発端はやねうら王開発者の磯崎氏の発言である。
――もう、将棋ソフトはプロより強くなってしまっている。だからいい勝負にする方法を考えるべき。香落ちで戦うとか。
磯崎氏は去年の電王戦でもソフトの改変問題でも物議をかもした。私も最初は、けっ、けしからーんと単純な反応をしてしまったクチだが、具体的事情や磯崎氏のキャラクターが分かってくるにつれてちょっと考えを変えた。特に参考になったのはこのブログ記事。

土屋つかさのテクノロジーは今か無しか 第三回電王戦第2戦「やねうら王VS佐藤紳哉六段」について、あるいはやねうらおさんについて思うこと

ソフトの変更問題の具体的事情についてはさしあたり置いておくとして、磯崎氏はかなりユニークな天才肌職人肌の人物なのであって、とにかくベストの状態のソフトを出したかっただけだということである。
だから、今回のこの発言も、冷静に客観的にプロ棋士とソフトの対戦結果のデータをふまえて、よりよい状態での対戦を純粋に追求しただけの発言である…のかもしれない。
しかし磯崎氏のような天才がいとも簡単に見落としてしまうのは、フツーの生身の人間の感情、プライドっといった類のものである。
去年の佐藤紳哉もそれで激怒してしまった。我々凡俗の徒はなぜ佐藤が怒ったのかが簡単に分かるわけだが、磯崎氏はいまだに本当にはよく分かってないのではないだろうか。
でないと今回のような発言をプロ棋士が居並ぶ前でしてしまうわけはない。(ちなみに私はそんな磯崎氏が好きなのだけれども。)
というわけで、その場に居合わせた我らが森下卓は黙っていられなかったのである。誇り高いプロ棋士の代表選手のような存在なので。
森下は別にソフトが人間より既に強くなってしまったわけではないと主張する。
人間にはヒューマンエラーがあるので、持ち時間の制限、まして秒読みではどうしても間違えてしまう。だから、15分とか10分の秒読みならぬ分読みにして、なおかつ盤駒の使用を可能にすれば、そういうヒューマンエラーは防げるし、何戦戦っても全て勝つ自信があると言い放ったのだ。
序盤の細やかな感覚では、まだ人間がソフトより優位なので、そこで優位を築いてその後の中終盤でミスしなければ勝てるという考え方である。
という経緯で今回の、持ち時間がきれても一手10分考慮可能、常時盤駒を使った検討が許されるという破格の条件での対局が実現した。
しかし、正直に言うとどれだけやれるかについてはかなり懐疑的だった。なんせ、現在のソフトは強くなりすぎている。
まず、10分使って森下がミスを防げたとしても、今のソフトは特に終盤ではそれ以上のレベルの指し手を継続して多少の劣勢も逆転してしまうのではないかと思った。
さらに、森下は序盤での人間の優位を主張するが、現実にはソフトがプロ将棋における画期的な新手を次々に提示しているし、人間が優位どころか先入観のないソフトが新たな序盤戦術を開拓しつつあるので。
だから、森下の男気は買うけれども、ちょっと現実が見えていないのではないかと、やや冷やかな見方をしてしまっていた。
事前のPVでも数人のプロ棋士が、このルールは序盤でかなり大きいリードを奪えないと
役に立たないなのではないかと冷静に指摘していた。もっともな話である。
さらに対局直前にニコ生に登場した森下がこんなことを言った。
「私は序盤で大きくリードできると思っていたが、事前の練習の結果、今のソフトは序盤も洗練されてきていてなかなかリードを奪えないのが分かってきました。」
これには、私はオイオイと思わずにはいられなかった。そんなのシロウトの私だって知っている。こんな調子で本当に大丈夫かいなと。

しかし、昨日いや今朝まで続いた対局(まだ終わってないが)の内容結果を見て本当に驚いた。
ここは思いきり手のひら返しをしてしまおうではないか。森下先生ごめんなさい、私が完全に間違っていました。
まず、盤駒使用の効果を私は過小視していたようだ。森下は序中盤ではニコ生視聴者への解説も兼ねた様に喋りながら一手一手慎重に手を決めていたが、確かにその思考内容の言語化を参考にしても、人間(森下)の方がやはり細やかで自然な感覚だと納得させられた。
特に今回のツツカナは全般に少し変で、▲4九飛などは人間にとってはプロでなくても意味がないとは言わないにしてもよくない手であって、あんな手を森下の前で指してしまったら、
「えーーーっ、明らかにこれはありがたいと思うけどなぁ。」と何度も大声で言われてしまう羽目になる。
それでも別に均衡が破れたわけではないが、人間の感覚だとやはり作戦勝ち、ポイントをあげつつあるという展開になったと思う。森下が当初言っていたような大きな優位ではないにしても、感覚的なきめ細かさや自然さでは人間に軍配があがりそうだ。
その後もツツカナは千日手狙いにしてもやはり人間には考えにくい▲6九飛など指したのだが、結果的には森下の方から打開して、少なくても後手としては十分、少し良いしプロならばたいてい後手を持ちたいのではないかという展開に持ち込む。
とは言え、まだまだ僅差であってコンピューターソフトはこの程度は簡単にひっくり返してしまうのが通例だ。しかし、ここでも森下は盤駒使用をうまく生かして悪い手を指さない。中終盤で力負けしたり、人間が根気で負けて先にミスする展開にならなかった。これは、森下が盤駒使用の効果を力説していたのを素直に認めるべきだと思う。私などが予想していたよりはるかにミス防止に役だっていた。
そして、逆にツツカナの方が▲9四歩というこれまた人間的には謎の手を指し、そのあたりから徐々に森下側に形勢が傾いていく。それはツツカナ自身の評価値が認めていた。
その後はソフトらしく容易に崩れず、文字通り夜を徹しての戦いになったが、ここでも森下は10分を生かして脅威の精神力で慎重に指し続けて間違えない。ちょっとイヤな感じになったところもあったが、結果的にはリードを保ち続け、指し掛けの局面ではほぼ森下勝勢である。
最後の方は、森下も意識が朦朧としてきたそうで、寄せに行くと間違えそうなので、駒取りの安全策に徹したそうである。
だから将棋が終わらなかったが、森下らしい勝ちに行き方だったとも言える。序中盤は森下らしくなく歩切れに苦しんでいたが、結果的には駒台には駒があふれんばかりになり、歩も5枚=一森下をしっかり達成していた。
そして、最後は「これ、よく見たら私が指していたら先手はもう投了しかないですね。」と何度も言って森下節でしめくくったというわけである。
ツツカナがかなり不出来だったような気もする。しかし、以前からソフトはとてつもなく高いレベルの棋譜を残すかと思えば、標準以下の将棋も多く指すと指摘されていた。
展開にもよるが序盤のきめ細かな感覚、人間が正しく指し続けた場合のソフトの本当の中終盤力はどの程度なのか、やや劣勢になった場合に無意味な指し手を指してしまいがちな事など、現在のソフトの問題点が浮き彫りになったと思う。
とにかく森下アッパレである。とはいえ、まだ将棋が終わっていないのだが。

また、森下の人間的魅力も存分に味わえた。序盤中盤では自戦解説をしながらの対局となったが、棋士の思考を可視化してくれると同時に、「いやぁ、これはどうみてもありがたいです。」とか、「えーーっ、意味が分からない」などあまりにも率直すぎる森下節が炸裂していた。
昼間はちょっと私も観て笑ってしまっていた。が、夜に入ってさすがに自戦解説はやめていたが、いつまでも盤駒検討して「うん、これしかない。」と自分を納得させるようにして、残り2分の声がかかると対局盤に戻り1分の所で指し、また盤駒に戻ってのつぶやきながらの検討の無限ループを繰り返す姿には感動せずにはいられなかった。
深夜に、森下が広いガラーンとした対局場で、盤駒を使って黙々と、ではなくつぶやきながらだけど、検討する後ろ姿には思わず涙しそうになったのである。
囲碁のほうは普段の対局でもぼやくことが多くて、趙治勲や依田紀基が有名だか、こうして四六時中将棋でぼやき状態が映し出されるというのもすごかった。
例えば加藤一二三や石田和雄でこのような企画をしたらどんな事になるのか、考えただけでも恐ろしい。
夜、というか一晩中の解説は金井恒太と中村太地が担当していたが、二人ともなかなか洗練されたユーモアのセンスの持ち主で聞いていてとても楽しかった。
特に聞き手的役割をつとめた金井の名司会ぶりには驚いた。明るくきちんとしゃべりイヤミがなく、なおかつでしゃばらず細やかな神経で喋りすぎず黙りすぎず、真面目すぎずふざけすぎず、適度なしゃべりで番組をしっかり支えていた。私などは、永井英明以来のNHK杯の男性司会をやらせてもいいのではないかと思ったくらいである。
あれを見ていた奥様方で是非金井さんをうちの娘の婿にと思った方も多かったはずである?
そして、昼間にも解説をしていた佐藤康光が何と深夜に戻ってきていた。家で年越しそばを食べたりしてのんびりしていたが、二人の解説者に悪いと思い、また森下の勝ちを見届けたくてわざわざ車をとばしてやってきたらしい。漢、佐藤康光である。
但し、かつて羽生や森内をのせて佐藤が首都高を運転した際に、羽生や森内の顔色をなからしめたエピソードを知る身としては、徹夜明けの元旦に佐藤が車で無事家にたどりついたかだけが今回唯一気がかりだったことは言うまでもない。