元革新的国家公務員が伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

『東條英機』を読んで、人事権をもって組織を統制する弱点がわかる気がする。


 埼玉大学の日本近代史の先生が書いた本。

 東條英機について、偏った立場ではなく、大衆の支援を求めようとしていた姿勢など従来あまり指摘されていない点について分析した本。

 個別の論点については最後の方に気になった点をまとめるが、最初に、東條英機の人事権を行使して組織を統制していった姿勢に関係して、いくつかの気づきをまとめておく。

(1)東條は意見の合わない軍人を外地に飛ばすなど人事権をもって陸軍という組織を統制していった。

(2)その背景には、論理をもって相手を説得できないといういらだち(そこには東條の物事を分析する際に理解が早いという有能さにかかわず、分析の深さが足りず、論争になると相手に言いまけていた側面がある)と、常に、組織内部に自分を攻撃する陰謀が渦巻いているという心配性・自信のなさがある。

(3)その結果として、自分の周辺には御用聞きみないな人間しかいなくなり、議論の多様性が失われた。これは、陸軍という人事権を奮える組織統制をしている際には、問題なかったが、海軍など他の部局との調整、市場の管理といった企業との調整、さらに外交という海外との調整において、予測の間違いや思慮の浅さにつながった可能性がある。

(4)国内での陸軍以外の統制については、制度的にはできないため、憲兵という警察組織を脱法的に活用して相手を脅迫するという行動にでた。

(5)全体を通じて、東條の真面目さは理解できるものの、その統治手法の陰湿さ、暗さをつきまとっていた。

 東條英機の一生を学ぶことは、巨大が権力を握るために多くの権謀術数を駆使するのは当然ではあるものの、リーダーが進路を誤らないために、多様な人材からなる活発な議論と異論を許容する懐の深さ、安心感を作り出す胆力がリーダーには必要という、一つの勉強材料を示していると思う。

 現代でも通じるところはないか?

 その他の気になった記述・

(1)重要なのは、東條英機が軍人としての歩みをはじめたのが、民衆の力や動向を無視した政治が困難となっていた時期に当たることである。陸軍(海軍もだが)が、軍備を維持するためには、自らの存在意義を社会に向けて訴えていくことが必要となった時代である。(位置No473)

(2)軍の作戦に対する政治の介入は峻拒するが、作戦と政治の調和は必要という考え方は、東條はじめ第一次大戦後の陸軍における共通理解だったとみてよい。(位置No621)

(3)つまり、「必勝の信念」は東條を含むエリート軍人たちが欧米の軍隊に対する物量や装備の遅れを痛感し、それをなんとか兵卒の眼から糊塗するために唱えられた価値観であった。(位置No684)

(4)国民を味方につけて外地で資源を獲得し、陸軍という〝お家〟の権威と存在意義を高めることが、東條生涯の目標となっていく。(位置No768)

(5)(昭和初期の将校の境遇)
 将校たちは現役を退けば恩給が与えられるが、それだけでは生活できず、民間に再就職の口を探さねばならなかった。だが高齢で軍隊以外の職務経験もない彼らにとって、それは実に厳しいものだった。(位置No835)

(6)(満州事変の背景)
 n舩木繁は政党内閣や軍上層部に対する不信感が「統制無視につながり、国家国軍のためなら超法規的でもかまわぬという独善的な風潮」を助長させたと指摘する(舩木『支那派遣軍総司令官 岡村寧次大将』)。(位置No857)

(7)林銑十郎陸軍大臣は、一九三四(昭和九)年三月の異動で永田を陸軍省軍務局長に迎えた。対する小畑は陸大幹事(教頭)となり、二人の関係はこれで決定的に悪くなった。この人事は林が恣意的な人事の目立った荒木・真崎を内心嫌いはじめていたからである。林─永田─東條のラインと、荒木、真崎、小畑らの対立が浮き彫りとなった。 この対立はいわゆる統制派と皇道派の対立と呼ばれる。両派の違いは、精神主義的で対ソ戦志向の皇道派と、部内の統制を重視して対ソ戦より総力戦体制整備を進めようとする統制派、というように説明される。(位置No1047)

(8)陸軍の民防空政策を考察した土田宏成は「陸軍は関東大震災の被害やそこから導き出された教訓を強調することにより、将来の総力戦に備えた施策に対して軍部外の支持を獲得しようとし、それにある程度成功した」と評価する(土田『近代日本の「国民防空」体制』)。(位置No1110)

(9)東條とて、自分の言動がインテリ層に受けないことぐらいわかっていただろう。東條はインテリを切り捨て、ヒトラーとはまた別の、「大衆層」に受ける「総帥」像作りに邁進していたのだ。本書冒頭で述べた各所への電撃訪問、庶民のゴミ箱視察も、少なくとも本人にとっては「総帥」としての戦争指導の一環であった。(位置No2083)

(10)関東軍は演習中止と一言いえば済むが、陸軍省は準備にかかった巨額の経費の後始末をしなくてはならなかった。軍事課長の真田穣一郎と予算班員の加登川幸太郎が満洲へ出張して関東軍から出た二一億円の要求を一七億円まで圧縮したが、まったくの無駄金である(関東軍の経常費は年一〇億円ほど)。(位置No2144)

(11)陸軍省育ちの東條の頭には、常に金のことがあった。陸軍が対中戦争に投じた巨額の予算は国の将来に対する投資である、国民にもそう説明し納得させねばならないというのである。しかし中国から撤兵すれば投資はすべて無駄金と化し、陸軍に対する国民の支持は完全に失われるだろう。それだけはできないと考えていたのである。(位置No2286)

 サンクコストの議論の最たるものか?

(12)つまり東條は、〈日本の物質力+精神力〉で〈米国の物質力〉を克服し勝つという発想に傾きつつあった。このような直線的ともいえる認識を持つ参謀総長のもとで、参謀本部は四四年三月、航空機による体当たり攻撃──特攻の実施を決定する(『戦史叢書 陸軍航空の軍備と運用〈3〉大東亜戦争終戦まで』)。前出の鈴木貞一のアイディアが採用されたのである。(位置No3836)

(13)(巣鴨拘置所で東條の話し合い相手になった重光の言葉)
 とはいえ、重光はこの日、東條について批判的なことも書いていた。いわく、「彼は勉強家である。頭も鋭い。要点を摘んで行く理解力と決断とは、他の軍閥者流の遠く及ばざる所である。惜しい哉、彼に宏量と世界的知識とが欠如しておった」。 「宏量と世界的知識」とは何を指すのだろうか。前者は他人の進言を聞き入れる度量を、後者は英米の国力の強大さ、独伊の信用の低さを指すのだろうか。(位置No4636)







『闇の脳科学』を読んで、過去と現在の脳深部刺激法の実態をしる。


 神経生物学の博士号をもつデンマークのサイエンス・ジャーナリストが書いた本。

 この本の前半3分の2は、脳深部に電気を流して1950年代から1970年代に治療を行った精神科医のヒースの伝記。
  
 このヒースは現在はまったく忘れ去られているとのこと。

 自分は、このヒースの伝記の部分よりも、ヒースが行った脳深部刺激法が、最近になって薬物などで治療できない患者に対する治療法として見直され、日本でも、難治性のパーキンソン病などに対して保険適用まで認められているということに関心をもった。(位置No4219)

 さらに、米国ではDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)が、特に戦場で精神的に傷ついた兵士などの治療法として研究資金をだしており、ハーバード大学ではこの研究資金をつかって、事前に望ましくない兆候に反応して電気刺激をする装置を開発しているとのこと。

 著者の記述をそのまま引用すると「もう少し具体的に言うと、私たちが話題にしていたのは、人間の脳に組み込んで神経組織にダイレクトに接続することによって脳の働きを正常に保つ小さなコンピュータのことだった。微細な電極によって特定の脳領域の活動を計測し、望ましくない活動が起きそうな兆候(鬱傾向を示す脳活動や、不安神経症や強迫性障害や過度な衝動性につながりそうな脳活動)を検知すると、直ちに電気刺激によってそれを矯正するのだという。」(位置No3127)

 もう一つ興味深かったのは、ヒースは免疫と脳疾患との関係を指摘していたが、これも近年になってその可能性が指摘されているとのこと。

 これも著者の文章をそのまま引用すると「コルチゾールやグルココルチコイドなどのストレスホルモンが慢性的に増加すると、神経伝達物質による脳の信号伝達に変化が生じる可能性がある。免疫細胞によって作り出されるさまざまな炎症性分子はニューロンに作用し、その成長や機能に影響を及ぼす可能性がある。一方、脳内で産生されるエンドルフィンは、ある種の免疫細胞と相互作用している可能性がある。 神経組織と免疫系とのこうした密接なつながりは、「バイオエレクトロニック医学」と呼ばれる最新の研究分野の中心的要素でもある。」(位置No3896)

 なお、この本のタイトルの「闇」で暗示されているとおり、脳深部刺激法は人為的に性格や性向をかえることが可能になることから倫理的な問題もある。また、公平性や利他性などの判断も電気刺激によって変化するなど、難しい問題を抱えている。
 この部分については、難しくてどのようにコメントしていいかがわからない。難治性の病気の治療に限定して使えば当面問題はないように思われるが、その技術を使って人間の改造につかうようになるのは、当初戦争で身体を失った人への形成整形があっという間に美容整形に使われ出したことからみても十分に想像できるところ。


 最後の点に関係する記述を二つメモする。

(1)ウィッジ(ハーバード大学でDARPAの補助を受けて研究している研究者)が言うとおり、DARPAの補助金はオバマ大統領の「ブレイン・イニシアティブ」の一環だし、それに結局のところ、ハーバード大グループが開発しているのは軍事技術ではなく医療技術なのだ。さらにDARPAは、国民の非難を回避するため、研究を監督する倫理委員会を立ち上げている。(位置No3266)

(2)フェール(チューリッヒ大学の経済学者)を中心とする研究チームは、これら二つの力のせめぎ合いに右外側前頭前皮質の活動が影響を与えている可能性があることを発見した。電気刺激によってこの領域が活性化すると、被験者たちが公平規範に従う傾向が高まり、活動が低下すると、利己的に行動する傾向が高まったのである。(位置No3289)

『ビジネス・インサイト』を読んで、科学的な手法と「跳ぶ」発想の二つの区別の議論が有益。


 経営学の先生で元流通科学大学学長の方が著者。

 企業などの世界でのイノベーションが起こるための観点を、ビジネス・インサイト(洞察)という観点から分析。

 経営学というのは、実際の企業経営に役立つことが暗黙で期待されるものの、実際の科学的実証的な手法、再検証可能な厳密な論理による思考では、現実の経営課題に対しての答えや、現実に起こっている様々なイノベーションを説明できないことに直面している。

 大なり小なり、社会や経済を扱っている学問は、それと隣接する実社会、企業や役所からの期待や要望に対して、科学的に厳密な実証的手法との間でギャップを抱えている。

 その点について、正面から問題を整理し、科学的実証的な手法以外にも、社会を分析したり、貢献する手法がありえるということを、ポランニーの議論を紹介しつつ、指摘した点が重要。
 以下は自分の理解した点。

(1)ポランニーによれば、科学の発展自体が客観的な検証プロセスだけで発達してきたのではなく、科学的課題の創造的な設定と、その解決策についての想像力によってひっぱられてきた。(位置No1363)

(2)科学者の立場は現実世界から離れていることが前提(認識優位という立場)とされるが、実際に解決策を導くためには、その禁じ手を緩和して、「対象に棲み込む」ことが必要。(位置No1723)

(3)実際の社会課題を解決するためには、(経営の課題でいえば)「顧客との共同制作物を作る」という感覚が重要。

 この部分を著者の記述から引用すると、
「以上、要約して言えば、これからの企業にとっては、「顧客との共同制作物を作る」という感覚が重要なのだろうと思う。先に新しいコミュニケーション像を提起した安冨( 二〇〇六) は、「共生的価値」を創出することの意義を強調する。そして、「働きかける側と対象に切り分けるのではなく、両者を、相互に依存し、影響しあう一つのシステムとして認識しようとする姿勢である」と述べる。私も、それが大事だと思う。」(位置No3357)

 都市計画や防災などの実務に近いところ自分からすると、この共同作業っていう観点はしっくりくるが、これを本来厳密な科学的実証的な手法をとるアカデミズム側からも指摘されていることに価値があると思う。


 その他、気になった記述をメモする。

(1)以上、実証的経営が導きがちな現実の失敗のケースを検討した。あらためて失敗の理由を要約すると、
① 命題の正しさは状況や前提に依存すること( コカ・コーラ、アパレル会社、ミルクシェイク)、
② 市場に向けて打つ手が市場の動きの後追いになること( アパレル会社)、
③ 知らず知らずのうちに市場の枠の中から抜け出せないこと( ミルクシェイク)、
である。(位置No463)

(2)だが、社会法則は物理法則とは根本的なところで違っている。物理法則は、先にも述べたように、普遍の唯一無二の法則である。重力の法則が、日本と中国で違っているとか、時代とともに変わるということはありえない。だが、社会の法則は、条件が違えば違った結果を導き出す。(位置No491)

(3)注意したいことは、社会の未来を予測することは難しいからといって、「その場その場で解決する」場当たり主義や「まずは、やってみよう」の行動主義だけが帰結するわけではない。人には、種々の知識、情報、課題を総合的に勘案しながら、「将来を見通していく力」が備わっているのではないだろうか。これが、本書のもっとも重要なメッセージになる。そして、それは、「ビジネス・インサイト」にほかならない。(位置No698)

(4)(ポランニーの暗黙知の議論について)
 ポランニーが強調するのは、名詞としての知( knowledge) ではなく、動詞としての知ること( knowing)、つまり進行形の方だ。いわば「暗黙裡に、つまりそれとわからないうちに知ってしまう、隠れたプロセス」に、彼の議論の焦点がある。(位置No1347)

(4)対象に棲み込むことは、認識優位の立場に立つ実証主義世界においては禁じ手になる。だが、何かを見通す力、われわれのテーマで言うと「ビジネス・インサイト」を議論するにおいては、その禁じ手が解かれて、対象に棲み込むことが最優先課題として前面に躍り出てくる。(位置No1720)

(5)(論文作成にあたっての対象絞り込みの考え方)
 直訳的に言うと、「YにおけるXの研究」。日本語らしく言うと、「Yを知るためのXの研究」という形式である。of の後にくるのがケース対象、in の後にくるのが視点ということになる。何がわかったらわかったことになるのかは、この視点次第ということになる。(位置No2518)


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