Shography's blog

何でもいいの

2014年01月

祝婚歌

 先ほどテレビで、吉野弘氏が亡くなられたと、詩「祝婚歌」が紹介されていた。
私は、身につまされてひどく感動した。夫も傍にいたが、二人ともおも恥ずかしかったと見えて聞くともなしの振りして聞いていた(第一私はパソコンのながらだった)。すぐにこの詩を探した。


祝婚歌  吉野 弘



二人が睦まじくいるためには


愚かでいるほうがいい


立派すぎないほうがいい


立派すぎることは


長持ちしないことだと


気付いているほうがいい


完璧をめざさないほうがいい


完璧なんて不自然なことだと


うそぶいているほうがいい


二人のうちどちらかが


ふざけているほうがいい


ずっこけているほうがいい


互いに非難することがあっても


非難できる資格が自分にあったかどうか


あとで


疑わしくなるほうがいい


正しいことを言うときは


少しひかえめにするほうがいい


正しいことを言うときは


相手を傷つけやすいものだと


気付いているほうがいい


立派でありたいとか


正しくありたいとかいう


無理な緊張には


色目を使わず


ゆったりゆたかに


光を浴びているほうがいい


健康で風にふかれながら


生きているなつかしさに


ふと胸が熱くなる


そんな日があってもいい


そして


なぜ胸が熱くなるのか


黙っていても


二人にはわかるのであってほしい



 こちらで管理人さんお気に入りの吉野弘の詩が読める。ああ、こんな詩があるなんて知らなかった。幸せな気分になる。http://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/4650/sub1.html


今年の寄せ植え

去年のと言うべきか。このところ何年かお花の寄せ植えをしているが、今年のはイマイチかなと思っている。試み始めた一年めがいちばんいいできだったかな。それに味を占めて作った二年めもよかったように記憶している。とすると今年は四年目らしい。今年はもう少し花を足そうと思っているうちに正月になり、もうすぐ二月。花が成長して鉢いっぱいにはなっているが、赤かピンクの色をもう少し勝たせたかった。鉢も、今年はトタンのバケツのようなもの。おしゃれではあるが去年までの陶器の器もよかった。(まあ、いろいろ言い訳してないで早くお見せしなさい)はい!(写真の撮り方もよくない)
          1/6撮影

    


 


 


 


 


 


 


 


 


 


お口直しにこちら・・・今年もウイ-ンで踊ってきました。



大阿蘇 三好達治

次の催しのための「群読用」を探していた。
この詩などはどうだろう?明日持って行ってみる。


  大阿蘇              三好達治

雨の中に 馬がたつてゐる
一頭二頭仔馬をまじへた馬の群れが 雨の中にたつてゐる
雨は蕭蕭と降つてゐる
馬は草を食べてゐる
尻尾も背中も鬣も ぐつしよりと濡れそぼつて
彼らは草を食べてゐる
草を食べてゐる
あるものはまた草もたべずに きよとんとしてうなじを垂れてたつてゐる
雨は降つてゐる 蕭蕭と降つてゐる
山は煙をあげてゐる
中岳の頂きから うすら黄ろい 重つ苦しい噴煙が濛濛とあがつてゐる
空いちめんの雨雲と
やがてそれはけぢめもなしにつづいてゐる
馬は草をたべてゐる
艸千里浜のとある丘の
雨に洗はれた青草を 彼らはいつしんにたべてゐる
たべてゐる
彼らはそこにみんな静かにたつてゐる
ぐつしよりと雨に濡れて いつまでもひとつところに 彼らは静かに集つてゐる
もしも百年が この一瞬の間にたつたとしても 何の不思議もないだらう
雨が降つてゐる 雨が降つてゐる
雨は蕭蕭と降つてゐる


 


 ここに移して載せることで、自分でプリントにしたものとのいろいろな間違いを見つけることができた。


「仔馬をまじえた」のところ「子牛をまじえた」としていた。
「重つ苦しい」の「重つ」は何か特別な読み方があるのかどうかと随分考えた。何のことはない「重っ苦しい」なのだ。
「草千里浜」って何?・・・これは「草千里ヶ浜」だった。
最後の一行を「粛々(しゅくしゅく)」としてしまっていた。上の方と同じように「蕭々」だ。しかしここのところ「粛々」でもおもしろいと思っていたが・・・とんでもない、間違いに気づいて本当によかった。


今また「この一瞬の間にたつたとしても」とは何だ?ときが付いた。「たつた」は「経った」なのだ。






[後記]
       大阿蘇                 三好達治


     雨の中に 馬がたっている
     一頭二頭子馬をまじえた馬の群れが 雨の中にたっている
     雨は蕭々(しょうしょう)と降っている
     馬は草をたべている
     しっぽも背中もたてがみも ぐっしょりとぬれそぼって
     彼らは草をたべている
     草をたべている
     あるものはまた草もたべずに きょとんとしてうなじをたれてたっている
     雨は降っている 粛々と降っている
     山は煙をあげている
     中岳の頂から うすら黄いろい 重っ苦しい噴煙がもうもうとあがっている
     空いちめんの雨雲と
     やがてそれはけじめもなしにつづいている
   
          馬は草をたべている
     草千里浜のとある丘の
     雨に洗われた青草を 彼らはいっしんにたべている
     たべている
     彼らはそこにみんな静かにたっている
     ぐっしょりとあめにぬれて いつまでもひとつところに 彼らは静かに集まっている
     もしも百年が この一瞬の間にたったとしても なんの不思議もないだろう
     雨が降っている 雨が降っている
     雨は粛々と降っている

                                           (中学3年の教科書に掲載)

あれ-!9行目と最後の行のところ、やはり「粛々と」になっているではないか!!? どっちが正しいの?
               


五木寛之を初めて読んだ

「青春の門」は、なんとなく知っていたけれど本は読まなかった。五木寛之と聞いて私が一番に思い出すのはあの何とも魅力的な風貌と「かもめのジョナサン(唯一読んだ本)」だ。市の催しの際、図書館で要らなくなった図書(リサイクルブックという判が捺してある)を無料配布することがある。去年の12月初めにもらっていたのが今回読んだ本「戒厳令の夜、上、下」(五木寛之)だった。題名が何とも難しいような、でもこういうのも読んでみた方がいいのかもと取りあえず選んだのだった。自分にとって本は文庫本に限ると思っていて、本は電車の中で読むのが一番よい。家でちょこちょこと続きを読んでも頭に入らないことが多い。


さて、この『戒厳令の夜』、「おもしろかった!」というのが正直な感想。「パブロ・ロペス」と言う画家の絵を巡って展開されるのだが、読者には(私には)題名の意味は最後までわからない。例に寄ってうまく説明できないが、こういうサイトを見つけたので、この方がお書きになったものを読んでいただきたい。ただし、これから読んでみようと思われる方には何も言わない方がいいのだが・・・http://hastasiempre.blog104.fc2.com/blog-entry-73.html


山月記より

中島敦作 「山月記」より   サイズ:二尺?八尺


 


 


 


 


 


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プロフィール

花てぼ



絵は誕生日(2月14日)の花。遊工房さんよりいただきました。

「花てぼ」とは、九州で昔、子供が野に出て遊ぶ時提げてまわった素朴な 「かご」のことです。よく、れんげや、つくしなどを摘んで遊んだものでした。

「Shography」とは私の造語で、書道のShoと、「書道」の英語、calligraphyから捩ったものです。

埼玉県在住
朗読することが好きですが、故郷・長崎のことばで語るのも楽しいです。
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