2016年02月

1マスの違い

森内俊之と久保利明の将棋は二人らしい粘り強い激戦の末に最終盤をむかえていた。
久保が▲9六銀と打つ。後手玉への詰めろである。しかし、先手玉も既に危ない。森内はわりと落ち着いた感じで先手玉を詰ましにかかる。
数手進んで久保が静かに駒台に手を置いて投了の意思を示した。
その瞬間に、森内の残留と久保の陥落が決まった。
重苦しい沈黙が続く。狭い対局室の空間も時間も完全に凍結され、その場にいあわせていた人間も物体も死の沈黙に包みこまれて一切の動きを禁じられている。勿論対局者二人もかたまったままだ。
ふと、久保が9六にいる銀を1マス横に移動させて▲8六銀をパチリと指す。
そして小声で、
――こっちでしたかね。
――えっ…銀ですか?
森内がこの極限の緊迫状況のもとでも、人の良さが滲みでずにはいないハッキリした声で答える。
ほんの一瞬だけ場の空気が和らいだようにも思えたが、その直後にまたしても死の沈黙が続く。
二人とも駒を動かさない。あるいは、動かせない。森内はじっとしたまま考え続ける。久保も同じだが、しばらくしてうつむいて頭をかかえる。
そう、▲8六銀とすれば詰めろ逃れの詰めろになって先手玉がどうしても詰まないのだ。
久保はその事を察してしまった。森内も猛烈に頭を回転させて詰みを探すが、どうしても見つからない。
二人にほとんど動きはないのだが、これほど全てを物語っている沈黙はめったにない。
ようやく森内が駒を動かして詰まそうとする。しかし、それもすぐに止まってしまう。普段は均等に流れているはずの時間が、この空間では極端に歪み、対局者二人の重苦しい感情に邪魔されて、超低速のスローモーションになってしまい、遅々として進まない。
その一方で、二人の頭脳の中では、光にも近い極限の速度で駒が動き続けているのは明らかだ。そこでは時間は極端に速く進んでいる。
しかし、その軽やかな動きが、深い感情に沈みこむ肉体に妨害されて表にはどうしても出てこない。
その後も人間にはほとんど耐えがたい時間の停滞と、その合間にちょっとした駒の動き。このまま永遠の責め苦が続きそうだったが、久保が本当に囁くようにそっとつぶやく。
――こっちでしたね……..
この呪文によって、ようやく死の沈黙の呪縛が解かれ、時空の極端な歪みも徐々に回復されてくる。
森内が、その前の自分の寄せのまずさを嘆く。つまり、▲8六銀とされていたら負けだったと認めたという事である。
初期画面に盤面が戻され、やっと普通の感想戦が始まった。
将棋はたった81マスの小宇宙の中でのできごとである。しかし、その小宇宙には無限に近い世界がひそんでいる。
そして、たった1マスの違いが、その世界の容貌を一変させてしまう。どこかにある8六銀のパラレルワールドでは、世界の行く末結末が全く異なるのだ。
そしてそれが一人の人間の運命をも結果的には左右してしまうのである。

羽生善治の解説

NHK杯の解説に久々に羽生善治が登場した。羽生は不思議な人で、歳を重ねるごとにかえって若返っている感じがする。肉体、外見上は勿論年齢それなりに変化しているのだが、心がどんどん柔らかくなって、人を惹きつけずにはいられない明るいオーラを放射しているようにも見える。何か見ているだけで気分がよくなるのだ。
と、相変わらず気持ち悪くてごめんなさい。
羽生は若い頃は、もっと鋭角でこわいようなところもあった。実際、若い頃は諸発言でもかなり尖ったところがあったし、恐らくただの「いい人」ではないし、本質的には非常に厳しい人なのだと思う。多分その本質は今でも変わらない。
しかし、そのままで歳を重ねながら、心の状態は硬化せずに、むしろより無防備に柔らかくなっているかのようだ。肉体と違って人の心は歳をとらない。ああいう歳の重ね方をしたいものだが、普通の人間にはなかなか難しいものである。

一方で、久々に羽生の解説を聞いていて、私はちょっと緊張してしまった。というのは、序盤から将棋の内容について、シンプルながらも鋭い発言を散りばめて、具体的な将棋の内容について普段より意識して集中せざるをえなかったから。
最近、私は以前にもまして怠惰な「観る将」になりさがってしまっており、プロ将棋を観戦しながらたいてい他の作業もしていて、ひどい時は退屈すらしてしまう。だが、羽生の場合は、別に面白おかしく話すわけではないのだが、本人が解説する対象の将棋について過剰なまでに深い関心興味を抱いているのが伝わってくるので、こちらも真面目に将棋について考えずにはいられなくなるのだ。
私の好きなピアニストにクララ・ハスキルという人がいる。この人は別に派手な演奏や自己表現があるわけではないのだが、その音は限りなく澄んで深く、心の奥底まで深い余韻を残す。
また、彼女の演奏を聴いていると、その楽曲の構造をきちんと意識して聴かずにはいられない。クラシックについても、私は享楽的に怠惰に聴くのが好きなのだけれども、彼女が妙なエゴによる主張をせず、純粋に対象の楽曲の本質に向き合おうとするために、演奏者の存在よりも、楽曲について意識的に直面せずにはいられなくなるのである。
羽生の将棋解説にも似たところがある。話術ということではもっと面白い棋士はいくらでもいるのだが、羽生も純粋に将棋自体に深い理解の欲求があるので、それが見ている弱いアマチュアにも伝染するのだ。
羽生善治もクララ・ハスキルも恐ろしく「無私」の人である。
将棋と音楽(特にクラシック)はよく似たところがある。本当の意味で正しく理解するのは大変なことだ。厳密にはプロレベルでなければ「分からない」。
そういう奥深さや厳しさが魅力であるのだが、だからといってプロだけが楽しめるものではないと思う。当然理解の程度には人によって差があるが、本質的なところでは誰でも大事なところは理解できるのだと私は信じている。
音楽についてはとにかく楽譜を読めなくても聴いて分かる部分もあるが、将棋でもその本質は変わらないと思う。
そして、羽生はプロの頂点にいる人にもかかわらず、将棋の本質は誰にでも理解できると考えているような気がする。話が長くなるのでここでは省略するが、私は羽生と梅田望夫さんの対談を読んでその事を確信しているのである。
本物のプロはそういうものだ。恐ろしく自分の分野について謙虚である。弱い、あるいは理解が不十分なものに対して決してバカにしたりしないし、それどころか本質的な理解ではどの人間も同等だと考えるものなのである。中途半端に道に習熟しているものに限って、ビギナーをバカにしたりするものだ。

とにかく、私は羽生の解説を緊張しながら楽しんで見終えた。

羽生の解説を聞くだけで、香車一本強くなる。

……少なくともそんな気がしてしまうのだ。

羽生善治名誉朝日杯(仮称)

まずは、昨日の記事の補足を兼ねて序盤について。
昨日の記事についてコメントをいただいた。
西尾さんの「矢倉△5三銀右戦法」が手元にあるので調べてみると、本譜43手目▲1七桂の順はやはり後手がよいとのこと。代えて、ここで▲1四歩△同歩▲1三歩△同香▲1七桂△2四銀▲2五桂として、桂香交換を確定しておく指し方が有力だそうです。
昨日は羽生善治の「変わりゆく現代」将棋に書かれている内容を紹介したが、この本のオリジナル原稿はとても古い。だから、当然その後△5四銀についても研究が進んでいるはずである。
その一例として若手精鋭の西尾明六段の著書の研究手順を教えていただいたのだが、西尾もやはり▲1七桂とする順については(「変わりゆく現代将棋」同様)後手よしと見ているそうである。但し、紹介手順が先手としては有力だと。
現代将棋の研究は本当に徹底されているので、渡辺新手△3三銀が主流だとしても、昔から有力とされている△5四銀についても当然研究されているはずだ。西尾の例以外にも当然色々水面下の研究があるのだろう。
森内がこの手順を知っていたかどうかは不明だし、また、知っていてこの順でも不満だと思っていたのかなどはとても素人には分からない。
また、羽生の方も「変わりゆく現代将棋」時点以降に△5四銀についての研究があったはずで、現在の見解もよく分からない。
そもそも、羽生は渡辺との竜王戦で第六局で▲7九角が渡辺新手△3一玉に打ち破れたのを受けて、第七局では自身の著書では後手の△5四銀が有力だと書いていながら▲2五歩を採用しているわけである。
羽生の本の中でも後手が指せそうとしながらも、「難解ながら」という留保をつけたりしている。
羽生の場合は最新の課題局面で、先手後手の両方を持って、しかも両方で勝ってしまってきた事がよくあった。羽生は将棋はそんなに簡単なものでなく、どちらかが定跡研究で有力だとしても、実戦ではそんなに簡単に勝ち負けが決まらないと考えているフシがある。現に竜王戦第七局も勝敗を決めたのは定跡研究ではなかったわけだし。
だから、今回の朝日杯についても森内と羽生という超一流棋士が本当に考えていたことなど素人には分かるはずもない。と言ってしまうと身も蓋もないが。
今回についても(昨日書いた事を含めて)、トッププロの将棋について素人が幼稚な推理ゲームを試みているだけなのである。
少なくとも森内は△5四銀に対する確固たる対応は準備できていなかったようである。そして、羽生がこの大事な将棋で△5四銀を採用してくるからには、何らかの新手を準備しているかもしれないという警戒もあっただろう。そして、その中から▲1七桂とする順を選んだが、その後に▲5九飛のところで大長考したところを見ると、予定の▲2五桂では何か誤算があってうまくいかないと読んでの予定変更だったのかもしれない。
▲5九飛はちょっと不自然な手でとりあえず序盤の駆け引きでは羽生が一本とったのかもしれない。しかし、将棋はそれで終わるほど簡単ではない。
実戦でも、森内が▲5六歩から機敏で、その後後手としてもどうすればよいのか難しそうである。
しかし、その後の羽生の△3八銀がいかにも羽生流だった。ゲスト解説していた谷川も、いかにも羽生さんが好きそうな銀打ちだと述べていた。
今回は3八だったが、2七の「羽生ゾーン」に銀や金を打って飛車をいじめるB面攻撃をするのは羽生のお家芸なのである。
率直な森内は感想で「これで方向性が分からなくなりました。」と述べている。特に短い時間でこんなことをされたらたまったものではないだろう。
しかし、森内も▲8六銀から角を7七に据えて後手玉を睨んで迫力十分である。
このあたりで解説の山崎がさかんに「ここは△3三角しかないでしょう。」と力説していたが、ことごとく羽生が指さずに会場の笑いを誘っていた。
山崎という人はサービス精神旺盛で、羽生がもしかすると指さないと分かっていて敢えてこういう事を言っておいて、外れた際の自虐的笑いを取ろうとするところがあると思う。面白い人である。
山崎の名誉の為に言っておくと、感想戦で羽生も△3三角は有力だと認めていたのだが。
森内が▲4四銀としたところでは、後手はどうするのだろうかと解説で言っていたのだが、△6五金がさすがの手で、攻めの軸の角をいじめながら△7六金のすりこみの厳しい攻めも見据えている。
この当たりの両者の攻防は実に見応えがあった。個人的には、やはり羽生ファンにとって最もこわいのは相変わらず渡辺と森内である。
その後の▲4一銀が森内によれば敗着だそうである。感想戦でも羽生が単に▲2四歩から攻めていくのがイヤだったと指摘していた。
しかし、▲4一銀も一見とても厳しいので、これが悪手だというのはとてもレベルの高い話ではある。しかし、こういう紙一重の急所を羽生は見抜いているのかもしれないのだが。
その後も先手の▲2四歩以下の攻めがたいそう厳しくみえたのだが、△6八角で受かっているそうである。最後飛車をきってしまうと、先手玉が詰めろになってしまうらしい。即座にそれを山崎が指摘していたのは流石だった。
森内もそれを読んで飛車をきらずに我慢した。簡単には自爆せずに▲6六歩として、一瞬後手もどうするのかと思って見ていたら、羽生はあわてず騒がず△3二金。よく見れば(よく見なくても)味よし道夫でこれが決め手ではないか。プロなら一目なのかもしれないが、弱い素人は、この手に一番感心してしまったのであった。
結果的には羽生の強さが際立ったとは言え、やはり羽生森内の濃厚さは存分に味わえた。準決勝では「渡辺世代」の二人が挑んだわけだが、率直に言うと将棋の密度が決勝とは違いすぎた。どれだけ羽生世代の人たちはいつまでも強いんだ。
羽生は今年度、早指し棋戦で初戦で三連続敗退してしまって、「ついに羽生も年齢面の..」
などと囁かれもしたが、この朝日杯では単に勝つだけではなく早指しでの圧倒的な力量や技術や駆け引きを見せつけた。
というわけで、実際には存在しない名誉朝日杯を記事タイトルにしたくなるというものである。

朝日杯決勝羽生vs森内に潜む「変わりゆく現代将棋」の変化

朝日杯決勝は羽生が勝利して朝日杯三連覇を遂げた。
後手の羽生が急戦矢倉でやや古い形を採用したのだが、それについて感想戦において二人で次のような会話がかわしたそうである。
森内九段「羽生さんの本に書いてあったと思うんですけど、思い出せなかったですね」 羽生名人「よく覚えていません」
とても和やかな雰囲気だったようだが、素人なりに調べてみると羽生の恐ろしい勝負術が明らかになった。
急戦矢倉については、渡辺と羽生が永世竜王をかけた竜王で画期的な変化があった。
まず、第六局において、先手羽生後手渡辺で急戦矢倉になった際に、△5五歩▲同歩▲同角と進んだ場合に、朝日杯では▲2五歩としたわけだが、ここで▲7九角とするのも有力である。
そして、羽生の「変わりゆく現代将棋」でもこの順に触れられていて、その時点の羽生の研究では先手が指せるという結論になっている。
ところが、この▲7九角に対しては、竜王戦で渡辺がその後手順が進んでの△3一玉という新手を披露。そしてこの手がうまく行って後手が快勝したのである。つまり、羽生の本で急戦矢倉に対する結論とされていた▲7九角で先手良しというのを渡辺が当時覆したわけである。
それを受けての竜王戦第七局でも、先手羽生後手渡辺の急戦矢倉になり、羽生は▲7九角ではなく▲2五歩とした。
それに対して従来は羽生が朝日杯で指した△5四銀が定跡だったのを渡辺が△3三銀としたのが第二の新手で、以下伝説の激戦になったものの結果的には渡辺が制して永世竜王を獲得したわけである。
とにかく、この△3三銀新手が有効であることは認められて、その後も研究が重ねられている。急戦矢倉における最新のテーマでありつづけているはずだ。
ところが、羽生は朝日杯でその渡辺新手でなく従来の△5四銀をぶつけてきた。
そして、私が積ん読になって神棚に飾ってあるだけの「変わりゆく現代将棋」を調べてみると、この▲2五歩△5四銀、さらに進んで朝日杯で森内が▲5九飛としたところで普通に▲2五桂とする変化についても詳述されている。
結論だけ言うと、羽生の本では、様々な変化について「先手が好んで飛び込む変化とは思えない」などとして最後に「先手があまりうまくいかなかった」と書かれているのである!
この▲2五桂以外の変化についても、△5四銀が有力だと述べていて、だから羽生は▲2五歩では▲7九角とすべきで、それなら先手が指せるという本の構成結論になっているのである。
分かりにくいので再度まとめると、
1. △5五角の時に、▲7九角が最有力だったが、それが渡辺の△3一玉新手により後手も指せる事が分かった。
2. 従って、5五角の時に▲2五歩が見直されたが、それにも渡辺の△3三銀という新手が出て後手も指せる事が分かった。
3. その後研究は進んでいるが基本的には渡辺新手をめぐる究明が中心になっていた。
4. しかし、そもそも羽生自身は「変わりゆく現代将棋」で、▲2五歩に対しては△5四銀でも後手が指せるという研究認識をしていた。

つまり、最新研究だけしていると4の部分がエアポケットになるという事だ。
それを朝日杯というきわめて短時間の将棋で羽生は採用して、いきなり森内に対応を求めたわけである。
中継を見ていたら、羽生が△5三銀で急戦矢倉の意思表示をした際に、森内が手で顔を覆って「まいったな」という感じであるようにも見えた。
森内は事前の準備が徹底的なので、矢倉の先手についてもきちんと準備をしていたはずだ。しかし、多分急戦矢倉は想定していなかっただろう。
同じ朝日杯で去年も決勝で羽生が意表の先手中飛車にして、後手の渡辺が愕然とする様子が映し出されていた。羽生は恐ろしい勝負師なのである。
さて、冒頭の二人の会話はのどかめいているが、勝手読みすると実は恐ろしい。
森内は定跡の▲2五桂でなく▲5九飛とする際に、あの短時間の将棋では異例ともいってよい大長考をしている。
「羽生さんの本を思い出していました」は冗談めかしているが、ある程度本当で、▲2五桂に対しては羽生が後手で指せると書いていたのを森内は驚異的な記憶力で思い出してしまったのではないだろうか。そして、実際に読みをいれても▲2五桂ではなかなかうまくいかない事がわかった。そして、苦心した上で▲5九飛と変化した。だが、実戦ではあまりうまくいかなかったようである。
一歩、羽生が「よく覚えていません」というのは、さすがに自分の本についてはありえなくて、以上のような緻密な計算のもとに△5四銀をぶつけてきたのではないかと思う。
以上、全て素人の勝手な推論なので間違いの可能性の方が大きいような気もするが、少なくともこのようなバックグラウンドがあることだけは言えるのではないかと思うのだが。

序盤についてこの記事で補足しておきました。
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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