まず、刺激的なタイトルについて説明する必要があるだろう。この問いは梅田望夫が発したものではいし、この本に登場するプロ棋士たちによるものでないし、恐らく将棋関係者や詳しい将棋ファンがするような類の質問でもない。
「はじめに」に書かれているように、将棋の「インサイダー」とそれに近い人たちは羽生善治だけが突出して強いわけではなく、羽生と本当に首の皮一枚の差でしのぎを削るプロ棋士が多数存在することを認識している。「羽生さんだけが強い」などというのは素人の考え方に過ぎない、と。
この質問は、将棋の世界の「アウトサイダー」が将棋の世界をみて素朴に発する問いである。しかし、何も偏見のないまっさらな目の方が鋭い質問をすることもある。現に、実力差がほとんどない世界で羽生だけが今のところ圧倒的な結果を残し続けている。その理由は何かと問われたら、「インサイダー」もきちんと説明できずに口ごもってしまうのではないだろうか。
梅田の立ち位置は独特だ。現在かなり深く将棋の世界に関わっていて「インサイダー」的な側面も大きいが、基本的には「アウトサイダー」である。そして、梅田は将棋の世界との関わりながら、将棋をマニアだけのものでなく、一般の人間が楽しめるものにしようと努力を続けている。とすれば、「アウトサイダー」の立場からの究極の問いに、―もしかすると無謀かもしれないが―立ち向かうのが、一般の人間に対してなすべきことではないかと考えることになる。
同時に、梅田本人が「インサイダー」かつ「アウトサイダー」という境界線上に位置する以上、本人も一ファンとして楽しみながらこの問いにぶつかれる筈だ。梅田の本にもし意味があるとしたら、それは「インサイダー」によマニア向け将棋本ではなく、「アウトサイダー」的な素朴ながらも新鮮な視点を失わない本だという一点に尽きるのではないだろうか。
だから恐らく、本のタイトルが敢えてこういう挑発的なものなのだ。あくまで、将棋ファンだけでなく、全ての人間に将棋の世界の魅力を開放して解き放つために。

1、現代将棋の世界と一般の世界

梅田は、現代将棋の進化の過程で起こっていることが、ウェブなど一般の世界の出来事と通底することを常々指摘し続けてきた。この本でも、そうした観点から読み解くことが可能なテーマが扱われている。
一番分かりやすい例は、現代将棋における猛烈な「研究合戦」についてだろう。若手が努力した研究成果をトップ棋士が取り入れて将棋に生かしている現状について、深浦康市が「素材」と「調理」という秀逸な比喩で説明している。それを、インターネットのオープンソース・ソフトウェアを使って企業が収益をあげている問題と関連させて論じている。
それ以外にも、一般の世界と通ずるテーマが隠されている筈だ。私が気づいた例を一つ挙げてみる。膨大な広い内容をカバーする必要がある研究合戦を通じて、研究に通じているとされる有力な若手研究家の意見が権威主義的に盲目的に信仰され、定跡に疑いをもたれなくなり、実戦でその穴が発見されるということがあるという弊害が本書で指摘されている。研究が膨大すぎるために生じることである。これは、我々が日常身を晒している情報社会についても同じことが言えそうだ。あまりにも消化しなければいけない情報量が多すぎるために、自分の力で情報を吟味して確認する作業を怠り、特定の権威者の発言に頼って盲目的に信じてしまいがちではないだろうかか。
これは一例にすぎず、各人が自分の世界と関連するテーマを発見することが可能なはずだ。

2、将棋の言語の一般の言語への翻訳

プロ棋士の思考は、あくまで将棋に即して符号・記号を通じて行われる。それをそのままでは一般の人間は勿論のこと、ほとんと゛の将棋ファンにも理解不能だ。従って、それを理解させるためには、それを日常の言語に翻訳する必要がある。
この本では、五人のプロ棋士がインタビューを受けているが、全員がそれぞれ見事な翻訳作業を行ってくれている。
先述した、深浦の卓抜した比喩もその一例である。行方尚志もその「研究」について専門的な話がらも一般の出来事に通じそうな鮮やかな言語化を行っている。
勿論、将棋ファンが興味のある、もっと具体的な話についてはなおさらである。例えば、行方が羽生の指した▲5三歩という手に加えている説明はプロ棋士ならではの見事なものだ。
しかし、翻訳による言語化といえば、やはり羽生が際立つ。この本では、各章にインタビュー棋士以外に対局者本人の羽生の言葉がでてくるのだが、その明晰な論理と表現の分かりやすさには唖然とするばかりだ。急戦矢倉の現状、現代的な大局観、角換わりの現状といった概括的な話から、具体的な指し手の話に至るまで、全てがそのまま美しい言語表現になっている。少し先走りすると、もしタイトルの「なぜ羽生さんだけが」の理由を挙げるとしたら、私は羽生の言語化能力を真っ先に言うだろう。

3、棋士という不思議で魅力的な生き物

羽生がタイトル名になっているが、強さだけでなく人間的でも羽生にまさるとも劣らないタレントがプロ将棋の世界にはいくらでもいる。今回、タイトル戦に登場したためにたまたま取り上げられた、木村一基、山崎隆之、三浦弘行、深浦康市、全員が例外なく魅力的な「濃いキャラ」なのである。
本書で、その人間的な魅力を引き出すことに成功しているのはななんといっても山崎だろう。一切説明する必要がない楽しいインタビューなので、具体的な説明は省くが、将棋を知らない人が読んでも、恐らくなんて面白くて魅力的な奴なんだろうと思わずにはいられないのではないだろうか。
それと、羽生が将棋の内容を語る過程で、突然垣間見せる「狂気」の瞬間も、なんとも印象的である。
梅田の書いたりまとめたりしている文章の特徴は「棋士の人間」をよく描き出していることだ。それも、やはり梅田が常に「アウトサイダー」的な視点を失わずに、常に新鮮な姿勢でプロ棋士と向き合っているからではないだろうか。そして、「アウトサイダー」として、梅田はプロ棋士のことが好きで仕方がないのだ。分かりやすく言うと、思いきりミーハーなファン目線なのである。勿論、これは最大限の賛辞のつもりだ。

4、対局当時と時間を置いての感想

一般的な話題から書いてきたが、実はこの本の最大の特徴は、いわゆる将棋ファンが十分楽しんで読める内容になっているということだ。各章が梅田によるリアルタイム観戦記とそれに関連するインタビューを対にするという形式をとっている。そのため、インタビュー部分では、将棋の具体的内容により踏み込むことが可能になっている。
具体的には、棋聖戦での羽生の△8四飛について本人の後で振り返っての述懐、山崎の対局途中での読みと心理の詳細、名人戦での羽生の▲5三桂成について後日の研究で明らかにされた手順、同じく澤田新手をめぐる舞台裏の話、深浦の△3三桂についての、やはり後日発見された決め手の手順など。
これだけあげれば将棋ファンには分かっていただけるだろうが、純粋な将棋書としても大変充実した内容になっているのだ。
つい、対局が終わるとすべてを忘れてしまいがちだが、こうして時間を置いて振り返ることで、その将棋の内容をより明晰な分析することが可能になっている。

さて、冒頭のテーマの話を再び論じて終わりにしよう。
梅田は、最後にタイトルの問いに自分なりの解答を提出している。それは、いかにも梅田らしい徹底したものだ。しかし、それを必ずしも読者は無条件に受け入れる必要などない。各自が、その問いに答えようとすればよいのだ。梅田も、自分の考えが受け入れられることなどよりも、本書を通読してこのテーマに興味をもって色々考えはじめることを望んでいるのではないだろうか。
例えば、私ならこう言ってみよう、羽生の強さの理由は、羽生が究極のインサイダーでありながら、常にアウトサイダー的な新鮮な視点を失わずにいられるからだ、と。
さらに、読者の興味関心が羽生だけに限定される必要など全くない。梅田は「はじめに」でも「あとがき」でもはっきりこういっている。最終的には、誰もが将棋の「全体」を愛するようになって欲しいと。
結論は分かりやすい。タイトル名は梅田望夫による巨大な「釣り」である。梅田が望むのは、将棋界最大のビッグネームの羽生を入り口として、誰もが他の色々な棋士にも興味を持ち、羽生のことにもますます興味がわき、結局将棋の世界全体を愛することである。タイトル名は、そのために梅田が自分の身を危険に晒してまでも巧妙に張り巡らせたワナだったのである。そして、読者がそうなるように本書は書かれているのだ。
最近ツイッターで、将棋を観戦することに専念して楽しむ「観る将棋ファン」が増えている。彼らを観察していると、まさに梅田が言うような成長の過程をたどっている。
入り口は大抵羽生だ。しかし、羽生の将棋を見ているうちに、他にも魅力的な棋士がたくさんいることに気づく。猛烈な勢いで詳しくなり、それぞれが各自の贔屓を持ちつつ、結局将棋の世界全体が好きになっていく。
本書で将棋の興味を持った読者が、そういうプロセスをたどることを梅田は切望しているはずである。
そして、将棋の世界全体が好きになったならば、今度は各自が自分の好きな問いを始めればよいのだ。別にそれは、「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」などである必要など全くない。「どうして渡辺明さんだけが、そんなに強いんですか?」でも、「どうして里見香奈さんだけが、そんなに強いんですか?」でもいいだろう。
いや、別に将棋に限らなくてもよい。「どうしてマイルス・デイヴィスだけが、ジャズで特権的な位置を占めて来たんですか?」でも、「どうしてロッテだけが、そんなに日本シリーズで強いんですか?」でもいいし、「どうして鈴木京香さんだけが、そんなに美しいんですか?」でも。
なんだってよいのだ。そういう自由をこの書物は望んでいる。