なんで購入したか失念。新聞の書評だったかもしれない。
 アタリは、フランスの政治思想家で、社会党政権に大きな影響力を持つ、ユダヤ系フランス人。

 ユダヤ人の話となると、すぐナチスの話になるが、実は、ユダヤ教の異端グループであったキリスト教がローマ帝国の国教化されて以降、迫害の連続で、安定的に一つのところで生活や生業ができない。

 一時、むしろイスラム国家の方が住みやすいこともあったが、それも一時的。

 18世紀ぐらいに入ると、一時、ポーランドに大量に移住していくが、それが、ナチスの大量殺人にとつながっていく。

 この本のテーマのユダヤ人と貨幣、金融資本との関係については、当初キリスト教はキリスト教徒に対する利子付きしつけを禁じていたのに対して、ユダヤ人は非ユダヤ人に対して、利子付き貸付を認めていたこと、土地を所有して農業をっするなど、当時の領主からの職業選択の制限が強くて、自然と金貸し業へと転換して、各国政府まで資金を供給する役割を持っていく。

 しかし、これも、結局、徴税事務自体もユダヤ人にやらせることによって、ユダヤ人憎悪の気持ちが住民に高まると結局、その地域を追い払われてします。

 有名なユダヤ系のロスチャイルド家が、ウィーンだけでなく、当時金融資本が勃興していたロンドン、さらにはニューヨークと自分たちの子孫に銀行業を経営させて、生き残りをかけたもの、ユダヤ人にはいつでも政府の都合で没収、追放、絶滅の可能性があるため、「近隣の非ユダヤ人にとってよくないことは、ユダヤ人にとってもよくない」という規律をまもって、本当の意味での生存競争を生き延びてきた。

 命と家族を守るために、新しい金融制度を作ろうとするユダヤ資本と、日本の銀行業の頭取の覚悟を比較したら勝てるわけもない。

 また、意外なことに、歴史的には、ユダヤ人はイスラム国家とか東洋との貿易などについても信用供与で活躍してきた歴史がある。要はユダヤ人同士は固い規律で結ばれているので、取引費用が低く、他の業者よりも低コストで資金供給ができるということ。これは、ユダヤ人にとっての強いとしてこれからも生き続けるかもしれない。

 しかし、近親憎悪という言葉もあるが、そもそもイエスはユダヤ人でユダヤ教の一派がキリスト教になったというのが世界の常識なのに、どうして歴史的にもキリスト教徒はここまで、ユダヤ人を差別し、迫害し、抹殺しようとしたのか、この本の示す大量の事例からみて、ローマ後期から中世、近世とずっとユダヤ人はヨーロッパと北アフリカを放浪してきたことが理解できるが、宗教の寛容性とういのは、どうして、こんなに上っ面だけで、現実には根付かないものなのだろうか。