昨日の記事にコメントをいただいた。(ツイッターでも銀杏記者が少し前に似たようなことを呟いておられた。)
羽生善治が、晩年の大山康晴先生と対局していて、「大山先生は全然読んでいない、盤面をながめているだけなのだが、それでいて急所に的確に手がくる」と感じたそうである。
結構有名な話なのだけれども、ちょっとオリジナル発言がどこか忘れてしまったが、柳瀬先生との対談だったかしら。それ以外にも何度か羽生さんはこの事を書いたり発言していると思う。
つまり、大山は「直感」だけで指していたが、それまでの経験の豊富さがあり、将棋の本質を「直感」的に見抜く能力がずば抜けていたので、「読み」の部分ではそれまでの将棋界の棋士と比べると圧倒的に優っていたかもしれない若き日の羽生とも互角にわたりあえていたのである。
どこかで最近聞いた話ではないか。そう、アルファ碁も基本的には「直感」の碁である。そして、イ・セドルを負かすほどに強くなってしまった。
大山が直感だけで指して強かったというのは決して伝説ではないのかもしれない。将棋の神様と言われてあの羽生が今でも畏敬している大山クラスまで「直感」を高めることができれば、それだけでも相当な高みにまでのぼる事ができる可能性があるのだと思う。
勿論、大山も急所では読んでいただろうし、人間はそれを読みで補完できる。その際に精度の高い直感で正確な候補手をいくつかまず絞り込めれば、それを補完する読みも有効に使えるようになるはずだ。
昨日紹介したように、アルファ碁は頭脳の視角皮質で起きる計算を真似た「直感」を再現する事に成功しているそうである。コンピューターの場合は人間と違って全て記憶していられるので、その「直感」を働かすにあたって膨大なパターンを利用できるから有利である。だから、アルファ碁の「直感」がすごいといっても、そういう量の優位の面があるのも否定はできないだろう。
しかし、人間の脳は大変複雑で精緻にできている。視角皮質はそのごくごく一部で、他にも現代科学でも解明しきれないような働きが存在する。人間の「直感」は、仕組みとしては多分アルファ碁とは比較にならないくらい複雑なプロセスを経て成立しているのだろう。
そして、人間は脳の潜在能力をごく一部しか発揮していないというのだから、まだまだ「直感」能力を囲碁や将棋で人間が高めるのは可能なのではないだろうか。
人間がコンピューターと戦う際に、読む量では絶対に勝てない。それはもうどうしようもない事実だ。将棋ソフト関連でも書いたことがあるが、人間が対抗するには「直感」をさらに磨くしかないような気がする。
そして、将棋や囲碁で強くなるために一番有効な方法は自分より少し強い相手と戦う事である。将棋でもそうだけれども、アルファ碁の場合は人間の「直感」に近い判断をしているわけだから、学ぶ点は多いような気がする。
アルファ碁の「直感」が、それより複雑な人間の「直感」を触発して、人間の眠っている能力を揺り起こしてくれる事を期待してしまうのである。

ところで、タイトルの大山康晴とアルファ碁が戦ったらどうなるか?
それは将棋と囲碁なんで無理です。
(こんなオチで本当にごめんなさい。どうか見捨てないで…..