Shography's blog

何でもいいの

2016年01月

「たけくらべ」の中から

先週、町内の(住んでいる団地の)老人会(これも言うに憚られるが)に朗読をと頼まれて読んできた。読む物の中に古典も・・・という要望があったそうで、純然たる古典は読むのも聞くのも難しいかもしれないと、以前発表したことのある文語体である「たけくらべ」(樋口一葉)を出すことにした。
全体的なあらすじと読む部分は説明を入れて読んだ。
その中でも言葉の点で私がとても興味深いと思ったところをここに記してみたいと思う。
この部分の登場人物:美登利(母親が大黒屋という遊女たちの寮の管理人をしている関係でそこに一緒に住んでいる。14歳)、信如(真面目な寺の子、15歳)長吉(16歳で暴れ者)
美登利との仲を友達にはやされるのを嫌っていた信如だが、ある雨の日、大黒屋の前を通りかかると下駄の鼻緒が切れてしまう。
①そこで「詮なき門下に紙縷(こより)を縷る心地、・・・・」とある。切れた鼻緒に紙縷(こより)を?
②美登利が庭からその様子をさしのぞいて「ゑゝ不器用なあんな手つきしてどうなる物ぞ、紙縷は婆ヾ縷(ばばより)、藁しべなんぞ前壺に抱かせたとて長持ちのすることではない」という。婆ヾ縷(ばばより)とは「こよりをゆるく撚ること」、藁しべなんぞ、とあるから①の、紙縷(こより)は紙ではなく、その辺に落ちていた藁を用いようとしたのか?前壺は「下駄の前緒のこと」
美登利は信如の難儀を見て格子の外へ自分の紅入り友禅の布切れを差し出すが信如はそれを無視する。
③そこへいつもは暴れ者で通っている長吉が不意に声をかけて、自分の履いていた下駄と取り替えてあげると言う。その時の長吉の姿の描写、「いま、廓内(なか)よりの帰りと思しく、浴衣を重ねし唐桟(とうざん)の着物に柿色の三尺をいつもの通り腰の先にして、黒八の襟のかかった新しい半天、印の傘をさしかざし高下駄(たかあしだ)の爪皮も今朝よりとはしるき漆の色、きわぎわしう見えて誇らしげなり」
16歳の少年?ですよ。今遊郭から帰るところとみえて・・・唐桟の着物、柿色の三尺、黒八の襟のかかった半天・・・印の傘(遊郭の印の傘?)・・・・云々、ちょっと驚く。
この章の最後。長吉、「それなら信さん行っておいで、のちに学校で会おうぜ」の約束、信如は田町の姉のもとへ、長吉は我が家の方へと行別れるに思いの止まる紅入友禅はいじらしき姿を空しく格子門の外に止めぬ。
(美登利が信如に差し出した友禅の布は雨に濡れたままそこに紅い色を際立たせている)

録音のため

これから、パソコンで「市議会だより」録音の為、今夜中はブログをいじれません。

じゅごんよまたここにおいで

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昨日は書展に上野へ。志村様とみどりさんがおいでくださった。
志村様が「じゅごんよまたここにおいで」という歌をブログに載せられた時、私はこれを書にしたいと思いました。詩をお書きになった石原いっき氏への連絡先も作曲の伊藤辰雄氏を通じて志村氏にお尋ねすることができ、書にする許諾をいただくことができました。
その写真と模様は志村氏とみどりさんのブログで紹介してくださいました。
こちらで見ることができます。
「ジュゴンよまたここにおいで」の歌詞が書道展に
第63回「朝聞書展」鑑賞してきました

私は会場でお二人とお別れしたあと、「講話会」「懇親会」に出席した。その講話会の内容は「『古典籍にみられる稽古』♢日本-風姿花伝、♢中国-書経」という演題のほか、歌人であり、書の巨匠松井如流先生の歌を紹介された(書に関する歌の一部のみ)。
 一枚の作品を創り出すことを詠った心境に(私のような一教習者がおこがましが)大変共感した。また書道をやることに対しての疑問にお答えする意味でも何か感じていただけるのではないかと掲載することにした。
松井如流という人wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E5%A6%82%E6%B5%81

松井如流先生の歌(昭和39年〜60年の作より)
・筆持ちて一つの作に苦しめば身のほてるまでけふも夜となる
・奔放の字を書きたしと思うのみ消極にわれを立たしむるなかれ
・典型となりし王羲之の書の流れ説きつつ午後の授業につとむ
・宋以後は型にとらわれぬ人間性のゆたかなる書あり東坡のみならず
・はればれと文字は書くべししかれどもいつしか更けし夜に驚く
・現代書道に対する生徒らの考へは日頃わがもつ懐疑に通ふ
・逞しき人の書見ればわれになきものの一つと思ふことあり
・古へのすぐれし人は七十路をすぎて力ある文字を書きにき
・書きたての文字いきいきと見えにしが墨の乾けば忽ち空し
・いつしらに年を重ねしあかしとぞ個展を開く日の近づきぬ
・フランスの絵画の持てる明解さあるいは東洋の書にも通へる
・たまたまに手に持つ帖の墨の色この色にかけし久しき歳月
・東晋の王羲之の書を学びけんいにしえ人の素直なる造型
・墨を磨ることを嫌悪しゐるときがあるなかなか良き字書けさうもなく
・筆一つにいのちをかけしと或時は思いしかどもいつか老いたる
・性懲りもなきがごとくに同じ字を書きては破る冬日あたたか
・生来の書家なりしかな五歳すでに筆もて書ける文字の豊けく
・生きて生きてここにわれありただ一つ字を書くことの必死なりしよ
・丸を書き三角を書くそれのみの筆の訓練もこの日楽しき
・一心不乱に文字書きをれば文字どもが話しかけくる冬の午後の机
・わが道の行きどまりらしけふ書きし文字のいくつかいづれも捨てぬ
・寡黙なるは老子饒舌なるは荘子いづれも深きまなざしをする
・何気なく書きしがごとし幾日も苦しみながら書きたるわが書
・もう少し生かしめよこのいのち一つの作にこだはりて幾日

で、昨夜このなかから一歌を書きました。
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招かれて朗読

昨日、町内のシニアの会の新年会(茶話会)に招かれて二人で朗読をしてきた。
去年に引き続き二回目。聞いてくださるのは20名ほど、私たちとほぼ同じくらいの年齢の方。
朗読したものを記しておく。
1、「葉桜と魔笛」 太宰治 
2、「悋気の火の玉」 落語から
3、早口言葉をみんなで
4、「たけくらべ・抄」(二人で)
5、「吾輩は猫である・抄」 夏目漱石
おかげさまで大変喜んでくださった。
終了後みなさんとおしるこをいただいた。

明日は東京都美術館の書展へ

びっくりぽん!

今朝初めて放送中の連続テレビ小説(とは今は言わないか、「朝ドラ」といったほうがわかりやすいのだろう)を見た。ついこの間まで題は「朝が来た」だと思っていた。評判になっているらしいのを意識したのも去年の暮。娘までが「あさがきた」がおもしろくて見逃さないと言う。これまでの総集編を見ればいいと思っていたがそれも見逃した。最近「びっくりぽん」という言葉をよく聞くが、たんなるびっくりしたときの間投詞だろうと思っていた。今朝一度見ただけでは、どういう場面をやっているのか、どういう筋かはまったくわからない。
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プロフィール

花てぼ



絵は誕生日(2月14日)の花。遊工房さんよりいただきました。

「花てぼ」とは、九州で昔、子供が野に出て遊ぶ時提げてまわった素朴な 「かご」のことです。よく、れんげや、つくしなどを摘んで遊んだものでした。

「Shography」とは私の造語で、書道のShoと、「書道」の英語、calligraphyから捩ったものです。

埼玉県在住
朗読することが好きですが、故郷・長崎のことばで語るのも楽しいです。
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