竜王戦中継サイト

大変なことになった。事実は小説より奇なり・・歴史の生き証人・・将棋史上に燦然と輝く名勝負・・優曇華が花開くのを目撃する稀有な幸福・・子孫代々語り継がれる・・、と既にうわ言をつぶやきだしている私である。

本局は渡辺の優れたところのみ出た将棋だった。一方羽生にはそれらしさが少しもないまま終わった。第三局と完全に逆のことが起こったわけである。
やはり、本局を決めたのは渡辺の新手△3一玉。あの場面で、羽生が▲6五歩を長考の末に断念せざるをえなくなった時点で既に成功といえるのだが、あの手の影響が、その後もずっと続いたように見える。
初日に羽生が2筋を交換して▲同角といったのは、やはり危険だったという感想が局後にあった。
竜王戦第六局aaaaaa081210-h39手

この手には渡辺が△3一玉と守ったに対して、攻撃的に指して得をしてとがめようとしたという意味があるようだ。BSで流れた感想戦で、羽生は▲6五歩を「つけなきゃおかしいと思った」と言っていた。しかし実際に読むと後手の攻めがつながることが分かり、断念せざるを得なかった。ある種のあせりや気負いが、羽生に必要以上に危険な手をその後も選ばせたと言ったら、うがちすぎだろうか。
さらに、封じ手の局面で羽生は長考に沈む。定刻六時になって、中村立会い人がそれを告げても、羽生は「えっ」という感じですぐには普通に答えなかったそうである。読みにまだ没頭しており、指す手もはっきりまとまっていなかったのかもしれない。
その日の夕食に、羽生はあまり箸をつけなかったそうである。局面の事が頭から離れなかったのだろう。そういうところが、羽生の自然体で正直なところでもある。そういう姿をまわりに見せるのは勝負師として好ましくないともいえる。渡辺も当然見るし、観察眼では抜け目のない男だから、羽生が苦しいと考えていることも敏感に察知するだろう。
翌日、渡辺は堂々と踏み込む順を選んだ。成算があるとしても、やはり決断が必要な順である。渡辺は、前日の羽生の姿を見て、自信を持って切りこめたのかもしれないのだ。
封じ手の▲3六歩は、控え室が予想していない手だった。ただ苦しいながらも本筋を行く手だそうで、羽生の場合は、多少苦しくてもそういう手を選択することが多いような気がする。名人戦の第五局でも、誰もが驚く最強の手で封じていた。結果的にはよくなかったが。あまり無理をして耐え忍ぶような手を指さないことが多いと思う。もっとも、場合によっては信じられないような辛抱をすることもあるので、羽生の場合一概には言えないのだが。
さらに、▲7七同金としたところでは、▲7七同桂の方がまさったという感想があった。
竜王戦第六局bbbbbb081210-h47手
本譜と同じように進み、▲2二歩に対して△同玉と応じる変化の場合、6七金と7七桂の働きが大きいということだそうである。従って、▲2二歩には△同金と応じることになるが、その場合は▲8二飛と打ち込み、本譜よりは余程難しいとの事。羽生が▲7七同金としたのは、▲2二歩に△同金とした場合に有利になる変化があったからだそうである。
つまり、対局者の頭の中では、かなり先まで様々な読みの分岐があり、その微妙なところにより最善手を逃してしまったということである。勝負の微妙なアヤともいえるが、普段の羽生だったら、苦しい中でも最善手を指したのではないだろうか。本局は、渡辺の△3一玉によって、羽生にとってはすっかり流れが悪くなり、それが終局まで続いてしまったような印象を受ける。

夕方のBS中継では、対局がすぐに終了したため、しばらく感想戦の模様を流していた。その際、長い棒の先にマイクをくくりつけたものを、盤側に延ばして音声を拾っていたので、二人の発言がクリアに聞けてよかった。途中できってしまっていたけど、出来れば感想戦を全部見たかった。でも、全部見て飽きないのはやっぱりマニアだけかな?(笑)

先ほども書いたが、羽生は、初日の夕方から、ほとんど食事が喉を通らなかったそうである。昨日の夕食もほとんど箸をつけず、朝食も残し、昼食もほとんどとらず。やはり、平常通りに見えても、大変な緊張状態で対局しているのだろう。

そういうところを、無理に隠そうとしないのが羽生らしいとも思う。相手に悟られないように、無理やり食べ物を詰めこむというような不自然なことを羽生には似合わない。あくまで、盤面の上の勝負がすべて。羽生的な勝負師的則面が発揮されるのも、あくまで将棋の上でのこと。はるか昔に谷川相手に上座を占めたのも、今回の名人戦で見せた鬼のような表情も、全て意識的に計算してしたのでなく、ごく自然に内面からあふれ出る気持ちの強さや情熱が外面まで溢れかえってしまっただけではないだろうか。今回弱みを回りにみせてしまったのも、ごく自然な羽生流だったのだろう。
羽生はどんな時でも、いつもと変わらないといわれるが、無理に平静を保つというのとは全然違う。今回の食事のこと一つとっても、張り詰めたギリギリの精神状態で将棋に接しているのだと痛感する。そういう極限的な危ういバランスの状態で、なおかつ客観的な態度で将棋の最善を尽くせるのが羽生流。
最高に熱く燃えたぎる状態で「玲瓏」な将棋を指すのが羽生の魅力である。第七局でも、そういう将棋をみせてくれることだろう。

一方の渡辺。第四局で一つ返してくれたときは、ファンとして正直ホッとしてしまっていた。羽生が谷川に対して三連敗の後一つ返したのと同じで、とにかく形はついたし、今後につながったのでよかったと。正直に告白してしまう、こんなに巻き返すとは思ってなかった(笑)。やはり、一度流れをつかんだときそれを逃さないし、凡人のように一つ勝ったからいいやなどとは、全く考えないのだろう。そうでなければ、こんなに見事な将棋を二局続けて指せるわけがない。
結果的には両局とも完勝だが、羽生の場合は途轍もなく劣勢な将棋を逆転し続けることで、今までの多くのタイトル戦を乗りきってきた。それを、ほとんど付け入る隙を与えずに勝ちきれているのも、やはり渡辺の強さ、将棋の厳しさの証拠だろう。羽生といえども、渡辺相手だとなかなか大逆転勝ちをするというわけにはいかないのではないだろうか。振り返れば、羽生が三連勝したのも、全て順当に勝ちきった将棋ばかりである。
しかし、渡辺だって、負けて平然としていたわけではない。特に渡辺の場合はブログをしているので、第三局直後は、落ち込んでいるのがかなりはっきり伝わってきて痛々しいくらいだった。第三局の後、当日の最終の新幹線で帰ったそうだが、その様子が妻の小言にも書かれていて、ちょっと読んでいてグッ゛と来るものがあった。プロ棋士というのは、本当に大変な仕事だと思う。その分、勝ったときの喜びも大きいのだろうけれど。
今回BSでは時間が余ったので、過去局の様子を流していたが、第三局の投了の際、ああいう色々な意味でつらい負けにもかかわらず、渡辺ははっきり「負けました」と言葉に出し、少しも悪びれた様子も見せず、とても立派な態度だった。羽生も、本局はつらすぎる負け方だったが、BSで流れた感想戦では、いつもの研究者の姿に戻って淡々と振舞っていた。二人とも、負けた時の姿まで美しい。

さて、第七局。

勝ったほうが初代永世竜王。
羽生が勝てば永世七冠。
渡辺が勝てば、将棋界初の三連敗後の四連勝。

将棋の神様は、随分とド派手好みの演出家のようだ。
舞台は、将棋の聖地、天童である。



(追記)何人かの方からコメントでご指摘をいただいたのですが、羽生さんは恐らく本当に体調がすぐれなかった可能性の方が高いのではないかと思います。たまたま形勢と重なったので思い込みで書きすぎてしまいました。