革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

『都市と堤防』を読んで、防潮堤単体でなく都市と一緒に考える視点は重要、もっと市民の生活や産業の視点があればベターか?


 タイトルが非常に魅力的。役所の図書館で借りてきた。

 第一章、第二章の歴史的な視点での分析、特に江戸時代の水辺は、水運を基軸とした地域産業の場であり、娯楽の場でもあることから、水辺での生活や産業の記述が豊か。

 第三章以降の近現代の堤防の記述からは、東京などの地盤沈下の問題は触れられているものの、江戸時代のような堤防の中で行われている、市民の生活や産業の観点が乏しくなってくる。

 防災の観点から整備する高潮堤などの議論は、どうしても、高潮に対して土木の観点からどう対応するかが中心となり、土木施設が守っている市民の生活や産業の視点が薄くなってくる。これは現時点での土木の世界の議論にも通じること。

 なお、第五章の高潮対策のための東京湾での横断堤の議論は、著者が第五章の最後で指摘しているとおり、自然環境への影響が大きすぎ、今後の政策の参考になるのか、やや疑問を感じる。

 第七章では、ヒートアイランド現象対策や水辺環境の観点から、防潮堤の高さを引き下げることが提案されている。それ自体は直観では素晴らしいことだと思う。
 しかし、防潮堤が市民の生活を産業を守るという観点からみて、例えば、地区防災計画に基づく自助、共助の仕組みなどを組み合わせることによって、これだけ防潮堤の高さが引き下げられるといった、分析がでてくるともっと説得力が増すと考える。

岡義武『近衛文麿』を読んで、近衛氏のすぐ仕事を投げ出すという性格をやや強調しすぎていないか?

近衛文麿 (岩波新書)
岡 義武
岩波書店
2003-03-20

 政治学の大家の岡先生の本。

 筒井先生が編集された、最新の政治学の成果をまとめた本http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1066724657.htmlの中の近衛文麿についての分析で、「米国への過度な期待」「終戦工作への近衛の貢献」という指摘が新鮮だった。その際に参考文献で挙げられていた、これまでの近衛氏の政治学の観点からの分析の基礎となっている、この本を読んでみた。

 事実関係として認識を新たにした点。

(1)近衛氏が2.26事件首謀者に対して、皇道派救済の観点から大赦論を主張し、天皇にも拒絶されていたこと。(p60)

(2)1945年2月の時点では、近衛氏は、東久邇宮に対して、「このまま東条に政局を担わせるのがよい」と発言していること。(p198)

 岡先生の分析のうち、近衛氏の性癖について

(3)近衛氏は「特異」な人物に惹かれる性癖があったこと。第一次近衛内閣の内相に末次信正、第二次の時に外相に松岡洋右を起用し、双方の者とも暴走して近衛氏が制御できなくなったこと。(p111)
 この部分については、両親を早くから亡くし、貴族として育てられた近衛氏にとっては、自分と全く異なる人物へ惹かれた性癖としては理解できる。それが末次信正氏の時に反省せずに、松岡洋右氏の任用でも同じ過ちを犯したことには幻滅はするが。

(4)その一方で、岡先生が、近衛氏が第一次、第二次内閣ともすぐにやる気を失い、その結果、陸軍などに政局を引きずられたことを強調している点については、やや違和感がある。話しの筋としてはわかりやすいが、近衛が国民から非常に人気があり、第一次内閣ののちにもそれが続き、中身があいまいではあるものの新体制運動などを起こしたことを考えると、近衛氏が全く受動的で外部の力に流されていただけではなく、もう少しいろんな判断や葛藤があったのではないか?

 近衛氏の優柔不断で無気力な性格に、その個別の政治判断の原因を委ねるのでなく、個々に細かく近衛氏の置かれた状況と何をもって、個別政治判断を「是」としたのかについて、突っ込んだ分析が必要だと思う。

 

『山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』を読んで、研究って「職」「人」「金」探し苦労の連続なんだと理解。


 山中先生が、整形外科医に挫折して基礎医学に転身したのはかなり有名な話。

 山中先生が、基礎医学、基礎科学に転身してからまず苦労したのが「職」探し。

 最初のカリフォルニア大学サンフランシスコ校のグラッドストーン研究所に応募したときには、まだ身につけていない「分子生物学の実験ができる」とほらを吹いて職をみつけ(p48)、帰国してから奈良科学技術大学で応募する際には、まだできない「ノックアウトマウスをすぐできる」を面接で即答して職をみつけている。(p76)

 もちろん、結果的にはウソにならないように結果をだしているが、研究の際の職探しがいかに過酷なものかが第一に印象的。

 次に印象的なのは人探し。
 奈良科学技術大学で新入生確保のため、「皮膚細胞からES細胞類似の細胞をつくる」という壮大なビジョンを提示して3人の学生を確保したこと。この学生を確保することから、山中先生のiPS細胞の技術開発の第一歩が始まった点。実績もないのに、壮大なビジョンを提示して学生を惹きつけた戦略勝ち。

 最後に印象的で、もっとも大事だと思うのは金探し。 
 科学技術振興機構の研究費が2003年から5年間、年間5000万円確保できたこと、京大に移ってからいろんな備品をそろえるために研究費を増額してもらうなど、確実に研究費を確保したこと。(p111)その背景には、山中先生の的確なプレゼン能力があること、その中で大胆な成功イメージを的確に示したことがある。

 結局、分子生物学レベルの研究は、職、人、金が不可欠で、それを確保するための、一種のビジネスセンスが必要となる。この意味では、山中先生は一流の経営者ともいえると考える。
ギャラリー
記事検索
  • ライブドアブログ