ほんとうの法華経 (ちくま新書)
橋爪 大三郎
筑摩書房
2015-10-05

 先週、結石で入院していたときに抗がん剤治療で苦労している方と同室だったことから、色々考えるところがあり、宗教本を手にとってみた。

 キリスト教とかイスラム教は身近ではない分、知識、情報として習得する意欲があったのだが、身近な仏教は意外とおろそかになっていた。

 ウィキペディアでざっと見ていても、しらないことばかり。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E7%B5%8C

 この本でも、そうなんだ~と思う点多し。ちなみに、対談者の橋爪さんは社会学者だが、もう一人の植木さんは、法華経をサンスクリット語まで遡って現代語訳をつくった方。

(1)以前は、大乗仏教は、小乗仏教の外側で興ったという説が有力だったが、現在では、大乗仏教は小乗教団に属する人々によって編纂さえたと考えられていること。

(2)大乗仏教は、小乗仏教の差別思想を批判し、乗り越えようとしたが、小乗を批判するあまり、小乗はだめなんだという差別的な考え方を残してしまった。法華教は大乗仏教でありながら、小乗と大乗の対立を乗り越え、大乗と小乗の諸教を総合して一に帰せしめる教えと理解されたこと。(以上 32-33頁)

(3)キリスト教は奇跡を文字通り信じるのがスタンダードな読み方だが、仏教では、例えば、『スッタニバータ』という原始仏典でお釈迦様は「わが徒ハ、アミルナ・ヴェーダの呪法と夢占いと星占いを行ってはならない。鳥獣の声を占ったり、懐妊術や医術をおこなってはならぬ。」と語っていて、神通力を一切否定していた。(82頁)

(4)法華教を漢訳した鳩摩羅什は、会座の参列者数を1200から12000にするなど、独自の書き換えや創作を行っていること(114頁)

(5)法華教は、すべての人を成仏させる経典。この成仏とは、現実社会において、人間として完成すること、人格の完成の意味である。(130頁)

 その他、聖書の放蕩息子に似た寓話の紹介などあり。