2015年11月

真の佐藤ナンバーワンは誰だ?

将棋界には「佐藤」がたくさんいるわけだが、将棋の強さという事で言うと、今までは「康光」さんが文句なく第一人者だった。そこにここのところ猛烈な勢いで割りこもうとしているのが、「天彦」さんである。
この二人、今期のA級順位戦の初戦でもあたっていた。天彦さんは、B1まですごい勢いで当然のように勝ち進んでいた。しかし、A級ともなれば話も別だ。康光さんは、周知の通り、こと腕っ節の強さでは将棋界でも他に類をみない存在である。だから、天彦さんがどれだけやれるかの丁度良い試金石になるだろうと思って観ていた。
結果は天彦さんの、「ど」がつくくらいの完勝。羽生世代信者の私などは、ちとショックを受けるくらいの内容だった。以降、勢いに乗った天彦さんは白星を重ねつづけて突っ走っている。名人挑戦争いの同世代ライバル、「明」さんも逆転で負かしてしまった。
というわけで、今まで何度も言われながらも羽生世代の厚い壁に阻まれ続けてきた世代交代もいよいよ本格化か?
...という雰囲気の中でおこなわれた、この二人による昨日の棋王戦の準決勝。これがまたすごい内容だった。
後手の康光さんが、飛車先を突き越しておいてからの向かい飛車。何十年前に類似局が何局かあるそうである。また、康光さん自身や最近では山崎隆之もこの飛車先突き越しの振り飛車はやっているような気がする。しかし、少なくともフツーの現代的な若手は決してこんな指し方はしない。
後手の康光さんが銀を8四まで進出させて玉はうすいが伸び伸びとした陣形を築き上げたのに対し、先手の天彦さんはミレニアムのような形にして玉の周りに金銀四枚をつけて低く構えた。堅さを重視する現代将棋の発想である。
但し、先手も6六に銀にいる形があまり良くなく天彦さんも自信はなく、康光さんも模様がよいと考えていたそうである。
しかし、後手も玉が薄いので網の目が破れるとすぐダメになる気をつかう将棋である。実際、こういうところから玉の堅さを生かして何とかするのが現代将棋の手法だ。
まして、天彦さんはこういうところから手をつくるのがうまい。実際、本譜の進行は康光さんの指し手に問題があり、天彦さんがうまく食いついて攻めが決まりそうな展開になってしまう。現代将棋の若手vsベテランではありがちな構図。
ところが、天彦さんも攻め方を誤り、康光さんが局地戦での力強さを発揮しだす。先手の攻めがきれかかってしまう。
そして、7一で金銀が周りにいなくなってポツンと取り残された玉が6二→5一と移動して戦いながら居玉に戻った。藤井システムでも居玉はあるが、それでも周りに金銀はいるし自分から猛烈に攻めている。守りながら二段目には金銀がいなくて玉が孤立している珍しい形になった。こういう力強い玉さばきは、かつて康光さんが久保利明の振り飛車を相手にした際にもあった。
それに対して天彦さんは玉を穴熊の位置に移動して粘ろうとする。両者の玉の位置が対照的で(あくまで結果的にだが)、二人の思想の違いを象徴するようにも見えた。
しかし、もうこうなったら康光先生は逃さず穴熊位置の玉頭にガツンと銀を露骨にうちこんでゆく。天彦さんも諦めずに受け続けるが、さらに康光さんは香車飛車を攻撃に足して最後は全く受けがきかず、後手の居玉が完全に安泰という結構すごい投了図になった。
途中危ないところもあったが、康光さんの持ち味が存分に発揮された実に「らしい」将棋。最後は圧勝で順位戦のリベンジに成功した。
現在の流れから言うと、棋王戦は渡辺明佐藤天彦の仲良し同世代ライバル対決になりそうな気がしていたのだが、康光さんがマッタをかけた。羽生世代は鍛えが違うし有望な若手も本当に大変である。
これで康光さんは勝者組の決勝進出。もうひとつの山は広瀬と阿部健治郎。広瀬は終盤力が抜群だし、阿部健はこのところ、羽生や渡辺を立て続けに破っており覚醒の気配のある有望な若手である。
誰が挑戦者になるかは分からないが、康光さんがこうなると最有望になったようにも思える。しかし、天彦さんも、今の勢いなら敗者復活で再度挑戦者決定戦に出てくる可能性も十分あると思う。
というわけで、将棋界の真の佐藤ナンバーワンは誰か決定戦は、この棋王戦の近いところでまた見られるかもしれない。

王座戦が終わって

なんせ、ここのところの佐藤天彦の充実ぶりも将棋の内容の良さも勢いも凄すぎた。だから、いくら私が強度の羽生ファンでもさすがに今回はちょっと大変なのではないかと思っていた。それなのに追い込まれたところからのこの防衛。今まで何度も言われてきたことだが、羽生善治とは一体何者なのだろうか?
佐藤天彦の最近の大きな武器になっていたのは後手番での横歩取りである。横歩取りは定跡研究がきわめて重要な戦型で佐藤も大変深いところまで研究しているようだ。
しかし、こと研究ということなら、他にもよく調べている若手棋士はいくらでもいるだろう。いや、むしろ佐藤以上によく知っている若手棋士もゴロゴロしていそうだ。
しかし、佐藤の場合はそうした定跡研究よりも、中終盤以降の力が抜群に強い。トップレベルでも群を抜く深い読みがあると同時に、多少悪くなった局面でも決して崩れず粘り強く指し回して何とかしてしまう。
最近、ソフトが人間の定跡研究を力で打ち負かしてしまうのを想起させるような力強さがあるのだ。だから、ここのところ後手の佐藤の横歩取りを先手で回避する棋士も多いくらいだった。
しかし、羽生は(当然ながら)佐藤の後手横歩を全く避けなかった。羽生も横歩取りでの先手勝率が異常なくらい高いのだ。今回は先手横歩の最強者と後手横歩の最強者の対決でもあった。
とはいえ、ここのところの勢いを加味すると、羽生ファンの私でも若干の不安は正直あった。
結果は三局横歩になって羽生の二勝一敗。
第一局と最終局で羽生が勝ったわけだが、どちらも途中からは羽生がちょっとした隙をついて一気に大きな優勢を築いていた。その深い読み、というよりは局面の急所を直覚的に把握する力はさすがとしかいいようがない。
ここのところ、佐藤の後手横歩相手にこんな勝ち方ができる棋士はほとんどいなかったのだ。
引退間際の中原誠先生は、最後まで強い若手をバッサリ斬っていた。全盛期の羽生までもが、中原先生相手に一方的に負かされていたものである。やはり、もともとの深い読みと
、それよりも局面の急所を把握する直感と努力だけでは決して身につけられない独特な大局観のなせるわざであった。
中原先生と今の羽生を簡単には比較できないが、今回の羽生の勝ち方をみていてちょっとそれを感じた。羽生の場合は横歩の定跡型をまっこうから受けての戦いで、基本はその中での読みの深さの比重が高いが、それ以外に経験による大局観や、中原や羽生という本物の天才にしかない何かを感じずにはいられなかった。
これで、羽生は棋聖戦での豊島、王位戦での広瀬、この王座戦での佐藤天と、それぞれ全くタイプが異なる若手の代表格を次々に退けた事になる。本来三人とも恐ろしく強いのだ。世代のことを考えると普通ではありえない。
(再度)羽生善治とは一体何者なのか?
どうも、羽生は「もう1人のフジイ」が檜舞台にあがってくまで、しっかり待ち受けて頑張り続けるつもりのようである。
とはいえ、客観的に見ると羽生が今まで通りの強さを発揮できているかというと勿論そうは言えない。特に今年度は早指し棋戦でのつままずきが目につく。年齢により一番対応が難しくなるのが早指しなので仕方ないところもあるだろう。むしろ、四十を超えての羽生の早指しでの強さが異常すぎたのだ。とはいえ、羽生の場合はこの後、また早指しでも巻き返してくる可能性もあるような気もするのだが。
また、得意の王座戦での防衛もこれで三年連続のフルセットである。若手の猛追も急なのである。他の棋戦でも、大事なところで有望な若手にしとめられるケースも多くなってきた。それぞれとても強い若手だけれども、従来の羽生はこの辺には全くと言っていいくらい星を落とさなかった。これは、羽生よりも若手のレベルが全般的にあがっている証拠というべきだろう。
羽生も人間なので(おいっ)当然衰えるし、それ以上に現在は若手の全般的なレベルが昔と比べると格段にあがっている。だから、これからは当然羽生にとって厳しい戦いも多くなってくるはずである。
しかし、今回の羽生の勝ち方を見ていると、そういう状況でも、決して若手には真似のできない大局観で、相手を気がつかないうちにバッサリ斬ってしまって、相手の力が出せないまま終わるというケースはむしろ増えるような気もしている。

佐藤天彦は、独特のキャラクターで自他ともに「貴族」とか言われている。正直、私のような心の狭いオジサンは、それってどうなのナンジャラホイなどと思っていたものである。
しかし、今回の王座戦中での発言などを見ていると、勝負だけに執着せずにタイトル戦を盛り上げることも考えていたようである。また、最終局の直後にもツイッターで、冷静に将棋の内容を分析するとともに、素直にタイトル戦にでられたことの感謝を述べていた。
佐藤天彦という人はかなり大らかで人間の器が大きいのだろう。「貴族」を自称しているのも、恐らくその大らかさのなせるわざである。いい意味での鈍感さと図太さがありそうだ。
豊島や広瀬は羽生と戦った後にボロボロになっているが、どうも佐藤は平然と立ち直ってその経験をプラスに生かしてしまいそうな気がしている。
佐藤天彦は渡辺明とも仲が良い。この二人はここのところ大事なところで戦って佐藤が連勝した。渡辺としては心穏やかでないところもあるはずなのだが、今まで通り佐藤と仲が良いようである。王座戦では、佐藤にタイトルをとらせてあげたい旨の発言もあったようだし、第一局ではプライベートで対局場にかけつけて、佐藤を応援しながら検討していたようである。これも、もしかすると先述したような佐藤の人柄のよさや大きさのおかげなのかもしれない。
とはいえ、今後この二人はますます大事なところで戦う事が増えてくるだろう。
名人戦のA級での全勝対決後での名人戦棋譜速報の対局後の写真が興味深かった。逆転負けをくらった渡辺が、ソッポをみてかたまっている。数分全く両者声が出なかったそうである。
渡辺にとってはひどい逆転負けだったので、その悔しさが主で、感想戦が一度始まったら二人できさくに会話していたようである。
とはいえ、これからはますます二人のシビアな真剣勝負が増えてくるはず。当面、棋王戦でタイトル戦の直接対決する可能性がある。(羽生さんも負けちゃったからね。うぅぅ….)
この二人の場合はタイトル戦で相まみえる事があっても恐らく仲がよいままだろう。佐藤も大らかだし、渡辺もあのようにサバサバしたわりきった人柄の良さがあるので。
とはいえ、やはり本当のギリギリの勝負では二人が深いところで正面衝突せざるをえない。やはり、深い信頼関係で結ばれて(今もそれには全く変わりがない)羽生と森内も、度重なる勝負でただの仲良しではいられなくなった(はずである)。
悪趣味だという謗りを受けそうだが、無責任なファンはそういうガチな真剣勝負を見たいのだ。そういうところから本当の名局も生まれてくるのだから。

さて、最近里見香奈さんが奨励会の三段リーグで戦いだした。彼女の体調については、皆さん同様に私も小さな胸?をひそかに痛めていたわけである。
里見さんはあのように一見とても大らかでホワワンとしているので多少の事は大丈夫だろうと考えてしまっていたのである。
しかし、女流とのかけもちの過酷さ、注目度の高さを考えると、若い彼女には想像を絶するプレッシャーがかかっていたはずである。今もそうだけれども。
だから、脳天気に騒いでいた私も海より深く反省もしたし、寅さんのように「日々反省の日々をすごしています」というハガキを旅先の遠方から出したりもしていたわけである。
とにもかくにも、今は彼女が奨励会や女流で対局してくれているだけで幸せである。彼女に注目が集まるのは仕方ないのだけれども、特に奨励会については今のところは一人の三段なのだから、いちいち対局結果を報じたりするのはできればやめて欲しいと思ったりもする。
とりあえず、里見さんと先に述べた「もう一人のフジイ」が戦う可能性があるのを考えてコッソリ胸踊らせていたいと思う。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
Recent Comments
  • ライブドアブログ