日本将棋連盟 訃報 米長邦雄日本将棋連盟会長

大変強烈な個性の持ち主で、熱烈な信者を含めて米長先生が大好きな人間も多かった一方で、敵も多かったし米長さんを嫌う人間もたくさんいた。
勿論、我々一般ファンは米長先生の生の姿をよくは知らない。今回、棋士や女流棋士や関係者が、皆さん口を揃えて、米長先生に気さくに声をかけられて嬉しかった思い出を語られている。本当に、話すだけで心がはずむような魅力的なキャラクターの持ち主だったのだろう。
しかし、米長さんの人間的魅力については、氏と関係がこじれたり敵対したり結果的に関係が断たれてしまった人たちも皆認めていたようである。例えば、米長さんと色々あったこのお二人もこのように書かれている。ずっと米長氏と近かった人達の感想よりも、むしろちょっと胸打たれるものがある。

人生、詰んでます。〜林葉直子の波乱万丈diary 涙ぽろぽろ
松本博文ブログ 訃報
松本博文ブログ 米長邦雄永世棋聖(1)

よく、「味方にすればこれ以上心強い事はないが、敵にまわすとこわい人」などと言うが、米長さんもそういう人だった。一度敵と考えた人間に対しては、ちょっとひいてしまうくらいに過酷で徹底的な攻撃を加えることもあった。
米長先生は晩年ガンとの闘病を続けられていて、その心境をご自身のホームページで綴られている。

米長邦雄の家 まじめな私

最後の二回で闘病の末に得た澄みきった心境を語られていて心打たれる。その一方で得意のユーモアも忘れない。
しかしながら、半ばご自身の死を意識した状態でも、米長さんは「自分の葬式に呼びたくない人たち」についても語ってしまっているのだ。
私はその部分を読んで泣きたくなった。いや、私は別に批判がしたいのではない。最後まで敵を許さないのは米長さんらしいと言えば言えるかもしれない。でも、せっかく「あらゆるものへの感謝」を語りながら、なぜこんなことを言ってしまうのだろうかと。泣きたくなったというのはそういう意味だ。
しかし、私は勝手にこう考えている。むしろ、生前に米長先生と敵対したり関係を断たれた人間の中にほど、実は米長さんの人間を的確に見つめてその本当の良さを見抜いていた人間が多かったのではないかと。
米長先生も今頃はどこかで、「あぁ、そうかあの人たちは私のことを実はよく分かってくれていたんだなぁ」と思っているのではないだろうか。そう考えてみたい。

米長将棋の魅力については、今後プロ棋士たちが語ってくれるだろう。とにかく勢いのある駒が前に出る将棋だった。
私がフト思いだしたのは、昔あった民放の早
指し戦でのライバルの内藤先生との将棋。二人とも相手に負けじとつっぱりあった将棋で、そのあまりの過激さに私は見ていて笑ってしまったを覚えている。ああいう「あまりに人間的な」将棋は今ではもう見られない。
そして、サービス精神に満ち溢れた解説などの話術は本当に絶品だった。先日、囲碁将棋チャンネルで、当時羽生五段が加藤九段を伝説の▲5二銀で葬り去った懐かしいNHK杯の将棋が放映された。
その時の解説が米長先生。いや、本当に最初から最後まで私はニコニコし通しだった。その米長解説について、まとめてみた記事がこちら。

ものぐさ将棋観戦ブログ 今甦る伝説の▲5二銀―NHK杯 加藤九段vs羽生五段

日本将棋連盟会長としての米長さん、これについても色々批判はあった。正直、一般ファンの間では必ずしも評判はよくなかった。でも、その具体的アレコレについてはここでは語るまい。
しかし、少なくとも連盟会長としての仕事の成果という点では、ここ数代の会長の中では一番優秀だったのは間違いない。
色々あるだろうが、一つだけあげるとネット将棋への対応。米長先生はかなり高齢であるにもかかわらず、ネットと将棋の相性の良さを見抜いてその事業をすすめた。とても頭が柔らかくて感性が若々しい。
今では我々は当たり前のようにプロ将棋のネット中継を毎日のように楽しんでいるが、間違いなく米長先生がその功労者である。
直接は関係ないが、ボンクラーズと戦った際に二手目△6二玉が議論の対象になった。しかし、あれもコンピューター相手の戦術に徹した米長先生の頭の柔らかさの一例だったと思う。

しかし、個人的には米長先生には会長という公職よりは野にあって好きなように活動していただきたかったという思いもある。
米長先生が囲碁の藤沢秀行さんと対談した本がある。これはある意味とんでもない本であって、ちょっとPTA推薦というわけにはいかない。でも、「しょうがねぇなぁ」と思いながら、二人を愛してしまうという類の本である。
藤沢先生も最後までメチャクチャな先生だったようだけれども、野にあって一人で活動していたから全てを許せたという側面もあるように思える。
米長先生の場合も、晩年「権力」と結びついてしまったので、あの破天荒なキャラクターが様々のトラブルのもとになった。でも、もし野にあって好きなことを言い行うだけならば、あれくらい愛す事の出来る先生もまずいなかったのではないかと思う。
個人的には、米長先生には生涯の最後にはそうした生き方をしていただきたいと思っていたので残念である。

最近、何かの棋戦の就位式の写真で米長先生のやせ細って頭髪も抜けた写真を見て私もショックを受けたものである。
そして、数日前の第二回電王戦記者会見の中でながれたビデオにも米長先生は登場していた。
現在この番組は、視聴期限未定になっているので、タイムシフト予約をしなかった方でも会員登録さえしてあれば今でも誰でも見られるはずである。

ニコニコ生放送 第2回 将棋電王戦 記者発表​会

やはり、痩せていて頭髪なしでショックを受ける一方で、米長先生にしてはある種の精力的な(悪く言うと)俗気が一切消え去って、まるで子供に戻ったような邪気の全くない笑顔にハッとさせられた。
人間は病気などで体力が落ちた際に、それまでの強烈な自我の主張が消え去って、おだやかな心になってその人間の奥に隠されていた心の性質が出てくる事がある。
いや、普段から米長邦雄は、いやおうなく他人を魅了してしまう人だった。しかし、さらにそれ以上に人懐っこくて純粋な性質があの時には出ていたような気がする。
ビデオの最後の出場棋士に向けた激励の一言、「おい、みんながんばれよ。」は、今となっては私たち全員に向けられた遺言にも思える。
そして、多分生前の味方も敵もあの笑顔をどうしても憎むことなどできないはずだ。