毎日新聞 将棋:74歳・有吉道夫九段が敗れ、引退 現役最高齢
朝日新聞 現役最年長棋士、引退へ 74歳「火の玉流」
読売新聞 「ひとつの区切り」…74歳最年長棋士 将棋人生投了
産経新聞 “火の玉流”有吉九段引退へ 74歳の現役最年長棋士
神戸新聞 現役最年長棋士、有吉九段の引退決定 宝塚在住
時事通信 最高齢棋士有吉九段が引退へ
47NEWS 将棋の有吉九段が引退へ 最年長プロ棋士

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 有吉道夫
将棋ペンクラブログ: 有吉道夫九段
将棋が好きになってから 有吉道夫九段

有吉道夫九段の引退が決まった。
中平邦彦さんの「棋士 その世界」の有吉九段をとりあげた「盤上没我」より。
日常は温厚な紳士で、にこやかにしゃべり、人当たりは柔らかい。が、ひとたび盤に向かえば、この紳士は盤上没我。闘志あふれる駒音で相手を圧倒せんとする。猛烈な攻め将棋。顔を真っ赤にしてがんばる姿は尊いものがある。
かなり昔の文章なのだが、この対局態度を最後まで貫かれた先生だった。そう、普段は温和で引きこまれるような温かい笑顔の持ち主だが、いざ対局にのぞむと、まさしく「火の玉」のように相手に襲いかかる。しかし、いかにも根が陽性なので、ギスギスした感じ、厭な様子にはならず、あくまで盤の上だけで純粋な戦いを繰り広げるという先生だった。
ある時、テレビ棋戦で、対局者有吉道夫、解説者加藤一二三というのがあった。感想戦で加藤先生が、いつもの調子で自説を堂々と滔々と主張すると、有吉先生は、とても人のよい笑顔で「そうですねぇ、なるほど」とうなずきながらも、「でも私はこうやりたかったんですよ」口ぶりは柔らかながら自分の主張を曲げない。そして、有吉説をよく検討してみると、実はとても優秀だと判明して、加藤先生も「なるほどねー」と素直に納得。有吉先生も、また素晴らしい笑顔で「そうでしょう」と言われていた。人間的には温和でも、勝負師としては頑固な有吉先生らしさがとてもよくでていた。有吉先生も加藤先生も、見ていてなごまずにはいられない先生方である。
朝のテレビ小説「ふたりっこ」にも出演して、迫力満点の対局姿を披露し、相手を厳しくにらんでから、会心の手を指したという様子でニヤリとされた姿なども、実に堂に入ったものだった。
有吉先生は、名人戦で師匠の大山先生に挑戦して、3勝2敗までいったが、その後連敗して惜しくも名人奪取はならなかった。その時の、第六局について、戯曲・脚本家の青江舜二郎さんが当時書いた長文の記事を、ネットで読むことが出来る。大山先生と有吉先生の師弟関係についてなど、とても興味深い内容である。

青江舜二郎 電子資料室  名人戦の印象(1969)

74歳にして、最後まで若手にまじって深夜にまで及ぶ長時間の順位戦を戦い続けられた。簡単に出来ることではない。スポーツ選手などは、若くして引退するが、将棋は頭脳スポーツなので、一応は高年齢でも指し続けることは可能だが、長時間対局の場合、体力勝負という側面もやはり大きく大変なことである。また、かつてのトップ棋士としてのブライドをかなぐり捨てて、自分の孫でもおかしくない年齢の若手たちと戦い続けるというのも、精神的にきついところもあったはずだ。
それでも、有吉先生をはじめとするベテラン棋士たちは、最後まで戦い続けることが多い。今回、有吉先生とともに引退が決まった大内先生もそうだし、加藤先生もいまだ対局姿に衰えるところはない。むしろ逆なくらいである。そういう姿に、ファンは尊さを感じずにはいられない。いや、ファンだけではない。羽生善治名人が、タイトルの数も少なくなった頃に、ある時ベテラン棋士たちが一心不乱に若手と対局する姿をみて、自分も見習おうと思ったというのは有名な話である。
「火の玉流」というのは、猛烈な闘争心で戦うという意味と同時に、最後に燃え尽きるまで戦い続けるという意味もあったということになるのだろう。
有吉先生が、若い頃に奨励会幹事をしていた時に、ある若い奨励会員が悪くなって安易に投了したのをみてこう言われたそうである。この言葉通りに、最後まで将棋に取り組み続けられたということなのだろう。
「敵に一矢を報うべくがんばってほしかった。昔、中国の武人が、刀折れ矢つきれば素手を持って敵と戦い、力つきて捕らわれの身になれば、眼光をもって敵を射すくめ、もし盲目にされれば、なお舌をもって敵を刺すといったとある。勝負を争ううえにおいて可能な限り力の限界をつくして闘う。この気迫は何より必要ではないかと思う。」(「棋士 その世界」「盤上没我」より)