和歌でも百人一首しか覚えていない。中でも最初に覚えたのが今日のタイトルのこの歌ではなかっただろうか。中学より前だったか後だったかよく覚えていないが、そのころラジオで連続もので放送されていた番組があった。順序はどうだったか正確には思い出さないが、その番組の冒頭に必ずこんなナレ-ションが入る。
≪嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る≫・・・右大将道綱の母・・・蜻蛉日記・・・次に、ジャジャ-ンとドラマチックな音楽が入り・・・そして物語か何かが厳かに始まる。しかしながら私はこの内容を一切覚えていない。
このところ、グル-プで「蜻蛉日記」を読み進んでいるが、番組の内容はこの本の現代語訳が朗読されていたのではないだろうか、と今思っている。
この番組の懐かしさに私はある日、NHKにそのことを尋ねたことがある。しかしながら何も返事はない。「ア-カイブス」にあればぜひ聞いてみたい気がしている。

今日はその「蜻蛉日記」の勉強会で、私が当番の日だった。次に記したのは、その担当のところの一部で、これが1ペ-ジだとすると、全部で7ペ-ジあった。私はこの会で劣等生なので、とにかくじっくり細かいところまで調べて、よく読めるようになって臨もうと思った。よく読めるということは、内容をよく把握したということになる。
(お断りしておきますが、これは私の今日の復習として記しているので古典は苦手と言う方には申し訳ないことですが、あっさりと流していただければと思います。現に私も前にどんなところを書いたのか覚えていません。しかし前の記事を偶然見ることがあると、少しは思い出すので私としてはそれだけでもいいと思っている次第です。)

ここちも苦しければ、几帳さし隔ててうち臥す所に、ここにある人、ひやうと寄り来て言ふ、(侍女)「なでしこの種取らむと侍りしかど、根もなくなりにけり。呉竹も、一筋倒れて侍りし。つくろはせしかど」など言ふ。(道綱母)「ただ今言はでもありぬべきことかな」と思へばいらへもせであるに、眠るかと思ひし人いとよく聞きつけて、この一つ車にてものしつる人の障子を隔ててあるに、(兼家)「聞いたまふや、ここに事あり。この世を背きて家を出でて菩提を求むる人に、ただ今ここなる人々が言ふを聞けば『撫子はなで生(おほ)したりや、呉竹は立てたりや』とは言ふものか」と語れば、聞く人いみじう笑ふ。あさましうをかしけれど、つゆばかり笑ふ気色も見せず。