順位戦も大詰めをむかえていて、各クラスの昇級者が次々に決まっている。やはり、若手の有望格が多い。一部では、
「今年はイケ面しか昇級できない。中村太地、斎藤
………….、そして三浦」
というジョークがささやかれている。いや、ジョークとか言ってはいかんのだな、これが。
それはともかくとして、基本的にはやはり若手が優勢なのだが、順位の隠れた見所はベテラン勢の頑張りである。
順位戦はなにしろ棋士の生活がかかっている。みんな必死である。また、持ち時間も長くて先後も事前に決まっているので対策も立てやすい。
そして、ベテランが根性のすわった将棋を指して、本来の実力を発揮して伸び盛りの若手を負かしてしまう光景が今まで何度となく繰り返されてきたのである。あの羽生善治でも若い頃に順位戦では痛い目にあった。
今期もC1のラス前で全勝で突っ走っていた斎藤慎太郎が富岡英作に止められ、昇級争いをしていた佐々木勇気も平藤眞吾に討ち取られて脱落した。B2でも昇級をかけた糸谷哲郎が中田宏樹に完敗した。(B2はまだ最終局が残っている。)
今あげたベテラン棋士の方々は本来大変な実力者なので、この程度で驚いては失礼にあたるのだけれども、それでも若手の勢いを勘案すると、やはり流石としか言いようがない。
この順位戦におけるベテランの踏ん張りは、将棋界のよき伝統の一つなのではないだろうか。
 
さて、今回そういう意味で紹介したいのは田中魁秀九段の将棋である。田中先生は、残念ながら昨年末に引退された。弟子に佐藤康光、福崎文吾、長沼洋、阿部隆、小林裕士らを輩出した名伯楽である。その田中九段には順位戦で忘れられない将棋があるのだ。
第69期C級1組8回戦、広瀬章人当時王位はそこまで全勝で突っ走っていた。タイトルも獲得して、それはもう日の出の勢いである。
当初からその驚異の終盤力は他のプロ全員に恐れられていた。
先手田中で後手広瀬が向い飛車から角交換へ。田中はベテランらしく自在な駒組で、守りの金銀を伸び伸びと上部へ繰り出してゆく。狙いは端攻めからの飛車の9筋への転換だ。
その構想が実って、田中は9三に飛車を成りこむ事に成功する。ベテランならではの構想力でうまくやった。
しかし、そこから勝つのが将棋は大変である。
まして相手は終盤の鬼の広瀬。こういうところからベテランが誤魔化されてしまうことも多い。
しかし、この日の田中は終盤も冴えわたっていた。広瀬もうまく受けて先手もどうするか難しいと言われていたところで、▲9三角の鬼手。これで先手がよくなったそうで、その後も全く間違えることなく見事に広瀬玉をよせきった。広瀬は対局後に「▲9三角が見えていませんでした。」と述べる。あの広瀬に終盤で読み勝ったのである。
名人戦棋譜速報の掲示板には、終局後の田中が会心の笑みを浮かべる写真が掲載されていた。
田中先生はベテランになられてからもとてもお強い先生だった。本当にお疲れ様でした。

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