谷川浩司

谷川浩司「谷川流寄せの法則(応用編)」(日本将棋連盟)

昨日の王座戦第二局は、終盤に木村さんの「幻の逆転手」、▲3一角があったそうです。それを発見したのが、他ならぬ谷川先生。3一に捨て駒することで逃げ道を封鎖する詰将棋のような手。羽生さんがもう一枚角を渡したために、玉が3二に逃げた時に▲2三角と打つと後手の玉の逃げ場がありません。こういった終盤での谷川さんの嗅覚健在を改めて証明する形になりました。両対局者とも全く気づいていなかったために、さらに羽生さんはその後もう一度角を二枚渡す寄せをしてしまいますが、木村さんもそれでもまた気づかず。当然控え室はすぐ気づいて大騒ぎになりそうなところを、谷川先生は(対局場に聞こえないように)「静かにするように」とすかさず注意されたそうで、そんなところまで「完璧谷川」ぶりでした。終局後、木村さんはこの手を指摘されると、手ぬぐいで目を覆い、しばらく顔をあげず、「聞かなきゃよかった。」と嘆いたそうです。

というわけで、タイミングよく、谷川終盤本「谷川流寄せの法則(応用編)」の紹介が出来るわけです(笑)。
ただ、谷川さんの著作では「光速の終盤術」という名著かあるそうです。この書評を読んでも、いかにも高度で格調高い内容そうです。欲しくなって書店で探したのですが、見つけられませんでした。Amazonを見ると高値で取引されているので、現在は市場には出回っていないのでしょうか。
ということで、タイトルの本を購入。「谷川流寄せの法則(基礎編)」とセットになっている後編です。第一章では、わりと基本的な終盤の講義と易しめの問題で、終盤の基本を解説しています。
ただ、中心、というか私のお目当ては、谷川先生の実戦の終盤からの出題です。勿論、こういう問題集は徹底的に考えれば考えるほど実力がつくのは間違いないのですが、なんといっても谷川先生の実戦の読みを当てなければいけません(笑)。私自身はあまり無理に考えずに、谷川流の華麗な終盤術を楽しむという態度で読み進めました。
実戦例をいくつも続けて読んでいくと、思わず「すごいなあ」という呟きが口から漏れてしまいます。谷川終盤の基本的特徴について、改めて説明する必要はないでしょうが、とにかくいきなり相手玉に襲い掛かってバッサリ討ち取ってしまう爽快感は何事にも変えがたいものがあります。しかも、無理やりの力づくではなく、全てが綺麗な形のもとに芸術的手腕で遂行されるのです。
将棋の場合、必ずしも、相手の玉を一直線に討ち取る勝ち方だけではありません。完全に受け切ってしまったり、ジワジワ包囲網をひいて相手が守備する意欲をなくさせたり、究極的には入玉してしまうというやり方だってあります。むしろ、勝ち方として確実なのは、それらなのかもしれません。しかし、谷川美学の辞書には、そんな勝ち方は載っていません。
本書の解説を読んでいても、谷川さんの場合、常にどうすれば相手玉が詰みの形になるかを意識しています。どの形になれば詰むのか、どういう持ち駒になれば即詰みの順が生じるかを、早い段階から想定されているようです。その詰みの終着点から逆算して、そこに至る構図をどう描き出すかが、谷川流の終盤の考え方と言ってもいいのではないでしょうか。だから、あれだけ芸術的な美しい「絵」が描けるのでしょう。
例えば、出題例の中でも、受けを考える場合でも、受けを通じてどの駒が入れば相手玉が詰むかということも考えられています。谷川流では、単に受けつぶすのでなく、どう受けを相手玉の寄せにつなげるのかを考えているかのように。
一方、ひたすら玉を二手連続して早逃げする例も挙げられており、勿論そんな単純なものではありません。とにかく、その辺は本書を読んでいただくのが良いでしょう。
各出題で、相手棋士たちがひどい目に合わされているのですが、それが佐藤だったり森内だったり羽生だったりするのです。谷川さんの手にかかると、彼らも抵抗する余地なくバッサリ斬られてしまっています。爽快です。
こういう終盤力という点では、現在でも谷川さんは全プロの仲でも傑出した存在でしょう。それが、今ひとつ苦戦されているのは、将棋の指し方が多様化複雑化してきていて、なかなか谷川さんの望むような終盤の形にならないからなのかもしれません。とりあえず、順位戦では現在一敗なので、星を伸ばして、また羽生さんと名人戦で戦っていただきたいものです。少し気が早すぎますが。
ある問題で、結構広い相手玉を豊富な持ち駒にものを言わせて、一気に詰ませてしまうというのがありました。詰み手順自体は、それほど妙手があるわけではありませんが、変化が広すぎてアマチュアに読みきるのは大変です。でも、谷川さんはこのようにおっしゃるのです。
問題図でこの詰みを読み切るのは大変だが、持ち駒の数と5九の香の利きを見て、「これは詰み」という直感が働くだろう。
谷川先生、申し訳ありませんが私にはそんな直感全然働きません。いや、プロだって谷川先生クラスの「直感」が誰も働かないから、皆さんバサバサ斬られまくっているのですよ。

谷川浩司「構想力」(角川oneテーマ21)

谷川先生については、最近朝日新聞夕刊に載った「大人のアメカジ」姿が、どうしても脳裏にこびりついて離れません。これからは、ファッションの面でも、神吉さんと、はりあっていかれるおつもりなのでしょうか。などと、何で私は余計なことを書かずにはいられないのでしょうか。地雷を踏みたがる私の性格が心底憎いです(笑)。

さて、谷川先生の新著「構想力」。本文中にも、何度か出てくるのですが、将棋の世界においても、強くなるための「高速道路」が整備され、徹底的な序盤研究の情報の共有、簡単に検索可能な棋譜のデータベース、いつどこでも可能なネット対局が可能になっています。しかし、プロが本当に強くなるためには、「高速道路の出口の渋滞」を脱出しなければいけない、そのために必要なのが「構想力」なのだ、というのが、根本にある谷川さんの、問題意識、コンセプトなのだと、自分なりに解釈してみました。
なかなか若手に対しても手厳しいことを言われていて、「自分の力で考える力が弱い」「いわゆる本筋から離れる勇気がない」「分かりきったところをノータイムで飛ばす棋士は怖くない」といった、言葉がポンポン飛び出して来ます。根本に「研究将棋」に対する物足りなさと御自分の力で「芸術」として将棋を指している自負を感じます。
これは実際その通りで、本当にトップの人間は、単純な研究将棋や合理性の追求だけではない要素を必ず持っているようです。例えば、渡辺竜王なども、当初はデジタルの申し子のようなイメージがあって(あるいは、周りが勝手に作り上げていた)が、実は修行時代に谷川全集を、実際に将棋盤に並べて、一手一手意味を深く考えることで強くなったそうです。
谷川先生の言われることは、実にもっともだと思うのですが、私などは天邪鬼なので、徹底的に研究の合理性を追求し、時間も研究範囲では使わず、というやり方をラジカルに推進する棋士がいても面白いんじゃないだろうかと思います。現在、急速度で将棋における合理化が進んでいるとは言っても、まだまだ、旧来の慣習や思考にとらわれている部分も多いのではないでしょうか。あくまで個人的希望に過ぎませんが、周りの顰蹙を買ってでも、極端なくらいのドライな合理性を追求する棋士がいてもいいんじゃないかと思います。
通読して感じるのは、谷川さんは、やはり円満な常識人、語弊があるかもしれませんが、穏健な保守主義者だという感じがします。こういう人になら、将来の将棋界を安心して任せると思う一方で、こういうところが、棋士の谷川さんに対して、ファンが勝手に今ひとつ物足りなさを感じる部分でもあります。きわめてエラそうな言い方で申し訳ありませんが、率直に感じていることとして。勿論、そういうところが、谷川さんの魅力でもあり、谷川さんらしさでもあり、谷川さんの個性と言ってしまえばそれまでなのですが。
とにかく、将棋においても、やはり年齢とともに衰えていくというのが常識なわけです。しかし、本書を読んでいて、谷川先生の精神はとても若々しさを維持されているし、「対局における集中力はむしろ高まっているくらいだ」という心強い言葉もありました。とりあえず、タイトル獲得の最年長記録の更新を、一ファンとしては切望せずにはいられません。

他にも、70近くなった原田先生が、奨励会三段の子と指してよく勝っていたなど、興味深いエピソードも多くあり、やはり将棋ファン必読の一冊といえるでしょう。ということで、将棋ファンは大変ですが、この際ちくま新書から出た二冊とあわせて、三冊まとめ買いしちゃいましょう(笑)。

最後に問題。形勢判断についてて述べた部分で「棋士の中には徹底的な楽観主義でタイトルを獲った人もある」という記述がありました。
さて、誰のことでしょう。私の中には、ある一人の人物の尊いお顔がすぐ浮かんだのですが・・・。

谷川浩司、河合隼雄「無為の力」


 日本を代表するユング派の臨床心理学者の河合隼雄氏との対談。ユング大好き人間の自分としては、とてもうれしい対談である。
 河合氏の対談らしく、将棋を指す上での心理的側面に踏み込んだ、含蓄に満ちていて、しかも決して難しくならない話を聞くことができる。
 谷川さんの言うところの「第一感」、論理的思考でなくイメージとして直感的に手が浮かぶ仕組みについて、河合氏らしい分析を加えている。
すなわち、将棋に限らず非凡なアイディアには「直感」が大切で、優れた直感の持ち主の場合、「頭の中に上等な網の目が出来ていて、だめな直感は通ってこられない」仕組みになっている。あるいは、仏教の華厳経や唯識の例を引いて、通常の意識レベルを変容したときに、わきあがってくる深い理解力、直感が存在する、など。
 将棋は、全く理詰めの論理思考のゲームと思われがちだが、少なくとも「人間」が指す将棋においては、最高のプロのレベルでも、そうした論理性ではない「直感」が勝負を分けているというのが興味深い。いくら読む力が優れていても、「直感」でよい手が浮かばなければ、どうしようもないのだ。谷川さんは、並みいるプロの中でも、そうした「直感の」才能が桁外れなのだろう。
 勿論、コンピュータ・ソフトがこのまま進歩し続ければ、人間の「直感」と勝負できる日もいつかは来るとは思う。そのように、コンピューターと人間が戦うのを、自分は嫌だとは感じないし、むしろ楽しみに思う。「直感」の部分だけは、コンピューターでは、どうしようもない領域なので。(チェスの、カスパロフとディープ・ブルーの対決のドキュメンタリー番組は、本当に面白かった。)
 河合さんは、一応「ユング派」ではあるが、あまり「理論」にはこだわり過ぎない実際的で有能なカウンセラーでもある。そういう、河合氏の、実際の分析の仕方についても、色々紹介されていて勉強になる。ちなみに、自分はもっぱらユングのわけの分からない部分のファンで、例えば「ヨブへの答え」など、正しいか正しくないかがどうでもよいくらい、ムチャクチャ面白い本だ。
 谷川さんも、相手が河合さんだからなのか、なかなかの博識家ぶりを披露している。将棋以外のことも、よく勉強されているようだ。この本に限らず、最近の谷川さんの著作に目を通していると、将棋以外の人間的な「総合力」を高めようと常に意識されているのが分かる。現在の若手優位の将棋界で、どうすればご自分が生き残れるのかを、しっかり考えているようだ。しかも、谷川さんの場合、現代将棋のよさは柔軟に取り入れていて、そこが谷川さんの上の世代とは違うところである。才能という点では、将棋界の誰もが認めるところなので、恐らく皆が思っているよりかなり長持ちするのではないだろうか。現在の不調も、ただの過渡期に過ぎない気がする。
 明日から棋王戦が始まる。谷川vs羽生戦について、自分は、いつもは完全中立を決め込んで、ひたすら将棋を楽しむことにしているのだが、今回は、谷川さんを応援しよう。何しろ、今の羽生さんの勢いがすごすぎるので、倒せるのは谷川さんしかいないと思うし、意地を見せて欲しいので。
 

谷川棋王の近著紹介


 谷川さんが最近書かれた本を、何冊かまとめて紹介しておきます。特に対談本など読んでいて感じるのは、本当に谷川さんって素直な方なんだなあということです。決して自分の主張のみ押し通したりすることがありません。

古田敦也氏との対談「心を読み 駆け引きに勝つ」
 谷川さんの発言は勿論のこと、古田さんがイロイロ興味深いことを述べられています。
 例えば、情報の処理について。以前おさえた配球の記憶にいつまでも頼っていてはだめで、当然打者の対応力も状況も変わってくるから、常に情報を更新し、多数存在する情報から役に立たないものをどんどん捨てていくべき、また、いかに実践的に役に立つ情報を選択するかが大切など。
 野球のデータということでは、最近大リーグ関係で話題になった「マネーボール」も、とても面白い本です。アスレチックスの名物GM、ビリー・ビーンが、少ない資金力でヤンキースなどにいかに対抗しているかの秘密を探った本。特に、既製の「情報」のあり方を徹底的に洗いなおす話は、興味が尽きません。
 (直接関係ないのですが、情報化社会で人間性が失われていくという常套論をよく耳にしますが、果たしてそうでしょうか。むしろ、自分では自由だと思い込んでいる「人間」こそが、様々な条件付け、伝統や知識や心理的傾向に縛られて、決まりきった思考、行動に縛られていることのほうが実際には多いと思います。むしろ、テクノロジーの力で、徹底的に情報化を推し進めて、人間的な習慣のくびきを解きほぐしたほうが、「自由」に近づくことのできる可能性があると思います。無論、テクノロジーも用い方次第のもろ刃の剣なのですが。)

谷岡一郎氏との対談「勝負運の法則」
 ツキと実力の関係などを、ギャンブル学の権威、谷岡氏と語られています。谷岡氏の基本主張はきわめて明快、ツキについては、「ゆらぎ」によるばらつきがあるにしても、長期にデータを取れば確率的に、間違いなく平準化されていく。まあ、なんというか、ごくフツーの、反論の余地のない考え方です。ただ、出来ればその「ゆらぎ」の部分をどうコントロールできるかを、もっと突っ込んで話してもらえると、さらに面白かったと思います。「復活」で紹介した通りに、谷川さんも、実は運と対処する自分なりのシステムを持っていますし、例えば、羽生さんなど、そういう「ゆらぎ」を自分の加勢につける能力に、とても長けていると思うので。

「集中力」
谷川流の、能力開発法を「集中力」「思考力」「記憶力」「気力」といった様々な側面から論じておられます。
その中で、いわゆる「脳内将棋」について述べているくだりが面白い。谷川さんの場合、「将棋の駒が一文字で、黒地に白という感じで浮き上がってくる」そうです。恐らく、プロ棋士によって浮かぶ映像が違うのでしょうね。とにかく、強い人は、頭の中にそういうイメージ映像を作り出す力も優れているのだと思います。

「四十歳までに何を学び、どう生かすか」
 四十台でタイトルを獲得したのを機に、歳とどう付き合い経験を活かすか、同世代への励ましを含めて書かれています。
 将棋で、「本筋」の手だけにとらわれていては駄目で、「無筋」の手を勇気を持って検討する必要性があるなど、興味深い話が紹介されています。
 それと、これらの本で谷川さんが何度も言及されているのですが、指し手というのは局面を見た第一感でほとんど決まってしまうとの事です。無論、その上で読みの検討を加えて、選択修正していくわけですが、ほとんど第一感が正しいそうです。その「第一感」がどのように導き出されるのかについての秘密が知りたいところです。それが「才能」の差だといってしまえば、それまでなのですが。

NHK杯、録画して見ようと思っていたのですが、その前に「将棋連盟」サイトの「今後の対局予定」をついウッカリ見てしまったら「羽生対佐藤」の文字が目に飛び込んできた。やはり、結果が分かっていて見るのは、なんとも味気ないのですが、完全に自己責任なので、どうしようもない・・。

昨日の羽生さんの終盤、谷川浩司著「復活」

昨日の羽生さんの終盤

 NHK杯の羽生さんの終盤について、「きよきよのしょうぎばんBLOG」で、本当に羽生さんの寄せは正しかったのかという疑問を呈しておられた。確かに、終局直後の羽生さんの表情は、とても納得いく指し方を出来たという感じには見えなかった。羽生さんの終盤術をほめていた藤井さんにしても、途中からは「本当にこれでいいのか」という感じになっていたし。
 つまり、藤井九段の「羽生の終盤論」は、一般的な分析としては正しくても、昨日に限っては、そうともいえなかったということなのだろう。ただ、羽生さんの指し方に問題があったのか、橋本四段の抵抗の仕方が見事だったのかは、自分の棋力では全く判断できない。とにかく、一時橋本陣が、金銀で固まって立ち直った時に「ああ、自分じゃ、とてもじゃないけど勝ちきれないだろうなぁ」と思ったのだけは、確かである。


谷川浩司著 「復活」

 羽生さんに無冠に追いやられてから、十七世名人を獲得して「復活」するまであたりについて書かれた本。震災直後の様子も、かなり生々しく描かれている。月日が経つのは早いもので、もはや結構前のことのように感じてしまう。
 今、谷川さんは、必ずしも調子が良くない。しかし、この本のように、何度も起き上がり、立ち直ってきた人なので、対処の仕方は十分かっているだろう。棋王戦がもうすぐ始まる。現在羽生さんの勢いがすごいが、今までの経験をいかして、どう谷川さんが、対抗していくのかに注目したいところである。
 何度も戦ってきた羽生さんについて、いくつか印象的なことを言われている。「羽生さんの発する『気』には独特のものがあって、その『気』を前にしていると、どっと疲れる。」「お互いに最強の手を指そうとするところが共通している。自分の手に、もっとも敏感に反応するのが羽生さんである」など。特に「気」の話が面白い。テレビで見ていても、羽生さんの、あの指す手つきとか、対極姿に、独特の圧迫感とか、甘えを許さない緊迫感とかを、確かに感じる。そういえば、大山さんも、すごく人に緊張感を与える方だったらしい。昔、山田女流が、普段ちょっと目の前に来るだけですごくカチカチになってしまうと言っていたのを、今思い出した。
 さて、一番面白いと思ったのは「勝負運」について語った部分である。すなわち、トッププロなら、第一感で最善手を見つけられる。しかし、それを長考せずに、即指してしまっては「運」を無駄遣いすることになる。そういう時こそ、しっかりした読みの裏づけをしておいて「運」を節約しないといけない。もっと大事なときに「運」を残しておくべきだ、と谷川さんは主張する。

「指運」を使うのは、勝負がぎりぎりのところに入ったときだ。自分の考えや、経験、知識、技術、全てを総動員して戦っているのだが、最後の最後で迷うところがある。どちらが最善なのかわからない。そうした時に、つまらないところで「運」を使ってしまっている人には、使える「運」が残っていない。

 厳密に考えると、本当の意味では「合理的」でないようにも感じてしまう考え方である。「運」というと、例えば、麻雀ではその占める役割がはるかに大きい。スカパーのモンドで放送している、プロの麻雀棋戦を見ていると、ベテランの「オカルト派」と、若手の「デジタル派」の対立というのがある。「オカルト派」は、麻雀のいわゆる「流れ」を重視して、どういう打ち方をすれば運を自分に引き寄せられるかを意識する。一方、「デジタル派」は、「流れ」などは確率的には存在せず、ただ、一局一局の勝負のみがあるだけなので、正しい手順を尽くすことだけに専念すればよいという。一見、「デジタル派」の主張の方が、合理的で正しいように思える。
 ところが、見ていると、若手の連中は、結局ベテランの連中に、ほとんど歯が立たない。一見、不合理な考え方をしている「経験的」な打ち方をするベテランが、やはり強いのだ。その辺「運」という、得体の知れないものと戦わざるをえない麻雀の面白さを感じる。
 将棋の場合、「運」の占める割合は、はるかに小さい。むしろ、いかに「運」が顔を出さない指し方をするかを競うゲームといえるかもしれない。しかし、谷川さんのような、トップ中のトップが、そういう考え方をしているのは、とても興味深い。ギリギリの勝負をしていると、そういう要素も考えざるを得ないのだろうか。また、羽生さんの世代や、さらに若くて合理的な渡辺さんの世代は、どのような考え方をするのだろうか。ものすごく知りたいところである。

谷川浩司著「ちょっと早いけど僕の自叙伝です」

 最近谷川棋王が、すごい勢いで本を出版している。それも、将棋本以外の、古田選手との対談本など、人生論的なものを。不惑を迎えて、そうしたことを大いに語りたくなっているのだろうか。
 そういえば、最近「勝手に将棋トピックス」でも紹介されていた読売大阪のインタビューの記事印象的でした。「『一番にならなくてもよい』ではなく、一番を必死に目指すべきであって、その結果なれなかった場合はしょうがない」という発言、ちょっと「すごい」っすね。スポ根ドラマで、例えば「エースにねらえ」(古い)の宗方コーチあたりが言いそうである。いや、宗方コーチなら、「一番になれなかったら死ね!」というか。 
 いかに谷川さんの発言とはいえ、老荘思想をフェイクで愛する自分としては、ちょっと「ハイそうですか」といって受け入れる気にはならないです。もっとも、あのまっすぐな谷川さんが言われると、ぜんぜんイヤミでないし、ある程度納得してしまうのですが。やはり人柄ですね(ヨイショ)。
 ところで、実は自分にとって谷川将棋というのは、分かりやすそうでよく分からないところがあります。昔は「光速の寄せ」の表現通りの将棋だっただろう。しかし、羽生世代と戦い続け、将棋の質自体が変化するのに応じて、当然谷川将棋も大きく進歩、変質しているはずだ。谷川将棋をテレビなどで見たり、プロの言っていることを総合すると、むしろ「老獪」という表現が、今は適切なくらいなのではないだろうか。その辺、そろそろ谷川将棋の現在について、誰かプロの方に再分析してもらいたいものです。
 さて、谷川本を、少し前のものから手当たり次第に読んでみて、谷川将棋を考えるきっかけにしてみたいと思っています。「谷川浩司全集」のほうは、「ものぐさ」なので後回しに・・(笑)。(少し読んだことがあって、芹沢八段との対局戦記がとても印象的だったことくらいは、一応言い訳がましくいっておこう。)
 さて、今日はタイトルの本について。(自分が読んだのは、大幅に加筆した角川文庫版。)羽生さんが出だした頃とはいえ、まだ第一人者としての自信にあふれている頃に書かれた本である。タイトル通り、幼少時時代から現在に至るまでを、自叙伝的に述べている。
 自分は、谷川さんは、すごく真面目でデリケートな人間だと思っていた。しかし、それは、羽生さんとの戦いを通じて醸成されたイメージなのかもしれない。実は、「心臓に毛の生えた」ところもあるようだ。例えば、書道の練習をするのに、テレビが回っているときには、見事な筆の運びをしていたのが、カメラが止まったとたんに、字の生気が失われたそうである。 それ以外にも、何事にも動じない、実は図太い神経であるエピソードが紹介されている。もっとも、あれだけの大棋士になるには、そういう要素がなければ無理なので、当たり前ともいえるが。
 それと、谷川さんのユーモア、サービス精神も知ることが出来る。谷川さんは、若い頃に田中虎彦八段や森九段に、かなり挑発的な発言をされた。それはそれでファンサービスとしてよいことだと断ったうえで、次のように書いている。

私自身もこれからはそんな発言もしようかと、いろいろ考えてはみたのである。
 田中八段にはこんなところではどうか。
「髪伸ばして、髭なんか生やして、悪い子ぶっちゃって、このォ。知ってるぞ、ほんとは優しい人だって」
 森王位には、
「いきなり坊主頭にしても誰も驚かないぞ。坊主にしたってもとがいい男なんだからな」
・ ・・・・どうも、これでは太鼓持ちのヨイショである。

 これって、全然谷川さんらしくなくて、すごくないですか。引用を書き写しながら、笑いをこらえることが出来なかった。谷川さんも、やっぱり「関西」の棋士なのだと再認識してしまう。実は、谷川さん、こういうことを、もっと言いたくて仕方ないのではないだろうか。そうしても許される年齢になったのだから、今後大いに期待したいところです。

実は今年大厄の歳の谷川浩司について

 将棋の日の、谷川vs森内戦。谷川さんが、ファンサイトで、自戦解説していると、教えてもらいました。実は、森内玉に即詰みがあったとの事。テレビで、少し佐藤棋聖がふれていた順である。詳しくは、ファンサイトの「光よりも速く」の光速ノートで、自筆原稿を読むことができます。
 執筆日時を見ると、オンエア前にちゃんと準備されていたようである。自分のようなアマチュアファンたちが、放送を見て疑問に思うのを見越していて、ちゃんと対応してくれていたようだ。さすが、将棋指し。次の手を、しっかり読めている。
 ちなみに、谷川ノート久しぶりに読みましたが、実に丁寧で、几帳面で、神経の行き届いた文章書きますね。文は人なりというが、性格がよく出ている。最近のノートを、まとめて読みましたが、なんというか、読んでいる側の心もシャンとするような、格調の高い文章である。
 その中で、最近の羽生さんについてふれていて、「誰でも一人の相手にだけ勝てない時期があるものだ」と、書いていました。いうまでもなく、谷川さんが「一人だけ勝てなかった」のが、羽生さん。その谷川さんが、最近森内さんに勝てない羽生さんに、そんなことを言うとは、因果は巡るというか、時代の移り変わりを感じずにはいられません。
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