私は囲碁のことを何も知らない。でも、NHKの藤沢秀行特番はとても面白かった。
藤沢秀行が愛したという「ベサメ・ムーチョ」をバックに、藤沢を偲ぶ会で男女がペアでで踊っている。男はブラックハットを着こなしたお洒落なダンサーだ。とても優雅な動き。あっ、カメラが近づいたら、なんと武宮正樹先生だ!
というように秘蔵映像が次々に出てきて飽きさせない。
特に、相米慎二監督が撮ろうとしていたが急逝によって果たせなかったたという「藤沢秀行の家族の物語」。ご家族の証言を聞くと、実際に周りにいたら大変だったとろうとは思うが、本当に誰かが映画化して欲しいと思うくらいだ。
その中から、昭和38年度の名人戦、名人藤沢秀行と本因坊坂田栄男の頂上対決における封じ手をめぐるせめぎあいを取り上げてみよう。
相米が撮ったという藤沢秀行の秘蔵映像とともに、坂田栄男もインタビューで登場する。
ボクはね、秀行のね。ちょうちん持つような番組なんか出たくないんだけどね、本当は。
秀行はね、無頼派の棋士という、最後の無頼派、無頼派っていうのは嫌いなの僕は、正反対だよ。
いきなり、こんな調子である。歳をとるとともにますます内面が外面や言動にはっきりとでてきてしまっている強烈きわまりない男がカメラの前で喋っている。
名人戦当時の坂田の写真が映し出されている。既に若い時から、猛烈な勝負への執着が表情に現れていて壮絶である。むしろ、藤沢の方が、見た目だけだと普通の人である。
秀行とはね、不思議な因縁があるんだ、
38年のボクと秀行の大勝負だよ。勝った者はね、即日本一なんだよ。二つしかないんだから。「名人」、「本因坊」。
しかも秀行とワタシは仲が悪いんだよ。これも有名だったんだ。だから、両方、舌戦の、今じゃ想像できないくらい、お互いにもうそのくらい大勝負だったんだよ。
坂田が二連勝した後、藤沢が三連勝。
あのぐらい苦労したとき、後にも先にもなかったね。ボクが三連敗した時は大ショックだよ、ボクは。どうしても、このままじゃ勝ち目はないと思ってね。それからがボクとしては本当に命を削ったね、次の対局までに。
そして、第六局の封じ手場面で事件は起きた。藤沢は語る。
勝負と碁っていう・・結びつけて考えた場合に・・・。
たとえば、勝負に徹するっていうことになると、たとえば、二日でしょ、だいたい挑戦手合いって。五時半なんですよ、打ちかけ(封じ手)がね。1分前ぐらいね、それまでわざと考えといて、時間引き延ばして瞬間的に30秒とか1分前ぐらいで、えらい難しい手を打ってくるわけですよ。
相手困るんですよ。
当時の橋本方円子の観戦記より
チラリとまた時計を見た本因坊が、やにわに石をつかみ、白50-2.
それを見た名人に、一瞬血がのぼった。恐らく自分に封じ手をさせようとしている相手の意図が怒りを呼んだのであろう。
やにわに石をつかむなり、50-3.
ところが、本因坊は、またすぐ50-4.
ここで一言、「頭にきた」と名人が言って腕組みした時、立会いの高橋七段が定刻をつげたのである。
将棋の世界だと、かつて名人戦で挑戦者の森内が封じ手の直前に着手したことがあった。しかし、羽生は怒った様子もなく、ほどなく自然に封じ手。一切波風は立たなかった。森内にしても、盤外作戦とかいうことでなく、単に封じ手をするのがイヤだっただけらしい。
一方、この二人の様子は凄まじい。藤沢は振り返って語る。
もう、あんまり言いたくないね、もう腹が立つことが山ほどある。
だから、そういうのも神経作戦の要素に加わってくるんですよ、盤上の。相手を怒らせる・・だって、20時間くらい顔つき合わせているわけでしょ、昔はね。(ふっふっと笑う)
坂田は語る。
あれも勝負の内だと思って・・気合負けしちゃいかんと思うから、それでああいうバカなことをやったんだ。
そして秀行は、おそらく怒りに震える尋常ではない気持ちの状態のまま封じ手することを余儀なくされる。その一手が、大問題で、結局敗着になってしまったのだ。
藤沢
だから、オレみたいに神経がピリピリしている奴は損なんだよね。図太い奴は、そういうの乗らないでしょ。(えっへっへっ)いや、勝負っていう面から言えばね。
坂田
考えてみるとね、あの勝負でね、やっぱり寿命縮めたね。
それからは それが最後と言ってもいいね、後で考えると、ボクが本当に碁を打てたのは。
すごく心身ともに、もうガックリしちゃった、参っちゃったんだよね。勝っても。
その後の第七局では、逆に藤沢が封じ手直前に打ってお返しをするが、結果は坂田に軍配が上がった。
当時の局後の坂田の笑う写真が映し出されるのだが、これがすごい。なんというか、謙虚に勝ちを喜ぶとかホッとするとか言うのでは全然なく、してやったり、どうだみたかといわんばかりに勝ちを喜ぶ笑顔。そこには敗者に対するいたわりのようなものは、ほとんど感じられないのだが、私はそういうところに坂田の凄みを感じてしまう。勝負の鬼、本物の鬼。
藤沢も、私生活などではとんでもない人だったらしい。手のつけられない荒ぶる魂ということでは、二人とも共通しているのかもしれない。しかし、秀行には、どことなく人間的な弱さの美しさのようなものも、そこはかとなく感じてしまう。
番組中で小西泰三八段がこんなことを語っていた。
(藤沢には)自分の形がない。虚像かもしれない。実際はすごい神経質で。自分の虚像をつくりあげることで、自分の実像を保っている、そういう部分が本人の中であったという気がする。
私は門外漢でお二人のことを、ほとんどよく知らないが、この番組を観ただけでも、そういう部分は直感した。藤沢の無頼は意図的に作り上げた部分もあり、それとはそぐわない部分を内面にもっていた人のような気がする。一方、無頼は嫌いだとと言い切る坂田の方に、本物の精神的無頼派とでもいうべき逞しい何者かが潜んでいたのではないか。勿論、これは私なりの勝負師坂田に対する最大限の賛辞のつもりなのだが。当たっているかどうかはしらない。
だから、おしまいなんだ。あけが最後なんだよ、ああいう勝負は。
ああいう勝負をね、するのは僕と秀行でオワリなの。
その坂田は、藤沢を偲ぶ界に自主的に出席した。
新聞で見たから、知らなかった。オレ、通知もらわないもん。オレが来るとは思わなかったもんな、向こうは。最期だから行ったんだ。
お別れだから、お別れだ、最期の。
車椅子ながら、今でもダンディで生命力に満ちた姿の坂田が偲ぶ会に登場してくる。趙治勲が近づくと、ネクタイをしめてあげるしぐさをして、「このままギュとやったら死んじゃうかもしれない。」と相変わらずおどけている。
坂田が、藤沢の遺影に近づいて、碁の石を打って捧げている。坂田はハンカチで口を押さえている。悲しげで目の表情は確かに「泣いて」いた。
そんなかつての仇敵の姿を藤沢はどんな思いで見ていたのだろうか。