いきなりだが、私は羽生ヲタである。出来るものなら、名人位だけは未来永劫羽生さんに保持していてもらいたいくらいのことを思っている。
しかしながら、である。今回の名人戦では、三浦挑戦者の対局にかけるあまりに真摯過ぎる姿勢、テレビに映っていることなど完全に忘れ果てているような対局への極限的な集中ぶり、そしてコメント等から漏れ伝わって来る余りに正直で人を和ませずにはいられない純真で素直な発言が、観る人間をひきつけずにはいられなかった。途中からは挑戦者の勝ちを待ち望んでいる自分に自分で驚いた。
私だけではない、ネットでの反応を見ていると、普段は羽生を応援している人間までもが、三浦挑戦者に一つは勝たせてあげたいなどと言い出し、特に女性将棋ファン(将棋女子)はすっかり三浦挑戦者に夢中だったようである。我々男性将棋ファンよりは、恐らく人間(おとこ)の本質を見抜くことについては鋭敏かつ敏感な方々が言うんだから間違いない。某プロ棋士のブログによると、三浦挑戦者は「婚活中」ということで、そもそもそれが本当かどうかもよくは知らないのだけれども、恐らくご本人さえその気にさえなれば「No problem」なのである。本当に大きなお世話なのだが・・。
いきなり閑話休題。
本局でも、三浦挑戦者らしさが随所に出ていた。
今回は、横歩取りシリーズとも言われ、ここまできたら三浦挑戦者は意地でも横歩取りを採用してリベンジを目指すのではないかと周囲は観測し、またそれを期待する声も多かった。しかし、蓋を開けてみれば、あっさり違う形に。
事前のBSインタビューでも、横歩取りが続いたことについて、別に意地になっているわけでなく、特に先手では避けるのが難しいのだと率直に述べていた。三浦後手の第二局はとも角として、第一第三局については後手の羽生の誘導なので仕方ないという意味である。それでも、羽生が敢えて後手番で横歩を連採してきて、しかも負けてしまったのだから、普通ならば意地で本局でも横歩ということを考えてしまいそうなものである。しかし、三浦はそこはあっさりとかわして自分の自信のある研究をぶつけてきた。そして、結果は少なくともも後手が悪くなく、むしろ作戦勝ちではないかという成果をおさめたのである。この辺。あまり周囲の目を気にせずに、自分のやりたいことをきちんと実行する三浦の強さのようなものを感じた。
封じ手にしてもそうである。三浦が今回BS解説を担当した杉本と実地研究したことが散々話題になり、せっかく練習した封じ手を出来ないのが三浦の敗因ではないかと、口の悪い棋界雀のネタになってしまっていたが、本人は実はそんなにこだわりはなかったようである。本局も、羽生が当然手の封じ手にするところまで指した。もし、相手が駆け引きを重んじる棋士なら直前に▲4七銀を指して三浦を困らせるかもしれないが、羽生ならそんなことをしないという読みも三浦にはあったのではないだろうか。周囲は、三浦の封じ手練習を面白おかしく騒ぎ立てたが、意外に三浦本人はこだわりなく冷静に封じ手を考えていたのかもしれない。
このどちらについても、三浦には周囲とは関係なく意外に冷静に自分の思うように出来る強さと(いい意味での)鈍感さがあって、それはむしろ三浦の長所・美点なのではないかと感じたりもした。
しかし、なんといっても三浦の最大の魅力はほとんど忘我状態に近い対局姿勢である。終盤、三浦が渾身の勝負手△2三角を放って猛烈な追い上げ、それでも羽生が厳密には残しているのではないかといわれていたが、羽生の対応にも問題があり、三浦が逆転したのではないかというところで、NHKのBSは10分間の生中継に突入した。
いきなり三浦が映る。いつもながらの驚異の極限の前傾姿勢で、左手を開いて頭を鷲づかみに抱えて必死に読み耽っている。手に隠れて表情はよく見えないが、なんとか見て取れる左目だけからも、頭脳がフル回転であることを雄弁に物語っている。まるで、間違って世界核戦争が発生してしまい、10分以内に重大な決断をしなければいけない大統領が「正解」を探して体裁など一切無視して必死に苦悩しながら考えているかのように。
その三浦の姿勢は中継中の10分間全く不動のままだった。悟りをこれから開こうとして瞑想中の仏陀のように。これだけでも、見た甲斐があったというものである。
その後も、三浦の手が異常なくらいブルブル震え、羽生顔負けだったようである。残念ながら、それを見ることは出来なかったが。恐らく、将棋の終盤映像というのはおそろしく商品価値が高いのではないだろうか。
深夜のBSでは終局場面も映った。三浦が中空をみつめて、何がが悪かったのかを考えている。荒い息遣いが映像越しにも伝わってくる。羽生は前傾姿勢で盤面に集中している。三浦が気を取り直したように盤面に手を伸ばす。驚いたことに三浦の手番だったのだ。そして、三浦はタオルを手に取り、顔に当てて名残惜しそうに盤面を見つめている。タオルを置いて、左手を額に当てて、名残惜しそうに盤面をみやる。そして、気を取り直したように姿勢を正して、三浦らしくはっきりと投了の意思表示をした。立会いの加藤一二三も感慨無量という表情で見つめている。指し手など全く知らなくても、三浦の気持ちがはっきりと伝わってくる映像だった。BS解説では、終始冷静な解説を続けてきた杉本が最後に「残念でした」とキッパリという。
三浦挑戦者は局後に、こののように語った。
力不足だったと思います。しかし力は出し尽くせたかと思います
さらに、担当記者に対して「すみませんでした」と言ったそうである。恐らく4局で終わってしまったことについてだろう。普通なら負けたショックでそんなことを言う状態ではない筈なのに。
現在二冠の久保利明も、当初タイトル戦では羽生にひどい目にあい続けた。次々に激戦の終盤を戦い、どれも名局といわれながら、結果は常に羽生がかっさらっていた。今回の三浦の戦いぶりは、ちょっとそれに近いものがある。決して、一方的にやられたのではなく、第二局以外は三浦にも勝つチャンスがあったが、羽生の終盤の底力が首の皮一枚上回っただけである。
三浦は、今回のシリーズを通じてファンに対して十分自分の将棋や人間をアピールできたはずである。あとは、久保のように、どれだけ何度潰されても、へこたれずに甦って来て羽生と戦い続けることが出来るかだけだろう。