▲3三角成とらしく鋭くきりこんだ辺りでは渡辺明がよさそうなのではないかと言われていた。
しかし、渡辺が普通に▲4五桂とするのにやや成算がもてなくて▲3四桂と工夫したのに対して、佐藤天彦が△2五桂と応じたのが見事で局面が混沌としてくる。(渡辺は渡辺らしくこの△2五桂が見えていなかったと局後に率直に認めていた。)
もう、わけがわからない終盤である。しかし、佐藤天彦が△2七角成としたところでは、その馬が大きくて後手玉は詰まない、そして銀を取ったのが先手玉への詰めろになっている。
ようやくハッキリしたか。解説の深浦康市もそのように述べていたし、観ていた全てのものがそう思ったに違いない。久々にすごい名局を見た、という感慨にふけっていたら…
渡辺が▲7七桂をピシリと指す。
まだ終わっていなかった。先手玉の詰めろを受けているだけでなく、後手玉が中段を逃げてきた際に6五も封鎖しているではないか。
佐藤天彦はもう一分将棋である。
ギリギリまで考えて△8五桂。
深浦も渡辺の▲7七桂に驚嘆しつつも、しかし後手玉への詰めろにはなっていないし、2七馬がきいてその後先手玉を詰ますことができそうと、必死に解説する。
聞き手の中村桃子が、でも▲3四飛と打って△4五玉とすれば馬筋が止まりますよね、と指摘する。
深浦が、いいところに気づきましたねと笑いながら言うが、笑い事ではない。そうなってしまうと、もはや渡辺の勝ち筋である。
本譜もそのように進んだ。何という渡辺の渾身の勝負手だろう。こんな名手は滅多にない。
渡辺が佐藤康光との竜王戦の終盤で放った△7九角以来の名手中の名手である。
佐藤天彦が秒を読まれる中、体をガックリと崩して頭を抱えてしまう。何と残酷で美しい姿だろう。
秒読みは無情に続いている。それでも、佐藤天彦はきちんと座り直して居ずまいを正してから、きちんと投了の意思を告げた。
▲7七桂は本当にすごい手だったけれども、△8五金としていれば後手勝ちだった。その点について、佐藤天彦が局後にツイッターでこのように説明している。
今日は棋王戦第4局対渡辺棋王戦。本当にいろいろありましたが、僕にとってのチャンスは111手目▲77桂の局面でした。ここは△85金と打ち、以下▲34飛△45玉▲46歩に△同玉と取れば勝ちだったようです。▲46歩には△56玉としてしまいそう(△46同玉は▲64角成が痛そうに見える)
ですが、それは負け。この二つのハードルをクリアすれば勝ちだったようです。ただ、実戦では▲77桂の局面で考えたのは△85桂、△84桂、△68飛成。▲34飛△45玉に▲46歩も見えておらず、正確に指せていたかどうか。どちらも一分将棋の中では今の自分にとって難しい選択だった気もします。
この悔しい敗戦を、実に冷静に客観的に振りかえってみせてくれていたのだった。
局後に、大盤解説場に肩を並べて歩いて向かう後ろ姿の二人が変化を話し合っている写真が中継ブログにアップされていた。
あの激闘の直後なのに、元の仲のいい二人に戻っているようにも見えた。