革新的国家公務員を目指してー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

30年以上の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する組織の意見や立場ではありません。

『世界を変えるデザインの誕生』を読んで、結局、デザインって人間とのインターフェイスを改善することかな?


 著者は経済学博士で、現在はカリフォルニア大学の工業デザイン科の教授。

 300ページを越えて文字がびっしりの本。

 シリコンバレーを中心としたデザイナーがパーソナルコンピュータのデザインや設計にどのように活用されていったか、エンジニアとどのように対立していったか、そしてデザイナーがどのようのビジネスとしての地位を確立していったかの過程が、ほぼ時系列的に大量に記載されている。

 ゼロックスの初期のコンピューター、アルト、アップルⅠ、Ⅱ、lisa、アップルの初期のマウス、アップルのpowerbookなどが写真で紹介されていて、同時代に見たりしていて結構、感動していたので親近感がある。

 しかし、なんとなく事実の羅列になっていて、項目立てもあまりなく、本としては読みにくい。

 それでも気になった点を列記。

(1)アルトのコンピューターについて「ユーザーはシステムをプログラミングするのではなく、システムそのものと双方向のコミュニケーションをすることができる。」(p83)

(2)ジョブスにとってデザインは戦略的目標(一体型家電)を実現するための手段であって、戦略的目標そのものではなかった。(p122)

(3)1980年代にGRiDを開発していたビル・モグリッジは「私にとって重要に思えたのは、ほとんどがソフトウェアとの相互作用(インターアクション)に関するもので物理的デザインではありませんでした」(p159)

 デザインという言葉は日本ではコミュニティデザインとか、まったくものに関係しない世界でも用いられるが、この本ではものの存在は前提になっている。
 しかし、そのものと人とのインターフェイスを改善していくもの、あたかもそのものが存在しないかのように使えるようになる仕組みそれ自体をデザインの最終目的としていると、説明している。

 全くものと関係ないデザインという言葉づかいよりは常識的にいってわかりやすいと思う。

 その他のデザイングループとエンジニアとの戦いやデザイン会社の盛衰については、予備情報が乏しくあまり自分事として理解できなかった。しかし、この分野に詳しい人には宝の山の本かもしれない。 

『目に見える世界は幻想か?』を読んで、最新物理の思考法は頭を柔らかくするために役立ちそう?


 先日、「世界はゆらぎでできている」http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1065461194.htmlで、一部量子力学をかじったが、今回は、数式抜きで、これまでの物理学の歴史を語った本。

 正直言って、数式なしで文章で語っているので、上っ面しかわからないが、発想の固さをもみほぐす効果がある。

(1)物理学には直接的に経験できることを越えた実体を想定すべきでないという、マッハ主義という考え方がある。化学反応を合理的に説明するのに原子は有効だったが、原子は小さすぎてみえない。そのためマッハ主義からは認められなかった。しかし、アボガドロの法則、シャルルの法則など、統計的な成果からその存在の位置づけを強化していった。(p86)

 原理原則としては正しく多くの誤りを是正してきたマッハ主義も原子論に関しては、逆に足を引っ張ってしまった。

(2)量子の存在を説明した最初の理論は、物質から放射を説明する、プランクが導いた数式が一定の最小単位があることを前提としていたこと。(p109)

(3)シュレーディンガーが導いた波動関数は時間と空間ごとに決まる関数であることから、時間と空間ごとに粒子を見いだす確率を与えている。そしてコペンハーゲン解釈では、人間が観測したときにその場所で確率が1になる。これを「収束(はそく)の収縮」という。(p145)

(3)量子力学の科学者は、量子力学の意味づけを考えないで、「黙って計算しろ」という。現実に問題に応用できる身のある仕事をしろということ。(p175)

 量子力学を理解しやすいように説明しようとする様々な理論自体はどんどん哲学的になって実があがらないので、それにはまるなという、量子力学界での言い伝えは、実社会でも当てはまることがありそう。
 

『接続性の地政学 上下』を読んで、国際的な接続性の増加が国際政治問題のすべてを解決するわけではない?




 新聞の書評でみつけ購入。

 いくつか大胆な仮説を提示しているが、若干疑問も残る。

(1)インフラ整備によって国際的な物流や人流、さらに情報流通が活発化し、中国をはじめとしてこのながれを押さえることを目的と行動しており、主権国家同士の争いがへっているという主張。

 経済的な結びつきが国際的紛争の抑止的効果はあると思うが、だからといって中国などが領土的な要求をしないとは断言できないのではないか?

(2)都市への分権、権限委譲の動きは、国内の民族対立による分裂を抑制するという主張。

 結果として権限委譲が進むのであって、これによって国内の民族対立が完全におさまるのだろうか?

 グローバルな物や人、情報の流れは効率性をたかめ、経済成長の結果、多くの問題を解決するだろうが、それだけですべての国際政治問題が解決するというのは、やや甘いのではないか。

 日本国内の様々な問題、地域格差、所得格差、世代間格差などの問題が、人、物、情報の流れのためのインフラを整備するだけで解決しないのと、それは同じだろう。 
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