2016年03月

プロ棋士のアルファ碁の序盤についての評価

プロ棋士のアルファ碁評価について興味深い記事が二つあった。

日経ビジネス AIの「人間超え」、その時トップ囲碁棋士は

朝日デジタル 常識はAIに覆された アルファ碁、世界最強棋士破る
(こちらは全文読むには無料会員登録必要)

日経の方は、高尾紳路九段による総括記事である。
第二局で話題になったアルファ碁の 序盤の37手目に5線に打った「カタツキ」について。
人間のプロではありえない手で、高尾は当初疑問手だと思ったし韓国プロも同様に評価していた。
ところがその後アルファ碁が快勝する。
 終局後、何度も棋譜を並べ直して考え、そして見えてきた結論がある。この手はアルファ碁(黒)による「勝ちました」、すなわちここで試合は事実上終了という宣言だったのだ。
 囲碁においては、終局までに200手を超えることが普通だ。序盤の37手で勝敗が事実上決まるなど、あるレベル以上の人間同士ではとても考えられないことだ。仮に微妙な差がついていたとしても、19✕19の碁盤はあまりにも広く、わずかなミスで簡単に優劣がひっくり返る。
第三局についても、中国の柯潔(かけつ)九段はこの碁を見て、「15手目が敗着」と述べたそうである。
囲碁の事がよく分からなくて残念だが、この序盤の構想段階でアルファ碁が勝ち、あるいは優勢を意識していたとしたら本当に驚きである。
将棋とは比較しにくいけれども、駒組が組みあがった時点で、「お前はもう負けている」と言われるようなものだろうか。将棋だとよく分かるが、人間が完全にノーミスでそのあと落とし穴だらけの終盤まで乗り切るのは不可能である。それがアルファ碁には出来るのだろうか。

朝日の記事でも様々な棋士がアルファ碁の序盤、布石について感想を述べている。
井山名人「(二局目のカタツキについて)ぱっと、目の行く場所ではない。浮かんでも廃案にしそう。では悪い手かというとそうでもない」。
「こう打てばいいんだよ、と教えてくれているような感じでした。空間や中央の感覚が人間と違う。懐が深い」
高尾紳路九段「人間は、従来、打たれてきた形の固定観念に縛られているのかもしれない」
王銘琬九段「勉強になりました。右辺を広げる手の中には、いままでの感覚とはかけ離れたものがあった。弟子が打ったら、しかり飛ばすような」
いずれにも共通するのは、アルファ碁の「感覚」に対して違和感を抱きながらも、その新しい発想に感心している点である。
これは、アルファ碁がディープラーニングによって直感や感覚で手を選択している事を考えると納得できる。
しかも、本当に布石や序盤の初期段階での話なので、まさしく感覚が大切な世界である。また、囲碁の盤面は広くて着手の自由度が高いので、そんなところからコンピューターが人間が感心するような感覚の手を具体的に提示できているのは、本当にすごい事だと言わざるをえないだろう。
一方で第四局では、アルファ碁は中央の複雑で入り組んだ石の読みに弱点がある事が判明した。
つまり、アルファ碁は序盤の感覚に明るくて大変独創的だけれども、中盤の具体的な読みに弱いという事になる。普通考えられるコンピューターの特徴とはまるで逆である。人間のお株をうばってしまっている。
序盤の感覚に弱くて中終盤の読みには滅法強い将棋のソフトとも逆だ。
こうしたプロ棋士たちの具体的な証言を聞いていると、アルファ碁は単に強いだけでなく、人間の特権をも揺るがしかねない事件だったのだと実感せずにはいられない。

村山慈明NHK杯

棋王戦と重なって順序が逆になったが、NHK杯について。
今期は羽生渡辺などタイトルホルダーや上位者が次々と敗れて、決勝はちょっと意外な新鮮な組み合わせになった。
将棋は村山慈明先手、千田翔太後手で角換わりに。千田が金を6二にするちょっとした趣向を示したが、それでも全然指し手が止まらずに進んでゆく。もうさすがにここまでは研究していないんじゃないかというところまで。
二人とも研究十分な若手だけれども、ここまで来ると現代将棋の究極の研究勝負を通り越して気合勝負のようにも感じてしまった。基本的に二人共かなり勝気で向こうっ気が強いタイプだと思う。
村山が攻め、千田が受ける展開になったが、千田の受け方がしぶとくてなかなか決まらない。佐藤康光の解説を聞いていても、局面をきちんと把握するのが難しい将棋になった。
村山らしいと思ったのは、千田が△6六角と打つたのに対してガッチリ▲7七銀と受けたところ。康光先生はできれば節約して▲7七桂として攻めたいと「らしい」解説をしていたが、村山は勝ちをあせらない態度に出た。こういうところに棋風がよく出るのだろう。
そして、その後もとても難しそうな局面が続いたが、終わってみれば先手玉の堅さがいきて村山がうまく勝ちきった。
村山は順位戦では悔しい思いをしたが、嬉しい優勝である。やはり順位戦では憂き目にあった郷田も王将戦は防衛したし、本当にトップ棋士はギリギリのところで、ちょっとしたことが天国と地獄を分けるところで戦っているのだと感じる。
特に最近は羽生渡辺森内らというビッグネームでないと優勝できない状況が続いていたので嬉しいだろう。
決勝以外では、広瀬戦の後手をもっての角換わりの将棋が印象的だった。角換わりらしいジリジリした手の渡しあいから、突如村山が飛車切りから角を打ち込んだ攻めがわかり易いながらも効果的でアマチュアにもこの攻め筋は大変参考になった。
もともと序盤巧者だけれども、ここという場面での決断がよくて、また決勝のようにあせらず勝ちにいく指し方が早指しに向いているのかもしれない。朝日杯でも準決勝まで進んでいたし。
村山は順位戦のC2では結構苦労した。第66期順位戦でもいきなり初戦で負けたが、その後九連勝してC2を抜ける事に成功した。
その二戦目の相手が強敵の高崎一生だったのだが、午前二時を過ぎる死闘の末に村山が制して昇級につなげたのをフト思い出した。
あの頃から粘り強い将棋だったが、その苦労がやっと報われた感じである。同世代で仲が良い渡辺と佐藤天彦の棋王戦にも刺激を受けているだろう。
(名人戦棋譜速報に加入されている方で興味のある方は棋譜をご覧ください。)

この二人は、人間的にもなかなか個性的である。
千田は「ソフトに将棋を学ぶ」旨を明言している棋士である。現在のソフトはとても強くて活用している棋士も多いが、ここまでハッキリ言っているのは千田くらいで面白い。
また、かなり向こうっ気も強くて、対局前に後手が決まると、「村山さんの攻めを悠々とかわしたいです。」と村山の面前で述べていた。
勝負を前に、場合によっては挑発的ともとらるこうした発言をするのは損なのだが、意識してやっているのかそういう性格なのかは分からないが今時の棋士には珍しくてよかった。昔でも米長邦雄クラスでなければ、なかなかこんな事は言えないのである。
もっとも、向こうっ気の強さでは村山も負けていない。本当に若い頃には、渡辺明、戸辺誠とともに「酷評三羽烏」として恐れられて?いた。
渡辺もいかにも辛辣な将棋評価をしそうだけれども、実は村山が一番キツイ事を言っていたような気もする。
村山はニコニコなどに出演しても、茶目っ気があると同時に正直に口をすべらせてしまうところがあって愛すべきキャラクターである。
有名な話では叡王戦予選で自ら負かした飯島七段に「叡王戦どうされましたか?」と発言しまったことがある。
村山本人の弁によると、それ以来飯島は研究会で目つき、顔つき、手つきが今までと違うような感じになって村山は全く勝てなくなってしまったそうである。
いや、多分飯島は研究会だけでは満足していないだろう。村山の優勝に刺激を受けて、「村山さん、NHK杯どうされましたか?」と言う機会を虎視眈々と狙っているに違いない。
村山先生、どうぞご用心のほどを。

と思ったのだが、飯島先生は残念ながら来季NHK杯は予選で敗退してしまっていた。
村山先生、間違っても「飯島さん、NHK杯予選どうされましたか?」とか口をすべらせないように。

渡辺明と佐藤天彦の棋王戦

最終局について、渡辺明がブログで次のように書いていた。
あれだけやって歩1枚の差なので、自分の全公式戦の中でも3本の指に入る将棋だったと思います。お互いに大きなミスもなかったですし。
渡辺が具体的にどの将棋を指しているのかは分からないが、本局以外ではすぐに思いつくのは渡辺の△7九角が出た佐藤康光との竜王戦第三局、そして羽生善治との竜王戦第七局である。どちらも伝説的な将棋だけれども、本局もそれと同レベルであると。わりと自分の将棋に対する評価がシビアな感じのする渡辺にも納得のいく将棋だったのだろう。
例の▲7七桂については、結果的には△8五金なら負けだったので、極端に合理的な渡辺だと、「負けだったんだから別に名手とかじゃないですよ、ハハハ」とか言いかねないと心配していたけれども、(いや、あの手について具体的に聞かれたらそう言う可能性もいまだにないとは言えないけれど)、少なくとも将棋全体としては本人も満足できる将棋だったという事である。そもそも、負けだとしても▲7七桂以上の勝負手はなかったわけだし。
昨日も書いたが、▲7七桂は詰めろを消しつつ相手玉が6五にくるのを防いでいるが、その後の進行を見ても実によく守りにきいていたし、また後手の△2七馬のききを▲3四飛▲4五玉とすることで遮断して先手玉が詰みにくくするという読みも複合していて、やはり複雑な組み合わせをよく読んでできている美しい手だったと思う。
しかも、佐藤天彦がツイッターで述べていたように、仮に△8五金としても、後手が指しにくい△4六同玉としないと勝てない難しい局面が続いていたはずで、名局だった事は間違いない。
そもそも、そういう結果的な分析よりも、将棋は生き物なので、生で観戦していた際のあの▲7七桂の驚きや感動はなにものにも代え難いし、個人的には渡辺の△7九角以来の手だと感じた次第である。
そう言えば、ニコ生で解説をしていた深浦康市が、羽生相手の王位戦第七局で指した伝説的な手も同じ▲7七桂だった。ちょっと因縁を感じてしまう。また、あの▲7七桂に対しても実はよく調べると羽生に正しい対応があった事がその後分かった。その点でも似ているが、だからといって▲7七桂の価値が減じることはない。それはその将棋も本局も同じで、将棋全体がそれがなくとも名局なのに、その末にこういうドラマティックな手がでたので感動するわけだ。

今回、正直に言うと事前に私は佐藤天彦がもつれた末に奪取するのではないかと予想していた。佐藤の充実ぶりと、直近の渡辺天彦の内容結果を考えると明らかに流れは佐藤の方にあったと思う。
その流れをいきなり完全に断ち切ったのが第一局である。新手の△73角で完全に流れをつかんで、以下ゆるむところなく完璧にかちきった。
渡辺の勝負強さの秘密は、こういう絶妙な新手を本当に大切な対局に準備して指せることである。羽生相手の急戦矢倉での二つの新手の事を、(ファンとしては苦々しく)すぐ思い出してしまう。単に勝っただけでなく、佐藤の自信をくじいてそれまでの悪い流れを完全に絶ってしまった。
第三局で、一時飛車損になったが、二枚のと金が大きくて指せるという大局観も見事だった。渡辺が勝ちはしたが、佐藤天彦の、もうダメだという局面を何度も何度もしのいでいく驚異の粘り腰も印象的だった。
そして、最終局は文句なしの名局である。恐らく年間最優秀対局の有力候補になるだろう。
ここしばらくのタイトル戦では、羽生世代同士あるいは羽生世代vs渡辺または若手の名局はたくさんあったが、若い世代同士でこれだけ濃密でレベルが高くてファンをうならせる将棋を見せてくれたのは初めてだろう。
そういう意味でも、価値ある画期的なシリーズだったと思う。

二人は仲が良いけれども、盤外でもなかなか楽しいやりとりがあった。
まず戦前には渡辺がブログでこのような印象的な事を述べていた。
・初場所の琴奨菊優勝に豊ノ島が言った「優勝してくれて一番うれしい人。優勝されて一番悔しい人。」この二人は小学生時代からのライバルだから、そこまでではないけども今度の棋王戦も同じような戦いです。
前夜祭でもあった。
両対局者にインタビュー
前夜祭(5)
二人は性格も棋風も対照的である。
鋭い攻めが持ち味の渡辺明に対して、粘り強い強靭な受けが特徴の佐藤天彦。盤外のやりとりでも、そのままの棋風だった。
このように性格が対照的だからこそ、仲もよいのだろう。とても良い「ライバル」である。

渡辺明の▲7七桂

▲3三角成とらしく鋭くきりこんだ辺りでは渡辺明がよさそうなのではないかと言われていた。
しかし、渡辺が普通に▲4五桂とするのにやや成算がもてなくて▲3四桂と工夫したのに対して、佐藤天彦が△2五桂と応じたのが見事で局面が混沌としてくる。(渡辺は渡辺らしくこの△2五桂が見えていなかったと局後に率直に認めていた。)
もう、わけがわからない終盤である。しかし、佐藤天彦が△2七角成としたところでは、その馬が大きくて後手玉は詰まない、そして銀を取ったのが先手玉への詰めろになっている。
ようやくハッキリしたか。解説の深浦康市もそのように述べていたし、観ていた全てのものがそう思ったに違いない。久々にすごい名局を見た、という感慨にふけっていたら…
渡辺が▲7七桂をピシリと指す。
まだ終わっていなかった。先手玉の詰めろを受けているだけでなく、後手玉が中段を逃げてきた際に6五も封鎖しているではないか。
佐藤天彦はもう一分将棋である。
ギリギリまで考えて△8五桂。
深浦も渡辺の▲7七桂に驚嘆しつつも、しかし後手玉への詰めろにはなっていないし、2七馬がきいてその後先手玉を詰ますことができそうと、必死に解説する。
聞き手の中村桃子が、でも▲3四飛と打って△4五玉とすれば馬筋が止まりますよね、と指摘する。
深浦が、いいところに気づきましたねと笑いながら言うが、笑い事ではない。そうなってしまうと、もはや渡辺の勝ち筋である。
本譜もそのように進んだ。何という渡辺の渾身の勝負手だろう。こんな名手は滅多にない。
渡辺が佐藤康光との竜王戦の終盤で放った△7九角以来の名手中の名手である。
佐藤天彦が秒を読まれる中、体をガックリと崩して頭を抱えてしまう。何と残酷で美しい姿だろう。
秒読みは無情に続いている。それでも、佐藤天彦はきちんと座り直して居ずまいを正してから、きちんと投了の意思を告げた。
▲7七桂は本当にすごい手だったけれども、△8五金としていれば後手勝ちだった。その点について、佐藤天彦が局後にツイッターでこのように説明している。
今日は棋王戦第4局対渡辺棋王戦。本当にいろいろありましたが、僕にとってのチャンスは111手目▲77桂の局面でした。ここは△85金と打ち、以下▲34飛△45玉▲46歩に△同玉と取れば勝ちだったようです。▲46歩には△56玉としてしまいそう(△46同玉は▲64角成が痛そうに見える)
ですが、それは負け。この二つのハードルをクリアすれば勝ちだったようです。ただ、実戦では▲77桂の局面で考えたのは△85桂、△84桂、△68飛成。▲34飛△45玉に▲46歩も見えておらず、正確に指せていたかどうか。どちらも一分将棋の中では今の自分にとって難しい選択だった気もします。
この悔しい敗戦を、実に冷静に客観的に振りかえってみせてくれていたのだった。
局後に、大盤解説場に肩を並べて歩いて向かう後ろ姿の二人が変化を話し合っている写真が中継ブログにアップされていた。
あの激闘の直後なのに、元の仲のいい二人に戻っているようにも見えた。

郷田王将防衛

今回の郷田真隆は全般的に決断がはやくて、しかも冴えた手を指す事が多かった。やはり本格派の格調高い将棋で美しく正々堂々と戦って防衛した感じである。
郷田流の長考もたまにはあったけれども、本当にポイントになる大事な局面が多くて、以前のような「なんでここでそんなに考えるの?」というのはあまりなかったように思う。
当然若い頃とは郷田も随分違ってきていて、わりきるところはわりきって指していて、勝手に考えすぎで時間が切迫してしまって自分で自分を追い込んでしまう事がなかったと思う。
封じ手も結果的には全部羽生がしたが、郷田が難しい局面でも決断よく、しかもよく検討するととても優れた手を指していた。ニュー郷田スタイルをちょっと感じた。
最終局の封じ手の一手前の△6一飛も、一見ボンヤリしているようでいて素晴らしい手だったそうである。
羽生は藤井と王座戦でこの形を後手で指していて、▲6四馬以下の順を試してみたかったようだが、この△6一飛で既に苦しかったようだ。角と銀を使って桂得したものの、飛車ににらまれていて角銀が身動きできない悪形になってしまっている。こういうセンスのよい手をさほど考えずに指せるのが郷田の才能なのだろう。
それと、今回の郷田はよくなってからの勝ち方が切れ味抜群だった。妥協のない組立で羽生に全く抵抗する余地を与えなかった。将棋ウォーズなら、「さすがの腕前じゃのう」というところである。あれっ、腕前じゃなくて切れ味だったっけ。忘れてしまった。
羽生の方は今回は作戦がうまくいかない事が多すぎた。
最終局もそうだし、第四局の角換わりでとてもシンプルな仕掛けを試したが郷田に的確に対応されてしまった。羽生は複雑な曲線的な指し方が得意なので、本来ああいう仕掛けはしないけれども、研究で敢えてそれでもいけると考えて決行したのだろう。だが、当初想定した進行に誤算があったようである。
恐らくプロレベルだと攻めがちょっと単調で細いという感じの攻めで、羽生らしくなかった。
大事なところで意表の四間飛車穴熊を採用したのは、それはいつもの羽生のペース、スタイルだから別に問題ない。しかし、ここでも銀冠穴熊で対抗した郷田の構想が優れていて、以下難しい変化はあったようだけれども、やはり後手が大変な将棋でお世辞にも作戦がうまくいったとは言えないだろう。
全般に序盤の作戦が羽生にしては珍しく低調だったが、大事な名人戦にむけて悪い膿を全部出してしまったのだとファンは考えたいところである。
中終盤については、羽生は絶好調とはいえないにしても普通だったと思うが、郷田の方はとても状態が良くて冴えていた。
となるとこういう結果もやむをえないだろう。
この二人に期待する終盤のギリギリのせめぎあいが結局一局もなかったのが少し残念である。どちらかが抜け出して、最後は一方的になる将棋ばかりだった。二人の良くしてからきちんと勝ちきる技術の高さゆえだろうが。

今回は有料中継で、初日は解説がなくて終日対局室を映し続けていた。それもかなり新鮮だった。二人の表情やしぐさを、まるで対局室にいる観戦記者のように観察できた。しかも、こちらは対局室にはいないので緊張せずに、対局者といっしょにくつろいでおやつを飲み食いしながらなので申し訳なくもあり天国でもある。
坂口安吾が将棋の観戦記を書いているが、安吾は囲碁はかなり打てるが将棋は指せなかった。今でいうと「観る将」である。
そして、木村と塚田の観戦記などでは、ずっと対局室にはりついて二人を観察して、その様子を書いていた。今はしようと思えば安吾と同じことを我々もできてしまうというわけだ。
 塚田五四銀、五六銀、とノータイム。ちよッと考へて四四歩。
 木村十一分考へて、極めて慎重な手つきで、五八金、パチリとやる。合計木村六十三分。
 三一王、七九王。
 塚田は自分の手番になつて考へるとき、落ちつきがない。盤上へ落ちたタバコの灰を中指でチョッと払つたり、フッと口で吹いたりする。イライラと、神経質である。二年前の名人戦で見た時は、むしろダラシがないほど無神経に見えた。午前中ごろは木村は観戦の人と喋つたり、立上つて所用に行つたり、何かと鷹揚らしい身動きが多かつたのに、塚田は袴の中へ両手を突つこんで上体を直立させたまま、盤上を見つめて、我関せず、俗事が念頭をはなれてゐた。今と同じやうにウウと咳ばらひをしたり、ショボ/\とタバコをとりだして火をつける様子は同じであるが、それが無神経、超俗といふ風に見えた。今日は我々にビリビリひゞくほど神経質に見えて、彼は始めからアガッてゐるとしか思はれない。木村が次第に平静をとりもどしたにひきかへて、塚田の神経はとがる一方に見えた。
 塚田八分考へて、七三桂。消費時間、合計三十一分。
 木村、十六分考へて、八八王。
 茶菓がでる。木村すぐ菓子を食ひ終つて、お茶をガブガブとのみほしてしまふ。
(坂口安吾 勝負師 青空文庫より)

私も第一局ではもの珍しくてちょっとメモをとったりしていた。一部公開してみよう。
対局場はすごく鳥の鳴き声がうるさい。
太宰の「駆け込み訴え」みたいに。
虫がいたみたいで、郷田さんがよけた。渡辺さんだったら大変。
郷田さんが68玉というチャレンジをしてきたので、羽生さんが初日の午前中からすごい表情をしているのを観て、こちらが震えた。
羽生さんって、やっぱり普通じゃないよ。郷田さんはまだ余裕がありそうだが、羽生さんはもう「入っている」表情を既に時々見せる。
羽生は眼鏡を外した際に、時々人をあやめてしまいかねないような、すごい目をする事がある。
柳瀬さんが観戦記で対局室に入っていて、理由もないのに羽生さんに睨みつけられて驚いたという話を思い出した。
郷田がさかんにため息をもらす。対局室には子供の声が聞こえてきて、記録の門倉さんが声の方をみやる。二人は我関せず。
羽生、ゆっくりと味わうようにお茶を飲み、郷田、何やら自分を納得させるように頷く。
室外は風が強いようで、木々が揺れている。
羽生、郷田の長考中に、記録係の門倉に棋譜をもとめる。
自分が考えている際の「はいった」ようすではなく、後輩の門倉に対して「すみません」と丁寧な普通の口調で。
郷田、ポットからお茶を注いで飲む。長考中の一休み。
羽生、ちょっとすごい表情になったかと思えば、扇子に口を当ててあくび。
おやつが届く
羽生、無造作に紅茶か何かを放り込み、ショートケーキを食べだす。ごくごくフツーである。
郷田も目薬をさして鼻をかみ、眼鏡をふく。
羽生、大クシャミ。
郷田、一瞬ビクッとする。
郷田、背中を孫の手でゴシゴシやる。
羽生、うつむい顔にてをやって熟慮。
枝雀のいう、「緊張と緩和」である。
本当に鳥がギャーギャー鳴いていてうるさい。あれで集中できるのだろうかというくらい。
羽生、門倉に時間をどれくらい使ったかを尋ねて、頭をかかえる。悩んでいる様子。
羽生が席をはずすと、郷田それを待っていたかのように、
「そっかぁー。そっかぁー。」
今度はヘリコプターの音。地獄の黙示録のように。
意外に対局室には色々な音が聞こえてくる。
きりがないのでもうやめるがこの二人の密室のドラマは見ていて飽きないのである。

スポニチさんの勝者罰ゲーム写真は相変わらず健在だった。昨日の深浦康市と内田記者の解説を聞いていたら、罰ゲーム経験のある深浦によると、あの罰ゲーム写真、何とプレートかパネルにして対局者に手渡すそうである。
羽生の安木節も果たして渡されたのかが、とても気になってしまったのである。

もしも大山康晴とアルファ碁が戦ったら

昨日の記事にコメントをいただいた。(ツイッターでも銀杏記者が少し前に似たようなことを呟いておられた。)
羽生善治が、晩年の大山康晴先生と対局していて、「大山先生は全然読んでいない、盤面をながめているだけなのだが、それでいて急所に的確に手がくる」と感じたそうである。
結構有名な話なのだけれども、ちょっとオリジナル発言がどこか忘れてしまったが、柳瀬先生との対談だったかしら。それ以外にも何度か羽生さんはこの事を書いたり発言していると思う。
つまり、大山は「直感」だけで指していたが、それまでの経験の豊富さがあり、将棋の本質を「直感」的に見抜く能力がずば抜けていたので、「読み」の部分ではそれまでの将棋界の棋士と比べると圧倒的に優っていたかもしれない若き日の羽生とも互角にわたりあえていたのである。
どこかで最近聞いた話ではないか。そう、アルファ碁も基本的には「直感」の碁である。そして、イ・セドルを負かすほどに強くなってしまった。
大山が直感だけで指して強かったというのは決して伝説ではないのかもしれない。将棋の神様と言われてあの羽生が今でも畏敬している大山クラスまで「直感」を高めることができれば、それだけでも相当な高みにまでのぼる事ができる可能性があるのだと思う。
勿論、大山も急所では読んでいただろうし、人間はそれを読みで補完できる。その際に精度の高い直感で正確な候補手をいくつかまず絞り込めれば、それを補完する読みも有効に使えるようになるはずだ。
昨日紹介したように、アルファ碁は頭脳の視角皮質で起きる計算を真似た「直感」を再現する事に成功しているそうである。コンピューターの場合は人間と違って全て記憶していられるので、その「直感」を働かすにあたって膨大なパターンを利用できるから有利である。だから、アルファ碁の「直感」がすごいといっても、そういう量の優位の面があるのも否定はできないだろう。
しかし、人間の脳は大変複雑で精緻にできている。視角皮質はそのごくごく一部で、他にも現代科学でも解明しきれないような働きが存在する。人間の「直感」は、仕組みとしては多分アルファ碁とは比較にならないくらい複雑なプロセスを経て成立しているのだろう。
そして、人間は脳の潜在能力をごく一部しか発揮していないというのだから、まだまだ「直感」能力を囲碁や将棋で人間が高めるのは可能なのではないだろうか。
人間がコンピューターと戦う際に、読む量では絶対に勝てない。それはもうどうしようもない事実だ。将棋ソフト関連でも書いたことがあるが、人間が対抗するには「直感」をさらに磨くしかないような気がする。
そして、将棋や囲碁で強くなるために一番有効な方法は自分より少し強い相手と戦う事である。将棋でもそうだけれども、アルファ碁の場合は人間の「直感」に近い判断をしているわけだから、学ぶ点は多いような気がする。
アルファ碁の「直感」が、それより複雑な人間の「直感」を触発して、人間の眠っている能力を揺り起こしてくれる事を期待してしまうのである。

ところで、タイトルの大山康晴とアルファ碁が戦ったらどうなるか?
それは将棋と囲碁なんで無理です。
(こんなオチで本当にごめんなさい。どうか見捨てないで…..

世紀の対決終わる

最終局はアルファ碁が勝って四勝一敗でシリーズを終えた。
第四局でセドルがひとつ返して、なおかつアルファ碁の弱点を浮き彫りにしたので、最終局も大変注目された。もし、また勝つかあるいはソフトの欠点を見つければ随分印象が変わるので。
しかし、結果的にはアルファ碁の快勝。やはり良くなってからの安定性は他の三局同様だった。
将棋でもそうだけれども、やはりコンピューターの場合は、劣勢になると弱い。人間なら劣勢になっても逆転するために辛抱して差を広げないようにしたり有効な勝負手を放ったりすることができる。しかし、コンピューターの場合は、自分が悪くなると辛抱せずに自暴自棄になったり無意味な手を恥ずかしげもなく続けたりする。「水平線効果」と呼ばれるものである。
だから、人間は一度かなり形勢を良くすればその後はコンピューターが自滅してくれるので、勝つのは容易だ。問題なのは、アルファ碁のような強い相手になかなかそのようにハッキリよくするのが至難なわざだという事である。
最終局に勝ったことで、アルファ碁が人間トップを超えてしまったことは素直に認めざるをえないだろう。
但し、囲碁の場合は、コンピューター特有の弱点をつく「アンチコンピューター戦略」はまだ全然行われていない。将棋ではそれもかなり進んでいるのだが。
例えば、第四局で出た中央のゴチャゴチャした複雑な石の配置を読みきれない弱みはモンテカルロがそもそも具体的に読めないがゆえの必然的な弱点だろう。但し、それを具体的にどうつくのかは難しそうなのだけれども。
また、アルファ碁の「コウ」への対応もよく分からないままに終わった。
今後もし人間との対局が継続的に行われるのならば、その辺も明らかになってくるはずだ。
それと、解説の王銘琬によると、当初はセドルが良さそうだったが、その後慎重にかたく打ちすぎて逆転されたという見方を示していた。セドルは普段なら良くなってももっと大胆に攻撃的に打つそうである。やはり、それはアルファ碁の強さを警戒しすぎてしまったのかもしれない。第四局も勝ちはしたが、ヨセを見ていた高尾紳路が「こんなにかたく打つセドルさんは見たことがありません」と述べていた。心理的にセドルも普段通りには打てなかったのも大きかったのかもしれない。

シリーズを通じてセドルの振る舞いはエレガントで大人だった。かわいらしいお嬢さんも登場したりして、セドルの人柄にすっかり惹かれてしまった。
しかし、実はセドルも若い頃はかなりとんがっていたらしい。

人間対AI:感情ない人工知能から謙虚さを学んだ「反逆児」李九段

まるで今の柯潔のよう?だったらしい。
しかし、年齢的な成熟もあるのだろうが、敗者の姿としてとても美しかったと思う。カスパロフがディープブルーに負けた際の、両腕を広げて悔しげに盤面から立ち去る姿が忘れられないが、あれとは対照的だった。もっとも、カスパロフのような素直な反応もあれはあれでたいそう魅力的なのだけれども。

韓国碁院、アルファ碁に「名誉プロ九段証」

このニュースについて、王銘琬は「読めない九段だよねぇ」と述べていた。そう、アルファ碁は原理上きちんと読めないので、それで九段に認定されてしまったのは本当に驚くべきことである。

アルファ碁の技術面ではこの記事が詳しくてよくまとまっている。ど素人の私が手探りで書いてきたことが、それほど間違いではなさそうなのでちょっとホッとしている。

【時論】「アルファ碁の衝撃」から何を学ぶべきか=韓国

アルファ碁の「直感」について具体的な方法も説明している。
アルファ碁で使われたニューラルネットワークは、高等動物の頭脳の視角皮質で起きる計算をまねてイメージ内のオブジェクト認識に活用するコンボリューショナルニューラルネットワークという技術だ。すなわち、碁盤を黒色と白色のピクセルで成り立つイメージとして扱って人間がイメージを見て直観的にオブジェクトを認識するのを碁盤でほとんどそのまま適用したのだ。
アルファ碁の人工知能としての限界についてもこう述べている。
今回の対局の結果が「人工知能の完成」を見せるということも絶対にない。アルファ碁に搭載された技術は真の意味の汎用人工知能だとは呼びがたい。
とはいえ、とにかく囲碁という分野ではあっても、人間特有の高度な能力である「直感」のようなものを具体的に再現できたのが何より画期的な事だったと思う。

カスパロフがツイッターで、この対決についての記事を公式RTしていた。
カスパロフはもはや完全に政治家なのでそのような事ばかり呟いている。その中にポツリとこのRTが混じって現れていた。特に自身のコメントはないのだが、それがかえってカスパロフの気持ちを伝えているように感じた。
この地球上でセドルの気持ちが恐らく一番よく分かるであろうカスパロフが何を思い何を感じたのか、とても気になったのである。

アルファ碁の感覚と人間の感覚

またかよとそろそろ将棋ファンに見捨てられそうですが、熱しやすく冷めやすい性格なんですぐ飽きるはずです。もう少しだけご辛抱を。
ちなみに、昨日羽生さんが郷田さんにど完敗をくらったので現実逃避しているわけではありません、念のため(うぅぅ…..

アルファ碁のディープラーニングによる、感覚、勘、直感による認識と着手については、やはりとても気になる。
将棋(チェス)ソフトの場合は、とにかく機械がたくさん読むのが基本原理である。そういう面で人間が機械にかなわないのは当たり前だ。ハイハイ参りましたとすぐ頭を下げることが出来る。
ものすごい数の具体的な読みがあってそれを評価関数で判断して指し手を決めている。評価関数の方は色々な工夫をほどこしてとても優秀になってきたけれども、一応人間の融通のきく感覚的直感的判断と比べれば劣るはずだ。(もっとも最近はその辺りも自信がなくなってきているけれども。)
現在の将棋ソフトは単に強いだけではなくて、プロの将棋に具体的な影響も与えている。人間がつくった定跡をソフトが覆す事も多い。有名な例をあげると、Ponanzaが指した手を名人戦で森内俊之が採用して羽生善治に完勝したことがある。その他にもたくさんある。
また、終盤についても単に安定して間違わないだけでなく、とても意外な人間には思いつきにくい妙手を指す。そういう意味で、人間がソフトから色々学ぶ段階まで将棋界でも達しているのだ。
但し、定跡についても、定跡の流れというよりは、その中のある一手についてソフトが優れた発見をするという条件付きである。ある程度駒がぶつかってソフトが考えやすいところでそういう新手を見つける。
そして、駒がぶつかる前の点ではなく流れとしての構想をソフトが見つけることはできない。例えば、藤井猛や佐藤康光や古くは升田幸三のような構想力はまだ人間の特権である。ソフトの原理からいってそういう構想力を持つのはそもそも無理である。
また、将棋全体としてはいまだに人間から見るとかなり違和感があったり、「美しく」なかったりする。もっとも、「美しさ」というのは人間の主観や先入観もかなり入っているので、人間より強いソフトの将棋の方が「美しい」のだと言われたら反論できないのだけれども。
ただ、将棋のソフトの原理を考えると、基本的にはコンピューターが人間とは比較にならないくらい物量的に多く読んで、それをやや単純な評価関数の弱点を補っているとも言える。つまり、人間を質的に上回っているのではなくて、「量」の優位で凌駕しているのだと人間は言い訳できるのだ。
ソフトの定跡の新手の発見や終盤についても、それはソフトの感覚が優れているというよりは、ソフトが先入観なく色々な手を量的にたくさん読むので見つけることが可能だという側面が強いと思う。
もし、将棋の強さでも「美しさ」でも完璧な将棋の神様がいて今の状況を見たら、こう言うかもしれない。
――人間はもうソフトに強さでは負けてしまっているなぁ、でも今のソフトの方向性では絶対にワシのところまでは届かん、人間はもっと頑張らないとダメだが、少なくともワシの将棋の「美しさ」を理解する能力はちょっとはあるので、ソフトより素質だけはあるかもしれんな。
将棋のソフトの原理を考えると、少なくともこういう言い訳を将棋の世界では言える。

ところが今回のアルファ碁の場合は、随分事情が異なる。
まず、モンテカルロ法は、具体的な指し手を読むのではなく、無作為に終局までたくさん並べて勝つ確率の高い手を選ぶ方法だ。きちんと読んでいるわけではないので、将棋のソフトと比べると条件は悪い。
実際かなり健闘しているが、それでもプロに何目か置いてもらって勝つあたりが壁になっていた。
アルファ碁がここまで強くなったのは、このモンテカルロをものすごいでかいハードを使って作業したおかげだとまず仮定してみる。
しかし、まず将棋でもそういう大きいハードを使うソフトがあって実際ある程度強くなったが、それほど飛躍的に強くなったわけではなかった。
それに、アルファ碁は去年の10月と現在を比べると、セドルに二目置いてもらって勝てる程度と言われていたのから、セドルに完勝するところまで短期間で飛躍的に伸びている。ハードはさらに大きくなったようだが、やはりそれが原因とは考えにくくて、原因はディープラーニングで自己対局を続けたのが原因と考えるのが自然だろう。また、棋譜もアマチュアのでなくプロのものを使用する変更も加えたとのこと。
とにかく、恐らくディープラーニングが強さの秘密だ。
そして、ニューラルネットワークを用いたディープラーニングというのは何度か書いているように、まるで人間のような感覚、勘、直感的な認識着手をするのが特徴である。
こういう能力は人間の特権とされてきたものである。将棋だと量では負けるが感覚ではまだ負けていないというような言い訳、あるいは負け惜しみも可能だけれども、このアルファ碁の場合は困ってしまう。
但し、前回書いたように人間の感覚と似ているだけで実際はかなり違う気がする。
アルファ碁のニューラルネットは、そもそもプロの膨大な棋譜やパターンを全部完璧に記憶していてそれをすぐに取り出して、現局面と比較してパターン認識して最適手を選択するのだろうか。
しかし、人間の場合はそんなにたくさん記憶するのは無理で、必要な棋譜だけとりだせる記憶として残して、あとはパターンを何らかの形で認識として残しておいて、局面をみてそれと無意識にパターン照合した結果直感として手が浮かぶというやり方なのかもしれない。
どちらも推測で書いてしまっているのだが、要するにやり方が違うのだけは間違いないと思う。
そもそも感覚というと漠然としているが、それを全て物質の動きとして還元しようとすることも一応可能だ。
人間の場合は記憶力に限界があるが、コンピューターは全部覚えているので、プロの棋譜から抽出した数限りないパターンをもとに現局面を認識することが出来るはずである。つまり、人間が意識せずに感覚や直感としてやっていることを、アルファ碁は感覚的な動作を、目に見える形に還元して実行する実験とも言えるだろう。
そして実際にこれだけ強くなってしまったわけである。「感覚」でも人間にひけをとらない作業ができてしまった。
これは人間にとってショックである。もっと感覚は神秘的で機械には簡単には把握できないものだと人間は思いたいけれども、少なくとも囲碁というゲームではそれをなしとげてしまった。
さらに、囲碁のプロの場合は、感覚や直感だけで打っているわけではない。長い持ち時間を使って具体的に読みふける作業を行う。
一方、アルファ碁の方はモンテカルロで計算はしているが人間のように具体的には読めない。さらに、ディープラーニングの着手は基本的に感覚、勘、直感である。
それでトッププロに勝ってしまったのはやはり信じられない出来事だと思う。
人間の感覚や直感について考えさせられてしまう。その程度のものだったのかと。
しかし、そもそも人間はその潜在能力のごくわずかしか使っていないとも言われる。
現にイ・セドルも、渾身の一手でアルファ碁を負かした。あれはモンテカルロの弱点が出ただけとも言われているが、素晴らしい一手だった事は間違いない。それが、極限状況に追い込まれた人間が、直感や感覚能力をフルに発揮した例だと考えてみたい。
アルファ碁は自己学習することで、感覚や直感をさらに高める事もできているようだ。人間もまだ全然十分には発揮できていない能力があるはずなので、これをキッカケに感覚や直感を再開発して欲しいしまた可能だとも思う。
但し、これは囲碁というゲームでの出来事である。無限に近いけれども有限でルールも決まっていて、究極的には定量可能な世界での出来事である。
もっと自由度の高い、例えば詩を書いたり音楽を作曲するといった芸術などの創造的な人間の営為ではまた話は別である。(と書きながら現代音楽のある種の動向を思い出してちょっと憂鬱になっているのだが、ここではその事はふれないでおこう。)
とにかく、アルファ碁には色々考えさせられるのである。
(念のためお断りしておきますが、私は囲碁でも人工知能でも完全など素人であって、色々推測で楽しんで書いているだけなので決して鵜呑みにしないでください。この後出てくるであろう専門家たちの意見を参照していただきたい。私もそういうものを読むのが楽しみです。)

さて、イ・セドルがアルファ碁に勝ったのを受けてあの柯潔はどう言ったのだろうか。
当初、アルファ碁はオレには勝てない、勝算が七八割と言っていたのが、第三局の後には勝率5%にまで下がってすっかりしおらしくなってしまっていたのだが。
「『アルファ碁』は私に挑戦する資格がまだない」
(人間対AI:世界ランク1位中国人棋士「私も勝つ自信が生まれた」 より)
勝率どころか、もう対局の相手にもならないってさ。何とも痛快な十八歳ではないか。

アルファ碁に勝った人間、イ・セドルと人工知能の未来

イ・セドルが勝った。前三局を見て、誰もがもう勝利を諦めかけていた。本人だって、もう勝てないと思っていたかもしれない。
しかし、本局も一度非勢に陥ったにもかかわらず、決して諦めずに渾身の勝負手でアルファ碁をあわてさせる事に成功したのである。追い込まれた状況の精神的プレッシャーを考えれば、本当にたいしたものである。
セドルは第一局で負けても、アルファ碁の開発者を素直に賞賛するなど、態度も一貫して立派である。対局姿勢も誠実で真摯で、今回ファンになった人間も多いのではないだろうか。
そのセドルについて、解説していた高尾紳路が次のように述べていたのがとても印象的だった。
「セドルさんは本当の天才です。十年前くらいにセドルさんが現れた時に何をしているのか全然よく分からなかった。今のAlphaGoのようでした。」
セドル勝ちが確定的になって、すっかり高尾も元気を取り戻していた。
「これ、井山さんならAlphaGoに勝てるんじゃないですかね。」
「アルファ碁に何か壮大な読みがあるのかと思っていたら、何にも読めていなかったです。」
まぁ、今までのアルファ碁があまりに強すぎたので、これくらいの軽口は許されるだろう。
さらに、あのコジュが、当初アルファ碁は俺に勝てない、勝算が60%か70%あると言っていたのが、第三局を見て勝算5%とすっかり元気をなくしていたのが、どの程度まで%が回復するのかも楽しみである。
アルファ碁は中央のゴチャゴチャした大きい石の読みに難点があるようだ。それは、採用しているモンテカルロ法自体の弱点だそうである。
結果的にソフトの打つ碁の内容の高度な素晴らしさも、人間の技術の高さと意地も見ることができて本当に良かった。

さて、ここで数日前の記事でアルファ碁の「直感」「感覚」について紹介したが、その点についてもう少しきちんと考えてみたい。
人間が将棋を実際に指す上で必要なのは「読み」と「感覚」である。
「読み」については、一手こう指し相手がこう指し自分がこう指し相手が…..ということ。これはコンピューターにそのまま理解させられる。▲7六歩△8四歩▲6八銀と符号にすればいいだけである。
問題は「感覚」をどう言語化してコンピューターに理解させるかである。人間は盤面を見ると直感的に何らかの手が浮かぶ。それはプロから私のような弱いアマチュアまで可能である。その精度が段違いに異なるだけで。
その際、人間は意識的あるいは無意識に色々考える。駒の損得はどうか、玉のかたさはどうか、駒の働きの効率はどうか、どれだけはやく相手玉に迫ってどれだけ自玉がもちそうか。それらをいちいち考えなくても将棋の経験を積んでいれば、盤面を見ればパッといくつかの候補手が浮かぶ。
その際それまでに経験を積んだ局面のパターン認識の記憶の蓄積を無意識に思い起こして、そこからうまくいきそうなパターンを直感的に判断するわけだ。
そういう直感作業をコンピューターはそのまま実行できないので、先に述べた判断基準を数値化して「評価関数」に置き換えるわけである。
その置き換えの過程で、人間の柔軟で細やかな思考直感作業の多くが失われるのはやむをえない。
単純化すれば、将棋のソフトは、そういう局面を評価する「感覚」の代替物としての「評価関数」、それと人間と同じ「読み」で成立している。

ところが、囲碁ソフトの場合は話が単純ではない。人間の方は「読み」と「感覚」で将棋と同じ。
しかし、まず「読み」の部分からして、囲碁は打つ手の組み合わせ数が膨大すぎて、具体的に読む探索方法では対応できない。
現在囲碁ソフトが用いている「モンテカルロ法」は、ある局面から終局まで適当に多数並べて勝つ確率が一番高いものを選ぶ。だから、そこにはある局面で勝つ確率が提示されるだけで、その後の具体的な読み筋はない。つまり、囲碁のソフトは人間のような「読み」なしでやっている事になる。(一応極端に単純化して考えると。)
一方、ディープラーニングは人間の神経ネットワークを模したシステムである。囲碁の場合だと盤面に白黒の石が配置されている図像をパターンとして、人間の神経が知覚するのと似たように把握する。
だから、将棋の「評価関数」と比べれば、人間が「感覚」で盤面を認識するのと一応は似ている。(実際には全然違うのだろうが。)
そしてプロ棋士の膨大な棋譜を学習して記憶してパターン認識として蓄積することで、ある盤面を見た場合、それらの膨大なパターンを照合してその中から一番良いものを選択するわけである。
それが、ハサビスがいう「棋士たちは、無意識的にパターンの照合を行っていて、ディープラーニングはそれをとてもうまくやるのです」という事だ。
それが、まるで人間が直感で手を選ぶかのようだという事である。
つまり、囲碁ソフトは、人間の「読み」はなくてそれをある瞬間の局面で勝つ確率で代替して、そのかわり「感覚」の方は、人間の神経ネットワークの知覚になるべく近い形で行っている。
こうして考えると将棋ソフトの方は、「読み」はそのままだし、「評価関数」が人間の「感覚」と別物だとしてもきちんと数値化していて、とても合理的なシステムである。「機械」らしい。
ところが、囲碁ソフトの方は、厳密な「読み」がない上に、ディープラーニングのニューラルネットワークによる画像認識で漠然としていてとても「感覚的」なわけである。
つまり、アルファ碁の場合は、極端に言えば、全然読まないで感覚直感だけで打っているとも言える。それで、あれだけ強いのは我々の常識的な考え方、感じ方からすると信じられないことなのである。
もっとも、「感覚」と言ってもディープラーニングのニューラルネットワークのそれはきちんと数値化定量化可能なもので、人間の本当の「感覚」とは異なる。擬似感覚とでも呼ぶべきだろうか。
あくまで、有限でルールも決まっていて計量可能な世界を、単純な機械の計算ではなく、神経システムの擬似感覚でなるべく精密かつ柔軟に捉えようとしているだけだ。
その辺りが、アルファ碁の人工知能としての限界なのかもしれない。
実際、その点について以下の記事で、アルファ碁のナローAIと汎用AIの違いの問題である。

囲碁の欧州王者に勝利した囲碁の欧州王者に勝利した「AlphaGo」に見るナローAIとグーグルのアプローチ

アルファ碁の囲碁に特化したナローAIは、本当に人間のような能力を持つかもしれない汎用AIとは全く異なるという事である。
そして、アルファ碁は「人間のような囲碁の着手」を可能にしたけれども、「人間が本当に自力で考えるように囲碁を打つ」わけではない。
それでも、今回のAlphaGoがなしとげた偉業は勿論評価されるべきである。また、実際にこのナローAIを他分野に応用して利用することも可能で、Googleもそもそもその事が目的なのである。
しかしながら、いくらナローAIが進化しても、少なくともホーキングが憂慮する人工知能が人類を支配する事態になる恐れは全くない。それは、汎用AIの方が本当に実用化されてしまった時の話だ。
井山裕太の七冠をかけた十段戦で、二十五世本因坊治勲が解説をして、人気女流の吉原由香里が聞き手だったのだが、治勲先生が人工知能についてこんな事を言っていた。
「人工知能が支配したら、私なんかコイツはいらないとすぐ排除されちゃうけれど、吉原さんなんかは大切にされる。人工知能にも感情があるからね。」
それはよかったね。いや、よくない。
ホーキング博士、人間にはこんな面白いジョークを言う能力がありますが、人工知能にはとても無理なんで、人類はまだまだ大丈夫です。
多分……

イ・セドルvsアルファ碁第三局など雑感

先ごろスティーヴン・ホーキング博士が、人工知能は人類の終焉を意味すると発言して話題になった。AlphaGoを見ていると、あながちそれが夢物語、あるいは悪夢とも思えなくなってくる。

と、大きく出てみたけれども、そろそろネタ切れなので今日は雑談です。

まず、昨日の第三局について。結果的には前二局以上にイ・セドルの完敗だった。
これは、AlphaGoが強い以外に心理的要因も大きいと思う。事前はなんとか勝てそうだと思っていたのに、去年の10月とは全く別物のマンスターが目の前に現れている。しかも、負けたらもうシリーズの勝敗は決する。こういう状況で、イ・セドルに平常心で打てというのは酷というものだろう。
将棋でもそうだが、相手が強いと思ったらますます勝てなくなる悪循環に陥るのだ。
解説陣も慎重だった。それはそうだろう、悪いと思った手がそうではないという繰り返しを見せつけられたのだから。多分本音では相変わらずAlphaGoはプロの目には色々筋悪だったはずである。一日で碁が急に変わるわけがないので。
将棋でも強い人が指す手は批判されない。羽生善治が放った一手は、それが弱いプロが指したら酷評されるような筋悪に見える手でも、何か深い意味があるはずだと尊重されるのだ。信用というやつである。
セドルも解説陣も最初からAlphaGoに負けている感じだった。
それでも、セドルはなんとか突破口を見出そうと、敢えて乱暴な手を打つなど色々試していたようである。
特に、事前から注目されていたコウへの対応について、やや乱れたという意見もあった。但し、本コウにはきちんと対応したし、もともとAlphaGoが勝勢だったので特に問題なく、モンテカルロ法特有の勝ちになるとゆるむクセが出ただけという見方もある。
しかし、第四局以降では、セドルはそういうところをついていくかもしれない。こういうのを、将棋の世界では(別にそれに限らないかもしれないが)、「アンチコンピューター戦略」と呼ぶ。まさか、セドルがそんな事まで試さないといけない羽目になると誰が予想しただろうか。
解説の高尾が、「普通に打つと相当勝てないです」とまで言っていたのが実情を全て物語っていた。

将棋の世界でプロがソフトと戦う場合には、事前にソフトを貸出して研究することが可能なケースが多い。しかし、セドルは10月の棋譜を見ただけで、AlphaGoは勿論他のソフトとも全く対局しなかったらしい。それもセドルにはとても不利に働いたと思う。少なくともモンテカルロ法のソフトの傾向だけでもつかんでいれば多少は驚きや違和感を減らせたかもしれない。だが、どうもその程度の対策ではどうにもならないレベルに既に達してしまっているような気もするが。

最近知った記事にちょつと気になる事が書かれていた。
<囲碁>「アルファ碁、李世ドルに完勝する…グーグルの人工知能誇示」(2)
「私たちが見逃している部分がある。昨年10月、欧州囲碁チャンピオンの樊麾(Fan Hui)二段との対局のためにアルファ碁に入力されたのはプロ棋士の棋譜ではなかった。グーグル・ディープマインドは欧州アマチュアトップレベルの16万回の対局から約3000万件の碁盤状況を抽出した。その後、アルファ碁が棋譜を模倣した後、強化学習を通じて自ら最善の手を探すようにした。そしてアルファ碁は樊麾二段に圧勝した」
−−プロ棋士の棋譜を入力すれば棋力がさらに高まるということか。
「そうだ。昨年10月以降、アルファ碁は最高レベルのプロ棋士の棋譜を基礎に学習をしているはずだ。今も休まず、眠ることもなく対局しながら学習している」
なんと10月の対局では、アマチュアの棋譜を使って学習していたというのだ。それでも中国棋士には勝ってしまった。そして、セドルは10月の棋譜を見て、これなら勝てそうだと対戦を受諾した。しかし、その後プロの棋譜を使った「本気」の学習が始まったということである。これにはちょっと驚いた。

それと、解説を聞いていて気になったのだが、AlphaGoはモンテカルロプラスディープラーニングに加えて、石の生き死に専用のプログラムも備えているという噂があるそうだ。
それは私も気になっていて、AlphaGoは基本原理以外は謎につつまれている。特に、感覚で打つ碁なので、ちゃんと読まないで大石が死んだりしないものかと思っていたのだが、その辺も特別に対応しているのかもしれない。もっとも、そういうもの一切なしで大石が死なずに打てているのなら、ますます感覚がすごすぎるということになるのだが。
それと、囲碁の場合チェスや将棋と違うのは、手が進行するにつれて確実に盤面が埋まっていって、手の組み合わせがどんどん減っていく。だから、終局に近づけば近づくほどソフトが強くなるのは当たり前だ。その場合、ある程度の局面から、チェスや将棋のように具体的な指し手を探索する手法も有効だと思うが、しかし今のAlphaGoを見ているとそんな事をする必要もなさそうである。

囲碁は最後の砦で難攻不落だと言われ続けたが、一度ソフトが追いつくとむしろ人間が勝ちにくくなるゲームだと思う。というのは、将棋のようにとにかく相手玉を詰ませば勝ちならば、極端な話自玉の周りが焦土になってひどい駒損でも、一筋の相手玉への詰み筋を見つければ勝てる。しかし、囲碁は陣地取りゲームなのでそういう劇的な勝ち方は難しい。しかも、レベルがあがれば上がるほどその傾向は強まるだろう。だから、力の差があるとますます勝てなくなるような気がする。

将棋の渡辺明がブログで、「囲碁のほうが指し手が広い分、ソフトの手に対する違和感が大きいんでしょう。」と述べていた。
もともと、将棋ソフトはかなり定跡を入れているものが多いので、途中まではそれらしく指せる。
AlphaGoが定石にどう対応して、どの程度データを入れているのかは不明だが、囲碁の布石は本当に自由だと聞く。だから、将棋ほどデータベースに依存していないだろうし、多分布石のはやい段階から自力で打っていると推測される。
だから、第二局のような中央重視の人間には打てない構想も可能なのだろう。
逆に言うと、将棋のように序盤の制限が大きくないので、ソフトが新たな布石の可能性を提示する可能性もあるのだと思う。
もっとも、それはチェス将棋式の指し手を読む方式では無理で、ニューラルネットワークを使用したディープラーニングで人間の感覚に近いものがないと無理だろうが。

今日はAlphaGoのナローAIと汎用AIの問題や、昨日大雑把に紹介したAlphaGoの打つ手の「感覚」の問題についてももう少しきちんと考えてみたいと思ったのだが、またしても既に雑談が長くなりすぎた。
そして、冒頭のホーキングを受けてのオチまで実は準備していたのだが、それも明日に回すことにします。何か新聞小説の予告みたいですみません。

AlphaGoというモンスター、あるいは天使

第二局の記事を書いた際に、AlphaGoが従来の人間の常識ではありえないような中央重視の厚い碁を打って、しかも勝ってしまったことを指摘した。その後、韓国のプロがその事を認めている記事を教えていただいた。
なぜAlphaGoにそういうことが可能なのか、その仕組みについて諸記事を参照しながら考えてみたい。

1. チェスの歴史

チェスでカスパロフがディープブルーに負けたのが、この種の歴史の発端である。
その際に、ディープブルーは、チェスの指し手の組み合わせをしらみつぶしに読む「全幅検索」と呼ばれる手法を採用していた。
そして、ディープブルーの巨大なマシーンで、いわば「力ずく」で様々な指し手を読んで、カスパロフを負かしてしまったのである。

2. 将棋の歴史

将棋はチェスより盤面が広くコマも多い。さらに取った駒を再利用できるので、指しての可能性が多くチェスよりも攻略が難しかった。
従って、全部をしらみつぶしに読む「全幅検索」ではなく、有効な手を深く読む「選択検索」という手法などを用いて強くなっていく。同時に、いくら読んでも局面を正しく評価できないと意味がないが、その「評価関数」を初期は人間が手動設定していた。
それを、Bonanzaを開発した保木邦仁が、プロの膨大な棋譜をコンピューターに学習させる「機械学習」によって飛躍的に局面の評価が正確にできるようになった。
保木Bonanzaは、パソコン一台で参加した世界コンピューター選手権で優勝する。
それがブレークスルーとなって、以降様々な改良が加えられてさらに飛躍的に強くなり、Ponanzaなど多くの強豪ソフトが現れ、現在はトッププロと少なくとも同等、あるいは既に越えてしまったと言われている。
ただ、将棋もチェス同様に、手の組み合わせを具体的になるべく多く読むのが基本的な手法である事には変わりがない。

3.囲碁のモンテカルロ木探索

囲碁は将棋よりもさらに盤面が広くて、手の組み合わせが多すぎるので、チェスや将棋のように手を具体的に読む手法では対応できないでいた。
そこに現れたのがモンテカルロ木探索である。具体的に手を読むのではなく、ある局面から適当に終局まで打つ作業を重ねて、その中から勝つ確率の高い手を採用するという手法である。
そんな方法で強くなれるのか直感的には不思議なのだが、今述べた原始的なモンテカルロに選択的に勝つ確率の高い手を多く並べるという手法などを採用し、その他にも様々な技術的改良を加えてかなり強くなった。
それでも、日本の囲碁プロ棋士に石を何目か置いて勝てるレベルで、プロに肩を並べるのは大変だと言われていた。
AlphaGoもこの手法を用いていて、そこにディープラーニングを加えたのである。

モンテカルロ木探索およびコンピューター囲碁の進歩について

さて、ようやくここからがAlphaGoの話である。

4.ニューラルネットワークによる深層学習(ディープラーニング)とは

AlphaGoが中国プロに勝ったニュースを聞いて、この事を調べだしたのだが、完全文系の私には「初歩的な」解説記事も難しかった。しかし、以下の記事は分かりやすい。

深層学習(ディープラーニング)を素人向けに解説(前編)―基礎となるニューラルネットワークについて
深層学習(ディープラーニング)を素人向けに解説(後編)―特徴選びの重要性、機械はどうやって物事を理解するのか?
人の神経を模したネットワーク構造である「ニューラルネットワーク」を用いて、コンピューターがなるべく自力で学んで判断するという事である。
初歩的な例としては、図像を見てそれがなんという動物なのかを自分で学んで判断するなど。

5.ディープラーニングの特徴

囲碁でAIに負ける人類 生き残りの道は

この記事で、囲碁に具体的に関連させてディープラーニングの特徴が分かりやすく説明されている。
 しかし、もしディープラーニングで囲碁に関して十分な棋力が得られるとすると、知性とは本質的には論理性とは無関係であることが想像できます。
 なぜならディープラーニングそのものは一切の論理性を獲得しないからです。
 ディープニューラルネットワークが学習によって獲得するのは、あくまでも特徴量です。
 特徴量というのは、要するに囲碁なら盤面を見て「どの盤面をどのように感じ取ればいいか」という感覚です。
(中略)やはりここには一切の論理性や確たる根拠はなく、「なんとなくこうすると良さそうな気がするから」そこに石を打つ、ということになります。
ディープラーニングは、人間がしている手を論理的に具体的に読んで判断する方法とは全く異なって、感覚的直感的に判断するという事である。これが、チェスや将棋のソフトの方法とは一番異なるところだと思う。
しかし、人間のプロの囲碁の「感覚」というのは、言うまでもなく大変洗練された高度なものなので、果たしてこういうディープラーニングで正しい感覚が獲得できるのか、素朴には疑問に思ってしまうところだろう。
チェスや将棋でコンピューターがたくさん読むことで人間を凌駕するのは簡単に理解できる。しかし、このようなやり方で本当に人間の感覚に並べるのかと思ってしまうのだ。

6.AlphaGoのディープラーニング

「囲碁の謎」を解いたグーグルの超知能は、人工知能の進化を10年早めた
「棋士たちは、無意識的にパターンの照合を行っています」とハサビスは説明する。「ディープラーニングはそれをとてもうまくやるのです」
つまり、チェスや将棋のソフトのように多くの手を具体的に読んでその中から優劣を決めるのではなく、まるで人間の囲碁棋士が盤面を見て直感で手を選ぶように、それまでの経験を無意識に照合して感覚的に手を選ぶというのである。
ハサビスは簡単に言ってのけているが、コンピューターにこのような事が可能なのは本当に驚きである。
チェスや将棋でコンピューターが物量的にたくさん読むのはこれは仕方ない。しかし、感覚の部分でも人間のような事ができるというのだから。
しかし、イ・セドルとの対局をみるとそれが出来ているのはほぼ間違いない。

7.AlphaGoの自己学習

もう一点、重要なのはAlhaGoが、自力で強くなり自分の戦略を見出しているらしいと言うことである。
「AlphaGoは自分と同じニューラルネットワークと何百万回もの試合をすることで、自らが使う戦略を発見することを学びました。そしてだんだんと上達しています」。ディープマインドの研究者デビッド・シルヴァーはこう話す。
同上記事より
まず、最初にプロの囲碁棋士の膨大な棋譜をAlphaGoに学ばせて、57パーセントの確率で人間の次の手を予測することを可能にした。
それだけでも大した成果だが、それならばあくまで人間のプロ棋士の枠内におさまる話である。
しかし、AlphaGoは自分と少しだけ違う自身と膨大な対局を重ねることで、ミスを減らすだけでなく、自分で新たな戦略も見つけているというのだ。
当初これを読んだ際に、私はさすがにこれには懐疑的だった。あくまでプロ棋士の棋譜がベースなのだから、多少は違っても人間にはない戦略を自力で見出すのはさすがに無理なのではないかと。
しかし、第二局を見てもしかするとこれも本当なのかもしれないと考え始めているのである。

なお、AlphaGoは、二種類のディープラーニングのニューラルネットワークを用いるなど、物理的にも大変なハードを用いている。とても個人では無理でグーグルだから出来ることだ。
ただ、そういう膨大なハードを用いながら目指しているのは、人間の感覚に近いあるいは新たな感覚の着手を可能にすることである。言うまでもないが、膨大なハードを使うだけでは囲碁の攻略など不可能である。

8.AlphaGoの中央志向の厚みの独創的な碁
<囲碁:人間vs人工知能>神秘の領域、中央の「厚み」・・・アルファ碁は計算した
アルファ碁が5000年間続いてきた囲碁の原理を根本から書き換えつつある。核心は中央攻略だ。かつて人間が「厚み」と命名して神秘の領域として残してきた空間を、アルファ碁はついに精密な計算力で征服し遂げている。
最後に以上を踏まえたうえでイ・セドルとの対局について少し具体的に考察してみる。
第二局もプロにとっては違和感の大きい手が多かったようだ。そして、あまりにも中央に手厚すぎて普通なら簡単に破綻してしまいそうな碁だった。
ところが、局後にプロがよく検討してみると、そういう打ち方でもちゃんとバランスが保たれていたというのだ。
人間には計算しきれない中央の厚みをまるでAlpha碁は計算できていたかのようだという述べ方がされている。
しかし、今日の記事を最初からつきあってくださった方はお分かりだろうが、AlphaGoは厳密には計算していない。そうではなくて、経験から直感的に正しいという手を感覚的に選択しているのだ。
つまり、こうは言えないだろうか。人間の場合、中央に厚く打ちたくても地の確保が心配で打てない。しかし、AlphaGoは、自身の感覚を信じきって恐れず中央に手厚く打つ勇気がある。そして、それは計算ではない。
だから、AlphaGoは人間の感覚を極限まで研ぎ澄ました形で発揮して、人間の先入観や恐れを克服してくれる存在なのかもしれない。
AlphaGoは、その強さでは人間にとってモンスターだけれども、その囲碁の内容は人間に素晴らしい示唆を与えてくれる天使なのかもしれない。

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第二局もAlphaGoが勝った。イ・セドルは完敗を認めた。
「言葉がない。私の完敗だったことを認める」と語り、10日のアルファ碁には「弱点がなかった」と付け加えた。
 先だって李氏は、AIに対して自らの「大勝」を予見していた。だが対局後、李氏は青ざめた顔で「アルファ碁は今日、ほぼ完ぺきな囲碁を打った。(中略)全力を尽くして、少なくとも1勝はしたい」と述べた。
(グーグル開発のAI、囲碁第2局も勝利 トップ棋士との対局で より)
序盤で独創的な手をAlphaGoが放つたようである。
プロの囲碁棋士で解説者の金成龍(Kim Seong-Ryong)氏によると、李氏はアルファ碁が序盤で「衝撃的なまでに型破りな」手を何度か打ったところで、苦戦し始めたようだったという。
(同上より)
昨日も中継を見ていたのだが、イ・セドルが4線に打った白石に対して、AlphaGoが5線にカタツキしたのが独創的だったようである。
解説のマイケル・レドモンドが「タケミヤ・スタイル」と表現していた。
碁には隅をかたく打ってまず地を確保する打ち方と、中央志向で手厚く大きく展開する打ち方の二通りがあるようだ。武宮正樹が後者の代表格で「宇宙流」とも呼ばれている。ただ、その打ち方だと地(キャッシュ)を確保しないので、まとめるのが大変なわけである。
そういう打ち方をAphaGoはしたようだ。そもそも、モンテカルロ法を使用しているソフトはそういう打ち方になりやすいらしい。今までのソフトだとその打ち方だと強い相手(プロでなくてもアマでも)にはまとめられずに負けてしまっていたようだ。しかし、AlphaGoにはそれだけの力があるようなのである。
将棋の世界で言うと、現代将棋は玉のかたさを重視する。居飛車穴熊がその典型で、多少悪くても玉のかたさをいかして「居飛穴の暴力」で勝ってしまう。それに対して、例えば武宮と同じように独創的な将棋を指す佐藤康光などは、穴熊に対して広く堂々と構えて戦ったりするのだが、勝つこともあれば、網の目が破れて負けてしまうこともあるという感じである。やはり玉がかたい方が実戦的には勝ちやすいのである。
囲碁の事はよく分からないが、恐らく地の確保を優先するのが現代的な合理的なスタイルなのだろう。武宮流はロマンがあるが勝つのは大変なはずだ。
ところが、AlphaGoがそういう人間がなかなか打ちこなせないような碁を志向しているようなのである。しかも、イ・セドルに完勝してしまったわけだ。
つまり、AlphaGoは単に強いだけでなく、囲碁の打ち方のスタイルの可能性を広げて技術向上に貢献する可能性もあるのだ。将棋の世界にも強いソフトはたくさんあるが、そういう意味での可能性まで感じさせるものはないような気がする。
AlhaGoがそういう打ち方をする原因は、先述したモンテカルロ法以外に、ニューラルネットのディープラーニングを用いている事にあるのだと思う。Alpha碁の仕組みや特性についてはまた回を改めて考えたいと思っているが、結論だけ言うと人間の無意識の直感に似たような指し手選択をする仕組みになっていて感覚重視で、合理的な読み重視ではないようなのだ。その結果、地を重視するのでなく、中央志向の厚み重視になっているのが大変興味深い。
囲碁プレミアムの解説は高尾紳路だった。言うまでもなく現在の日本のトップクラスの現役バリバリである。
高尾はわりと率直にAlphaGoの打ち手に対して感想を述べていた。やはり、人間の感覚とは相当ずれているらしい。イ・セドルの打ち方が人間からみると素晴らしいのに対して、
AlhaGoの着手は、感覚的にはよくないように見える、あるいは「筋が悪い」ようなのである。ところが、進んでみるとそういう手が決して悪い手ではないことが分かってくる。
第一局同様に、やはり人間の感覚だとイ・セドルがかなり優勢にみえたようだ。高尾以外のプロもそう見ていたようである。
しかし、高尾が具体的に地を計算してみると、「意外に黒の地が多いですね」ということになった。中央志向なので確定地は少ないが、実際には難しい。高尾も驚いていた。
さらに、終盤のヨセに向かうにつれて、ますますAlphaGoが冴えてくる。相変わらず人間の高尾の感覚だと違和感があるようだが、やはり手が進むと感心させられてしまう。
例えば、イ・セドルが下辺を攻めたあたりでは、それがとても大きくて、中央の白が死ななければもうセドルの勝ちだと高尾は述べていた。
ところが、Alpha碁は悪いと思っていないようで、悠々と落ち着いて打ち続ける。そしてかなり進んでから、高尾が「こうなると下辺の白はそんなに得になっていませんね。細かい碁です。」、と言い出すのだ。
さらに進むと、実は黒が盤面で10目くらい勝っていることが判明する。イ・セドルが小刻みに指を動かして地を計算して、「いゃぁ」という感じで頭を抱える。
AlphGoの打ち手に高尾が、「これはやっちゃったのではないですか」と述べる。人間だと普通打たない手である。ところが進むと立派な手だったことが分かる。高尾は弱いプロではなく日本や世界のトップレベルなのである。
最後は、AlphaGoがゆるんだ部分もあったようだが、それもモンテカルロ法を採用しているソフトの特性で、わざとゆるめてギリギリでも確実に勝つクセがあるそうだ。勿論意図してではないが、人間にとってはなめられたようでたまったものではないだろう。
終わってみればAlphaGoの完勝である。第一局以上に強さを感じさせた。囲碁のプロ棋士たちも認めていたが、既に人間を超えてしまっているのかもしれない。
まるで、イ・セドルがAlhaGoの「お釈迦様の手の上で踊らされている孫悟空」のようにも感じてしまった。

イ・セドルとAlpha Goの五番勝負第一局雑感

昨日は歴史的な勝利をAlpha Goがあげた。勝っただけでも大変なことなのに、しかもその内容が囲碁関係者にとって衝撃的だったようである。
(お断りしておくが、私は将棋ファンで囲碁はルールに毛の生えた程度しか知らないので、以下の記述は昨日のゲームの囲碁棋士などの発言を参照してそれを以下にまとめただけなので正確でない部分もあるかもしれない。)
イ・セドルはそもそも序盤から戦う棋風だそうである。なおかつ、Alpha Goのニューラルネットワークを使用するディープ・ラーニングというのは、原理上「読んで打つ」というより、「感覚で打つ」方式である。
だから、最初から戦うのが有効なのではないかとも指摘されていた。まして、腕力抜群とされるイ・セドルなのである。
実際、イ・セドルは最初から激しい戦いを挑んでいった。しかも、7手目に珍しい手を打って、コンピューターのデータベースに対する対策も行った。
序盤から大石の生き死に関係する緊迫した碁になったようだが、とにかく大石を死なさずにAlpha Goは乗りきった。
しかし、観戦していたプロ棋士は、形勢としては黒のイ・セドルが良いということで一致していて、黒勝ちを断言する棋士もいた。
ところが、Alpha Goが右辺に白石を打ち込んで状況が変化する。
私は二十四世本因坊秀芳(石田芳夫さん)の解説を観ていたのだが、この手には驚いていた。石田もやはり黒よしと見ていて、この手は形勢不利とみたAlpha Goの勝負手ではないかと解説していた。
さらに、その次のAlpha Goの手を見て、これでは多分白がダメでしょうと。どうもプロの感覚直感だと無理気味のようである。
しかし、その後に石田がよく検討してみると、「油断ならない」という結論になっていた。
こういうのは将棋ソフトとプロ棋士の対局でもよくある。ソフトが人間では考えられない手を指して、皆驚いてこんな手はありえないでしょうと言うのだが、よく調べてみると実は良い手だと判明する。
この辺りの変化は大変難しいそうで、現時点ではイ・セドルが間違えたのか、あるいはそもそもAlpha Goの手が成立していたのかは分からない。
しかし、とにかくこの後Alpha Goが良くなって、ヨセも完璧だったようで、結果はAlpha Goの中押し勝ちになった。
石田が「ダメだ、白勝っちゃった」と終局間際につぶやいたのが印象的だった。
衝撃的なAlpha Goの勝利。しかし、それだけでは話は終わらない。終局後のインタビューでイ・セドルが次のような事を述べている。
「私が本当に最初のところで犯したミスが、本当の最後のところまで響きました。」
「Alpha Goの序盤の戦略は素晴らしく、また人間が決して打たないようなありえない手に驚愕しました。」
そしてAlpha Goを素直に称えたそうである。イ・セドルの態度はとても立派だった。
(BBC Google’s AI beats world Go champion in first of five matchesより)
つまり、セドル自身は周囲の評価とは異なって序盤からAlpha Goにうまくやられたと考えていたようなのである。
それを裏付けるプロ棋士の発言もある。
・イさんは7手目で珍しい手を打った。AlphaGoが学習していることを外そうとしている意図がみえた。対してAlpha Goは10手目が珍しかった。振り返ると、この7手目と10手目の組み合わせがAlphaGoにとって悪くなかった。(大橋6段)
(「人間の常識と違っていた」人工知能 vs プロ棋士 観戦したプロはこう見た より)
実は序盤からAlpha Goがプロが感心するような手を打ったらしい。将棋だと、本当の序盤では強いソフトもそういう手はあまり指せないので驚きである。
また、形勢判断についてもトップ囲碁棋士の高尾紳路九段がご自身のブログで次のように述べている。
AlphaGoに悪そうな手が多かったので、李世ドル九段が優勢に見えましたが、実はそうでもなかった。
「悪そうな手」でも、「悪い手」ではないんですね。
その影響からか、李世ドル九段が形勢を楽観していたようにも見えます。
(たかお日記 AlphaGo先勝 より)
人間の直感的感覚的評価とは異なって、実は形勢は難しく、またAlphaGoは悪手に見えて進むと有効と分かる手が多かったということのようである。
この辺は将棋に照らしてもよく理解できる。人間的にはありえない手でも進行するとなかなかの手だと判明したり、あるいは人間が考えるほど形勢が離れていなかったり。
つまり、AlphaGoは、従来ソフトの弱点のはずの序盤からセンスがあり、戦う碁にも対応でき、プロがある程度進んでから理解できるように好手を打ち、形勢判断でも人間のプロより正確という事になる。
勿論、以上は第一局に限っての話である。一局だけで判断してしまうのは早計だろう。ソフトというのは負けるときにはひどい負け方も平気でする。
しかし、本局でAlphaGoのよい面が全て出たとしても、それだけのポテンシャルがあるのは間違いない。そういう意味で碁の内容でも歴史的な一局だったのかもしれない。
第二局以降は、イ・セドルの巻き返しを期待したいものである。
これを受けて、現在世界最強とされる中国の柯潔(コジェ)九段が、「AlphaGoは李世ドルに勝っても、僕には勝てない」と発言したそうである。腕も口も達者ななかなか魅力的な十八歳である。
しかし、その強気な柯潔も同時にこう述べているそうである。
「オファーがあればAlphaGoと対戦したい。勝算は6割」
(「AlphaGoは李世ドルに勝っても、僕には勝てない」 世界最強の囲碁棋士(18歳)がコメント より)
強気一辺倒の柯潔が「六割」と言っている所を見ると、今回のAlphaGoを観て相当強いと感じたのは明らかである。少なくとも、柯潔はイ・セドルに対してはもっと強気な発言をして、しかも結果も残しているのだ。
本日も続けて第二局が行われる。

(今回の結果を受けて、AlphGo自体についても書きたかったのだが、長くなったのでまた回を改めて。)

李世ドル九段とAlphaGoの五番勝負関連つぶやき、記事リンク等

李世ドル九段とAlphaGoの五番勝負が本日の午後に始まります。
中継予定は以下の通り
囲碁プレミアム
パンダネット
日本棋院 幽玄の間
Match 1 - Google DeepMind Challenge Match: Lee Sedol vs AlphaGo

この件については、私も大変興味があってツイッターで適宜ゆるい感じで呟いてきたのですが、正直まだ色々よく分かっていません。以下に関連記事へのリンクを中心にここに再掲するので、興味がある記事があったらリンク先でご覧ください。
なお、この件に関してはツイッターで @BigHopeClasic さんというアカウントの方から色々教えていただいています。ここでは他人のツイートを勝手に載せられないので省きますが、興味がある方はそちらのツイートもご確認ください。


































































(それ以外の関連記事)

【AlphaGo】自ら囲碁を悟った人工知能'AlphaGo'
韓国囲碁棋士のAlphaGo評価が色々述べられている。

囲碁 進化するソフトに注目
AlphaGoについての井山さんの感想等

田中魁秀九段の会心譜

順位戦も大詰めをむかえていて、各クラスの昇級者が次々に決まっている。やはり、若手の有望格が多い。一部では、
「今年はイケ面しか昇級できない。中村太地、斎藤
………….、そして三浦」
というジョークがささやかれている。いや、ジョークとか言ってはいかんのだな、これが。
それはともかくとして、基本的にはやはり若手が優勢なのだが、順位の隠れた見所はベテラン勢の頑張りである。
順位戦はなにしろ棋士の生活がかかっている。みんな必死である。また、持ち時間も長くて先後も事前に決まっているので対策も立てやすい。
そして、ベテランが根性のすわった将棋を指して、本来の実力を発揮して伸び盛りの若手を負かしてしまう光景が今まで何度となく繰り返されてきたのである。あの羽生善治でも若い頃に順位戦では痛い目にあった。
今期もC1のラス前で全勝で突っ走っていた斎藤慎太郎が富岡英作に止められ、昇級争いをしていた佐々木勇気も平藤眞吾に討ち取られて脱落した。B2でも昇級をかけた糸谷哲郎が中田宏樹に完敗した。(B2はまだ最終局が残っている。)
今あげたベテラン棋士の方々は本来大変な実力者なので、この程度で驚いては失礼にあたるのだけれども、それでも若手の勢いを勘案すると、やはり流石としか言いようがない。
この順位戦におけるベテランの踏ん張りは、将棋界のよき伝統の一つなのではないだろうか。
 
さて、今回そういう意味で紹介したいのは田中魁秀九段の将棋である。田中先生は、残念ながら昨年末に引退された。弟子に佐藤康光、福崎文吾、長沼洋、阿部隆、小林裕士らを輩出した名伯楽である。その田中九段には順位戦で忘れられない将棋があるのだ。
第69期C級1組8回戦、広瀬章人当時王位はそこまで全勝で突っ走っていた。タイトルも獲得して、それはもう日の出の勢いである。
当初からその驚異の終盤力は他のプロ全員に恐れられていた。
先手田中で後手広瀬が向い飛車から角交換へ。田中はベテランらしく自在な駒組で、守りの金銀を伸び伸びと上部へ繰り出してゆく。狙いは端攻めからの飛車の9筋への転換だ。
その構想が実って、田中は9三に飛車を成りこむ事に成功する。ベテランならではの構想力でうまくやった。
しかし、そこから勝つのが将棋は大変である。
まして相手は終盤の鬼の広瀬。こういうところからベテランが誤魔化されてしまうことも多い。
しかし、この日の田中は終盤も冴えわたっていた。広瀬もうまく受けて先手もどうするか難しいと言われていたところで、▲9三角の鬼手。これで先手がよくなったそうで、その後も全く間違えることなく見事に広瀬玉をよせきった。広瀬は対局後に「▲9三角が見えていませんでした。」と述べる。あの広瀬に終盤で読み勝ったのである。
名人戦棋譜速報の掲示板には、終局後の田中が会心の笑みを浮かべる写真が掲載されていた。
田中先生はベテランになられてからもとてもお強い先生だった。本当にお疲れ様でした。

(名人戦棋譜速報に加入されている方は、
 こちらでその将棋の棋譜を、
 こちらで田中先生の会心の笑みをご覧になれます。)

一分切れ負け真剣勝負!

昨日のNHKの将棋フォーカスで山崎隆之と中村太地の一分切れ負け将棋があった。山崎は現在この企画で四連勝中。しかし、正月特番では中村が山崎を10分切れ負けで破っている。山崎はこういう将棋にかなり自信を持っているようで、ショックがありありだった。
というわけで、フォーカスのキャスター対決と相成ったわけである。注目の東西王子の対決。
ところで、見ていてフト思ったんですが、たいち先生、カメラの角度によってはMr.ビーンのローワン・アトキンソンにちょっと似ていませんか?
えっ、全然似ていない?本当にすみません。たいちさんのモテモテぶりに私が嫉妬しているだけなんです。もういっそ殴ってくれ。

それはともかくとして、ものすごい勢いで指し手が進んでゆく。それはプロってさすがだなぁと感心していた瞬間の出来事であった。
山崎▲7七桂に対して、中村即座に△4二金。
あれっ….でも後手は8五に飛車がいるじゃん!
すかさず山崎飛車をただ取り。The end.
その瞬間に中村は「やっちゃった」と苦笑い。山崎もそれにつられて笑ってしまっていた。でも、その間も指し手は止まらない。さすがプロである。(あまりフォローになっていない。
終局後。
中村天をあおぐ。「ちょっと恥ずかしい」と笑いながらうつむく。
山崎、ヤンチャな笑顔で、「飛車をタダで取ったのプロになって初めてだわぁ。」
情け容赦ない。でも、下手に慰めるよりこの方がよいという山崎なりの思いやりなのである、多分?
さらに番組最後のインタビューで、山崎
「10分切れ負けですごく強かったんで、あれっ、同じ人物なのかなぁと思いました。」
やっぱり思いやりなんかじゃなくて単なるヒドい奴なのかもしれない。
いえ、そんな事全然ない?そうです、山崎があまりにモテモテなんで私が嫉妬しているだけ(以下同文
それでも、中村怒りもせずに笑って、
「駒の動かし方から勉強し直します。」
師匠の米長邦雄ゆずりの「さわやか流」を最後の最後まで貫いていたのであった。
ちなみに、中村は放映前日の自身のツイッターで、こういう内容なのに「番組必見です」と告知していたらしい。
やはり、師匠ゆずりの器の大きさなのである。
(別に私は失言を取り戻そうと必死なわけではありません、念のため。

都成竜馬、井出隼平両名が新四段に

都成竜馬新四段の方は、前回既に昇段を決めていた。残念ながら最終節は連敗。師匠の谷川浩司が、「そういう勝負に甘いところは師匠を見習わなくてもいいですから、フフッ」と言ったかどうかは定かではない。
新人王戦でも優勝した実力者だが、三段リーグでは散々苦労した末のプロ入りである。同じ26歳には糸谷哲郎がいる。豊島将之に至っては一つ下の25歳。こういう苦労人の昇段は、将棋ファンならだれしも嬉しい。谷川会長もさぞホッとされている事だろう。
と同時に、私自身が初めてイケメン度で負けるかもしれないと思うプロ棋士が誕生したことにもなる。
(おあとがよろしいようで….)

もう一人の昇段者は井出隼平。なんと、昇段確率が0.6%だったそうである。上位がバタバタ負けて昇段がころがりこんできた。しかも、今回の三段リーグは三連敗スタートだった。本人のインタビューを見ても、昇段をあまり意識せず、無欲の勝利だったようである。
田丸昇門下で、兄弟子には櫛田陽一がいる。モバイルのインタビューで井出は次のように述べている。
「できれば、穴熊に組ませて勝つ四間飛車党になりたいです。」
まず、今時四間飛車党自体珍しい。若手の振り飛車党もどんどん居飛車に転向したり主力戦法にしてしまっている。
しかも、「穴熊に組ませて」勝ちたいそうである。居飛車穴熊に対して、四間飛車側の対策としては藤井システムが有名だ。しかし、あれは振り飛車側も居玉のまま穴熊に十分囲わせないで攻めてしまおうという発想である。
それだけ居飛車穴熊というのは脅威なのだ。「居飛穴の暴力」などともよく言われる。玉のかたさにまかせて暴れて勝ってしまう。
しかし、そうした風潮にプロ棋士でほとんど唯一反発していた四間飛車党が櫛田陽一である。居飛車に自由に穴熊に囲わせても指せるという信念の持ち主だった。
実際、櫛田が居飛穴を何度も退治するのを目撃している。芸術的だった。残念ながら既に引退してしまったが。
振り飛車党にとっては、自由に居飛穴に囲わせてしまった上で退治するのが夢なのである。
そして、櫛田の後継者として弟弟子の井出が登場する。将棋も大変楽しみなのである。

加藤一二三九段いまだ闘志衰えず

既に対局は終わってしまっている。しかし、加藤一二三は鬼の形相であたかもまだ対局をつづけているかのようだ。顔を紅潮させ、悔しさをあらわにして盤面を睨みつけている。
昨日の順位戦の終局直後の写真が名人戦棋譜速報にアップされていた。
普通ならあれだけの大ベテランなのだから、もう終局後は淡々としていてもおかしくない。まして、長丁場の順位戦なのだから、疲労も大変なもののはずである。しかし、加藤は対局を終えてもまだ勝負へのこだわりを捨てていない。なんという七十六歳だろう。
あの写真にひどく胸打たれたのは、おそらく私だけではないはずだ。
昨日は加藤の気合に押されたのか?、加藤の脇息がこわれてしまうハプニングもあったようである。
そして、昼食はうな重の竹、夕食はうな重の松である。昼食を少しだけ減らした以外は昔と変わりない。
棋譜中継では、「加藤はゴミ箱にホットミルクティーとリンゴジュースのペットボトルを捨てた。」という描写もあった。
相変わらずよく食べ飲み、そして全身全霊をこめて考えていたようだ。
六時間の持ち時間のうち、加藤は五時間五十八分を使いきっていた。
年齢の事を考えたら、もうこれらのことだけでも十分超人である。頭が下がる。
しかし、それだけでは満足しないのが加藤である。
いまだ闘志衰えず、加藤一二三、七十六歳。
羽生善治と加藤一二三の将棋を同時代で体感できているのが、一将棋ファンの私にとって最大の幸せである。

加藤は最近精力的に著作活動も続けている。なかでも、やはり「加藤一二三名局集」はファン必読だろう。
しかも、加藤の場合、収録局を全編書き下ろしているのである。
加藤にとって歴史的な将棋は網羅されているが、例えばA級順位戦で羽生当時四冠に勝った将棋、同じくA級順位戦で順位戦の先手番で圧倒的な強さを誇る森内俊之を後手番で負かした将棋なども収録されている。新しい将棋ファンには是非とも加藤のそういう将棋を見ていただきたいと思う。


(名人戦棋譜速報に加入されている方は、以下の掲示板のページで加藤先生の終局後の姿をご覧になれます。
加藤先生の終局後写真l)

山崎隆之叡王のこと

なぜか糸谷哲郎がマリオゲームをやらされている。いきなりリモコンを渡されてしまったようで操作方法が分かっていないようだ。
うまくジャンプができないで、同じ時点で低空ジャンプを繰り返してしまって、ちっとも前に進めやしない。
糸谷「これどうすればいいのか分かってないんですが。」
山崎隆之「いや、Aボタンを押せばいいんだよ。」
それでも糸谷は低空ジャンプを繰り返してしまう。
糸谷「どうもやっぱりやり方が分かりません。」
山崎「いやだからAボタンを強く押してさ…」
まるでバラエティ番組に出演した若手お笑いコンビのようなやり取りを聞きながら、こっちはゲラゲラ笑っていた。
山崎隆之の叡王戦優勝を記念して行われたニコニコの特番のひとコマである。いやはや、今や将棋のプロ棋士にとっても大変な時代である。しかし、山崎と糸谷は、ごくごく自然に対応してみせていた。この二人、本当にM1にも出させてみたいくらいだし、相性が良さそうである。

山崎隆之という棋士はなぜかとっても気になって仕方ない存在である。将棋の才能は誰にも認められている。NHK杯で羽生善治を負かして優勝したし、将棋自体も自由奔放でオリジナルな天上天下唯我独尊のスタイルで観ていて楽しい。研究主体で玉をかためる現代的な将棋スタイルとは真逆をつき進んでいる。
でも、今ひとつ壁を破れないでいる。今回の叡王戦で久々に注目を浴びた。
人間的にもいい意味で全然優等生ではない。永遠の反逆児、将棋界のジェームス・ディーンなのである。
この番組でも、「なぜ四段(プロ)になれたのか、自分でもよく分かっていない」とか言い放っていた。
あるいは、「こんな将棋じゃ、勝てないと思っていたら実際に勝てなくなった。」こともなげに言うのだ。
そして、とんでもない正直者である。自分が西の王子と呼ぼれていた事についても、「将棋界でイケ面と言われている人たちなんて、私を含めて世間一般から見ればどうっていうことはなくて、あれはつくられたイケ面にすぎないですよ」と。
なんという客観的分析能力というべきか、すべての虚飾をぶちこわさずにはいれない性格というべきか。
模範優等生の多い若手(とはもう山崎も言えないかもしれないけれども)の中にあって異彩を放っている。そのヤンチャなある種無頼的なキャラクターが古い将棋ファンにとっては懐かしいのである。
番組の中で山崎の本当に若い頃の対局姿の写真が紹介されていた。ものすごくギラギラした野良犬のような目をしていた。我々素人が憧れる本物の勝負師の目。
実際若い頃はとても尖っていたようである。番組にも出演していた師匠の森信雄もちょっともてあまし気味だったそうだ。
それが神戸の大震災の際に、山崎が自分の奨励会のことしか考えてなくて(森門下の奨励会が亡くなっている)、師匠の森にひどく叱られたそうである。
それ以来山崎は変わったという。師匠の森も最初は演技しているだけだと思っていたと、番組で冗談半分に語っていたが、それが続いて師匠も本物だと認めたそうである。今は師弟で楽しく話をかわす間柄だとのこと。
山崎の魅力というのは、とても奔放で場合によっては毒舌で傍若無人でありながら、一方でとても真摯で自分のエゴだけではない人間性の幅の広さである。糸谷も番組で「山崎さんは後輩の面倒見がよくて、とても心配りのできる理想的な先輩です」と述べていた。それに対して、山崎は、「普段そんな事を言われたことがない、番組用の仕方なくのコメントですね」と。無類のテレ屋でもある。
鋭さとおおらかさ、激しさと優しさ、毒舌と思いやりが自然な形で同居しているのが山崎の魅力である。もっともこんな事を言われても、絶対テレて否定するに違いないが。

山崎は結婚する前に彼女とデートする事になった。しかし、山崎はあまりデート経験がない。そこで、白羽の矢を立てられたのが糸谷である。
糸谷は親切にも山崎につきあって実際にデートの予行演習を行ったという。
動物園に行ったり、現代美術館に赴いたり、ここの紅茶がおいしいとか実際に色々二人で巡ったそうである。
ところが実際には、彼女は動物が苦手、体育会系で美術館には興味なし、しかも紅茶ではなくコーヒー派で全てムダになってしまった。結局、山崎は彼女のプランに全て従ったそうである。
糸谷「違うところの研究が不足していまして….」
それは残念だったねとしか言いようがないのである。
でも、この二人仲が良すぎる。叡王戦で山崎が勝った際にも、深夜に二人で寿司をつまんだりしたそうな。

「仲良きことは美しき哉」(武者小路実篤)
コメントを承認制にさせていただいています。反映まで時間がかかりますが、お気軽にどうぞ。
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