最終局について、渡辺明がブログで次のように書いていた。
あれだけやって歩1枚の差なので、自分の全公式戦の中でも3本の指に入る将棋だったと思います。お互いに大きなミスもなかったですし。
渡辺が具体的にどの将棋を指しているのかは分からないが、本局以外ではすぐに思いつくのは渡辺の△7九角が出た佐藤康光との竜王戦第三局、そして羽生善治との竜王戦第七局である。どちらも伝説的な将棋だけれども、本局もそれと同レベルであると。わりと自分の将棋に対する評価がシビアな感じのする渡辺にも納得のいく将棋だったのだろう。
例の▲7七桂については、結果的には△8五金なら負けだったので、極端に合理的な渡辺だと、「負けだったんだから別に名手とかじゃないですよ、ハハハ」とか言いかねないと心配していたけれども、(いや、あの手について具体的に聞かれたらそう言う可能性もいまだにないとは言えないけれど)、少なくとも将棋全体としては本人も満足できる将棋だったという事である。そもそも、負けだとしても▲7七桂以上の勝負手はなかったわけだし。
昨日も書いたが、▲7七桂は詰めろを消しつつ相手玉が6五にくるのを防いでいるが、その後の進行を見ても実によく守りにきいていたし、また後手の△2七馬のききを▲3四飛▲4五玉とすることで遮断して先手玉が詰みにくくするという読みも複合していて、やはり複雑な組み合わせをよく読んでできている美しい手だったと思う。
しかも、佐藤天彦がツイッターで述べていたように、仮に△8五金としても、後手が指しにくい△4六同玉としないと勝てない難しい局面が続いていたはずで、名局だった事は間違いない。
そもそも、そういう結果的な分析よりも、将棋は生き物なので、生で観戦していた際のあの▲7七桂の驚きや感動はなにものにも代え難いし、個人的には渡辺の△7九角以来の手だと感じた次第である。
そう言えば、ニコ生で解説をしていた深浦康市が、羽生相手の王位戦第七局で指した伝説的な手も同じ▲7七桂だった。ちょっと因縁を感じてしまう。また、あの▲7七桂に対しても実はよく調べると羽生に正しい対応があった事がその後分かった。その点でも似ているが、だからといって▲7七桂の価値が減じることはない。それはその将棋も本局も同じで、将棋全体がそれがなくとも名局なのに、その末にこういうドラマティックな手がでたので感動するわけだ。

今回、正直に言うと事前に私は佐藤天彦がもつれた末に奪取するのではないかと予想していた。佐藤の充実ぶりと、直近の渡辺天彦の内容結果を考えると明らかに流れは佐藤の方にあったと思う。
その流れをいきなり完全に断ち切ったのが第一局である。新手の△73角で完全に流れをつかんで、以下ゆるむところなく完璧にかちきった。
渡辺の勝負強さの秘密は、こういう絶妙な新手を本当に大切な対局に準備して指せることである。羽生相手の急戦矢倉での二つの新手の事を、(ファンとしては苦々しく)すぐ思い出してしまう。単に勝っただけでなく、佐藤の自信をくじいてそれまでの悪い流れを完全に絶ってしまった。
第三局で、一時飛車損になったが、二枚のと金が大きくて指せるという大局観も見事だった。渡辺が勝ちはしたが、佐藤天彦の、もうダメだという局面を何度も何度もしのいでいく驚異の粘り腰も印象的だった。
そして、最終局は文句なしの名局である。恐らく年間最優秀対局の有力候補になるだろう。
ここしばらくのタイトル戦では、羽生世代同士あるいは羽生世代vs渡辺または若手の名局はたくさんあったが、若い世代同士でこれだけ濃密でレベルが高くてファンをうならせる将棋を見せてくれたのは初めてだろう。
そういう意味でも、価値ある画期的なシリーズだったと思う。

二人は仲が良いけれども、盤外でもなかなか楽しいやりとりがあった。
まず戦前には渡辺がブログでこのような印象的な事を述べていた。
・初場所の琴奨菊優勝に豊ノ島が言った「優勝してくれて一番うれしい人。優勝されて一番悔しい人。」この二人は小学生時代からのライバルだから、そこまでではないけども今度の棋王戦も同じような戦いです。
前夜祭でもあった。
両対局者にインタビュー
前夜祭(5)
二人は性格も棋風も対照的である。
鋭い攻めが持ち味の渡辺明に対して、粘り強い強靭な受けが特徴の佐藤天彦。盤外のやりとりでも、そのままの棋風だった。
このように性格が対照的だからこそ、仲もよいのだろう。とても良い「ライバル」である。