将棋世界7月号で、梅田望夫さんが名人戦第二局について「研究の功罪」というエッセイを書かれている。対局日の晩の、三浦、久保、行方の感想戦の様子、日を改めての羽生の感想を取材した上でまとめられていて、貴重な内容である。
そして、これについて取り上げているブログ記事。

センプレ・アタッコ仮設倉庫 男の黒ミントキャンデーが美味しい日

対局当時に私とattacco_ko氏がtwitter上で封じ手をめぐってかわした会話が暴露、・・いや紹介されている。以下該当部分の再掲。

(アタッコ氏)
以下、私の妄想。三浦さん、▲5三桂成はすでに研究である程度結論を出されていたのではないかと。「先手ダメ」ということで。・・・その手を羽生さんが指して、99分間を羽生さんだけでなく自分自身とも戦っていた。それで疲弊してしまったような。
(私)
@attacco_ko そうですね。今回一番気になるのは、三浦さんの封じ手予想、研究の中身と結論ですね。羽生さんが、その場で徹底的に読んで▲5三桂成で研究を打ち破ったのなら、三浦さんのダメージは大きい。さすがに三浦さんも、その辺はあまり正直には言わないのかもしれませんが。
(アタッコ氏)
@shogitygoo 私、羽生さんの考えていることは全然わからないので(当然だけど)、封じ手で▲5三桂成を決断した思考過程が知りたいです。先手結構いけると踏んだのか、相手が三浦さんであることを意識した勝負手なのか。
(私)
@attacco_ko 「相手が三浦さんだから」というのは大山先生とは違うのでないのではないでしょうか。純粋に踏み込む順を読んで成算があったと。竜王のように封じ手で意識的に作戦を使うことはしないタイプかと。結果的に封じ手が駆け引きになったと。別に私も羽生さんの考えは分かりませんが

この後もアタッコ氏が、最後の私の発言に対して柔らかい言い方ながらも必ずしも同意されない旨を言われていたように記憶する。

アタッコ氏も私も一応紳士なので?粛々と会話が進行しているが、必ずしも意見は全て一致していない。それを、思いきりくだいた表現にしてみると次のようになるだろうか。
(アタッコ氏)
三浦さん、封じ手なら自分がいいと思っていたんじゃない?
(私)
そうそう、それを羽生さんが読みでうち破ったのなら三浦さんのダメージでっかい。
(アタッコ氏)
もしかして、三浦さんが相手であることを意識した羽生さんの勝負術なんじゃない?
(私)
それはないよ、羽生さんは大山さんとは違う。ちゃんと合理的に読んで結論を出しているに決まっているじゃない。
(アタッコ氏)
羽生ファンの模範解答みたいで恐れいるなぁ。それは私もよく分かっているけど、羽生さんにはちょっと違う面もあるんじゃないかなぁ。
と、これはこれで名人戦顔負けの二人の戦いが繰り広げられたのであlりました。本家と比べれば、かなり平和だけれども。

さてと、論点は要するに羽生さんが単に合理的に読みだけで判断していたのか、それとも三浦さん相手の勝負術のような要因もあったのかということである。
その点について梅田さんのエッセイから読み取れる事実をまとめてみる。

・封じ手で三浦が本線と考えていた別の手なら、三浦は良いと自信があった。羽生も、まずその手から読んでみたが、よく読むと自分がまずいことに気付いた。
・その際、読み以外に、直前の三浦が指すのに用いた時間の短さから、その順は三浦の研究順だと羽生は思った。
・従って、実際の封じ手しかないと思って選択した。
・三浦は封じ手については、「言葉の上での」本格的ではない研究ですまして自分が良いと判断してしまっていた。

基本的には、羽生はやはり全てきちんと読んだ上で判断している。三浦が本線と考えた手を研究だと推測しているが、それだけでなくその順だとなぜ自分がまずいのかも実際に読んで発見している。なんとなく三浦の研究だから不気味だということで退けたわけではない。やはり、基本的には具体的な読みの裏づけがある。
但し、それ以外にそういう読みにプラスして、三浦の時間の使い方などから、敏感にどれが三浦の研究手順なのかも察知している。恐らく、時間の使い方以外でも、羽生は盤の前の三浦の全てを、意識的に或いは無意識に観察して、それを具体的な読みに付加していたのではないだろうか。羽生は、単にたくさん深く読む棋士ではなく、そういうことにも敏感だという気がする。
ということで、折衷的な結論で申し訳ないが、羽生さんの場合、合理的な読みがあくまで基本だけれども、それ以外の人間同士の対局の要素も敏感に感じ取ってプラスさせている。ということなのではないだろうか。これなら、アタッコ氏の顔も私の顔も立つでしょ(笑)。さらに付け加えると、そういう読み以外の部分について、例えば渡辺竜王辺りなら、かなり意識して戦術的に効果的に用いるが、羽生名人の場合、そういうことをあたかも呼吸するかのよう無意識に自然にたやすく成し遂げてしまうとでもいうか。
近年、羽生は大山への傾倒を深めつつあるようにも見える。それは、梅田さんも指摘している。この点について、深浦王位が梅田さんに興味深い発言をしたそうだ。
今回の羽生vs三浦は、かつて大山に事前の深い研究で挑んだ山田道美のケースとよく似ているようだ。それに対して、緩急織り交ぜて、研究の自信を歩揺さぶっているのではないか、と。
羽生と「恋愛関係」のタイトル戦を戦い続けている深浦ならではの指摘である。なかなか、棋譜だけからは見えてこない羽生の何かを感じ取っているのだろう。やはり、この名人戦のテレビ中継で深浦がこうも指摘していた。
羽生さんは、三浦さんがこの手を指さないことをみすかしてさしているのではないか、と、
この発言にはちょっと驚いた。少なくとも深浦は羽生がそういうことをできると考えているのではないか。
もしかすると、深浦が一番羽生の大山化を肌で感じ取っているのかもしれない。しかし、勿論本来羽生と大山は対極である。むしろ、若い頃の羽生は盤上の真理のみが存在する爽やかに断言し、直接的ではないが大山的な盤外戦術や総合人間力主義に懐疑的だった。ところが、盤上でやれることをすべてやり尽くしても、どうしても分からない部分が残る。そのうち羽生がフト気付く、なんだ、結局大山先生が正しかったんじゃないかと。勿論、今のは私の妄想だ。

羽生には、徹底的に合理的そうでいて、どうもそうではないなんだか変なところがあり、そしてそれが羽生の一番の魅力でもある。