今回の三浦弘行九段のソフト利用疑惑については、二つの論点がある。

1. 三浦九段はシロかクロか。
2. それに対する日本将棋連盟の措置は妥当か。

今回の場合、両者が密接に関係していて厳密には分けられない一方、2については、現時点で決定的な証拠がない以上は、三浦九段がシロであるかクロであるかに関わらず妥当と言える措置をしなければならない。
そういう意味で、今回連盟が三浦九段の不正疑惑に対して、証拠なきまま竜王戦出場停止処分にしたことに対して批判が集まっている。
それはある意味では当然だろう。シロクロを断定できない現状では、

1. 三浦九段の竜王戦出場を認めた上で、今回現に行われている金属探査機によるチェックなどを行って、不正が行われない環境で対局を実施する。
2. 竜王戦自体を延期処分にして、連盟が不正についての正式な処分、判断を下した上で竜王戦を改めて行う。

という措置にするべきではなかったかという意見がネット上では見られる。原理原則論としてはその通りだと思う。
しかし、私がここで書きたいのはそういう事ではない。
三浦九段の「疑惑」については、週刊文春と週刊新潮で、我々一般ファンもかなり詳しい具体的な内容を知ることができた。
両記事によって、決定的証拠や不正を証明するに足りる法的根拠が明らかにされたとは言いがたい。
しかし、その一方で三浦九段の「疑惑」が限りなくクロに近いのではないかという状況証拠は色々提出されている。
つまり、現時点では

1. 法的には三浦九段がシロである事もクロである事も立証するのは難しい。
2. その一方で連盟や三浦九段を不正告発した渡辺竜王をはじめとする棋士は、決定的証拠はないにしても、クロであることを確信している。

という状況である。
そういう状況で、どのような処分をするべきかは大変難しい問題だと思う。
その点を論じる前に、まず現在の「状況証拠」で、どのような判断ができるかを検証してみよう。
無論、法的証拠がない以上は、以下は将棋の世界を長く見てきた一ファンである私の推測、個人的な意見にすぎない。
 
まず、週刊文春の記事について。
様々な状況証拠が出されている。しかし、公平に述べるなら、例えば三浦九段にスマホでパソコンを操作する方法を教えた棋士がいるという点は全く「証拠」にならないと思う。記事ではそれが重要な証言のように扱われているが、そういうソフトを使っている棋士ならいくらでもいるだろうし、そのソフトを使って対局中にカンニングをした証拠でもない限り、三浦九段同様そういう棋士たちは全て疑惑の対象になってしまう。「証拠」としてはナンセンスである。
その一方で、私が重視したいと思ったのは、渡辺竜王が三浦九段をクロだと断定した理由説明である。
渡辺竜王と三浦九段のA級順位戦が疑惑の対象だが、渡辺竜王が根拠としてあげている点は以下の通り。
1. 対局を観戦していた棋士が、ソフトで検証していたところ、三浦九段の指し手が驚くほどソフトの指し手と一致していて、それを局後に知らされた渡辺も自宅でソフトで検証したところおかしいと思った。
2. 感想戦で三浦が提示した読み筋とソフトの読み筋がそのまま同じだった。
3. 渡辺は三浦の過去対局を徹底的にソフトを使って調べ尽くした。
(以下は週刊文春からの引用である。)
「ソフトとの指し手の一致率が九十%だとカンニングしているとか、そういう事ではありません。僕や羽生さんの指し手(の一致率)が九十%ということだってありますから。
一方で、一致率が四十%でも急所のところでカンニングすれば勝てる。一致率や離席のタイミングなどを見れば、プロなら(カンニングは)分かるんです。」
例えば2ちゃん(のまとめサイト)では、三浦九段と「技巧」というソフトの指し手の一致率の高さが指摘されている。しかし、渡辺の主張はそんな単純な話ではない。単に一致率が高いだけなら終盤正しく指せただけの可能性もあるのを認めた上で、離席のタイミングと実際の指し手とソフトの一致などをきわめて具体的に検証した上で結論づけている。
将棋ファン以外には分かりにくい話かもしれないが、プロ(まして渡辺のようなトッププロ)がこのような主張をしているのは大変説得力がある。私が現時点で、三浦九段が不正をしたのではないかと推測している一番の理由はこの渡辺の証言が理由である。
無論、それは単に渡辺が言っているだけではないかという反論もあろう。しかし、それについては記事中にあるように、羽生三冠佐藤名人(さらにソフトには一番詳しい千田五段)を含む棋界の実力でも人間的信用でも抜群なプロ棋士たちに説明したところ、少なくともシロを主張する棋士はいなかったという事である。
さらに、三浦九段を告発したのは渡辺竜王だけではない。文春では久保九段の名前が、新潮では郷田王将の名前があがっている。
決して権威主義的に言うのではなく、渡辺も郷田も久保も、単に将棋が強いだけでなくて、大変人間的な信用のあつい人々である。少なくとも長く将棋界を見てきた一ファンの私は彼らが言うのならば、と思ってしまう。
勿論、彼らだって決して間違わないとは言わないし、三浦クロのバイアスで見ているからそう思えてしまっているという可能性も全くないとはいわない。だが、プロ棋士がもし本気で正確に棋譜を分析した場合の能力というのは、我々一般人の想像を絶するものである。もし、彼らが客観的な視点を失わずに判断できているのならば、彼らの証言は信憑性が高いと思う。まして、今回は当事者ではない棋士たちも説明をきいて少なくともその疑惑を否定する者はいなかったというのだから。
勿論、以上述べたのはそれでも「状況証拠」である。これも、「状況証拠」の補足に過ぎないが、渡辺竜王はこの問題が発覚する以前にこのような発言をしている。
私は、対局中に電子機器を預けることを制度化しても良いのではないか、と思っている。
渡辺明『勝負心』(文藝春秋社、2013年)より
(将棋語録(言葉にこもる人生)渡辺明、対局者のモバイルについて理事会に要望する(再掲載))
渡辺は、ちょっときつい外見をしているし、歯に衣着せぬ発言で誤解を招くこともある。しかし、実際は実に正義感も強くて実に真面目に将棋界のことを考えている男である。ある程度くわしい将棋ファンなら誰でもそれを知っている。今回の件で、当事者であるがゆえに、利害関係に基づく行動であるかのような邪推が一部で行われているのは、ファンとして残念だし、そういう事だけはありえないと思う。

さて、そのように少なくとも私は渡辺竜王たちの証言を信じている。勿論真偽が確定できないので推測に過ぎない。しかし、私ではなく、とにかく連盟や渡辺がクロだと強く確信していて、同時に決定的で法的な証拠がない場合にどう対処するべきだろうか?
それは冒頭の話に戻る。本来なら別の「疑わしきは罰せず」の措置をとるべきだろう。
だが、ソフトでカンニングをしたと確信している棋士を竜王戦に黙って出場させても仕方ないと果たして当事者が考えることができるだろうか?
まして、疑惑の対象になっている対局が、三浦九段が挑戦を決めていた竜王戦の決勝トーナメントの、郷田戦、久保戦、二局の丸山戦である。もし不正が事実だとしたら、ソフトの力を借りて挑戦者になったも同然である。いくら決定的な証拠がないからと言って、不正をほぼ確信しているのに、「仕方ないですね」と言って竜王戦に出場させる気になるだろうか?
筋論で言えば、今回の連盟の措置は明らかに間違っている。だが、プロの将棋に対するプライドという事で考えれば、今回の連盟の措置はやむをえなかったのではないかと私は考えている。
とはいえ、連盟も完全に間違っているわけではない。三浦九段を竜王戦に出場させなくさせた根拠は、「ソフトによる不正」ではなく、「不出場届けを提出しなかったこと」に対する処分である。不正とは一言も言っていないし、休場の三ヶ月があけた来年頭からの復帰も認めている。
勿論、不正問題が根底にあっての処置だが、連盟が竜王戦に出場させるのが耐え難いと考えた場合の苦肉の策として、一ファンとしては寛恕したいというのが正直な気持ちである。
但し、厳密には今思えば冒頭に説明した、2案の竜王戦を延期して、正式な処分を決めた上で実施するというのがベストだったとは思う。
しかし、現場のギリギリの状況での混乱を考慮すれば、少なくとも一将棋ファンとしては連盟も渡辺竜王たちも全く責める気にはならないのである。 

今回、当事者である渡辺竜王が措置に深くかかわってしまっている事にたいする批判もある。その意見も基本的にはまっとうだし正当だと思う。本来なら、渡辺竜王から何らかの訴えがあったとしても、全てその意見は連盟があずかり、連盟の全責任で当事者が措置に一切関わらないようにするべきだっただろう。
この点は、そもそも現在の将棋連盟が外部の理事ではなく、棋士、それも現役棋士が直接運営しているという構造的問題とも関係している。
だから、特に将棋ファンではない一般の方々が、今回の当事者が深く関わりすぎての意思決定に深い違和感を抱くかもしれないのも、ある意味当然である。
その問題は、将棋界も真剣に今後考えないといけないだろう。
とはいえ、現在の将棋界は棋士が自前で運営している弊害が多々ある一方で、そのおかげで守り続けることが出来ている美風も存在するのは確かである。その辺は、一将棋ファンとしては、どちらが良いのかちょっと複雑な気持ちである。

羽生三冠がらみでも簡単に。
週刊文春では羽生三冠が、「三浦九段は限りなく「黒に近い灰色」だと思います」とメールで書いたと報道された。
それを受けて、羽生三冠が理恵夫人のツイッターを借りて、「灰色と発言したのは事実だが、「疑わしきは罰せず」が原則だと考えています。」という趣旨のツイートをした。
理恵夫人のその後のつぶやきによると、この発言をもとに色々勝手なことを言われているのが、「まるでウィルスに感染したようだ」と相変わらず見事なセンス表現されていた。その意味では以下の私の推論も「ウィルス」の一種にすぎないことを了解してお読みいただきたい。
羽生三冠の発言は、連盟や場合によっては渡辺竜王への批判的発言のように解釈されてしまいそうだが、私はそうではないと思う。
まず、「疑わしきは罰せず」について、連盟は決して不正を名目として三浦九段を処分していないので、連盟への批判にはならないと思う。
また、「疑わしきは罰せず」の一方で「灰色」であることは認めていて、頂上会議の際にも、「そこで何か意思決定を求められたわけでもないし、シロともクロとも判断できないと述べた」と(別の報道によると)「留保」を付けた上で、それでも疑惑に対して否定する発言は会議でしなかったという事である。
羽生三冠が会長なら別の措置をしたかもしれないし、また今回の措置がベストとは思ってないかもしれないが、少なくとも連盟や渡辺竜王への「批判」ではないのではないかと
私は思う。
(以上「ウィルス」でした。)

さて、再度確認しなければならないが、私は個人的には渡辺竜王たちの証言を信じているわけだが、勿論確たる証拠は存在せず、三浦九段が潔白である可能性も十分ある。今後、三浦九段サイドが裁判を含めたアクションに出るかもしれないので、それを待つしかない。
三浦九段が、シロかクロかについては、将棋ファンの間でも意見は分かれている。クロとするのは、私のように棋士たちによってあげられた「状況証拠」が否定しがたいという意見、シロについては、まず証拠が存在せず、また連盟の対処がまずすぎるし信用できないので三浦九段が気の毒だという意見が多いように感じる。
また、三浦九段はさかもと未明さんのブログや文春の記事によると、棋士や知り合いに「潔白なので応援してください。」というメールを送っているそうである。この状況において、わざわざそんなメールが送られてきたら、特にファンの方々は三浦九段を信じてあげたくなるだろう。その気持ちは痛いほど理解できる。
それ以外に、三浦九段の人柄について。三浦九段の実直で個性的でちょっと変わっているキャラクターは将棋ファン皆に愛されてきた。
週刊新潮でも、師匠の西村先生が、三浦九段を信じて、その真面目な人柄を紹介する発言をされていた。三浦九段は、関西大震災の際に、対局料の中から100万円を寄付したそうである。
三浦九段は、NHKでの反論インタビューの際に落ち着きがないと言われたり、文春の記事によると、スマホ持ち込みの動議が連盟でなされた際に、突然立ち上がって「賛成ですが、私はやっていません。」と言ったそうである。
こうした事から、三浦九段を疑う声もあるようだが、しかし三浦九段はもともとそういうキャラクターなのである。ちょっと風変わりでユニークで個性的な人柄で、少なくともそういうのが「証拠」にならない事だけは、長い将棋ファンの私も保証する。
三浦九段を疑っていてこんな事を言うと白々しいと思われるかもしれないが、本当に私は三浦さんの対局姿やキャラクターが好きなのである。証拠というわけではないが、昔私が書いた記事をあげて終わりにしよう。

4タテをくらった挑戦者が主役だった不思議な名人戦ーー名人戦2010第四局 羽生名人vs三浦挑戦者




なお、具体的な事情の説明は省きましたが、将棋ワンストップさんの以下の記事、さらにくわしい情報についてはツイッターで適宜更新されているので、そちらをご参照ください。

将棋ファンから見た三浦弘行九段のソフト不正使用疑惑と竜王戦の挑戦者交代

三浦弘行九段のソフト不正使用疑惑の経緯をまとめた記事(その2)