フランス アレバ社CEOへのインタビューで始まる

EUで行われた原子力産業に関するアンケートでは、75%が不信感を持っていた。放射性廃棄物の処理に対する不安によるものが大きかった。



かつて放射性物質の廃棄は、海洋投棄が一般的であった。IAEAの発表によると、50年間で10万トン以上が海洋投棄されたとされる。80%は、イギリスによるものであり、第2位は国土に海を持たないスイス。1993年に海洋投棄は全面禁止された。



1942年に作られた米・ハンフォード核施設。ここのB炉で作られたプルトニウムは長崎に落とされた原爆の材料となった。

この施設からの放射性廃棄物によって、コロンビア川は汚染された。アメリカ軍は放射性物質の危険性を関係者にも知らせなかった。軍関係者の家族が水着になってこの川で遊んでいる衝撃的映像も流された。

この施設で産出した高濃度の放射性物質を含む危険な廃液2億リットルは、現在も170基の巨大コンクリートタンクに保管されている。しかし、徐々に漏れ出て地下水やコロンビア川を汚染している。



1946年に建造された露・マヤーク核施設も軍事用プルトニウムを生産していた。「ウラルの核惨事」の著者メドベージェフ博士は、1957年に発生したこの施設の放射性廃棄物貯蔵施設における爆発事故を、亡命した1976年に告発した。しかし、西側当局でさえもこの話を取り上げることはなかった。当時は西側も東側も原子力の開発に力を入れていたためである。もちろん露当局は、チェルノブイリ以前で最悪であるこの原子力事故を公表することはなかった。

マヤーク核施設から発生した核廃棄物はカラチャイ湖に捨てられた。カラチャイ湖が流れ込むテチャ川は、放射性物質で高度に汚染された。

ムリュスモゴ村は、テチャ川沿岸にあり今も人々が住んでいる。ここの地域の住民の健診を1950年代から50年間続けてきた医療機関の調査では、被曝した放射線量と癌発生率や死亡率との間に相関関係があったとしている。

しかし、州の責任者は、生活するには支障のないレベルであると述べた。

撮影クルーが持ち帰った水、土壌、魚などのサンプル調査の結果では、セシウム137は、土壌から18万ベクレル/kg、魚から600ベクレル/kg、牛乳から24ベクレル/kgであった。トリチウムによる高度の汚染も認め、さらに本来、土壌中に含まれることはないプルトニウム239と240が検出され、2200ベクレル/kgであった。



明日と明後日、シリーズ 放射性廃棄物はどこへの放送が予定されています。



2011年5月17日 火曜深夜[水曜午前 0:00~0:50]
<シリーズ 放射性廃棄物はどこへ> 終わらない悪夢 後編


2011年5月18日 水曜深夜[木曜午前 0:00~0:50]
<シリーズ 放射性廃棄物はどこへ> 地下深く 永遠(とわ)に ~核廃棄物 10万年の危険~




----------以下、NHK BS世界のドキュメンタリーから----------
<シリーズ 放射性廃棄物はどこへ> 終わらない悪夢 前編 2011年5月16日 月曜深夜[火曜午前 0:00~0:50]

原子力発電を推進する上で、当初から最大のネックは原子炉から排出される放射性廃棄物、いわゆる核のゴミの処理方法だ。およそ50年の間、各国はドラム缶に詰めて海洋投棄していたが、グリーンピースなど民間の反核団体の運動が高まり、1993年以降は船上からの海洋投棄は全面禁止となった。

その後、各国は核廃棄物をどう処理しているのか? 核開発はもともと軍事技術として研究が進められたため、取材班はまず世界初のプルトニウム生産工場を訪ねることに。

米・エネルギー庁から取材を拒否されるが、コロンビア川沿いにハンフォード核施設に近づくと、土壌からも、川の水からも、高濃度のウランやトリチウムが検出。かつて汚染水を封じ込めたコンクリートからは、今も漏洩があるという。

一方、旧ソ連の核開発拠点となったチェリヤビンスクのマヤーク核施設では、1957年に核爆発事故が起きたが、公表されず地元住民にも伏せられた。この地域を流れる川の下流は、今も放射能レベルは高く人々の健康が脅かされている。さらに汚染された魚や牛乳を食べたため体内被ばくしている例もあるというずさんな実態が明らかになる。

【後編につづく】

原題:Waste: The Nuclear Nightmare 制作:Arte France/Bonne Pioche (フランス 2009年)

※この番組は2011年5月17日(火)18:00 ~2011年5月31日(火)まで、NHKオンデマンド見逃し番組(有料)でご覧いただけます。 視聴お申し込みの手続き期限は、5月30日(月)までです。
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