革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

『広く弱くつながって生きる』を読んで、多様で弱い人のつながりがこれからの事業や生活に大事という指摘は納得感あり。


 元毎日新聞の記者で、今は著作業など多様な活動をしている方が書いた本。

 要点は以下のとおり。

(1) 会社とか地域社会とか狭い社会で強くつながっていても、負担感もあるし、今後の安定性もない。

(2) 逆に、フェイスブックなどで、趣味や共通の関心ごとでつながっている人のネットワークの方が気楽だし、新しい生活スタイルや新しいビジネスの可能性が生まれる。

 あえて付言すれば、そういう弱いネットワークのハブ的な位置づけになるためには、自分自身にある程度の能力や知識の集積が必要で、あってみて、つながってみて、即効性はないけどお互いがwinwinになるな、という前提条件が必要。

 さらに、昨日の『サイコパス』http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1070975202.htmlで登場したように、共感性のない人をブロックしていく仕組みが必要。FBなどはその仕組みがしっかりしている。

 以下、抜き書き。

(1)「強いつながりの仕事で自分が消耗したり、時間を浪費するぐらいならば、横のつながりを築きながら新たな生き方を模索した方が合理的ですし、実際にそういう時代になってきているのではないかと感じています。」(位置No235)

(2)「私があまり好ましくない人物と判断する条件をいくつかあげておきましょう。
①自慢ばかりしている人
②誰かと知り合いなのを自慢する人
③自分にばかりベクトルが向いている人
④人の悪口や何に対しても文句ばかり言う人
⑤お説教の多い人
⑥物事を損得で考える人(得になりそうなので近づいてくる人)
⑦業界内の話しかしない人(位置No678)

(3)「谷川俊太郎さんの詩に『生きる』という作品があり、その一行に「かくされた悪を注意深くこばむこと」とあります。とても好きなフレーズで、私はそれを実践しています。」(位置No679)

『サイコパス』を読んで、社会的逸脱の基準を外してどんな環境でも冷静な判断ができる人と考えた方が本の論旨を間違えにくい。

サイコパス 秘められた能力
ケヴィン・ダットン
NHK出版
2013-04-23

 先日、『利他学』http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1070948436.htmlを読み、ヒトの生存戦略として利他性が有利になっている説明を理解した。

 その一方で、利他性の全くない人もごく少数ながら一定割合存在するのは確かで、それがサイコパスという精神病質者。

 イミダス2017では、サイコパスは「精神病質的犯罪者のこと。またサイコパスによる犯罪のことをサイコパシー(psychopathy)という。これまで、犯罪行為を行うことが人格親和的で、再犯の可能性が極めて高い犯罪者に、何らかの共通したパーソナリティー特性があるのではないかと考えられてきた。サイコパスの特徴として、他者への共感性に欠ける、行動が自己中心的で粗暴、感情のコントロールができない、などが挙げられる。」と説明されている。

 このうち、犯罪者、社会的逸脱者と定義してしまうと、議論の対象が限定されるが、この本では、後段の他者への共感性が欠ける、逆に、この定義とはことなり、生命の危険が迫った段階などで極めて冷静かつ合理的に行動できる精神病質者を対象として議論している。

 ちなみに、サイコパシーのチェックリストとしては、PCL-Rが公表されており、例えば、対人面では口がうまい、表面的な魅力、過大な自己評価、病的な嘘、他人をだまず・操る、情動面では良心の呵責がない、罪悪感がない、情動が希薄、冷淡・おもりやりに欠けるなどの因子がある。(85頁に一覧表あり)

 このサイコパシーは、病的なものから正常な範囲まで連続的につながっているとされる。

 よって、要は程度の問題になる。

 職業的にサイコパス度が高い職業(当然、社会的逸脱をしていな場合になる)は、1位から10位は、企業の最高責任者、弁護士、報道関係(テレビ・ラジオ)、セールス、外科医、ジャーナリスト、警察官、聖職者、シェフ、公務員、低い職業は、介護士、看護師、療法士、職人、美容師・スタイリスト、慈善活動家、教師、クリエイティブアーティスト、内科医、会計士となる。(227頁)

 なお、著者とサイコパスが、残酷な殺害現場を突然画面でうつされ、それを見たとき、サイコパスは突然催眠状態のような深い警戒態勢に入り、心拍数は減少、脳波も弱くなった。これに対して、著者は興奮しすべての生理的データが急上昇した。

 にもかかわらず、TMSによって著者の背外側前頭前前皮質と右脳の側頭頭頂接合部を電磁石で一時的に麻痺させると、著者の反応も残酷な場面でも冷静な状況を維持できた。(212頁-220頁)

 これらの情報を読んで、まあ、あまり真剣になっても仕方ないけど、こういう風に考えた方がいいのかなと思う点。

(1) いわゆる犯罪性のもつサイコパスも一定程度世の中にいるので、そういう事実を知ったうえで、自らに危害を受けないようにアンテナを高くして近づかないようにすること。

(2) サイコパス的な冷静な判断が困難な状況でできるかどうかは、一定の脳の反応に基づくので、自分がそのような判断が得意かどうかを冷静に見極めて、それをおぎなう対策をとること。

(3) 会社のCEO、外科医、公務員など冷静合理的に判断できるサイコパス度の高い人が多いとのことなので、自分の適不適もそういう観点から考える必要があること。

『軌道』を読んで、どうしたら安全な鉄道ができるかという大局的な視点が重要だな。


 元神戸新聞の記者の方が、福知山線脱線事故後の被害者とJR西日本の事故原因追及を詳細に追った本。

 一人の主役は、事故で妻と妹を失った、都市計画プランナーの浅野弥三一さん。

 もう一人の主役は、事故後、左遷されていた清掃会社の社長からカンバックしてJR西日本の社長となった山崎正夫さん。

 著者のいうところの二人の技術者による、個人の責任追及ではなく、会社の体質や風土まで踏み込んだ原因究明と改善策の追求の歴史。

 それ自体、説得力はあるのだが、技術者、技術屋と事務屋との対立構造と後者の官僚的な性格や視野の狭さといった、対立軸については、やや違和感がある。

 事故の原因究明や対策などを講じるにあたって、自分の保身はもちろんのこと、目先の利益、会社の利益にとらわれることなく、より利用者の安全や将来の社会の安全という、大局的な視野を持つこと、そして、その視野からみて、問題や事故が起こった原因をできるだけ客観的に偏りなく分析して、対策を講じていく、その視野の持ち方や検討の仕方は、いわば「科学的」か「非可科学的か」どうかであって、「技術」「事務」の問題ではないように思う。

 極論すれば、技術屋でも保身に走る非科学的発想しかできないひとはいるだろうし、事務屋でも科学的に原因究明と対策を講じることができるひともいるだろう。

 文系、理系という大学の学部構成にもあまり意味がないし、会社に入るときの職種自体も、安全な鉄道を運行するという観点からは本来は共通の基盤で議論ができ対策が講じられるはず。これを事務屋の問題、技術屋の能力というように区分する点だけは、ややこの本の主張として気になった。

 なお、天皇と言われた井手氏への痛烈な批判については、独裁的な権限を持ち、実績を上げてきたトップに対する戒めとして、さらに、どこにでも、いつでも、発生する問題・課題として特にメモする。

「独裁者が支配する組織は、個人を溶解させる。個人が溶解すれば、主体的な判断や思考を誰もしなくなる。前例と予算と内部の力関係、そして空気に支配される。それがJR 西の「組織風土」や「企業体質」と呼ばれるものになっていた。国鉄改革の総司令官から「天皇」となった井手の威光が、そういう組織を作ってしまった。」(位置No4595)

 その他の点については、うなずく点多し。

 以下、抜き書き。

(1) 浅野氏の都市計画に対するコメント「 都市計画というのはあくまで技術やからね、それ自体に良し悪しはない。ちゃんと住民に情報が公開され、彼らの要望や権利が反映され、正しい手続きと目的で使われるならいいんです。そうなるようにサポートするのが、僕ら技術屋の責務やと考えるようになったんです」(位置No963)

(2) 山崎氏が清掃会社に左遷されたとき「そりゃあショックだった。最低あと1年は鉄本長をやるつもりだったからね。SA計画もこれからという時だったから、ずいぶん荒れたのも事実だ。だけど、腐ってもしょうがない。行く先のメンテックにも3000人の社員がいる。それだけの責任を負うんだと先輩に言われ、前向きにやろうと気持ちを切り替えた」(位置No2681)

(3) 山崎氏の社長就任の際の挨拶「この沈滞を打ち破り、組織を変えていくには、まず「安全意識の徹底」、次に「現場重視」、そして「技術重視」が重要だ。この三つを柱に、われわれは新たな経営理念と安全憲章の下、再出発する──。そう述べた所信表明の最後を、山崎は尊敬する技術者の言葉で締め括った。「進歩は、反省の厳しさに正比例する」。ホンダの創業者、本田宗一郎の言葉だった。」(位置No2761)

(3) 「井手さんという人は、組織を強力に束ねて動かす経営者としては優れていたんでしょう。ある種のマネジメント能力は高かったんだと思う。しかし、公共輸送を担う鉄道事業者としては失格と言わざるを得ない。特に、安全に対する認識は古すぎる」 この言葉が最も的確な井手評だと、私には思えた。(位置No3415)

(4) (井手氏の発言について~驚いたのは、年賀の挨拶や個人的な祝いの席に出席できるメンバーを井手自身が選別していたらしいことだ。いや、いまだに多くの企業で、そういうことはあるのかもしれないが、それを特に悪びれるでもなく、当たり前に口にする感覚が、まさに「天皇」ぶりを物語っている。(位置No3484)

(5) だが、井手はこれに真っ向から異を唱えた。 「事故において会社の責任、組織の責任なんていうものはない。そんなのはまやかしです。組織的に事故を防ぐと言ったって無理です。個人の責任を追及するしかないんですよ。(位置No3579)

(6) 「安全投資の権限が事故後、鉄道本部に移ったのが大きい。安全推進部で総枠の予算をもらい、必要に応じて投資できるようになりましたから。それまでは、人・金・物すべてを握っていた総合企画本部に説明し、諸々の手続きを経て、他事業とのバランスの中で認められたものしか予算化できませんでした。必要性を理解している専門部署が決定権を持つことで、迅速に、柔軟に、的確に投資できるようになったわけです」 安全マネジメント戦略室の指揮を執る冨本の実感である。(位置No4160)

(7) ヒューマンエラーは非懲戒とする─ ─。 2016 年4 月、JR 西の真鍋精志社長が打ち出した方針は大きな注目を集めた。鉄道業界では初めてのことだった。
 同社が08 年に「事故」の定義と区分を見直し、オーバーランや列車遅延などの軽微なミスを懲戒処分やマイナス評価の対象としなくなったことは前章で述べた。これをさらに進め、実際に人身・物的被害の出た事故や赤信号への進入などであっても、故意や著しい怠慢でなければ、懲戒の対象としない。原因を究明し、今後の再発防止に活かすという内容である。(位置No4248)


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