昨日のボナンザ記事、結構自信満々でネットにのせてしまったが、後から自分の書いたことがアナだらけなことにどんどん気づきつつある。コンピューター将棋ビギナーだから、内容があの程度なのは仕方ないとして、やはりよく分からないことが多すぎる。そもそもこの種の問題については、もっと良く調べて書かないとだめなのだ。やっと、その当たり前の事実に気づいた。遅すぎる。次に書くときはそうする。もっとも、「ものぐさ」だから未来永劫出来ないかもしれない。
それと、あたかも自分の意見のように書いてしまったが、実は他人の受け売りそのままに近い部分も結構ある。「詰将棋メモ」「最強のフリーソフト、ボナンザ」に全部リンクされているのだが、一応その中から参考にした記事を紹介しておく。

「じょいじょいのひとりよがり」「コンピューター将棋の今」
「見えない道場本舗」「よく分からなくても楽しめる「人間vsコンピューター」将棋対決の感想戦」
「FPGAで将棋プログラムを作ってみる゛フログ」「渡辺竜王―Bonanza線を見て。必死検索は難しいのか?」
「IHARA note」「専門外の人から見るBonnanza」

それと、自分が例のBS特番を見て書いた感想、見ただけで書いているので基本的に「分かってない」部分が多いのだが、昨日書いたことの補足になる部分があるので図々しくあげておく。「NHK BS11「運命の一手 渡辺竜王VS人工知能・ボナンザ」を見て」

さてと、それでは昨日書いたことに対する多少の「自己ツッコミ」を。
終盤の「何手すき」と「詰めろの連続」について。昨日、コンピューターは苦手そうだと書いたが、もしソフト作成者がしっかり理解さえしていれば、直線的な形地の「何手すき」「詰めろの連続」ぐらいは、いくらなんでもコンピューターに理解させられそうな気がする。
問題があるとしたら、そういう「直線的」な設定では実戦的にはほとんど役に立たないことだ。つまり、そういう直線的な「何手すき」の勝負にならないようにするのが将棋の技術なのだから。むしろ「直線的」な理解は有害なことが多いだろう。だから、全ての曲線的な可能性を含めて「何手すき」を読まさなければいけないのだが、無論現在のレベルでは恐らく不可能なのだと思う。そんなことをするヒマがあったら、「選択探索」を有効活用するために「評価関数」の精度をあげたほうがてっとりばやいのだという気がする。
それと「終盤」について。コンピューターが弱いようなことを書いたが、勿論基本的には「メチャクチャ強い」はずだ。なぜなら、読む手の絶対数だけだったら、コンピューターは、トッププロをはるかに凌駕、っていうか相手にもならないレベルで読んでいるはずだから。さすがに「詰み」という終着点が近いところでは、「読みの絶対数」がものをいうはずである。昨日言ったことは「ものすごく高いレベル」での話である。もっとも、現在のトッププロは、そのレベルの終盤をしているのだと、将棋ファンとしては信じたいところなのだが。
それと昨日はふれなかったが、「時間」の問題。終盤のソフトの失速について、時間切迫の恐れで読みを早めに打ち切る傾向があることについては、BS関連の記事で書いた。本質的に、「コンピューター=時間をかければかける程良い手をさせる存在」「人間=いくら時間をかけたからといっても最善の手を指せるとは限らない存在」である。この全く質を異にする存在が、普通に対局しているということは忘れてならないだろう。つまり「制限時間設定」が、両者の対局においては文字通り死命線を握るのである。先ほどの「何手すき」の問題にしても、もし時間が無制限ならば、コンピューターにやらせる価値がある。現実問題としては、そんなことをしている「ヒマ」がないだけだ。遠い(あるいは近い)両者の力が拮抗した将来においては、「時間制」別ごとによった人間とコンピューターの対局が行われるのかもしれない。ある時間では人間が強いが、ある時間ではコンピューターのほうが追い越した、とか。
もっとも本当に時間が「無制限」なら、「将棋の神様が二人で対局したらどういう結果になるのか」という、面白くも味気ない永遠の課題に行き着くだけのことなのだが・・。

「MONOGUSA collection」のオフザケ更新も続行中です。っていうか、右の欄にやっとリンクはりました。