「読書」の対象になるので、将棋ファンの方だけでなく、一般の読者でも読める本になっていると思います。
棋士という独特な人たち、そして将棋界というちょっと他にはない世界の事を知るための格好の入門書にもなっています。
現在の棋士やウェブ上の文章が多数おさめられていて、そういう意味では現代的なアンソロジーになっていますが、昔の物書きや観戦記者の文章も多数収録されており、現在の将棋界とはまた一味違ったかつてのきわめて人間的な棋士たちの時代の事をよく知ることが出来ます。そういう意味で、最近新しく将棋ファンになられた方にも読んでいただきたい本です。
最近はちょっとした将棋ブームで、特にニコニコ放送や電王戦で将棋にライトな興味をもたれる方々が急増しています。そういう軽い楽しみ方も大変現代的ですが、もう少し将棋の世界を深く知りたいという方、また落ち着いて読書をしてみたいという方々にもお薦めです。
具体的内容については読んでいただくのが一番なのですが、私が面白いと思ったものをいくつかあくまでもネタバレのない範囲で簡単に紹介しておきます。

中平邦彦「聖性」
棋士の本質をズバリついた論考。名著「棋士・その世界」から取られていて、私も実はこの本で将棋の世界の事を知って何度も昔読み返した。興味を持たれた方はこの本をよまれる事もお薦めしたい。

越智信義「大山名人と棋譜ノート」
大山先生の人間の本質をついているエピソードで印象的。越智信義さんは将棋博士として有名だが、現在その著書が電子書籍で入手可能なようである。
「Amazon 越智信義 kindle」

真部一男「知られざるドラマ」
現在バラエティでクイズ出題で活躍中の「ひふみん」ですが、加藤先生と中原先生が同じ対局室で対局した際に真部先生が目撃した一触即発の事態とは.....。

山口瞳「血涙十番勝負―米長七段戦」
有名な本だが、それから米長さんとの駒落ち戦を。米長先生のあの人柄がよく出ていて懐かしい。

河口俊彦「「対局日誌」より
桐谷広人「緊急反論―「対局日誌」を読んで」
河口先生がおなじみの対局日誌で桐谷先生の将棋をとりあげたのに対して、桐谷先生が文章で反応したもの。とても珍しいケースで興味深い。「自転車と株のおじさん」の別の側面を見せている文章にご注目あれ。

山田道美「八月一日(日曜日) 朝」
山田先生の日記より。山田先生の日記というのは強烈な自己告白日記だが(私も山田日記の事はブログで紹介した事がある)、わりとさりげないものを後藤さんは選んでいる。多分この日記のラストが気に入られたのではないかしら。確かにこの本のラストにふさわしいかもしれない。

以上紹介しだすときりがないのでほんのサワリだけです。

さて、アマチュアからは実力派将棋ブログの「将棋観戦記」さんとともに二人だけ参加させていただいています。本当に光栄な事ですが、後藤さんの幅広い選択をという方針のおかげでかろうじてひっかかったのだと思います。
ブログで発表したものを改題して、加筆修正したものになっています。プロの編集者の方の手もかなり借りて、文章としてはブログよりはかなりまともな形にまとまっているはずです。どれが収録されたかはここでは言いませんが、興味のある方はオリジナルと比べてみていただければと思います。
後藤元気さんの紹介文によると弊ブログは「時にミーハーに楽しみ、時に鋭く考察する。」ということだそうです。今回選んでいたものはわりと真面目な顔をして書いていますが、私自身は「ミーハー」なところが自分の本領だと考えています。今まで書いたものをブログ本の電子書籍として「ものぐさ将棋観戦ブログ集成」として配信していますので興味のある方は「ミーハー」な部分をご確認ください。PDFかePubでダウンロード可能で完全無料です。(宣伝ごめんなさい。)

この大変多くの文章のアンソロジーを読んでも、それでもあの人あの文章が載っていないではないかと感じました。昔や今の名作家でもそうだし、プロ棋士でもまだまだ筆のたつ方はたくさんいるし、ウェブ上にも私より全然優れていたり面白かったりする文章がいくらでもころがっているはずです。
というわけで、気が早いのですが第二集が出ることを期待しつつ紹介文の筆をおくことにします。その意味でも皆様よろしくお願いいたします。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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