2014年03月

電王戦第三局記事の再補足

(「アンチコンピューター戦略」と「正々堂々」について)
最初の記事で「アンチコンピューター戦略」の指し方と対照させるために「正々堂々と」という表現を用いました。これを「アンチコンピューター戦略」が正々堂々としていなくて卑怯である、場合によっては豊島七段の今回の指し方までも正々堂々としていないように解釈されてしまったケースが本ブログに対する直接の反応に限らず、電王戦第三局についてのネット全般の反応を見ているとあるようです。
しかし、私自身は「アンチコンピューター戦略」が卑怯だとも思っていませんし、まして豊島七段の今回の指し方は「正々堂々」としていたと思っているくらいなのです。
あくまで対照するために使った表現なのですが、確かに「正々堂々」などという言葉を使うとそういう誤解を招きかねませんし言葉の使い方が安易だったとは思いますので、今後は「アンチコンピューター戦略」と「非アンチコンピューター戦略」(冴えない言い方ですが他に言い方も見つからないので)と言いたいと思います。これだとあまり価値判断は入らないと思いますので。
また、「アンチコンピューター戦略」という言葉も便利なのでつい使いましたが、こちらももう少し正確に定義する必要がありそうです。
まず狭く定義すると
1最初から人間相手に指すのとは全く違う手順を用いてコンピューター特有の欠陥を意識的につこうとする指し方
広く大雑把に定義すると
2 とにかくコンピューター相手に対する特別な準備や指し方
しかし、よく考えると2については、人間がコンピューターと指す時点である程度はこうなるのが必然なので定義としてあまり意味がないかもしれません。
一般的にこの用語がどう使われているのか分からないのですが、少なくとも私は今後、1の意味で使いたいと思います。
その意味では米長先生が電王戦でボンクラーズ相手に用いた作戦は1の定義だと「アンチコンピューター戦略」になります。
一方、今回の豊島七段の指し方は、豊島七段の立場では人間相手と同じ横歩取りの定跡を指していて、たまたま相手が△6二玉という珍しい手を指しただけなので、「アンチコンピューター戦略」には該当しないことになります。
そして、今回の菅井さん、佐藤さんの指し方もやはり該当しません。
ところで、最初の記事で米長先生の事についてふれた通りに、私は「アンチコンピューター戦略」には肯定的な立場で、米長先生の電王戦直後にもこのような記事を書いています。

将棋ソフトのボンクラーズが米長永世棋聖を破る(第1回将棋電王戦)

(豊島七段の今回の指し方、電王戦のレギュレーション)
今回の豊島七段は、事前にYSSと練習対局を重ねて、この形だと△6二玉と指す可能性があって、それをある程度想定して事前に深く研究していました。
人間と人間の対局でも、当然事前研究はしますし、対戦相手の個性に応じて指し手を予想して研究します。それは今回と同じですが、人間相手とコンピューター相手で違うのは、指し手の再現性の高さの程度でしょう。
人間だと作戦をその場で次々に変えて想定研究以前に手が変わる可能性が高いし、また想定手順に誘い込んでも相手が研究されているのを察知して違う手を指してきたりもするかもしれません。
しかし、今回は特にソフトを事前に貸し出して、なおかつそれと同じソフトを本番でも使うというレギュレーションでした。
従って、事前練習対局を数多くこなせば、少なくともコンピューターがどういう確率でどういう指し手をしてくるかが予想しやすくなります。だから、豊島七段も△6二玉の可能性を想定して事前に深く研究できたのでした。
(但し、やねうら王のような局後学習のあるソフトだと話は別です。)
勿論、豊島七段はルール通りにできるベストを尽くしただけであって一切問題はありません。また、豊島七段に何かケチをつけようというわけでも決してありません。この発見のための徹底的な準備も敬意に値しますし、後述する将棋の内容の点でも実はこの△6二玉以降勝つまでいかに大変だったかがプロの証言で明らかになっていますし、局後のインタビューも前の記事で書いたように大変立派でした。
(私はもともとクドクド書いてしまうクセがあるのですが、正しく伝わるようにいつも以上にクドくなっているのは自覚しています 笑。すみません。)
私がこういうことを書いているのはあくまでこういうレギュレーションだとどういうマイナス面があるかを検証したいからです。
さて、これはあくまで結果をみるとなのですが、豊島七段という将棋界最高峰の頭脳を長時間駆使して、ソフトの定跡入力の欠陥を指摘しただけという見方もできてしまうわけです。もし、YSSが一手だけ定跡入力を伸ばして△5一玉か△4一玉を入れてあればこういう事にはならず、実に贅沢でもったいない人間の頭脳の使い方だったとも言えます。
(ただ、豊島七段が△6二玉以外も広範に研究したこと、またソフトと練習することで将棋自体について学ぶ点があったのは勿論です。)
それと、YSS開発者の山下さんの名誉の為に付け加えておくと、この△6二玉はソフト同士の対局では何局か出ていて後手が勝っている事実があり、また定跡をどこまで入れるかの判断はソフト開発者の様々な要因を考慮した上での難しい総合判断でしょうから、単純に定跡入力上のミスとも言いきれないでしょう。
この問題と関連して、今回のレギュレーションについて、「第三回将棋電王戦公式ガイドブック」の中で、谷川浩司会長がソフト貸し出しとソフトの内容変更禁止措置についてこのように述べています。
(「これは100%ドワンゴさんの希望です。将棋連盟としては、プログラマーがパソコンをプロ棋士に提供した後も改良できるようにして欲しいと相当抵抗したんですけれどね。」)
谷川会長は公平性の観点や棋士のプライドで発言しているわけですが、それに加えてソフトの改良を認めれば、本番が練習をした手順の再現に近くなってしまう可能性(今回の第三局は練習そのままの再現には全くなっていませんが)を低くする事ができるかもしれません。
もし来年も電王戦があるのだとしたら、谷川会長はご自分の意見を貫かれるとよいでしょう。「そんな事をしたらますます人間が勝てなくなるよ。」という声が聞こえてきそうですが、個人的にはその方がスッキリするのではないかと考えます。
ドワンゴの話題が出たので付言しておきますが、第二局の騒動の際にドワンゴの川上会長が、自らの誤ちを潔く認めて謝罪して旧ソフトに戻したのは立派だと思いました。あの規模の企業のトップがあのように振る舞うのはそう簡単なことではないような気がします。

(将棋の内容について)
プロ棋士等の意見もネット上にあがっています。

渡辺明ブログ 電王戦とか。

△6二玉はこの局面ではないが別の形では玉をあちらに持っていくことがある事を指摘しています。
(対して、別に行く必要性はないところで▲2一角と踏み込むのは研究での成算があったのが伺えますね。)
他に無難に指そうと思えば指せるところを▲2一角と直接咎めに行ったのは研究で自信があったのだろうという事ですが、明確には書いていませんが▲2一角でも意外に難しくてよく調べてみないといけないというニュアンスのような気もします。

daichanの小部屋 第3局、勝ち。と、コメントについて。

結局は中終盤のねじり合い、腕力の勝負になるわけで、昨日の将棋も、そうなることを覚悟しての踏み込みだったはずです。
具体的には▲2一角に△4四角や、その後の△4四角で△4五桂など、本譜より良かったと思われる対応がいくつかありました。
対応にミスがあったために、結果的に一気に差がついてしまったという印象です。
かなり具体的に書かれていて▲2一角で決まりというわけではなく、ある程度成算があったので踏み込んだが、それで勝ちというわけではなくその後の激戦も覚悟していたという見方です。
また、むしろその後のYSSの対応に問題があったという見解で、それはツイッターで私が最も棋力を信頼している方も同じ意見を言われていました。その方は△9九角成が問題だったのではというご意見でした。

遠山雄亮のファニースペース 第3回電王戦第3局 YSSのログを調べてみました

△6二玉が大悪手で将棋は終わり、というのはいくらなんでも短絡的というか、将棋はそんなに簡単ではないはず。初見では悪い手だと思ったが、そういう手が革命的な手になる可能性もある。結果だけで判断してはいけない。△6二玉〜△2三銀が成立すると、横歩取りに新たな風が吹くかも。
やはり▲2一角ではまだ分からないという意見で、さらに△6二玉を積極的に評価できる可能性にも言及されています。
その他にもYSSのログで具体的にソフトの傾向、人間の検討との比較等を書かれています。

山本一成とPonanzaの大冒険 電王戦第3局 豊島七段とYSSの観戦記

コンピューター同士の対局でも二局△6二玉が出て結果は両方とも後手勝ちだった事を紹介されています。当然どのソフトも鬼のように強いので、実はそんなに簡単に先手勝ちではない事を証明しているのかもしれません。

というわけで、これらを総合すると△6二玉は直後に▲2一角と直接咎めにいくことができるので危険は危険。但し、その後の展開は決して簡単ではなく、むしろその後にYSSが間違えて形勢が開いてしまったというのがプロの見方のようです。
私などは▲2一角と打てれば温泉気分なのですが(苦笑)、そんなに将棋は簡単ではないということなのでしょう。
従ってYSSの敗着は、△3一銀とか△9九角成等であって△6二玉ではないのかもしれません。
但し、これらの記事でも△6二玉の後に▲2一角と打たれた場合に、具体的にどうすれば後手がよくなるのかまでは示されていません。
また、形勢が難しいにしても▲2一角の局面で喜んで後手を持ちたいというプロはあまりいないのではないでしょうか。
もし、さらに詳細に調べて「難しいにしても△6二玉の後に後手がよくなる変化はでてこなかった」という結論になれば、やはり「△6二玉が敗着」となる可能性もまだある事だけは指摘しておきます。
とりあえず、船江さんの観戦記に注目ですね。



(4/6追記)
第三局について豊島さん本人や船江さんの意見を第四局の観戦記の中で紹介しました。

電王戦第三局記事の補足、修正

昨日は豊島将之七段が快勝したのが嬉しくて珍しく当日に記事をアップしたのだが、今日読み返すと考えがまとまっていないまま書いている部分、言葉足らずな部分、書き忘れた事も多いので補足を。
まず、昨日の記事タイトルについてだが、豊島七段の指し方が「アンチコンピューター戦略」だと言っているわけでなく、豊島の今回の用意周到な指し方、作戦を通じて「アンチコンピューター戦略」一般、人間とコンピューターが戦う意味について考えてみたかったという意味である。
具体的に豊島の指し方について。事前研究でYSSが△6二玉を指してくる可能性があることを知ってある程度それを狙ったのは事実だろう。
但し、船江の証言を信じるならその確率は5%程度という事なので(何に対しての5%なのかも不明だが)、それだけを狙ったのではないのも明らかである。YSSも事前研究で様々な指し方をしてきたはずなので、豊島はその全てに対応できるように準備していたはず。横歩定跡は広範多岐に渡っているので、その為には豊島の深い定跡研究知識が必要だったのは言うまでもないだろう。
その意味では、今回の豊島は「横歩取り」という戦型を普通に指したとも言え、最初からコンピューターソフトの欠陥だけをつこうとする純粋な「アンチコンピューター戦略」とは全く異なる。
但し、△6二玉という手は横歩の定跡では初歩的な間違いと言ってもいいくらい問題の多い手なので、結果的にはコンピューターの欠陥を端的につく形になったし、豊島もそれをある程度意識的に想定はしていたという事だ。
△6二玉についても本譜を見ると豊島が簡単に勝ったように見えるが、実は△1四角のあたりではまだ先手勝ちと言えるほど簡単な局面ではない。実際大変強い人が、ソフト相手にこの△6二玉に遭遇して直接咎めに行って負けてしまったという証言もある。
だから、その後の豊島の見事な指し方はどんなに賞賛しても足りない。まして、今回は事前研究とは違う筋になって自力でその場で指している部分も多いので。
但し、やはり△6二玉という手は基本的には成立しない手だと思う。あの手が即敗着だったという考えに変わりはない。
そして、横歩の定跡であの部分で普通なら△5二玉とするか△4一玉とするかは、定跡ではかなり基本的で疑問のない部分だ。ましてYSSはこの△6二玉で苦戦に陥った経験もあるので、そこの部分の定跡を変えておく必要があった事だけは間違いないと思う。
(なお、昨日紹介したやねうらおさんの記事の、「序盤に時間を使うべき」という指摘を紹介したが、その点や将棋全体の評価について(やねうらおさんらしく 笑)、次々に追記されているので興味のある方はご覧いただきたい。)
とは言っても人間の「定跡」は決して絶対的なものではない。今回はたまたまかなり初歩的な部分でのミスだったが、逆にコンピューター将棋が人間の定跡を覆すのも最近では珍しくない。一番有名なのは、昨年の三浦vs GPSでのGPS新手だろう。また、名人戦で森内俊之がponanza新手を用いて羽生善治に快勝した。
その意味では、コンピューターソフト側としては定跡部分を早めに打ち切って自力で読ませるのは、現在のコンピューター将棋のレベルを考えると大変有効な手段である。一方で今回のような結果になるリスクも当然ある。そして、ソフト開発者は将棋の専門家ではないのでその線引きが大変難しいだろう。
昨日は、人間側の「アンチコンピューター戦略」と「正々堂々路線」の対照を述べたが、コンピューター側の「正々堂々路線」としては、定跡を一切入れずに初手から完全に自力で戦ってみる実験があってもよいのかもしれない。どうなるのか大変興味がある。
現在、人間側にとって一番コンピューター将棋が具体的に役に立っているのは、この従来定跡の検証とコンピューター新手の発見である。だから、今回はコンピューターが△6二玉という大失敗をしたが、こうした試行錯誤を通じて定跡研究をしてくれているのを人間は感謝するべきなのかもしれない。今回はダメだったが、もしかすると人間がここだけはこれしかないと思っている基本中の基本の定跡部分にも絶対に誤りがないとは言いきれないので。
コンピューター将棋と定跡という点では第二局でも興味深い例があった。

第三回 将棋電王戦 第2局(筆者・河口俊彦 将棋棋士七段)

やねうら王はノーマル四間飛車にして居飛車穴熊に無条件に組ませたが、現在プロではこうした指し方はほとんど見られない。
河口俊彦は若い頃の現役時代に、居飛車穴熊が本格的に登場しだして猛威を振るっていた頃に被害にあった振り飛車党である。当時はまだ藤井システムもなく、居飛車穴熊にいいようにやられていたのだ。
( △8六歩では、△4二金引と固め、以下先手が▲2六歩から「銀冠り」に組んだら△3二金寄とさらに固める。これが振り飛車側には嫌なのである。昔はみんなそう指した。)
つまりこれが当時の「定跡」(あるいはプロが常識的に指していた順)なのである。玉をさらにかためるのは現代的な考え方だ。
さころが、やねうら王も実はこの順をちゃんと考えていたというのだ。
( 終ってから磯崎さんに「第2図のところでは、後手△4二金引がよく指されたんですけどね」と言ったら「それも予想していました」これには絶句。まるで大山名人みたいだ。)
つまり定跡を知らなくても、現在のコンピューターは人間が指す「定跡」を自力で発見する能力があるわけだ。河口はベテランなのでその順を知っていたが、若い佐藤は恐らくその順を知らずに仕掛けた。でも、コンピューターは自力でその順を発見していたと。
仕掛け自体は決して悪くないし佐藤の棋風に沿ったものなのだが、河口はこの仕掛けが「敗因の一つとなった」と分析している。
これからもコンピューターが次々に従来定跡を覆す新手を発見するだろうし、それは人間にとってむしろ歓迎するべき事だろう。

(その他)

昨日書いた豊島の3手目の「秘策」については昨日のニコ生で具体的に紹介されていたそうである。▲7六歩△3四歩に対して▲9六歩とのこと。私は昨日あまりニコ生を見られなかった。

豊島は事前に何局くらい指したかと聞かれて、数えきれなくて1000局はいってませんが三桁、但し序盤ですぐやめたものも多いので最後まで指したのはそれほど多くないと答えていた。実に豊島らしい誠実な答え方だと思った。

会見で豊島が事前にコンピューターと多く対局して何を学んだかと聞かれていた。第一点として、コンピューターは中終盤がたいへん強くて、序盤よりも中終盤を重視するように考え方が変わったそうである。豊島は徹底した序盤研究に定評があり、豊島の躍進にはその部分も大きかったのだが、人間相手でなくコンピューター相手にして中終盤の重要性が分かったというのは何とも言えないところである。実際、豊島はコンピューター相手に終盤逆転負けする事も多かったのだという。
第二点。従来豊島は中終盤で形にとらわれてしまう事か多かったが、コンピューターの終盤をみてもっと自由に形にとらわれないようにする必要があると感じたそうである。コンピューターは機械である。ところが今のレベルだと、むしろ人間より「自由」な発想の手を指せているというのだ。
こうした豊島の話を聞いていると、コンピューター将棋が人間の技術向上に既に十分に役に立っているような気がする。
そして、それを身につけることができたのは豊島の「人間」としての素直な心であり、勝てたのも技術面だけではなく、豊島の「人間」としての柔らかい素直な心のおかげのようにも思った。

電王戦第三局 豊島将之の用意周到、あるいは「アンチコンピューター戦略」をめぐって

対局開始前のニコ生で解説の久保利明と野月 浩貴が思わせぶりな予言をしていた。豊島将之が三手目に何か秘策を出すかもしれないというのだ。
だが、出だしは▲7六歩△8四歩▲2六歩と普通だった。どうも、秘策はYSSが二手目に△3四歩とした場合の事だったらしい。それが▲1六歩だったのか、自分からいきなり角交換してしまうのか、あるいは他の手だったのかはよく分からない。
豊島が事前研究した際には、△3四歩と△8四歩の割合は7対3程度だったらしい。確率の低い方が出たわけだが、豊島は勿論こちらにも周到な準備があった。
この出だしだとプロならば角換わりになる事が多い。しかし、豊島がいきなり▲2五歩と伸ばしたので角換わりにはならずに、後手の出方次第で相掛かり系か本譜の横歩取りの将棋になる。そして、こうするとYSSが横歩にするのが多いのを豊島は想定していたようだ。つまり、普通とはちょっと違う指し方をする事で、後手に横歩取りにするように誘導したわけである。これが、「豊島の戦略」の第一歩だった。
豊島が横歩を選んだのは後述する大変具体的な理由があるのだが、それ以外にツイッターの大変強い方に教えていただいたところによると、コンピューターソフトは、居飛車対振り飛車の対抗型ではどちらを持っても大変強いそうである。それと比べると、横歩取りと角換わり系統だとやや指し手の精度に欠けるケースもあるらしい。今回の第一二局でもよく分かったように対抗型の押し引きになるとコンピューターが抜群に強いことだけは間違いない。
しかし、「豊島の戦略」はもっと具体的なものだった。YSSは少し進んだ局面で、プロの定跡ならば△5二玉と中住まいにするか△4
一玉と中原囲いにするかの二択のところで△6二玉とするクセがある事を豊島は事前研究で把握していた。今回観戦記を担当する船江恒平も豊島からその情報を得て酒席でその後の手順まで聞いていたそうである。しかも、△6二玉の可能性が5%とまで分析していた。「豊島の戦略」は実に精緻である。(潤記者担当のモバイル中継による情報)
それでは、なぜ△6二玉が指されないのか。理由は単純明快、本譜の▲2一角があるから。
△5二玉ならば▲2一角には△3一金とすれば玉が▲4三角成を防いでいるし、△4一玉ならば▲2一角とされても玉が3二の金を守っている。どちらも▲2一角は成立しない。
だから△6二玉はプロの定跡にはないのだ。このようにプロの定跡は様々な変化を調べ尽くした末の精髄であって、定跡から外れてしまうと様々な陥穽が待ち構えている。プロの長年の歴史的知識の集積体なのである。
その意味でYSSがこの△6二玉を定跡として入れていなかったのが今回は大きなミスになってしまった。ツイッターで勝又清和がツイッターでこのように説明している。
(電王戦トーナメント見たときから気になっていたのですが、山下さんは修正していなかったのですね。アンチコンピュータ以前の話で、△5二玉か△4一玉くらいまでは定跡として入れておくべきだったでしょうね。)
コンピューターソフトは全てを自力で指しているわけではなくて、序盤部分についてはプロ将棋の定跡をある程度の手数までは入れてある。その部分は考えないでいくつかの定跡からランダムに選んでいる。その定跡部分でYSSには致命的な入力不足があった。
しかも、YSSは実は電王戦トーナメントでもこの△6二玉を指してしまって大苦戦に陥ったことがあるそうである。(結果はYSSが大逆転勝ちしたそうだが。)直すチャンスもあったわけで、開発者の山下さんにとっては痛恨のミスだろう。
と言っても、コンピューターは必ずしも定跡がないと指せないわけではない。序盤であっても自力で正解を見つける能力は現レベルのソフトならば十分ある。しかし、それにはある程度時間をかけて考える必要があるのだ。その辺の事情について、やねうらおさんが説明していた。

やねうらお−俺のやねうら王がこんなに弱いわけがない。電王戦第三局について思うこと

(YSSは序盤に時間を使わなさ過ぎる。今回の第三局でも序盤早々、定跡を抜けたところで62玉と指してしまった。これが大悪手である。YSSでも、もっと時間をかければこんな大悪手は指さないはずだ。)
序盤に時間を使わない設定にしているために△6二玉を手拍子で指してしまったわけだ。まるで弱い人間のように。ちゃんと考えればYSSは△6二玉が大問題なのは理解できるのに。
結論を言うと、実はこの△6二玉の時点で将棋が終わってしまった。勿論、相手が豊島レベルのプロだという条件付きだが。
その後のYSSの△3一銀というのが豊島の事前研究ではなかった手でたいてい△4四角で豊島は本譜の順を深く研究していなかったそうである。しかし、幸い以下もほとんど必然手順なので豊島は時間をつかわずに決断よく指し手をつなげていく。
専門的には豊島にとって他にも気になる手順はあったようだが、それでも基本的には先手の人間がずっとかなり良い事にはかわりなく押し切った。豊島の技術の高さ、安定性を褒めなければいけないが、豊島でなければ勝てない将棋というわけではなかった。
終盤に勝敗決した状態でYSSが指した△1四金も話題になった。こんなところに金を受けても何の役にも立たない。露骨に言ってしまうと完全な無駄手なのである。
たまたま、この手の時にニコ生では谷川浩司が出演していたが、コメントに困って一瞬かたまってしまい、「コンピューターのこういう手は久しぶりに見ました。」と述べるのが精一杯だった。
コンピューターは自分の形勢が著しく悪くなると、時折こういう手を指すことがある。理由は「水平線効果」というもののためだ。山下さんも恐らく水平線効果のせいだろうと局後に述べられていた。詳しくはこの用語のウィキペディアを参照していただきたい。
簡単に説明すると、コンピューターがどうしようもなくなった際に、将棋がすぐ終わってしまわないようにその場しのぎでただひたすら手数を伸ばそうとして無意味な手を連発してしまう現象である。
コンピューター将棋と戦った経験がある方なら、こちらが完全に勝ちになった時にコンピューターが無駄な王手攻撃を延々と続けてくるのを知っているだろう。アレである。
つまり、本来感情などないはずのコンピューターが、自分が負けになると突然ブチきれてなりふり構わずに暴れるわけだ。町道場のおじさんでも、ここまではしないだろうというくらいに。面白いものである。

さて、この将棋を本質的にはどのように評価するべきだろうか。
YSSの敗因は簡単に言うと△6二玉のところの定跡入力不足、あるいは設定考慮時間の短さという事になってしまう。それだけで将棋が終わってしまった。普通に考えれば将棋として素晴らしいとは言えない。
一方、豊島の立場から言えば、この欠陥を発見するためには大変な事前準備と勉強が必要だった。千局近くYSSと戦ったそうである。豊島の立場からすると、純粋に研究して相手の欠陥をついただけ。その事自体は決して非難されるべきことではないだろう。
それとは別に、こうして人間とコンピューターが戦う意味を考えてみよう。「アンチコンピューター戦略」という言葉がある。
人間が人間相手に戦うのとは全く別の手法、指し方でコンピューターの欠陥をつこうとする行為を意味する。
今回の豊島の指し方は、それに当てはまるかどうかは微妙なところだ。豊島の方は普通に横歩取りの指し方をしているだけで、コンピューターが勝手に間違えたのをとがめただけという意味では別に「アンチコンピューター戦略」ではない。
しかし、事前研究によって△6二玉を狙い撃ちしたという意味では広い意味では「アンチコンピューター戦略」とも言える。
どちらなのかは言葉の定義によるのでどちらでもよい。問題はとにかくこの種の指し方が人間とコンピューターの戦いで意味があるかだ。
コンピューターにこうした欠陥がある以上は人間がそれをつくのは当然だという考え方がまずある。その事でコンピューターは欠点を修正できるから。ただ、人間にとっては人間にそういう知恵がある証明になっても、本来の自分たちの将棋の技術向上には結びつきにくい。
一方、コンピューター相手でも普段と同じように正々堂々と戦うべきという考え方もあるだろう。それだと人間が負けるリスクが増えるが、その変わり普段と同じ指し方をしているので人間の将棋の問題点も浮き彫りになって、人間将棋の技術向上につながせる可能性はある。
そういう意味では人間も堂々と戦うにこした事はないのだが、勿論現時点での人間とコンピューターの力関係も具体的には関係してくる。つまり、コンピューターの方が強いのに人間が堂々と指してただ負けるのではそれこそ無意味なので。
現時点はその意味で微妙なポイントにあると思う。第一局の菅井竜也は習甦とほぼ互角だったし、佐藤紳哉もやねうら王と互角程度だったらしい。それならば、プロ棋士側が堂々と戦って勝ちたいと思っても不思議ではない。
ところが実際には二局とも基本的にはコンピューターの強さが目立つ内容だった。
その意味でプロ棋士の中で最も先見性があったのは米長邦雄である。後手でいきなり△6二玉と指したのは、疑問の余地のない「アンチコンピューター戦略」である。定跡を外してなおかつ最初からコンピューターの苦手な入玉を想定している。あれには、「米長たるもの、正々堂々と戦うべき」という批判も多かったが、今ならば少なくとも誰もが米長の意図だけは理解できるはず。米長は実に頭の良い男だった。
さて、とはいえ人間が「アンチコンピューター戦略」を貫くべきか、あるいはやはり正々堂々と戦うべきなのかは難しい問題である。
それについては各棋士が考えなおかつファンは将棋を見て判断するしかない。強引に言ってしまうと、それだけが電王戦の意義なのかもしれない。

最後に豊島将之について。事前の準備も、対局態度も、対局後のインタビューも実に立派だった。
事前研究では、最後の方は本業の将棋の研究会を犠牲にしてまでYSSとの対戦に没頭したそうである。一日10時間程度、総対局数も数えきれなくて、1000まではいかないが三桁なのは間違いないという本人の弁である。徹底的な事前準備であって簡単に出来ることではない。
会見では、「YSSを貸し出していただいて、たくさん対局を重ねることで自分の将棋がよい方に向かっているように感じていて、山下さんに大変感謝しています」という意味の事を述べていた。
山下さんの方も、「豊島さんに大変な数の事前対局をしてもらってありがたいし、もし豊島さんの将棋に役立ったのならば嬉しいです。」と。
実に「さわやか流」の会見であった。米長邦雄も喜んでいたことだろう。

(追記)補足記事を書きました。
電王戦第三局記事の補足、修正

(3/31月 再追記)再補足記事を書きました
電王戦第三局記事の再補足

電王戦第二局、佐藤紳哉の本気の対局姿

いきなり、やねうら王の初手が▲1六歩。しかし、これは別に挑発ではない。やねうら王の初手はランダムに設定されていて、たまたま端歩になってしまっただけである。
以下△3四歩▲7六歩△8四歩▲1五歩と進んだ。初手の端歩を別にすれば佐藤康光が得意にしているオープニングである。現代将棋においては、もはやそれほど奇異ではない。
もっとも、やねうら王に佐藤康光のような意図があったわけでもない。佐藤康光の考えは、相手が端を受けるかどうかによって自分が居飛車にするか振り飛車にするかなどにして、少しでも得をしよう、自分の形を保留して対応しようという現代将棋の思想である。
現在のコンピューターソフトは強いがさすがに序盤でそういう事を考えるまでには至っていない。多分これから後も当分。単なるサイコロの目を振る確率の遊戯が行われただけである。
つまり、初手の端歩も阪田三吉の衒気でもないし、オープニングも佐藤康光の緻密変態流現代将棋思想でもない。
以下、佐藤紳哉が無難に対応して、やねうら王はノーマル四間飛車を選択した。さらに、佐藤は一直線に居飛車穴熊に組み、やねうら王は普通の美濃囲いにした。
これは現在のプロの将棋ではほとんど見られなくなった形である。というのは、囲いのかたさでは居飛車穴熊の方が上なので、居飛車が手をつくって暴れれば「穴熊の暴力」によって、居飛車が相当勝ちやすいとされているから。藤井システムは振り飛車でも自玉の囲いを後回しにしてでも居飛車穴熊を牽制しようとする思想であって、本譜のように何の工夫もなく相手に居飛車穴熊に組ませてしまうのは「消えた戦法」なのである。
しかし、そうは言っても厳密にはそれで居飛車がいいという事でもない。あくまで居飛車の方が人間同士の戦いでは勝ちやすいというだけの事。
現に少数派ではあるけれども、プロでもノーマル四間で無条件に居飛車穴熊に組ませて退治しようとする棋士もいる。そして、実はそういう指し方で振り飛車が居飛車穴熊を退治したりすると、拍手喝采されたりもするのだ。
居飛車穴熊は大変現代的な優秀な作戦だけれども、実は観ていてあまり楽しい将棋ではない。「穴熊の暴力」で振り飛車がねじ伏せられるのはちょっと理不尽な感じもするのだ。
そもそも居飛車穴熊というのは大変片寄った駒組みで、四間飛車の美濃囲いのようなバランスのとれた美しさはない。現在の人間の力のレベルでは居飛車が勝ってしまいがちだが、本当に振り飛車が正しく指せば十分戦えるのではないかと私などはひそかに考えている。大山康晴も(現代とは居飛車側のテクニックが違いすぎるが)、そういう指し方で居飛車穴熊を退治していたのである。
だから、大変皮肉なことだけれども、コンピューターにそういう役割を期待する事もできる。現在のコンピューターは多少の作戦負けは気にしない(と言うか序盤はそういうレベルに達していない)ので、こういう形も平気で指す。(第一局の菅井の先手中飛車も実は現在のプロレベルだと先手の明らかな作戦勝ちではあった。)
電王戦で私は勿論基本的には人間の棋士を応援している。ただ、一般論としてはコンピューター将棋によって人間将棋の考え方の偏りや欠点が修正される事があってもよいと思っている。この居飛車穴熊という指し方も実戦的には人間だと居飛車が勝ちやすいのだが、実は「人間的な美意識」には反するところもある。だから、何の先入観もないコンピューターが、その力技でもし居飛車穴熊の欠陥を証明してくれるなら私はむしろ歓迎である。逆説的だが、人間の直感的な美の感覚を、機械が証明してくれるかもしれないのだ。テクノロジーは本来人間を自由にして開放してくれるものである。
だから、私はコンピューター将棋が人間を超える事には何も抵抗はないし、もしそれが人間将棋の技術向上に役立ってくれるのならば大歓迎すべきだとも思う。なおかつ、そういう事態になっても人間が指す将棋に価値がなくなるはずもない。それは、先進分野のチェスを見ても明らかだ。
とは言っても、本局に関して私は佐藤紳哉を全力応援していたわけだが。
局面は進んで、佐藤が佐藤らしく決断よく仕掛けた。そして、コンピューターは桂損をしながら穴熊の頭を崩す変な言い方だが「人間的な実戦的な指し方」を選択してきた。
基本的には桂得の人間が有利なはず。但し、穴熊の頭に▲1四歩と迫っていてコンピュータにも主張がある。わずかに後手ペースだがまだまだ難しくて先が長いというのが客観的な評価ではないだろうか。
但し、その後に急に局面のバランスが崩れてしまう。やねうら王が▲6四歩から▲6五歩と継ぎ歩をして▲6四歩と垂らしてきた。局後の感想によると、佐藤紳哉はこれを完全にウッカリしてしまったらしい。
その直後の△8三飛は素人が見てもいかにも感触が悪い手である。佐藤はウッカリして落胆していたためにこう指してしまったのかもしれないが、ニコ生で木村一基が指摘していたように、まだしも△5五歩と捌きにいった方がよかったのかもしれない。こういうところが人間らしいところで一回ミスをするとそれを引きずって悪手を重ねてしまうのだ。
その後のやねうら王の▲7三歩成以下の手順が的確でコンピューターがかなり優勢になったように見えた。
しかし、実は見かけほど差は開いていなかったようだ。佐藤が△1八歩とたたいたのを手抜きして玉の近くにと金をつくらせてしまったのもやや疑問で結構大変である。
さらに佐藤の△6四歩が大変良い勝負手で先手も対応が難しい。しかも、やねうら王は▲同角として△6三香と打たせてしまった。人間の目には大事件である。
局後にやねうらお氏が明かしていたが、ここでやねうら王は▲3一角成と切る手が成立すると読んでいたのだが、ここでそれだと悪いと気づいて軌道修正したそうである。実際に控え室のソフトも▲3一角成を当初は優勢と捉えていたのが実はダメだと気づいたそうである。
そして、ここでのコンピューターの辛抱が絶対人間には出来ないものだった。やねうら王は何と角を見捨ててただで取らせる順を選択したのである。そして、冷静に考えるとこれがあの局面ではベストの選択だったようである。
つまり、「角をきれると思っていたが、私は完全に間違っていました。ごめんなさい。仕方ないので角をただであげます。」という反省態度なのだ。人間だとプライドや悔しさが邪魔してできない。負けだと分かっていても角をきってしまうかもしれないところである。
佐藤がミスをひきずってしまったのとある意味対照的だった。と言ってもだからと言ってそういうコンピューターをえらいとは言えないが。
とにかく、その後で▲4八金引くと冷静にされると、先手玉を寄せるのは簡単ではない。むしろ、後手の穴熊に対しては手数がかかるが、確実な寄せが待っている。むしろ後手の人間があせらされている感じである。
ここで、佐藤は△6七香成としたが、これがあまり寄せにはすぐ役だっていなかった。ここでは控え室が指摘していたように△8九竜と桂馬を拾っておくのもあったのかもしれない。以下本譜と同じように穴熊に迫ってきても△2四歩▲1五飛に対して入手した桂馬を2五に王手で打てる。それでも難しいのかもしれないが本譜を考えると随分マシなのではないだろうか。
なお、この場面でツツカナは何と△4一角を推奨していたそうである。ただ、3二に駒を打ってくるのを防いだだけでなおかつ守備向きではない生角が二枚並んでしまうし攻撃力も激減してしまう。人間の感覚ではありえないし絶対指せない手だが面白い発想である。
以下、佐藤も随分頑張ったがやねうら王がきっちり勝ちきった感じだった。
第一局では習甦が序盤中盤終盤と隙なく完勝したし、去年のGPSvs三浦弘行もそうだった。しかし本局は終盤でコンピューターにも隙があって大変面白い将棋になったのである。基本的にはコンピューター将棋は終盤が恐ろしく強いのだが、実は毎回ノーミスというわけではないのだ。これは去年の電王戦でも分かった事である。

さて、対局者の佐藤紳哉は朝から鬼のような表情で迫力満点の対局姿だった。苦悶しながら頭をフル回転させてまるで指し手を絞り出してくるかのようで、大変かっこよかった。しかも、それが終局までずっと続いたのである。こうしたものすごい集中力をずっと維持できるのは並大抵のことではない。命懸けで将棋にたちむかっている人間の姿がそこにはあった。
聞くところによると、佐藤は今回に限らずいつもこういう鬼気迫る対局姿であるそうだ。
佐藤は、NHK杯でのインタビューなど、「すべり系お笑い」で売り出してきた。しかし、この対局姿を見ると全くそんな事をする必要はないと思う。
棋士は真剣に対局している姿が一番美しいのである。

電王戦第一局の菅井竜也に見る「人間らしさ」

電王戦は盤外戦の方が話題沸騰になってしまっている。その話題については、私はツイッターで適宜つぶやいているし、あまりブログで改めて書きたいとは思わない。ここでは主に将棋の内容などについて考えてみる。
まず、これは記事タイトルとも関係するのだがブログ記事を紹介する。

生きてみた感想 電王戦第一戦感想―「強さ」とは何か

人間の「弱さ」を克服する行為の「強さ」を論じつつ、人間とコンピューターの違いを考察している素晴らしい記事である。ここでは、もう少し将棋の具体的内容に即して考えてみたい。
先崎学が第一局の観戦記を書いている。

第3回 将棋電王戦 第1局 観戦記(筆者・先崎学)

50手目の△4六歩から56手目の△4二飛をこの将棋のポイントと捉え、「習甦は、なにげなく鬼であった。△6五同歩や△4二飛など、指されて見れば当然の手だが、実戦ではなかなか指しにくい手なのである。」と解説している。
コンピューター将棋はもはや終盤だけが鬼強なのではないのだ。こういう中盤の押し引きにおいても、実に的確な手を指してくる。しかも、指されてみれば当然でも人間的な感覚だと気が付きにくいところにまで読みが行き届いている。
それに対して菅井が▲5七金と間違ったために形勢を損ねてしまう。正解は▲5六金でそれは「プロがいう「指が勝手に動く」手で、いわゆる第一感中の第一感なのだ。まったく、魔が差したとしかいいようがない。」なのだった。
つまり、中盤の一番肝心な勝負所で、コンピューターの方は地味ながら実に的確でやや意表をつきさえするレベル以上の手を積み重ねたが、そのために人間の方は精神的に動揺してしまって普段なら一目で指せる正解手を逃してしまったわけである。
なんとも「心の揺れがない」コンピューターと「心のある」人間の違いが際立つ展開になってしまった。
電王戦対局の後に行われた対局で、菅井は佐藤天彦(言うまでもなくプロの中でも強敵中の強敵である)相手に、序盤から自由自在で奔放といってもよい指し回しをみせて終始圧倒して快勝していた。実に思い切りがよくて手が伸びていた。人間相手だと。こういうのが本来の菅井将棋なのである。
ところが、電王戦では序盤から長考が目立ち、指し手にも思い切りや切れ味に欠けていたと言わざるをえない。明らかにコンピューター相手に指すプレッシャーのせいである。
ニコ生の解説は鈴木大介と中村太地が担当していた。鈴木が「私相手だと、菅井さんは考えずにバシバシ指してくるのにおかしいなぁ。私がなめられているのかなぁ。」と言って笑いをとると、中村も自分相手でも菅井さんはそうですと同調していた。
電王戦という舞台のプレッシャーもあるのだろうが、菅井が習甦の実力を認めていた事も勿論あるはずだ。
(「練習は随分したの」と訊くと「はい、95勝97敗です」と即答されのけぞった。200局ちかく指したというのはすごい局数である。)
(菅井の97勝95敗だったという説もある。)
大変な数の練習対局を菅井はこなしている。そして結果はほぼ互角だが、おそらく習甦にボロボロにされた将棋もあっただろうし現在のコンピューター将棋の実力もよくわかったはずである。現在プロでも菅井に対してこれだけの結果を残せる者はそうはいないのである。だから、当然本番では慎重にならざるをえなかったのだろう。
終盤では先崎も指摘しているが△5二歩も好手だった。△5六歩と攻めてこられるのがイヤで、生で見ている際にはこの△5二歩はありがたいのではないかと感じた。そう言っていたプロもいる。ところがよく調べてみるとこれが冷静な好手なのだ。別にコンピューターは意識してやっているのではないが、「厚みで押したかと思うと急に△5二歩のような冷静な好手を指され」と人間には感じてしまう。困ったものである。
他にも実際には指さなかったのだが△5一歩という渋い手も習甦は考えていて、これまたよく調べると好手なのである。こういう歩はトッププロがタイトル戦で指して周囲をうならせるレベルの手ではないだろうか。やはりコンピューターの終盤はおそろしく強い。
また、現地でponanzaやGPSを使った検討も行われていてそれをある程度ツイッターで知ることが出来たのだが、終盤の急所ではどのソフトも同じ手を指摘している事が多かった。終盤で人間は間違えるがソフトは間違えない。本当に参ってしまう。
さて、冒頭で紹介したブログ記事では一般的な視点で人間の素晴らしさを指摘していたが、具体的に考えてみると今回は残念ながら菅井の「人間らしさ」が弱点として働いた部分が多かったと言わざるをえない。実力の問題以外で。
まず、事前の研究対局ではほぼ互角の成績だったのに、やはり本番のプレッシャーなのか指し手にかたさが目立ったこと。
人間相手にはあまり長考せずに強気に指すのが菅井なのに、コンピューター相手を意識しすぎて手が伸びていなかったこと。
急所の局面でコンピューターは常に冷静だった(当たり前だ)のに対して、菅井は意表をつかれて動揺して当たり前の手が指せなかったこと。
現在のコンピューター将棋はただでさえ強い。しかし、本局などを見ているとそれ以前に人間が自分の精神的な「弱さ」を克服しなければいけないという具体的な課題をつきつけられているように感じた。

PR誌「ちくま」に将棋エッセイコレクションの紹介文(ウェブ閲覧可能)を書きました

筑摩書房さんのPR雑誌「ちくま」の2014年3月号に、ちくま文庫「将棋エッセイコレクション」の紹介文を書かせていただきました。
筑摩書房さんの一般読者向けのPR誌なので、私も将棋ファンというよりは一般読者を意識して書いています。是非ご一読ください。

「ちくま」 純粋なる将棋界をめぐる多彩な文章たち/shogitygoo

(PR誌 ちくま HP)

HPの目次をご覧になればお分かりの通り、新刊書の紹介の他、錚々たるメンバーの連載を読むことが出来ます。(私の場違い感といったらないです。)興味のある方は雑誌自体を入手されてください。PR誌「ちくま」はHPから定期購読可能な他、大型書店で無料で配布している事が多いようです。
(全国約3名のものぐさファンはいますぐ大型書店へGO!)
本来、編者の後藤さんを含めて他に紹介文を書く適任者はいくらでもいるわけですが、最近ちくま文庫さんの河口俊彦先生の「大山康晴の晩節 」の解説をyomoyomoさんが担当されて大変好評だったようです。それで筑摩書房さんも再度冒険されたようなのですが、果たして柳の下にどじょうが二匹いたのかどうか大変不安なところです。とにかく自分としては全力を尽くして書いただけです。
せっかくあの筑摩書房様がちくま文庫で将棋の本を出していただいたのですから、一応参加した者としては、是非とも将棋ファンだけでなく広く一般読者の方々に読んでいただきたいと思っています。
ここを読んでいただいているのはかなりコアな将棋ファンの方々ばかりかもしれませんが、なにとぞお知り合いの読書子の方々にこんな将棋の本があるのだと紹介していただきたいと考えます。よろしくお願い致します。

さて、「将棋エッセイコレクション」に収録された私の記事は、「NHK「羽生善治・吉増剛造 盤上の海、詩の宇宙」再放送雑感」でした。この記事を改題して大幅に加筆修正したものです。
この記事が収録されたと知って、「わが意を得たり」とおっしゃっていただける方々がいる一方で、いやてっきり「鰻職人タケシの冒険」が載るのだとばかり思っていたという方があまりにも多くて驚きました。
さらに、中には「この記事が収録されたのでは、まるでものぐさブログがかっこいいブログだと思われてしまうではないか。」とおっしゃる方までいて、わたくしは大変憤慨した次第です。つくづく読者とはありがたいものであります。

再掲紹介記事 ちくま文庫「将棋エッセイコレクション 」に参加させていただきました




宮本広志三段と鈴木肇三段の「鬼勝負」

第54回奨励会三段リーグ戦の最終対局日(3月8日実施)の結果、星野良生三段と宮本広志三段が四段昇段を決めた。

日本将棋連盟 星野良生三段と宮本広志三段が四段に昇段

星野良生三段は、対ゴキゲン中飛車対策の超速▲3七銀戦法を開発して第17回升田幸三賞を受賞している。現在、ゴキゲン中飛車は一時期の大流行ぶりと比べると激減してしまったが、その一番の原因がゴキゲンの天敵超速▲3七銀戦法なのである。

朝日デジタル 「超速3七銀」プロに浸透 第17回升田賞に星野三段

もう一人の宮本広志三段は規定が始まってからの最年長昇段者である。
「三段リーグは26歳までに昇段しなければ強制的に退会させられる。ただしリーグ戦で勝ち越せば、29歳までリーグに残留できる救済規定がある。
 宮本三段は26歳の年齢制限にかかってから、3期連続で勝ち越しリーグ残留。前期リーグは途中7勝8敗と苦しみ、残る3局を全勝しなければ退会する瀬戸際に追い込まれた。2連勝して迎えた最終局は互いに負ければ退会の“鬼勝負”になり、勝って今期に望みをつないでいた。」
(朝日新聞デジタル 将棋「鬼勝負」しのぎプロに 奨励会最年長の宮本三段より)

このように大変劇的な昇段だった。文中の「互いに負ければ退会の“鬼勝負”」の対戦相手は、鈴木肇三段(当時)である。宮本三段はこうして生き残ったが、鈴木肇さんの方は退会になってしまったわけである。現在の将棋の奨励会制度は大変過酷だ。
鈴木肇さんは、三段リーク最終日とほぼ時を同じくして実施されていた「Ponanzaに挑戦 勝てれば100万円」のニコニコ動画企画に参加されていた。
その鈴木さんについての記事がウェブ上にあがっている。
「もっと頑張らなくてはならなかった」……鈴木肇元奨励会三段の胸中 | NHKテキストビュー

その中に、この「鬼勝負」についての記述がある。
(2013年9月7日の三段リーグ最終日最終局を、鈴木さんは9勝8敗で迎えた。相手の宮本広志三段(27)も9勝8敗で、この一局に敗れたほうが来期のリーグ表から消える。宮本三段とは14回戦終了後に話す機会があり、7勝7敗であることを明かし合ったとき、こうなる予感はあった。最後はベストを尽くしたいと、ただそれだけを念じたという。
「将棋の内容は最初は宮本さんがよかったんですけど、あとから僕が追いついて。ずっと競り合い、三転四転する大熱戦でした。投了を告げたときは、ああ終わったのかという喪失感がこみ上げ、全身から汗が噴き出ました。感想戦と幹事への挨拶を終えて階段を下りると、そこに自分が担当している子どもスクールのお母さんがいて、言葉をかわしたのがまずかったですね。とうとうこらえきれず、涙がとめどなくあふれてしまった。自分を応援してくれていた仲間の棋士たちを横目に将棋会館を飛び出し、電車の中で人目もはばからず泣き続けました。いまでもそのときのことを夢で見たり、ふとした瞬間に切なさが胸をよぎったりすることがあるんですよ」)
将棋の奨励会制度は大変厳しい。特に鬼の三段リーグは、ほとんどプロと遜色のない実力の持ち主が涙をのんで次々に去ってゆく。
将棋の奨励会制度については従来から様々な議論がある。現在は簡単に言うとプロになるためにはきわめて「狭き門」にするが、そのかわり一度プロになれたらある程度は生活の保証をするという事である。
いわゆる「プロ」への入門基準を緩和してそのかわり自分で何として食っていけという考え方もあるだろう。ただ、現在の奨励会制度は現在の将棋界の構造の根幹を形成していて、ちょっと素人には安易に意見を言ったり出来ないところもある。それについてここでとやかく言うつもりもない。
とにかく、この厳しい奨励会制度が今までも数々のドラマを生んできたのは事実なのだが、簡単に「ドラマ」と言ってすまししてしまってよいのだろうかとはちょっと思ってしまう。
しかし、少なくとも当事者の鈴木さんも今回プロになった宮本さんも制度がどうこうということではなく、とにかく目の前の戦いにただ必死に立ち向かったのだけは間違いのないところだろう。
もうそれ以上は第三者には安易な余計な事など、とてもではないが何もいえない世界である。お二人は今回どのように感じられたのだろうか?


将棋界の一番長い日 2014

今年のA級順位戦一斉対局は静岡開催で、例年の連盟会館への「ワルハラ城への神々の入場」シーンはなかった。そのかわり、前日の棋士たちの移動を名人戦棋譜速報が精力的に追いかけてくれていて、谷川浩司がホームで談笑して流し目する姿の写真まで今は観ることが出来る。谷川は最近ますます品格と威厳と色気?が出てきて、杉良太郎も顔負けの流し目と言えよう。「すぎさま」ならぬ「たにさま」なのである。
その谷川が対局開始前に記録係に対して「こんな事はいいたくないんだけれどネクタイは....」と話しかけたそうである。映像でも見ることが出来たのだが、記録係はワイシャツの上にセーターを着用してのスーツ姿だった。一応見苦しくはないと思うのだが、テレビ中継もあるので谷川が注意したのだろう。新聞の将棋担当記者が記録係にネクタイを貸してあげていた。谷川も記録係も笑顔が見えてとげとげしい雰囲気では全然なかったが。「対局者谷川」と「会長谷川」の二刀流で大変である。
羽生の挑戦が既に決まっていて、残留争いは三浦、郷田、屋敷、久保の四人に降級の可能性がある。但し四人とも勝てば自力残留できるという奇跡的な状況だった。順位が悪くて三勝しかしていない屋敷のみ負けたら即降級である。
▲郷田vs△羽生は角換わりに。挑戦も決まっていて羽生は振り飛車を試すのではないかと予想したが普通に居飛車で受けた。羽生だけは本当に何をしてくるか分からない。
前例のある手順から郷田が新手を出して難解な中盤戦に。お互いの読みに微妙なズレがあるまま夕休まで進んだ。この高レベルの二人をもってしてもきちんと局面を把握できない難しい将棋だったようである。
▲佐藤vs△渡辺は、佐藤がすぐ1筋の端歩を突く得意の構想から、渡辺の角交換四間になった。佐藤の作戦は相手の出方によって居飛車にも振り飛車にもする。今までは渡辺が居飛車一本だったのだが、現在ゴキゲンも多用するなど振り飛車も試している最中なのでこういう事になったのだろう。きわめて現代将棋らしい序盤で素人には大変分かりにくい。
渡辺がその1筋から雀刺しのように先攻して先手にあやまらせた。渡辺は久保にこの作戦をされた経験があるようでその応用らしい。佐藤陣は一時実に佐藤らしく?金銀バラバラになったがうまくまとめ、渡辺も端を手を出した後の指し方が難しかったようである。むしろ佐藤の模様がよいのではないかという評判で夕休に。
それにしても、どの将棋も分かりにくくて将棋の「いま」を感じさせた。
▲深浦vs△谷川も、後手谷川の角道オープン四間。本来居飛車党が多いA級で振り飛車がこうして見られるのも、やはり全ての形を指しこなす必要がある現代将棋の状況を象徴していると言えそうだ。
将棋は谷川が2筋をおさえたものの、それ以上は動きづらく深浦の完全な作戦勝ちで夕休を迎えた。
▲三浦vs△久保は後手久保のゴキゲンに。定跡形からじっくりした展開に。二人とも残留がかかっている事もあり、比較的ゆっくりした攻防が続いて夕休に。しかし、この一局に関してはまだまだ序章に過ぎなかった。
一番激しい展開になったのが▲行方vs△屋敷。横歩取りから最近よく見る後手が2筋で飛車交換を挑む形に。先手が拒否する事が多いようだが、行方が踏み込んで飛車角総交換になっりのっぴきならない局面に。
しかし、どうも先手の攻めを後手がしのぐのが大変そうである。残留がかかっている屋敷にとってはあまり嬉しくない展開に。それでも控室で深く研究すると、先手ペースながらもまだまだ難しいところもあるのではないかという局面で夕休に。ライブ映像を見ていると、屋敷が下を向いて少し苦しげに考えている姿が目立つようにも思えた。
今年もスカパーとニコ生で生中継があった。行方尚史が対局場から離れて庭を散策する姿まで見ることができた。大変な時代になったものである。行方がコッソリお酒を飲んだりしていなくて本当によかった。(念のために言うが勿論冗談である。さすがに、「なめちゃん」は「あぶさん」ではない。)
スカパー解説には糸谷哲郎も登場。何だかいつになく整髪料をベッタリつけてきっちり73わけにしていると思ったら、どうやらテレビにでるという事でメイクもさせられて髪もいじられたらしい。そういえばやはり解説の阿久津主税の顔がなんだかドサまわりの旅劇団の看板二枚目スターのようになっているなと思って見ていたが、あれはちょっと顔を塗りすぎていたのかな。
糸谷は例によって早口ですごい勢いの立て板に水トーク。話す内容も高度で解説者として大変優秀である。但し、聞く側がちゃんとついていければ....だが。かと思えばところどころに、対局中に麻婆豆腐食べてそれが辛すぎてお腹を壊しました、だの、対局で一瞬だけ二三キロ体重が減りますがリバウンドします、だのを全くの真顔のままで言うものだからおかしくて仕方なかった。生まれ持ったスター性があり何とも憎めないところのある先生である。
さて、夕休があけてやはり一番気になるのは、行方屋敷。先手が良さそうではあるが後手も最善を尽くせばまだまだアヤもあり難しそうという局面で屋敷が指したのが△3三角。
角をただ捨てして攻めようという手。屋敷渾身の勝負手が出たか?だが、冷静に考えると以下▲同竜△2九竜に対して▲6五角があまりにも痛すぎる。はたして屋敷はどうするのだろうか?控室が調べても分からない。結局屋敷に何か大きな誤算があったようである。以下一直線で屋敷負けに。
いちはやく屋敷の降級が決まってしまった。いつも明るい屋敷だけに、対局後の様子を見ているのがつらい。屋敷らしく、露骨にガッカリしている様子を見せずに気丈に振舞っているのもかえって痛々しかった。
というわけで、いち早く降級者が決まってやや拍子抜け。しかし、他の対局者がその結果を全く知らないためにドラマが続く事になる。
郷田羽生は、羽生に形勢を悲観していたがゆえの疑問手が出て郷田にチャンスがめぐってくるが、今度は郷田がそれを逃してしまう。さらに郷田が「羽生ゾーン」の8三に打った桂馬が意外な好手にならずに見たままの筋悪の手で形勢をさらに大きく損ねて一気に羽生勝ちになった。「羽生ゾーン」はそう簡単に真似をしてはいけないのだろう。
スカパーには金井恒太が登場。内田記者には「金井さんが一番注目している郷田羽生戦」、広瀬章人には「金井さんは郷田さんのファンですが今は苦しそうで」と散々からかわれていたが全く動じず。えらいものである。感想戦では画面の後ろには当然金井の姿があったのは言うまでもない。
金井が感想戦でこう指していれば郷田も指せるのではないかと指摘したら、郷田に一刀両断で却下されてしまい金井も素直にひきさがったという。とてもよい師弟関係?である。
郷田は感想戦の後に観戦記者から残留をつげられると、「顔をあげることもなく、静かに2度頷いた。」(名人戦棋譜速報より)という。自分が負けてしまったからもあるのだろうが、いかにも郷田らしい品位のある態度である。
深浦谷川は、深浦が端から攻めこんだが、疑問手があって攻守ところをかえて谷川ペースに。その後もややもつれたが結局谷川がおしきった。本局も作戦面では谷川はうまくいったとはいえず、何と言っても研究時間が十分にとれていないのが問題なのだろう。大山は会長をしながらトップでありつづけたが、あの頃と今では全く時代が違う。谷川も局後のインタビューで来年のB級1組での戦いにむけて改めて気を引き締めていた。
佐藤渡辺は、結局佐藤がよいというつくりの将棋だったらしい。夕休後も渡辺が手段を尽くして粘るがどうしても届かなかったようである。何か渡辺に疑問手があるわけでもなく佐藤が冷静に残した。渡辺は序盤の構想について言及していたそうである。どこがポイントなのか大変分かりにくい将棋だった。ただ、こういう将棋をしっかり勝ちきる佐藤の腕力の強さは相変わらず健在である。
バタバタと将棋が続けて終わって残ったのは、三浦久保だけである。屋敷も郷田も負けてしまったので、結果的にはこの二人は全然大丈夫だった。しかし、二人ともそれを知らない。恐らく勝てば残留、負ければ降級と考えて決死の覚悟で二人とも指していたはずだ。それが、ああいう壮絶な将棋を招きよせたのだろうか。
夕休後もじっくりした押し引きが延々とつづく。久保は「捌きのアーティスト」であると同時に「粘りのアーティスト」でもあるそうで、本当にねちっこい。しかし、三浦も決してあわてずに指し続けてどうやら三浦がよさそうという事になっていた。
しかしながら、久保は全く諦める様子もなく徹底抗戦。粘りながら久保が△6四香と打ったあたりでは久保の竜も働いていて先手玉もいつの間にか危なくなっている。
ちなみに三浦は141手目の▲6一銀成から一分将棋、久保も156手目の△5一銀から1分将棋。以降二人は1分将棋で100手以上指し続ける事になる。
三浦も竜を自陣にひきつけてお互いに攻防手を放って秘術を尽くした攻防。もうわけがわからない。この将棋のすごいところは単に手数が長いだけではなくて、終盤に本当に難しい悩ましい局面が延々と続いたところだろう。
三浦は▲5七角を指す際に、うまくおけずに他の駒もたくさん大きく崩してしまう。慌てて駒を直す三浦。何度も何度も駒にふれていてその動揺ぶりが画面から克明に伝わってくる。
ギリギリの攻防からやっと三浦が勝ちになったかと思ったら、久保玉が浮遊してきて入玉目前まで達する。三浦はそれを必死に阻止するが、またすぐには終わらない形に。久保も必死に三浦玉に迫って、今度は三浦玉が浮遊しだして入玉してしまった。何という久保の根性の粘りだろう。
しかし、ついにもう先手玉がつかまらなくなって、ようやく将棋に終わりが見えくる。ついて久保玉がつかまって投了。三浦玉は6二にいて久保玉は1五にいる。総手数272手の死闘だった。
終局は午前2時。対局開始が9時といつもより一時間はやかったので、普段なら午後9時まで続いた事になる。しかも、将棋の内容が最後の方まで難解な状態が続いて、いまだに正確には何が起こったのか実はよく分からないでこうして書いているのだ。名局賞はまず間違いのないところだろう。
終局直後の映像を見ると、その雰囲気は重苦しいというのを通り越してしまって、三浦などはただただ疲弊してしまって何も感情すらもわいてこないといった様子だった。もぬけの殻状態である。二人とも長いこと何も言わなかったが、ようやく駒を動かし始めた。
こうして、「消化試合」のはずが、一番長い日にふさわしい「名局中の名局」になったわけである。
最後に現地で大盤解説を担当していた勝又清和のツイッターでのつぶやきを紹介させていただこう。
「三浦九段に朝聞いたら、感想戦終了した後、午前3時から5時過ぎまで、控え室で5局全部、並べて検討したそうだ。 あんな凄い闘いした後なのに。すげえ。」
「前夜祭の後、関係者と二次会。静岡自慢の地酒を堪能。もちろんN八段も堪能。三次会まで行こうとして関係者あわてる。「たまにはほどほどにしますか。」 翌朝、行方不明にならずちゃんと現れ皆ほっとする。 素晴らしい指し回しに感嘆。 すげえ。」
これを伝え聞いたY九段が「何だ、三次会まで行ってくれてももよかったのに。」とあの笑顔で言ったのかどうかは知らない。
電王戦ではY九段の心の底からの笑顔が見られますように。


順位戦はやはり順位戦だった―2014C1最終局

C級一組の順位戦は糸谷哲郎が九連勝して、前節でいちはやく昇級を決めた。 残る一枠の昇級争いは一敗の佐々木慎と中村太地の二人に絞り込まれていた。
佐々木は若手実力派の振り飛車党。昇級しても全く不思議ではない実力の持ち主である。ただ、C1には他にもそういう若手が多すぎるだけ。今期は若手との対戦も少なめで安定した内容で着実に星を伸ばしてきた。
佐々木の最終局の相手は佐藤秀司。ベテランの実力者ながら現在の勢いなどを勘案すると佐々木が昇級をスンナリと決めるものだと私は思い込んでいた。とんでもない間違いだった。まずは 佐藤秀司に謝らないといけないし、そもそも一応はベテランファンである私が順位戦の何たるかをすっかり忘れてしまっていたのである。
一言で言うと佐藤の完勝。佐々木は別に悪い手は指していない感じなのだが、やはり最終局のプレシャーなのか手が伸びていない。佐藤がと金をつくってほとんど完封ペースになり、佐々木が苦心して一応攻め合いに持ち込んだものの、佐藤がかなり余裕がある感じで残した。佐藤の快勝譜である。こういう大事な将棋でベテラン中堅が若手に痛い目をあわせるのを今まで何度目のあたりにした事か。これが順位戦なのである。
一方、中村の相手は菅井竜也。言うまでもなく強敵中の強敵である。後手の本来純粋振り飛車党の菅井が採用したのは意表の横歩取りだった。将棋界には自分が昇級降級に関係なくても全力を尽くすという「米長理論」が存在する。とはいえ、やはり消化試合だと普段は指したくても指せない戦型を試す事はままある。菅井だけでなくA級でもそうだ。
しかも、菅井は普通△2二銀とするところで△2三歩とする趣向をしてきた。一応昭和初期にはあった手だそうだが現代では全くない手である。現代横歩の思想を極端に単純化して説明すると、先手は横歩を取る事で歩を得するが飛車の形が乱れる、それを直す間に後手は攻撃態勢を整えて場合によっては先攻する、という事だ。だから、△2三歩と歩を打ってしまうと攻撃に使えないし最初から守勢になるので感覚としては全く現代的ではないのである。
菅井は実は振り飛車でも遺憾なく「新感覚派」ぶりを発揮している。ちょっと従来の感覚とは違う将棋を指す。だから、横歩でもこういう実験がしたかったのかもしれない。
もっとも、大事な将棋でこんな事をされた中村はいい災難である。だが中村は冷静に飛車をひいてじっくりした戦いに持ち込んだ。前述したように後手が歩を受けて使ってしまっているので効果的な攻めがないだろうとみきった冷静で合理的な対応である。
実戦はとても横歩取りとは思えない形に進んだが、中村優勢という評価だった。しかし菅井も入玉を含みに粘る。思ったほど簡単ではない。それどころか、菅井流の不思議な粘りが奏功してむしろ後手玉をつかまえるのは容易ではないという怪しい雲行きになってきた。
というあたりで、佐々木投了。なんと言うことだろう、中村が勝てば昇級、負ければダメという状況になってしまった。中村も必死に後手玉に迫るがつかまらない。その間に菅井が反攻してあっという間に中村玉が受けなしになってしまった。
中村にとっては悪夢のような逆転負けである。その瞬間佐々木の昇級が決まった。佐々木は感想戦もしないですぐ連盟を去ったそうである。どこで誰に朗報を聞いたのだろうか。
中村は周知の通り、羽生を王座戦で羽生善治をギリギリのところまで追いつめた。今や誰もがその実力を認めて将来を嘱望されている若手である。しかし、順位戦とはこういうものなのだ。あの羽生や渡辺明でさえ苦い目にあった。だから順位戦だけは特別で面白いのである。実力を考えれば中村がもっともっと上にいくのは間違いない。それにかかる時間が多少伸びただけである。
順位戦では降級点の争いも熾烈である。今回も有名なベテランが数名二度目の降級点でC2に陥落してしまった。かつて、「対局日誌」で河口俊彦が実に巧みに描いていた。こういうのは同じプロ棋士でなければとても出来ない事だ。「将棋エッセイコレクション」でそういう河口の文章を久々に読んで楽しかった。今だと誰が適任だろう。勝又清和あたりに期待したいが既に将棋世界に連載を持っているし。
さて、既に昇級を決めていた糸谷は最終局はかなりの逆転負けだった。糸谷は本当に不思議な棋士で、力をだせばどんなに強い相手でもふっとばしてしまうが、格下に簡単に星をこぼしたりする。それが糸谷の魅力でもあるが、順位戦はコンスタントな実力発揮が求められるので今まで苦戦してきたのだとも言える。一気の九連勝というのも実に糸谷らしい昇級だったが、この最終局などを見るとはやく決めてくれてよかったと胸をなでおろした糸谷ファンも多かったのではなかろうか。
名人戦棋譜速報の掲示板には「2時前の関西棋士室。本日敗れた糸谷哲郎六段が、「熱い」と言いながら弟弟子の奨励会員と10秒将棋を指している。その局数は既に30局を超えているとのこと」との説明と共に、糸谷が奨励会員と将棋を指す写真が掲載されていた。
これまた、実に順位戦らしい情景であると言えそうだ。


(名人戦棋譜速報では、全ての対局棋譜(解説つき)だけでなく、掲示板に棋士の写真やこのようなエピソードが満載である。さらに深く将棋を楽しみたい方は一度試されてみてはいかが。別に私は回し者ではないが一般ファンとして内容を推薦できます。クレジット以外のウェブマネー等の電子マネーでの支払いも可能。月会員、60日会員、7日会員、1日会員とコースも各種ある。)

CSテレ朝チャンネルの朝日杯番組

昨晩、朝日杯の番組がCSの朝日チャンネル2で放映された。合計四時間超という贅沢なつくりである。
まず、テレビ朝日の田畑祐一アナの羽生善治への準決勝直前のインタビューから始まる。
「こんな対局直前のインタビューはあまりないのと思うのですが、お邪魔ではないですか?」
田畑祐一は新日本プロレス中継も担当していたアナウンサーである。これが蝶野正洋ならば、「わかっているんならインタビューなんかするなや、こらあああ」という定番の展開になるわけだが、勿論羽生がそんな事を言うはずもなく、インタビューは穏やかに進んだ。
豊島将之にもインタビューしていたのだが、どちらにも賞金1000万円の使い道を聞いていたのが普段の将棋番組とは違っておかしかった。いつもとは勝手が違うインタビューに豊島が「何なんだろう、このおじさん。」というような目で当惑しながら答えていたようにも見えた。きっと私の気のせいだろう。
いきなりインタビューだったが、その後はすぐ対局中継(録画)にはいって、余計な前振りとか説明もなく、スポーツ中継のように実況に徹する番組のつくりが大変よかった。編集なしの完全中継である。
中継の仕方も、対局生盤面とワイプで対局者二人の表情を常に映し続ける斬新なやり方。別室の控室に田畑アナ、解説の阿久津主税、朝日新聞の将棋担当の山口進氏の三名がいて大盤などなしに実況席のようにデスクに三人横並びになってその音声だけを映像にかぶすやり方。時に対局者だけ抜いた映像や対局場全体の映像にかわるが、基本的には対局者二人の表情、様子を視聴者はずっと見守ることが出来る。この中継の仕方は大変よいと思った。
画質も大変良くもマイクも対局者の息遣いまで拾っていた。
こうしてずっと観ていると、やはり羽生は対局中の動きが大変激しい。完全に静の豊島と対照的である。恐らく将棋にそんなに詳しくない田畑アナもすぐそれに気づいて指摘していた。
お得意の両手で頬っぺたをはさむ「『ムンクの叫び』ポーズ」も何度も出てきたし、両手で頭をかかえたり(田畑アナによると「頭皮マッサージ」)、とにかく常に動いていて表情も豊か。加藤一二三が、「私と同じくらい動きが激しい」と言うのもうなずけるというものである。いかにも、全精力を傾注して対局に集中している様子が伝わってきた。
午後の決勝の渡辺明戦の前でも直前インタビューが行われていた。午前の対局の様子を見て、これは一日二局は結構過酷だなぁ、と思ってみていたら二人ともことの他元気である。二人とも将棋が強いだけではなくて、体力も大変なものがあるのだろう。
将棋は田畑が「大変貫禄のある方」と呼ぶ渡辺がペースを握る。そして、ポイントとなった三枚換えの場面は、二人とももうこうするしかないと△5五角までバタバタと進んだ。二人ともそれほど表情も変えずに。ああなれば必然手順なので当然なのかもしれないが、こういう勝負の呼吸を含めて二人の様子を実際にずっと観ていられるのは楽しい。
決勝では森内俊之もゲストに呼ばれていたが、やはり田畑アナの問いが新鮮である。「羽生さんは服にはそれほどこだわらないようですが、森内さんはスリーピースでピシッと決められていますね。」これには、森内も「そんな事は言われた事がないので嬉しいです」と当惑気味に笑っていた。
当日の関東は記録的な大雪で羽生スーツ着用でスノーブーツといういでたちだった。だから田畑アナはこんな事を言ったのだろうか?(考えすぎです。)
また、羽生が席を立ってトイレに向う様子もカメラが追っていたが、羽生の歩き方がなんと言うか、ぬき足さし足忍び足のような感じだった。これもスノーブーツでドカドカ歩いて音が出ないように気をつかったのだろうか?(だから考えすぎです。)
豊島に対しても「きゅん」と呼ばれることについてつっこんでいた。豊島は、最初は照れくさかったがもう慣れました、と。さらに「それは豊島さんを見ていると女性ファンが『きゅん』とするからだそうですね。」これには、豊島も「そうなんですか?」と照れるしかなかった。
勿論将棋の解説も大事だが、基本的には娯楽番組なのだから、多くの人に見てもらうにはこういう会話も適度にあってよいのではないだろうか。
将棋は羽生が驚異の大局観から勝ちになったわけだが、渡辺が完全に負けを悟った際に顔をおおう様子が何とも印象的だった。当日のニコ生でもこの様子は確認出来たのだが、現代技術の高画質で観る事ができると迫力が違う。
この朝日杯の番組は来年以降も是非続けてもらいたいし、他の番組でも参考にしてもらいたいところがあつた。
締めは田畑アナによる優勝者の羽生へのインタビュー。やっぱり、最後まで賞金の使い道を聞いていた。明らかにこれは狙っている。
羽生は「まぁ、これからゆっくり考えます」と軽くかわしていた。
しかしもし、蝶野正洋ならば、「オマエいつまでそんな事言ってるんだこらああああ、いい加減にしねえか。」と頭からビールをぶっかけられていたはずなのは言うまでもあるまい。
(田畑アナのウィキペディアによると、実際蝶野にビールを頭からかけられた事があるという。)

王将戦もう一つの激闘 スポニチ勝者罰ゲーム?

王将戦第五局は渡辺明の快勝。羽生善治が渡辺の飛車を捕獲しにきたところを、一瞬の隙を突いて猛攻を決めて押しきった。渡辺らしい鋭い切れ味が遺憾なく発揮された将棋だった。
羽生は他にも攻め筋があるところを△8六歩と工夫した。以下8七に歩をたたいて▲同金ならこの飛車を捕獲する筋で先手は飛車を渡すともろい形なのでいかにも指せそうで、その先は深く読まず、他の筋を深く読んでいたのかもしれない。しかし、仮にそうであるにしても渡辺の切り返しは見事で油断も隙もあったものではない。
本局は▲3五歩という周到な研究からの鋭い踏み込みと渡辺の強さが出た。一方、羽生はそういう渡辺の緻密な序盤の組み立てと鋭い踏み込みに対して、意表をつく大局観や独特の終盤センスで対抗する。一つ間違えばすぐどちらかに傾いてしまう張り詰めた緊張感があり、また両者の異なる個性的な棋風のぶつかりあいもあり、やはりこの二人の将棋は抜群に面白い。

しかし、今日私が語らなければならないのは王将戦におけるもう一つの大勝負についてである。別に誰かに頼まれたわけでもなく、また語る必要性も全然ありはしないのだが。
王将戦を主催しているスポニチさんは、対局後に対局者にコスプレなどをしてちょっと変わった写真をとるサービスをずっと続けている。この王将戦名物の企画、誰がそう呼び始めたか、称して「勝者罰ゲーム」。今までどれだけ幾多の棋士がその毒牙の餌食になってきた事か?(スポニチさん、ごめんなさい。いつも楽しませていただいていまーす。)
今回の王将戦でも、今までだけでもこんなのがあった。

第1局を制した渡辺王将(中央)は、伊賀の忍者にお茶を入れてもらい祝福される
王将戦第一局を制した渡辺王将は、徳川家康に扮し掛川城を背に雄叫びを上げる
第4局の青森へGO!と笑顔でかごに乗る羽生3冠
勝って2勝2敗とした羽生3冠は、弘前市七夕会のメンバーと担ぎ太鼓を叩く
2勝2敗のタイに持ち込んだ羽生3冠は雪かきにチャレンジ
王手をかけた渡辺王将は、元湯陣屋の名物「陣屋まんじゅう」で女将・宮崎さん(左)らのねぎらいを受け笑顔を見せる
露天風呂につかった渡辺王将。自身の勝利を報じたスポニチ本紙を手に笑顔
(以上全てスポーツニッポンさんのウェブページから。)

さて、ここでの二人の勝敗はどうだろう。
渡辺明は全てにおいて周到な戦略家である。封じ手にも最新の注意をはらうし、当然この勝者罰ゲーム対策も考えているはずだ。このスポニチの写真がなせ罰ゲームになるかと言うと、写真を撮られる側の棋士が当惑して微妙な表情を見せてしまうからである。そうなればもうスポニチの思う壺だ。変なコスプレをさせられた上に、表情もおかしなことになっている極上の勝者罰ゲーム写真が一丁あがり。
なので、渡辺明はこう考えた。(と私が勝手に考えた。)写真を変にいやがったりするからいけないのだ、そうだ、もう思いきりエンジョイしてしまえばいいではないか。そうすればもう全然罰ゲームにはならない。
鎧兜をつけて雄叫びを上げる渡辺を見るがいい。ただひたすら楽しそうな棋士がそこにはいるだけ。全然罰ゲームになっていない。スポニチの担当者が頭をかかえたかどうかをは私は知らないが。
もっとも、実際のところはもしかすると渡辺明さんはこう言うかもしれないけどさ。「えっ、だって面白いじゃないっすか」と。
さて、一方の羽生善治。実は渡辺のようにそういうところまで事前にプランをたてて戦略を練るタイプではない。むしろ、その場においての自由な即興性を楽しむ。
だから、スポニチさんのリクエストにも言われるがまま、そのまま無防備に構えずとりあえず応じてみる。その結果出来上がった傑作が、「笑顔でかごに乗る羽生3冠」。かつらまで着用させられている。あのまごう事なき天才にして最高の頭脳の持ち主、日本の宝と言っても過言ではない羽生がこのようにまるで志村けんのバカ殿のようになってしまっているではないか。スポニチさんのほくそえむ姿が私にはクッキリと見えた。
羽生もさすがにこの写真を後で見て感想戦で反省したのか太鼓をたたく姿ではマジメな顔をしている。しかし、それまでも何だかおかしな事になっていて、単に雪かきをする姿までスポニチさんの思うがままになっていると言わざるをえない。しかし、そうして結果的には完璧無比な罰ゲーム写真を作成する事に見事に協力しているわけで、羽生は実はそこまで計算しているのである。(そんなわけないわっ。)
さて、そこでスポニチさんはこう考えた。(と私は勝手に考えた。) あとは、あの渡辺明をなんとかしなければならぬと。もうこうなったら、中途半端なことではダメだ、もっと過激にいかないと。
そうしてできあがったのが今朝公開の写真である。しかしながら、渡辺だって剛のものである。ここまでさせられても、まだ楽しそうだ。それどころか、ブログでも告知して自分でも楽しみにしていた様子である。スポニチさんがガックシとうなだれる姿が私にはハッキリと見えた。
今のところ、渡辺明の一人勝ちである。でも、こののまま黙って手をこまねいているスポニチではあるまい。このもう一つの王将戦からも決して目を離すことは許されない。

色川武大の「男の花道」―芹沢博文追悼文

昨日、「の・ようなもの」に出演した芹沢博文について書いていて、今度はこの文章の事を思い出した。何だか最近は連想ゲームのようにブログを書いてしまっている。
久々に読み返したのだけれども、すごく気持ちが重くなった。昔からこの文章は好きだったのだが、若い頃に読んだ際には破滅型の勝負師に対する(若干無邪気な)憧憬を感じていた。気の毒だけどかっこいいなぁと。色川武大、というよりは阿佐田哲也の「麻雀放浪記」もやはり若い頃にむさぼるようにして読んだものである。それも、単純な博打渡世への憧れに過ぎなかった。今思えば。
しかし、今回はそんな事よりも芹沢の人生の苦しみや重たさの方を感じてしまって、読んでいてちょっとつらいくらいだった。要するに私も歳を取ったのである。
芹沢は将来を嘱望された棋士でA級までものすごい勢いで駆け上がった。堂々たる名人候補だった。ところが、A級を二期保持しただけで陥落してその後の長い低迷が始まる。中原に追いつかれ追いこされ、芹沢自身も恐らく自分にほんの少しだけ足りないものを感じ始める。その辺り、プロ将棋の世界は恐ろしく残酷なのであって、いくら努力してもどうする事もできないあらかじめの才能の差別がれっきとして存在するのだ。
芹沢が酒色ギャンブルに溺れ出すのもそれとほぼ同時である。無頼派の棋士なら他にも藤沢秀行とか米長邦雄とかだっている。しかし、彼らは勝負師としても超一流の「勝者」だった。芹沢も人間的な魅力や周りを巻き込む強烈なオーラでは決して負けていなかったが、肝心の勝負の面で結果が出せなかったのである。
「酒や女やバクチが芹沢をダメにした。」という意見に対して色川武大は実に冷静で正確でちょっと残酷なくらいの分析をしている。彼もこういう破滅型の人間の心理に通暁しているのだ。
「将棋を知らない私が、強引に断言するが、また故人に対して失礼千万な記述だが、芹さんが低迷したのは、酒色のせいではない。彼の将棋が、どこかひとつ、列強を勝ちしのいでいけないものがあったからだ。彼を酒色に耽らしめたのは、その点に気づきはじめた内心だ。」
王者になれない事を思い知らされながら、芹沢は大変頭もよく(世間一般のレベルで言えばそれはもうずば抜けて)、人間的にも華やかで魅力に溢れていた。テレビのバラエティでも活躍したし、だから森田芳光も「の・ようなもの」で芹沢を使った。
芹沢の人間については、中平邦彦も「棋士・その世界」で実に鮮やかに描写している。
「人を、はげしくひきつけるものがある。インテリ特有の劣等感と、将棋指し特有のゆるぎない自信が、ないまぜとなって奇妙に輻輳する。ずけずけと鋭い言辞をはきながら、自ら傷ついているような。」
「諧謔が自虐風に出る。そして自分の事を、「明朗風に味付けした陰湿」と定義してニヤリと笑った。」
(「棋士・その世界」の「不思議な鬼才」より。)
そんな芹沢がピタリと酒をゆめた事がある。娘さんが婚約して、その結婚式に出席することを決意したからだ。本当に完全にやめきったたという。
しかし、結婚式の二次会でまたお酒を飲み始めて荒れてしまう。そしてまた酒に以前にも増して溺れる生活がはじまる。勿論バクチも。
色川武大を始めとする周囲の人間には、それが芹沢の「観念的自殺」にも思えた。皆が何とかとめようとして、「仲間の代表として米長九段がその厭な役を引き受けてくれた。だが結果は、芹さんから絶交を宣言されただけだった。」
最後の頃は、無頼を行いながらもともとは愛嬌があったのが失われてしまったそうである。恐らく体調がかなり悪くなっていたのだろう。
色川武大がそうなってしまう前の、ムチャクチャでいながら憎めない優しい芹沢の姿を紹介している。その部分が私には一番印象的だった。芹沢は本来そういう本質の男だったのだと思う。
(たとえば、競輪場の穴場のおばさんたちが廊下などで、アラ、先生、などと声をかけたりすると、
「よゥ、元気か」
「元気よゥ、先生もがんばって」
「子供はどうした」
おばさんも笑いながら調子をあわせて、
「すくすく育っているわよゥ」
「認知してやるからな。学校にあがる前に」
「おっほっほ、優しいのねえ、惚れ直したわよ」
「色男は、辛いねッ」
これが芹沢流サービスだった。)

(本文中では敢えて触れなかったが、最近敢行された「将棋エッセイコレクション」の中でも「妻から見た棋士―芹沢博文九段のこと 信濃桂」と「忘れ得ぬ人、思い出の人 芹沢博文」の二編が収録されている。今日私は「無頼派」の方の側面について書いたわけだが、最後に色川が紹介していたような「本来の普段の」芹沢の姿を知る事が出来る貴重な資料になっているので、興味のある方は読まれれるとよいと思う。)




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