2016年01月

谷川浩司会長の王将戦前夜祭挨拶

王将戦の前夜祭で、谷川浩司会長がこんな発言をしていた。
「郷田さんは44歳、羽生さんは45歳になりました。お二人を年寄り扱いするわけではないのですが、合計89歳のタイトル戦は、大山名人のころはさておき、最近では珍しいことです。(中略)また、いまの将棋界は20代の若手棋士がだらしないので、若手棋士たちもこの七番勝負をしっかりと見て、タイトルを獲るにはこれだけ将棋に打ち込まなければいけないのだと、そう感じてほしいと思います。」
(王将戦中継ブログより)
とても、谷川先生らしい言い方だなぁと思った。「20代の若手棋士がだらしないので」というのは、勿論谷川流の叱咤激励なのであって、もっと頑張ってくださいという意味である。そして、今の谷川の実績や立ち位置などを考えれば、もうこういう事を言っても十分許されるだろう。
ただ、例えば羽生善治なら(仮に将来彼が会長になっても)多分ここいう言い方はしないんだろうなとちょっと思ってしまった。別にこれは羽生が谷川より紳士だという意味で言っているのではない。そうじゃないのだ。
さらに大山康晴会長なら絶対にこういう言い方はしなかっただろうと思う。というのは、大山は生涯現役だったのであり、若手がだらしなくてガンバレなどというような親切な事は全く考えもしなかったはずだから。そういう勝負の鬼だった。
また、大山が仮に引退していたとしても、強い若手は自然に出てくるし別に激励など必要ないと考えられたのではないだろうか。そういう勝負に対するシビアな見方をする先生だったと、少なくとも私は考えている。
羽生の場合は大山と比べるとかなり外見やイメージはソフトだけれども、本質的には勝負については大山同様とてつもなくシビアな見方をする人だと思うのだ。
誤解して欲しくないが、これは谷川批判とかではない。その逆なのだ。
こういう事を大らかに言ってしまうところが谷川先生らしくて、その人格の素晴らしい証拠なのである。
ただ、谷川自身もかつて羽生にたいして「だらしない」時期があった。今にして思えば、羽生があまりに普通の人ではなかったので仕方ない面もあるのだけれども、谷川の天分や本来のポテンシャルの高さを考えると、もっと抵抗できたのではないかと思ったりもする。
今でこそ私はすっかり羽生ファンだけれども、谷川王朝時代には谷川ファンで、それをすごい勢いで脅かす羽生が憎たらしくて仕方なかった。そんな時代もあったのだ。そして、羽生の強さに驚嘆しながらも、もっと戦えるはずの谷川が一方的にやられるのが歯がゆくて仕方なかったのである。
谷川浩司という人は、ああいう芸術的な美しい最上の将棋を指し、人格的にも申し分ない。ただ、恐らく勝負の鬼ではない。
今回の谷川らしい挨拶を読みながら、ボンヤリとそんな事を考えていた。
谷川先生、次に挨拶される際には、このようにおっしゃっていただきたいです。
「最近はなかなか二十代の棋士がタイトル戦で結果をだせていないので、わたくし自身がタイトル戦にでようかと思っています。」
と。

THE21ONLINE羽生善治インタビュー

THE21ONLINE羽生善治インタビュー

とても良質なインタビューで読み応えがあった。
前半の情報に固執せず情報を捨てる勇気が必要という話は将棋の世界に限らず、現在の情報過多な世界で我々が生きていく上での重要なヒントになるだろう。
後半の、「5%しか見えていなくても、全体像についての仮説を立ててみる」というのは、羽生の将棋の強さの秘密が明かされたようでもある。
かつて、渡辺明が、自分もよく天才と言われるが、本当に天才だと思うのは羽生さんだけで、よくわからない局面で結果的に勝ちにつながる手順を選択してくる、という意味のことを述べていた。
まさしく、普段から5%で全体像を把握しようとするイマジネーションの訓練をしているからこそ、普通は判断できない局面でも見通しを立てる事が可能なのかもしれない。
そして、実際の具体的な将棋の話では、以下の部分がとても興味深いし、ちょっとこわい話だとも思った。
 たとえば、ある一手を指すのに60分かかった場合、その間にいろんな指し手の選択肢が棋士の頭の中で浮かんだはずです。『それは何だったのか?』『その手を指さなかったのはなぜなのか?』をイメージすることで、その棋士がやろうとしたことについての仮説を立てるのです。

羽生の棋譜並べは、単にその指し手をなぞるだけではないのだ。勿論、プロ棋士なら棋譜以外の変化手順も考えながら並べるだろう。しかし、羽生の場合は、もっとリアルに対戦相手が、どのように考えるかをイメージしているようなのだ。
そして、実際にその相手と対局した際に、相手の反応をみながら、研究しながら立てた仮説を検証するというのである。
対戦する前から、具体的に相手の将棋をイメージして、それを実際の対局で確かめるという。
対戦相手にとっては迷惑な話だ。事前にどういう将棋の考え方をしているかをイメージされ、実際の対局でそれを試される。
そして、場合によっては、「あぁ、この人はあそこまで考えていると思ったけれども、それほどではないのだな。」と判断をくだされてしまうかもしれないのだ。
さらに、多くの場合は負かされてしまうわけだ。
この話を読んで思ったが、羽生は具体的な対戦相手の個性に応じて指す実戦派なのかもしれない。そもそも羽生は、将棋は一人では指せず、自分が手を指したら相手にすっかり一度ゆだねてしまい、またそれを受けてキャッチボールしていき、二人でつくりあげていくものだという考え方である。だから、相手を具体的にイメージして訓練するのが必要だと考え、またその行為自体が好きなのかもしれない。
羽生の場合、ある対戦相手にある程度の期間苦戦したりしたあと、急にまったく負けなくなってすっかりカモにしてしまうケースが多々ある。あれは、羽生の地力がでてくるという面以外に、こうした羽生のイメージトレーニングのおかげなのかもしれない。
将来、羽生が引退してから各棋士についてどのように考えていたかの本を書いてもらいたいと思う。それは、単なる棋譜解説にとどまらず、それぞれの棋士の個性をクッキリと照射する名著になるはずだから。

アウトデラックスの加藤一二三と村田兆治

村田兆治は普段バラエティには出ないらしいが、番組のプロデューサーが熱心な野球ファンで再三出演を口説いて、番組出演を受諾したらしい。ところが、登場するやいなや、いきなり自分のペースで喋りまくり、バラエティ慣れした面々を煙に巻く。「マサカリ流」である。
素人相手にいきなり硬球であの伝説のフォークを投げつけたりしていた。
あの伝説のフォークボールの為に、ボールをはさんでグルグル巻きにしてそのまま寝たりしたそうである。腱鞘炎になったが、フォークがより鋭く落ちるようになったとのこと。実写版「巨人の星」である。
「その後、フォークボールをホームランされた事はないです。」ちょっと、我らがひふみんの「棒銀無敵」発言と通ずるものがある。
だけど、村田のフォークは本当にすごかったんだよ。最近では大谷翔平が150キロ台のフォークを投げて我々を唖然とさせるけれども、ことフォークの落ち具合の鋭さではあれ以上だったと想像していただきたい。
肘の手術の後では、毎日のように朝から晩まで「オレは勝つんだ勝つんだ」とつぶやき続けていたそうである。やはり、「巨人の星」の実写版世界である。
さすがに、バラエティの面々も村田に圧倒されてしまっていた。ただ一人の人物を除いては。
それは誰あろう、我らが加藤一二三である。
村田に棒銀のようなストレートな質問を浴びせかける。
加藤「負けるのが怖いとおっしゃるけれども、わたくしは二十連敗を二回くらいやっているけれども、何とも思いません(キリッ)。だって一生懸命やっているんだから、別にっていう感じで。」
村田「(一瞬 うん、と納得しかけたけれどもすぐ立ち直って)今度は二十連勝二十一連勝すればいいだけ。」
加藤「あっ、ボクも連勝は十一連勝はありますけれども。」
村田「ダメダメ、今度は負けた分を取り戻さないと。人生は勝ち越さないと。」
加藤「ハイハイ、私も通算では勝ち越しています。」
二人の会話は全くかみあっていない。こと正論という事ではひふみんが正しい。でも、村田はそれをちゃんと理解した上で、単に議論でも負けるのがどうしてもイヤなのである。何という負けず嫌いだろう。素晴らしい。そして、それに対して一歩もひかないひふみんも。
二人がお互いに「この人は只者ではない」と直感している様子がたいそう感動的であった。
現に村田はこの会話の直後に加藤に対してこんな事を言う。
「私より、司会者の人たちに話をふってあげて。」
さすがに矢部たちの鋭いツッコミがすぐ飛ぶ。
「村田さんが逃げた。」
「ついに現役の時もあんなに逃げなかったピッチャーが逃げましたね。」
村田もこれには苦笑して、
「違うよ、私にライバル意識を持ってくるからね。」
何という正直者、何という負けず嫌いなのだろう。

そう、我らがひふみんは、現役時代に一度も逃げることがなかった村田兆治がつい敬遠を考えてしまうほどの将棋界最強の打者なのである。
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